Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第四二話 不安
「大尉、そんなに急がれなくとも中尉の無事は確保されて……」
「今井少尉、貴様はそう言われて納得するか?」
「それは……」
調布基地に戻り、青の軍服に袖を通し急ぎ早に足を速める俺に今井が語りかけてくる。
気遣ったその言葉も今は煩わしく仕方がない。
急かす己の中には焦燥感がある、まるで自分が自分では無くなったようだ。足が勝手に動いているようにさえ感じる。
―――自分の心さえ、自分の思うようにならんとは歯がゆい事だった。
「今井、お前は甲斐と一緒に例の作業を行っていろ。情けは要らん徹底的にやれ。」
「――――御意に。」
己の命令により尋問室への通路へと歩を変える今井の背を見送ると、己も足を進め始める。
兎にも角にも、奴の無事をこの目で確認せねば落ち着かんというモノ―――己は唯依がいるはずの扉のノブに手をかける。
「実は兄貴、豆類と酸っぱいものが苦手なんですよ。」
「えっ!そうなんですか?」
………扉の向こうから見知った声が二つ、談笑している。一つは言うまでもなく篁唯依その人であるが、もう一人の存在にその場で体が凍り付いたように静止した。
「ああ、特に紅ショウガ。あれの噛んだ時に一気に染み出てくる感じが駄目らしいがよ。あとウニ、べチャットした感触が苦手のようながってね。」
「美味しいのに……」
「あとちぃ兄と喧嘩したとき、家の壁をぶち抜いて怒られたこともあったがよ。」
「やんちゃだったんですね。」
クスクスと笑いを零す唯依と和気あいあいと言葉を交わす二人の話の内容に凄まじい既知感、というが間違いなく自分の過去話だ。
「あとしょっちゅう用水路に落ちてた。」
「ぷっ!ちょっと想像出来ません。」
「後は布団の押し入れに入ってハマったまま出れなくなったり。障子を障子紙破かずに登ったり。器用なのかドンくさいのかよう分からんがよ。」
――――いかん!このまま固まってはいかんっ!!事態は一刻を争う!!
唯依の中に作り上げてきたキャラが崩壊の危機に瀕している今!至急かつ速やかな行動が求められる。
これ以上、ここで足踏みしていても事態が深刻化するだけと悟り、意を決して扉を押し開いた。
「それぐらいにしておいて貰うぞ……晄。」
「あ、あき兄。久しぶり元気しゆう?」
「あ、忠亮さん。」
交差する三人の視線と三者三様の言葉。
その見知った顔の一つに内心頭を抱えた………其処にいたのは富士教導隊に引き抜かれた実弟、柾晄だった。
「唯依、大事なくて良かった。それと、お前も元気そうだな。治樹はどうしている?」
「ちぃ兄も相変わらずっぽいよ、一応心配はしてるらしいから連絡ぐらいは寄越しや。」
「ああ、気が向いたらな。」
「全くそう言って何も連絡寄越さんがやき。筆不精も大概にしいや。」
「ああ、留意しよう。―――で、そういうお前はこいつに何を要らんことを吹き込んでいたがや?」
懐かしい実弟との再会に思わず方言が出る。多少、棘があるように聞こえるのが土佐弁というモノだ、あまり問題はなかろう。
「ん?あぁ、この人があき兄の事を知りたいって言うてきたから教えちゃっただけよ。あき兄はカッコつけたがりだから大した事言うてないと思うたからな。全く、仲が良くてえいことやね?」
「いえ、そんな……私なんて忠亮さんの事、何も知らないから………」
「うん、言っていい?ごちそうさま。」
したり顔の末弟がなんとなく癪に障る。蟀谷で青筋が踊り狂っているのは致し方ない事だろう。
「で、なんでお前が此処にいるんだ?」
「ああ、なんかね俺らの不知火のアップデートするから此処に来いって急に言われたがって。
正直、着陸指定ポイントも妙やし面倒やったけど命令やし仕方ないって来たらまぁ、誰か」知らんけど襲われよって、その人を白い斯衛の人が助けゆう所にちょうど出くわしてびっくりしたわ。」
―――妙だな。実弟、晄からの情報を耳にそんな感想を抱く。
通常、戦術機の移動が行き成り起きることは通常ではあり得ない。戦術機はそれ自体が数千の部品からなる一級の工業品であり、その大規模かつ複雑な構造上、動かすどころか置いているだけで劣化する品物だ。
そんな戦術機の移動には近距離であれば専用トラックに搭載しての陸路が主流だ。なぜなら戦術機は稼働させるだけで消耗する精密機械だからだ。
なのに、態々戦術機そのものを稼働させての移動。その時点で不自然だ、さらに戦術機自体に移動させるのであれば到着後のメンテナンスのための物資・人材の手配が必要だ。
戦術機の保守パーツは非常に綿密な整備計画が立てられて運用されている、それを行き成り降ってわいた機体の整備に充てるという事はまず出来ない。
―――という事は、この事件。起きると分かっていたが水際で防ぎたかった存在の意思が介在している可能性がある。
……もしや、手配したのは巌谷か?という疑念が脳内をよぎるが、どうにもしっくりこない。
「そうか、助かったよ晄。………本当に、助かった。恩に着る。」
疑念を頭の隅に追いやると、実弟に向け頭を下げる―――がしかし、その次に飛んできた言葉に思わず青筋が隆起する。
「じゃあ、お年玉頂戴♪おにーちゃん。」
「……お前はこういう時だけ―――お前も給与は貰ってるだろ?」
弟の滅多に聞けない、というか小学生以来聞いていない呼称に軽い頭痛を覚え、吹き飛んだ感謝の念の名残に額に手を当てた。
