Deathberry and Deathgame
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Chapter 3. 『世界を変えた人』
Episode 21. Good Bye, Black Cat
前書き
お読みいただきありがとうございます。
第二十一話です。
後半部にサチ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。
宜しくお願い致します。
「犯罪者ギルド『デスサイズス』の姿が23層迷宮区にて確認された」
アスナからの一報がリーナに届くのと、ケイタたちが迷宮区へ向かったというサチからのメッセージが俺に届いたのは、ほぼ同時だった。
いつもなら空腹でゴネるリーナも今回ばっかりは文句一つ言わず、十秒とかからずにディアベルに連絡を投げた俺らはキリトに事の次第を説明。まとわりついて離れない連れの女を引っぺがしたら行くとほざく優男を放置して、俺たちは迷宮区へ全力急行した。
随分ギリギリっぽかったが、結果としちゃあオレンジプレイヤーの奴らは全員確保できたし、黒猫団の連中も取り返しがつかねえことになる前に助けられた。万々歳ってヤツだ。
「来んのがおせえよお前ら。結局俺らだけで何とかしちまったじゃねえか」
「無茶言うな。ルクスを宥めすかして置いてくるのは重労働だったんだぞ」
片手剣を持ったまま、大袈裟に肩を竦めて見せるキリト。あの隣にいた男みてえな喋り方をする女は確かにしつこそうな感じはしてた。なんでかリーナに敵意っぽいモンを向けてたが、当の本人は気にもしてない様子で俺の横で短剣を玩んでいる。何だったんだか。
「私が遅れたのは貴方が無理な注文を寄越したからよ。なんでこんな二十人もいない犯罪者を狩るのに団長まで呼ばなきゃいけないの」
「いいじゃねえか、別に。用が済んだら顔出すとかなんとか言ってんだし、アイツに連行押し付けちまえば……」
「ゼ・ッ・タ・イ・ダ・メ!!」
腰に手を当てて強弁する副団長に対し、ケチな奴、と俺が毒づいてやろうとした、その時だった。
「……チクショォ、チクショウが……ナメてんじゃねえぞ餓鬼共ガアアアァッ!!」
獣のような咆哮と共に、隻腕のマルカスが斬りかかってきた。いつの間に回収したのか、手には曲刀が握られている。
面倒なのが復活したことに舌打ちしながら、俺は抜刀体勢を取る。が、その前に、
「セイッ!」
軽い気合と共にキリトが剣を一閃。奴の持つ曲刀を根元からへし折った。ウワサに聞く『武器破壊』ってヤツだ。生で見たのは初めて……じゃねーな。前にリーナがグーパンで槍を折ってたか。どっちも敏捷寄りのクセに、器用な連中だ。
いらない感心をする俺を余所に、武器を砕かれ余波でよろめくマルカス。その援護でもしようってのか、背後からこれまたいつの間にか復帰してきたバンディットが飛びかかる。今度こそ俺が斬って――、
「甘いわよ」
やる前にアスナが刺突一発。斬撃を真っ向から弾いてみせた。
続く斬り払いで柄を叩き、片手剣を弾き飛ばす。そのスキにリーナが潜り込み、麻痺毒短剣で二人をぶっ刺す。もう一回麻痺を食らい、デスサイズスのリーダーとサブは揃って崩れ落ちた。レイピアを素振りして納刀するアスナの横顔がちょっと得意げなのは……触れないでおいてやるか。
「……一護、やっとお出まし」
そう言って、リーナがマップを可視化して俺に見せてくる。見れば俺たちの後方から、二十人以上のプレイヤー集団が押し寄れてきていた。先頭をきる二つアイコンの名前は<Diabel>と<Kibaou>……余計なのがいやがる。来んなっつったろうが。
忌々しい名前を視界から追い出して、俺はケイタたちに向き直った。少しは回復したらしく、息も絶え絶えだったケイタも自分の足で立てている。
「……で? テメエらは何でこんなトコに出て来てんだよ。夜の散歩、なんてガラじゃねえだろ」
「え、えっと、それは……」
言いづらそうに視線を逸らすケイタ。他の面子も似たような表情をしている。なんか疚しいコトでもしてやがったのか、コイツら。
どうしたモンかと思ってると、ケイタの後ろにいたダッカーが思い切ったようにバッと顔をこっち、つーかリーナに向けた……何だ? 告白でもすんのか?
