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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 4. 『堕ちてゆくのはぼくらか空か』
  Episode 26. The Cross of the Indra

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

二十六話です。

引き続きリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。 

 
<Lina>

 午前三時十八分。

 深夜の第六層サイドダンジョン『夜光の窟』は、物音一つせず静まり返っていた。

 件のタレコミがなければ訪れることなど永久になかったであろうこの場所。入り組んだその内部の中心地点に安全地帯が設定されているらしく、情報によれば、そこが『笑う棺桶』のアジトとなっているらしい。

「……みんな、準備はいい?」

 二か所ある進入口のうち、正面に陣取った私たち攻略組三十人の前で、部隊の指揮を執ることになったアスナが小さく、しかしよく通る声で呼びかける。

「最後の確認よ。二十分になったらダンジョン内に突入。安全地帯まで一気に駆け抜けて、裏手担当のシュミットさん率いる二十人と共に、ラフコフを挟み撃ちにする。
 相手は今まで何人ものプレイヤーを殺してきている殺人(レッド)プレイヤー。戦闘になれば、私たちの命を奪うことに躊躇いはないわ。だから、こっちも躊躇しないで。手加減なんて考えないで、全力で戦うこと」

 以上よ、とアスナが締めくくると、それを聞いていた三十人がまばらに頷く。私の横で刀を肩に担いだ一護も、混ぜっ返すことなく首肯していた。

 残念ながら、『夜光の窟』のマップデータは、知っている情報屋全員に手当たり次第に尋ねてみても手に入らなかった。
 しかし、タレコミの情報から、ホールを思わせる広い空間が連結したような形状のダンジョンであること、正面と裏口からちょうど等距離の中央地点が安全地帯になっていることは判明している。また、所々に枝道が存在するが、ダンジョンとしては比較的小型であり、メインストリートもかなり太いため迷うことはないだろう、とのこと。故に、道に迷って背後を取られる、なんて可能性はなさそうだ。

「それじゃ、時計合わせて……三、二、一、突入!」

 凛とした号令一下、各々の武器を抜き放ち、私たちは闇夜の洞窟へと一斉に飛び込んでいった。



 ◆


 突入開始からものの五分で、私たちは安全地帯の二つ手前の広間まで到達していた。

 途中、二度ほどモンスターと遭遇したが、実体化と同時に先頭を走る一護が放つ《残月》で両断され、あっさり蒸発していった。そのため洞窟に入ってから足を止めることなく、ここまで来れている。こちらの部隊には構成メンバーに軽装備が多いため、行軍速度が比較的早いことも要因だろう。

「……予定より一分と二十秒ほど早いわね。みんな、少しだけ待機しましょう。同時に攻撃しないと、どちらかの枝道に逃げ込まれる可能性があるわ。できるだけゲリラ戦は避けたいしね」

 一護より一歩遅れて私と並走していたアスナがそう言うと、皆の足取りが遅くなり広場の中央あたりで全員が立ち止まった。先頭集団にいた私は、短剣を順手逆手に持ち替えて玩びながら、薄闇に包まれている進路を見据える。あと数百メートルも進めば、もう安全地帯に辿り着く。そして、

「……この先に、奴ら(ラフコフ)がいる」
「なんだよ、こえーのか?」

 私の呟きが聞こえたらしく、一護は肩越しに振り返った。

「まさか。貴方こそ、いち早く武器を抜いてたけど、ひょっとして怖いの?」
「アホ。テメーらがボサッとして、ここの雑魚連中にたかられねえように先陣切ってやるために決まってんだろーが」
「レベル六のMobに、攻略組の私たちがたかられる? 冗談でも有りえない。百歩譲って有りえたとしても、そんな無様をやらかすのはそこの髭面野武士(クライン)くらいでしょ」

 そう言って私が人差し指を突きつけると、いきなり話題に引きずり出されたクラインは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべた。

「え、ちょっ、なにさらっとディスってくれてんだ、リーナ嬢ちゃん? おりゃあ仮にも攻略組で、しかもギルドリーダーなんだぜ?」
「あ、でもクライン。お前つい一週間くらい前、グラマーな女性型の超格下Mobが斬れないとか喚いてたよな。んで、結局二十体くらいに囲まれて『ぐおぉ、こ、これぞハーレム!!』とか何とか叫んでたような……」
「て、てめえキリト! なにバラしてんだよ!! メシ一回おごりでチャラにしたじゃねえか!!」
「露店の串焼き一本がメシ一回にカウントされるわけないだろ! マーテンの高級レストランでフルコース料金出す約束はどこいったんだヒィッ!?」
「いい加減にして、二人とも。叩き出すわよ?」

