普通だった少年の憑依＆転移転生物語

ＳＩＤＥ 《Ｔｅａｃｈ》

空の顔は芳(かんば)しくないが、≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐の決行日当日となった。

≪ＤＤＤ（うち）≫のメンバー全員との面談が終了して判った事がある。……結局のところ、〝羊の皮を被った狼〟はコレンだけだった。そしてコレンの処遇は、実を云うとノータッチである。……もちろん〝今のところ〟と云う註釈は付くが。下手に処分を下して士気に影響を与えたくないのもある。

しかしコレンにむざむざと全ての情報をくれてやる訳でもなく、コレン──シリカ、リーファ、リズベットには〝決行日のみ〟を正確に教えて、〝時間〟〝人数〟は多少ズラして教えてある。

コレンについては〝殺人者(レッド)〟の皆さんを１ヶ所に集中させ、一網打尽にする為の嘘情報(ブラフ)で──シリカ、リーファ、リズベットの３人については、良く云えば血で血を洗う羽目になる凶宴を見せない為の配慮で──悪く云ってしまえば〝おためごかし〟である。

……これでも一端(いっぱし)の大人なつもりなので、ユーノやキリトそしてアスナは兎も角──としてはいけないのだろうが、１５歳未満は参加自体を全面的に禁止にした。キリトとアスナ、ユーノにも、いくらゲームとは云え人を斬らせるかもしれない状況になんて連れて行きたくはないが…

―ティーチ君が行くならもちろんボクも行くよ―

―お姉ちゃんが行くなら私も行くわ。……だって姉妹だもの。〝もし私が行っていれば〟なんて状況にはなりたくないしね―

―アスナが行くなら俺も行くよ。俺のＨＰバー（いのち）はアスナの物だからな。もし《生命の碑》の《Ａｓｕｎａ》の名前に線が引かれる様な事になれば発狂する自信がある―

上からユーノ、アスナ、キリトの順にノロケを混ぜられつつも言いくるめられてしまった。年々達者になるばかりの舌先三寸で丸め込んでも良かったが、それをすればユーノ、アスナ、キリトの３人から多大な顰蹙(ひんしゅく)を買いそうだったので説得は諦めた。

……そんな目をしていたのもあって、説得は諦める他無かったのだ。

シリカ、リーファ──ユーノ、アスナ、キリトの扱いはこんな塩梅。……そして、話に出ていなかったリズベットについては、〝職人クラス〟──それも〝鍛冶職完全習得者(マスタースミス)〟なので戦闘職な俺達に同道させるつもりは元々無い。

リズベットに〝もしも〟の事が有ったりしたら、〝アインクラッド全体〟の過失となるからだ。

……もちろん、〝他のギルド〟にも〝職人クラスは同道させない様に〟と周知してある。

「老若男女──幾多もの人間が〝彼ら〟の凶刃によって殺められた。……そして、我が≪異界竜騎士団≫からも１人の被害者を出してしまった」

――「マジかよ…」

――「≪ＤＤＤ≫からも、だって…？」

俺の発言に〝討伐隊〟の皆はざわめく。頃合いを見計らって更に続ける。……俺は〝討伐隊〟に物申したい事が有ったので、≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫に対する隔意を──〝いつぞや〟の様に扇動していた。

「……もちろん、≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫と云う確証は無い。……しかし、〝これ以上奴らをのさばらせては置けない〟とも痛感した次第で皆にも声を掛けさせてもらった」

これは俺の〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫がこれ以上憚(はばか)るのを許してはならない〟──と云う本音と、〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫を〝見せしめ〟にして他の〝殺人者(レッド)〟牽制を兼ねている〟──と云う建前をちょうど良い塩梅で混ぜた論説である。

（……よし、〝掴み〟は悪くないみたいだな）

皆が頷いているのを確認しながら──俺の論弁が皆の道徳観念から外れていないのを確認しながら続ける。

「しかし、だ。〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐隊〟とは大仰な言い回しだが、実際に狙うのは〝討伐〟ではなく〝捕縛〟であると云う事を留意しておいてもらいたい。……なにも、要らぬ血で手を汚す必要は無いからな」

〝要らぬ血〟があると云う事は〝要る血〟が必要であると云う事だが、そこは詳(つまび)らかに語ってやる必要は無い。〝殺人者(レッド)〟全体に対しての〝見せしめ〟が≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫であるように──≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫に対しての〝見せしめ〟で誰かに血を流させる予定だ。

〝攻略の為に仕方なく〟──とは言わない。〝攻略に邪魔だから〟──と、至極利己的な理由で〝そいつ〟の人生の幕を降ろさせてもらう。

「……〝蛇の道は蛇〟──ね」

「あ？ なんか言ったか？」

「いや、何でも無いさ。……さぁ行くぞ、〝回廊(コリドー)オープン〟」

俺の投げ遣りな呟きに、無理を推して〝討伐隊〟に参加してもらっているクラインが反応するが、そんなクラインの厚意をはぐらかしながら〝回廊結晶(コリドークリスタル)〟で予(あらかじ)めセーブしておいた、≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫が居る──と目される拠点へと〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐隊〟を引き連れて向かうのだった。

