八神家の養父切嗣
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二十二話:Fate〈運命〉
何とか、スターライト・ブレイカーの直撃からすずかとアリサを守り抜き、安全地帯まで転送してもらったなのはとフェイト。
ユーノとアルフは二人が心置きなく戦うためにすずかとアリサの守護を行っている。
闇の書は翼をはためかせて二人のもとに寄って来る。
それに対し、二人は強い眼差しで睨み返す。
そんな態度に闇の書の意志は少しばかり悲しそうな表情を見せるのだった。
「闇の書さん、はやてちゃんを出してください。はやてちゃんとお話をしたら、きっと何かが変えられると思うんです」
「きっと……何かあるはずなんです。誰もが、あなたもはやても騎士達も幸せになれる道が」
切実な想いで矛を収めるように説得するなのはとフェイト。
しかし、闇の書の意志は首を横に振るばかりである。
なおも、食らいつこうとする二人だったが、突如として地面から生えてきた巨大な尾により吹き飛ばされてしまう。
「きゃっ!」
「うっ……これって、砂漠の世界にいた生物?」
眩む目をこすりながら相手の全体像を捉える。
フェイトの言うようにそこにいたのは巨大な虫のような竜のような生物。
かつて、ヴィータが蒐集の際に襲った砂漠の魔法生物だ。
闇の書の力はリンカーコアを蒐集した相手の魔法を使うだけでなく、実態を伴って召喚することも可能とする。
その事実に驚く二人向けて、さらに岩ばかりの世界にいた棘を背負った巨大な亀のような生物も召喚される。
「主は己の意志で眠りについておられる。余程のことがなければ目を覚ますことはない」
「余程のことって、何?」
「閉ざされた主の心に届くもの。尤も、そんなものは冷たい残酷な世界にはありはしない」
「そんなことないよ! 必ず見つけて見せる。世界は暖かくて優しいんだから!」
群がる巨大生物を自身の最大の長所である砲撃で蹴散らしながらなのはが叫ぶ。
絶望を打ち砕く星の光を宿す少女はまだ世界の残酷さを知らぬ。
いや、例え知ったとしても彼女は決して折れることなく希望を求め続けるだろう。
それは、まさしく物語の主人公。世界の残酷さを知り希望を失った男とは違う。
「そうだよ! 100回やってもダメでも、101回目は成功するかもしれない!」
「同じことの繰り返しだ。ゼロを何度もかけてもゼロにしかならないように」
「私達の行いは決して―――無駄じゃないッ!」
這いよる無数の触手たちを閃光の戦斧で斬り払いながらフェイトが前へ、前へと向かう。
何を犠牲にしても決して叶わぬ願いがあることを少女は未だに知らぬ。
否、心のどこかでは理解している。しかし、何の因果か、彼女の母親が決して最愛の娘の蘇生を諦めなかったように、彼女も諦めない。
それは、まさしく健気な物語のヒロイン。
理想のために支払った対価を無駄にせぬ為に諦めることができぬ男とは違う。
「だとしても、私は主の願いを叶えるだけの道具。何をしても私の行動は変わらない」
「道具? そんなの……嘘だよッ! だってあなたはこうしてお話しできるじゃない!」
「お前達のデバイスもそれぐらいはできるだろう」
「違うよ、レイジングハートは―――私の相棒だよ!」
『Yes. My master!』
己を道具と呼ぶ闇の書の意志に対してなのは道具ではないと力強く告げる。
例え、デバイスという存在であってもそれはただの道具ではない。
己が生死を共にする、強いきずなを育んだ相棒なのだ。
その気持ちはフェイトもまた、同じである。
「そうだよ、ただの道具のはずがない。ね、バルディッシュ」
『Yes, sir.』
「心のない物は等しく道具だろう。私には心がない」
「そんなこと言っても信じるもんか…っ。涙を流しているのに心がないなんて信じるもんか!」
自身の相棒、バルディッシュを魂を込めて振るい、立ちふさがる巨体を斬り伏せながらフェイトが雄叫びを上げる。
彼女の言うように闇の書の意志の瞳からは泉から湧き出るかのように涙が溢れ出していた。
闇の書の意志は彼女の指摘に軽く涙を拭い取り感情の薄い声を返す。
