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伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚

作者:OTZ
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第八話(上) 苦難と心と

―3月30日 午前8時頃 エンジュシティ カネの塔敷地内―

 エリカは、立ち去ろうとするレッドの背後より躊躇しながらもそっと己が身を委ねた。
 彼自身、最初は何が起こったか把握できずにいた。
 しかし、委ねられた瞬間より感じる彼女から発せられるかぐわしき香り、そして何より全てを受容するような服を通じての体の温かさから漸く彼は彼女より抱き寄せられた事を感じ取ったのである。
 レッドにとってこのような経験は初めてである。幼少のころ、母親に甘えていた覚えはあっても、妙齢の女子の肌をじっくりと感覚として味わった事は彼の記憶にはないからだ。
 レッド当人にとっては嬉しさと共に大きすぎる刺激となった。彼は彼女にそれを悟らせまいと

「どういうつもりだ」

 と、声だけは毅然そうに取り繕った。
 エリカは姿勢を維持したまま、感情のこもった声で話す。

「嫌です。それに、わたくしは無理などしておりませんわ」
「なんでだよ……。お前、マツバさんと話しているときの方が楽しそうだったじゃねえか!」

 彼女はその言葉に対し、ハッとしたかのような表情になる。

「マツバさんに対して少々好意的に接しすぎたのは、貴方にとって不快に映ったかもしれません。しかし、私は特にマツバさんに好意や特別な感情など抱いては……」
「分かってる。だけどな仮にも夫である俺の前であんなにイチャついてた……。不安になるんだよ。もし……もしもマツバさんが本気でエリカの事狙いにきたらと思うと……」

 レッドはそれが”もし”でなくなる可能性があることを知っていた。その為か、いささか声が震えている。その言葉を聞いたエリカはキッとレッドの首あたりを見つめ、少しだけ抱き締めを強くする。

「なにを仰せになるのですか……。私はそんな安い女ではありませんわ!」
「それも分かっている。だけど、いざマツバさんから告白されたら、お前はその場では断りきるかもしれないが……自然と意識して俺と比べるようになるんじゃねえかって」
「決して左様な事は致しませんわ! 貴方は貴方。マツバさんにはマツバさんの良さがあります。それをいちいち比べるなどというのは無意味ですし、それに……」

 彼女はそこまで言うと口籠る。恥じているのだろうか背中のあたりがにわかに暖かくなるのをレッドは感じていた。

「それに……なんだ」

彼女はレッドの問いかけにしばし間を置いた後、返答する。

「私は、そのマツバさんの良さよりも貴方に……その、惹かれたからこうして職を休んでまで貴方の旅路を共にしているのです。どうかそれを分かって……」
「それはお前、俺と旅をはじめた時点ではマツバさんの事大して知らなかったからだろ。わざわざ連絡先交換したのが何よりのあか……」

 レッドが話している最中にエリカは口をはさんだ。抱擁はやめて、レッドの目をしっかりと見つめて言う。

「マツバさんは女性に対して晩生(おくて)の傾向がありますから、話す機会がなかったというだけのことですわ。連絡先を交換したのもただ単に学識を共有したいという目的のみです。疚しいことなど微塵も考えておりませんわ」

 エリカはそう毅然と返す。

「本当か?」

 レッドは半信半疑な心持ちで彼女に尋ねる。エリカは誤解が溶け始めている事に安堵しはじめたのか先程よりは温和な口調で

「ええ、本当ですわ」

 と、微笑みながら返した。
 レッドは少々黙した後

「じゃあ一つ聞いてもいいか...なんでお前急に俺に抱きついたんだ」

 レッドにとってはそれが一番腑に落ちない点であった。接吻ですら強く拒んだ彼女が別れを切り出した途端に我が身を委ねるというのは彼自身の本能を擽り、本心を吐露するのをごまかそうとするエリカの算段なのではないかと疑っているのだ。

「それは、その……」

 彼女にとってはなかなか答えにくい質問なのだろう。頬は紅潮し、顔の位置は変わらねど目線はレッドではなく塔の石畳に向けられている。
 一分ほど経ったであろうか、彼女は口を開いた。

「貴方から離れたくなかったからです」

 レッドは月並みな返答だと思うと、無言で身を翻しアサギ側へのゲートの方に向かおうとする。
 すると、エリカは意を決したかのように声を上げて言う。

「そうでもしなければ、貴方を引き止められるとは思えなかったんです!」

 レッドはその言を聞くとゲートに向かっていた足を止める。そして、エリカの方に顔だけ向き直る。
彼女の目には恥じらいのせいかそこまでしないとレッドを止められない自分への情けなさか、涙が溜まっていた。

