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英雄伝説~西風の絶剣~

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第13話 私が抱く貴方への思い

 
前書き
大変遅くなりましたが明けましておめでとうございます。 

 
 side:リィン


「ん、朝か…?」


 今が朝なのか夜なのか、そんな事は分からないが何となくそう呟いて僕は目を覚ました。
 あいかわらず冷たい床の上で寝かされているがもう慣れてしまった、猟兵の時も外で寝る事なんて日常茶飯事だったしこれくらい何とも無い。


「ふあぁ……レン、そろそろ時間だよ、起きて」


 僕は起き上がる前に僕の腕を枕にして寝ているレンを起こした。


「ん~…もう朝なの…?」


 レンは目を擦りながらぽ~っとした顔で僕を見る、どうやらレンも朝は弱いみたいだ。


「ほら、もうすぐ見張りが起こしに来るだろうからちゃんとしないと」
「ん…分かった…」


 この牢屋みたいな部屋には何もないが水が出る蛇口がある、僕はレンをそこに連れて行き水で彼女の顔を洗う。


「ん~、冷たいよ…」
「しっかりしなって。君って起きてる時と寝てる時のギャップが違いすぎるよね」


 普段とは違ったレンに困りながら僕も自分の顔を洗い出した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「はあッ!」


 飛び掛ってきた虫型の魔獣の攻撃をかわして背後から斬り付ける、魔獣はその一撃でセピスへと変わった。


「ゴガァァァッ!!」


 そこに魔獣「ゴーディオッサー」が巨大な腕を振り上げて襲ってくる、僕はゴーディオッサーの攻撃に備えて剣を構えた。そして攻撃が当たる瞬間に剣をそらして攻撃を横に受け流した。そしてがら空きになった胴体に四回の斬撃を喰らわせた。


「グ…ガァ…」


 ゴーディオッサーは膝をついて倒れる。だがそこに何かムチのようなものが飛んできたので僕は左に飛んでかわした。攻撃してきた魔獣を見るとそこには「イシゲェロ」……更に隣には「スケイリーダイナ」
か、ちょっと厄介だな。


 スケイリーダイナが背中の背びれを震わせて怪音波を発する。


「ぐッ、中々強力だな。この怪音波……」


 怪音波で得物を弱らせてから仕留めるのがスケイリーダイナの戦い方だ。そこにイシゲェロが長いムチのような舌で攻撃してきた。頭が痛むから回避も間々ならないな。
 奴等はどちらも得物の動きを鈍らせる戦い方を得意としている、捕まったら終わりだ。


 その時僕の右腕が動かなくなってしまった、僕が背後を振り向くとそこにはさっき倒したはずのゴーディオッサーが僕の右腕を掴んでいた。


「しまった、まだ生きていたのか!」


 魔獣は死ぬとセピスへと変化する、だがゴーディオッサーは倒れただけでセピスにはならなかった、死んだフリをしていたのか!


「グォォォッ!!」
「ゲロォォォッ!」


 好機と感じたのかスケイリーダイナ達が同時に襲い掛かってきた、これは不味いぞ……!?


 だがスケイリーダイナ達は突然横から来た攻撃で吹き飛ばされた、一体なにが起きたんだ?


「あらあら、駄目じゃないリィン、そんな油断をしたら私のパートナーとして相応しくないわよ?」


 僕を助けてくれたのはレンだった。自分の身丈よりも大きな鎌を悠々と振り回して僕にウィンクをする。
 僕はその隙にゴーディオッサーの腕を斬り飛ばし更に八回の斬撃を喰らわせる、流石に力尽きたのかゴーディオッサーは倒れてセピスへと変化した。


「……パートナーになった覚えはないんだけど…」
「あらつれないわね、私達もう長い付き合いなんだからいいじゃない」
「まあパートナー云々は別にして助けてくれたことには感謝するよ」
「それなら感謝の印にキスでもしてくれないかしら?」
「はぁ、子供がそんな事言わない」
「何よ、貴方だって子供じゃない。本当につれないんだから」


 そんな会話をしていたらスケイリーダイナとイシゲェロが起き上がってきた、その瞳は赤く血走っており明らかに怒っている。


「あらあら、お怒りのようね」
「みたいだな。レン、ここは合わしていくぞ」
「ふふッ、私達二人の初めての共同作業ね♪」
「……もうツッコまないからね」


 僕とレンはそれぞれの武器を構えて二体の魔獣と対峙する。


「グガァァァ!!」


 先に動いたのはスケイリーダイナだ、奴は僕達に目掛けて突進してきた。


「行くぞ、レン!」
「ええ、行きましょうリィン!」


 スケイリーダイナの突進をかわして僕とレンはそれぞれの相手に向かっていく、僕がスケイリーダイナ、レンがイシゲェロだ。


「グガァァァ!!」


 スケイリーダイナの鋭い牙が僕に襲い掛かってくる、僕はそれをかわして剣で斬る、スケイリーダイナは怯むが今度は連続で噛み付いてくる。


「ぐッ……本当に厄介だ、あの背びれ…」


 奴が放つ怪音波のせいで動きが鈍くなってしまう。レンのほうを見るが彼女にも怪音波が届いているようで戦いにくそうにしながらもイシゲェロの粘液をかわしている……粘液?そうだ、その手があったか!


