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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第74話 ホッホ峡の決戦Ⅲ



 前回の戦いの後も、まだまだ 色々とあったのだが……とりあえず、ユーリも落ち着いた様子だ。

「……こちら側は もう問題ないな。数の利は向こう側だが、地の利は確実にこっちにある。その数を全く活かせない地形なのも幸いだな」

 ユーリは 極めてクールに振舞っているが、もういい加減に長い付き合い、とも言える志津香には 一目瞭然。勿論、マリアも重々承知。と言うか ユーリを知っている人物であれば 大体判ると言うものだ。

「はぁ。こんな時くらい忘れなさいよ」
「あはは……、し、志津香ストレート過ぎ……」
「………」

 志津香の辛辣とも言えるコメント。

 真面目にユーリはいってると言うのに、帰ってきた言葉を訊いて、ぷいっ! と顔を背けた。
 本当に、ギャップが合って可愛いと思われても仕方がない。先ほどまでの鬼神っぷりが嘘のようだから。……皆を鼓舞した時の姿とも。でも、そこが良い。人は完全無欠じゃないから。……何か、あった方が人間味があると言うものだ。……それが愛らしい言えるものであれば更に良い。人気の秘密だったりする。

「はいはい。ヘソ曲げないの。まだ 終わってないんだからね。チューリップ3号も進撃するんだし、ボディガード宜しくね」
「……なんで兵器のボディガードをするんだ?」
「ま、ゆぅも 兵器みたいなもんじゃない? さっきのあの使徒の女と戦ってた時なんてさ? 盛大に吹っ飛ばしてたし」
「……悪いが、志津香には言われたくないぞ。規模を考えたら、ぜーったい 志津香の方がえげつない。攻撃の種類も多彩だし」

 魔法使いの真骨頂は、最大火力の強さだ。魔法詠唱に時間がかかったとしても、高威力であれば お釣りが来ると言うモノだ。

「……一言多い気がするけど、私も負けるつもり、無いからね」
「オレも負けないさ」

 いつもなら、志津香の魔力充填キックが飛びそうな会話のやり取りだったが、一山を超えた事に安堵していた為、ただ仄やかに笑っていた。色々と複雑だったユーリもこの時は同様だった。



「ふふ。っとと、香澄。 チューリップ3号の方は大丈夫?」

 マリアは、志津香とユーリを微笑ましそうに見ていたんだが、その後はチューリップ3号の確認をしていた。戦局の鍵を握る兵器と自負している。実際にそうなのだから、見れる時に気にかけておかなければならない。

「はい。問題ないです。……マリアさんの言うとおり、後方の敵に全て集中する事が出来ました。接近も殆どされてない為、機体損傷も殆どゼロ。燃料・残弾も十分過ぎます。ホッホ峡の範囲を考慮しても、今戦いは問題ないかと」
「そう。良かった」

 マリアは、ほっと一息つくと、チューリップ3号の装甲をそっと右手で撫でおろした。まるで、我が子を愛でる様な慈愛の表情。勿論それは 比喩ではなく、マリアが機械類に抱く感情は一線を超えている? とも言えるのである。

 決して敵数が少ない訳じゃない。地の利がるとは言え、敵数は圧倒的に向こう側に利がある。……のにも関わらず 全く寄せ付けない戦い振りは 本当に感服だ。

「カスタムの時。……チューリップ3号が出来る前、ヘルマン兵を迎撃出来たのも 本当に頷けます……。その上、ランスさんもいらっしゃいましたしね」

 香澄は、ユーリの背中を見て、そう呟いていた。
 絶体絶命のあの4回目のカスタム防衛戦。……窮地を凌いだのは2人の男のお陰だった。

 1人は、当然ユーリ。……そして、敵本拠地を一気に叩いたランス。

 対極に位置すると言っていい性質の2人が、噛み合えば 本当に何でも出来てしまいそうだと思えた。

「ま、そうよね。ラギシスの時だって ランスやユーリさんがいなかったら、無理だったんだし。今回だってそう」

 マリアも頷く。
 そして、チラリとランスがいるであろう高台に目を向けた。

「どーせ、色々とモンクは言いつつも、監視してるんでしょーけど」
「ふふ。マリアさん。ランスさんに更に気に入られる様に頑張らないと、ですね?」
「ちょっ……! なんで、私があんなすけべなんかにっ……!!」

 他人には良いが自分自身には弱い。 それがマリアである。
 今まで、どんだけ頬を抓られても、志津香を散々弄っているんだけど、いざ、それが自分に向けられたら、こんなにも脆い事はないのである。


「……御見逸れいたしました、ね。私も 十分過ぎるほど 理解していた筈なんですが」
「同感です。あの強さで一介の冒険者。これも何度考えた事か……。バレス総大将やエクス将軍たち でなくとも 欲しますよ。彼を……」

 共に戦ってきた兵士たちも 心底そう思っている様だ。

 それは、地位が確実に絡んでくる話になる。

 全将軍がその力を認めて、そして 欲している程の相手だ。飛びに飛んだ地位を得るだろう。……そして、組織である以上、一枚岩ではない。嫉妬心の類も必ず出てきて、揺れる事もあるだろう。だが、戦いを共にしている者達は そう言う類のモノは見せない。リーザスを取り戻す事ができて、平和が生まれれば 判らない事、だ。……少なくとも 現時点では。