「お、お世話になったリーナさんに『ツキミシクラメンの蜜』をプレゼントするため、ですっ!!」
……似たようなモンだった。
つか、アレって確か、クソ甘いのと同時に眉唾モンの「媚薬効果がある」ってウワサのアイテムじゃねえか? アルゴが「ンな効果あるワケねーダロ」って一蹴してたのを覚えてる。それをリーナに押し付けるたァ……度胸付いたな、コイツ。
麻痺毒短剣を喉元一寸に突きつけられながらリーナに罵倒されて、なにやら嬉しそうな顔をするアホシーフに俺はため息を吐く。
……まあ、なんにせよ、無事に終わってよかった。
◆
<Sachi>
皆が迷宮区で危ない目に遭った日の翌日。
最前線のギミックエリアの踏破報告が出て、一護さんたちが私たちの引率役を退くことが正式に決まった。
皆すごく残念そうで、特にリーナさんに惹かれてたダッカーなんか、人目もはばからずに号泣してた。それを見るリーナさんは相変わらずの冷めた目だったけど、ちょっとだけ苦笑の色が見えたような気がした。言葉とか態度は冷たくても、本当は優しい人なんだろうな。きれいで強くて優しくて……ちょっぴり、憧れる。
その日の夕暮れから、私たちはSSTAの訓練所で「一護さん・リーナさんお別れ会」という名の大宴会が開催された。
主賓の一護さんとリーナさんのほかに、黒猫団のみんな、SSTAの指導員さんたちが加わって、すごい大騒ぎに発展した。一応料理は私が作ったんだけど、みんな美味しいって食べてくれている。リーナさんなんか、両手のお皿がいっぱいになるまで盛り付けて、黙々と食事を続けてる。ああまでしてくれると、作った甲斐があったなあって、少し嬉しくなる。
すっかり陽の落ちた訓練所で響く喧騒から、私はワインボトルを持ってこっそり抜け出した。皆の高いテンションに少し疲れちゃったのと……いつの間にかいなくなった、彼の姿を探すために。
辺りを見渡すと、彼はすぐに見つかった。金属のコップに注がれた紫の液体をゆっくりと飲みながら、一人で土手に腰掛けている。気だるげに頬杖をついて顔をしかめてるけど、いらいらした空気は感じないから別にご機嫌斜めってわけじゃないみたい。
「……いいの? お料理、なくなっちゃうよ?」
そう声をかけると、一護さんはこっちをチラリとだけ見やった。意志の強いブラウンの瞳が、私を一瞬だけ射抜き、すぐに外れる。
「いいんだよ。もう十分に食ったし、今は食休み中だ……あァ、お前の料理、旨かったぜ」
「ふふっ、ありがと」
お礼を言いながら、一護さんの隣に私も腰を下ろした。そのまま二人で、少しずつ、少しずつワインを飲む。
遠くで皆が騒ぐ声が広い訓練所に木霊して、夜の静けさを掻き消していく。それを聞いていると、小さいころによく行ったお祭りを思い出す。
あの頃もこうやって、皆が騒いでるのを遠くから眺めていた。自分がその輪の中にいることよりも、皆が幸せそうにしてるのを見ている方が、当時の私は好きだった。必要以上に他人と近づくことが苦手な私の、不格好な幸福のカタチ。
今も性根は変わらないけど、あの夜から少しはマシになったかな、とは思う。少なくとも、こうして誰かの隣に自分から座れるくらいには。
でも、まだダメだ。
昨日みたいに、黒猫団の皆が無茶をするのを止められなかった。無事に帰ってきてくれたときはホッとして思わず泣いてしまったけど、その後にこみ上げてきたのは涙じゃなくて、悔恨だった。
私が皆ともっと一緒にいれば、ケイタと一緒に夜の狩りに反対できたんじゃないか。止めることはできなくても、もっと早く皆が迷宮区に行ってしまったことに気づけたんじゃないか。そういうところで頑張るのが、戦線に出ない私の役目なんじゃなかったのか。あるいは、私が戦線から退かなければ、一時でもそれを抑えることができたんじゃ――
「まーだ退いたこと気にしてんのか、オメーはよ」
コツン、と頭に軽い衝撃。一護さんが、コップの縁で小突いてきた。
「別に今回のは誰のせいってワケでもねえよ。強いて言や、ダッカーのアホと、あのクソ犯罪者共が悪いんだ。オメーが気にすることじゃねえ。何でもかんでも自分に押し付けんな、ボケ」
「……凄い、ね。よく分かる。ひょっとして、エスパーさん?」
「バカ言え。昨日の今日でそんなシケた面してりゃ、誰でも予想は付く。マイナス思考はオメーの十八番だしな。
それに、俺がエスパーだってンなら、ウチの相方がカミサマになっちまうだろ」