「その……貴方は思春期……ですものね。その齢の殿方は異性に対する興味が非常に高いと聞きますし、実際に貴方の行動を見るにそれを表す行為は見られました。ですから、貴方が欲していると思われるですね……その……」

 レッドはそこまでエリカの言葉を聞くと手で制した。

「分かった。もういい。お前の気持ちは十二分に伝わった」

 と言って、エリカの少し前に立つ。

「あ……貴方?」
「ちょっと意地を張りすぎたな。お前に言い負かされっぱなしの気がしてさ。言われっぱなしなのも悔しいから、ちょっと試してみただけだ」

 そんなレッドの言葉に対しエリカは驚いた表情を見せ

「あぁ。左様な事でございましたか……。安心致しましたわ。貴方がそんなつまらない事で責め立てをなさるような人でなくて」
「おう。だが、最後、お前が口ごもった言葉……。忘れるなよ。じゃあ、アサギに行くか」

 エリカはほんのりと頬を赤くしながら

「は……はい。貴方!」

と続き、二人はカネの塔、そしてエンジュシティを去った。

―3月30日 午後8時30分頃 38番道路―

 二人は道中でキャンプを貼り、野宿をしていた。旅を初めて数ヶ月が経過し、初めはアウトドアの実践経験が乏しく設営等に戸惑っていたエリカも手際よく行えるようになっていた。
 二人は手持ちと共に夕食を食べ終わり一通りの世話を終えたあと眠りにつく。
 世話といっても野宿の際は一定の区間を決めて放し飼い状態にして手持ち同士との交流を深めているだけである。(たまに野生のポケモンとも仲良くなる)
 レッドはピカチュウやラッタ、カメックスなどなどとサッカーをして遊んでいた。一方でエリカは読みためていた本を読んでいる。基本的にエリカの手持ちは躾が行き届いているのか大人しい為あまり本人が手を煩わせることは無い。勿論エリカの手持ちも放し飼い状態で遊んでいる。
 その為基本的に手持ちが構ってきた時以外は手持ちたちを横目にしつつ、読書灯持参のうえで本を読んでいる。この日も例外なくそうだった。
 エリカが静かに本を読んでいるとのしのしと足音がする。リザードンだ。
 リザードンは先ほどまでピジョット、ゴルバッド(ゲスト)とどっちが早く遠くに飛べるか競争していたが疲れて休憩がてらレッドとエリカのいるシートまで戻ってきた。

「あら、リザードンですか」

 エリカは大きな影に気づくと本を持ったまま目線を上げて挨拶した。

「やあやあ姉さん。ちょっと疲れた茶をくれないか」

 リザードンはそうエリカにねだる。リザードンとエリカはアクア号に乗る前、タマムシからクチバへ飛ぶまでの間から知り始めそれなりに関係は良好である。
 リザードンの方もエリカの使用タイプからすれば天敵であるはずなのに存外柔らかく接してくれるので好意的な印象を持っていた。
 そうでなくてもエリカはレッドの手持ちであろうと自分のであろうと分け隔てなく優しく接し、エリカさんと呼ばれる以外にも姐(姉)さんなどと慕われている。

「はい分かりました。少々お待ちを」

 そう言って彼女は本を置いて、お茶汲みセットがあるテント内へと移る。
 リザードンは暫く遊んでいるフィールドにたそがれた後、なんとなくエリカの置いて行った『菊と刀』と題のつけられた本に興味を示す。
 相当読み古しているのかページは手垢で汚れてしまっているが、どことなく小奇麗で大切に保管しているのは見て取れる。気になったのでリザードンは本に触れようとする。

「リザードン! それはダメですっ」

 いつの間に戻ってきていたエリカは煎れたお茶のあるお盆を脇に置いて、即座に本を取り返した。

「な、何をするんだい」
「これは本ですよ。食べ物じゃありません!」

 彼女は目をいからせ強めの口調で注意した。
 リザードンはジェスチャーで違うことを訴える。

「あら……? 私の早とちりだったのかしら……。ごめんなさい。どうもレッドさんの持たれているポケモンって食欲旺盛な方が多くてつい勘違いを」

 エリカは深々と頭を下げる。その後、お茶を出した。
 リザードンはお茶を啜りながら

「カビ坊もいるし分からないでもないが……。あぁおいし」
「ふぅ……。それにしてもどうして本を触ろうとしたのです?」
「いやそりゃどんなことが書いてあるのか気になったからだが……」

