| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十二話 新人事

軍務省 尚書室

 軍務省尚書室に三人の軍人がいた。軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部長シュタインホフ元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥。帝国軍の軍政、軍令、実動部隊の頂点に立つ男達である。

「遅いではないか、二人とも」
「落ち着かれよ、シュタインホフ元帥」 
不機嫌なシュタインホフ元帥をエーレンベルク元帥が宥めると、エーレンベルク元帥の副官が待ち人の到来を伝えてきた。元帥は二人を部屋に入れると内密の話があるといって副官に人払いを命じた。

「トーマ・フォン・シュトックハウゼン大将です。出頭いたしました」
「ハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将であります」
「うむ、ご苦労である。此度来て貰ったのは他でもない。両名にイゼルローン方面の防衛を担ってもらうためだ」
「といいますと?」

「正式な発表は一週間後になるから口外してもらっては困るが、シュトックハウゼン大将には要塞司令官を、ゼークト大将には駐留艦隊司令官を担ってもらう」
「トーマ・フォン・シュトックハウゼン、必ずや御期待にこたえて見せます」
「ハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト、決して反乱軍に好きにはさせません」
「両名とも協力しあって反乱軍に対処してほしい」
「はっ」

軍務尚書と両大将のやり取りを聞いていたミュッケンベルガーはおもむろに切り出した。
「両名とも良く聞いて欲しい。今軍務尚書が言われた協力というのを忘れないで欲しいのだ。正直に言おう。先に行われたイゼルローン要塞の攻防では、要塞司令官と駐留艦隊司令官の不仲が味方殺しの悲劇を招いた」

「ミュッケンベルガー元帥!」
「司令長官!」
エーレンベルク、シュタインホフ両元帥が静止するのも構わずミュッケンベルガーは続けた。
「要塞司令官と駐留艦隊司令官の不仲が味方殺しの悲劇を招いたのだ!」
「あれは不可抗力というか止むを得ない処置だったと聞いていますが」

「そうではない。反乱軍による並行追撃作戦の可能性を指摘した士官がいたのだ。だが馬鹿どもがいがみ合うばかりに碌な検討もせず、結果としてあの悲劇が起きた。しかも虚偽の戦闘詳報を送って我等を欺こうとする有様だ、馬鹿どもが」

エーレンベルク、シュタインホフも、もう止めようとはしない。
「虚偽の戦闘詳報?司令長官閣下、それは何かの間違いなのでは……」
ありえないといった表情のシュトックハウゼンにミュッケンベルガーは苛立たしげに言葉を放った。

「間違いではない!イゼルローンに真相を確かめたのだ。クライスト、ヴァルテンベルクも認めている。これ以上あのような愚か者どもにはイゼルローンはまかせておけぬ。それ故、卿らがイゼルローンに赴くのだ」
ミュッケンベルガー元帥の侮蔑を隠そうともせぬ強い語気に、そして第五次イゼルローン要塞攻防戦の悲劇の真実を知った二人の大将は思わず顔を見合わせた。エーレンベルクが口を挟んだ。

「今回の戦いはイゼルローン要塞と駐留艦隊のみで反乱軍に対応した。オーディンからの援軍は無かった。それ故騙しとおせると考えたらしい。5,000隻、いや3,000隻で良い、援軍を送っておけばこのような事には成らなかったかもしれぬ……。いや、済まぬ司令長官。卿を非難するつもりは無いのだ」

「判っている、エーレンベルク元帥。私とて同じことを何度か考えた」
「クライスト、ヴァルテンベルクの両大将はいかが成りますか?」
「知りたいかなゼークト大将。クライスト、ヴァルテンベルクの両名は軍事参議官に親補される。但し、軍の指揮を執ることは二度とないだろう。もう一度言う。両名とも協力しあって反乱軍に対処するのだ。クライスト、ヴァルテンベルクの二の舞にはなるな」
最後にシュタインホフ元帥が両大将に念を押した。