「これは主の涙だ。道具は命じられたことを為すための存在。主の願いが滅びなら、全てを滅ぼすだけ」
「だから…ッ。そんな願いは本当のはやての願いなの? いつもはやては何もかも壊れてしまえばいいと思っていたの?」
「…………」
「違うよね? 私達でも違うってわかるんだから、あなたが分からないわけがないよね?」
フェイトは静かに、ゆっくりと、諭すように話しかけていきながら近づく。
闇の書の意志はそんな彼女様子を心底理解できないような視線を向ける。
どうして、救おうとするのかが分からなかった。
はやてはともかく、自分までも救おうという意思が手に取るように分かるのだ。
なぜ? 自分には助けられるような価値などないのに。
幾ら考えても答えは出ない。しかし、そのうちに思考している己に自虐の笑みが起こる。
機械が、道具が、考える必要などない。機械はただ与えられた命題をこなすのみ。
主には夢の中での安らぎを、それ以外の全てには破壊を与えよう。
「闇の一撃で沈め」
『Schwarze Wirkung』
「バルディッシュ!」
『Defenser plus.』
あと少しでこちらに到着するいうところで闇の書の意志は自らフェイトに近づき魔力の鉄拳を叩き込む。
一撃でも入れられば落ちかねない為、フェイトもすぐさま防壁を張り防ぐ。
しかしながら、闇の書の力は恐ろしく打撃力の強化に加えてシールド破壊の効果も兼ね備えた拳となっていた。
罅割れる防壁に冷や汗が流れる。なのはも援護射撃を行おうとするが間に合いそうにない。
今度は仕留めるとばかりに死神の鎌のようにゆらりと魔拳を構える闇の書の意志。
それがフェイトにとってはスローモーションに見え、次の瞬間には殺られると直感する。
闇の一撃が打ち込まれる刹那―――一発の弾丸が闇の書の意志に襲い掛かった。
「……ッ!」
「フェイトちゃん、大丈夫!?」
「まさか……今の」
自身の頭部を狙った一撃に少しばかり気を取られてフェイトから気を逸らす。
その一瞬隙を突き、フェイトは得意の高速機動で脱出する。
頭部を撃たれたにも関わらず、分厚い魔力で何事もなく防いだ闇の書の意志は弾丸が飛んできた方を向く。
フェイトとなのはも覚えのある攻撃に同じ方角を向く。
そこには、ビルの屋上でワルサーを構えた状態で煙を吹かす切嗣が立っていたのだった。
「馬鹿げた魔力だな。今まで散々主を喰ってきただけはある」
「はやてちゃんのお父さん!?」
「君達があれと戦うのなら援護ぐらいはしてやる」
「で、でも……一体何が目的で?」
闇の書を完成させたにも関わらず、何故かその闇の書と争う切嗣に疑問が絶えない、なのは。
だが、切嗣にはその疑問に答える気もなければ、余裕もなく、時間もない。
全神経を闇の書の意志の攻撃に向けるだけだ。
「悪いが長々と話す暇はない。早速か!」
『Blutiger Dolch.』
「固有時制御――二倍速!」
自身の周りを二十以上に及ぶ血の刃で埋め尽くされた瞬間に高速軌道を展開する。
その素早い対処のおかげで肉体の損傷は阻止できたが、コートの端は背筋が凍るほどの切れ味で切断されてしまった。
やはり、自分には荷が重い相手だと再認識し、再び物陰に隠れながら移動を始める。
「切嗣、なぜ邪魔をする。全てはお前が主を絶望させたのが原因だというのに。お前も世界を壊すのが目的ではないのか?」
闇の書の意志の問いかけにも当然切嗣は答えを返さない。
黙って息を潜め、再び陰から狙うだけである。
闇の書の意志は隠れて姿を現さないのであれば辺り一帯を消し飛ばしてしまおうと考え手をかざす。
しかし、現れたのは彼女が意図した物とは違う天をも焦がす無数の火柱だった。
「早いな……すぐに暴走が始まる。そうなる前に、主の願いを」
「闇の書さん! お願いだから止まってください!」
「仮に私が止まったとしても、暴走からは逃れられない。もう……何度も経験したからな」
今までの主と同じようにはやてが滅んでいくのだと思い、少し悲しげな表情を見せる。
そんな闇の書の意志に業を煮やしたのは、なのはであった。
魔導士の杖を血が滲むほどに握りしめ、キッと睨みつける。
「だから…ッ、どうして諦めるの!? 終わるまでやってみないと分からないじゃない!」