 だが、少なくとも今呟いた2人の男、ドッヂとサカナクは ユーリの事を尊敬する眼差しで見ていた。容姿は確かに思うところがあるものの、それに補って余りある強さを持っているのだから。

























 解放軍最後尾の高台にて。

「ぶえーーっくしゅんっっ!!」

 盛大にくしゃみをしていたのは、当然ながらランスだ。

「ぶへっ……。ふん。良い男は噂話が尽きんな。がははは!」

 盛大にくしゃみをした理由が、誰かが自分の噂をしていたから(良い方向に)と決めつけつつ、大笑いをしているランス。勿論正解なのである。……この時は珍しくも悪口も若干入っているとは言え、ランスを想っているマリアのモノだった。

「ふむふむ。流石は戦闘大好きなガキだな。オレ様には遠く及ばんが、ちゃんと頑張っているようじゃないか。それに、命令通り 志津香とマリアのお守りもしているな。……ふむ、だが、手を出さん様に見張ってなければ」

 ランスは双眼鏡を覗き込みながらそう呟いていた。
 景気の良いチューリップ3号の砲撃音、そして眼下に広がる戦いの音をBGMとし、鼻歌さえ歌っているランス。……それ程までに、解放軍が圧倒をしているのだ。

「はぁ、アイツがそんな事する訳ないだろうに。……ま、志津香の蹴りを何発かはもらってそうだけど」
「お? よく分かっているではないか。下僕。丁度今、志津香の蹴りを受けてるところだ。馬鹿め、襲おうとして返り打ちにあった様だな? 志津香を抱くのは至難の業。今のところ、攻略法はオレ様でも 模索中だと言うのに」

 ランスは、気分良くそう言っている。
 この気分を害して、色々と面倒な事を押し付けられるのも厄介だと思ったフェリスは。

「あー、はいはい。ソウダネー」

 と、返すだけに留まった。
 因みに、今はユーリがフェリスを召喚している状態。故に絶対命令権はユーリにあり、別にランスに従わなくても良いのだ。……勿論、戦争に関係がある範囲では逆らえないのだが、普段のに比べたら何倍もマシだ。

「がははは!」

 フェリスの棒読みを全く気づかず、そのまま笑い続けるランス。 だけど、シィルは不安そうに見ていた。ランスの様に双眼鏡を持っている訳でもない為、戦況がはっきりと判らないのだ。

「ランス様。みなさんは、大丈夫なのですか……?」
「がはははは。オレ様の下僕達は、そう簡単に死なん!」

 ランスはそう一言だけ言っていた。それだけでは不安が尽きないのだけれど、とシィルは思ったが、それ以上突っ込んでは聞けなかった。
 そんなシィルを見たフェリスは 軽く笑い。

「大丈夫だ。シィル。正面の連中は ほんと、見たとおりユーリ達が蹴散らしていったよ。チューリップ3号、いらなかったんじゃないか? って思えるくらいの快勝だ」
「あ…… そ、そうなんですか?」
「ああ。だから 安心しろ。ランスの言葉じゃないが、ユーリは、……あいつらは簡単には死なないよ。悪魔の私も太鼓判を押す程だ」

 悪魔の代名詞とも呼べる大鎌を肩に担ぎ、僅かにため息を吐きながらそう言うフェリス。何処か呆れてしまう程の強さだった様子で、それがため息をして現れた様だ。

「がはは。おい、シィル。なんか果物でも寄越せ」
「あ、は、はいっ ええと、野ぴぴぽでいいですか?」
「よし、それで良いぞ。むぐむぐ…… うむ、酸っぱいな」

 戦っている連中を肴に一杯飲ってる絵面になる。キャンプ椅子でくつろいでいるから、更に際立っている様だ。

「愉快愉快。うむ。シィル。茶だ。次は茶」
「あ、はい。冷えたお茶ですが、どうぞ。……ランス様。ユーリさん達がいてくれて良かったですね!」
「ふん。あんなガキがいなくとも、オレ様だけで十分だ! と言うところだが、あの下僕がそれなりに、仕事をしてる事で、この最強頭脳を持つオレ様が戦局を見極められるからな。よしよし、たまには、ユーリに褒美をやろうではないか」
 
 まさかの発言に驚きを隠せられないシィルだった。……フェリスは大体察した様だが。

「がははは! お子様うはぁん。お子様ダボラベベ、ふむふむ。色々とアイディアが生まれてくるぞ? がははは。よし シィル。手配しておけ。お前が作るのは駄目だ。勿体無い」
「ら、ランス様ぁ……、ユーリさんが怒ってしまわれますよぉ……」
「がははは! 大の大人がこの程度のお茶目で怒る筈が無いだろ? がはははは!」

 大笑いをしているランスと慌てて止めた方が、と言うシィル。
 フェリスは、というと。

「(ま、150%怒るわな。ユーリだったら。それにしても、やっぱランスは……)」

 確信しつつ、ただただ呆れていた。
 ここまで、性質が違う主人がいる悪魔は歴代でも自分だけなのではないか? と後悔あり、物凄く、……非常に複雑な想いも胸に残りつつ。