 場所も弁えずやいやいと騒ぎ始めた二人の中間に、アスナのマジ刺突が叩き込まれた。余計なことを言うと、火種を作った私にも飛んできそうだから、ここは茶化すことなく黙って眺めてよう。多弁は銀、沈黙は金、と。
 三人のくだらない漫才を見たせいか、張りつめていた空気が多少和らいだような気がした。みんな緊張がほぐれて肩の力が抜け、苦笑を浮かべる者もいる。とりあえず、結果おーらいってことにしとこう。

 そんな皆を見て、私同様火種作成の片棒を担いだはずの一護は、呆れたとばかりに軽いため息を吐き、声を張り上げる。

「……ったく、なに遊んでんだよ……おいオメーら! そろそろ一分二十秒経つだろうが。さっさと先に進むぞ――ッ!?」

 瞬間、一護の眼が鋭く光る。ほぼ同時に担いだ刀が振り抜かれた。

 白銀の刃が目にもとまらぬ速さで閃き、ガキンッ! という硬質な音が響く。数秒後、残心を取る一護の背後に漆黒のスローイングダガーが落下。乾いた音と共に地面に突き立った。さらに遅れて、黒いフードを被った人影が三人、上空から落下してきた。

 その一連の事象の意味すること。それは――、

「――敵襲! 各自散開っ!!」
「――シィッ!!」

 一秒ほどのタイムラグを経て、アスナと私がほぼ同時に再起動した。アスナはレイピアを掲げて指示を飛ばし、私は短い呼気と共に疾駆して敵の一人へと飛びかかる。繰り出した短剣を片手剣で受け止められたけど、素早く切り返して弾き飛ばし、さらに短剣を振りかぶって全力刺突。そのまま大きく踏み込んで強引に突き飛ばした。

「ひっはァ!! やるねえシニガミの旦那!! 《忍び足(スニーキング)》からの完全不意打ちだったんだけどなあ!!」
「うるっせえな頭陀袋(ふくろ)野郎!! 殺気全開であんなモン投げられて、気づかねえわけが、ねえだろッ!!」

 どうやらさっきのナイフはジョニー・ブラックによるものだったらしい。一護と斬り結びながら、場違いに陽気な笑い声を響かせている。周囲をざっと見渡すと、各所で似たような戦闘が勃発していた。
 まだアジトには程遠いのに、斥候にしては数が多すぎる。少なくとも、二十人はいるように見える。距離にして数百メートルある距離でさっきのバカ騒ぎが聞こえて駆けつけた、とも思えない。

 ということは、結論はただ一つ。

 奴らから密告者が出たのと同様に、なんらかの経路でこちらからも情報が洩れ、奇襲されたのだ。

 迂闊だった。
 私たちがいずれ連中を討ちに来ることくらい、予想は付いて当たり前なのだ。アジトに籠っているだろうと勝手に決めつけ、他の可能性を排除したこちらの落ち度だ。何たる失態か。

 けれど、

(きった)ねえ不意打ちが決まったぐれえで、調子に乗ってんじゃねえよ!!」
「ぐおっ!?」

 こっちが有利なのには変わりはない。

 ジョニー・ブラックを力任せに弾き飛ばし、一護が怒涛のラッシュを仕掛けていく。それを皮切りに、動揺していた他の人たちも徐々に落ち着きを取り戻し、攻勢を強めていった。麻痺毒短剣で動きを封じた殺人者(レッド)たちを捕縛用の太いロープで拘束しながら、私は戦況を見極めていく。

 奇襲直後はかなり押されはしたけれど、体勢の立て直しには成功した。
 撤退する構成員を追う者、投降した者をふん縛る人たち、残りの面子を取り囲んで追い詰めていく集団など、こちらが明らかな優勢を確保できている……はずだった。

 しかし、まだ見込みが甘かった。
 狂騒状態に陥ったラフコフの連中が端々で滅茶苦茶に暴れ始め、しかもそれを止め切れていないところがあるのだ。相手をする攻略組の者たちの顔は引きつり、青ざめ、中には蹲って頭を抱えてしまう者もいる。相手が犯罪者であっても、PKに対する覚悟が極め切れていないようだった。早く、私もこいつらを捕縛して戦線に加勢しないと。下手をすると攻略組(こちら)側にも犠牲者が出てしまう。

