サウスポー
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6部分:第六章
第六章
「きわどいコースだったけれどな」
「入ったな」
「これであと一球だ」
今のカーブが入ったことはやはり大きかった。これも一三のコントロールの故だった。
「あと一球。これで決まるけれどな」
「どうなる?」
それでも緊張は解けない。まだ勝負は決まったわけではないのだ。
「次の一球」
「ストライクか?それとも」
言っている間に一三はまた投球フォームに入った。今度投げたのは。
スライダーだった。だが曲がりは先程の縦のカーブに比べて弱い。手元で曲がる感じだった。
それはバッターから見て外角に入る。バッターはストレートが来ると思っていたのか動きが泳いだ。そうしてバランスを崩しつつもバットを振るがそれは。
空振りだった。空しくバットを振りそのまま倒れる。誰がどう見てもその結果は一つしかなかった。
「ストラーーイクバッタアーーーウト!」
三振だった。一三の勝ちだった。彼は変化球を使って相手バッターを見事三振に討ち取ったのであった。彼の見事な勝利と言えた。
「よし、やった!」
「あと一人だ!」
「あと一人で勝てる」
これでツーアウトだった。観客席もベンチもさらに沸き立つ。
「あと一つだ」
「あと一つで」
どうしても興奮が高まる状況だった。
「甲子園だ」
「ああ、甲子園だ」
そのことに胸を高まらせるのだった。
「あと一つで」
「あとワンアウトで」
「甲子園だ」
どうしてもこのことを意識する。
「いける、いけるぞ」
「あと一つで」
ナインもここでマウンドに向かう。そうして一三に対して言うのだった。
「あと一つだ」
「頼むぞ」
「はい」
一三も彼等の言葉に対して静かに頷くのだった。その顔は緊張しているが冷静だった。
「あと一つですね」
「ああ。しかしな」
「次のバッターは」
ナインは田所を中心として今はネクストバッターボックスにいるそのバッターを見るのだった。
「あいつには打たれてるからな」
「三安打か」
一三が一番打たれているバッターだった。
「しかもあいつも長打力があるからな」
「下手をすればな」
「ええ、わかってます」
一三はナインの言葉に対して静かに頷いた。
「抑えなければ。下手をすれば」
「あいつから反撃がはじまるか」
「あいつで終わりだ」
そういうことだった。
「あいつを抑えればそれで終わりで」
この場合は彼等の勝利である。
「打たれればそれはそれで終わりだ」
この場合は彼等の敗戦である。
「どちらにしろな」
「だから近藤」
「どっちにしろ最後だ」
ナインはそれぞれ真剣な顔で彼に声をかける。
「わかったな。後は御前に任せるからな」
「頼むぞ」
「わかりました」
返事は確かなものだった。
「じゃあ。あと一人」
「ああ」
「抑えてみせます。それで甲子園に行きましょう」
「飛んできたボールは俺達が何があっても取るからな」
「後ろは任せろ」
彼等もそれぞれの仕事はわかっていた。打たれればそのボールを何があっても受けてアウトにする、やはり野球は一人ではなく全員でするものだからだ。
「いいな、後ろはな」
「任せてくれ」
「有り難うございます」
この言葉だけで今の彼には充分だった。
「それじゃあ。投げます」
「よしっ」
「任せた」
ナインは彼の言葉に頷いて今はマウンドを後にした。そうしてそれぞれのポジションにつく。今遂に最後の一人との勝負がはじまろうとしていた。
相変わらずのセットポジションだった。やはりランナーを背負っている以上この動作から投げることだけは外すことができなかった。
まずは一球。外角へのストレート。しかしこれは外してしまった。
「ボール!」
「くっ!」
「外したのかよ!」
「いや、違う」
ここでまた誰かが言った。
「あれは振らせるボールだった」
「振らせるボールかよ」
「きわどいコースだった」
外角低めギリギリだった。あとボール半個程度だったのだ。
「あれは審判がストライクと言っても不思議じゃなかった」
「けれどボールか」
「よく見てるな」
「ああ、あのバッターはな」
ここで右のバッターボックスに立つそのバッターが見られた。見れば彼はバッターボックスの中で実に涼しい顔をして構えている。
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