 そうこうしている間に、ユーリ達の舞台は完全に押し返した様子だった。前衛に突然現れた赤っぽい人影、その強さには 少なからず驚いた(主にフェリス)が、結果的には、まるで問題なかったのだ。

「よしよし、本道を突っ込んでくる連中は、これでもう無理だろ。ま、オレ様の下僕であれば当然だがな。そして、オレ様の的確な指示もそうだ。がはは。流石オレ様」

 本道はヘルマン軍全体に比べたら、明らかに狭い。つっかえて、後ろの部隊が前線に行くのはかなりめんどくさい筈だ。

「ふむふむ、良い感じに団子状態になった様だ。次は、串を刺してやろう。おい、フェリス! 合図だ。戦争に関係ある事だから、拒否は出来んぞ!」
「……はいはい」

 フェリスは、改造したチューリップ1号を掴んだ。
 因みに、それはマリアが調整・改造したものであり、夜間戦闘と言う事も合って、合図射撃として使うのは最適であり、入り組んだホッホ峡において重宝されるモノだ。

 が、如何せんフェリスは悪魔。もう逢魔刻を超えたとは言え 白く照らす光には答えるのは以前経験済みの事だった。そして、今回これを使う事も知っていた。(ランスが用意をさせていたから)

「がははは! さっさとするのだー! お前はオレ様の命令を訊かんからな。これはお仕置きだー!」

 フェリスが嫌がる事はよく知っているランス。
 だから、ここぞとばかりに大笑いをしてそう言っていた。ちょっと幾ら悪魔でも女のコに、と思うところも当然ながらあるのだが、フェリスとの出会いを考えたら、正直自業自得の部分も拭いきれないのも事実。

 ランスの魂を取ろうとしていて、爪を誤ったのはフェリスだから。真名を知られたのはロゼと言うワイルドカードのせいだとしても。

 だけど、今回は完全にフェリスが上手だった。

「えと、これを引けばいいんだったわね。よっと」

 なんの躊躇もせずに、引き金をひいて、空に向けてチューリップを撃ち放った。特別に仕込まれた弾が中空で炸裂し、白く光を放つ。……悪魔のフェリスにとってはそれだけでも苦痛の筈なのだが。

「がははは! ……む? 何故そんな普通なのだ?」

 嫌がる様子を見せないフェリスを見て、訝しむのはランスだ。

「はぁ。何度これ、やってると思ってんのよ。流石にもう慣れたわ」

 ため息を吐きながらそう言うフェリス。そんなフェリスを見て面白くなさそうにランスは舌打ちをすると。

「ちっ 嫌がるフェリスを見てやろうと思ってたのに。もういい。次からシィルがやれ」
「え? あ、はい……」
「ふん。相変わらずの外道……」

 フェリスは、そう呟きつつ、ちゃっかりとつけていたメガネを取り外した。

 これは 《呪音のメガネ》。

 目の前が真っ暗に染まってしまい、殆ど見えなくなってしまう呪いの装備であり、メガネの癖に 追加効果は聴覚にまで及ぶ。 と、言っても耳元で、只管『のろい~~♫ うすのろ~~♫ カメやろう~~♫』と訳の判らない鬱陶しい囁きを延々と聴かされるだけだ。一度装備すると、外せなくなる様な効果は無く、いつでも外せる。

 以前、あのチューリップ1号の光で 目を辛そうに擦っていたところを、ユーリに見られたらしく、その時に渡された。折り畳みタイプの為、非常に持ち運びが便利且つ、こそ、っとつければバレない。 更に、悪魔に対して呪われた装備など、片腹痛い、と言うものであり、影響も人間に比べたら無いも同然なのだ。

「はぁ………。私、ちゃんと出来るのかな…………」

 ついつい、声に出してしまうフェリス。

「こら! 出来るのか? じゃなく、するのだ! きりきり働け! 下僕!」
「っ……はいはい。わかってるわよ。戦争に関係ある分は、働くから……(夜間の間に終わって欲しい)」

 フェリスは、ランスの苦言に手をひらひらとさせながら、そう返していた。
 因みに、フェリスが『出来るのか?』と言ったのは、まるで別の事である。その手には、あのメガネが握られており、今ランスの魔の手? から身を守ってくれている命令も頭に残っている。




――……これからも、ずっと……ちゃんと線引きを続けられるのか、出来るのか?




 主に考えているのは、その部分だった。


 この時の、フェリスは気づいてなかった。


 《これからも、ずっと》と自然に考えてしまっていた事に。……以前までは、早く解放されたい、と強く願っていた筈なのに。……そう 思ってしまっていた事に。





















 枝道のひとつから、回り込む影があった。
 勿論、何処からでも見える強烈な光を見た時に、行動を開始したのだ。敵側にも見えると言う欠点があるものの、何の合図なのか、それを判る由もないから、利点の方が圧倒的に大きいのだ。

「うし……、合図が来た様だな。動くぜ」

 ミリの部隊も進撃を開始した。
 もう戦闘も大分佳境だと言う事は、潜んでいても判るのだ。チューリップ3号の轟音、そして戦闘の狂騒、それらが常に聞こえ続けているのだから。