 少なくない焦燥を感じる私だったけど、安心できる要素が一つだけあった。

「セイッ! おらぁっ! ふんっ!!」
「く、クソッ!」

 心配の欠片も不要とばかりに戦闘を続ける、一護の存在だった。

 上級幹部のジョニー・ブラック相手にしてもほとんど無傷。繰り出されるナイフの乱撃を刀を僅かに翳す最小限の動作で防ぎ、続けざまに攻撃を叩き込む。刀の間合いの内側に入ろうとジョニーが肉薄するも、容赦のないアッパーが顎に直撃。上体が大きくのけぞった。

 速攻で体勢を正したジョニーが下段からの刺突を叩き込む。が、一護は手首を掴んで真っ向から止めた。抜け出る前に刀が振るわれ、ナイフごと右腕が消滅。そこに生まれた隙に一護の蹴込みがクリーンヒットして、ジョニーは大きくふっ飛ばされた。

「ちっくしょぉ!! ンの野郎がぁ!!」
「どーしたよ、もう終わりか? 先鋒で出てきたくせに、随分あっけねえじゃねえか。よお!」
「がはっ!!」

 尚も抵抗するべく新たなナイフを振るうジョニーだったが、部位欠損のペナルティのせいか、動きが鈍い。短剣使いらしからぬ大振りを捉えられ、再び一護の蹴りが命中。数回バウンドしながら後転し、床に強かに叩きつけられた。

「さて、もう勝負はついたろうが。とっとと掴まってもらうぜ」

 肩に刀を担ぎながら、一護はゆっくりと近づいていく。ジョニーはうなだれたままピクリとも動かない。HPはすでにレッドゾーンに達しそうなほどに減少している上に、相手は一護だ。単純な不意打ちなど通用しないことが出会いがしらの投げナイフでわかっている以上、妙なことはしないはず――そう思った直後、


「――イッツ・ショウ・タイム」


 頭上で声が響いた。

 同時に、枝道から無数の黒い線が私たち目掛けて殺到した。咄嗟に身を捻って数本は躱したけど、数が多すぎた。三本を両足と左手に受けてしまい、貫かれた。麻酔状態で神経を刺激されるような不快な感覚が私を襲う。

 不意は突かれたけど、ダメージはほとんど食らってない。慌てず冷静に体勢を立て直さなければ。そう思い、一度後退しようと両足に力を籠め――られなかった。どころか、踏ん張りすらきかない。思わずその場に崩れ落ちてしまう。受け身も捕れず叩きつけられる視界の中に、同様の状態になって倒れ伏す攻略組たちの姿があった。良く見ると黒い線の実態は鎖らしく、さらに人数は少ないもののラフコフの構成員も巻き添えを食う形で捉えられていた。

 一体これは何なのか、混乱する思考回路を何とか落ち着かせて考えようとしていると、

「Wow……こいつは大漁だ。どこもかしこも有名人だらけじゃないか」
「作戦、成功」

 どこからか声がした。仰ぎ見ると、そこには二人の人影があった。一人は襤褸布と髑髏の面を纏い、エストックを持つ小柄な男――ザザだ。HPが全く減っていないあたり、どこかに隠れていたらしい。

 そして、その前に立つのは、歪な形状の肉切包丁をひっさげた、長身のプレイヤー。目立つ特徴はないものの、その纏った空気のせいで、誰なのかは一瞬で分かった。


 『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』リーダー、PoH。


 奴がいること自体には問題はない。HPがろくに減っていないのも、隠れ潜んでいたと考えれば納得できる。だが、おそらくこの状況を作り出した奴が、一体何をしたのかは検討も付かなかった。唯一動く右手で短剣を握り締めながら、その一挙一動に最大限の警戒心を向ける。

「しかし、随分とあっさり片付いちまったな。まだ五体満足で動けてる奴なんざ、十人といねえだろう」
「向こうで、死神代行が、暴れ回ってる。オレも、行って、加勢する」
「好きにしろ」

 ザザはシュウッと呼気を漏らすと、どうも全ての鎖を叩き落としたらしい一護へ襲いかかっていった。既に五人に囲まれていた彼は即座に反応し、エストックによる刺突を捌きながら背後からの斬撃を蹴りで弾く。今の所は大丈夫そうだけど、他の攻略組がやられてしまったら、流石の一護でも危ない。何とかして、この鎖から抜け出さないと。

