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八神家の養父切嗣

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二十五話:闇の書の闇

「現状、あれを止める手段としてはアルカンシェルを撃ち込むしかない。誰でもいい、他に方法があるのなら教えて欲しい」

 残り数分で防衛プログラムの暴走が始まるという中、クロノ達はどのようにあれを停止させるかについて会議を開いていた。
 アルカンシェルという名に覚えがないなのははユーノに尋ねていたが、良く分からないが、とてつもない威力だということだけは分かり、顔を青ざめさせていた。

「アルカンシェルは絶対ダメ! あたし達の家までぶっ飛んじまう!」
「そうだ! クロノ君、さっきアリアさんが使った凍結魔法はどうかな? あれなら、きっと」
「ええと、それは無理だと思うわ、なのはちゃん。主と切り離された防衛プログラムは純粋な魔力の塊みたいなものだから」
「コアがある限りは無限に再生し続ける」

 なのはの提案にシャマルとシグナムが首を振る。
 かといって、アルカンシェルをこんな場所で放てば大災害どころの話ではない。
 辺り一帯の町全てを破壊し尽くし、その上で巨大な津波を発生させて他の地域も飲み込んでしまうだろう。結界を張ったところで意味もない。威力の次元が違いすぎる。

「僕も艦長も使いたくないが、最悪の場合は使うしかない」
「暴走が始まったら、無限に辺りのもの全てを侵食していくんだ」
「そうなれば、世界の破滅だ」

 クロノに続けユーノが説明を付け加える。
 二人の言うようにここで防衛プログラムを止めなければ全てが終わるだろう。
 だからこそ、切嗣は全てを投げ捨てでも止めようとしたのだ。
 世界を救うために。大勢の者の幸せの為に。

「アルカンシェルをこんな場所で絶対に使うわけにはいかない。それじゃあ、彼のやろうとしたことと何も変わらない。寧ろ、さらに酷くなる」
「お父上は……私達よりも名も知らぬ人達を取る選択をしたのだな」

 シグナムが凛とした顔を憂いに満ちさせる。
 裏切られたショックは勿論まだ心に残っている。
 はやてのように許せるかと言われれば情けないことに答えられない。
 だが、今こうして、ここで同じような選択を突き付けられると少しだけ彼の気持ちが分かってしまう。

「お父さんは常に正しい方を選んできた。……正直に言うとここが私達と何の関係がなかったら私も正しいって言うと思うわ」
「でも……だからってあたし達にやったことを全部は許せねーよ」

 シャマルはもし、自分達が当事者でなければ切嗣のやろうとしたことも辞さないだろうと呟く。
 それは彼女が大人であるということと同時に、やはり大切な者を優先する人間というのを示していた。しかし、いや、だからこそというべきか。
 ヴィータの言うように全てを許すことはできない。その大切な者に裏切られたのだから。
 信頼というものは作るのは時間がかかるが、壊れるときは一瞬だ。

「お父上は恐らくは同じような選択で犠牲にしてきた者達の為に引けなかったのだろう。だが、その支えを我々が壊した」
「だからな、私達はおとんと同じ選択をしたらいかんのよ。やないと申し訳がたたん」
「主の言う通りだ。異なる道を選んだ以上はそこから逸れるわけにはいかん」

 ザフィーラの重々しい言葉にはやても頷き、同じ選択をしてはならないと告げる。
 大の為に小を切り捨てる選択を否定した。
 それなのに同じ選択をしたら否定されたものは決して報われない。
 切嗣が誰よりも奇跡を否定しながら、奇跡を起こしてしまった為に犠牲を無意味にしてしまったことと似たようなことになるだけだ。

「アルカンシェルを撃つんなら、どっか別の場所に移すのはダメなん?」
「もっと、沖合に移動させるとか」
「いや、それでも被害は消えない。正直、この世界のどこに持って行っても被害が起きかねない」

 はやてとフェイトが意見を出すが、それをクロノが否定する。
 やはり、そう簡単にはいかないかと肩を落とす二人に対して、なのははクロノの言葉に引っ掛かりを覚える。
 そう、この世界のどこに持って行ってもダメなのだ。