「よーし……こっちからもいくぜ。芋野郎共の脇腹を抉ってやらねぇとな」

 ミリのその言葉に、部隊の兵士達も頷き、進撃を始めた。
 そんなミリの傍らにはセルが控えている。

「ミリさん」
「お、どうした? セル。……ん~ そういや 良かったのか? カミサマに仕える身で戦争なんてよ? ロゼに染まりそうな気がするぜ」
「そんな事には、成りえませんから 安心してください。私が、改心・更生をさせてみせますので」

 その眼には、燃える炎が宿っている事に気がついたミリ。
 ロゼはひらひらと躱し続けているが、この分じゃねちっこい説教が続きそうだと言う事が判る。……そして、幾ら言っても暖簾に腕押しだと言う事も同時によく判る。

「ははっ ま、茨の道だろうよ。ユーリの奴を落とすのと同じくらいにな? 頑張んな」
「……はぁ」

 セルはため息を吐いてしまっていた。
 ……ユーリの事は、セルもよく判っているのだ。よく判っているからこそ、ミリの言う茨の道も重々承知、理解してしまったので、改めてため息を吐いてしまったのだった。

「戦争の件ですが、AL教では 自衛のための戦いまで、否定はされてませんよ。……それに、彼らがいては、またレッドの様な蹂躙が行われるでしょう」
「そりゃーそうだな。あいつらだって、戦争するからにゃ、略奪だってする。しなゃ始まらねぇだろうし。……人の豪って奴だよ。異常な状況下での略奪は 良心なんてもんは薄れちまう。いや、無くなっちまう、と言う方が正しいかもな」
「……はい。本当に痛ましいことです」

 セルは、その様な事が無い様に、と教会での教えを説き続けている。なのに、どうしても争いと言うのは起こってしまうのだ。言葉だけでは解決しない。時には、武力に頼らざるを得ない事も、知っているから。

「ま、そういうので、メシ食ってるロクデナシだって、この世にゃごまんといるからな。……裏を返せば、冒険者だって紙一重だ。まぁ あいつらに比べたら、こっちの八方美人 ユーリは可愛いもんだし、オレも随分……っとと」

 ミリの軽口、そして歩みが止まった。

「ミリさん……?」
「……しっ、どうやら、奴さんら来たらしいぜ。いや、これはもう戦ってるのか……? トマトの部隊、もしくはランの部隊か……」

 ミリは耳をすませつつ、そう呟く。
 セルも同じく黙って耳を澄ませると……、重苦しい軍靴の音が、近づいてきている。その音の間隔は非常に短いのと、慌ただしく大きいところから 重い装備で走っているのが一目瞭然だ。

「ふむふむ………」

 ミリは耳をすませた。
 彼女の身体には 悪性の病巣が渦巻いているのだが、それを踏まえても 身体能力は非常に高い。その1つの聴力もそうだ。体力をあまり必要としないから、集中すればする程、冴え渡る。

『てりゃあーーー!! 一気に攻め込むですかねーー!!!』
『はいっ!! 炎の矢!!!』

 これは女の声である。
 勿論知った声だ。

「はははっ! 先を越されちまった様だな!」
「ミリ隊長、我々も!」
「だな! 挟み討ちにして 食い散らかしてやろうぜ!!」
「……御武運を、傷ついた方は、私が癒しますから……!」

 本道程の規模ではない戦闘だが、それにも負けない激しさと熱気、そして命の散らしあいが始まったのだった。




 トマトの部隊とランの部隊が潜む枝道は、比較的傍だった事、そして 本道からの撤退が思いの外早かった事も相余って、殆ど同時にトマトとランの部隊は、奇襲攻撃を仕掛けた。

 勢いのままに押し切る事が出来た為、そのままスムーズに2つの部隊は合流する事が出来たのだった。

「トマト・すぺしゃる! 行くですよーーー!!」

 トマトは、剣をざくっ! と相手に突き刺したのと同時だ。

「れんごく・らんせん。トマトVerですかねーーー!!」

 吠えつつ 撃ち放つトマトの必殺技。それは、某憧れであり、大好きであり、抱きしめたい人No1であり……etc の冒険者が使う必殺技。
 懐に一瞬で飛び込んだかと思えば、更に殆ど一瞬で無数の剣擊を身体全体に撃ち放つ。そして、あっと言う間に相手は吹き飛んでしまうのだ。

 無論、トマトにはそこまで、剣を振るう腕力、そして 一瞬で間合いを0にする様な脚力を持ち合わせていないから、代用品を盛大に利用。

「りゃりゃりゃりゃりゃ~~~~!!!!!」

 裂帛の気合と共に トマトから発射される無数のアイテム。
 それは、アイテム屋だからこそ、出来る芸当。使い捨ての武器を何処から取り出したのか、眼前に広がるヘルマン兵士達に向かって投擲しまくっているのだ。

《硬珠》《使い捨てブーメラン》《林檎ハンガー》《KY標識》……etc

 塵も積もれば山となる、とはよく言うが これはそんなレベルではない。全く値段の事を考えない大量のアイテムを一気に消費し続ける。
 敵側が固まっているから、殆ど命中し、良かったと思えるが……人数が少なかったら、当たらないのが多かっただろう。……トマトは命中精度がよろしくなさそうだから。