 短剣を逆手に持ち、三本まとめて切断しようと渾身の力を込めていると、横から飛んできた蹴りで弾きとばされてしまった。同時に、嘲るような声が聞こえる。

「無駄だぜ『闘匠』さん。あんたの剣でも、こいつは斬れねえ。なんせ、犯罪者(・・・)捕獲用の特別仕様だからな」

 PoHが私の方に近寄ってきていた。口元に薄い笑みが浮かんでいるのが見える。

「……犯罪者を捕えるアイテムで、私たちを捕縛したっていうの? 有りえない。対オレンジ専用の捕獲アイテムがグリーンプレイヤーには影響しないはず」
「確かにな。だが、そこをくぐり抜けるのが腕の見せ所ってやつ――」
「おいっ、PoH!! この罠、まさかお前!!」

 私たちの会話に割り込むかのように、叫ぶような声が響いた。
 見ると、左手と右足を貫かれたキリトが、地に伏しながらPoHを睨んでいた。その傍らには、息絶える寸前のラフコフの構成員。右手一本で、どうにか殺しきったらしい。

「よおキリト、貴様に合うのは二か月ぶりぐらいか? って、ンなことぁどうでもいいか。
 ああそうだ。いつだったか、貴様のギルドを全滅させたときのテクがこれだ。貴様があの場所にいたら手こずってただろうが、あの時はいなかった。おかげでスムーズに殺せたっけな」
「てめえ……許さない、貴様だけは、絶対に許さない!!」

 激昂して鎖を引きちぎろうともがくキリト。それを横目に、PoHは歪な微笑を保ったまま、包丁を構えた。

「さて、あいつは最後に消すとして、まずは貴様から取り掛かるとするか。いい声で鳴いてくれよ?」
「ふざけないで。貴方ごときの剣で、私が慄くとでも?」

 そう言って睨み返すと、PoHはフンッ、と鼻で嗤い、何の躊躇もなく私に包丁を振りおろし、叩きつけた。視界の端でHPがグイッと削れるのが見え、思わず顔がゆがむ。
 PoHは薄ら笑いを浮かべながら、私に連続して刃を叩き込み続けた。嬲るように、少しずつ、私のHPを削っていく。武器のないわたしは、せめて抵抗の意を示すために、声もあげずただひたすらに奴のフードの内側を睨み続けていた。

 こんなところで死にたくはない、けど、奴に媚びるくらいなら死んだ方がマシ。
 (HP)に比べれば誇り(プライド)なんて、と思うかもしれないけど、それでもコイツに命乞いだけはしたくない。私は『闘匠』。死神の片腕。これ以上の無様を晒せば、彼に合わせる顔がない。だからせめて、死ぬときは潔く死のう。僅かに怯える心にそう言い聞かせ、パニックを抑え込む。

 後悔がないわけじゃない。
 もっといろんな美味しいものを食べたかった。
 もっといろんな景色を見てみたかった。
 もっとあの家でうたた寝をしていたかった。

 ――もっと、一護と一緒にいたかった。

 そこまで考えて、初めて気づいた。
 この心をもやもやさせる感情の正体、一護を想うたびに、うずくように走る感覚の真相。

 ここまで来て、ようやく分かった。死を目前にして、やっと自覚できた。生まれて初めて、最初で最後の、私の恋慕。

 そう、私は、彼のことが――


「……どうしたよ? 戦場のド真ん中でボケッとしやがって。いつものテメーらしく、ねえじゃねえか」



 声が、聞こえた。

 私へと振り下ろされ続けた包丁の乱舞。それが止んでいて、代わりにコートを纏った大きな背中が、私の前に突如として出現していた。

「……貴様、どうやってここまで」
「あ? 訊きゃあ答えるとでも思ってんのかクソ野郎。テメエに放すことなんざ、一つもねえよ。とっとと……消えろ!!」

 爆発するかのような叫びと共に、激しい金属音が鳴り響く。刀を振りきってPoHをふき飛ばした一護は素振りを一つすると、私の方へ振り返った。何かを言う前に回復結晶を取り出し、私にむけて「ヒール」とつぶやく。一瞬で私のHPが全快し、這いよっていた死の気配が遠のくのが分かった。

「……一護、その……」
「わりい、リーナ。来んのが遅くなっちまったな」

 しかめっ面で、一護が静かに言う。

「ちっと待ってろ。すぐに、終わらせてくる」

 そう言った瞬間、彼の姿が――消えた(・・・)

 と思った次の瞬間には、一護ははるか彼方の敵集団の一人を斬り伏せた後だった。無論、誰一人として反応できた者はいない。近くにいいた私でさえ、踏み込む瞬間すら捉えられなかった。

 掻き消えるような速度で移動した、とか、そういうレベルじゃない。瞬間移動に等しい、知る限り最速、そして一護しか持たない、異質な移動スキル。


 エクストラスキル『縮地』だ。


 効果は至極単純にしてこれまた異常。『プレイヤーの視認できる最大の速度まで、移送速度を瞬間的に向上させる』というもの。つまり、プレイヤーの動体視力の上限によって出力が変化するということだ。

