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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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九十七 里抜け

 
前書き
なんとか間に合いました…!
あるキャラクターが好きな方にとっては、最後の一文は良くない展開だと思われます。ご注意ください! 

 
「―――貴女が俺の後ろ盾になる、というのか」
「悪い話では無いだろう?」

我愛羅の質疑に、綱手は鷹揚にも片眉をついと上げてみせる。
最近就いたばかりだというのに火影の風格を既にその身に纏う彼女を、我愛羅は眩しそうに見遣った。

静まり返った室内。重苦しい空気が満ちる火影室に反し、外では穏やかな光景が広がっている。
現状を知らぬ里人達が平和を謳歌している様を窓からちらりと覗き見てから、我愛羅は思案げに顔を曇らせた。

確かに化け物として畏怖されてきた自分が何の後ろ盾もなく風影の座に就くのは難しい。
よって綱手からの申し出は我愛羅にとっては願っても無い事だ。
だが代償無しの協力など綺麗事に過ぎない。


「……見返りは何だ?」

我愛羅の察しの良さに、綱手は口許に弧を描いた。
それは折しも、サスケを追い、波風ナル達が里を出て、後ほどの話であった。














波風ナルを背に庇ったまま微動だにせぬ我愛羅を、サスケは怪訝な眼差しで見据えた。
まるで大切なモノを守るかのようにナルを背に隠す様子を見れば、彼が現在どちらの味方なのかは一目瞭然である。

「どういうつもりだ…?」
「今度は木ノ葉についたか…。あちこち忙しいヤツだなァ」
サスケの質問に被せるようにザクが呆れた声を漏らす。周囲の怪訝な視線に、我愛羅本人は無表情を返した。
「俺とて、好き好んで木ノ葉を襲撃したわけじゃない……命令だった」

そこで初めて、我愛羅はサスケを見据えた。我愛羅と眼を合わせたサスケが秘かに息を呑む。
『木ノ葉崩し』で垣間見た化け物の眼ではない。凛とした人間の眼がサスケの顔をじっと覗き込んでいた。
「今、此処にいるのと同じように…な」


どこか含みのある物言いに、サスケではなくザクが反応した。状況からして、木ノ葉側についているらしい我愛羅に追及する。
「木ノ葉からの要請でそいつと同じく、連れ戻しに来たってわけか?」
「……………」

ナルを指差しながら、サスケを木ノ葉に連れ戻しに来たのかと言うザクの質問に、我愛羅は答えなかった。代わりに、背後からひょこっと顔を出したナルが「そうなのか?」と訊ねる。

ザクの言葉通り自分と同じ目的でサスケを追って来たのなら、これほど頼もしい味方はいない。
そう期待を込めて覗き込んでくるナルのキラキラした瞳から我愛羅は顔を逸らした。言いにくそうに口ごもる。
「………そうだ…」

我愛羅の答えを聞いた途端、ぱあっとナルは顔を輝かせた。
「よっしゃ!!何が何だかわかんねーけど、一緒にサスケを連れ戻そーぜ!」
「させるかよ!!」

意気揚々と宣言したナルと我愛羅のタッグを邪魔しようと、ザクが攻撃を仕掛ける。二人の仲を引き裂くかの如く投擲されたクナイの嵐が、ナルと我愛羅に襲い掛かった。

慌てて飛退こうとしたナルと離れる寸前、我愛羅がそっと囁く。
「…お前はあの二人の相手をしてくれ。俺は…――」

我愛羅の言葉尻を捉え、戸惑いながらも頷き返すナル。それを眼の端に捉えつつ、我愛羅は静かに彼を見据えた。
ナルと共に移動したザクとアマルとは違い、先ほどから一歩も動いていないサスケと眼を合わせる。