 
「レン、そいつの粘液を使うんだ!」
「粘液を?……!ふふッ、分かったわ」


 僅かな受け答えでレンは僕の考えを理解してくれたようだ、僕とレンは二体の魔獣の攻撃をかわしながら徐々に互いの距離を縮めていく。


 そしてある程度まで僕達と魔獣が近づいた瞬間僕はスケイリーダイナの顎を掴んで動けなくした。


「レン、今だ!」
「分かったわ!……どうしたのカエルさん?私はここよ?」


 レンの挑発に乗ったのかイシゲェロが粘液を吐くがレンはそれをひらりとかわした。だが今回はそれだけじゃない、レンの背後にいたスケイリーダイナの背中に粘液がかかり奴の背びれを止めた。


「やった、上手くいったぞ!」


 僕が考えたのはイシゲェロの粘液でスケイリーダイナの背びれを止める事だった。
 イシゲェロの粘液は粘着力が強くそれで得物の動きを止めるのがイシゲェロの戦い方だ。なら逆に奴の粘液を利用しようと考えたんだ。
 二体の魔獣の攻撃をかわしながらスケイリーダイナの後ろにイシゲェロを誘導した、そして僕がスケイリーダイナの動きを止めてレンがそこに攻撃を誘発させて粘液をスケイリーダイナに浴びせたんだ。


「グガァァ!?」


 自身の背びれが動かなくなった事に驚くスケイリーダイナ、これでやっかいな怪音波はもう出せない。


 僕はスケイリーダイナに、レンがイシゲェロに向かっていく。スケイリーダイナが鋭い牙で噛み付いてくるがそれをかわして斬りつける、そしてスケイリーダイナの腹に掌低を当て後退させた。


「こっちよ、ノロマなカエルさん♪」


 イシゲェロの舌を悠々とかわすレン、それに怒ったのか攻撃の速度を速めるイシゲェロだがその時イシゲェロの背後に何かが当たる。


「ゲロ?」


 イシゲェロの背後に当たった物、それはスケイリーダイナの背中だった。僕の掌底で後退したスケイリーダイナと背中合わせにぶつかったんだ。


「レン、一気に決めるぞ!」
「了解したわ!」


 レンが大きく跳躍し二体の魔獣はつられて上を見上げた、その隙に僕は剣に炎を纏わせて魔獣達に向かっていく。


「「『死蝶黒・炎舞の太刀!!』」」


 レンの斬撃と僕の斬撃が十字のように交差して二体の魔獣を切り裂いた。


「ぶっつけ本番でやってみたけど出来るものなんだな……」


 打ち合わせをしていたわけでもないのにあんな息の合ったコンビプレイができた事に僕は少し驚いていた。


「だから言ったでしょ、貴方と私はパートナーだって♪」


 背後からレンが背中に飛びついてきて僕の頬を指先でグリグリとしてくる。


「……まあそうだな」
「あら?もしかしてようやくデレてくれたのかしら?」
「そんなんじゃないよ、ほら、実験は終わったんだから部屋に戻るぞ」


 僕はレンをつれてアリーナを後にした。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 その日のやる事を終えた僕達は専用の牢獄…もとい部屋に戻ってきた。


「ふふッ、今日も疲れたわね、リィン」
「……あのさレン」
「何かしら?」
「何でこの体勢になるんだ?」


 今僕の膝上にはレンが座っており僕はレンの頭を撫でたり抱きしめたりしている。


「いいじゃない、これは私にとっての一日の疲れを癒すごほうびなんだから」
「こんな事がか?」
「ええ、少なくとも私が生きてきた中で最高のごほうびよ♪」
「そんな大げさな……」


 そもそもなんで僕はレンと二人だけの部屋にいるのかというと、前の事件の後何故か僕達は同じ部屋に移されて実験も二人だけで受ける事になった。
 これは多分『先生』とかいう奴の差し金だろうけど何が目的なんだ?


 そんな事を考えていたらレンが目を閉じて顔をゆっくりと近づかせていた。


「何をしてるんだ」
「ん……もう、何で止めるのよ」


 レンの口に指を当ててキスを止める、何でこの子はことあるごとにキスしようとするんだ?


「あのなレン、そういう事は気軽にしていいもんじゃないんだよ」
「どうして?私、貴方ならかまわないわよ?」
「まったくそういう態度が男を勘違いさせるんだぞ。それは本当に大切な人が出来るまでとっておきなさい」
「いないわよ、大切な人なんて……」


 レンが何か呟いたように思えたが生憎聞こえなかった、それに何だか悲しそうな表情になってる……よし。


「わわッ、リィン!?」


 僕はレンを包み込むように抱きしめて優しく頭を撫でる。


「ごめん、何か嫌な事を思い出させたようだね」
「……貴方は気にならないの?私が何でここにいるのか」
「気にならない訳じゃないけど誰だって言いたくない事は沢山ある、だから僕は何も聞かない。ほら、明日も大変だろうから早く寝たほうがいいよ」
「本当におかしな人ね、貴方って……」


 レンは暫くギュッと僕の手を握っていたがいつの間にか静かに眠っていた。


 ……あれから何日が過ぎたんだろうか?僕が此処に来てかなりの時が流れた、逃げ出そうとしていたのに今じゃそれすらしていない。


「レンがいるからか……」


 自分がここに残る理由、それはもう自分でも分かりきっている。あれだけ逃げたいと思っていたのに僕はそれをしない、レンをここに置いていけないからだ。
 

 僕は酷い奴だ。団長や西風の皆、そしてフィーは今も僕を心配してくれていると思う。でもそれを知っていても僕は逃げれない、ここに出来てしまったからだ。フィーと同じくらい守りたい大切な者が……
 

 レンはもはや赤の他人じゃない、自分の妹だと思えるくらい大切な子だ。実際この子がいなかったら今頃僕は発狂していたかとっくに死んでいたと思う。猟兵といえ不安が無かった訳じゃない。レンはそんな僕の心を癒してくれた。


「本当に僕は酷い奴だ……」


 眠るレンの頭を撫でながら僕はどうしようもない気持ちに板ばさみになっていた。





 side:??


