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銀河日記

作者:SOLDIER
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プロローグ


〜〜古人もする日記というものを、現代の人たる私もしようと思って書くのだ。〜〜

これは地球に在りし、とある島国の王朝のある時代に書かれた書物の冒頭の改変である。この冒頭の元となった書物は、貴族であった著者が今までよりも自由な表現を求めたが故に独特な冒頭で始めたといわれている。そのような事はこの際、大した問題ではない。

さて、此処に一冊の本がある。小さいが、その分厚さと重さがあり、古い本。ページの角が曲がり、所々に手垢や滲んだペンの染みが付いているのが分かる。その他にも存在する、その本の全てが、著者の手で、紙面に筆先を走らせられてからの年月を物語っている。

この小さな本の冒頭が、先程書かれた文章である。

普通の本で有れば、“古い本”という単一で、ありふれた括りで書店の片隅か在庫の箱の中で終わっていただろう。だが、何かの運命か、それはその括りを離れ、史料として後の世に伝えられることとなった。

その理由は、紙面に筆が走った時代云々もそうだが、一番の問題はその主であった。

筆者の名をアルブレヒト・ヴェンツェル・フォン・デューラー。遠く忘れ去られた時代に生きた、ある男の日記であるからだ。



西暦(A.D.)二〇一三年。人類は、それまでに自分たちが築いた世界秩序を自らの手で完膚なきまでに打ち壊した。だが、それが最初でも、最後というわけではなかった。だが、それは大きすぎる損害だと人類は気付き、世界に点在していた主権国家から統一国家へと歩み始めた。

そして時は流れ、かつて母なる蒼き星の大地から仰ぎ手を伸ばした、漆黒の宇宙へとその生息範囲を広げた。

時の流れは山から海へとつながる川の流れのように止まらないが、人類の歩みは常に、幾度も俊足と牛歩を繰り返した。その間にいくつかの国家が生まれては死に絶え、隆盛を繰り返し、西暦2801年、人類は銀河連邦(USG)という国家を建設するに至り、その年から宇宙歴が始まった。

当時の人間を極度なまでの楽観主義者の集まりではなかったかと後世の人間が錯覚するほどの不退転の意思、情熱、陽気さをもって、困難を始めとする全てに立ち向かって行った。無論、全てが完璧で、全てが克服されたわけではなかったが。そして、それから時が流れるにつれ、走り疲れたのか、その歩みは再び遅くなり、停滞が始まった。それまでの人間の精神を支えてきた要素、積極、楽観、進取、技術面での新発見や発明。それらは全て、逆のものへと、望まぬ世代交代を強いられた。政治は腐敗し、衆愚政治へと、奈落の坂を転げ落ちた。頽廃が道を作り、人類は、その道をただなすがままに歩いているようであった。

いわば当時の人類は、頽廃という幾度も経験している筈の未知の病に冒された人体である。矛盾した言い方には理由がある。確たる治療法がないからだ。そして、その人体を司る脳は指令を出した、“薬を使え”と。

人体は体を、手を動かし、近くに会った薬を手にして勢いよく飲み干した。もう少し先に会った棚の薬には目もくれなかった。ラベルは無かった。効果は直ぐに表れた。だがその後、巨大な副作用に見舞われた。

その時人、いや、脳は気が付いたのである。その薬のラベルが“劇薬”と書かれていたのを。それを飲んでからようやく思い出したのである。ラベルは貼られていなかったのではない、何度も使われていく内に消えていってしまったのである。


その劇薬の中核をなした男、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは28歳までの軍人生活を経て政界入りし、首相、そして連邦の憲法の盲点を突いて国家元首との兼任を果たして“終身執政官”を称し、“神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝”へと成長を遂げた。彼が至尊の玉座の主となった瞬間、銀河連邦は、その名と共に歴史の中に消え去ることとなった。

その後ルドルフは反対派の弾圧、議会の永久解散、劣悪遺伝子排除法の発布、帝室を支える特権階級の創設などを行い、八十三歳でその時を止めた。そしてルドルフの死後、叛乱が帝国の各地で勃発した。

それまで息を顰めていた共和主義者たちが創設者たるルドルフの死というまたとない好機を逃す筈も無かったのである。だが、それはルドルフの残した三位一体性という剣によって一振りで薙ぎ払われた。5億人余りが殺され、その家族百億人以上が市民権を剥奪され、農奴階級へと身を落とされた。

共和主義者の起こした嵐は去り、時が流れるにつれ、ルドルフの子孫が子孫の座というバトンを繋ぎ、権力の移動のあるべき姿へと変化して行った。

しかし、嵐は去ったのではない、木枯らしへと規模を縮小し、吹き続けていたのだった。


帝国歴一六四年、アルタイル星系からモリブデンとアンチモ二ーの採掘に従事していたアーレ・ハイネセン率いる共和主義者百万人が、第七惑星に無尽蔵に存在するドライアイスを基に設計した船で脱出した。

この後に“長征一万光年(ロンゲスト・マーチ)”と呼ばれる脱出行は、指導者ハイネセンの事故死などの多くのアクシデントを抱えながら、半世紀以上の時をかけ成功した。壮年期の恒星系へとたどり着いた彼らは自由惑星同盟という国家を作り、宇宙歴を復活させ、銀河連邦の正当な後継者を名乗った。彼らはその長き旅でも途絶えなかった熱意をエネルギーとして、かつての黄金時代を再現しようとした。

そして、銀河帝国と自由惑星同盟、この二つの存在が接触し、宇宙歴年帝国歴三三六年、第二十代皇帝フリードリヒ三世(敗軍帝)の時代となっていた帝国はすぐさま、フリードリヒ三世の三男の帝国元帥ヘルベルト大公が指揮する討伐軍を派遣。そして、リン・パオ、ユースフ・トパロウルが率いた同盟軍との“ダゴン星域会戦”に至る。銀河帝国は正規軍士官とヘルベルト大公の取り巻きの混在による指揮系統の瓦解、無秩序な進撃、正規兵と私兵の混同などという多くの要因で歴史的な完敗を喫し、この会戦の勝者たる自由惑星同盟はその存在を銀河中に轟かせた。

“自由惑星同盟”この銀河帝国に対抗しうる唯一最大の勢力——!銀河の中に突如現れ、その名前と存在が、帝国の中に存在した共和主義者などの反帝国分子や帝国の圧政から逃れたいなどと思っていた人々にとって、どれだけ魅力的であったかは想像に難くないだろう。帝国からは多くの人々が新天地を、自由を求めて同盟へと亡命した。同盟は門を開き、客を受け入れ得た。だが、その中に本来“招かれざる客”も混じっていた。同盟も、それによって変化を遂げようとしていた。

“ダゴン星域会戦”から百二十年が流れた帝国歴四五六年の春、銀河帝国首都星、ヴァルハラ星系第三惑星オーディンにて、一人の子供が生まれた。 
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