猫又
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7部分:第七章
第七章
「ナゴヤドームだけじゃないよね」
「まあ気にしないでくれよ嬢ちゃん」
勝てないので誤魔化しにかかってきた。
「それで部活は頑張るんだよな」
「勿論」
「阪神もそちらも応援させてもらうからな。頼むぜ」
「もう野球の方は中日の優勝で決まりだけれどね」
「それを言わないでくれよ」
目の前で喜びに包まれる中日ナインと怒りに燃える阪神ファン。そのコントラストが今二人にも見事に重ね合っていたのであった。
芝居の練習は続きやがて本番目前となった。
「いよいよ明日なのよ」
「はじめてなんだよな」
「うん、初演」
沙世とトラはまたリビングで話をしていた。今度はジュースやお菓子を食べながらである。
「皆頑張ったし。上手くいきたいわ」
「あの男の子はどうなんだい?」
「いい調子よ」
にこりと笑って答える。
「お芝居も上手いし」
「それは何より」
「それにね」
顔が赤くなった。トラの予想通りだ。
「格好いいのよ」
「あれはそんな話じゃないんじゃ」
愛の妙薬は喜劇である。それで格好よいも何もない。むしろ少し以上に抜けていて間抜けなのが主人公のネモリーノ役に相応しい程である。パヴァロッティはそれがよくわかっている。
「それでもよ」
完全にのろけていた。
「背も高くてね。舞台の衣装に似合ってて」
「まあそれはそれでいいけれど」
「いい感じなのよ、凄く」
「かなり人気出そうだね」
「うん」
沙世もそれを認めた。
「多分うちの部にとって凄いものとなるわ」
「それはいいことだね」
トラはコーラを飲みながら応える。
「その転校生のおかげでね」
「ええ」
「けれどさ」
トラはここで沙世に言ってきた。
「嬢ちゃんも頑張りなよ」
「私も?」
「そうさ、芝居ってのは一人じゃできないんだ」
「それはわかってるわ」
「わかってるなら話は早い。約束したよね」
「頑張るってことだよね」
「その約束、守ってくれよ」
トラは沙世の目を見て語り掛ける。
「そうしたら」
「そうしたら?」
「きっといいことがあるからさ」
「いいこと」
その言葉に首を少し傾げさせる。
「何かしら」
「所謂ハッピーエンドさ」
トラは笑ってこう述べた。
「嬢ちゃんにもあるかもね」
「お芝居の成功ね」
「まあそんなところさ」
(隠してきたかな)
トラは沙世の顔を探りながら心の中で呟いた。
(だとしたら嬢ちゃんも中々侮れないな)
「私だってやるんだから」
沙世は意を決した笑みをトラに見せて言ってきた。
「見ていてよね」
「自信があるんだね」
「だって。毎日遅くまで練習したし。もう台詞の端々まで覚えてるわ」
そこまでやって自信がない筈がなかった。練習こそ自信の源というわけである。
「やってやるからね」
「ああ、それじゃあな」
「ええ」
沙世とトラは頷き合う。そして。初演へと向かうのであった。
上演場所は学校の体育館であった。場所自体はいつも練習している場所と同じである。
違うのは観客がいるということである。全校の生徒の前で沙世達は愛の妙薬を演じていた。
「アディーナ、愛しているんだ」
「私なんかを好きになっても無駄よ」
舞台の上でネモリーノを演じている澄也がアディーナを演じている沙世に語り掛けていた。
「他の人にあたってみたらどう?」
「そんな・・・・・・」
「ふうん」
トラも体育館に来ていた。魔力で姿を消してそれを眺めている。
「確かにな。これは人気が出るよ」
澄也を見て言う。彼は舞台姿もさることながら見事な演技を見せていたのだ。
「将来役者になれるかもな。嬢ちゃんも」
沙世も中々見事な演技を見せていた。二人は舞台の上では息の合った芝居を見せていた。
トラはそれをじっと見ていた。だがここでふと思った。
「これは使えるな」
二人の芝居を見て呟く。
「上手く使えば」
二人の仲が進むかも。そう思ったのである。
あらためて芝居を見直すことにした。じっと息をこらして見る。
芝居はその間に進んでいく。インチキ薬売りが出て来て彼からネモリーノが薬を買い。実は安物のワインの薬を飲んで酔っ払ったネモリーノが強気に出たらアディーナが仕返しに村に来ている軍人の一人と結婚すると言い出して大騒ぎに。あれよこれよという間に話が進んでネモリーノはアディーナの本当に気持ちを知ることとなった。
「彼女は僕を愛しているんだ。僕はこれ以上何を望むっていうんだ?」
「歌じゃなくてもいい場面だね」
トラは澄也が舞台の上で語るのを聞いて満足した顔で頷いていた。この愛の妙薬はオペラでは今の場面、『人知れぬ涙』が歌われる場面こそが最もいい場面なのである。このオペラの中で最も有名な歌でありこれを聴く為に来る客も多い。言うならば最大の見せ所である。
そこで彼は見事に演じていた。トラも感心する程に。それを見て観客達に見惚れていた。
「さてと」
それが終わったところでトラは身構えた。
「いよいよだな」
ネモリーノとアディーナが互いの愛を確かめ合う場面だ。トラはその場面で仕掛けるつもりであった。だからこそ身構えてきたのである。
いよいよ。ネモリーノとアディーナが舞台の上に現われた。そして芝居に入る。
「受け取って、これを」
アディーナはネモリーノに対して言う。その手には契約書がある。
「もう貴方は自由なのよ」
「自由って?」
ネモリーノは薬売りから薬を買う金を手に入れる為に軍に志願していたのだ。彼の本当の気持ちを知ったアディーナはそれを払い戻したのである。
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