 リィン達が眠りについた頃、この施設のある部屋に二人の男性がいた。一人はヨアヒム・ギュンター。D∴G教団の司祭幹部にして施設『楽園』を管理する責任者であり多くの子供達の命を奪ってきた狂いし男。
 そしてもう一人がカテジナという白髪の男。彼はリィンをここにつれて来た張本人だ。ヨアヒムは何か多くの文章が書かれた紙を見て笑っていた。


「ん~、やっぱり例の黒髪君の戦闘データが上がっている。それにあの少女も釣られていいデータがとれた。思惑通りだね」
「ヨアヒム様、何故他の子供と隔離してあの二人を一緒にしたのですか?」
「カテジナ君、君は彼は妹を守ろうとした時に凄まじい力を見たんだよね?」
「はい、本人は扱いきれてなかったが急激なパワーアップをしました」
「おそらく彼は『異能』を宿している」
「『異能』……ですか?」


 聞きなれない言葉にカテジナは首を傾げた。


「稀にいるんだよ、今の科学ですら解明できない摩訶不思議な脅威の力を持つ人間が……異能とはそんな力を現す言葉と思ってくれればいい」
「なるほど、その異能という力をリィン・クラウゼルは宿していると……」
「私の推測だが間違いないだろう」
「だがそれと自分の質問にどんな関係があるのですか?」


 実に楽しそうに説明するヨアヒムだが、カテジナは自身が言った質問の回答を求めた。


「黒髪君がその力を引き出すのは何かを守ろうとする時。そして今の彼にはそれがいる」
「なるほど、あの娘をきっかけにするつもりですか」
「ああ、いずれは彼女にも『協力』してもらわなければ……彼の力を引き出すためにね」
「……相変わらずの人だ、貴方は」


 ヨアヒムはレンを利用してリィンの中にある力を引き出そうとしているらしい。そしてヨアヒムの性格を理解しているカテジナは彼の言っていた『協力』が非人道的な方法だろうと思い苦笑した。


「失礼いたします、ヨアヒム様。飛行船のご用意が完了いたしました」


 その時部屋の入り口から男が現れヨアヒムに何かを報告した。


「そうか、ならさっそく教団本部に戻るとするか」
「例の定例会議ですか?」
「ああ、面倒だがこれも決まりだからね。行くよカテジナ君」
「了解しました」


 二人はそういって部屋を後にした。







ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「糞!イライラするぜ!」


 ヨアヒム達が楽園を出て2時間が過ぎた頃、施設の地下にある研究施設の一角で一人の男が壁を殴っていた。その顔は酷く歪んでおり傷だらけだった。


「全くだ、あのガキのせいで俺達は落ちぶれたんだしな」


 その近くの壁にもたれていた男が壁を殴っていた男に同意した。彼も顔に夥しい傷があり表情も分かりにくい。
 彼らは以前にレンを襲おうとしてリィンに顔の形が変わるまで殴られた二人だ。あの後二人はこの施設でもっとも階級の低い奴が行くと言われる『地下室の見張り』に落とされ周りの同僚達からあざ笑われていた。


「ああ~ッ!!あのガキをぶっ殺してやりたい!!」
「気持ちは分かるが無理だ、奴はヨアヒム様のお気に入りだぞ。次は首を切られるかもな」
「だからこそイラつくんだよ!ああムカムカする~ッ!!何でもいいから殺してやりてぇッ!!」


 男はリィンに復讐したかったがリィンはヨアヒムのお気に入り、もし次に何かしたらそれこそ命が無い。溜まった鬱憤は男を更にイラつかせた。


「糞!どいつもこいつも俺を笑いやがって!ふざけんな―――ッ!!!」


 ドガッ!


 男は近くにあった鉄パイプを蹴り飛ばした。


「あ、おいバカ!こんなとこでそんなもん蹴り飛ばすな!」


 壁にもたれていた男が慌てるが鉄パイプは回転しながら何かのカプセルに当たった。


「あ、やべぇ……」
「やべぇじゃねえだろうが!あのカプセルには確か実験中の改造魔獣が……!」


 二人がそうこう話しているうちにカプセルから何かが出てきた。
 紅く染まった体毛を纏い人一人すら容易に切り裂けそうな鋭い爪と牙、背中から生えた無数の刺、そして緑に輝く瞳……明らかに普通の生き物ではなかった。


「ヤ、ヤバイ……」
「逃げ……うぎゃああぁああぁぁああッ!?」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



sideリィン


「……ん、何か熱いな」


 レンと共に眠っていた僕はいつもと何か違うと感じて目が覚めた。この施設の温度は管理されているため熱かったりはしない。だけど今は汗が噴出すほど熱さを感じる。


「レン、起きてくれ。何かがおかしい」
「んん……何、どうかしたの?……って何だか熱いわ」
「ああ、これは一体どういう事なんだ?」


 その時だった、僕達のいる部屋の端の壁が突然爆発して崩れた。


「な、何が起きたの?」
「分からない、でも異変が起きているのは間違いない」


 僕とレンは状況を把握するために崩れた壁から外に出た。


「何だ、これは!」


 外の光景は地獄だった。あちこちで燃え上がる炎、立ち上る煙、倒れる人、そして聞こえる断末魔……たった数時間で何が起こったっていうんだ?


「ぎゃあああッ!?」


 前の通路から何者かの叫び声が聞こえた。だが煙のせいで視界が見えずらい、僕は警戒しながら少しずつ近づいていく。すると何か風を斬るような音を僅かに感じた……ってこれは!?


「レン、危ない!」
「え、キャアッ!?」


 レンを抱えて後ろに跳んだ、するとさっきまで僕達が立っていた場所に巨大な爪が振り下ろされていた。
 そして煙の中から姿を現したのは今まで見たこともない魔獣だった。魔獣の口には既に絶命している男の死体が銜られていた。


「な、何あれ……あんなの今まで見たこともない……」


 レンも見たことがないらしく驚いていた。そんな僕達を魔獣は緑色の瞳で捕らえた。


「レン、逃げるぞ!」


 僕はレンを抱えて走り出した。魔獣も銜えていた男を捨てて僕達を追いかけてきた。瓦礫を掻い潜りながら逃げる僕達を魔獣は鋭利な爪で瓦礫を粉砕しながら追ってくる。


「何て力だ、それに動きも速い。このままじゃ追いつかれてしまうぞ!」
「リィン、前の扉を見て!」
「あれは……」


 レンが見つけたのは大きな分厚い鉄の扉だった、あれなら奴も容易には壊せないだろう。僕達は急いで扉を閉めようとする。


「ぐッ、重い……」


 本来なら複数人で動かすものらしく僕が押してもゆっくりとしか動かない。魔獣が直側まで来ているから急がないと!