「あり得ない。機械である私が計算して不可能だと判断されたことだ」
「この、駄々っ子! いいよ。それなら私が―――奇跡を起こしてみせる!」
アクセルシューターで群がる触手を撃ち落としていきながら砲撃の構えをとる。
不屈の魔導士の杖は奇跡を起こす魔法の杖。
幾度の危機にも決して折れることなく奇跡を起こし続けてきた。
ならば、今度もまた奇跡を起こすのが道理だろう。
「ディバイン―――バスターッ!」
「盾を」
『Panzerschild.』
遥か先からも視認することが可能ではないのかと思わせる極太の光の束。
心優しい少女の桃色の魔力砲撃は阻むものなど何もなく突き進む。
闇の書の意志は避けることなどせずに正面から盾でもってそれを防ぐ。
貫き通そうともがくなのはとは正反対に闇の書の意志の表情は涼しげだ。
いくらなのはの魔力量が規格外と言えども、無尽蔵に魔力を持つ相手には及ばない。
「……闇に沈め」
闇の書の意志は再び血の刃を出現させ動けないなのはを串刺しにしようとする。
だが、何故か体は思う通りに動かずに回避行動を行ってしまう。
まるで、相手を倒すことよりも自分自身の身を守ることを優先するかのように。
「本当に暴走の開始が早いな。それだけ主の悲しみが深いということか……」
防衛プログラムが徐々に自分の体を乗っ取り始めたことに気づき憂いに満ちた声を零す。
自分とほぼ同一の存在ではあるが、それでも乗っ取られるという感覚は気持ちの良いものではない。気づけばもう一方からもフェイトが砲撃を放ってきていた。
沈み込むような気持になりながら彼女は防衛プログラムに身を任せるようにシールドを張る。
そんな状況を心待ちにし、見つめていた者がいることを知らずに。
(アリア、もうそろそろだ。永久凍結の準備を)
(……分かっている)
一進一退の攻防を続ける三人に気づかれぬように静かにその姿を現すアリア。
管理局のデバイス技術の集大成。
氷結の杖、『デュランダル』は既に待機状態から通常状態に移行されている。
後は、クロノの魔法の師でもあるその卓越した技術で最強の凍結魔法を唱えるだけ。
静かに、しかし、抑えられない心臓の動悸を意識しながらゆっくりと近づく。
三人はその存在に気づくことなくなおも苛烈さを増す戦闘を行い続け、やがて戦場を海へと変える。そして、数秒とも、数分とも、数時間とも思える時間が経った後に闇の書の意志が海面近くでその動きを止める。
(今だ、アリア!)
「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちに」
「なん…だ?」
突如として現れた新手の姿に戸惑いを見せる闇の書の意志と少女二人。
だが、そんなことは関係なく、見る見るうちに海面は凍り付いていき闇の書の意志の足を凍らせていく。
このまま詠唱が完成すれば闇の書は永遠の眠りの淵につく。
……多くは望まなかった、誰よりも優しい少女の人生と引き換えに。
「永遠の眠りを与えよ―――」
「させるかッ!!」
「―――なっ!?」
最後の一節を唱えようとした彼女の体が死角より訪れた青色の魔力弾により弾き飛ばされる。
そして、一切の抜け目なく思考の空白を狙ってのバインドをかけられてしまう。
後少しのところで邪魔をされた怒りでアリアは顔を隠しているのも忘れて自身を攻撃した相手の名前を叫んでしまう。
「よくも―――クロノッ!」
「暴走が始まる前の主は一般人だ。だから、君の行為を許容することはできないよ、アリア」
憎悪にも等しい感情を向けられながらもクロノは冷静に言葉を告げる。
本来であれば父親の敵である闇の書を恨んでもおかしくない。
実際、かつては恨んでいたこともある。だが、父がなぜ命を賭したのか。
以前の闇の書の事件で命を投げ出したのか。その理由を考えれば恨みは消えていった。
父、クライドは己の命をもって愛する者を、名も知らぬ守るべき者を救いたかったのだ。
その気高き心を息子である自分が憎しみで穢していいはずがない。
クロノはクライドの意志を継ぐ者なのだから。
「クロノ!」
「それに……どうして? アリアさん」