 ――つまり、これが、彼の生きる「最速」の世界だということ。

「ぉぉぉぉおおおおおおおおぉッ!!」
「ぐっ!? な、なんだコイツ!」
「追いきれねえどころじゃねえ! 姿さえも見えねえぞ!!」
「く、くそっ、とにかく奴の動きと止めちまえガフッ!?」

 咆哮と共に『縮地』による瞬間加速を連発する一護。残像が明確に残る速さで飛び回り、斬撃が縦横無尽に飛び交い、ラフコフの連中を文字通り瞬く間に叩きのめしていく。もはや本物の死神、というよりは鬼神のような隔絶した超速戦闘に、私や他の攻略組は、半ば放心状態で見蕩れていた。

 圧倒的だった。完膚なきまでに。

「貴様、図に乗るなよ!!」

 何度目かの斬撃で、やっと一護の神速が停止した。いつのまにか姿を消していたPoHが、その肉厚の包丁で一護の刀を受け止めていたのだ。

「……何言ってんだよ、今まで散々図に乗ってきたのはテメエらじゃねえか。レッドプレイヤーとか名乗って、罪もねえ連中を殺しやがって……ナメてんのも大概にしろよ!!」

 鍔迫り合いしていた刀を閃かせ、PoHの包丁を弾く。直後、『縮地』で背後に出現し、強烈な蹴りを後頭部に叩き込んだ。さらに刀を振りかぶり、ほぼ零距離で《残月》を発現。青白い閃光がPoHを飲み込み、そのHPを一気に削り取った。

「Suck!!」

 罵倒のスラングを吐いた犯罪者の頭領は宙返りしつつ着地。
 それを余所に一護は再度縮地を発動し、背後を突こうと忍び寄っていたザザの左腕を斬り飛ばした。さらに『縮地』を連続発動し、黒い竜巻のようにザザの周囲を旋回した。ドドドドドッという地を踏む音が鳴り響く度に斬撃が振るわれ、満タンだったエストック使いのHPが急減少していく。

 と、次の瞬間、薄闇から再度鎖が射出された。一護はすぐに反応し、鎖を払いつつ『縮地』で回避しようとする。しかし左の手足に鎖が絡み、動きが封じられていた。
 どうやら平素のクセで鎖を手足で弾こうとしたらしかった。この鎖が犯罪者捕獲用だというのなら、おそらく攻撃であっても武器以外で触れれば確実に拘束される。そのことを伝え忘れていた自分を呪った直後、

「こんなモン、どうしたってンだよ!!」

 目を疑った。


 一護は刀を振り上げ、そのまま一切躊躇することなく、自分の左手足を斬り落とした(・・・・・・・・・・)のだ。


 肘と膝から先がポリゴン片となって消え去っても、彼の眼には焦りも動揺もなかった。それがあるのは、その光景を目の当たりにしたPoHの方であった。さらに一護が『限定解除』を発動。青い光が彼の身体を包み込んだ。

「……こんなモンで、俺が止まるかよ。止まっちまったら、ここで頑張ってる連中を護れねえし、くたばっちまった連中にも顔向けできねえしな!!」

 そのブラウンの目にかつてない激情をみなぎらせ、一護は片脚で立ちあがる。フラつくことなく立つその姿は、雄々しく、そして美しかった。

 その姿に見惚れた数秒後、一護は『縮地』を発動。掻き消え、PoHの左脇に出現した。咄嗟にPoHは包丁を振るうものの、一護は手先を失った左腕を振って弾き、膝から下の消えた左足で蹴りを放つ。『限定解除』のおかげで部位欠損ペナルティを感じさせない速度で打ちこまれた打撃に、PoHの身体が大きく傾ぐ。

 再び縮地を発動した一護は少し距離を取った。刀を大きく振りかぶり横に一閃、宙に青い太刀筋を刻む。そして、刀を大上段に振りかぶり、

「――終わりだ、PoH!!」

 一閃する。

 その二つの軌跡が重なった瞬間、蒼い斬撃の十字架が高速で飛翔し、PoHの身体に直撃した。
 《残月》の発展系スキル《過月》。
 死神によって放たれた断罪の十字は、罪人の身体を蒼く、蒼く染め上げていった。 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

一護のエクストラスキル『縮地』でした。
もはや「そんなんチートやチーターやん!!」と言いたくなる代物ですが、扱いはかなり難しいです。その辺は次話にて。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。 
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