「うおォォォォッ!!!」


 バタンッ ガァァァン!!


 僕は必死で力を振り絞って扉を押して閉めた瞬間、魔獣は閉まった扉に激突したようだ。なんとか間に合ったか。


「一体何が起きてるんだ?」


 突然謎の魔獣が現れて施設を破壊している、何があってこんな事になったんだ?それにこんな非常事態なのに『先生』とやらは何もしないのか?
 ……いや待てよ、施設がこんな状態にもなってあの『先生』とかいう男が何もしないのはおかしい。もしかしたら今奴はここにいないのかも知れない。ならこれはチャンスかも知れないぞ。


「レン、一つ聞いてくれ」
「こんな時にどうしたの?」
「いいから聞いてくれ。今この施設はあの魔獣の攻撃で甚大な被害が出ている、とてもじゃないが僕達に構っている余裕は無いはずだ。つまり今の状況ならここから逃げ出せるかも知れない」
「逃げ出す……」
「此処からが本題だ。レン、僕と一緒に来ないか?」
「えっ……?」


 僕の問いに困惑するレン、前から思っていた、こんな地獄みたいな場所に彼女を残していくのは嫌だ、なら僕だけじゃなくてレンも一緒に連れて行けないかと。


「で、でも私は……」


 珍しく狼狽する様子を見せるレン、やはり彼女にも何か抱えているものがあるのかも知れない。


「レン、僕は君の事情なんて何も知らない。僕は君の思いを無視して自分勝手なこと言ってるのも理解している。でも僕は君も一緒に来て欲しいんだ」
「……どうしてそこまでして私を気にしてくれるの?」
「始めは義妹に似ているからほおっておけなかった、唯それだけだった。でも君は僕の心を救ってくれた。こんな地獄の中で心を壊さなかったのは君がいてくれたからだ」
「私がいたから?」
「うん、レンと接する時間は本当に暖かいものだった。だからこそ僕を救ってくれたレンを助けたい。それに僕達はパートナーだろう、一緒にいるのが当然だ」
「リィ…ン…」


 レンはポロポロと泣きながら僕に抱きついてきた、僕はそれを優しく受け止める。


「……本当は怖いの、外に出るのが怖くて仕方ないの」
「レン……」
「でも私もリィンと一緒にいたい。離れたくないよ……」
「なら一緒にいればいい。そうだろ?」
「うん…うん!」


 レンは泣きながら微笑んだ。これでもう心残りは無い、ここから出てレンと共に皆の元に返ろう。
 事情を話せば団長もきっと分かってくれるハズだ。それにフィーにも会わせてあげたい、僕の守りたいもう一人の女の子に……


「それじゃ早く出口を探そう」
「リィン、私、出口を知ってるの」
「何だって?」


 レンの突然の告白に少し驚いた、まさか出口を知っているなんて思わなかったからだ。


「でも今までそんな事は言わなかったじゃないか」
「もしそれを知ったらリィンは私の前からいなくなっちゃうと思って……ごめんなさい」
「レン……」


 そうか、知らない間にレンを不安にさせてしまっていたのか。これは僕の落ち度だ。


「大丈夫だよ、僕は君の側から離れたりしない。だから一緒に行こう」
「ふふッ、当たり前よ。貴方は私のパートナーなんだから」


 レンはいつものように笑いながら僕の手を握った。パートナーか、その通りだ。


 僕とレンは二人で出口を目指した。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 レンに案内されて僕達は楽園の施設の出口に来たんだけどそれらしい物は見当たらない。


「レン、ここには出入り口らしき物が無いんだけどここで合っているのかい?」
「ちょっと待ってて、確かこの辺に…」


 レンは壁に手を当てて何かを探るような動きをする。


「……あったわ」


 レンが何かを見つけたようだ、すると壁が上に上がり外への扉が現れた。


「こんな所に隠されてたのか、どうりで見つからないはずだ。でもどうしてこのことを?」
「前に偶然奴等が出入りしてるのを見かけたの。私は出るつもりは無かったから黙っていたけど結果オーライって奴ね」
「とにかくこれでこの楽園ともオサラバできるな、行こうレン」
「ええ、行きましょう」


 扉を潜り外に出るとそこは雪が積もる銀色の景色だった、吹雪も吹いており視界が悪い。


「雪だって?ここは一体何処なんだ?」
「私もよく分からないけどもしかしたら標高の高い山の上なのかも知れないわ」


 山か、確かに周りは崖が多いし空気も心なしか薄い気がする。その線が強そうだな。


「今から下山か、このままだとかなり厳しいな……戻って何か装備が無いか確認を……!」


 ……どうやらそんな悠長な事を言ってられる状況じゃ無くなったようだ。


「リィン……」


 レンがそっと寄り添ってくる。僕はレンの頭を撫でながら視線を楽園に、正しく言えば楽園の壁を壊して出てきたものに向けた。


「またお前か。すんなりとは行かせてはくれないみたいだな」


 壁から出てきたのは先ほど僕達を襲ってきた魔獣だった。身体から炎を出して威嚇してくる。僕はレンと共に目前の魔獣に拳を構えた。


「悪いがお前みたいな犬っころに構っている時間はないんだ」
「私達の最初の一歩、まずは貴方を踏み越えていく事にするわ」


 魔獣は炎を身体中に纏い咆哮を上げ口から真っ赤な炎のブレスを吐いてきた。


「行くぞ!」


 僕とレンは左右に別れて炎のブレスをかわし僕は魔獣の腹に蹴りを放つ。だが魔獣は微動だにしなかった。魔獣が右腕の爪を振り上げて襲い掛かる、僕はとっさに横に飛んで爪をかわして魔獣の横腹に回し蹴りを放ち更に追撃で顎を蹴り上げた。