「そっか、神様は一護さんの方だったもんね」
死神さん、そう言って、私は空になった一護さんのコップにお代わりのワインを注ぐ。代行だっつの、と彼はぶっきらぼうに言い返しながらワインを受け、ぐいっと一口あおる。
小さく笑みを返して、私も少しだけ長くコップを傾ける。アルコールの一滴も含まれていない「なんちゃってワイン」だけど、なんとなく気分が高揚してくるような気がした。
いつもより高ぶった気持ちのせいか、沈黙の間が一分と続く前に、私は自分から話し出していた。
「あのね、私、SSTAのお仕事を手伝うことにしたんだ。事務仕事をしてくれる人が欲しいって、ディアベルさんが言ってたから」
「黒猫団はどうすんだよ、まさか抜けるってわけにもいかねえだろ。アイツらがゼッテー止めにくる」
「うん、もちろん籍は黒猫団に置いたままだよ。当分の間は、皆はディアベルさんたちの講習を受け続けるみたいだし、私はSSTAのお仕事を覚えながらそのサポートって感じかな」
大変そうだけどね、と付け加えて、私はワインで唇を湿らせる。ブドウの香りが漂い、頭の中が澄んでいくような感覚がした。
吹き抜ける夜風に押されるようにして、自然と次の句が口をついて出る。
「最初はお料理とかお裁縫を覚えて、黒猫団の皆を支えようかなって思ってたんだ。戦い以外で貢献できることなんて、それくらいしか思いつかなかったから。
けどね、あの夜、一護さんが私を叱ってくれて、『信じることから逃げるな』って言ってくれたのを思い出したの。
私は確かに皆を信じることから逃げてた。臆病で弱虫だから、自分の弱い心を見て欲しくなくて、弱い心を誰かに笑われるのが怖くて、本当は寂しいのに誰にも心を許したくなかった。今もまだ少しだけ、壁を作っちゃうときもあるけど、それでもちょっとは良くなったんだ。
この『はじまりの街』でクリアを待ってる人たちの中には、きっと私に似た心を持ってる人もいっぱいいると思う。戦いが、死が、この世界が怖くて、一歩も動けなくなって、全部に目を伏せてる。
もし、そんな人が顔を上げた時、私みたいな弱虫が一歩だけ前に進んで、できないなりに頑張ってたら、きっとその人たちも『自分でもできそう』って感じてくれると思うんだ。ううん、そこまで大袈裟じゃなくても、何かしたいけどどうすればって人とか、戦いはイヤだけど何かサポートならって人とか。そういう人の……えっと、お手本なんて偉そうなことは言えないけど、せめて参考くらいにはなれたらなって、そう考えた。
『信じることから逃げるな』みたいな強い言葉は私には言えないけど、戦えなくてもできることはあるんだよって、伝えたくて。私がそういう人の助けに、ほんのちょっとでもなれたら、いいのかな……?」
今まで国語の朗読以外でやったことがないくらい、長い長い台詞を私は言い切った。長すぎて何を言ってるのか自分でもわかんなくなんちゃって、疑問形で終わってしまったけど。
でも言いたいことは言えたような気がする。たとえ私の考えていることが、ちょっと成長しただけでいい気になってるおバカの妄想であっても、独りよがりの偽善であったとしても、少しでも前に進める人がいるのなら、それでいい。ううん、それがいいんだと、自信を持って、そう思える。
隣に座る彼からは、一言も反応が返ってこなかった。笑ってるのか怒ってるのか、それとも呆れてるのか。知りたくて、ゆっくりとそちらを見てみる。
一護さんは、驚いたように目を見開き、パチパチと瞬きを数度繰り返して固まっていた。
平素の彼にはないそのコミカルさはちょっと面白かったけど、それ以上にその驚いたというリアクションに、こっちが驚いた。
「……えっと、一護、さん?」
「え、ああ、わりぃ。ちょっとビックリしちまって……。
いや、なんつーか……戦いたくないとか、死にたくないとか、逃げたいとか、ネガティブなことばっか言うオメーの口から、ああしたい、こうなりたい、なんて前向きな言葉が出てくるなんて、珍しいなと思ってよ」
変わるもんだな、と一護さんは呟いて、表情を元のしかめっ面に戻した。
「なんか、その……良かった。しなくないことしか言わねえお前が、やりたいって思えるモンを見つけられて。
気持ちの在り処とか行動の善し悪しとか、そんなムズカシイことはわかんねえ。けど、サチが自分の意志でこうしたいって思ったんなら、そう思えたんなら、それでいいんじゃねえか? なんか新しいことを始める理由、なんてのはよ」
