ウラギリモノの英雄譚
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シュラバ――莉子と里里
要は大事を取って病院に運ばれた。
怪人の返り血でべったりと汚れてはいたものの、検査の結果はやはり無傷。シャワーで血を洗い流した後、莉子が買っておいてくれた服に着替え、今は要の自宅に帰ってきている。
「いやぁ、ひどい目に合ったねぇー。せっかくのお出かけが台無し」
脳天気な声で莉子が言う。
「いやでも、やっぱり要くんは流石やね。あそこで君がおらんかったら、大変なことになっとったかもしれんよ」
「莉子さんがいてくれたから、何とかなったんですよ」
「へへ、そうかなぁー?」
莉子が照れて頭を掻く。
「そういえば要くん。五秒で捕まえる言うたのに、何で四秒ちょっとで捕まえたん? あれ、ちょっとギリギリやったよ」
「何となく、あのタイミングで莉子さんが怪人を転がす気がしたんです」
「確かに、タイミングだけやったらピッタリやったけど……もしかしてそれって以心伝心ってこと?」
「いいえ、ここ最近、ずっと莉子さんに襲われてたから動きが何となくイメージ出来たんです」
「ふーん……」
莉子が居間のテーブルの上にあったみかんに目を向けた。
「何か食べにいかん? お腹すいた」
「マジですか。いきなりですね」
「マジマジ。ファミレスでも行かん?」
「はぁ……良いですよ」
そんな会話をしていると、玄関に鍵が差し込まれる音が聞こえた。
幾子でも帰ってきたのかと思っていると。
「ただいまぁー。あれ? 誰、この靴? 要兄さんー」
玄関から里里の声が響いてきた。
ドタドタと廊下を歩いてくる音。
「もしかして、幾子さん帰って来……て?」
居間に顔を覗かせた里里と、莉子の目が合った。
「どちら様……?」
里里が要の方に目を向けてくる。説明を求めている様子だったが、何故か彼女に糾弾するような雰囲気を感じるのは何故だろう。
別に悪いことなどしていないはずなのだが、要は何故か悪いことをしている気分になった。
「というわけで、こちらうちの妹弟子の九重 里里さんです」
「よろしくー」
莉子は持ち前の明るさで、里里に近付いていく。
しかし、里里の方が壁を作っている雰囲気だった。そっけなく「どうも」と返す。彼女は人見知りをするタイプではないのに、どうしたというのだろう。
「で、こちらは緋山 莉子さん。えーっと……母さんの知り合いです」
「要くんとは師弟関係です」
「師弟? ……兄さん、弟子を取ったの?」
「いやいや、わたしの方が師匠ですよ」
「はい?」
里里が目を丸くする。
「ちなみに、師匠っていうのは……格闘技の師匠?」
「そうです」
要が肯定する。里里は額に手を当てた。
「鬼のいぬ間に女の子を連れ込んだだけかと思いきや……兄さん」
里里が先程より厳しい目線を要に向けてきた。
「これはどういうことかな?」
「えっとですね……」
要はここに至るまでの経緯を説明した。
「成る程……幾子さんの紹介で……」
里里が唇に手を当てる。
「失礼ですが、緋山さん。あなた……お強いんですか?」
「ああ、腕は立ちますよ」
「兄さんより?」
「……」
要が少し考え込んでいると、莉子が代わりに答えた。
「どっちも本気やったら、要くんが勝ちますよ。そうじゃないと、困ります」
「そうですか」
里里が目を閉じる。
莉子の方に目を向けて、
「少し、うちの兄弟子と内々の話をさせて頂いてもいいですか?」
「あ、やったらわたしは外しますよー。ご飯食べに行こうと思ってたんで」
「助かります」
「はいー。また後でー」
莉子が立ち上がる。
手をひらひらと振りながら、要の家から退場した。
「しばらく帰らない内に訳が分からないことになっていて、まだ混乱してる……」
「はい……」
「とりあえず今日、兄さんのところに来た件から」
莉子を見送って、里里が要を前に姿勢を正す。
「兄さん、認定試験を受けたんだって?」
「ああ……はい」
「で。急に心変わりをしたのは、あの子が原因っと……」
「心変わりというか、まぁ……成り行きで」
「そっか。成り行きじゃあ仕方ないね」
里里の表情が少し柔らかくなる。
しかし、要は逆に緊張した。里里が笑顔で怒る人だと知っていたからだ。
「別にそのことについては良いよ。ヒーローの資格を持っていたからって、絶対にヒーローにならないといけないわけじゃないしね」
里里が続ける。
「でも、ヒーローにすらなれなかった兄さんが、怪人と戦ったってのはよくない」
里里の目が一層鋭くなった。
「さっき、ヒーローの本部で聞いたんだ。一般人が怪人を食い止めたって。その一般人が兄さんだって知った時は肝を冷やしたよ。これも成り行き?」
「まぁ、……成り行きです」
緊張しつつ要が答えると。「変身」即座に里里が変身した。
彼女の姿は一瞬でヒーロースーツに切り替わり、手には彼女の武器である二丁の小銃が握られる。
飛ぶように膝立ちになった里里が、要に小銃を向ける。
敵意を向けられ、反射的に要は銃身を殴って払いのけようとするが、変身後の彼女の腕力を前に、要の力では腕をビクとさせることもできなかった。
「成り行きで死ぬつもりなのかな?」
冷たい声で里里が言い放つ。
「分かって。変身しないと怪人には勝てないの。変身が出来ない兄さんは、絶対に怪人と戦っちゃダメ」
里里がこうして変身して襲いかかってきたのは、きっと要に力の差を思い知らせるつもりなのだろう。
だが、そんなものは無意味だ。要は自分の無力を知っている。
「それでも、あの状況じゃああするしかなかったんです」
里里が首を横にふる。
「兄さんは変身ができない。それでも……自分を特別だと思ってるんじゃないのかな? だから、いざとなったら自分が行くしかないなんて考えるんだよ」
「僕は、ヒーローにはなれませんでした。それでも、手の届く範囲にいる人を守れるぐらいには強くありたいんです」
「……そんなスッキリした顔で言わないでよ」
里里が変身を解く。衣装が元に戻り、握られていた小銃が消えた。
前のめりになっていた里里が、うなだれるように要の肩に手を乗せ、体重を掛けてくる。
「何にせよ、もうやっちゃダメ。どんな状況にせよ、次やったら……私が泣く」
「その脅迫はずるいですよ!」
女の涙の使いドコロを知っている相手は、厄介だ。
里里のカバンから聞き慣れない電子音が鳴った。
やけに大きな音でビービーと鳴る。
「呼び出しだ」
里里がカバンに飛びつき、中からPHSを漁った。
「はい、九重です。……分かりました三分で行きます」
耳に当てた電話に短くそう告げて、里里が顔を上げる。
「ごめん、行かないと」
要に短く告げて立ち上がる。
きっとヒーローとしての仕事がやって来たのだろう。
要は里里を見送った。
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