「あっはっはっは!! 随分と、気前がいいじゃない。トマトっ」

 ダ・ゲイルに戦わせつつ、ダ・ゲイルを含めたメンバーの回復も努めつつ……、普段の行いから、考えられない様な献身な働きを見せているロゼが大笑いをしていた。

 ロゼのやる気スイッチがONになった切欠がなんだったのか……、それは 想像にお任せをする、と言う事で 非公開設定だ。

「そりゃー、頑張るですよー!! この戦いで、自由都市制覇! その暁には、ユーリさんとマイムマイムが待ってるかもですからねーーっ!!」
「ふぇっ……!?」

 隣で、剣と魔法を用いて戦いを続けるランも思わず耳を傾けてしまっていた。
 
「もしくは、頑張ったら、頑張った分だけ、よしよし、と頭を撫でて欲しいですかねー。それだけでも、私は、きゅんきゅん、しちゃうんですよー! 真知子さんや優希ちゃん達も虎視眈々! トマトはトマトが出来る事、全部するですよーー!」

 トマトの言っている事は、本当に健気だ。
 だけど、まるで癇癪を起こした子供の様にアイテムを只管投げ続ける絵はちょっと微妙だった。その部分がロゼのツボに入ったのだろう。

「あーーーっはっはっは! ま、そんときゃ、私も口利きして上げるわよん!」
「っ……」
「あー、はいはい。物欲しそうにするんじゃないってば、ラン」
「ええっ……!? (そ、そんなにカオに出てた……??)」
「口利きくらいなら、OKよん? でもでも、アイツにはそこら辺のガード職よりも硬~い。守護魔法使いと忍者がいるからね~。そこを頑張るのは、ランの仕事だからねー?」
「あ、あぅ……が、頑張りますっっ!」

 ランも顔を赤くさせながら、頷いた。ミリとロゼの後ろ盾は非常に強力だろう。……それでも硬いのは仕方がない。と妙に納得も出来ていた。


「えいっ!」
「ぎゃあああっ!!!!」

 そして、そして その後ろの光景は またまた凄いものだった。
 ヘルマン兵達は、基本的に大柄な体格だ。体格だけでなく、重厚装備も考えても、目算でリーザス兵士の倍以上はあるかもしれない。
 そんな兵士をぽんぽん、と投げ続ける豪傑がいるのだから。

「っっ~~!! お、おい! クルックー! よく考えたら、なんで戦争なんかに参戦してるんだっっっ!!」
「はい。ユーリに頼まれましたので」

 そう、クルックーである。
 シスターでありながらも、格闘の技能をも持ち合わせており、人体に多大なるダメージを与える投げ技を打って出ているのだ。……因みに、彼女の鞄にまだしまわれていた《白いナニカ》が、あまりの振動、そして 戦争の熱気や喧騒にたまらず声を上げていた。

「そんな、あっさり答えるなよっ!」
「でも、トローチ先生も了承の上だったと思いますが?」
「そ、そりゃ、アイツの顔の広さを考慮したら、後々にバランスブレーカー回収に良い手だとは思ったが、限度があるだろっ!?」
「大丈夫です」
「なんだ! その自信は!!」

 戦場だと言うのに、こちらもトマト達に負けない程賑やかである。

「ユーリがいますので。負けないと思いますよ」
「……………」

 きょとん、としてしまうのは、トローチ。
 先ほどまで、騒ぎに騒いでいた筈なのに。

「はぁ、お前、ほんとにヤられちゃったってのかよ」
「はい?」
「いや、イイんだ。……へんな男に騙されるくらいなら、こっちの方がずっといい。あのデブに比べたら全然マシだ」

 ずっと、クルックーの傍でいたからか、妙な親心も持ち合わせているトローチは、そうブツブツと独り事を始めていた。
 当然、クルックーは何言っているのかわかってないから、ただただ首をかしげていたが。

「おい、せめて 仲間達の傍にいろよ。クルックーの安全もそうだが、ヒーラーとして、頼りにされてるんだろ? ……ユーリから!」
「っ……。はい。そうですね。少し、前に出すぎていました」

 クルックーは、最後に1人を投げ飛ばしたところで、ランやトマト、ロゼ達と合流をしていた。

「いやぁ、アンタもヤルわね? 修羅場をくぐってきた動きってヤツじゃない?」
「ロゼさんも、流石だと思います。……悪魔を使役しているのは、Al教のシスターとしては、見過ごせない気もしますが、今は戦時中ですので」
「物分りが良いコは好きよん?」

 ロゼは、笑いながら。クルックーは至って普通に、周囲の仲間達に神魔法を唱え続けていた。ロゼの周囲は完全にダ・ゲイルがシャットアウトしているから、実質回復に専念する事が出来る。……今の所、悪魔を上回る敵がいないから、解放軍側が負ける事は無いだろう。数で圧されてしまえば話は別だが。

「しーっかり、このコの教育をするのよ? ま それも大変だと思うけどね」
「はい?」
「ああ、そっちの鞄の中にいるコに声かけただけ」
「っっ!!」
「………」

 あっさりと見抜かれてしまったトローチ。
 クルックーも、ロゼの感覚は非常に鋭いモノだと言う事を改めて悟った瞬間だった。


















 そして、ミリ達はと言うと、数で劣っている事 そして完全な反対側の枝道だと言う事も合って、中々合流する事が出来ず、一先ず ヘルマン側が土木作業をしている場所に目をつけていた。