 リザードンの返答にエリカは目を丸くする。

「えぇ!? この本はカール・ベネディクトという方が第二次世界大戦後、日本を調査する為に……(5分後)……という岡目八目という言葉がぴったり似合う内容の本なのですが」
「うーむ……よく分からんが難しい本という事か」
「えぇ。それにしてもレッドさんの手持ちからこのような本に興味をもつポケモンが現れるとは……。リザードン。もしかして読書……というか勉強は好きな方でしたか?」

 エリカの質問に対し、リザードンは快活に

「研究所にいた頃オーキドの爺さんから少しだけ勉強を教えて貰ってたんだが、その時は楽しかった。ゼニガメは聞いてるふりして爺さんのふざけた似顔絵とか描いて落書きばっかしてたし、フシギダネに至ってはずっと寝てたけどな。「ヒトカゲは偉いのー」と何度か褒めてくれたっけか」
「左様ですか……。これは何か可能性がありそうですわね」

 その後、リザードンは何冊かエリカが持参していた本から比較的簡単なものを読み、分からない語句があったらそのたびに彼女に尋ねて教えて貰った。
 いつしか彼はエリカの事を『先生』と呼ぶようになり、レッドの手持ちの中では一番懐くポケモンとなっていき。同時に一番賢いポケモンとなった。

―午後10時30分 38番道路―

 さて、18時から22時まで手持ちを遊ばせた後、ボールに戻して、例によってレッドが先に寝ている。
 エリカは、レッドが寝静まったのを見計らってその場を少し離れる。適当な岩の上に腰掛けてポケギアで親友のナツメに電話をかけた。二人は定期的に連絡を取り合っている。

「もしもし、ナツメさん?」
「エリカね。今日もお疲れ様。今どこにいるの?」

他愛もない世間話のあと、エリカは本題を切り出す。

「私は、本当にあの人とやっていけるのでしょうか……」
「あの人って……まあ、レッド以外考えられないわね。どうしたの急に」

エリカは今日レッドに言われたことを話した。

「それって。もしかしてレッドの方にはバレちゃってるんじゃないの? あんたの好意が全部偽のものだってこと……」
「全部というと語弊がありますわね。私自身レッドさんに感じいっている部分はあるにはありますし、偽というのも疑義が残ります。少しだけ色をつけてものを申してるだけですわ」

 エリカはあくまでレッドが自らの伴侶にふさわしいか否かを見極めるために旅に同行しているに過ぎない。その為、レッドに対しては見かけほどの好意を抱いているわけではなく全てレッドに気を持たせて飽きられないようにするエリカの撒き餌に過ぎないのだ。
 ナツメはそんな彼女の返答にため息をつきながら返す。

「ほんと、口が減らない子ね……。それはともかく、あんたはどう思ってるのよ」
「私の心を試したというのがレッドさんの言い分です。しかし、それにしても別れ話で私の心を図るなどいささか度か過ぎてるとは思いませんか?」

 エリカは片方の手で髪をいじりながらレッドの前では言い出せなかった本音を吐露する。

「そうね。それは私も同感だわ」
「あと、気になるのはレッドさんのマツバさんに対する感情です。もし本当に嫉妬の念を抱いておられるのだとすれば、レッドさんには申し訳ないのこですがそれは逆転することが不可能なだけに非常に見苦しいです。もし目に余るほどそれが見られるならお付き合いも考え直す必要があるかもしれませんわね」
「ふーん。それはどういう側面でよ?」

 ナツメはなんとなくエリカに尋ねる。
 
「勉学の面でしょうか。前にナツメさんも言及されておられましたが、レッドさんは学のあるかたではありません。その状態からマツバさんに勝つというのはまず不可能ですし」
「そ。で、実際エリカはマツバさんの事どう思ってるのよ」
「噂に違わず頭は宜しいですし、お話しててとてもインテリジェンスを感じる方です。しかし、やはりどうも趣味が私には理解できかねるので学問の交流以外では好んで関わりたくはないですね……」