突如訪れた急展開に思わず闇の書の意志から目をそらして二人の方を向くなのはとフェイト。
できれば説明してやりたかったがその時間もないので素早く状況からアリアの目的を推測していくクロノ。凍り付いた海に凍りかけの闇の書の意志。
それだけで十分だった。
「闇の書を極大の凍結魔法で永久凍結して封印する。……それが君達の目的か」
「そうよ。終わらぬ連鎖を終わらせる切り札。それがデュランダル」
「だが、それはさせない。必ず別の方法はあるはずだ」
自分たちのやり方に従えと暗に告げるアリアの言葉を一蹴するクロノ。
そんな姿にアリアは悲しみの表情浮かべて俯く。
疑問に思うクロノの耳に懺悔の言葉が入ってくる。
「ごめんなさい……切嗣。結局、最後も―――あなたにやらせることになって」
「『ピースメイカー』ロック解除」
『Mode Launcher.』
まだ、敵は残っていたと自分の不覚に歯ぎしりしながら振り返るがもう遅い。
切嗣は既にロケットランチャーを闇の書の意志に向けて構えている。
ストレージデバイス、『トンプソン』の開発名『ピースメイカー』。
その名は切嗣が対人以外の戦闘を行う際に使うランチャーモードを使うためのキーとなっている。
スカリエッティが取り付けたふざけた設定。真名を解放しなければ真の力は発揮できない。
切嗣は自身が最大の破壊行為を行うときはいつもPeace makerという自身への最大級の皮肉を言わなければならないという苦痛を与える。
それ故、滅多に使うことはない。だが、今回はその限られた事例だ。
「『ローラン』装填完了」
放たれる誘導弾はグレアムに頼んで極稀にしかいない凍結変換の資質を持つ者の魔力を籠めさせた物。さらに、言えば相当な時間をかけて魔力を込めているのでその威力はアリアの行おうとした魔法『エターナルコフィン』にも魔力という点では劣らない。
そして、そのアリア自身が凍結強化の作用を持たせた魔法陣を書き込んだ誘導弾。
最後に切嗣自身がこの日までの間に長年積み重ねてきた温度変化の制御により、一発限定でエターナルコフィンに近い凍結魔法を切嗣が使うことを可能とする為の保険。
それが誘導弾『ローラン』である。
「さよなら、はやて」
「切嗣…! お前はどうして主を…ッ!」
――別にたいそうなもん用意せんでええよ。おとんと暮らせてる今で十分幸せやから――
明るく元気に、そして何よりも優しく育ったどこに出しても自慢な娘。
娘のどんな顔も完璧に思い出せる。笑った顔、怒った顔、泣いた顔……。
目に入れても痛くない。いや―――目に焼き付いて離れてくれない!
動悸がおかしくなる。奥歯がカチカチと鳴る。
それでも指先だけは揺れずに引き金を引いてしまった。
「やめろッ!」
「僕は……」
クロノが静止の声をかけるが時すでに遅し。
誘導弾は既に放たれ真っすぐに闇の書の意志の元に飛んでいく。
彼女は避けられないのか、それとも避ける気力すら残っていないのか、動かない。
――今年はもう泳ぐには遅くなりそうやしなー。来年みんなで海に行こうや――
自分よりもしっかりとしているが、偶にあどけない顔で甘えて来る。
そんな、何に変えても守ってやりたいと願ってしまった娘。
気が狂ってしまいそうだ。何もかも放り投げてあのミサイルを止めてしまいたい。
でも、目は決して逸らさずに悲しみの涙を流す顔を焼き付ける。
あの涙は闇の書の意志とはやての二人分の涙だから。
「僕は―――ッ!」
――大丈夫やよ。おとんは―――正義の味方になれるよ――
「君を殺して―――世界を救うからだ…ッ!」
血を吐くような呟きとともに氷結の誘導弾が闇の書の意志に当たり、魔法が発動される。
彼女の体が分厚い氷に覆われていきその身を永遠の眠りへと誘う。
なんという皮肉だろうか。彼女は自身を殺すべきか迷う父の背中を押してしまったのだ。
そして父は背中を押されたことで全てを、家族すらも捨てる決意を固めてしまった。
正しいかどうかも分からぬ傲慢な正義へと足を踏み出してしまったのだ。
動かぬ体となった娘を見つめる彼の表情は目の前の氷塊よりも硬く凍り付いていた。
「そん…な。はやて……ちゃん」
「嘘……だよね?」
文字通り、冷たい現実に打ちのめされた表情を見せるなのはとフェイト。
