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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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嵐の転入生編
  ターン37 鉄砲水の午後

 
前書き
デュエル無し回。
前回のあらすじ:ユーノは行方不明となり、富野VS遊の最強のレッド・デーモン決戦は次回にお預け。 

 
その1:遊野清明の場合

「お、今日のメシはエビフライか!」
「「いただきまーす!」」

 なんてことのない昼下がり、オシリスレッド寮。長かった光の結社との戦いもめでたく勝利で終わり、ようやく平和が戻ってきた。ああ、戻ってきましたとも。

「そういえば清明先輩、定期テストの方はどうなったド……」
「わーわーわー!剣山君、しっ!な、なんでもないよ清明君、あはは……」

 ……何度でも言おう。戻ってきましたとも、ええ。我ながらよく留年しなかったものだと思うけど、終わってから軽く廃寮まで行って稲石さんに見てもらった結果赤点を下回っていたことは記憶に新しい。あんな身も心もくたくたになるような斎王とのデュエルの後でさらに詰め込みで8時間テスト勉強やった結果が緊急再試とか、もう笑うしかないなーとあの時は思ったものだ。本当に、あれで進級させてくれた先生方には感謝感謝だよ。

「先生達も、先輩のことは意地でも留年させないようにあれこれ知恵を絞っているように見えますけどね。私が座学でこんな成績ばっかりだったら、とっくの昔に親に連絡が行ってますよ」

 とは、僕の2年次の成績表を見せたら店番中にまで広げて見ていた葵ちゃんの弁である。実際、僕もそんな節はあると思う。要するに、入学1年で校内に店を構えるような生徒に居座って欲しくないということだろう。その気持ちはよーくわかる。葵ちゃんの場合は一応そのあとに、

「まあでも、今回お情けが通ったのは学校側にも引け目があるからじゃないですか?光の結社を追いだした功績は無視できないでしょうし」

 などとフォローになってないフォローをしてくれたのだが。
 そんなことを思い出して遠い目になっていると、いきなり十代が立ち上がった。ハネクリボーに呼ばれているらしく、笑顔を浮かべて何か話しこみながら外に出て行った。それを見て、遊びに来ていた翔と剣山も一緒になってその後についていく。

「あ、待つドン十代のアニキー」
「どこ行っちゃうんスかー?」

 万丈目も光の結社のごたごたとジェネックス優勝のどさくさに紛れてブルー寮に戻ろうとあちこち頭を下げて回ってるらしいし、翔にも今年はブルー寮昇格試験を受けさせるとか何とかいう話が持ち上がったり消えたりしている。好むか好まざるかに関わらず、そんな風に世界は今日も動き続けてるのだろう。ユーノにも意見を聞きたいけれど、あいにく彼にはあの日以来まだ1度も会えていない。

「ったく、このボロ家はこんなに広かったかね」

 何となく取り残されたような気分になって、仕方なく1人になったレッド寮で洗い物を始める。だけどこの取り残された気分というのも、半分はつい最近判明したあることが原因なのだろう。
 つい先日行われた、進級に合わせての健康診断。皆が皆程度の差こそあれ背も伸び雰囲気も大人びていく中、僕だけは去年から1ミリ、1グラムたりとも変わっていない。いや、この表現だと語弊がある。もっと正確に言うと、僕だけ入学した時から肉体的には何一つ変化していないのだ。
 とはいえ、これに関しては全くの原因不明というわけではない。先代ダークシグナーが全員早死にしたとの理由でチャクチャルさんもイマイチ自信なさげだったけれど、どうも1度僕の命が尽きて、直後にダークシグナーとなって甦った2年前のあの瞬間。あそこを境目として僕の老化、というより成長は完全にストップしたらしいのだ。髪や爪なんかは普通に伸びるから代謝が完全にストップしたわけではないみたいだけど、少なくとも成長期にふさわしいほどの変化は来ない。だから僕はもう皆と一緒に年を取っていくことはできないし、それは黙っていたって遅かれ早かればれることだろう。

『マスター』

 その声に込められたすまなさそうな様子を察知して、謝罪の言葉が飛んでくる前に先手を打つ。

「いいよ、チャクチャルさんが謝らなくても。この話は何回かしなかったっけ?僕は生き返ったことを後悔なんてしてないし、あそこで終わるはずだった僕の人生にもう1回チャンスをくれたチャクチャルさんには本当に感謝してるんだから。それにほら、本当に目立ってどうしようもなくなったら山にでもこもって仙人の真似事でもやってみるさ」