「ねえ、クロノ君。アルカンシェルってどこでも撃てるの?」
「どこでもって……例えば?」
「アースラの軌道中とか、宇宙!」
「まさか…!」

 なのはが何を言いたいのかを理解して目を見開くクロノ。
 なのはは地球で撃てないのならば宇宙で撃ってしまえばいいと言っているのだ。
 確かに宇宙で撃つことは可能だ。アースラのエイミィも自信満々に頷いている。
 しかし、だからと言ってあのデカブツを移動させられるのか。

「そうだ。コアを露出させて、それだけを強制転移させればできないかな」
「防衛プログラムにバリアがあるけど……破れんこともない」
「つまり……ここにいる戦力でバリアを破いて、本体を一斉攻撃してコアを露出させてアースラ軌道上に転移。そこでアルカンシェルを撃つってことか……ムチャな。でも、理論上はいけそうだ」

 余りにも力押しで、ごり押しの作戦に呆れた顔をのぞかせるクロノ。
 だが、考えれば考えるほど実現可能だということが分かりため息をつく。
 賭けだ。個人の力だよりの危険な賭けだ。高ランクの魔導士が何人も必要だ。
 だというのに、この場にはその高ランクの魔導士が何人もいる。
 冗談抜きで奇跡でも起こっているのではないかと思いながらクロノは告げる。

「やって損はない。その作戦でいこう」
【みんな、暴走開始まで後二分を切ったよ!】

 エイミィからの連絡により全員の顔に緊張が走る。
 ザフィーラ、アルフ、ユーノ、シャマルの四人がサポートに回り、残りが攻撃に回る。
 手早く役割を決めたところで、海中からどす黒い闇の柱が幾つも噴出する。
 いよいよ、その姿を現すのだ。夜天の書を呪われた魔導書と言わしめた存在。

「―――闇の書の闇」

 黒いドームが消えた先にいたのは、一言で言い現すと異形。
 虫のように生えた六本の足。しかしながら、その佇まいは四足動物のようで。
 背中には巨大な棘と漆黒の翼がある。その構造は生物としては明らかに異常。
 キメラのような巨体は闇の書が今までに蒐集してきた生物の寄せ集め。
 しかし、人間を蒐集した影響か、かつての名残か、その頭部の頂上にはリインフォースの面影を少しばかり残した女性がついている。

「なんだか気持ち悪い姿になったねぇ。まあ、あたし達のやることには変わりないよ!」
「ストラグルバインド!」

 オレンジの鎖に、緑の鎖が闇の書の闇の周りを守るように取り囲む触手や足を千切り取る。
 アルフとユーノの役目は、なのは、ヴィータ、フェイト、シグナムの四人の最大火力の一撃を当てるためのおぜん立てだ。
 そして、それは盾の守護獣もまた同じ。

「縛れ、鋼の軛!」

 一本の巨大な藍白色の杭が現れ、残った触手達をあっという間に引き裂いていく。
 ユーノやアルフはサポートが得意な存在ではあるが、その為に生まれたわけではない。
 だが、ザフィーラは主の盾となり、立ちふさがる災厄を切り裂く牙として生みだされた存在。
 一点に特化した状況でのその力は二人を遥かにしのぐ。

「ちゃんと合わせろよ。高町なのは」
「ヴィータちゃんもね」

 三人のサポートにより、容易に近づけるようになりヴィータとなのはが姿を見せる。
 鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン。
 かつて、なのは達の結界を壊す際に使われた、最強の槌が再び握られる。
 今度は共に戦うために。

「轟天爆砕! ギガントシュラークッ!!」

 島ほどもあろうかという巨体に対応するために山の如き大きさに変化する槌。
 本来であれば隙が多くなるその形態も仲間という助けがあれば問題はない。
 唸りを上げて振り下ろされるのはその名に恥じぬ巨人の一撃。
 その威力は以前よりも激しく強く、闇の書の闇の防壁を一撃で砕き去る。

「レイジングハート、エクセリオンモード!」
『Ok, my master.』

 鉄槌の騎士に続くは幾度も彼女とぶつかり合った不屈の魔導士と魔導士の杖。
 魔導士の杖は主の願いを叶えるために、希望を体現する翼を生やす。
 その姿は自身が滅びるかも知れぬ諸刃の剣。
 しかし、主の願いを叶えることができるのなら問題はなし。
 寧ろ、主の願いに答えられないデバイスなどデバイスではない。
 そんな誓いと共に希望へはばたく桃色の翼をはためかせる。