クロノは間に合わなかった自分に怒りを向けるように唇を噛みしめ血を滲ませる。
そんな子供達の様子を何とも言えない表情で見つめながらアリアは寂しげに笑う。
結局、切嗣は家族ではなく名も知らぬ他人を選んだのだと。
「……最後の仕上げだ、クロノ・ハラオウン。アリアの拘束を解け」
「…ッ。彼女にもう一度凍結魔法を使わせる気か?」
「ああ、理解が早くて助かるよ。僕のその場凌ぎの凍結魔法じゃ不安定だ。完璧を期すにはアリアに封印させるのが最善だ。それとも君がやってくれるかい? 君ならデュランダルを使えば可能なはずだ」
まるで幽霊のように生気を感じさせない瞳で近づいてくる切嗣にクロノは恐怖すら覚えた。
人間は理解できないものを恐れ、拒絶する生き物だ。
その人間の本質がクロノに警鐘を鳴らしていた。理解できないと。
娘として扱っていた人間を殺してもなお表情のない顔を持つ男。
はなから感情のない機械のように動ける人間がいることに恐怖した。
――常に冷静で居続けるのはただの機械だ。人の身で機械になることがないようにな――
思い出すのはグレアムの言葉。あの時は気づかなかったが今ならば分かる。
グレアムはあの男のようにはなるなと警告していたのだ。
「はやてちゃんのお父さん! これ、どうにかしてくださいッ!」
「悪いがそれはできない」
「どうして!?」
「凍結を解除してしまえば、すぐに闇の書の暴走が始まる。そんな危険な真似はできない」
身の危険も考えずに切嗣の元に飛んでいき食って掛かるなのは。
切嗣はそんな少女に理を解くようにどこまでも冷静に淡々と告げていく。
だが、少女がその程度のことで諦めるはずもない。
さらにそこにフェイトも加勢に入ってくる。
「私達が止めて見せます! 暴走なんてさせない…ッ。しても止めます!」
「戦ってみてあれに勝てると思うほど君達も馬鹿じゃないだろう? あれは規格外だ。君達だけの力じゃあ、どうしようもない」
「それでも…それでも…っ! 友達を見殺しになんてできないッ!」
フェイトも切嗣の言いたいことは分かっている。
仮に暴走を起こす前だとしても自分達だけで勝てる見込みは少ない。
奥の手があることにはあるのだがそれもぶっつけ本番だ。
彼の意見が正しいのは分かる。だが、納得などできない。
一向に退く気配の見えない二人に切嗣は無感情に息を吐きクロノの方を見る。
「それなら判断をクロノ・ハラオウンに任せる。凍結魔法は外からの攻撃で壊すことは可能だ」
「クロノ君、お願い!」
「クロノ……ッ」
なのはとフェイトが期待を込めた眼差しでクロノを見つめる。
その視線を受けてクロノは自身の手の平を見つめるが封印の解除を行うためには動かない。
不思議に思い、二人が心配そうな顔で声をかけてくる。
「クロノ…君?」
「選べるはずがないでしょう。余りにも重すぎるんだから」
そんなクロノに変わりアリアが子供達を諭すように声をかける。
クロノはその言葉に己の不甲斐無さと力の無さを恥じ入る。
こういったことも覚悟して執務官になったはずだった。だが、まだ自分は子供だった。
「できるはずがない。たった一人の少女の為に―――六十億の人間を危険にさらすなんてね」
切嗣の言葉にハッとするなのはとフェイト。
はやてを助けるということはこの世界の人間全てを危険にさらすということなのだ。
天秤で測るまでもない。どちらが重いかなんて火を見るよりも明らかである。
一度でも凍結されてしまった以上、管理局という立場からは凍結の解除はできない。
例え、封印された少女が何の罪もない者だったとしてもリスクが大きすぎる。
「悔やむことはないよ、クロノ・ハラオウン。こうなった以上、その決断は何よりも正しいものだ。このままいけば世界は救われる」
「そんな理由で納得できるか…ッ。僕はできる限りの人を救いたい。こんな結末じゃあまりにも救いがないじゃないか」
「悲しみの連鎖はね、断つことはできるんだ。でも―――最後に悲しむ人は必ず出てくるんだ」
憎しみの連鎖や、復讐は多くの人間が言うように著しく愚かな行為だ。
それは疑いようのない事実だ。だから、人は耐えて連鎖を断とうとする。