 ホッホ峡に、拠点を作ろうとしているのを阻止する事を優先したのだ。

 一度でもしっかりと身構えられてしまうと、その場所を攻め落とすのに被害が出る可能性が非常に高い。……その点、奇襲で一気に叩けば迅速に早く、被害もなく行なえる可能性があるのだ。

『悪いが、工事は無期延期だ!』

 これが、今日一番のミリの決め台詞だった。

 そして、ヘルマン兵を倒す事が出来た。……つまり、殺したと言う事だ。戦争で人が死ぬのは当然であり、誰ひとり死なない、敵も味方も全て死なないで欲しいと言うのは甘っちょろい妄想でしかないのだ。

 だが、それでも 祈ってしまう。魂のやすらぎを願って。

「主よ……彼らの魂の安らかんことを……」
「セル。……真面目だねぇ。ここは戦場だぜ? キリないよ」
「いえ、キリはありますよ。命は有限なのですから」
「……はは、立派なもんだ」

 それ以上は、互いに言い募ることもなく、ミリ達は敵を攻撃、セルは 援護に回り、全てを無事終える事が出来たら、敵も味方もなくセルはただ祈り続けた。


 そして、当然だが敵地深くに攻め込めば攻め込む程、手練と遭遇する可能性も高くなる。

「くそ! 突撃だ!! ヘルマンの名を背負うなら、怯むのではない! 数では、こちらがぐぁが圧倒的に上なのだ! ここを突破し、敵陣奥深くに斬り込むぞ!!」

 それは、ヘルマン3軍の小隊長。その檄が飛んでいた。
 その実力もそうだが、何よりも戦意がまだまだ高い。最後の一瞬まで、諦める事はないだろう。

「おっ、撃墜ポイント高そうなヤツ、み~~っけ!」

 そんな男に目をつけたミリの目利きも確かなモノだった。統率を崩すのは、やはり頭を打つのが一番だから。

「ぬ、女。……派手な身なりだな。傭兵か!」
「ま、似たようなもんだ。オレ達が人生をエンジョイするために、悪いが死んでくれ」
「ほざけ! ヘルマン騎士が傭兵ごときに首を……!!」

 構ってる暇はない、とばかりに大上段から叩きつけたその巨大な剣は空を切って、地面の石を噛み込んだ。


「おっ……!!!」
「へっ 騎士騎士いってる割には、魔人なんぞに頼りやがって、誇りもへったくれもあるかってんだ!」

 それは、ユーリにもあった言葉だ。
 真に誇りを持った者達であれば、人類にとっての敵である魔人と手を組む事などおいそれとするものじゃない。連中の実力は、人間など問題にならない程強いのだから。必ず裏に何かがある。

 これまで戦ってきたヘルマンの部隊の大部分は まるで気づいておらず、己らの力だけでリーザスを落とした、と錯覚をさせているのだ。

「あらよっと!!」

 ミリは、すれ違うような形で、剣を膝裏目掛けて突き刺した。

「がはっ!! は、はやっ……!!」

 そして、倒れ込んだ小隊長の首筋に、すかさず左の小剣を引き抜き、首元につきつけた。

「へ。こちとら はええ連中が揃ってるんでな。そいつらの中で戦ってりゃ、こんなもん、止まって見えるってもんだ」
「ぐ、くぐぐ……、こ、これまで……っ!?」

 ばちゃっ、と言う音と共に、鉄錆の臭いのする液体が、小隊長を濡らした。
 だが、それは小隊長のものじゃない。

「ぐ……、が、がはっ……がっ……!!」

 もがき、表情を歪め、そして血を滴らせていたのは、外傷一つ無いミリだったのだ。

「っっ!! 今だ!!!」

 首筋を切られても尚、絶命する程の血を失っていないのは、ヘルマン兵だから。その巨体は、耐久度も常人よりも上なのだ。即死の攻撃をしない限り、致命傷となり得る血の量が抜けない限り、動き続ける。
 咄嗟に身体を回転させてはね起こすと、剣を拾ってミリの首筋を狙って渾身の力で振り上げる。

「――――ミリさん!!!」
 
 それにいち早く気づいたセルが、手にしたアンクで懸命に剣を弾いた。だが、怪我をしているとは言え、重いヘルマンの剣擊。受け止める様な事は出来る筈もない。

「ちっ……!! このまま、いっしょに潰してやる!!!」

 全体重をセルのアンクにかけ、セル諸共、ミリを斬ろうとした時だ。

「ダ・ゲイル!」
「んだ」

 誰かの声が聞こえたかと思えば、そのヘルマンの巨体が突然宙に浮いた。

「なっ、なんだ!!?」
「私の飲み友と同僚にナニしてくれてんのよ」

 突然現れたのは、異形な姿の者、とそれに抱えられた金髪でローブの下は下着しか身に付けていない露出女。勿論ロゼだ。

「あ、悪……魔?」
「とっとと、失せるべ」

 ダ・ゲイルは 力任せに、ヘルマン兵を引っこ抜く様に頭を引っ張るとそのまま、崖目掛けて放り投げた。 頭から突っ込んでいき、轟音と共に壁に激突し動かなくなったのだった。

