東方乖離譚 ─『The infinity Eden』─
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episode3:掛かったな⑨がッ!
「よし、全員居るな!?」
「慧音先生っ!ヒメノちゃんがぁ!」
「分かっている!そちらには巫女が向かった!」
人里には、東西南北の外周にそれぞれ一つと、中心に一つ、龍神像が設置されている。
人里の守り神──幻想郷の創造神ともされる龍神は、妖怪を寄せ付けないと伝えられている。その伝承からとある提案があったのが数年前。『龍神様の御利益に預かって、妖怪が攻め入って来た時に逃げ込める避難所を作ろう』
──初めこそ罰当たりだと文句を言われもしたが、正直提案者には感謝しても仕切れないだろう。でなければ今頃、人々は中央の広間でガタガタと震える事しか出来なかっただろうからだ。
龍神像の数に応じ、避難所も5箇所。一番しっかりとしているのはやはり中心の避難所だが、不運にも今頃そこは巫女と妖怪の戦場だ。
とはいってもここの頑丈さも中々のもので、幻想郷の管理者である八雲紫の協力もあって、大妖怪の攻撃だろうと数時間なら耐え切れる程の堅牢さだ。中心部ともなれば恐らく、大妖怪でも破壊は難しいだろう
構造自体は簡素で、地下に掘り進められて空いた大穴を更に広げ、木材で枠組みを作り、貴重ではあるが金属類も惜しみなく使っている。壁に埋め込まれた退魔の札も半永久的に効果を発揮しており、その上八雲紫の結界がガチガチに全体を防護している。非常に心強い場所だ。
──が、すべてに満足かと言えばそうでもなく、陽の光が届かない事もあって全体的に暗く、人々の不安を煽るような状態なのが唯一の欠点だ。まあそれもメリットに比べれば霞むのだが。
「先生……!息子が、息子が居ないんです!さっきまで隣に居たのに!」
「糞っ、はぐれたか……っ!待っていてください、直ぐに私が……!」
「無茶だ先生!アンタ一人で外に出るつもりか!?外には妖怪どもが彷徨いてるんだぞ!?」
「では、見捨てろとでも言うのかッ!」
糞、ダメだ。頭に血が上っている。落ち着け、落ち着け。上白沢慧音。お前は人里の守護者だろう。狼狽えるな。冷静で居ろ。お前が居なければ誰が指揮を執る。最善策を──
ドガァァァァァァァッン!!
「うあ"ぁぁぁあぁぁぁあああっ!」
「嫌あぁあっ!」
──糞っ、糞ッ!落ち着け、落ち着けと言っているだろう!これは明らかにスペルカードルールに反する異変だ、巫女と賢者が黙っていない筈。
と、不意に周囲から霊力のようなモノが感じられる。恐らくは巫女が何らかの結界を張ったのだろう。恐らく今は地上は安全……な、筈だ。
避難所を走り回って自警団の内でも高い地位の男を見つけると、全指揮権を渡して外へと飛び出す。制止の声も振り切って扉を閉じると、空へと飛び立つ。
「これは……!」
人里をすっぽりと覆う結界が張られている。恐らくは霊夢がやってくれたのだろう。結界の外の破壊跡からは、恐らく魔理沙が妖怪達を追い払ったのだと推測される。さっきの爆音は魔理沙のものだったようだ。人騒がせな、後で頭突きをくれてやらねばならない。
──と、街の中に異形の姿を発見した。間違いない、妖怪だ。既に中に侵入していた者もいたのか。
兎に角、今は行方不明という少年が気掛かりだ。探さなければ。
慧音は、持てる速さの全てを尽くして、人里の空を舞った。
□ □ □ □
──アカンッ!?