以前、中忍選抜試験本選試合にて対峙し、そして『木ノ葉崩し』で闘った相手。
お互い物静かでありながら、共に眼光の強さは変わらない両者。

「……『木ノ葉崩し』以来だな。砂瀑の我愛羅」














パッと水が割れる。
寸前まで立っていた水面。それを断ち切ってゆくザクの【斬空破】をナルは素早く避けた。

サスケと我愛羅がいる像。その眼下に広がる水上で、ナルはザクとアマル双方と対峙していた。
もっとも攻撃してくるのはもっぱらザクばかりで、アマルは先ほどからずっと静観している。
戦闘に加わる気が無さそうな彼女の様子にほっとしつつ、ナルは再び放たれた【斬空波】をかわした。
「チッ…ちょこまかと」


あちこちで上がる水飛沫。何度【斬空波】を放っても、尽くかわすナルにザクは舌打ちした。
眼には視えぬ攻撃のはずなのに、何故こうも易々と回避出来るのか。苛立ちを募らせるザクの目前で、ナルが静かに構えた。
再度放たれる衝撃波。


「【蛙組手】!!」
眼には視えぬ衝撃波を、眼に視えぬ風が受け止める。そのまま相殺したナルが何事もなく佇んでいる様を、ザクは愕然と見つめた。

己の周囲の自然エネルギーの一部『風』を利用し、ナルはザクの【斬空波】の軌道を読んだのだ。
しかしながらザクにとっては、自分の攻撃がナルに効かなかったようにしか見えなかったらしい。

「…ッ、【斬空極破】!!」

【斬空破】よりも遙かに上回る威力。放たれた【斬空極破】を前に、ナルもまた蛙組手を繰り出そうとした。
だが、その前にザクが右腕を眼前に掲げる。

衝撃波を放つ左腕ではなく、生身ではない右腕。
中忍予選試合でシノと対戦した際に失った右腕は、今や大蛇丸から貰った義手だ。


だがソレを掲げた途端、【斬空極破】の威力が更に増した事実にナルは驚愕した。
右腕の義手を前に出しているだけなのだが、不可解な事に衝撃波の破壊力が上がったのだ。
仙術とは言っても【蛙組手】の劣化版では防ぎようがない。

「……ッ、」
迫り来る衝撃波を前に、ナルは視界端にアマルを捉えた。
やはり依然として沈黙を貫いている彼女の姿が瞳に飛び込んだ途端、ふ、と脳裏に思い出したのはかつての約束。


綱手を捜していた際、仲良くなったアマルと真夜中の宿でナルは約束した。
修行している新術――即ち【螺旋丸】を一番にアマルに見せると。


ハッと閃いて、ナルは【影分身】の印を結んだ。形態変化を影分身に担当させる。
(チャクラを圧縮して……)
手の中に渦を巻き始めたソレ。旋回するチャクラの渦が青白き光を放つ。
(―――留め切る!!)

手中で渦巻く青き珠を、ナルは迫り来る衝撃波にぶつけた。
蒼い衝撃。
「―――【螺旋丸】!!」


衝突と轟音、そして眩いばかりの閃光がその場に満ちた。


















轟々と唸る滝の音を背に、サスケは警戒心を露に身構えた。以前対戦した時以上の強さを我愛羅から感じ取って、油断なく見据える。

戦闘態勢を取るサスケに対し、我愛羅は少しばかり離れた地点にいるナルの様子を窺っていた。
ザク・アマルと対峙している彼女にこちらの声が聞こえない事を確認する。
そこでようやくサスケに注意を向けた我愛羅は、悠然と構えたまま、砂を操った。
「…ッ、」

砂の唐突な襲撃。
咄嗟に飛退いたサスケだが、それより先に砂が足首に纏わりつく。
跳躍を阻まれ、踏鞴を踏んだサスケの頭上に影が落ちた。
「…………」

無言で見下ろしてくる我愛羅に慄然となり、急ぎ【写輪眼】を発動しようとするサスケ。
刹那。

「要請されたのは確かだが、五代目火影…個人からの要請だ」
「……は?」
無表情で淡々と話し出す我愛羅に、サスケは呆気にとられた顔をした。ぽかんとしたサスケに構わず、やはり無表情で我愛羅は語り続ける。

「うちはサスケ…お前を無事、木ノ葉から抜けさせろとの命令だ」
「…ッ!?」

途端に驚愕の表情を浮かべたサスケを我愛羅はよくよく窺った。同時に、ナルの様子を探る。
ザク・アマル双方と対峙している彼女の耳に入らぬよう、依然として声を潜めたまま我愛羅は言葉を続けた。

