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フラメンコドレス

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第四章

「話したんだがな」
「ひょっとして夜のことを」
「夜のことは話してないさ、ただな」
「私の背中に黒子があることをなのね」
「言っただけだよ」
「あのね、そうした場所の黒子はね」
「他の奴には言うなってか」
「そうよ、気をつけないと」
 それこそというのだ。
「そうした場所の黒子の話は」
「わかったよ、それは禁句か」
「二人だけのね」
「迂闊なことは言うなってか」
「口か軽い男はいい死に方しないわよ」
 イザベラはむっとした顔になっていた、完全に。
「これは警告よ」
「厳しい警告だな」
「二度目はきついわよ」
 爪を立てての言葉だ、そうしたことを話すのも忘れていなかった。
 そうした話もしてだった、二人も春祭りの時を迎えた。その時になってだ。
 アントニオは息子が祭りに出てからだ、妻に言った。
「俺達も行くか」
「ええ、ただね」
「ああ、服だな」
「それ選ぶから」
「フラメンコドレスはもう持ってるだろ」
「新しい服も買ったのよ」
「それでか」
「それを着ようか前のを着ようか」
 実際に迷っている顔で言うのだった。
「考えてるのよ」
「それは難しいことだな」
「そうでしょ、女が服を選ぶことはね」
「特に晴れ着を選ぶことはな」
「そう、だからね」 
 それでというのだ。
「今凄く悩んでるのよ」
「じゃあ待つか」
「ええ、その間適当なことしておいてね」
「わかった、じゃあ待っているな」
「それじゃあね」
 こうしてだった、イザベラは時間をかけてそのフラメンコドレスを選んだ。結局選んだのは新しい方の背中のところが大きく開いていて上は黒で下は緋色、それもフリルが幾段にもなったものだ。そして頭には赤い薔薇があり靴は黒のヒールだ。
 その彼女の姿を見てだ、アントニオは目を瞬かせて言った。
「カルメンだな」
「そんな感じでしょ」
「ああ、歌劇の舞台にも着ていけるな」
「実際にこうした服のカルメンもあったわね」
「歌劇の衣装もそれぞれだからな」
 その舞台の演出によってだ。
「同じ作品の同じ役でもな」
「そのカルメンでもね」
「同じだな」
「ええ、だからカルメンっていっても」
「その中のうちの一つだな」
「そうなるわね、けれどカルメンって言われたら」
「ああ、カルメンだ」
 にこりと笑ってだ、アントニオは妻に言った。
「じゃあ俺はエルカミーリョになるか」
「ドン=ホセじゃないの?」
「ホセは振られるだろ」
 もっと言えば最後にカルメンを殺してしまう。
「だからな」
「エルカミーリョなのね」
「今の俺はそう見えるか?」
 エスカミーリョ、闘牛士である彼にというのだ。
「闘牛士の服じゃないけれどな」
「そうね、そんな感じね」
 夫が着ているその上下共に黒でブラウスは白、ベルトとタイは赤のその出で立ちを見てだ、イザベラは微笑んで答えた。 
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