「大丈夫かな、あれは」
「駄目なら、また換えるしかあるまい」
「確かに司令長官の言うとおりだが、やはり一つにまとめたほうがよかったのではないかな」
「軍務尚書、なにをいまさら。それができるのならこんな苦労はせぬ」
「それもそうか」
「ところで、ヴァレンシュタイン中尉、いや大尉のことだがどうする」
「統帥本部長はよほどあの若者が気になるようだな、ふふふ、退職願を出してきた」

「退職願? で認めるのかな、軍務尚書は」
「たかが大尉一人に目くじら立てても仕方があるまい。本人の望み通りにさせてはどうかな」
「危険だ。あの男は全てを知っているのだ。むしろ始末したほうが良かろう」
「それはやめたほうが良かろう」
「何故だ」

「あの若者が、コンラート・ヴァレンシュタインの息子だという事は知っていよう」
「好都合ではないか。例の貴族どもに罪をかぶせればよい」
「そうは行かぬ。実際にヴァルデック男爵家、コルヴィッツ子爵家、ハイルマン子爵家が手を下したならばよい。がそうでなければ当然3家は無実を訴え、犯人は別にいると騒ぐであろうな」

「それがどうしたというのだ」
「今回の一件、何処で誰が知っているかわからぬ。大尉が事故死などすれば、当然われらにも疑いの目が向けられるだろうな」
「私も軍務尚書に同感だ。つまらぬことはせぬほうが良い」
「つまらぬ事とは……」
「たかが一大尉にこだわるべきではないと言っているのだ」
「……では、退職させると」

「さて……統帥本部長の危惧も判る。どうかな、このまま様子を見ては」
「退職願は却下すると」
「うむ。その上で前線に出してはどうかな」
「戦死させるのか」

「そうではない。彼が用兵家としてなかなかの才能を持っているのは事実だ。優秀な士官は前線で常に必要とされるのではないかね」
「なるほど。勝ってよし、負けてよしか」
「悪くないな」
低い笑い声が尚書室に流れた。
 
■エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

 その日、俺はまた人事局への出頭を命じられた。どうやら俺の処遇が決まったらしい。退職願をだしてから一週間以上が経っている。随分と待たせられた物だが、その程度の重要性しかなかったとも言える。やはり、神経質になっていたのはシュタインホフのようだ。人事局の受付で例の受付嬢に来訪を告げると局長室へ行くようにと言われた。眼には好奇の色がある。多分彼女の中で俺は人事局長の御覚え目出度い将来性豊かな士官になっているのだろう。ま、すぐに自分の過ちに気付く。

「卿の退職願だが、却下された」
やはり駄目か。となると前線勤務だな。イゼルローンではないだろう。となると艦隊勤務だが、さて何処だ? 

「上層部は卿の用兵家としての能力を高く評価している。うらやましい事だな大尉」
「恐縮です、閣下」
少しも信じていないくせに。いつでも代わってやるぞ。

「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大尉、第359遊撃部隊の作戦参謀を命じる。詳細はこの資料に書いてある。武運を祈る」
「そうそう。これはまだ公にはされていないが、イゼルローン要塞司令官、駐留艦隊司令官が交代する。要塞司令官はトーマ・フォン・シュトックハウゼン大将、駐留艦隊司令官はハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将だ。お二方とも三長官に呼ばれ、協力して反乱軍に当たれと激励されたらしい」

なるほど。俺の事よりイゼルローンの新人事のほうが大事だ。俺が後回しになるのは当たり前か。むしろ早く決まったほうかもしれない。シュトックハウゼンとゼークトか、最後の要塞司令官と駐留艦隊司令官だな。司令官職の兼任はやはり無理だったか。そっちのほうが効率がいいんだが。しかし三長官の訓示が有ったとなるとどうなるか。さぞかし厳しく協力しろと言ったろう。シュトックハウゼンとゼークトは協力するだろうか? ヤン・ウェンリーのイゼルローン攻略にも影響がある。さて、どうなるやら。
 
ハウプト中将が俺にイゼルローンの新人事を教えてくれたのは、明らかに俺への好意、あるいは憐憫だろう。俺はその情報に気を取られて肝心な事を聞かずに局長室を出てしまった。俺にとって一番大事なことを聞かずに。
第359遊撃部隊って何だ?任務ってなにやるの?

  
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