「だって俺のバイク、もうないし……それに俺らの家、ちゃんと元通りにしたいんよ。その為には幾らあっても足りん。」
「………分かった、多くはやれんが俺の個人貯金から少しやる。足しにしろ。」
柾の実家とは別に、俺たちには家があった。幼少からともに暮らし、育った家が。
しかし、長らく続いたBETAの破壊活動や戦闘行為で跡形も残っていない。地形すら変わってしまったそれを復元するのは並大抵じゃない。
それを元通りにしたいという、父母が建てた俺たちの育った家を。
そんないじらしいお願いをされては断るに断れない。
「ありがと、おにーちゃん!」
「その呼び方やめろや。」
慣れ親しんだ兄弟の会話、これが最後かもしれない。だけどもだからこそ、これを最後にしないためにも、次期主力機開発という自分たちの責任は重い。
願わくば、我らが鍛えし刃が夜を切り裂く黎明を告げる曙光の刃とならんことを―――。
「可愛らしい弟さんですね。」
実弟が去ったあと、唯依が感想を漏らす。しかし、晄と唯依にそんなに年の差はなかったはずだ。
そんな彼女に可愛い扱いされては奴が少々拗ねそうだと、ふと思う。
「あれでもお前の一つ下だぞ……いや、お前が早生まれだから事実上同い年か。」
そう考えると、自分がこうも年下の相手を嫁にすることになるとは夢にも思わなかった。
―――実は唯依が自分の好みの年代からやや外れてるのは言わないほうがいいだろう。うん。
「忠亮さん、なにか不穏なこと考えていませんか?」
「さて、何のことか……それよりも本当に大丈夫か?」
微妙に勘が鋭いと、内心冷や汗を感じながら横目で唯依を見下ろす、体は大丈夫だと聞いている。しかし、心まで大丈夫とは限らない。
「はい助けてもらいましたから……でも、ショックです。―――忠亮さんと一緒になるって決まったとき、何かが変わるんだ。私はそう、思いました。」
「………そうか。」
「もっと、良いほうに変わっていくんだ。無邪気に無責任にそんなことを考えていました―――でも、実際は大変なことのほうが多くて。一歩間違えば悪くなっていく事のほうがずっと多い。」
「そうだな。」
唯依の言葉を肯定する、互いが最良を目指し尽力し続けるからこそ二人は今ここにいる。
それは純然たる事実、人が先を望むには其処に至るまでの過程が必要不可欠。積み重ねのない存在は最初から破滅が決まっている。
また、破滅へと至る過程も存在している。
何処かで、何か違っていれば―――――最悪への路へと踏み入っていたかもしれない。
「お前は……俺と出逢わないほうが良かったと思うか?」
不意によぎる疑念、自分と出逢わなければ彼女は今回のような事にも巻き込まれなかったはずだ。
そして、ユーコンへと旅立つ……そして、恋をする。初恋を。
「それだけはあり得ません。忠亮さんに出会うまでは私は、何を為すべきなのか―――いえ、何を為したいのかすら見付けられず、思いつこうとすらしていなかった。
忠亮さん、貴方と歩く道は確かに並みの路ではないと思います。だけど、私は遣り甲斐があると感じていますし……それに。」
唯依が確かな意思を瞳に灯して応える。
「忠亮さんを選んだのは私です。己を通して後悔などありえません。」
己はそれに、心の奥―――きっとそれは言葉にすれば魂とかそういうモノになるだろう場所から滲み出てきた言葉をそのまま口にした。
「そうか……良かった。ありがとう。」
―――安心した、自分がかつて旧世界で生き果てた己と違うように唯依も似ているだけの別人だ。
かつての世界でそうだったからと、今回も唯依が己を愛してくれる保証は無い。
未来は常に確定していない。常に変化の可能性を秘めている。
今回の輪廻は、唯依が自分の意思で選んだとは言い難い。心を置いてけぼりに関係だけが結ばれてしまった。
積み重ねが無いのだ。
絆が薄いのだ。
信ずる導が少ないのだ―――それでもなお、彼女が自分を選んでくれたのだという実感がとても心強い。
「忠亮さんも不安だったのですか?」
「不安さ、未来は常に揺れ動いている。良いこともあれば悪い事もある。悪い事やもっと悪いだけという事もな。その可能性を考えるだけで不安で堪らないよ。」
何が起きるかわからない、確かなことなんて何一つなくて。今日の平穏が一瞬で壊れてしまうことも日常茶飯事だ。
それが現実だ。俺たちが生きている無情で理不尽で不条理な現実だ。
何時、釣り縄が切れるかもわからない吊り橋を渡っているようなものだ。それでどうして恐怖や不安を感じずにいられるのか。
「………お前が無事で本当によかった。」
切ないくらいに、安堵した様子で唯依の肩を抱き寄せる忠亮。この人は。誰よりも未来を求めているというのに、誰よりもその未来に恐怖している。
「忠亮さん………。」
そうさせてしまったのが自分なのだとわかっている。それでも、あの男たちには触れられても身の毛がよだつ嫌悪感しかなかったのに、彼に触れられているとほっと安心する。
―――その格差は自分が誰を愛しているのか、を妙実に唯依に教えていた。
私は居なくなったりしない、貴方の傍にいる―――そう言いたい、だけど絶対はあり得ない。
ただの気休めだ、慰めにしかならない。
だから、少しでも触れ合って居たくて―――自分の肩を抱く彼に、身を預けるばかりだった。
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