「あっぶなぁっ!」
「うわぁっ!」
危機一髪。まだ逃げ遅れが居たとは……迂闊だった。
恐らく人々が集まっているであろう避難所へ向かっていると、子供の泣き声が聞こえたのだ。何事かとその元へ向かってみれば、今まさに小さな男の子が妖怪の爪に裂かれようとしていた。
何とか寸前に飛び込んで少年を突き飛ばし、自分もその勢いで避ける事が出来たが、肩を浅く裂かれてしまった。痛い。めっちゃ痛い。
「ひっ……だ、誰……?」
「話は後!立って、逃げるよ!」
少年の脇に手を回し、持ち上げて無理矢理立たせる。そこで少年の足首に浅い切り傷があるのを見つけ、それが腱を傷付けている事も理解した。
「仕方ない……ちょっと、我慢してね!」
「わっ!」
少年を担ぎ上げ、背負う。背後から飛び掛かってきた妖怪に退魔の札を叩きつけ、走り出した。
「って、うっそぉ!?」
──効いてない……だと……!?
今のは末端とはいえ、霊夢の力が封じられた札の筈だ。いくら札に込められる力に制限があるとはいえ、それに耐えるとは思わなかった。よほど頑丈な妖怪らしい。
よくよく見れば妖怪の全身は岩のような表皮に覆われている。札の直撃部分が黒焦げているが、ダメージが入った様子は無い。成る程、周囲の物質を体に纏って身を守るタイプの妖怪か。それなら退魔の札の効果が薄いのも頷ける。周りの物質はあくまで自然のモノなのだ。
が、鈍いのは唯一の救いだ。
全力疾走とはいえ子供を背負った状態で距離は保てている。体に纏った岩は身を守る代わりに動きも制限される様だ。
このままなら逃げ切れる。避難所にさえ入ってしまえばこちらのものだ。
──まあ、あくまでも『このままなら』の話だが。
「お姉ちゃんっ!前っ!」
「へっ──?」
どちゅっ
──奇妙な音だ。まるで雨上がりの砂場に溜まった泥水に、刃を突き刺したような。ぐちゃぐちゃの大地に剣を穿ったような。
そんな、音。
途端、脇腹から想像を絶する痛みが走る。
「──ぅ………そ──で……ょ……?」
体に力が入らない。立っているのさえ苦痛だ。力なくその場に倒れこむ。
「ゔ……ぁ"あ"っ!ぁ"っぁ"あ"っ!げぁ"ぁっ……!」
口から血の塊が飛び出してきた。へぇ、漫画やアニメ、ドラマなんかでしか見たことは無かったのだけれど、吐血というのはこういった物なのか。初めて知った。腹を貫かれてまで知りたくも無かったけど。
──痛いイタイ痛い痛いイタイ痛いいたい痛い痛いいたい痛い痛いいたい痛いいたいイタイいたい
口から、誰にも聞こえないくらい小さな言葉が出てくる。成る程、腹を貫かれると人はこんな反応をするのか。また一つ知った。
子供は無事だろうか。ああ、よかった。元からの足の傷以外には目立った外食は無い。傷を負ったのは私だけのようだ。
……なんて現実逃避が、何時までも続く筈もなく。
「うあ"あ嗚呼ああぁぁぁぁああぁああああっ!」
痛い痛い痛い痛い痛い!死ぬ!本気で死ぬ!ふざけてる場合じゃない!