ＳＩＤＥ ＥＮＤ

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ＳＩＤＥ 《Ｒｙｕ》

―〝違う〟って…。それ、八つ当たり──もとい、自業自得って判って言ってる？ ……もしそうなら〝あんな特典〟を望んでおいて、それはないんじゃない？―

ユーノに言われた事は、今でも脳内でリフレインされている。

―……〝主人公の抹消〟なんて望んで、リュウは〝原作通り〟にいくと思ってたの？ ……それは無いとして、多少の差異は在ってしかるべきだよね。……と云うより、それならいっそ〝キリト〟に憑依とかでも良かったろうに…―

今になって判る事だが、その通りだった様だ。

―〝ユウキの生存〟だってそう。ユウキとアスナが出会わなければアスナはどうやってお母さんと向き合うの？ ……え？ リュウはボクに自分の望んだ事の尻拭いをさせるつもりじゃないよね？―

そんな事は判らされている。身に染みて理解した。……しかし覆水は盆に還らない。

―……言いにくいんだけどね。……だってリュウが神サマに変な注文をつけてなかったら、ボク〝達〟は多分ここに居なかっただろうし…。……キリトも〝原作〟通りに〝ビーター〟になっていただろうね。……リュウが見たかったのは〝そういう世界〟なんでしょ？―

そう云われれば、ユーノ云われた通りにも思える。……俺が見たかったのは〝キリトが好きなアスナ〟〝献身的に身を引くリーファ〟〝トラウマに立ち向かうシノン〟──そして、〝アスナとユウキ涙無しには語れない友情〟だった。

つまり俺が好きなのは〝【ソードアート・オンライン】と云う原作〟だったのだ。

「……世界はいつだってこんなはずじゃなかった事ばっかりだよな」

そこに気付くのは遅すぎた。……ユーノに打ちのめされ、塒(ねぐら)にしていた宿で腐っていた時に、とある〝ポンチョの男〟から〝人の心を解(ほぐ)すかの様な声音〟で、甘美な誘いを掛けられた。

―よう、お兄さん湿気た顔してるな。ちょっと〝イイ話〟が有るんだが──お兄さんも一口乗らないか？―

〝原作〟を知っている俺は〝ポンチョの男〟について知っていたが、当時は世捨て人の様な精神状態だった俺は、その甘美な毒に一も二もなく飛び付いた。

……そして、あろう事か、人を殺(あや)めてしまった。

じろり、と自分の〝橙(オレンジ)〟のアイコンを睨(ね)めつける。人を殺(あや)めた方法は麻痺によるＭＰＫ。……麻痺毒付きのピックで意図的に麻痺させた時点でオレンジになっている。
もちろん、後悔もある。……〝唆(そそのか)されただけだ〟──なんて愚かな事も言わない。

今日は〝団長〟の話では〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐隊〟なるものが来るらしい。他の〝同類(レッド)〟も気が立っていて、俺もそんな雰囲気に当てられていた。

（……誰でも良い──誰か俺を□□てくれ…）

――「〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐隊〟だ！ 反抗しても良いが手足の１本や２本は覚悟してもらう！」

〝その声〟が拠点(アジト)に響いたのは、、そんな事を望んだ時だった。

ＳＩＤＥ ＥＮＤ

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ＳＩＤＥ《Ｔｅａｃｈ》

―〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐隊〟だ！ 反抗しても良いが手足の１本や２本は覚悟してもらう！―

そんな恫喝(どうかつ)とも云える宣言で始まった〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐戦〟。

俺の撒き餌(ブラフ)が上手いこと働いたのか、そこにはジョニー・ブラックと≪赤目のザザ≫。そして≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫の首魁(ヘッド)である《ＰｏＨ》──と、悪い意味で錚々(そうそう)たるメンバーが雁首を揃えていた。

コレンには〝突入するのは１５時００分〟と伝えてあったが、現時刻は〝１３時００分〟。……さすがの《ＰｏＨ》も、この〝６大ギルドの強襲〟には対応しきれていないようだった。

「ｓｈｉｔ！ どういう事だ突入してくるのは〝１５時００分〟からのはずだ。……そうか、お前さんの仕業か≪無槍≫よぅ…？」

「ああ──おっと、逃げるなよ。こちとら今回の〝討伐戦〟にはそれなりの労力を掛けているんだ」

「そうだよ。君達は〝殺り〟すぎたんだ」

「チッ！」

《ＰｏＨ》の言葉に口少なに肯定し、ピックを投げて転移結晶(テレポートクリスタル)を使えない様にユーノと共に牽制する。……他を見れば、ジョニー・ブラックにはクラインとエギルが。≪赤目のザザ≫にはキリトとアスナが当たっていた。……〝俺の目論見通りに〟。