それで連鎖は確かに終わる。耐えた人間が決して報われることなく。
要するに、殴られた人間は殴り返さなければ殴られたまま終わるのだ。
美徳と、人はそれを讃えるだろう。だが、それは悲しみがなくなったわけではなく。
誰かが悲しみをそこで堰き止め続けているだけに過ぎないのだ。
誰もが幸せで笑いあえる未来など、悲しみの連鎖が始まった時点で訪れないことは確定しているのだ。
「奇跡でもない限りは誰もが笑いあえる世界が来ることはない。でも―――奇跡は起こらない」
自嘲と諦めと憎しみを込めた言葉が波に呑まれて消えていく。
もしも、世界を変える奇跡があったのなら全てを捨ててそれを求めただろう。
でも、そんなものなど、どこにもなかった。
だから、理想と真逆の行いで世界を平和にしようとした。
奇跡がこの世に存在するのなら衛宮切嗣という人間の人生は全て間違いだった証明されるだろう。
「こんな……こんな悲しい終わり方であなたは良いんですか!?」
「良いか悪いかじゃない。正しいか、正しくないかだ」
「そういうことを聞いているんじゃないんです! あなたははやてちゃんが居なくなって本当にいいのかって聞いているんです!?」
なのはのどこまでも真っすぐな、理屈など関係ない言葉に切嗣の眉がピクリと動く。
どこかしら捻くれた、子供のような若い心を持つ彼にとっては理屈よりも純粋な感情の方が届きやすい。
そんなことなど、なのはは知らないだろうがなおも言葉を続けていく。
「私、そんなに頭が良くないから分からないことが一杯あるんだけど。でも、あなたが誰かを好きで傷つける人じゃないと思います」
「何を……言っているんだ?」
「だって、あなたが闇の書を封印しようとしたのは誰かを守るためじゃないんですか?」
言葉が出なかった。切嗣は目の前の少女が何を言っているのかが理解できなかった。
この期に及び自分が誰かを守ろうとしている人間と思う人間がいるとは考えてもみなかった。
なのはは真っすぐな瞳で切嗣を見つめてくる。彼はその瞳が怖くて思わず逸らしてしまいそうになる。
「誰かを守るために封印しようとした。なら、どうして―――はやてちゃんとヴィータちゃん達も助けようとはしないんですか?」
―――助けようとはしない。
その言葉を聞いた瞬間に切嗣から余裕は失われた。
まるで、子供のように少女に対して敵意むき出しにする。
「高々数人のために世界を賭けるなんて愚かなことができるか…ッ」
「それでも諦めなかったら何か方法が見つかるかもしれない! みんなで笑い合える未来が掴めるかもしれない!」
「そんなことは不可能だ。どちらか片方しか救えはしない。両方救おうとすれば全てを失うだけだ」
客観的に見ればそれは大人が子供に当たり散らしている情けない光景だろう。
しかし、傍で見ていた者達からすれば何故かそれは子供と子供の喧嘩に見えるのだった。
「どうして、そんなに悲しいことばっかり考えるの!?」
「リスクが大きすぎる。夢や理想だけじゃ何も変えられない。それが子供には分からないッ」
「子供だよ、子供でいいよ! そんな悲しい顔で悲しいことしかできない大人になるぐらいなら子供のままでいいッ!」
何かが音を立てて崩れ落ちていく。切嗣はその音を必死で無視しながら話し続ける。
殺したいほどに目の前の少女が憎い。だというのに、憧れを抱いてしまう。
どこまでも希望を、奇跡を追い求めて走り続けられる彼女が羨ましかった。
彼女の言葉はまるで本物の正義の味方みたいじゃないか。
薄汚れ、血塗れた偽物の正義の味方でしかない自分が酷くみすぼらしく見える。
「悲しいことを終わらせるために悲しいことをしたって、悲しみしか残らないよ!」
「ああ、そうだとも。悲しみは残る。だが、それでも終わることで少しはマシになる」
「最高の結果を目指そうよ! ―――夢は諦めなければ叶うんだからっ!」
かつて、はやてに言われた言葉を出されて切嗣の表情は完全に崩れる。
思わず頭を抑え血が出るほどに爪をたてる。
しかし、痛み程度では少女に崩された表情は戻らない。
そこに追い込みをかけるようにフェイトも話しかけてくる。
「あなたは本当にはやてのことをどうでもいいと思っていたの? 愛してなかったの?