「うちはサスケ。お前が里を抜ける理由も、本来の目的も聞いている。それを踏まえた上で、俺はお前を追った」


我愛羅の話を愕然と聞きながらも、サスケは内心得心がいった。
木ノ葉のスパイとして大蛇丸の懐にわざと飛び込む、隠密活動。火影の建前上として派遣する追っ手の内、一人には自身の本来の目的を伝えるとサスケは綱手から聞いていた。

実際はシカマルがその一人なのだが、その事を知らぬサスケは当然、このような考えに至った。
木ノ葉を抜けた理由も、その本来の目的を我愛羅が知っているのならば、彼がその一人なのだろう、と。

綱手とて最初はシカマルにのみサスケ本来の目的を伝えていた。だが我愛羅の協力を得る為には、致し方無かったのである。
仮に、サスケが大蛇丸の許から逃れ、木ノ葉に帰って来る場合、果たして木ノ葉の忍び及び里人達はそれを受け入れられるだろうか。
実はスパイだったと火影自らが口添えしたとしても、サスケの真実を信じてくれる者は少ないだろう。

そこで綱手は保険として、風影就任の見込みがある我愛羅に取り引きを持ちかけたのだ。

我愛羅が『風影』になれるよう支援する代わりに、今回のサスケの件を要請する。
火影である自分以外、それもある程度の権限を持つ者が真実を知っていれば、隠密任務を終えたサスケが無事木ノ葉へ帰る可能性が高くなる。

火影だけではサスケへの疑惑をなかなか払拭出来ないだろうが、自里の長に加え多里の長の口添えがあれば、疑念は大幅に晴れるだろう。それに、たとえ風影になれなくとも我愛羅には既に風影の息子という肩書が付いている。

だがやはり息子よりも風影のほうが遙かに説得力があるのも確か。故に綱手は我愛羅に風影になるよう勧めたのである。


一方の我愛羅は、自分を救ってくれた波風ナルが火影を目指す理由を、綱手との対談にて知った。
自分の存在を認めさせる為に火影を目指すというナルの夢。

同じ境遇でありながら、かつての自分が己以外の者を恨み、何もかもを憎んでいた事実に反しての彼女の在り様に、我愛羅は心底、尊敬の念を抱いた。
大げさだろうが、我愛羅にとって波風ナルは、事実、恩人である。だからこそ、同時にこうも思った。


波風ナルが火影になるのならば、俺は風影として彼女を支えよう、と。


うずまきナルトの『君は影に生きるべきではない。影を背負う器だ』という言葉も後押しになり、我愛羅は風影への道を目指す為に、綱手との取り引きを承諾したのだった。

即ち、後ろ盾を得る代わりに、うちはサスケの里抜けを成功させよとの要請に応じたのである。



「……うちはサスケ。五代目火影の命令によりお前を見逃す――――今の内に行け」

この場から立ち去るよう明示され、サスケは胡乱な眼つきで我愛羅を眺めた。
本当に綱手からの要請で来たのか半信半疑である彼は、しかしながら視界端に捉えたナルの姿で決意を固めた。

自分を里に連れ戻そうと必死になっているナルに捕まれば厄介だし、なにより彼女を巻き込みたくない。ザク・アマルと対峙し離れている今がチャンスなのは間違いないのだ。
癪に障るが、ここは我愛羅の指示に従うのが得策だろう。


「…だが、一つ憶えておけ」
踵を返しかけるサスケに、我愛羅は背を向けた。互いに背中を向けたまま、暫し続く沈黙。
痺れを切らしたサスケが歩き始める寸前、我愛羅は己が最もサスケへ伝えたかった用件を口にした。
その声音はナルと会話していた時とは一転して、酷く冷たいものだった。