「……これは俺のワガママだ。〝観念しろ〟とは言わない。《ＰｏＨ（おまえ）》の命なんか背負ってやらないが、〝《ＰｏＨ（おまえ）》を殺した〟と云う事実は忘れない」

「ほぅ」

《ＰｏＨ》はフード付きのポンチョで、フード目深く被っているので定かではないが──ぎぃ、と嗤(わら)と様な気がした。……どうにも、俺の言葉に興味を持ったらしい。

「っ！！」

俺の〝制空圏〟に侵食が在ったのは、《ＰｏＨ》がほくそ笑んだその時だった。

――「おおおおおおぉぉ！！」

何を恨むべきかと云われれば、文字通り［超人的］な反応速度と〝狂気〟とも云えるほどに積まれた修練量だろう。
〝制空圏内〟に侵犯した下手人の剣撃を槍の鋒(きっさき)でズラし、そのまま〝《ＰｏＨ（ほんまる）》から目を逸らさず〟──〝その下手人〟に槍撃を叩き込む事なんて、訳がなかったのである。

――パァァァァン…！

（なんでお前が──リュウ…っ！？）

「ティーチ君っ！」

ユーノの人目を憚っていない叫びにこのデジタルの世界に還り逝く〝下手人(リュウ)〟の方を向いた時、〝それ〟を──〝リュウの口〟を見てしまった。……その時、読唇術を修めていた自分を甚(いた)く呪った。

―〝ありがとう〟―

俺に襲いかかってきた〝下手人〟──もとい、ユーノ曰く〝転生者(ごどうはい)〟なリュウはＨＰバーがゼロになってナーヴギアが脳を焼き切るであろう今際(いまわ)の際に、〝笑顔〟でそんな事を宣(のたま)った。

……そう〝笑顔〟で、だ。

（……悔いるのは後にでも出来る…っ！）

「ｓｈｉｔ…、ここまでか…」

声がした方向──《ＰｏＨ》を見れば、麻痺付きピックが当たったのだろう──《ＰｏＨ》は無様を晒していた。

《ＰｏＨ》の背後を注視して見れば、そこにはしたり顔のランが居た。……当てたのはユーノではなく、ランだった。〝ユーノと俺を囮にして、《ＰｏＨ》を背後から〝隠蔽(ハイディング)〟で潜み、隙を見て〝麻痺付きピック〟で狙え〟と云う命令がここになって活きた。

「やっぱり〝その目〟は俺達と〝同類〟だぜ」

「………」

《ＰｏＨ》の言葉に何も返さない。今の俺のテンションではそれくらいの事しか出来なかった。

（……じゃあな）

内心で一言だけ〝人殺し（どうるい）〟に別れを告げる。虚無感やらが襲ってくる自身を奮い起たせながら横たわっている無抵抗な《ＰｏＨ》傍に立ち、そのまま《ＰｏＨ》の胸に槍を突き立てた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

あの狂乱の戦闘から約２４時間が経過している。シリカ、リーファには小言を貰ったがそこは華麗にスルーしつつ、なんとか有耶無耶(うやむや)にした。

〝≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫討伐戦〟──クラインやディアベル真に信を置ける者を引き連れて行った電撃作戦。

≪笑う棺桶（ラフィン・コフィン）≫の首魁(ヘッド)である《ＰｏＨ》の討伐と、ジョニー・ブラックと≪赤目のザザ≫の捕縛と云う華々しくもある戦果と、被害──〝討伐隊(こちら)の〟戦死者０と云う結果だけを見れば今回の〝討伐戦〟は大成功に終わったと云えるだろう。

……そう、それは〝結果だけを見れば〟の話。

リュウを殺してしまった。……状況を鑑(かんが)みれば、正当防衛になるのだろうが、〝正当防衛〟は〝有事の際に人を殺しても罪になりにくい〟だけで〝人を殺してもいい〟という免罪符にはならない。

（それより──〝ありがとう〟、か…）

―〝ありがとう〟―

―ありがとう―

それはハルケギニアに初めて転移した時に、俺の心に楔(くさび)を打ち込んだ──未だに名も知らぬ少女からの〝呪縛(まじない)〟。リュウの辞世の言葉が俺のその──錆び付きかけの楔(くさび)を揺らしたのだ。

「……ティーチ君、大丈夫？」

「ちょっとしたトラウマを揺り起こされただけだから大丈夫だよ、ユーノ」

「全然大丈夫じゃないよね？」

悲鳴を上げる心を騙しつつ、昨日の今日だが──今日も今日とて攻略に繰り出すのだった。

ＳＩＤＥ ＥＮＤ