「ッ!」


 だが魔獣は何ともなかったかのように平然としており爪を水平に振るう、僕は咄嗟に腕を前でクロスさせて防ぐが強い衝撃によって弾かれた。


「がはッ!」


 背中を地面に打ち付けられ肺から空気が吹き出す、軋む身体を起こしながら魔獣を見据える……ってヤバイ!?
 魔獣が吐き出した火炎弾を横に転がって避けるが魔獣は更にもう一発火炎弾を放とうとする。


「させないわッ!」


 その時魔獣の眉間に拳ほどの石が叩き込まれた、横を見るとレンが石を持っている。そして追撃といわんばかりに連続で魔獣に石を投げつける。しかし魔獣は爪で石を砕きレンに向かって突進していく。


「レン、危ない!」


 だがレンは冷静に魔獣の攻撃をかわして魔獣の右手首を両手で掴み倒れながら魔獣の腹に右足を当てて後方に投げ飛ばした。


「あの巨体を投げ飛ばした!?」


 その光景に驚きながらも僕はレンに駆け寄っていく。


「レン、今のは一体……」
「魔獣の攻撃を利用して後ろに投げ飛ばしただけよ」
「だけって……簡単に言うけど普通は出来ないぞ、あんな事」


 レンは出来て当然のようにいうが一歩間違えば自身が致命傷を受けていたかも知れない、僕は改めてレンの能力に驚いた。


「リィン、そんなことよりあのワンちゃんまだやる気みたいよ」


 レンが投げ飛ばした魔獣の方を見据える、魔獣は身体についた雪をふるい落とし再び僕達に殺意を向けてきた。


「あれは怒ってるな。しかしやっぱり素手じゃどうしようもないな」


 さっきから攻撃してるがてんで効いた様子が無い、このままでは寒さと疲れでこちらが倒れてしまう。


「リィン、あれが見える?」


 レンが指を指した方向には大きな崖がありその上には大きな岩石がひとつ置かれていた。


「アイツをなんとかしてあそこにおびき寄せてくれないかしら。そうすれば……」
「あの大岩を落とすって訳か。よし、それでいこう。僕があいつを引き付けるからレンはあそこに行って。そして準備が出来たら合図を頂戴」
「分かったわ、お願いね」


 レンはそういって大岩のある崖の方に向かっていく。魔獣もそれに気づきレンに火炎弾を放とうとする。


「そうらッ!」


 だが僕は魔獣が火炎弾を放つ前に魔獣の顎を蹴り上げた。魔獣は口から炎を漏らしながら後ずさりする。


「そっちじゃないよ、お前の相手は…それじゃ僕と遊ぼうか、ワンちゃん」
「グルル!」


 足止めを開始する。後は頼んだぞ、レン!





 sideレン



 魔獣の相手をリィンに任せて私は例の大岩がある崖の上まで来ていた、下を見るとリィンが赤い魔獣と戦ってるのが見える。


「急がないと……」


 大岩の前にたどり着いたが問題がある、それは私の力じゃ動かせない事だ。あらゆる事を覚える事が出来る私だけど一つだけ欠点がある、それは技術は覚えられても身体能力は変えられない事だ。怪力の人を見ても私が怪力になる訳じゃない。


「どうしようかしら……」


 近くを見渡してみるとそこそこ大きな石と何故か鉄パイプが転がっていた。


「そうだ、テコの原理を利用すれば……」


 私は大岩の側に石を置いて鉄パイプを大岩の下に差し込んだ、少し力を入れて動かして見ると僅かに大岩が動いた。


「よし、後はタイミングを計って……リィン!準備が出来たわよ!」


 大声で叫びリィンに合図をするとリィンもそれに気づき右腕を上げると此方に走ってきた。魔獣も火炎弾を吐きながらリィンを追いかける。


「ぐッ、でもあと少し……」


 リィンは火炎弾をかわしながら崖の下に来た、魔獣もリィンを追って崖の下に来る。


「はあッ!」


 リィンが魔獣の顔に数発のジャブを打ち込む、怒った魔獣は爪で執拗にリィンを追い込み爪を突き刺そうとした。


「勝利を目前にした時が……」


 リィンはそれをスライディングでかわす、勢い余った魔獣の爪が崖に刺さる。


「もっとも油断する時だッ、レン!!」


 リィンの合図を聞いて私は大岩を下に落とす。爪が刺さり動けなくなっていた魔獣に激突した。


「ギャゴァァァッ!?」


 魔獣は大岩に潰されて姿を消した。


「……終わったわね」


 魔獣が唾された事を確認した私は崖の下に向かった。


「リィン、やったわね」
「最高のタイミングだったよ。ありがとう、レン」


 リィンが頭をナデナデとしてくる、こういう子供扱いはあまり好きじゃないけどなでられるのは安心しちゃいそう。


「さて、これからどうしようかしら…」


 魔獣はどうにかできたけどこのままじゃ逃げることは出来ない、普通の服一枚でこの寒さの中を行くのは自殺行為でしかない。


「少し危険だけど戻って何か防寒具を探そう、このままだとこの寒さには耐えられない」
「やっぱりそうするしかないわよね」


 リィンの意見に私は賛成した。もし奴らの生き残りがいたら不味いけどどのみちこんな格好じゃ満足に移動もできないわ。


 私とリィンは一旦施設に戻ることにした。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「ここは何もないな」
「全て壊されてるわね」


