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野獣

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10部分:第十章


第十章

「そこまでの大きさですとちょっとやそっとでは倒せませんよ」
「拳銃じゃ駄目ですか?」
「お話にもなりません」
 彼は即答した。
「熊にも銃は他の動物に比べ効果は少ないようですね」
「ええ、その毛のせいもありますが大きいですからね」
 熊については僕の方が詳しかった。
「ライオンでも拳銃ではそうそう簡単には倒せませんよ。むしろ自殺行為です」
「そうなのですか」
「素早いですからね。やはり遠くからライフルで狙うなりしないと」
 それはテレビ等でよく見る。実際にライオンや豹を狩るのはかなり危険な仕事だという。
「近距離ですと散弾銃位持っていないと」
「またえらく物騒なものですね」
「私も一つしか持っていませんよ」
 ガイドが言った。どうも彼は色々と持っているようだ。
「まあ拳銃は持っているだけでかなり違いますけれどね。ただし念の為にもっと強力なものを持っておくにこしたことはありません」
「わかりました」
「あとは・・・・・・」
 彼はここで顎に手を当てて考え込んだ。
「ムングワが何匹いるかですね。今のところ一匹だけのようですが」
「何匹いると思われますか!?」
 僕は館員に問うた。
「私は一匹だけだと思います」
 彼は答えた。
「被害者の傷跡は全て同じものなのです。そして同時に事件が起こったことはありません」
「成程」
 僕達はそれを聞いて頷いた。
「ですが一匹だけでもかなり危険であることは変わりませんが」
「それはわかっています」
「そして夜行性のようですね」
 ネコ科は本来夜行性のものが多い。
「いつも夜に出没していますね。事件が起きるのも夜です」
「そういえばそうですね」
「これでかなりのことがわかってきましたよ」
 館員はそう言うと微笑んだ。
「ムングワは一匹だけ、そして夜にしか出ない。そうとわかれば対処法もかなり限られます」
「ですね。要するに夜にだけ注意していればいいと」
 ガイドはそれを聞いて言った。
「簡単に言えばそうです」
 彼は答えた。
「では夜に罠をはると」
「ええ。警察にはそう進言しましょう」
「それはいいですね」
「多分貴方達も協力することになりますよ」
「どうしてですか!?」
「発見者ですし実際に戦っていますからね。貴重な存在なのですよ」
 正直嬉しくはなかった。またムングワと出会うのは勘弁願いたいことだった。
「多分貴方達に拒否権はないかと」
「・・・・・・でしょうね」
 相手が警察だと諦めるしかない。断ってもいいことはない。僕達は仕方なくそれを了承することにした。
「運が悪いな」
「何かえらく不満みたいですね」
「うん、あまり警察というのは好きじゃないんです」
「それは私もですよ。いつも威張り腐っていますから」
「僕が嫌いなのはそういう理由じゃないんですよね」
 僕はいささか顔を歪めて言った。
「じゃあどうしてですか?」
「いや、親戚に警官がいるんですけれどね。これがまたえらく真面目な人物でして」
「いいじゃないですか、警官は真面目なのに限ります」
「あまり度が過ぎると。正直あまりにも口うるさくて困っているのです」
 何しろ常にガミガミ怒っているのである。朝早くから素振りをするのはいいがそれを家族にも強制する。僕も彼の家にいる時には必ずやらされる。僕はあまり剣道は好きではなくどちらかというとテニスやバスケが好きなのだが。
「それはまた」
「そんな人がいたら迷惑でしょう?酒も煙草も女も駄目だというのですから」
「・・・・・・一体その人は何が面白くて生きているのですか?」
 ガイドは不思議そうな顔をして僕に尋ねてきた。
「何でも正義を守ることだとか。一歩間違えなくても正義の味方です」
「そんな人が本当にいるんですね」
「身近に持つと大変ですけれどね」
 これは全くの本音である。本人に悪気は全くないのだから手の施しようがない。最悪である。
 何はともあれ捜査への協力だ。昼は事故現場の調査である。これはあまり問題がなかった。 問題なのは夜である。ムングワの捜索である。
「僕達のグループは四人ですか」
 僕とガイド、医者、そして引っ張って来られた博物館員である。
「こうして見るとチグハグなメンバーだなあ」
 どう考えても戦える顔触れではない。ガイドは銃は得意なようであるが勇敢ではない。僕にしろはっきり言って何の戦力にもなりはしない。しかも医者と博物館員である。囮かと思った。
「実は私は密猟者の取り締まりをやっていたのですが」
 館員がここで言った。
「え!?」
 これには僕もガイドも驚いた。
「あの、密猟者の取り締まりといいますと」
 日本にいるある作家もそれをやっていたという。かなりの体力及び格闘能力がないと務まるものではない。
「ですからある程度は戦えるつもりです」
「そうですか、それは有り難い」
 これは本心からそう思った。こうした人がいると心強い。
「お医者さんはどうなのですか?」
「私ですか?一応以前軍にいたことがありますが」
 これもよくあることだ。軍医出身である。
「では銃の使い方とかは」
「はい、心得ておりますよ。それに警察におりますし」
「では貴方も大丈夫ですね」
「少なくとも自分の身位は守りますので」
 では心配なのは僕だけとなるわけだ。とりあえず拳銃の扱い方は覚えたが。
「散弾銃お貸ししましょうか?」
 ガイドが僕に言ってきた。
「お願いします」
 僕はこの勧めを受け取った。正直自分の身だけは守りたかった。他の人に迷惑をかけるわけにはいかない。
 僕達は夜の街に出た。そしてムングワが今まで出た場所を回った。
「こうして見ると出没する場所がかなり不規則ですね」
 僕は地図を見て言った。
「普通は縄張りの範囲内で動くものなのに」
「この街全体が縄張りだとしたらどうでしょう」
 館員がそれを聞いて言った。
「そうすればムングワがこの街に不規則に出るのかわかりますよ」
「ですね」
 だとするとムングワの縄張りはかなり広いのだろうか。少なくともこの街全体を覆う程に。
 今のところ線は引けない。縄張りの中心すらわからないのだ。
「出て来る場所の地形も決まっていませんね」
 藪の中に出ると思えば市街地にも出る。役所のすぐ側に出たこともある。
「今やこの街はムングワの家のようなものなのでしょう」
 医者が言った。
「そして我々は奴の玩具なのです」
「殺される為の」
「・・・・・・はい」
 彼は僕の言葉に頷いた。
「忌々しいことですが今の状況はそうとしか言えません」
「ですね」
「そうした状況を打ち消す為にも我々は奴と奴を操る者を捕まえなければならないのです」
 僕達は彼のその言葉に頷いた。そして夜の街を進んでいった。
 もう夜の街を歩く者は誰もいない。警官達の捜査チームが歩き回っているだけである。
「そちらはどうか」
 医者はレシーバーで他のチームに声をかけた。
『異常なしです』
 レシーバーの向こうから声が聞こえてきた。
「そうか」
 医者はそうして他のチームに連絡をかけたが返事はどれも同じであった。
 
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