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コインの知らせ

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4部分:第四章


第四章

特殊なケース
 コインを投げた。ところがこれが。
「!?」
 何と床に落ちてそこから畳の隙間に挟まった。表も裏もなかった。
「おい、何だよこれ」
 流石にこれは予想していなかった。どうしようかと思ったがここは思い切ることにした。
「それなら」
 何と彼はここで両方行くことにしたのだった。またかなり思い切りがよかった。
 まずそれぞれの試合時間を調べる。剣道の方が早い。
「まずは剣道に行って」
 掛け持ちも考えればやれないことはない。同じ学校ですることが彼にとってラッキーだった。今回はそれを活かすことにしたのだった。
 練習も両方する。当日に備えるのも倍の苦労が必要だった。しかし一度決めたことを変えるのは好きではなかった。それで両方も倍になる。それでも整えていく。そうして当日を迎えるのだった。
 当日。まずは剣道をする。道着はそのままで行くことにしたので上着は白である。
 防具を着ける時。どうしても不安になることがあった。
「なあ」
「何だ?」
「別に防具の紺色が上着に着いたりしないよな」
 彼はそれを気にしていたのだ。剣道着や防具の紐には藍染を使うのでそれが着くと後の合気道の試合で支障が出るからだ。
「ああ、それはないから」
「ないのか」
「そんなの使う程いい防具じゃないしな」
 いささか情けないが高校の防具であることを考えれば当然であった。
「だからそれはないから」
「じゃあ安心して着けていいんだな」
「匂いはきついけれどな」
 防具特有のあの納豆の如き匂いだ。これは小手が最もきつい。
「それはいいよな」
「そんなの風呂に入れば取れるさ」
 だからそれはいいとした。
「それよりな」
「色が気になるんだな」
「いや、それはもう終わったから」
 安心していた、それよりも重要な問題が彼にはあった。
「時間は」
「そういえば御前」
「そうだよ。次は合気道だ」
 準備体操をしながら答える。掛け持ちだからそれが心配なのだ。
「悪いが試合が終わったらすぐにな」
「あっちに行くのか」
「悪いがそれでいいよな」
「試合の後で相手校と合同の練習があるんだけれどよ」
「それに出る時間はないな」
 それは間違いなくなかった。その時間は完全に合気道の時間だからだ。彼にも都合があるのだ。その都合を優先するしかなかった。
「そういうことでな」
「わかったよ。じゃあそれで頼むな」
「ああ、そういうことでな」
 こうしてまずは剣道の試合に出る。体当たりを有効に使って勝った。それで試合が終わるとすぐに防具を脱いでしまう。そのうえで合気道の道場に向かうのであった。
「それじゃあな」
「御前も忙しいんだな」
「忙しくしてるのは何処の誰だよ」
 苦笑いを浮かべて剣道部員の一人に突っ込みを入れる。
「まあいいさ。それは言いっこなしでな」
「今日は有り難うな」
「ああ。御礼はビックマックでな」
「高いな」
 ビックマックと聞いて今度は向こうが苦笑いを浮かべる。学生らしい話だった。
「それ位いいだろ。助っ人なんだからな」
「それもそうか」
「また何かあったら呼んでくれ。それじゃあな」
「ああ、またな」 
 挨拶もそこそこに合気道の場に向かう。流石に掛け持ちは辛く疲れている。言い換えれば力が抜けた。
 合気道の道場に着くと。もう合気道部員達は準備体操を終えていた。そうして道場にやって来た彼に声をかけるのだった。既に彼は汗をかいて結構疲れていた。
「また随分と汗をかいてるな」
「ああ」
 合気道部員の一人の言葉に応える。その汗は剣道の時に面の下に着けていた手拭いで拭く。そうしながら話をするのであった。
「何とか試合は頑張るからな」
「ああ、それはいいんだ」
 だがそれはいいと言われた。
「!?どうしてだよ」
「合気道だぜ」
 そこを強調される。
「だからな。別にそれはな」
「話がよくわからないんだけれど」
「合気道は攻めないんだよ」
 今度はこう言われた。
「だからな。別に力はいらないしな」
「そうだったのか」
 はじめて聞いた。実は合気道の中身については全く知らなかったのだ。
「だから。かえっていいかもな。型だけだし」
「型だけか」
 それを聞くと心持ちが楽になった。それならば問題はなかった。
「そうだよ。それはいけるよな」
「まあ型だけならな」
 問題はなかった。それだけの体力は十二分にある。何しろ剣道部の練習は抜けてきたからだ。
「いけるぜ」
「よし、じゃあやってくれ」
 あらためて頼まれる。
「期待しているぜ。何しろ向こうの部員がかなり多くてな」
「それだけこちらも数が必要だったんだな」
「そういうことさ。それじゃあな」
「ああ、任せてくれよ」
 そんな話をしながら合気道の型に参加する。程よく力が抜けて楽しい時間を過ごせることができた。合気道の型も終わると彼はこれまでにない満足感を感じていた。
「いやあ、よかった」
「そんなにか」
「二つ出ただろ」
 まずは掛け持ちのことについて言及する。
「それでな。力も抜けたし」
「それだけじゃないんだな」
「剣道も合気道もいいものだよな」
 それがわかったことが大きかった。それにより精神的にも満足感を得ていたのだ。それは顔にも出ていて汗の中でにこやかな顔になっていた。
「はじめてやってみたけれどな」
「よかったか」
「正直力が抜けていたしな」
 それが大きいことが自分でもわかっていた。
「かえって。よかったよ」
「そうか」
「これで力が有り余っていたらわからなかっただろうな」
 そのうえでこうも分析する。自分でも納得できる自己分析であった。
「実際のところ」
「そうか」
「まあ気に入ったのは事実だよ」
 笑顔で述べる。
「だからな。また機会があったら」
「ああ、またな」
「宜しくな」
 最後に言葉を交える。それもまた爽やかな雰囲気の下だった。その爽やかな雰囲気の中で卓也は彼等と別れ帰路についた。実に心地よい気分で。コインが導いてくれた爽やかな気持ちであった。


コインの知らせ   完


                  2008・2・9
 
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