東方幻潜場
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第一部 悪夢 ~東方幻潜場~
壱章 潜入
1.『スパイ生活』
前書き
幻想郷。
妖怪の楽園と謳われるその地は、人間と妖怪が共存する社会である。その社会構造は実によくできており、多少パワーバランスが崩れようともすぐに修正される。
理想とは幻想であり、幻想とは理想である。
そう考えたあいつらは、僕を使うことにしたらしい。
僕はあいつらが嫌いだ。しかし、妹が人質にとられてしまった。
この作戦が終われば、妹ともども解放してやると約束された。得意の能力を封じられていたためにそれが本当か嘘かはわからないが、これにかけるしかないだろう。
僕に命じられた使命。それは、スパイ。幻想郷の戦力、地形、結界などを詳しく調べること。
これは“あらゆるものを見抜く程度の能力”を持つ僕にしかできない仕事。
角の生えた気味の悪い妖怪が、空間に無理矢理穴をあけた。これが幻想郷への入り口なのだと言う。
僕はもう、何も考えずにそこへ入った。
あの子を助けなければいけない。そのことが頭を支配した。
急に頭がクラクラしてきた。結界のせいなのだろうか。
僕はまだ、死ぬわけにはいかない。あの子を死なせはしない。
紫色に染まる境界に一筋の光が差し込んだころには、もう何も見えなくなっていた。
太陽が傾き、朱色に染まる幻想郷。
サワサワと葉の揺れる音が木霊する神社、博麗神社では、家主の巫女、博麗霊夢がせっせと何やら準備をしており、時折何かが崩れる音もして、訪れた人を不安にさせるほど忙しいようだ。
「おい霊夢、何してんだ」
「あぁ~?……はぁ」
金髪の西洋少女、霧雨魔理沙に声を掛けられるや否や、トンと荷物を地面に降ろし、のびを一つして答えた。
「今日はちょっと大がかりな神様を降ろすのよ」
「なに?神様をおろすのか?食えんの?」
「魚じゃないんだから。とにかく、そういうことだから話しかけないで」
そしてまた、ぴゃーっと荷物を持ってどこかへ消えた。
「……神様を降ろす、ねぇ」
足元に落ちた落ち葉を拾い上げ、見つめながら何かをつぶやく。
「あいつが巫女らしいことをするとは、これは何か起きるな」
獲物を見つけた狼のように目を光らせ、にししと悪い笑みを浮かべて箒にまたいで空へ駆け出した。
星の瞬くその夜は月が無く、妖怪も十分に力が出ず満足に動けないため、夜行型でありながらもう寝ている。そんな時間帯に、霊夢はまだ起きていた。
「はぁ……あの神様を降ろすといつもこうなのよね……。なんか色々用意しないと降りてくれないし、降りたら降りたで妙におしゃべりだから疲れるし……」
カタンと食器を片づけ、縁側の戸を閉めようとした時である。
「っ!!」
庭に人影が見えたのだ。
妖怪かと身構えたが、人影はぴくりとも動かない。呼吸のため背中あたりがわずかに膨らんだりしぼんだりする程度である。
「……人間、ね。こんな時間に……」
一応警戒しながらそこへ行くと、一人の幼い少年が寝息を立てて眠っていた。
「見たことない服ね……。ということは、外来人かしら。でもなんでこんな幼いのが……」
へくちっとくしゃみをして気づく。今日は冷え込む、と。
とにかく外来人ならば幻想郷の巫女である霊夢の管轄なので、中に入れることにした。
「んぅ……」
「うわ、可愛い寝顔……。……これは明日も骨が折れそうね」
ため息を一つすると、少年の温もりを確認するようにして抱き上げ、中に入った。
少年の手は冷たく、胸は熱かった。
太陽が山から顔を出したころ、少年は目を覚ました。
「ん……ひゃ!?」
少年が軽い悲鳴を上げたのは、霊夢の顔がすぐそばにあったからである。全力で出そうになった悲鳴をぐっとこらえ、状況を確認する。
くるりと一周を見渡し、なるほどと頷いた。
「(僕は気を失っていたんだ。そこをこの人が助けてくれて、今に至る、と。……さて、この場所を調べよう)」
ぐっと罪悪感を噛みしめ、昂る鼓動をおさえつける。
胸が苦しく、今にも吐きそうだった。
少年は目を閉じ、再び目を開けた。
「(……ここは、幻想郷だけど、幻想郷じゃない……。外と幻想郷の境目なのだろう。そしてここは、おそらく幻想郷にとってかなり重要な役割があるようだ。それは……)」
「あら、起きたの……?」
「ぴゃ!?」
いきなり声を掛けられ、声が裏返ってしまった。
「驚かせたかしら……?まぁいいわ、ちょっとまっててね」
霊夢はむくりと起き上がると、くしゃみをしながらどこかへ向かった。霊夢の子供と話すような口調だったことに違和感を覚え、すぐにそれが何故かを理解した。
「(……そうだった。幼い姿の方が警戒されにくいとか言われて、変な術をかけられたんだった)」
自慢だった身長を失った喪失感に苛まれそうになったが、今はそれどころじゃないと首を振った。
「一刻も早く、幻想郷に関してあらゆる情報を送らなきゃ……」
「どうしたの?」
「ぴゃあ!?」
「……私って、怖いかしら」
霊夢が軽くため息をつきながら、少年の瞳をじっと見つめた。
「……なに?」
「……。……いえ、なんでもないわ」
少年にはお見通しであった。
霊夢が少年に対し何らかの違和感を感じたことに。
「(どんな勘してるんだ、この人)」
「ねぇ、君。名前はなんていうの?」
「……若木東」
「東くん。家はどこ?」
「……わかんない」
とりあえず、わからないとだけ言っておく。あながち間違いでもないので、嘘は言っていない。
「そう……。完全な記憶喪失じゃないけれど、さすがにこのまま帰すのは危険よね……」
霊夢は東の髪を優しく撫でながらそう呟くと、とりあえず朝ごはんにしましょと言って立ち上がり、またどこかへ消えた。
「……」
始まったのだ。
悪夢のような、スパイ生活が。
東は意を決したように、ぺちんと軽く頬を叩いた。
後書き
東方作品、本当の二作目です!
前作とは違いかなり現実味が増し、シリアス要素が増えています。ギャグもちゃんと入れますけどっ!
というわけで、また不定期更新となってしまいますがよろしくお願いします!
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