声を出すにも、叫び声以外の声が出ない。少しでも気を緩めれば死ぬ。終わる。
何だ。何が起きた。あの妖怪が何かをしたとは思えない。じゃあ一体──
「ひぃっ⁉︎」
少年の声が聞こえた。何事かと掠れる目で追ってみれば、何か紅い触手のようなものが少年へと迫っている。その先端は酷く尖っていて、鉄程度ならば容易く貫けそうだ。よく見れば、先程の妖怪までとはいかずとも、全身に岩の表皮を纏っている。理解した、先程の妖怪とこの妖怪は二体で一体。片方が誘い込み、片方が罠に掛かった獲物を仕留める。多少頭の良い妖怪らしい。今頃『掛かったなアホがッ!』とか言ってるんだろ分かってるんだよ。って普通に何を巫山戯てるんだアホか私は。
よくよく見れば、その触手は血に濡れていた。恐らく、アレが私の腹を貫いたのだろう。今でも目を背けたくなる様な痛みが襲い続けてくる。もう嫌だ。逃げたい。ああもう、どうでも良いからさっさと帰らせて──
「……げ……て」
不意に、口から声が溢れた。不思議だ。特に何を言おうとした訳でもないのに、勝手に声が出る。
「にげ……な、さい……っ!」
何故今更そんな事を。無駄な事だ。今更逃げられる訳が無い。よっぽどな事でも起きない限りは──
──そういえば、今まで『限りは』とか思った途端に、状況ひっくり返ってるなぁ
フラグですね知ってた。
「逃げなさいと……言っているでしょう!」
意味も無く、地面を殴りつけた。
呪詛が、周囲に広がった。
「ギィッ!?」
異常を感じ取った妖怪が、すぐさま後退する。背後に迫っていた鈍い方の妖怪は、逃げる間も無く呪詛に飲み込まれた。
途端に。
キュリィィイィィィィィィィィイィィィィィィィンッ!
耳を塞ぎたくなるような音が響いた。
金属質なるその音の発生源は、逃げ遅れた方の妖怪だ。全身を呪詛が縛り付け、その肉体を削り取っていく。
不意に、陰陽の描かれた陣が広がった。霊夢ではない。この霊力の持ち主は──
「……ら……ん……?」
紛れも無く、八雲紫の式。九尾の狐である、八雲藍のモノだ。では何故今それが存在する?藍が居るのか?いや、それはないだろう。藍ならば今の隙に加えて数十は術を放つ。これは藍の力というだけで、藍が使ったモノではない。
──私?
まさか、幾度か修行を共にしただけで藍の力が使えるようになるとでも?それこそ有り得ない。よっぽどの霊力と努力が無ければここまでの術式は──
「まさか……能力?」
残された可能性とすれば、能力だ。驕るつもりはないが、もしこの世界が私のよく知る『東方二次創作』──つまりは、『幻想入り』なのだとしたら。
──もし、私がその『主人公』だったのだとしたら。
途端、脳裏の全てが繋がった。
「接続開始。」
──この力が、『主人公補正の産物』なのだとしたら。
頭に、数多の情報が流れ込んでくる。最強の妖獣が持つ、ありとあらゆる術式が頭に叩き込まれる。
「深層原理、同調。」
──私には、何らかの役目があるのかもしれない。私は決して、主人公に向いた性格ではないけれど。
魂が変質する。『半神』のそれから、『妖獣』のそれへと。
「肉体の上書きを開始。成功」
──こんなちっぽけな私にも、役目があるのなら。
全身に力が溢れる。まるで、自分のもので無くなってしまったかのように。
「──能力憑依『式神を操る程度の能力』」
私は、やってみたいと思う。
そして私は、力を手にした。
□ □ □ □ □ □
「──これは……!」
八雲藍という式神は、すぐにその異変に気が付いた。
つい先程下された決定。『この異変には手を出すな。』──そんな主の命令に従い、待機していた藍に、不意に何かが繋がったのだ。
危害を加えるモノではない。むしろ、自分に対して親愛の気すら存在している。そしてこの『神気』を、藍は知っている。
「……ヒメノ、か」
紫の命により、数週間の間共に過ごした彼女と全く同じ性質の力だ。相変わらず人懐っこく、気楽な思いが流れ込んでくる。
「──良いだろう。少しだけ、貸してやる」
側から見れば得体の知れない不気味な力だ。だが、ヒメノの性質がそれを和らげている。恐らく、彼女だからこそこの力は真価を発揮するのだろう。何の力も持たなかった少女を、藍と引き合わせた紫の真意を今やっと理解した。
「漸く仲間入りだな──ようこそ、幻想の世界へ」
そして鎖は、二人を繋ぐ。
後書き
next→episode4:程度の能力
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