 と、エリカは遠くを見つめる視線で言う。

「そう。超能力を持つ立場からすれば彼は非常に興味のある人なんだけど……まあいいわ。で、あんたはこれからどうしたいの?」
「レッドさんに幻滅したというわけではない故、旅はもうしばらく続けるつもりですわ」
「ふーん。あんたの話を聞くに、レッドにはどうも被害妄想が強いケが見られるからせいぜい気を付ける事ね」

 その後、エリカとナツメは他愛もない話をして通話を切った。

「私は……。正しいのでしょうか……お祖母様……」

 エリカは一人呟いた後、しばらく黄昏て、テントに戻る。

―3月31日 午前9時 38番道路―

 エリカと共に道を歩いていると突如レッドのポケギアが鳴り響いた。
 レッドはエリカに断って離れ、ポケギアをとり、相手を見る。画面にはグリーンと表示されていた。

「何の用だよ」
「ようレッド。調子はどうだ?」

 グリーンは快活な声でレッドに聞く。
 グリーンとレッドもナツメとエリカほどではないが連絡を取り合っていた。

「どうにかな。お前の言ったとおりにやったら身持ちの堅いあいつが少しだけ崩れたよ。抱き着いてきてくれた」

 グリーンは少々黙した後、元の声で言う。

「ハハ。だろ? 伊達にお前より女見てねーっての。いいか。ああいう堅い女はなぁ、多少手荒な真似をしてでもこっちからいかないと、いつまでたってもモノにすることは出来ない。なんたって自分の貞操や躰を大事に考えるんだ、自分からはそう易々と渡す訳ねえ」

 グリーンは立て板に水の調子で話す。

「ああ。そうだな。でも、まだ俺は自発的にあいつの体に触れることを許されたとかそういうわけじゃない。この調子だとエリカとそれなりにスキンシップを取るのですら時間がかかるなぁ」
「やればいいじゃねえか」

 その言葉を聞くと、レッドはわが耳を疑った。

「え? 何言ってんだ! エリカとはまだ手をつないですらいないんだぞ」
「お前は何を聞いてたんだよ! 手荒な真似をしてでも事を進めないと、ああいう女はモノに出来ないって言っただろうが」
「いや……しかしなぁ」
「そうやって言い訳ばっかりしてたら、いくら恋仲とはいえ、何もできないまま終わる可能性もあるんだぞ! お前はそれでいいのか?」

 グリーンは半ば脅しのような口調でレッドに畳み掛ける。

「グッ……」

 レッドはそうなることを何よりも危惧していた。
 彼自身の心中としては確かにエリカの体を欲していないといえば嘘になる。
 だが、彼女が嫌がっているのにも関わらず無理に事を進めていいのかという自制心も少なからず働いている。レッドはまず恋人らしいことを当たり前のように行える信頼、愛情の関係を構築することを第一に望んでいるのだ。
 そのため、それ以上の行為をするように勧めるグリーンの提言はあまりにも飛躍しすぎている。だが、このままエリカの体に指一本触れられないまま終えてしまうのもレッドの望む方向ではない。
 レッドは本能と理性の狭間で懊悩する。

「レッドよお。お前はもう進むしかねーんだ。果実を得たいなら、お前は一か八かの賭けをするしかない! いいか、お前が俺の言ったことに従ってエリカさんに抱き着かせようと別れ話を切り出した時点で賽は投げられてんだ。いい加減覚悟を決めたらどうだ?」

 グリーンは強い口調でレッドに実行を迫る。レッドは少しばかり沈黙した後、

「考えてみる。だけどさ……まさかお前の言うやるって……」
「フッ。そこは自分で考えろよな。おっと、もう彼女に会う時間だ。じゃあなレッド」

 と言って、グリーンは通話を切った。
 ポケギアをしまうとレッドは暫くその場に立ち尽くして考え込む。
 グリーンの言うとおり、エリカは自分から躰を許すことはまずしないだろう。しかし、彼女が普通の女性よりもかなり強く貞操を意識していることは明らか。そんな女性に実力行使をすることが果たして良策といえるのか。
 レッドはとにかくどうするのが良いのか考えつくす。

