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豹頭王異伝

作者:fw187
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奇蹟
  湖の導灯

 
前書き
エピグラフ
「ろうそくのあかりが、消えようとしているわ…」
「世界が変わる時が迫っている。私は、辿り着かなくてはいけないの」
・グイン・サーガ正伝82巻『アウラの選択』、神聖パロ王妃リンダ・ アルディア・ジェイナ 

 
 水晶の様な材質の壁、古代機械の奥から更に意識の無い身体が運ばれて来た。
 銀色の髪の若い女性、憔悴し切った痩身の青年。
 侍女の装束を纏い、毛に覆われた異種の小柄な身体。
 魔道師全員に緊張が走り、結界が震える。

 ヴァレリウスは神聖パロ王妃と侍女、カラヴィア公子を無視。
 ヨナの思慮深い澄んだ瞳の開いた瞬間、心話を投射。
(内部で何があったか、思い出せるか!?)
 涼しい瞳が瞬くと同時に《気》が高まり、冷静な思考が返って来た。

(古代機械から、ナリス様の診断結果が伝達されました。
 身体機能の回復に問題はありませんが、最低3日程は必要と見込まれます。
 運動神経の再生に付随する苦痛を和らげる為、ナリス様は深層睡眠に入られました。
 万一にも竜王の魔手が及ばぬ様に夢の回廊、ヒプノスの術も遮断する独自の結界を展開中。
 無意識の状態を保ち細胞の賦活化、治療の促進に最適の環境が整っています。

 リンダ様、アドレアン公子、スニは異常ありません。
 通常の睡眠状態ですから一定の時間が経過の後、自然に目覚めます。
 グイン王は既に転送され、古代機械より立ち去りましたが転送先は不明です。
 問い質してみましたが『マスター以外の者に、答える義務は無い』と拒絶されました。
 『入室許可も必要最低限に限る』と通告されましたが、情報は提供されています。

 以前に竜王が探査を試みた際の威力偵察、念波の計測に拠り推定される総量は前例がありません。
 古代機械の許容量《キャパシティ》を凌駕する為、防御結界《バリヤー》の維持は不可能です。
 レムス王の容貌で強引に侵入を図った際は、一時的に仮死状態へ移行し突破を免れた様ですが。
 治療中に同様の事態が生じた場合の阻止は不可能、ナリス様への影響は予測出来ません。
 或いは生命活動の停止も起こり得る、と主張しています)

 ヨナの冷静な思考を読み取り、ヴァレリウスが心話で中継。
 魔道師全員が事の重大さを改めて認識、共通の理解が拡がり《気》と《念》が揺らめいた。

(ナリス様の警護は総てに優先する、なんとしても竜王の魔手を阻まなければならん!
 下級魔道師50名を割き各5名の班10個を編成、5人一組で星型の魔法陣を組む。
 常時10名が結界を張り、二重に魔法陣を重複させる。
 15タルザン毎に各5名を交代させ睡眠、待機を繰り返し集中力を保つ。
 俺を含め上級魔道師5名も結界を張り、キタイ勢力の接近を阻む。
 ヨナ、ロルカ、ディラン。
 済まないが、総て任せる。
 ケイロニア軍、ゴーラ軍への対応も含め宜しく頼む)

 ヴァレリウスの指示を受け、数人の魔道師が慌ただしく閉じた空間を創造。
 ヴァラキア出身の若き賢者は澄んだ瞳に剛い光を宿らせ、同志の手を握りしめた。

(当然の処置です、御依頼は確かに承りました。
 信頼の置ける魔道師以外は、この島に置くべきではありません。
 情勢の変化には私が、責任を持って対応します。
 ヴァレリウス様は何も心配せず、警戒に専念してください。
 ナリス様が死を免れる時、世界は新たな方向に向かう。
 大導師アグリッパの言葉を、私も信じています)


 グインは鬱蒼と生い茂る森の只中、シュクの郊外に出現していた。
 周辺に取り残された格好で主の帰還を待ち侘びている筈の旗本隊、竜の歯部隊を探す。

(古代機械を俺が操作出来ると竜王は知ったが、簡単に捕えられるとは思わぬだろう。
 アルド・ナリスの生命を脅迫の種に用い、レムスの望み通りにするとは思わんが。
 むしろ竜王の操る傀儡や異次元の魔怪より、あの王子が気になる。
 下手をすれば暗黒魔道師同盟の元締、グラチウス以上に厄介な存在かも知れぬ。

 純粋な《悪》など、想像した事も無かったが。
 先日キタイで遭遇した異次元の妖魔達より、悪意が濃いと感じられた。
 一刻も早く、クリスタルを解放し魔王子と竜王を駆逐せねばならん。
 中原各国には既に、アルド・ナリスの告発が伝わっている。

 竜の門も現れ、キタイ勢力の侵略が事実である事は証明された。
 クリスタルを解放し聖王宮を公開すれば竜王の脅威を証拠立て、遠征を開始する下地は整う。
 パロを正常化し得るか中原全体がキタイ同様の異世界となるか、ここ数日が勝負になる。
 ナリスの治療を古代機械に命じたが、先程の感触だと数週間は要するだろう。