 できる限り元気に明るく言ったつもりだったが、チャクチャルさんのことは誤魔化せなかったらしい。いや、どうやらチャクチャルさんだけではなかったようだ。ふと見渡せば食堂の中は僕のデッキからいつの間にか出てきていた精霊でいっぱいになっていて、その不安げにこっちを見てくる様子に思わず笑いがこぼれる。

「ふふっ、ありがとう。皆、これからもよろしく頼むよ」

 代表として、とりあえず一番手近なところにいたサッカーの頭をよしよしと撫でる。先延ばしといえばそれまでだけど、今心配することでもない。少なくとも今は、こうやって精霊や友人と一緒に日々を過ごせることを喜ぼう。
 ちょうどその時、チャイムの鳴る音がした。そして、このボロ屋には似つかない少女の声。

「すみませーん。ボク、じゃなくて私、今日からここにお世話になるんですけど。十代様はいらっしゃいます?」
「………ああ、ハイハーイ。今出ますよー」

 聞きなれない言葉に一瞬思考がフリーズするも、すぐに気を取り直してインターホンなんて洒落たものはついてないドアに向かう。その前に立っていたのは、見た感じ翔とどっこいどっこいか下手するとそれより一回り下ぐらいの妙に小さい、とても高1には見えないような女の子。

「えっと、どちら様ですか?それと遊城十代ならついさっき、洗い物もせずにどっか行きましたよ」

 何者かわからないので、とりあえず敬語。すると、どこか慌てたように彼女も頭を下げた。

「あ、こんにちは!ボクは早乙女レイ。本当はまだ無理なんだけど、この間のジェネックスで準優勝したのが認められて飛び級でこのアカデミア高等部に入学したんだ。それで、今の話本当!?そんな~、せっかく大急ぎで走ってきたのに、十代様いらっしゃらないのー!?」
「えっと……まあなに、とりあえず入ってよ。立ち話もなんだし、僕も今一つ話が見えてこないし」
「それじゃ遠慮なく。えっと……」
「ああ、僕はオシリスレッド3年の遊野清明。よろしく」

 しかし驚いた、もうオシリスレッドの新入生は僕らの代で終わりだとばっかり思ってたのに。それにこの子やけに十代に心酔してるみたいだけど、このレイちゃんと十代の間には一体何があったんだろう。昼ご飯も終わったばかりだけど、せっかくだから少し早めのティータイムとでも洒落込みながら聞かせてもらうとしようかな。洗い物の前に緑茶でも飲もうかと思って火にかけてあったやかんを横目で見ながら、急遽お茶の葉を紅茶に取り換える。
 退屈でのんびりした時間になると思ったけど、楽しい話ができそうな午後になりそうだ。





その2:河風夢想の場合

 その日彼女は、特にすることもなく暇だったので散歩に出ることにした。すっきりと晴れた気持ちのいい昼下がりの空の下、特に意味もなく彼女の思考は修学旅行の日のことに向かう。

「貴方は今、何を考えてるのかな、ってさ。清明……」

 あの日、自由行動の時間でわざわざ付き合わせた隣町での墓参り。そこで教えた、彼だけには知って欲しいと思った昔の話。いまだに、彼女のこの語尾は取れない。それはつまり、いまだに彼女自身は10年以上前の事故のショックを引きずっていて喋ることができないということだ。ふと思い立って口を開き、深く息を吸い込んで自分1人の力で言葉を話そうとしてみる。だが、

「あ……あぁ……ああ………はぁ、だって」

 いくら神経を集中させても、喉に何かがつかえているかのように声とは呼べない程度の音しか出てこない。まだ今日も、彼女のショックは癒えていないようだ。そして今の自分に変わってこの口を動かしている「何か」も、その正体も目的もいまだ一切が不明のままだ。このままずるずると今の生活を続けていてはいけない。いつまでも怪しい力に頼るのではなく、自分の声を取り戻す必要がある。それはわかっているのだが、かといってそのあてはない。むしろ下手なことをすると、この力すら彼女から抜けてしまうかもしれない。その恐怖感が、1日また1日と問題を先延ばしにしている。

「無双の女王、なんて私には過ぎた名前なんだけどなぁ、なんだって」

 自嘲気味に漏らしたところで、いつの間にか見知った場所に来ていたことに気が付いた。そこはオベリスクブルー男子寮……ついこの間までホワイト寮と呼称され、わざわざ白塗りにされていた建物をまた青く塗り直す作業の真っ最中である。同級生にして友人の明日香も今日はここを見に来ると言っていたのを朝食の席で聞いたのを思い出し、きょろきょろと辺りを見回して彼女の姿を探す。