はやてのことを―――人形だと思っていたの?」
まるで血液が沸騰したかのように憤りで体が熱くなる。
心が体を凌駕し始める。本当の気持ちを吐き出そうと蠢く。
それを何とか抑え込もうとするが続いたなのはの言葉で全てを壊される。
「あなたは、はやてちゃんに、家族に―――幸せになって欲しくないの?」
気づけば大きく腕を振るい、目の前にいた少女達を振り払っていた。
抗いきれぬ衝動が切嗣の体を襲う。心が体を食い破り、姿を現す。
全身から力が抜け、震えが走り、瞳からは枯れ果てたはずの涙が流れ出る。
その姿は感情を持つ者だけに許される姿―――絶望だった。
「……ふざけるな…ふざけるなッ! 馬鹿野郎ッ!!」
怒りと、悲しみと、絶望の籠った悲鳴が夜空にこだまする。
そのあまりにも痛々しすぎる姿に誰もが言葉を失う。
もはや、彼の言葉を止めることができる者は彼を入れても存在しなかった。
―――初めて、父と呼んでくれた時は涙が出るほどに嬉しかった。
―――毎日成長していく姿がこの上なく愛おしかった。
―――騎士達も父と呼んでくれてただ楽しかった。
―――本当の家族だとこの世の誰よりも思っていた。
―――娘と家族さえいれば世界なんてどうでもいいと思えるほどだった。
―――こんな結末を願ったわけじゃない。
「愛していた! 家族をッ! 世界で一番愛していたッ! 娘をッ!!」
紡がれる言葉は聞く者達の心を引き裂いていく。
同時になぜそこまで思っていながらこのようなことをしたのかと疑問を抱く。
しかし、その答えはすぐに彼の口から出されるのだった。
「それでも…それでも…っ、これで正しいんだ!!」
「何が……何が正しいと言うんだ?」
恐る恐る尋ねたクロノに鬼のような眼光を向ける切嗣。
先ほどとは別の理由で思わず怯んでしまうクロノ。
だが、そんなことはお構いなしに切嗣は叫び続ける。
「死ぬしか他にない者が殺され、死ぬ理由のない人達が救われた!
これが―――正義でなくてなんなんだッ!?」
自分自身に語り聞かせるように、納得させるように悲鳴を上げ続ける。
本心ではわかっている。それもまた、偽善で、独善的なものに過ぎないのだと。
ただ、それでも衛宮切嗣は犠牲に報いる対価を得るために同じ方法で皮肉な正義を為し続けなければならない。
「だから…ッ、僕は絶対に正義を行い続けないといけない!」
「どうして…? どうしてそんなに悲しい想いをしてもまだ続けられるの?」
なのはが目に涙を浮かべながら聞く姿を、ぼやけた視界で見ながらコンテンダーを構える。
もう、何をしたいかすら分からなくなった。途方にくれ立ち続けていたい。
それでも―――引き返すにはもう遅すぎる。
「だって、僕は……もう―――愛した娘を殺したんだからッ!!」
先に進めば進むほどに、犠牲を増やせば増やすほどに後戻りができなくなる。
それが大切な者であればあるほどに意固地なって走り続けなければならない。
決して終わることのない絶望への片道を。ただ、走り続ける。
「邪魔をするなら……容赦はしない…ッ」
「来るぞ!」
右手にコンテンダー、左手にキャリコといった装備に切り替えて切嗣が動き始める。
戸惑うなのはとフェイトを守るためにクロノは前にでて、S2Uを構える。
必ず、ここで終わらせる。
そう覚悟を決めた二人がぶつかり合おうとした瞬間―――巨大な氷塊が崩れ去った。
「―――あ」
掠れた声を上げ、振り返る切嗣。背後でクロノが何事か叫んでいるが耳に入らない。
彼の視線の先には所々凍っているものの動きには障害のない姿で宙に浮く者がいた。
煌めく白銀の髪に、雪のように白い素肌。血のような赤さを備えながら、なお美しい瞳。
闇の書の意志がその封印から解き放たれていた―――その瞳から新たな涙を流しながら。
後書き
ランチャーはスティンガー携行対空ミサイルが元ネタですが、対空専用しか持ってないのもおかしいのでロケットランチャーと表記させていただきました。
切嗣の絶望はあと一回は訪れる予定。
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