そう言って、一護さんは私からワインのボトルを取り上げると自分のコップに並々と注ぎ、ついでに私のコップにも注いでくれた。
縁のギリギリまで注がれて揺らぐ紫色の水面は、今の私の心をそのまま映し出しているようで、恥ずかしくなって一気に三分の一くらいを飲み干した。流石に勢いを付けすぎて、ちょっと咽てしまったけど。
なんだか、こう……ズルい。
ズルいよ、一護さんは。
しかめっ面のままだけど、私が精いっぱい頑張って話したら、ちゃんと聞いてくれて。
笑みの一つも浮かべなくても、不器用に私を励ましてくれて。
そんなことされたら……魅かれるに決まってるのに。
嬉しさと同時にこみ上げてきた変な怒りによって、私の中にちょっとした悪戯心が芽吹いた。
前を向いたままの彼の顔を見上げながら、私は人生初の「茶目っ気」を意識しながら、笑いかける。
「そっか。じゃあ私、新しくSSTAのご飯作りも頑張ってみようかな」
「いいんじゃねーの? いっそ食堂でも作っちまえよ」
「うん、それもいいかもね。
頑張って美味しいもの作って、スキルも上げて、レパートリー増やして……いつの日か、一護さんに毎日食べてもらえるようになれたらな……なんて、ね」
「ココまで食いに来いってか? すげえ自信だな」
「私が作りに行ってもいいよ、毎朝毎晩」
「そりゃありがてえけどよ、オメーにいいことなんて一つもねえぞ? 俺なんかより黒猫団の連中とか、食い意地張ったリーナとかに食わしてやれよ」
「ううん、いいの。一護さんが食べてくれれば、それで。
何日何か月、何年かかっても、いつかきっとそうなれる。そう思うだけで、私は頑張れるから」
……ちょっと、遠まわしにいろいろ言い過ぎてしまった感がある。
ひょっとして、バレちゃう、かな?
一気に緊張が押し寄せてカチコチになる私だったけど、幸い(?)にも一護さんは言葉の意味を勘ぐるようなことはしなかった。ガリガリとオレンジ色の髪を掻き、そっぽを向きながら、
「……まあ、オメーがいいなら、それでいいけどよ」
「ほ、ほんと!?」
思わず身を乗り出す私に、一護さんはいたって平静なまま頷いてみせた。
「戦線から退く背中を押したのは俺だ。そのオメーがやる気になれるってンなら、料理くらい幾らだって食うさ」
「……ありがとう」
「別に、礼言う程のことじゃねえよ」
「それでも、ありがとう」
貴方の言葉には、それだけの力があるから。
心の中で一言、そう付け加えて私は前に向き直る。明々と燃える焚き火に照らされて、誰かがこっちに手を振るのが見えた。
「おーい! 一護君、サチさん!! こっちで一緒に飲もうじゃないか! 夜はまだ長いぞ!!」
喧騒の中でも一際通る、爽やかな声。ディアベルさんだった。よく見ると、その脇にはケイタがヘッドロックの体勢で捕まったまま、ジタジタともがいている。
「ったく、ノンアルのクセに、相変わらず酒癖のわりー奴だ……サチ、ウザかったらシカトしていいからな。アイツは昔ッからああなんだ」
「ううん、私もちょっとしたら行くよ。先に行ってて」
「そうか。んじゃ、後でな」
そう言い残し、一護さんは皆のところへ戻っていった。炎の朱色に飲み込まれて、彼の後ろ姿が真っ黒に染まっていく。
他のみんなと同じ影法師になっていくのを、私はただ見送っていた。追いかけてもよかったけど、今はまだこのまま、彼の背中を見ていたかった。まだ、彼にもらった言葉の残響が、私の中に残っていたから。
一護さん。
殺風景に変わってしまった私の世界に、もう一度色を与えてくれた。夜に灯る、満月のような人。
記憶の中で一番眩しい、あの夜に見た本気の彼。その姿に焦がれて、私はそっと目を閉じた。
名を呼ばれるだけで、嬉しくなる。
想うだけで、切なくなる。
初恋の人の、その笑顔を。
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
ルクスの扱いに困って、結局空気に……別にいなくてもよかった気がしますね、すみません。
そして一護、爆死しろ。
朴念仁には等しき死を。
次章はまたオリジナルエピソードです。
メインヒロイン主体、ユニークスキル云々、未だに出て来てないアイツ等々、突っ込めるものは全部突っ込んで書いていきたいと思います。
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