「ん、明日香。やっほー、ってさ」

 一瞬自分の名を呼ばれたことに当惑気味の表情で振り返る明日香だったが、すぐに声の主を認めて笑顔を見せる。

「あら、夢想。貴女もこれを見に来たのかしら?」
「まあね、って。こっちはどんな調子なの?だってさ」

 漠然と青いペンキを塗りたくっている最中のブルー寮を指さす。といっても、作業の状況からいってまだまだ終わりそうもないことは目に見えているのだが。それでも律儀に何か答えようとした明日香だったがその言葉は結局、横から聞こえてきたより大きな声にかき消された。

「おお、天上院君!どうしたんだい、こんなところまで?」

 どこか嬉しそうな態度をにじませた声の主は、どこからか持ってきたらしい工事現場用の警棒を振り回して周りの連中に指図する万丈目だ。ただ夢想が見ている限り、少なくとも今は自分も色塗りを手伝おうというつもりはないらしい。そしてこういう場合、よりあけすけに尋ねることができるのが明日香である。

「万丈目君、貴方はペンキ塗りを手伝わないのかしら?私もそうだけど、貴方にもこの白塗りの責任の一部はあるんじゃないかしら」
「う……いや、俺はジェネックス優勝者だからな。これが勝者の特権というものだ」
「別に疑うつもりはないけれど、一体いつの間に優勝できるだけ集めていたのかしらね。あ、そこは危ないわよ!」
「何?ぶあっ!?」

 目の前に広がっているであろう悲惨な光景をさすがに直視していられなくなり、そこまで聞いたあたりで視線をつっとそらす夢想。計ったように落ちてきたバケツ一杯もの青ペンキを頭からかぶった万丈目がぷりぷりと怒りながらレッド寮の方へ歩き出したときも、最後までそちらの方は見ないでおいてあげた。それがプライドの高い彼に対する優しさだと判断したのだ。

「まったく、自分からオベリスクブルーに戻りたいって言い出したのに……大丈夫かしら?」
「うーん、よっぽど大丈夫だと思うけどね、ってさ。あ、でもせっかくだし私もレッド寮には行こうかな、なんだって。今の時間なら、清明ならお茶菓子も出してくれると思うし。明日香もどう、一緒に来る?って」

 せっかくなら自分1人よりも、人数が多い方がいいだろう。とはいえ何かと忙しい彼女のことだからあまり期待はしていなかったが、意外にもあっさり頷いた。

「そうね。迷惑じゃなければ、たまには私も行ってみようかしら。十代の(ネオスペーシアン)も清明君のグレイドルも、まだ話にしか聞いたことがないからデュエリストとして興味あるし」
「そう。それじゃあ出発しようか、ってさ」
「アポは取らなくていいの?」
「今日みたいな日は清明も退屈してるか、何か面白いことしてるかのどっちかだからね。退屈してるならいきなり行って驚かせる方がいいし、面白いことしてるなら清明だって連絡どころじゃないだろうからそのまま私達も混ざらないと、だってさ」

 その冷静に考えればだいぶ無茶苦茶な理論の台詞の裏から『清明のところへ行けば何かがある』という全面的な彼への信頼を読み取り、思わず苦笑する明日香。そんなこととはつゆ知らず、さっきまでよりも機嫌良さそうに小さな声で聞いたことのないような歌をハミングしながら彼女は歩き出すのだった。





 その3:葵・クラディーの場合

 その日、彼女は深刻に悩んでいた。端正な顔にしわを寄せ、迷惑さと真剣さが入り混じったような表情のままかれこれ5時間はその原因……机に広げられた、1枚の手紙とにらめっこしていたのだ。
 やがて何かを決心したかのようにペンを取り出し、箪笥からハガキを1枚取り出しておもむろに何かをさらさらと書きだす。しかしその手は途中で止まり、結局途中まで書いたハガキはビリビリに破かれてゴミ箱に放りこまれてしまった。
 再び椅子に腰かけて背もたれにたっぷりともたれかかり、ペンを耳にはさんで苦悩する姿は絵になると言えなくもなかったが、当の本人は大真面目である。