 装備を求めて施設を徘徊するが殆どの部屋や設備が破壊されていた、これじゃまともな装備は期待できないわね。


「あれ、この部屋だけ何故か被害が少ないな」


 とある一室に入ると物や機械が倒れてたりはしていたが、他の部屋と比べると被害が少ない感じがするわ。


「ここは……たぶん『先生』の部屋よ。他の場所より壁や天井が頑丈に作られているわ」
「あいつの?」


 この施設を取り仕切ってる『先生』の部屋……もしかしたら何か役に立つものがあるかもしれないわね。


 私とリィンは部屋を物色するが見つかったのはD∴G教団に関して書かれた書類だけだった。


「他には何も無いようね。ねえリィン、その紙切れはどうする?」
「念の為に持っておくよ、何かの役に立つかもしれないしね」


 リィンは書類を折りたたみ近くにあった袋にしまって懐にいれた。


「じゃあ別の場所を探そうか」
「そうしましょう」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「あ、これ防寒具じゃない?」


 ボロボロに壊された施設の中を探索していると壊れかけたロッカーの中から防寒具を見つけた。ご丁寧に靴もある。


「ちょっと大きいかしら。ねえリィンなら着れるんじゃない?」


 近くにいるはずのリィンに声をかけるが反応がない、おかしいなと思って私が振り向くとリィンは部屋の隅をジッと見ていた。


「リィン、どうかしたの?」
「あ、いや……」


 再び声をかけると今度は反応して私の方に振り替える、私はリィンが見ていた場所に視線を移した。そこには小さな子供の死体が倒れていた。


「さっきの魔獣にやられたのね……」


 一通りこの辺りを周ってみたけど生存者は見つからなかった。私達以外は皆死んでしまったみたいね……


「……なあレン」
「なにかしら?」
「もし……もし僕がもっと早く異変に気付いていたら、この子を守れたかな?」
「リィン……それは無理よ。私達だって危うい所だったのよ。こうして生きていられるだけでも奇跡だと思うわ」


 リィンの気持ちも分からなくもない、平和に暮らしていただけなのに誘拐されて実験台にされて挙句には殺される……あんまりだと思うわ。


「そうか、そうだよな…僕は無力だな……」


 リィンは悲しそうな声でそう呟いた。まるで自分の中にあった大切な物を守れなかった……そんな印象を儚げに移すように。


「リィン、今はここを脱出するのが先よ。それが生き残った私達のするべきことだと思うわ。」
「……そうだね、僕達は行かないと」


 リィンは死体から視線を私に移して弱弱しく微笑む。冷たい言葉だと思う、でも死んでしまった人はもう直らない。


 ……ねえリィン、貴方はどうして誰かを守りたいの?貴方は自分の事より他人の事ばかり優先する…私を守ってくれるっていう言葉…なんだか別の誰かに重ねて言ってるように感じるわ。


 私は貴方の事が好きよ。こんな地獄のような場所で私に光をくれたのは貴方なの。だからこそ貴方を知りたい。貴方に傷ついてほしくない……でも貴方は傷ついていく。

 
 私はずっと見ていた。周りで死んでいく子達を必死に守ろうとして守れなかった貴方を、それが叶わずに諦めてしまう自分に嫌悪する貴方を、赤の他人すら助けようとしてまた傷ついていく。
 逃げたいと言っておきながら結局誰かを助けてチャンスを失ってきたのを何回も見てきた。どうしてそこまで他人を助けたいと思うのか私には分からない。

 
 けど私は知りたい、彼を理解したい。願わくば彼の心の拠り所になりたい。でもリィンの心には私じゃない誰かがいる……女の子って男の子が思ってるより敏感なのよ。何となくだけどそれを感じたわ。


「行こうか、レン」
「……ええ」


 私じゃ貴方の心は癒せないの、リィン?……ううん、いつか貴方の心を癒せるそんな存在になってみせるわ。それが私の思いだから……






ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 

「ようやく此処ともオサラバできるわね」


 リィンと共に施設の外に出る。正直に言えば自分がここを去るなんて最初は思いもしなかったわね。どうせ此処で死ぬんだ、そう思っていた。でも今は違う。


「やっと皆に会いに行けるよ」
「でも本当に私なんかが一緒に行ってもいいの?迷惑じゃない?」
「そんなことないさ。団長も皆もレンを受け入れてくれる……フィーだって喜ぶにきまってるさ」
「そのフィーっていうのが貴方の義妹さん?……そうね、なんだか早く会ってみたくなったわ」
「ああ、是非会ってやってほしい」


 今はこうやって一緒に生きていきたいって思える人がいる。それがこんなにも幸せなことだなんて知らなかった。


「さあ行こう、レン」
「ええ、行きましょうリィン」


 私は彼の差し出した手を掴もうとして…見てしまった。真っ赤な魔獣が頭上からリィンに向かって鋭い爪を振るうのを。


「リィンッ!危ない!」
「えっ……?」


 ドガッ!!


 体中に激しい痛みが走り私は白い大地に叩き付けられた、薄れゆく意識の中私は自分の名を呼ぶリィンの声だけが聞こえてきた。



 良かった、私、リィンを守れたんだ……



 本当に……良かった……






side:リィン


 何が起きたんだ…やっとここから逃げられると思っていたらレンが血塗れで倒れた、そして倒れているレンの傍にさっき倒したはずの魔獣がいる。


「グルル…ガァァァァッ!!」


 僕に向けて殺意をぶつける魔獣、普通なら恐れるところだが今の僕には何とも思わない。その傍で頭から血を流して倒れているレンにしか意識がいってないからだ。


「レン!」


 急いでレンの傍に行こうとするが赤い魔獣が行く手を阻む。


「邪魔をするな!」


 魔獣の攻撃をかわして生物の急所の一つである『喉』に蹴りを打ち込んだ、だが……


「!?ッ」


 普段なら決まっていた蹴りが魔獣の強靭な腕に掴まれていた。


「コイツ、僕の蹴りを……!?」


 魔獣が口を開き口の中から赤い光が見える、不味い、逃げようにも足が挟まれて動けない!こ、このままじゃ……!


 僕はもう片方の足で魔獣の目を蹴る、流石に効いたのか魔獣は僕の足を放すが同時に炎のブレスを吐いてきた。



 ボァァァ!!


