異界の王女と人狼の騎士
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第六十四話
まだ、終わらない……。
最初に浮かんだ言葉が、それだった。
殺されたのが学校の先生だったことが原因の一つかも知れない。しかし、その事実をもって説得されることよりも、唯一あの寄生根と戦ったからこそ感じられる、感じ取れてしまう例えようのない違和感。暗闇で何か得体の知れないモノを踏んだ奇妙なそして嫌な感覚。
それこそが事件の事を聞いた刹那に俺が感じたことだった。
【あれ】と戦った者のみが感じられる違和感とでもいうべきか。
死線をくぐり抜けた経験から導き出されてしまう結論。
―――それは、最悪の結論―――
多くの犠牲を払い、辛うじて退けたと思ったものがまだ、……ある。
その事実は俺の心に暗い闇を導き出す。
戦い、そして再び勝利することの困難性、……否、どうでもいい。問題なのは戦うたびに、どこかの誰かが、いや、親しい誰かが犠牲になるということなんだ。そして、その連鎖は無限に続くと言うこと。
俺が斃さない限りは。
学校関係者が犠牲者ということは、新たなる寄生根は、性懲りもなく、それともそれは必然か、やはり学校関係者に根を張ったという事になる。
そして、その結論。
再び相まみえる敵が、果たして俺にとってどのような存在なのだろうか? 誰なのだろう?
―――考えたくもない―――
王女は言った。寄生根に憑かれる存在は、寄生根に呼ばれるのだと。
負の想いへの、とてつもなく強い渇望の充足を望む人間しか呼ばれないのだと。根源の深き欲望を持つものにしかその声は聞こえないのだと。
それは悪党と呼ばれる者のみが該当するのか? ……人は普段の生活のみで判断できるものではないのだ。
日頃はおとなしかったり、社交的だったり、優しかったり、面白かったりする所謂「いい人」が果たして一人になったときもそういられると言い切れるのか? 仮面をかぶっているだけとは言えないのか? 笑顔の裏で唾を吐くような人間ではないといいきれるのか?
俺は、断言できない。
一般に言うところの、【いい人】が常に充足された生活を送っているとは言えない。
それが、社会の今の現状。
みんな心の奥底に不満を無理矢理押しやり、なんとか誤魔化して日々を生きているとは言えないか?
……そこに力が働いた時、誘惑という魅力的な甘い罠を仕掛けられたとしたら、どうなるのだろう? 確かに普段ならその罠に陥ることもは無いかも知れないだろう。だがしかし、人の精神状態は常に一定ではない。普段は穏やかでも、大きな波がたつ日もある……。
そんな落ち込んだ時に寄生根の誘いを受けたとき、人は抗うことが可能なのか?
俺の周りの人間だって犠牲にならないとは限らないんだ。
もしそうなった時、その現実に直面せざるをえなくなった時、俺はどうしたらいい?
これ以上、俺の周りの大切な人たちを失いたくない。
俺は寧々を失い、親友との信頼も失ってしまった。これ以上、まだ何かを奪われるのだろうか。
……そして誰かの命を消し去らなければならないのか?
いい加減うんざりする。
逃げ出したい。今すぐにこの現実から眼を逸らし、この街から逃げ出し、安全な場所で怯えることなく暮らしたい。
―――所詮、叶わぬこと……―――
わかっている、さ。
【本気でわかっているのか? 】
もちろん、わかっている。
【俺にそんな事は許されないはずだ】
平凡な生活が許されないことくらいわかっている。……わかっているだけで、どうしてそうなのかは知らない。でも、なぜだかそれが真実だとはわかる。頭ではわかっているつもりだ。
【そうなんだ。人並みの生活など許されるはずがない。人の道を外れた、外道の俺にそんなことは許されないのだから】
教えてくれ、俺は一体何をしたんだ?
【そんなことわかっているじゃないか。俺の夢、……所詮、はかない夢。人としての幸せなど俺に許されるはずもなかろう】
いつしか俺の思考に被さるように何かが語り出す。これは何? 何? 何?
またアレが来たというのか?
いや、そうじゃない。これは俺自身の思考。
知らないけれど懐かしい存在。
俺であって俺じゃないと思っている。なのに俺であることをどこかで認識している。
【ただ言えること、それは命に替えても護らなければならないものが俺にはあること。それだけが唯一の罪滅ぼし。自身が幸福になることは許されていない。望むことすらありえない。しかし……】
希望は、ある。
それは僅かな光でしかない。けれどその僅かな希望が俺を俺であらしめ、墜ちていくことを食い止めているものであることは、なんとなくわかった……。
俺が今できること。やらなければならないことはひとつ。
目を背けないこと。現実を直視し、例えそれが誰かの死に結びつくことであろうとも受け止めなければならないんだ。俺が逃げる事、それすなわち被害が拡大することなんだから。
できることをやる。それしかない。やらなければさらに誰かが犠牲になる。
仕方ないんだ。
誰かがやらなければならない状況。そして俺にその力が与えられている。
俺には奴を止める力があるんだから。
なんとしてもこれ以上の惨劇を止めなければならない……。
俺がやらなきゃ誰がやる。
そんな言葉が浮かんだ。
殺された寧々、そして彼女を失った家族や漆多、そして友人達の悲しみ。同じ悲しみをこれ以上広げちゃいけないんだ。
俺は様々な想いを受け止め、そして行かなければならない。
「ふふん。……やっとやる気をだしたか? ずっと黙り込んだままで、寝てるのかと思ったわ」
王女が腕組みをして俺を見下ろしている。
いつの間にか俺は床に座り込み俯いて何かを考えていたようだ。
「馬鹿は馬鹿なりにいろいろ考えているようだけれど、答えは出たかしら」
俺の心を見透かしたような顔で見下ろす王女。だがしかし、その笑顔は優しかった。
「うん。ごちゃごちゃ考えても仕方ないって思ったんだ。とにかくまだ敵がいるなら、それを斃す。それが俺の役目なんだってね」
「馬鹿だけにシンプルな答えだけど、悪くはないわね。……で、どうするの? 」
「とりあえず、街へ出る。現場も見たいし学校の状況も確認したいんだ」
「では、私も行くわ……でももう時間が時間だから、眠くて無理ね。行くなら今晩ね」
「了解したよ。姫の力を貸してくれ」
王女は頷いた。
とりあえず学校に行かなくちゃいけないし、今行ったところで証拠物件なんかとっくに警察が回収しているし、まだ事件が起こったばかりだから、野次馬も多いだろうな。
マスコミだってこんな事件に飛びつかない訳がない。周辺は人でいっぱいだろう。
探索なんてできるわけない。
慌てても仕方ない。
夜を待つしかないね。
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