「仕方がないですかね。1人でずっと唸っていても」

 独り言というよりむしろ自分自身に言い聞かせるように喋りながら、その手紙を制服のポケットになるべく折り目が真っ直ぐになるよう畳んで入れる。

「そうですよね、きっと。日頃から私も先輩には迷惑かけられてますし、たまには相談の1つぐらい乗ってもらったって……罰は………当たりません、よね………?」

 光の結社に入って以降ついこの間までその清明に迷惑をかけっぱなしだったことを思い出し、せっかくの独り言もどんどん尻すぼみになっていく。決して小心者というわけではないのだが、根はかなり真面目な彼女にとって清明の店でのバイトをすっぽかして光の結社にかかりっきりになっていたことや、単純にあの一連の事件で清明の手助けが一切できなかったことはかなりの負い目になっているのだ。
 だからつい先日も罪滅ぼしの一環として、彼の受けた臨時試験の問題とその回答からある程度弱いパターンを後輩なりに割り出して軽くレクチャーするぐらいのことはしようと思ったのだが、結局それも真剣に彼の成績表を見た結果諦めてしまった。なにせ苦手分野どころか、得意分野らしき箇所がロクにあったものじゃないのだ。国数理社英プラスデュエル学のいわゆる6角形グラフも形自体はバランスが取れているのだが、あからさまにその面積が小さすぎる。オールラウンダーなどというものではなく、ただ単に全方位が弱点になっているだけだ。そのあまりのバカバカしさにさすがの彼女も、先輩は実物のカード触るデュエルじゃないと頭の回転が極端に悪くなりますね、としみじみ言うのがやっとだったほどである。
 そんな出来事を思い出し、また洗脳が解けた自分を何ひとつ咎めることなくいつもの調子で『YOU KNOW』に迎え入れた彼の顔を思い出しては罪悪感が湧いてくる。その上さらに借りを重ねるような真似は図々しいだけか。そう思うも、かといって他にこの手紙の内容を相談できるような相手もいない。なにせ内容もさることながら送りつけた相手も相手なので、下手な相手に相談するとその人にまで迷惑がかかりかねないのだ。そこまで考えたところで、ふとあることに気が付いた。

「結局私も、先輩なら何とかなるって思ってるんですかね。河風先輩の癖が移っちゃいましたか」

 そう考えるとなんとなく可笑しくなり、ついつい口元がほころぶ。思えば日本最大級のデュエルモンスターズ専門校、さらに全寮制というところに魅力を感じて入学する前は、まさかあんな良くも悪くも常識人の皮を被った変人が日本の高校にいるとは思ってもみなかった。

「先輩からすればいい迷惑でしょうけど、今回も頼らせてもらいますよ」

結局自分1人で考えるのは諦めて、ひょいと立ちあがった。今日は朝から頭を使いすぎたので、少々疲れました。おそらく今日も作っているであろう先輩の作ったお菓子でもかじりながら、どうせ今日もティータイムとか何とか言って淹れているであろう紅茶なり緑茶なりを飲んで休憩させてもらいますか。それが終わったらこの手紙を先輩に見せて、どうしたらいいのか考えましょう。
 ……甘えさせてもらってばっかりですね、私。この貸しも含めていずれどこかで返しますよ、先輩。





 その4:稲石さんの場合

 一方その頃、廃寮では。地縛霊の仮名稲石が、ファラオ相手に庭からむしってきた猫じゃらしをふよふよと振り回しで遊んでいた。

「ほーれほーれ、こっちこっちー」

 クルクルと動く猫じゃらしを追って右へ左へ走り回るファラオだったが、突然その動きが止まった。何かを嗅ぎ付けたかのように、床に開いた穴や壁にかかる蜘蛛の巣を器用に避けながらとてとてと走ってゆく。

「おーいファラオ、そっちは危ないよー?」
『置いてかないでほしいのニャ~』

 たまたま外に出ていた大徳寺先生の魂も取り残されたかたちになってしまい、慌てて2人でその後を追う。ようやく追いついた時にはファラオは1枚の扉の前にいて、中に入りたがっているかのようにほこりまみれのそれを爪で何度も引っ掻いていた。

『稲石君、この扉はどこに繋がっているんですニャ?』
「えーっと、確か来客用の部屋だったかな?懐かしいなー、最近来てなかったけど自分が霊になって最初に目が覚めたのがここなんだよね」
『ふーん。ファラオ、何を見つけたんですかニャ?』
「さて、あの部屋には特に何もしまってなかったはずなんだけどね、っと」