「もしお前がかつての俺のように、闇に染まった場合―――俺がお前を殺す」

大蛇丸の許へ行けば、彼のようになる可能性も大きい。昔の我愛羅のように、ただ殺戮を楽しむ存在になるかもしれない。
それを、今の我愛羅は危惧したのだ。

里抜けを手助けしたところで、サスケが闇に染まる結果に終われば全てが水の泡だ。
なにより波風ナルが悲しむ。だからこそ我愛羅はサスケに念を押した。
これを伝える為にわざわざ終末の谷にまで出向いたと言っても過言では無かった。


「それをよく肝に銘じておけ、うちはサスケ」

声音と共に伝わった我愛羅の殺意を確かに背中越しに感じて、サスケはくっと口角を吊り上げた。地を蹴る。

滝音と、波風ナルの気配が共に遠ざかってゆく。否、自分自身が終末の谷から離れてゆくのを実感しながら、彼は呟いた。
「――――上等だ」


兄と同じスパイへの道を選んだ時に、もう心は決まっている。
万が一にも無いが、もしも大蛇丸のように闇に堕ちてしまった際、殺されても文句は言えない。
それだけの覚悟がサスケにはあった。

(……イタチの仇を討つまでは死ねないがな…)

確実に復讐への道程を辿りながらも、決して闇には染まらない。
たとえ世間では抜け忍とされても、裏切り者と蔑まされようとも、サスケには胸に秘めた野心があるのだ。


己の兄…うちはイタチを殺した――うずまきナルトへの復讐を果たす、野望。
それを果たす為に。



額当てを外す。木ノ葉の印が施されたソレを、サスケは名残惜しげに、しかしながら無造作に捨て去った。
木ノ葉を抜け、国境を越え、音隠れの里へ向かう。


額当てが無くとも、木ノ葉隠れの忍びとして。
















陽が落ちると共に齎された情報に、綱手は顔を顰めた。

表向きは、里を抜けたうちはサスケを連れ戻す任務。
だがその実態は、サスケを見逃し、無事里を抜けさせる任務だ。
サスケに木ノ葉のスパイとしての隠密活動を遂行させる為に。

けれど、シカマル達の帰還と同時に綱手へ流れてきた知らせは、二つあった。
里抜けに関しての吉報と、凶報。

綱手は窓から里を一望する。
落陽に赤く染まる街並みでは、穏やかに過ごす人々が夕陽に促され、次々と自分の家へ帰ってゆくのが垣間見えた。皆が各々自分の帰る場所を、居場所を持っている。

そんな当たり前の光景を目にしながら、彼女は深い溜息をついた。同時に、両親がいない波風ナルを思い浮かべる。

「家族がいなくとも、此処を居場所だって思ってくれる奴もいるのにな……」

綱手が火影になろうか迷っていた時に、大げさな身振り手振りで木ノ葉を自分の居場所だと言ってくれたナル。
あの言葉にどれだけ救われただろうか。


綱手は己の故郷でもある木ノ葉の里をじっと見つめていたが、やがて机上の書類に手を伸ばした。
報告書の文面を前に、彼女は静かに項垂れる。

其処には、綱手にとっても予期せぬ展開が書き連ねてあった。










○×年◇月
五代目火影――綱手立つ
初代火影・千住柱間の孫及び三忍の一人なり
同月末
火の国・木ノ葉隠れの里 抜ける者あり
五代目火影 この者に追い忍差し向けん
追い忍 大蛇丸の部下と交戦し、これを討つが
里を抜けし者 大蛇丸の許に降る
火影 この者を抜け忍とし
大蛇丸同様 里を追われる身とせん
その忍びの者の名を 以下に記す

うちはサスケ そして――――
















――――――春野サクラ

 
 

 
後書き
今年中に章終わらせる詐欺してしまい、申し訳ありません!!
かなり粘って書いていたんですが、色々仕事とかでアクシデント続きで…(汗)
こちらでお詫び申し上げます。大変失礼致しました。
まだ後一話二話ほどでこの章が終わりますので、不穏な終わり方ですが、これで今年最後の投稿とさせていただきます。

また、次回にてナルがどうなったのか、何故彼女が、音の五人衆は?といった理由を諸々書きますので、どうか来年もよろしくお願いします!
来年も完結目指して執筆続けますので、どうかよろしくお願い致します!!それでは、よいお年を迎えてください~! 
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