「エクセリオンバスター!」
『Barrel shot.』

 消費されたカートリッジ本数は四本。今までで最大の威力を籠める。
 その威力ゆえに発動速度は遅い魔法。しかし、例え相手がその隙を突こうとも関係はない。
 軌道上に入るもの全てを風圧で吹き飛ばし、軌道を確保する。
 その後、光球を発生させて魔力をチャージと共に4発のバスターを発射。
 これだけでも並みの威力ではない。しかし、その程度では闇の書の闇は砕けぬ。
 故に、さらなる力が必要となる。

「ブレイク―――シュートッ!」

 チャージしていた魔力全てを中央から解放し、フルパワーで一気に放出して止めとする。
 桃色の閃光は一気に膨れ上がり、闇の防壁に罅を入れ、撃ち抜く。
 これで二枚の防壁は破られた。しかし、まだ後二枚防壁は残っている。
 普通であればこれを砕き切るだけの戦力は居ない。

「レヴァンティン。何か我らを阻む壁が見えるか?」
Nein.()
「そうだ、我らを阻めるものなど存在しはしない」

 (つるぎ)の騎士シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティン。
 夜天の主の願いを携えた時こそが二人が最も力を発揮するとき。
 刃から弓へと姿を変えるレヴァンティン。
 こちらもやはりというべきか、かつてよりも威力が増している。
 主が心の底から望んだ行動をする時こそが騎士の本領を発揮する場。
 ならば、かつてよりも力を発揮できるのは当然のこと。

Bogenform.(ボーゲンフォルム)

 湧き上がる炎とは反対に静かに弓に矢をつがえる。
 狙うは闇の書の闇のその眉間。彼女には防壁だけを破ろうという考えはない。
 その先も貫き主の敵を滅ぼしてしまおうとすら考えている。
 弦を引き絞り腕の筋肉を収縮させる。そして、溜めに溜めた一矢を放つ。

「駆けよ―――隼ッ!」
Sturmfalken(シュトゥルムファルケン)!』

 一筋の赤紫色の閃光となった矢は目にも止まらぬ速さで突き進み三枚目の防壁にぶつかる。
 矢はぶっかった先から爆炎を巻き起こし、途方もない巨大な爆発を起こさせる。
 その爆発に耐え切れずに防壁は脆くも崩れ去る。
 残りの防壁は後一枚。その最後の一枚を砕くのは閃光の戦斧とその主。

「バルディッシュ、ザンバーフォーム」
『Zamber form.』

 閃光の戦斧がその形を斧から電光の大剣へと変える。
 こちらもレイジングハートと同じように自身の破損の危険性を秘めているがバルディッシュは気にも留めない。
 主より与えられし命題をこなすことこそがデバイスの使命。
 ならば、それ以外の、自身の破壊の可能性など視野にも入れない。

「撃ち抜け雷神!」

 雷鳴が轟き、邪魔な触手達を薙ぎ払う。
 天に高々と大剣を掲げ、フェイトは高らかに叫ぶ。
 バルディッシュは主の想いに応えるべく光り輝く。

『Jet Zamber.』

 天をも切り裂く程にその刀身を伸ばしたバルディッシュを振り下ろす。
 海を割らんとする太刀に何とか相対する最後の防壁だったが閃光の主従には及ばない。
 砦をすべて奪われ、為すすべもなく切り裂かれてしまう。

「やった!」

 喜びの声を上げるフェイト。しかし、闇の書の闇の再生力を舐めてはいけない。
 切り裂かれた傍から再生を始めていき、無数の触手から砲撃の準備を始める。
 だが、その程度の砲撃を撃たせるようでは盾の守護獣の名が泣く。

「主とその家族を守る盾、ザフィーラ! 撃たせはせん!」

 海面から無数の藍白色の杭が現れ触手を貫いていく。
 その様はまさに鉄壁。その鉄壁の後ろでは守るべき主が備えていた。
 唱えられるは石化の魔法。初めての魔法になるであろうが、ユニゾン状態のリインフォースのおかげでしっかりと扱うことができる。