「貴方?」

 レッド自らが思うよりも長く立っていたのだろうか、エリカが背後より呼びかける。

「ん? どうした」
「どうしたって、それはこちらがお訊きしたいですわ。そんなに思いつめたようなお顔をされて……。もしかして先ほどのお電話で何かあったのですか?」

 彼女はレッドの左に回り込んで心配そうな顔を覗かせる。
 レッドはそんな彼女を愛おしいと思いつつ、口を開く。

「いや、なんでもない。行こう」
「貴方がそう仰るのであれば、それで宜しいのですが……」

 彼女は釈然としなさそうな表情をしつつ、レッドの後を追う。
 その後、三日かけて38番、39番道路を進んでいく。

―4月3日 午後5時 39番道路―

 アサギシティまで残り1㎞といったところで二人は大きな音を耳にする。
 その後、光がおこり、やがておさまっていった。
 不思議に思った二人は音がした森の中に入っていく。

「上出来だの。ミカンよ。今日はここまでとしよう」

 二人にとって聞き覚えのある声がする。
 そして、更に前へと進む。すると、バトルフィールドに出た。

「今日もありがとうございました。ヤナギ先生!」

 と、若い女の声がする。
 声の主はミカンであった。ミカンは深々とヤナギにお辞儀をする。
 どうやらヤナギがミカンにポケモンの師事をしているそうだ。ヤナギはホホと笑いながら

「なに、同業の好で当然のことをしておるまでよ。それはそうと、そろそろアサギに二人が来るころだの」
「はい。ヤナギさんとの仕合や普段の修業で得た成果を存分に発揮させたいと考えています」

 ミカンは顔を引き締め、強い意志を宿した眼で言う。

「うむ。しっかりやるのだぞ。相手が相手だから君にとっては大いに苦戦を強いられるやもしれぬがの」
「な、何を言うんです! 悠々と勝ってみせます。先生が勝てるのにあたしが負けたら弟子の名折れではないですか。この守りは如何にせめようと跳ね返しますから!」

 ミカンは少したじろぎながらも、しっかりと返答してみせた。

「うむ、その意気よ。君の鍛えに鍛えた相棒で全力でぶつかるとよい。だが、無理はせぬように。鋼も、氷と同じく限度がある故の……」

 そういうとヤナギは東の方角に消えて行った。
 ミカンはヤナギがいなくなるまで深々と頭を下げ続けた。
 頃合いを見計らって、二人はミカンに話しかける。
 ミカンは驚いたがすぐに身を正し、

「ああ。お二人ですか……。遂に戻って来たんですね」
「ええ、ミカンさん。ヤナギさんにポケモンの指導を受けていたんですね……」

 親交のあるエリカでも知らなかったことのようである。

「はい。ジムリーダーになる前からお世話になっている方です」
「どうしてです? 鋼タイプは氷に強いはずでは」 
 
 レッドはミカンに疑問を投げかける。

「いえ。あの、ヤナギさんは往年のポケモントレーナーでもありますから色々なタイプの強いポケモンを持っておられます。あたしが修業する時には主に苦手タイプのギャロップだとかドサイドンなどを使っていただいています」
「なるほど……」

 レッドは納得した。

「さて、あたしは灯台であかりちゃんの世話をしなくてはいけないので失礼します。アサギでお二人の挑戦。待ってますから」

 そう言ってミカンも立ち去っていった。
 バトルフィールドには二人が残される。

「いよいよアサギか……」
「気を引き締めないといけませんね。ヤナギさんには及ばないかもしれませんがいずれも強者であることにはかわりありませんから」
「うん。そうだな。よし、いくか。あの段差を越えればアサギだっ!」

 こうして、二人はアサギシティへ向かうのだった。
 

―4月3日 午後7時 アサギシティ―

 夜のアサギは、この前来た朝のアサギとは違う顔を見せた。
 灯台が遠くの海を照らし、船乗り達は早くも酔っているのか舟歌を上機嫌に歌いながら二人の前を通り過ぎたり、店の光は煌々とつき、路地を反射させ、街灯が不要なくらいであったりととても賑わっている。
 港町のアサギは、2人がつい10日前まで来ていた上品で閑静なエンジュとはまた対照的な特徴がある。

「なんか久々だけど初めて来た感じもする」

 レッドはそんなアサギを見て、こう感想を言った。

「あの時は港周辺にしかいませんでしたものね……こうして入口から入り、時間帯も違えば確かに新鮮です。港町アサギここにあり。といったところですわね」

 エリカが総括した所で、レッドは本題に戻した。

「そうだな。で、まずはジムだけど……今日は寝よう。もう夜だ」

―午後8時 ポケモンセンター-

 こうして二人はポケモンセンターに宿泊した。
 それから、エリカが風呂に入った隙を伺いレッドはグリーンに電話をする。
 グリーンは面倒くさそうに7回コールの後出た。