 そう言いながらぱちんと指を鳴らすと、ポルターガイスト現象が発生してひとりでに古ぼけた扉が開く。霊体ならではの特技をフルに生かした技である。

「御開帳~……あれ?」

 開いた扉の中にファラオが飛び込んでいくのと、幽霊2人の目が部屋の中心に落ちた1枚のカードを見つけたのはほぼ同時だった。

「おっかしいなあ、こんなところにカードがあったんならすぐ気づけそうなものだけど」
『一体何のカードなんですかニャ』

 そのカードは裏返しになっているためここからではイラストが見えないが、積もった埃の量からいっても数年間誰からも触れられていない、恐らくは数年前の事故の際この寮に住んでいた生徒辺りが落としていったのだろう。

「落とされっぱなしじゃカードが泣くね。どれどれ?」

 そういって拾い上げ、ひっくり返して表向きにする。

『もしかしたら、このカードがファラオをこの場所に呼んだのかもしれないですニャ』

 大徳寺先生も近寄ってきて、そのカードを覗き込む。

「ドラゴン族・封印の壺……?」

 かのペガサス・J・クロフォード氏が一時期愛用して、かの青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)をもその壺の中に完全に封印してその後の勝利への布石となった恐るべきカード、だったのも今は昔。その後のデュエルモンスターズのパワーインフレに完全に取り残され、正直なところ今となっては所有するプレイヤーは多くてもなかなかデッキに入ることはなくなってしまったカードである。

『これはまた、珍しいものが落ちてますのニャ』
「うん……」

 確かにそれ自体、何の変哲もないただの永続トラップに過ぎない。だけどなぜか、稲石さんにはそれがひどく気にかかったようだ。すっかり部屋の中に興味を無くしたファラオが大徳寺先生の魂を飲み込んでふらりと出て行っても、まだしばらくの間身動き一つせずに壺のカードをじっと眺めていた。一体なぜ、このカードがこんなにも気になるのだろう。自問するが、どこからも答えは帰ってこなかった。





 その5:遊野清明の場合(その2)

「……それで、ボクはもうピーンときたの!間違いない、十代様こそが運命の人なんだって!」
「ふんふん」

 レッド寮にて。あれからレイちゃんを中に入れて紅茶とクッキーを出したところ、大喜びでパクパクと食べてくれた。やっぱり自分の作ったもので喜んでくれるのは嬉しいもんだ。その後で少し水を向けてみたところ、本人も誰かに話したかったらしくあっさりと2年前に何があったのかを喋りだしてくれた。こういういかにも元気溌剌、なタイプの女の子はアカデミアではなかなか貴重な存在だから、話をしててもけっこう面白い。感情表現も豊かだし。夢想といい葵ちゃんといい、ここまで自分の感情をあけすけにしてくれることはめったにないからねえ。もっともそれはそれで、いざ感情的な面を見せてくれた時のギャップがグッとくるのは間違いないんだけど……っと、話がずれた。

「なるほど。それで、ジェネックスに準優勝して飛び級入学だっけ?なんていうか、凄いね」
「ふふん。当然よ、恋する乙女は強いんだから!」

 自信満々に胸を張る彼女のカップに紅茶のおかわりを注ぎ、改めて十代の顔を思い浮かべる。あの朴念仁の十代が、この子の想いに気づいてるなんてことがあるだろうか。レイちゃんには悪いけど、まず無いだろうな。良くも悪くもデュエル馬鹿だし。
 でも、この子のそこまでやる一途さは割と気に入った。

「なるほどね、なかなか洒落た答えじゃない?道のりは厳しいだろうけど、僕は応援してるよ。多分十代もそろそろおやつ食べに帰ってくると思うから、とりあえずそれまでのんびりしててよ」
「本当!?」

 十代の名前を出しただけで一気に食いついてくるレイちゃんを落ち着かせていると、いきなりドアが開いた。ちょうど僕の位置からはその人物が見えるけど、背を向けて僕と向かい合うレイちゃんからは振り返らないと見えない位置だ。

「まさか、十代様?」
「んー、いや……」

 満面の笑みを浮かべて振り返る前に慌てて髪を撫でつけるレイちゃんに、ああこれはちょっと荒れそうだなあ、と内心ため息をつく。案の定その真っ黒な、なぜかペンキまみれの服に身を包んだ彼がずかずかと上り込んでくる。