「ふぃ――………」

 口元を染める鮮やかな血を手で拭うミリ。
 ため息を1つついた後に、2人 いや 3人に向かって声をかけた。

「サンキュ。セル、ロゼ、えと……ダ、げいる、か。助かったぜ」

 吐血したと言うのに、その声色は爽やかだった。微塵も先ほどの状態をみせなかった。

「無茶すんじゃないの。ミリの手足のよーに動くコ達は沢山いるでしょ? 終わった後、身体で払って上げりゃ、喜んで手、貸すでしょ」
「はははっ! まぁ な? オレの魅力、エロさ、色気にかかってくれねぇのは アイツ(・・・)だけだよ」
「言うまでも無いでしょ、そんな事」

 ロゼもミリも 普段の振る舞いから全く変わらない会話を続けていた。 
 だが、セルはそうはいかない。……ミリが吐血する瞬間をしっかりと見てしまったから。

「ま、待ってください! ミリさん、それは……まさか 死病の……」

 セルがそこまで口にした所で、ミリは口元に人差し指をつけた。

「おっと、この件を知ってる面子は結構少ないんだ。……他の奴らには内緒だぜ」
「っ……!? で、でも それに ロゼさん以外にも知っているのですか?」
「まぁ、な? 普段は、つーか 女達には すげぇ鈍い癖に こう言う事に関しては まさに反比例だよ。すっげぇ 鋭いんだ。……こんな風になってないのに バレちまったよ」

 ミリがそこまで言った所で、セルも大体理解した。
 ロゼ以外に誰が知っているのかを。……今のミリの身体の事を。

「そんな…… そんな状態のミリさんを戦場に出すなんて……ッ」

 信じられないと言う想いと同時に怒りに似た感情も湧いてきていた。
 だけど、それはロゼが抑えた。

「ちょいまち。セルにそんな顔は似合わないって、アンタは救いのシスターなんだからさ? 愛嬌振舞ってないと」
「っ……! で、でも ロゼさんには いつも怒らされてますよ!」
「あ~らー? そうだったかしら~?」

 すっとぼけるロゼ。……だが、今回のそれは真剣そのものだ。

「……ま、察したと思うけど、あの度が過ぎるくらい、他人に 仲間に関しては気にかけまくってるアイツが、ミリの事なんにも言わなかった訳無いでしょ。って、私が言うより ミリ自身が説明した方が説得力があるわね」

 ロゼはそう言うとミリの方へと向いた。
 ミリは、本当に良い笑顔で語ったのだ。

「へへ~ん。オレはアイツと、ユーリと色々と取引をしていてな?」

 ミリの取引内容をセルに告白。

 勿論、ユーリとの性交渉も同時にだ。

「…………」

 呆れてしまったのと同時に、またしっかりと説き伏せなければならない、と思えたセルだったが、一先ずそれを止めた。

「で、ですが その死病、ゲンフルエンザは……」
「ああ。不治の病ってなってる。だが オレは何も心配してないね」

 ミリは、吹っ切れた感をさせていた。

「多分、ユーリがいなかったら、受け入れてたって思う。ま、受け入れたって、ずぅっと粘りに粘って、頑張って、やりたい事やって、ぱーーっと自分の時間切れになる方を選んでいたんだって思うよ。それに うちにゃカネがないし、無駄遣いして、妹に ミルに負担をかけたくないしな」

 苦痛があるのか、ないのかが判らない。
 本当のいつも通りのミリだった。

 生きる動力となっているのは 妹の為に死ねないと言う事もあるし、それに……。

「……ユーリさんの事を 信じているんですよね」
「ああ、勿論だ。アイツなら 不可能を可能にするって思ってるよ。はは、ユールには 色々と魅せられ続けてるからな?」
「………」
「ま、セルはユーリとの付き合いもまだ短いから なんとも言えないんだろうけど。アイツは違うんだ。これはマジだぜ? なぁ ロゼ」
「ま、そうね。この中では私が一番古い付き合いだけど、太鼓判を押すわ。これは信じてくれて良いわよ? セル」

 普段のロゼには言いたい事が沢山有り過ぎて 言葉を纏めるのが難しい程なのだが、今回ばかりは言葉は無くただただ 頷くだけだった。
 セルも、ユーリの事は信じているから。

 ……レッドの街を救ってくれたあの時からずっと。いや ヘルマンの恐怖から、ずっと涙を流しながらも、ユーリの事を信じ、最後まで諦めなかった優希から ユーリの話を訊いてからずっと。 どんな辛い時も 絶望しかけた時にも 支えとなってくれる存在信じられる存在。まるで、AL教で言う女神ALICEの様だったから。


「さてと!! もうこの話はお仕舞いだ。大丈夫。オレも何一つ心配していないぜ! この戦争も、オレ自身もな!!」

 ミリは、両手をしっかりと上へと突き上げた。
 まだ、残敵と戦っている者達の士気をさらに上げるため、敵の戦意を下げる為に。

「おらーーーー!! ヘルマンども! お前らの小隊長は死んだぞ!!」

 ミリのその言葉は解放軍の鬨の声をさらに上げ、ヘルマン軍の悲鳴を誘った。人数では優っていても、完全にやられた、失敗したと悟ったヘルマン軍の勢いがなくなり、さらに逆に解放軍の勢いは増した。