「なんだよ」
「いやあのさ……お前の言うとおりエリカをに……しようと思う」
「ほぉう。それで?」

 グリーンは興味を持った風である。

「で、どういう風にやればいいと思う?」
「だからそれは自分で考えろっつたろが」

 しかし彼は具体的な計画にかかわる気はないようである。
 レッドは半ば必死な様子で言う。

「頼む! 俺さ、実はエリカ以外の異性と付き合ったことなくてそういうの全然分かんなくて」
「実はとか言わなくても知っとるわ!」
「茶化すなよ。それで、お前に相談もちかける前にも一回迫ったんだけど大きい声で拒まれちゃって……。お前何人もの女をベッドに連れ込んだんだろ? 教えてくれよ」
「なんだよその言い草……しゃーねーな。起きててダメだったら寝ている最中にいけばいいんじゃねえの?」

 グリーンの一言にレッドは瞳孔を収縮させる。

「それって……寝込みを襲えってことか?」
「だからそれはお前次第だっての」
「どういうことだよ」
「エリカさんに寝込みを襲われたと思われるか愛の証となる行動をしてくれたかと思われるかと言う事さ」
「俺のサジ加減って事か」
「そうそう。俺は三回くらいこの方法で成功してるんだ」
「ちょっと強引なくらいが好かれるということか……?」

 レッドは少しずつ真剣に検討し始めている。

「特にああいう女ならな。まー頑張れ」
「ありがとう。じゃあな」

 そう言ってレッドは通信を切った。

―4月4日 午前2時 同所―

 レッドは寝るふりをして床についていた。エリカは読書や日記などをした後、1時ころに二段ベッドの下のほうで静かに寝息をたてる。
 眠りについたと判断すると彼は静かに二段ベッドの階段を降り、彼女の寝顔を見る。月明かりに照らされた彼女の顔は儚げでとても美しかった。レッドは堪らずまず彼女の髪に触れた。
 石鹸のよい香りが彼の本能を刺激し、手を少しずつ下に移す。頬を撫で首筋をゆっくりと触る。絹のように滑らかな感触に加え暖かい体温は彼を更に興奮させた。
 
「エリカ……可愛いよ」

 そう彼女の瞼を見つつ、小さく呟いていると彼女は壁の方向に寝返りをうつ。
 レッドは彼女の体勢を仰向けに直す。
 彼は遂にエリカの胸部に注目する。レッドは思わず胸を(まさぐ)る為に手を置き、少しずつ手を動かす。下着以外の部分が思っていた以上に柔らかく、初めて味わう感触にレッドの息が乱れ始める。

「ん……」

 彼女の口から少しだけ色気のある声がする。今までに聞いたことがなく、普段の凛々しい声とは反対の艶っぽい声色であった。
 レッドはたまらなくなって、エリカの着ているパジャマのボタンを外し始める。意識的というより本能に支配された状態でレッドは外している。

「はぁ……はぁ……」

 彼は興奮のあまり吐息と共に声がわずかながらも漏れ始めている。
 ボタンを全て外し、下着の継ぎ目が見える。しかしそこで彼女の目が開いてしまった。
 彼女は目を開けると、声をあげる前に頬を真っ赤にした。

「え!? ……、あ、あの……」

 レッドは彼女が動いたのを見て、言葉を失う。

「ッ!!」

 彼女は上体を起こし、レッドの頬を平手打ちにした。

「な……何を考えているんですか!!」

 そして気色(けしき)ばんだ面持ちでレッドを叱り付ける。片手を毛布を掴み、素肌を隠す。

「ご……ごめん!」
「ね、寝込みを襲うだなんて! どうしてこのような事をなさるのです!?」
「襲うつもりなんかなかったんだ! 単に俺はエリカと愛の証になると思って」
「愛の証? 女性が無防備な時にむ……胸を触ることが貴方の申される愛なのですか?」