「よう、清明。今日からこの万丈目サンダーがまたこの寮で世話になることにしたぞ。俺の部屋はいじってないだろうな?」
「ああ、そりゃまあ……」
「えー!?ちょっと、十代様じゃないのー!?」
「む、なんだこの女は。この万丈目サンダー様より十代なんかの方がいいだと?……ってよく見たらお前、ジェネックス決勝の時の女じゃないか」
「ああ、あの時の?そんなのどうでもいいわよ、恋する乙女の気持ちを踏みにじった罪は重いんだからね、このペンキ男!」

 案の定ギャーギャーと口喧嘩を始める気の強い2人を、一体どうなだめるべきか考える。唯一救いなのは、そのペンキがあらかた乾いているせいで床や机が汚れずに済むということだろう。というか、万一そんな状態で入ってきたりなんかしたら間違いなくその場で僕が崖下の海に蹴り落としている。

「とりあえず万丈目、風呂入ってきたら?どうせ洗濯するの僕なんだからさ」
「む、それもそうだな。今日のところはこれぐらいにしておいてやるが、清明の奴に感謝することだな」
「べーっだ。ペンキまみれの癖にー」

 どうにか嵐が去った、と思ったらまたドアの向こうに人の気配。ただ今回はいきなり開くのではなく、ちゃんとその前にノックがあった。

「やっほー、清明。今いる?ってさ」
「こんにちは。あら、貴方とレイちゃんだけ?十代はいないのかしら?」
「いらっしゃい、夢想に明日香。たいした家じゃないけど、まあ上がってよ」

 どうやら、今日はよっぽど来客が多いようだ。2人を招き入れて扉を閉めるか閉めないかのうちに、またもや見知った顔がひょっこり姿を見せたのだ。

「葵ちゃん、こっちに来るなんて珍しいね」
「ええ、先輩。この葵・クラディー、本日はこれ以上先輩にご迷惑をかけるという恥を忍んでやってきました」
「………?」
「お願いします、先輩。話を聞くだけでいいですから、ご相談に乗っていただけないでしょうか」

 いつになく申し訳なさそうな調子の葵ちゃんに、これはただ事ではない臭いを嗅ぎ付ける。せっかく僕を頼ってきてくれたんだ、葵ちゃんのことだから勉強の話でもないだろうしじっくり相談に乗ってあげよう。

「えっと、今はちょっとお客さん多いけど……」
「そうですか?まあ、別に他人様にどうしても知られたくないよう話ではないですから。というよりも、完全に私事に先輩のお時間を割いてもらうだけですのでなんでも構いません」
「そう?よくわかんないけど、僕で良ければいくらでも力になるよ。じゃあ上がって」

 葵ちゃんを中に入れ、今から何の話が始まるのかはわからないけど本人の様子を見て気合を入れ直す。するとそこに、今度はこのレッド寮でも聞き覚えのある声が近づいてきた。

「悪い悪い、急に飛び出しちまってよ。たっだいまー!」
「もう、いっつもアニキはそうなんだから」
「丸藤先輩の言う通りだドン。いきなり独り言喋りながらどこか行っちゃうから、一体何事かと思ったザウルス」
「お帰り、3人とも」

 本当に、今日は人の多い日だ。人が多くて賑やかなのは嫌いじゃないけどね。するとそこに異議を唱えるような風ににゃーと鳴きながら、山の方から1匹の猫が降りてきた。

「ファラオも入れて3人と1匹、って?いや、大徳寺先生も入れると4人と1匹か。まあとにかく、お帰り」

 ここまでこのレッド寮に人が集まったんだ、きっと今日はこの後もまだ何か一波乱起きる……そんな気がした。こうやって平和だけど退屈な日にだって、突然何かが起こることがある。だからこそ、この世界はこんなにも面白いんだ。だからこれまでがそうだったように、これからもこの第2の人生を思いっきり楽しもう。例えこの先、何が待ち受けているとしても。
 とりあえず、まずは葵ちゃんの悩み解決と洒落込もうかね。お茶っ葉とクッキーの残量をざっと思い出して、この人数でのティータイムにはどれぐらいの量を出せばいいのかを計算しながら、そっとドアを閉めた。 
 

 
後書き
Q:今回なんでデュエル無し回だったの?
A:初期のプロットではタイトルも「鉄砲水と恋する乙女」で、レイ戦にする予定でした。キュアバーンとライロをどんな割合で混ぜればそれっぽくなるか書いてるうちにわからなくなってきたので急遽こんな形に。恋する乙女をいつまでも出し渋るOCGスタッフが悪い(責任転嫁)。 
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