「ぐああッ!!」


 魔獣の口から赤い炎が吐かれ僕の体を焼いていく。とっさに雪の上を転がり衣服についた火を消す。


「ぐッ、右腕が……」


 何とか火は消せたが右腕の火傷がひどい、これじゃ右腕は使えなくなってしまった。


「あの魔獣、だんだんと僕の動きに慣れてきているのか?」


 さっきまでは喰らっていた蹴りに反応した、つまり奴は僕の動きに反応できるようになってきているんだ。この短時間でそんなことが出来るとはなんて高い知能を持っているんだ。


「ガァァァ!!」


 魔獣は口から火球を吐き出してくる。何とか回避するまるで僕が避ける場所を予測して狙い撃つような正確さだ。


 ボガァァァンッ!!


「がはぁッ!」


 火球を回避し損ねた僕は爆風に吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。


「ぐッ……」


 魔獣は素早い動きで僕にのしかかり爪を振り下ろしてきた。咄嗟に左腕で爪を受け止めるがジリジリと押されていた。


「左腕だけじゃ……!」


 レンは倒れてしまい僕もこんな状態……絶体絶命だ。


「こんな所で死んでたまるか!!」


 僕は帰るんだ、レンと一緒に団長や姉さん、ゼノやレオ、西風の皆。そして……




(リィン……)




 僕を信じて待ってくれているフィーの元に……帰るんだ!!


「グッ、ウォォォォォォッ!!!」


 身体の底から凄まじい力が沸き上がってくるのを感じると、僕の意識は薄れていった。




sede:??



 魔獣ブレイズドックは勝利を確信していた、自身を手こずらせてくれた二匹の獲物…その内の一匹は倒れもう一匹は今まさに止めを刺そうとしている。そして己の爪が獲物を貫こうとした瞬間だった。


 バキッ!!


 リィンが掴んでいた爪を片手で破壊した。ブレイズドックは警戒して獲物から距離を取る、すると獲物がゆっくりと起き上がってきたが…何だあれは?


 リィンは変わっていた、白い髪に真っ赤な瞳…黒く纏うオーラがブレイズドックを更に警戒させる。


 ブレイズドックは本能的に感じた。コイツは獲物じゃない、俺と同じ『捕食者』だと。


 シュバッ!


 リィンが動いた、ブレイズドックは口から火球を放つ、だが避けられる。さっきまでとは動きがまるで違う、あっという間にブレイズドックに接近したリィンはブレイズドックに数回拳を打ち込んだ。



  ———————— 重い! 


 それは打撃を喰らったブレイズドックの思った事だ、さっきまでは十分に耐えられたリィンの打撃、だが今はまるで質量兵器を喰らったかのような重み……衝撃が身体を走る。
 なおも続くリィンのラッシュがブレイズドックを後退させる。たまらずブレイズドックはその大木のような腕でリィンの胸に一撃を浴びせた。だが……


「……」


 リィンは止まりはしたものの後ずさりせずに耐えた。そしてがら空きになったブレイズドックの頭を蹴り上げた。



 ———————— ふざけるな!! 


 ブレイズドックはそう思った。自身は絶対的な捕食者、なのになぜこんな人間の小僧に押されている…ありえない。


 ブレイズドックは両方の爪でリィンを掴み鋭い牙でリィンの右肩に噛み付いた。そうだ、さっさとこうやって噛み殺せばよかったんだ。そう言わんばかりにブレイズドックは更に牙を食い込ませようと力を入れる。


「ウガァァァァ―――――ッ!!」


 リィンは噛まれた状態でブレイズドックを押していく。ブレイズドックは無駄な抵抗だと思い噛み付く力を上げていく。だがリィンは止まらない、どんどんとブレイズドックを押していく。
 ふと違和感を感じたブレイズドックが後ろを見るとそこは断崖絶壁が広がっていた、ブレイズドックはそれを見た瞬間リィンが何をしようとしているのかようやく気が付いた。


 ———————— コイツ、俺を道連れに……!


 いくらタフな自分でも崖から落ちればひとたまりもない。この時初めて命の危機を感じたブレイズドックは必死で抵抗する、リィンを引きはがそうとするが動かない。


「守ル、僕ガレンヲ……守ル!!」


 リィンは更にブレイズドックを押していく、止まらないリィンを見てブレイズドックはこう思った。



 ———————— 俺が捕食者じゃなかった、コイツが捕食者だったんだ……


 遂に崖から転落していくリィンとブレイズドック。リィンは最後にレンを見ると力尽きたかのように目を閉じてブレイズドックと共に崖の下に消えていった。















side:??


 リィンが崖の下に消えて数分後、一つの飛行船が雪の大地に降り立った。そして飛行船の入り口が開き金と黒の美しい大剣を持った白髪の男性が辺りを警戒しながら降りてきた。
 そしてもう一人が船から降りた、それは男性と比べると年端もいかない子供……だがその目は明らかに唯の子供が持つものではない、暗くよどんだ闇のような瞳……明らかに『異常』だ。