 彼女は冷ややかな視線をレッドに送る。

「あのさ……俺たちって仮とはいえ夫婦だろ?」

 レッドは冷たい視線に押し切られないようにするために少し語気を強めて言う。
 彼女は黙したままレッドを見る。

「だから……夫婦としてのスキンシップをとりたくて」
「ま……まだ旅をしてから二か月と経過していないのに急すぎます」

 彼女はレッドから目を床に視線を移していう。

「……、ごめん! エリカの気持ちを考えずにこんな……勝手なことして」

 レッドは起立して深々と頭を下げて陳謝した。

「あの……一つお聞きしても宜しいですか?」

 エリカはレッドに視線を戻し、真剣な様子で言う。

「な、何だよ」
「貴方はそれほど……その私の体に……興味がおありなのですか?」
「……ああ」

 最早寝こみを襲っているため誤魔化すだけ無駄だと悟ったレッドはそう言った。
 そして、そのまま逃げるように寝床に戻る。
 彼女は乱れた衣服を正し、体を落ち着かせるとしばらくその姿勢のまま考えこんでいた。

―同日 午前11時 アサギジム―

 一晩が過ぎた。
 レッドとエリカはいつもよりも遅い時間に起き、言葉少なげで気まずい雰囲気のままミカンのジムへ入る。
 ミカンは待ち構えていたかのように上座に佇んでいる。
 
「思ったよりも遅く来られましたね……。てっきり今日は来ないのかと思いました」

 彼女は少々意外な風の表情をして言う。

「えっとその準備をしていたらいつの間にこんな時間になってて」

 レッドは咄嗟にそう言った。実のところはレッドも大して寝ておらず寝坊しただけである。こういう時は普段エリカがフォローに入っていたが当の彼女はどこか上の空だ。

「そうなんですか。……、それはともかく。改めて自己紹介します。あたしはこの町のジムリーダーのミカン。使うタイプはシャキーン! と輝くは、鋼タイプです。ヤナギさんの弟子として貴方たちに負けるわけにはいきません。鋼鉄の守りをそう簡単には抜かせませんよ! 行って、エアームド、ハガネール!」

 こうして五つ目のバッジをめぐる戦いが始まった。レッドはラプラス。エリカはルンパッパを繰り出す。レッドはヤナギ戦の教訓からうかつにリザードン(炎ポケモン)を出すのは危険であると考えた。

「エアームド! まきびし」

 エアームドは高速でフィールドに向かい旋回しながら菱を撒く。

「ルンパッパ。雨乞いです」

 エリカはラプラスを援護する為かルンパッパに雨乞いを指示。
 ルンパッパは舞を踊ってフィールドに雨を降らす。

「よし、ラプラス! ハガネールにハイドロポンプだっ」

 しかし、ハガネールはすんでのところでラプラスの激流をよけた。当たれば一撃でやられたことは目に見えているだけにレッドは思わず小さく舌打ちをした。

「ハガネール! ステルスロック!」

 ハガネールは鋭利な岩石を口から射出してまきびしと丁度間になるように配置する。これでレッドはうかつにリザードンを出せなくなった。(ステルスロックで半分ほどダメージをくらってしまう為)彼は更にハガネールを仕留められなかったことを後悔した。
 
「エアームド。もう一度!」

 エアームドはまたも菱を撒く。両体ともに身動きが全く取れなくなりそうなほどに敷き詰められる。
 飛行ポケモンでない限り少なくとも四分の一のダメージはくらう羽目になる状況にレッドは焦りを見せ始める。

「ルンパッパ! ハガネールにハイドロポンプですっ!」

 ルンパッパはハガネールに激流をぶつけた。今度という今度は直撃したが特性が頑丈だったため体力を1残して満身創痍でありながらもたちつづける。
 レッドは好機とばかりにエアームドの体力を削ることも考えて波乗りを指示。
 波は高く上がり、敵方の2体に命中。ルンパッパも食らったが大したことは無い。ハガネールは轟音を立ててフィールドに伏せた。エアームドは6割ほど残して耐える。

「ハガネール。役目は果たしてくれたよ。ありがとう、ゆっくり休んで……。エアームドもよく頑張ったわ」

 ミカンは小さく呟きながらハガネールとエアームドを戻す。
 レッドはなんとなくではあるが勝負の行先に一抹の不安を感じていた。自分の手持ちが倒れたというのにミカンが余りにも冷静だからである。そんな彼女をみてレッドは得も言われぬざわめきを胸に覚えた。

「行って、ドータクン! ジバコイル!」

 次に出したポケモンはどっしりと構えた銅鐸のようなポケモンである。レッドもラジオで聞いたことはあったがやはりめずらしい形をしているとマジマジと見ていた。しかし、何よりも危惧すべきはジバコイルである。