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。石化の槍、ミストルティン!」

 白い魔法陣より七本の光の槍が闇の書の闇へと降り注ぐ。
 その槍には直接的な攻撃力はない。
 しかしながら、追加効果として生体細胞を凝固させる『石化』を持つ。
 その証拠に槍が突き刺さった部分からすぐに石化していっているのが伺える。

「これでどうや?」

 確かな手ごたえはある。
 だが、この程度でやられるのならば、破壊不可能などと言われはしない。
 崩れ去ったすぐそばから新たな頭部を生やし、触手を生やしていく。
 ダメージを与えても即時再生するほどの治癒能力。
 それが闇の書の闇が破壊不可能と言われる由縁。

「ダメージは与えられているんだ。何か、動きを止められるものがあれば……」

 異常な再生力に歯噛みをしながら対応策を考えていくクロノ。
 ダメージを与えられているという事実がある以上は計画の成功は可能だ。
 だが、あと少し力が足りない。何か、強力な技があれば。
 そう考えたところで闇の書の闇が体から直接生やした触手をはやてを求めるように伸ばしてきた。当然のようにそれを防ぐザフィーラだったが攻撃はそれだけではなかった。
 触手を無数に分裂させる行動に出たかと思えば、体中から数え切れない触手が湧き出てくるという恐ろしい状態へと豹変していく。

「な、なんだか凄いことに……」
「辺りのものを侵食していくつもりだ。早くしないと止められなくなる!」

 グロテスクな光景に若干怖気づくシャマル。
 その様子を見ていよいよ時間がないことを悟り、焦るユーノ。
 ヴィータやシグナム、ザフィーラが押し止めるように攻撃を加えていく。
 しかし闇の書の闇は傷つけられるごとに原型を失い余計に手が付けられない状態になる。
 ベルカの騎士は人と戦うことを前提に戦術を組み立てる。
 勿論シグナム達ほどになれば巨大な生物と戦うことも難しくはないのだが相手はもはや生物という定義に当てはまるかすら疑わしい。

「仕方ない……。なのは、フェイト、はやては最大攻撃の準備をしてくれ。狙いが付けづらいかもしれないがやるしかない」
「うん!」
「分かった」
「了解や」

 もとより、コアを露出させるのが目的だ。
 残りの全員で三人が攻撃を放つまで相手の攻撃を耐えきるのは不可能ではない。
 無いものをねだっても仕方がない。そう思いS2Uを握りしめる。その時だった。


「全員、闇の書の闇から離れろ」
『Stinger missile.』


 男の声が聞こえてきた。それと同時に明らかにまずそうな音が響いてくる。
 全員が反射的にその声に従い後退する。
 一瞬の後、彼らが居た場所をミサイルが通り過ぎていく。
 そして、触手の大半を消し飛ばす大爆発が起き、闇の書の闇に近づく道が確保される。

「まだ、クビじゃないから管理局員らしく働こうかしら」

 女の声が聞こえてくる。どこか自虐的な笑い声を残して彼女は闇の書の闇の前に立つ。
 その手には氷結の杖、デュランダルがしっかりと握られていた。
 多くの者が驚きの声を上げる中、女はやり損ねた詠唱を行い始めた。


「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ……凍てつけ」
『Eternal Coffin』

 海面が凍り付いていき、水平線先まで全て氷に覆われていく。
 水面のすぐそばで浮かぶ闇の書の闇もその例に漏れず体を氷に覆われていく。
 その様はさながら醜悪な氷のオブジェといったところだろうか。
 だが、しかし。氷のオブジェのままで終わってくれるのなら醜悪とはつけない。
 恐らくは最もコアに近いと思われる頭部付近はすぐに再生し氷塊を砕き去る。

「もう、砕いたの……呆れた。まあ、でも大分動きは止められた。後は任せるわよ」

 どこか、寂しげであり、嬉し気な口調でクロノに語り掛ける女。
 男の方は口を噤んだまま、どこか定まっていない瞳で闇の書の闇を見つめるばかりである。
 それでも、クロノとはやては感謝と驚きを込めた気持ちで彼らの名前を呼ぶ。

「アリア……」
「おとん……」

 拘束を破った二人の犯罪者が後を託すように子供たちの後姿を見つめているのだった。
 
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