「これは……」
「既に壊滅している?」


 黒髪の少年は目の前にある現状に驚いていた。本来なら自分達が襲撃するはずだった施設『楽園』……だがその楽園は見るも無残な廃墟と化していた。


「ふむ、どうやら何か異常事態があったようだな」


 船から眼鏡をかけた男性が降りてきた。その男性は見た目は温和そうな印象をしていたが少年と男性に匹敵、もしくはそれ以上の危ない何かを感じさせる威圧感を放っていた。


「教授……」
「ヨシュア、レーヴェ。この辺を探索してくれ。欲しいものがないかもしれんが念の為だ」
「了解」
「……了解」


 教授と呼ばれた眼鏡の男性は黒髪の少年と銀髪の青年に指示を出す、銀髪の青年はその場から消え黒髪の少年も後を追うように消えた。



 その数分後……



「教授、戻ったぞ」
「レーヴェ、収穫は?」
「何もなかった、全てが瓦礫に埋もれてしまっている。生存者も発見できなかった」
「そうか……」


 レーヴェという青年の言葉に教授はあらたか予想はしていたように反応した。これでは無駄足だったな、そう思っていると今度はヨシュアと呼ばれていた少年が戻ってきた。


「ヨシュア、戻ったか。何か見つけたか?」
「はい、生存者を一人……」


 ヨシュアが抱えていたのはレンだった。


「その娘一人か?」
「うん、生存者はいなかった。後こんな書類を見つけたくらいかな」


 レーヴェの言葉にヨシュアはそう答えた。


「この施設の唯一の生き残り、そして……ふむ、なかなか興味深い事が書かれているな」


 教授はレンとヨシュアから受け取った何かの書類を見てそう呟いた。


「ならばもはや此処に用はなくなったな、戻るぞ」
「「了解」」


 そして彼らはレンを連れて飛行船に戻りその場を後にした、後に残ったのは燃え盛る楽園という名の廃墟だけだった。















 そして同じ時、リィン達がいた地より遥か遠くのある草原に一人の少女が空を見上げていた。


「リィン……」


 彼女の名はフィー・クラウゼル。2年前に姿を消したリィン・クラウゼルの義妹であり彼の最も守りたい存在である。


 あの日リィンがいなくなってからフィーはルトガーに猟兵にしてほしいと頼んだ。
 それに対しルトガーは大反対した、リィンが死んだとは思いたくもないが、もしフィーにまで何かあったらと思うとルトガーは首を縦に触れなかった。
 だがフィーは折れなかった、何度も何度も頼み込んで気が付けば半年も続いていた。頑なに折れないルトガーとフィーを見て団員達も気が気でなかった、そんな時マリアナがルトガーにこういった。



 ―――――このままじゃフィーは壊れてしまうと…… 



 ルトガー達は必死でリィンを探し続けた、だがその結果フィーをないがしろにしてしまった。それを知ったルトガーは自身に嫌悪して同時にフィーの気持ちを理解した。


 自身が大切だと思っているリィンはフィーにとってそれ以上に大切な存在なのだと……


 思えば二人が兄妹になってから、リィンとフィーは片時も離れたことがなかった。常に共にいて互いを支え続けてきた。フィーにとってリィンはもはや半身と言える存在なのだろう。


 フィーの意思を知ったルトガーはフィーが猟兵になることを許した、そして1年半という時間でフィーは猟兵としてのスキルを身に着けてつい先月に猟兵としてデビューした。


 猟兵となったフィーはリィンを探し続けた、何日も何日も休まず探した。だが見つけられなかった…


「リィン、会いたいよ……声が聴きたい、貴方に触れたい。ギュッと抱きしめてほしい……」


 もう限界だった、団長もマリアナも皆も、そしてわたしも……


「リィン……」





―――――――――

――――――

―――



 更に同じ時、雪山を歩く人物がいた。


「ふー……老体にはこの寒さは答えるわ」


 菅笠と蓑を羽織り腰に刀を下げた老人が肩に積もる雪を払いながら呟く、どうやら旅人のようだ。


「早く雪をしのげる所を探さないとの、おおっと……」


 歩いていた老人は何かに躓くように体制を崩した。どうやら雪の中に何かあったようだ。


「全くなんじゃ……」


 老人が足元を確認するとそこには傷ついた少年が埋まっていた。


「これは酷い火傷じゃ……いったい何が?」


 何故こんな所に子供がいるのか疑問に思ったが、まずはこの少年の手当てをせねばと老人は少年を抱きかかえる。
 幸い息はまだあるが時間の問題だろう。


「急ぐとするか」


 老人がその場を離れようとしたその時だった、雪の中から真っ赤な巨体が現れた。


「ガルル……」


 その正体はブレイズドックだった、体中ボロボロだが何とか生きていた。ブレイズドックは老人が抱える少年……リィンを見て怒りの咆哮を上げた。


「やれやれ、うるさいワン公じゃのう。お主が怒る理由は分からんが死にたくなければ止めておけ」


 老人がそういうがブレイズドックは知った事かと言わんばかりに襲い掛かった。


 チンッ……


 何か音が聞こえた瞬間ブレイズドックの視界が逆転した、何が起きたのか分からず起き上がろうとするが体が動かない、その時ブレイズドックはあるものを見つけた。


 ―――――――― 何で俺の体が見えるんだ? 


 自身の目には反対になった自身の体が見えた、だがその体には……首がなかった。



 ズシンッとその巨体が雪に倒れる、そして首から出る赤い血が銀色の雪を赤に染めていく、ブレイズドックは死んでセピスに変わる最後まで斬られた事に気が付かなかった。


「止めろと言ったのに……」


 老人は血の付いた刀を振るい、血を落としてから鞘に戻した。


「おっと、急いでこの子を連れて行かんとのう」


 そして老人はリィンを抱えて雪の中に消えていった。



  
 

 
後書き
 本来原作ではヨシュアとレーヴェだけでしたが今回は教授ことワイスマンも同行した形にしました。





ーーー オリジナルクラフト・魔獣紹介 ーーー



『死蝶黒・炎舞の太刀』


 リィンとレンのコンビクラフト。リィンとレンで敵を翻弄して隙を見つけたリィンが敵を斬りあげてレンが更に追撃を放つ。何回か繰り返した後に上空に浮かぶ敵を赤と黒の斬撃が十字架に切り裂く。
 複数敵がいる場合は背中合わせに追い込んで決める別パターンもある。




『ブレイズドッグ』


 バイトウルフ系の魔獣にスルトの超高熱の力を合わせた改造魔獣。その結果体が巨体になり二足歩行で立つこともできるようになった。爪や牙をつかった攻撃や高熱の炎ブレスや火炎弾は絶大な威力を誇る。また異常に頑丈でもある。

 
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