 思わぬ展開となったが、アルド・ナリスとの精神接触《コンタクト》は収穫だった。
 キタイを解放し竜王を追い払う為、シーアンの謎を暴かねばならぬが。
 彼の知性と想像力は俺自身の謎を解く際にも、助力が期待出来そうだが。
 先ずは神聖パロ側の拠点マルガに入り、クリスタルに《光の船》で奇襲を試みるか?
 ヴァレリウスは常に俺の動きに注意すると言ったが、古代機械の転送には追い付かぬかな)

 竜の歯部隊は訓練の成果を見せ、抜かりなく周辺を偵察していた。
 数分後、グインは歩哨を発見。
 留守を預かる隊長、カリスの天幕へ案内される。
 警戒を怠らぬケイロニアの精鋭達と合流を果たし、直ちに北アルムへ伝令が疾った。

 即刻ダーナムへ向け移動を開始せよ、合流地点は後に指示を出す。
 そんな場所は存在しない、と古代機械は断言したが。
 伝令は無事ガウス以下50名の許へ到着し、ケイロンの騎士達は鍛え上げられた成果を実証。
 逡巡や躊躇を見せず、無駄の無い俊敏な動作で西方へ疾走を開始する。

 グインは抜かり無く、ワルド城に宛て救援物資の準備要請も含む詳細な指示書を作成。
 伝令役の飛燕騎士団に手渡し黒竜将軍トール、金犬将軍ゼノンの許に走らせる。
 豹頭王の率いる世界最強の騎士団、ケイロニア軍が本格的に動き出した。

 マルガでは幸いな事に、スニの眠りは短時間で解除出来た。
 ヴァレリウスは竜王の奇襲に備え、一刻も早く湖の小島に詰める予定であったのだが。
 リンダが『このまま、スニが目覚めなくなるかもしれない!』と恐慌状態に陥った。
 流石に無視は出来ず、キタイの魔道を解析し解呪の方法を探る。
 スニが目覚めた直後、リンダは感極まり歓喜の涙を見せた。

「素晴らしいわ、ヴァレリウス!
 もう二度と目を覚さないんじゃないか、そう思って、一睡もできなかったのよ!!
 ナリスの信頼する貴方は最強の魔道師、パロ聖王家の未来を切り拓く希望の光ね!」
 パロの予知姫は紫色の瞳を星の如く煌かせ、無邪気な崇拝の表情で魔道師を褒めちぎる。

「お褒めに預かり光栄至極で御座います、直ちにナリス様をお護りに参ります」
(アグリッパ、イェライシャ、グラチウスに比べれば俺なんて子供も同然ですよ!
 ナリス様と、セム族の小娘と、一体、どっちが大事なんだ!?
 パロ製王家の誇る予知者様に盾突く気は無いが、いい加減にしてくれ!!)
 ヴァレリウスは内心激昂したものの、口に出す訳には行かない。
 心話の絶叫が超絶の霊感を誇る暁の妃、パロの守り姫に届く事は無かった。

「ナリスをお願いね、私も神殿に篭ってお祈りをするわ」
 スニを抱きしめ、朗らかに返す製王家最強の予知姫。
 パロ最強の魔道師は灰色の瞳を伏せ、唇を堅く引き結び閉じた空間に消失。
 一部始終を横目で見守っていた若き賢者、ヴァラキアのヨナは何も言わなかった。

 古代機械は精神波も通さぬ未知の結界、《バリヤー》の内側に魔道師の配置を許可。
 上級魔道師3名は《甲板》の上、下級魔道師10名は周囲に円を描く様に等間隔で立つ。
 下級魔道師は斜め向かいの同僚に念波を送り、受信者も更に斜め向かいの同僚に転送。
 第一班5名が青い炎の様に見える念波を循環させ、五芒星の魔法陣が浮かび上がる。

 第一班5名の中間に立つ第二班5名は、白い炎の様な念波を循環させ星型五角形を形成。
 白い星と青い星が輝き、共鳴相乗効果で念波が増幅され魔力を強化。
 ヴァレリウスは魔法陣の真央点《センター》で結跏趺坐、結界を張り念波を統合。
 下級魔道師10名に魔力を還元、更に共鳴させ魔法陣を数倍に強化。
 古代機械の遮蔽力場を護る青白い地上の星、光の魔法陣が輝いた。

 15タルザンが経過の後、第一班の下級魔道師5名は第三班と交代。
 ヴァレリウスも第一班と共に交代、上級魔道師アイラスに後を任せ魔力回復の為に就眠。
 15タルザン後、第二班の下級魔道師5名も第四班と交代。
 アイラスも第二班と共に交代、ミードに後を任せ魔力回復の為に就眠。
 順次交代し常時11名が集中力を切らさず結界、二重五芒星の魔法陣を維持。

 パロ聖王国の命運を左右する希望の星、アルド・ナリスを護る精鋭達。
 上級魔道師3名・下級魔道師50名は総力を挙げ『守り、遮る者』を護衛。
 古代機械の認めた正統後継者、アルシス王家の遺児は固く瞼を閉じているが。
 心臓の鼓動と同調し増幅する赤い護符と同様、ルアーの目が明滅。
 一時は《ルアーの申し子》と讃えられた勇者の身体、細胞組織に活力を注ぎこむ。

 リリア湖の頭上に闇が拡がり、夜空に星が瞬き始める。
 水面は満天の星空を映し、古代機械の内部では闇と炎の王子が昏々と眠り続けた。 
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