「……私も、信じます」
「そっ。それで良いのよ。私もなーんにも心配なんかしてないから。心配するだけ損ってもんなのよ」

 ロゼとセルは、そのまま あとに続くのだった。


 そして、ミリ・トマト・ランの部隊は無事に抜け、ヘルマンの本隊と先遣隊が分断する事が出来た。

 その戦況も勿論 ランスはしっかりと確認をしている。

「ほうほう、よし! ミリ達の所も上手くやった様だな」

 双眼鏡で確認し 問題なく分断されたのを確認したランスは次の指示を出す。

「よし、シィル。次だ。発射しろ」
「あ、はい。えいっ!」

 シィルは、「2」と印されているチューリップを手にして、天にかざす。暗い空に第二の合図が轟音とともに輝いた。

「……こうやって、苦もなく光を見れるのも、悪魔になって きっと初めてだな」

 フェリスは、光り輝く空を見て そう呟く。
 メガネ越しだから、完全な光ではない黒く塗りつぶされかけているのだから。だけど、その片鱗は感じる事が出来た。

「……ほんとにもう、やめてよ。私に沢山くれるの。………私は悪魔、なんだ」

 フェリスは さらにそう呟くと……視線を下へと向けてメガネを外していた。


「よしよーし! さあ、次だ! 次が動き始めたぞ」

 双眼鏡の角度を切り替えて、次に動かす部隊に焦点を合わせた。












~ヘルマン軍・本隊~


 先遣隊の現状は勿論、本隊にも伝わっている。今 何が起こったのかも同様だ。

「将軍、申し上げます! 先遣隊との間隙をリーザス軍に狙われ……、現在分断されています!!」
「ぬ……! そうか」

 トーマは、眉間にさらに皴を寄せていた。地形的に、この場所での奇襲が如何に効果的であるのか、数の利が活かせないのかを理解していたからだ。

「く……、まさかここで伏せているとは……!!」
「儂らが今日ここを通る事、漏れておったというわけだ」

 皴を眉間に寄せつつも、それ以外は表情に出さない様に、と泰然としたトーマだったが、それでも内心では己の失策を感じざるを得なかった。

 先遣隊として、先行している最前線のロバート隊は混乱の極みであり、さりとて、本隊が駆けつけようにも、この狭い地形が邪魔をして、思うように進む事が出来ないのだ。
 かと言って、機動性を重視した小規模部隊で攻めたとしても、死屍累々となってしまうのは目に見えている。

「……いかんな。こう言う時、前線に折れぬというのは、性に合わんと言うものだ」

 トーマ愛用の戦鎚を握る手に、音もなく力が篭る。
 それは、側近であるガイアスも同様だった。

「動ける者だけで強引に突入、などと仰いませんように。例の鉄の車も、はやり確認されています。……接近しても、その周囲には 手練が配置されている様で、数を活かせぬ状況ではこれ以上なにも……」
「判っておる。……正面を抑え込まれると突破は厳しいか……」

 トーマは、顎に手を当てて考えた時間も僅かだった。

「……少数の軽装兵で部隊を組織しろ。枝道のどこかひとつでいい。抜いて敵側本陣を叩け」
「妙案です。将軍」
「……と言うより、他に手がない。地形の細かな掌握を急がせろ。ここからは、時間との勝負じゃ」

 本陣を始め、敵の陣容も明らかではない。遅きに失した予感に、トーマは人知れず、奥歯を噛み締めた。

「(ランドスターの妹も、妙に進言をしておった。警戒をしろ、と。……今思えば、己の情報に自信がなかった、と言う類ではない、な。……ぬかった)」

 セピア・ランドスターの情報が今作戦につながったのだ。
 セピアが持ち帰った情報は 確かに信憑性があるものだった。兄と違って勤勉である妹の言葉だから、と言う理由も大きいだろう。……そして、軍部の書類の類の写しをも持ち帰っていたから更に信憑性を増す結果となったのだが、それを盲目に信じすぎてしまったのはこちらの落ち度だろう。

「さぁ、行くぞ。簡単に引いてはヘルマンの名が廃る。……足掻ける所まで足掻こうではないか」

 トーマの重い一言は、場の部隊に活力を与える結果となったのだった。
 




























~アイテム紹介~


□ 呪音のメガネ (オリ)

 ユーリが冒険の過程で入手したメガネのアイテム。以前リーザスでミリーに渡したものとはまた別モノであり、色々と処置に困ったのだが、ここでも良い使い道があって とりあえず持ってて良かったとユーリは思っている。 呪いのアイテムを手渡すのは 以前同様気が引けると言うものだったが、『悪魔に呪い?』とフェリスに鼻で笑われた為、気にする事は無かったとの事だった。





~料理紹介~


□ お子様うはぁん

 幻の材料である《桃りんご》が必要な高級料理……に、定番の旗を立てたランス式《お子様うはぁん》。


□ お子様ダボラベベ

 味噌味だと言うのに醤油せんべい。主に祝いの席などで食されるものであり、これまた定番に無理矢理 旗を立てたランス式《お子様ダボラべべ》。



 ……この料理をユーリがどんな反応をしたのか、そもそも見たのか、現在は不明である。
  
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