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豪傑の傷

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第一章

                       豪傑の傷
 徳川家康に過ぎたものが二つあると言われていた。
 その一つは彼が被っている唐の兜でありもう一つ、一人と言うべきだが彼の家臣であった。
 本田平八郎忠勝、譜代の家臣の一人にして忠義と武勇を併せ持つ者が多い徳川の家臣達の中でも特にその二つに秀でた者だ。
 とかく強く采配がよかった、その為他の徳川の家臣達もこう言った。
「平八郎がいると心強い」
「平八郎と共に戦うと背中に盾がある様なものじゃ」
 こう言うのだった、そして主である家康もだ。
 笑ってだ、こう忠勝に言うのだった。
「わしには過ぎたものじゃ」
「それがしがいることがと言われますか」
「そうじゃ、俗に言われるがな」 
 その二つの過ぎたものの言葉をだ、彼も知っていて言うのだ。
「その通りじゃ」
「しかしそれがしは」
「謙遜はよい、どうもわしの家臣は褒められると弱るな」 
 謙虚な者が多いというのだ、徳川の家臣達は。
「しかしじゃ」
「それがしもですか」
「そうじゃ、過ぎたものじゃ」
 彼にとって、というのだ。
「わしの宝の一つじゃ」
「有り難きお言葉」
 忠勝はこの時は素直に応えた。
「ではこれからも励みます」
「頼むぞ。それでじゃが」
 家康は笑顔のままだ、忠勝に対してこうも言った。
「御主これまで多くの戦に出ておるな」
「はい」
「元服してからじゃが」
 家康の数多くの戦に従ってきた、それこそ十四の頃から槍を手に取って戦の場を縦横に駆けている。
「しかしこれまで傷を負ったことはないな」
「はい」
 その通りだとだ、忠勝は一言で答えた。
「それはありませぬ」
「それも凄いことじゃ、北条殿は向こう傷ばかりじゃったが」
 北条氏康だ、彼はこのことを誇りにしていた。
「御主はそれどころかな」
「傷一つ負ったことがないと」
「それは凄いことじゃ」
 まさにというのだ。
「よくぞそんなことが出来るものじゃ」
「これは神仏の加護では」
「それでか」
「はい、それがしは戦の場でも傷を負わぬのかと」
「それは素晴らしき加護じゃな」
 戦の場で傷一つ負わないことがだ、戦の場に何度もそれも何十ともなれば傷は必ずつく。だが忠勝はなのだ。
「御主は戦の神仏に守られておるか」
「だとすればこれもまた有り難きこと」
「そうじゃな」
「ですが」
「ですが。どうしたのじゃ」
「それがしが傷を負ったのなら」
 それならとだ、ここで忠勝は家康にこんなことを言った。
「それはそれがしが死ぬ時かと」
「傷で死ぬか」
「そう思いまする」
 こう家康に言うのだった。
「あくまでそう思うだけですが」
「左様か。戦の場で傷を負えば」
「はい、一つでもです」
「そうか、そこまで派手に傷を負うつもりか」
「そこはわかりませぬ、しかし」
「傷を負えばか」
「その時はそれがしが死ぬ時と思っております」
 そうした風に考えているというのだ。
「どうしても」
「そうなのか、では傷を負わないことを願う」
 家康はここまで聞いて神妙に述べた。 
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