怪我から
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6部分:第六章
第六章
「素直で前向きで」
「頑固で唯我独尊じゃないんですか?」
実際に周りにはそう思われていたりする。
「この娘がそんな筈は」
「お母さん、それが娘に言う言葉?」
実生も今の母の言葉には顔を顰めるしかなかった。
「確かに私はこういう性格だけれど」
「言うわよ。あんたを見ていたら」
「あのね、そんなこと言ってもよ」
「ですから実生さんは立派な方ですよ」
言い争う二人を止めるようにしてまたにこりと笑って言う蘭流だった。
「とても」
「それが信じられないんですけれど」
それでも信じようとしない母だった。
「この娘がそんな筈だ」
「いえ、私ずっと実生さんの側にいてずっと一緒にやってきましたから」
「おわかりになられるんですね」
「そうです。とてもいい方ですよ」
「だったらいいんですけれど」
そう言われても信じてはいなかった。自分の娘だから一番わかっているつもりだった。何はともあれこの時は実生を連れて家に戻った。退院した実生は学校に戻るとすぐに部活に復帰した。
「戻ってきたわね」
「嫌な奴が帰ってきたな」
部員達は彼女の姿を見て顔を顰めさせる。やはり彼女は好かれてはいなかった。
しかし彼女が戻ってきたのは事実だった。まだ走ることはできないにしろだ。それでも戻ってきてそのうえで部活に参加していた。
「暫くは歩くだけなんだな」
「はい」
高柳先生にもそのことを告げる実生だった。
「ちょっとだけの間は」
「そうか。今はじっくりと回復させろよ」
「有り難うございます」
こうして暫くは歩いてばかりということになった。彼女は愛用の白いジャージで部活にいた。だが彼女はただ歩くだけではなかった。
「はい、これ」
「えっ!?」
タオルを手渡された部員の一人が思わず声をあげていた。
「汗かいたでしょ。だからほら」
「タオルって。あんたが?」
「だって汗かいてるじゃない」
素っ気無くだがそれでもタオルを手渡しているのは事実だった。
「だからよ。汗拭いて」
「え、ええ」
部員は戸惑いながらも彼女の差し出したタオルを受け取った。そうしてそれで顔を拭くのだった。戸惑いはその間も顔にはっきりと出ている。
「有り難う」
「ええ」
皆それを見て唖然となっていた。他人のことは一切無視してきたのが今までの彼女だったからだ。しかもそれはタオルに留まらなかった。
「どうぞ」
「どうぞって?」
「何よこれ」
「何よってジュースよ」
また実生がしたのだった。今度は皆に自分で絞ったジュースを出していたのだ。
「水分補給も重要だから」
「水分補給って」
「あと栄養もあるから」
こうも皆に話す実生だった。
「飲んで。オレンジよ」
「オレンジジュースって」
「あんたが入れてくれたの」
「時間あったからよ」
また静かに、淡々と皆に話す。
「だから作ったのよ」
「時間があるからってそれでもあんたがって」
「全然信じられないんだけれど」
「そうなの」
皆は相変わらず驚いたままだ。しかし彼女の顔は違っていた。表情を変えずそのまま返すだけだ。まるで何でもないようにである。
「とにかく。よかったら飲んで」
「よかったらなの」
「ええ。飲んで」
その言葉の間にもコップの一つ一つにジュースを入れていく。透明のガラスのコップの中に黄色とオレンジが合わさった純粋なオレンジジュースの色が注がれていく。
皆戸惑いながらもそのカップを手に取って。そのうえで飲んでいく。そのジュースは確かに美味く喉を潤すものだった。
これだけではなく皆は彼女のそうした行いを受け続けた。皆そんな彼女を見て行動を受けてその評価を次第に、だがかなり変えていったのだった。
「優しくなった?」
「っていうか気遣いができるようになった?」
皆首を傾げながら言い合うのだった。
「だからああしたふうになったのかしら」
「そうなのかもね」
実生がいない部室の中で皆集まって話をしていた。ロッカーが並ぶその部室の机を囲んで座りそのうえで話し合っていた。それも真剣な顔で。
「入院してからだけれど」
「そこで何かあったみたいね」
「それで変わったのね」
これはまさにその通りだった。しかしその内容まではわからなかった。
「それであんなふうになったのね」
「今までつんつんして自分だけでやってたのに」
「今じゃね。私達に色々と優しくしてくれるしね」
「変わったわね、本当にね」
「いいふうにね」
変わったのは間違いなくそうしてそれはいい変わり方だった。彼女は確かに変わりそれは走られるようになってからもであった。
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