「ドータクン。トリックルーム! ジバコイル。ラプラスに雷を!」

 なんということか。ドータクンの先制の爪が発動し、トリックルームによって素早さが逆転。その上、ジバコイルが早まった為即座にラプラスへ雷が下った。
 さすがのラプラスもあのコイルの最終進化系という強大な特攻の前には抗えず一撃で倒れた。

「ルンパッパ。ジバコイルにやどりぎの種」

 エリカはどうにかミカンにジバコイルをひっこめさせようとするためかやどりぎで暗に交代を迫る。しかしミカンは動こうとしない。
 ルンパッパはジバコイルの円盤に種をうえつけた。
 レッドは悩む。
 雨状態が続いている為炎ポケモンは出せない。だからといって水を出せばジバコイルの前に散るのみ。草やノーマルでは致命傷は与えられない。ピカチュウでは火力不足。そして何より、どれをだしてもまきびしや岩に突き刺さるのだ。
 レッドは苦渋の決断を迫られる。ミカンはレッドの動きを待つ。
 エリカにヒントを求めようとアイコンタクトを試みるが、彼女は顎に手を当て物思いに耽ってしまっている。気づきそうにない。

「行けっ……! カビゴン」

 数分の熟考の後出した結論がこれである。
 トリックルームの状況下ならカビゴンが先手を取れるだろうという目論見。
 何よりもカビゴンには一応ばかぢからを覚えさせているため鋼相手には善戦するだろうという事。
 しかし―――

「いたっ……今日の晩御飯は小龍包が……」

 問題は体力がきちんともつかどうかであった。

「カビゴン。はらだいこだ」

 レッドは威力を最大限にする為ポンポコと腹太鼓を指示する。カビゴンの体力はまきびし等の4分の1減少と合わせて8分の1ほどしか残っていない。だが、次のターンでねむらせて全快させたあとに一気に叩く。
 レッドはその作戦で行こうと考えた。

「ジバコイル! ルンパッパに雷です」

 ルンパッパに雷が下る。
 なみのりの巻き添えをくらっていた為存外大きく効いておりルンパッパはひっくり返って地に伏せた。
 エリカは無言でルンパッパを戻し

「おいでなさい。ダーテング」
 
 ダーテングを繰り出す。日本晴れを発動させようとしているようだ。体力の4分の1が撒き菱と岩にもっていかれた。

「ドータクン。カビゴンに催眠術」

 ドータクンはカビゴンに念波を送る。カビゴンは眠ってしまったが、すぐに持っていたラムの実を食べて状態を回復した。
 この瞬間。レッドの計算は完全に崩れる。
 つまり、体力の回復なしで木の実を使ってしまったという事だ。この事実にレッドは大きく動揺した。
 ミカンはこの瞬間、少しだけ頬を緩めた。まるですべて計算ずくであったことを示さんとばかりに。レッドの中ではどうしてカビゴンに止めをさそうとしなかったのかという疑念が渦巻いていた。
 そして一刻も早く火力で大きく勝るジバコイルを潰さんとばかりに

「カビゴン! ジバコイルにばかぢからだっ!」

 カビゴンは指示が下ると普段の穏やかさからは想像もできないほど猛烈な勢いでジバコイルに襲い掛かり最大限の力で木端微塵にした。しかし、ジバコイルは頑丈な為体力を1残してフラフラになりながら粘る。

「ドータクン。カビゴンにジャイロボール!」

 ドータクンはその身を高速に回転させてカビゴンの懐に突っ込んだ。さすがに一たまりもなくカビゴンは巨体を地に伏せる。
 これでレッドに出せるポケモンは残り一体となった。ヤナギ戦ほどではないものの不利な状況に追い詰められている。

「ダーテング。日本晴れです」

 そして、先ほどまで空を覆っていた雨雲が消え去り、天候は晴れとなった。
 しかし、トリックルームのターンはまだ2つ残っている。
 晴れとなった以上レッドの選択肢は炎ポケモンを出す以外になかった。

「行け。リザードン」

 レッドにとってジバコイルがいる中でのリザードンは大きな賭けである。
 しかし、彼はリザードンの火力を信じてこれを出すに至ったのだ。
 ミカンは目を見開かせてレッドを見た。

「……。ジバコイル! リザードンに雷」

 ジバコイルはリザードンに雷を下そうとした。
 しかし、あと30センチ手前で外し、リザードンは九死に一生を得る。

「ドータクン。重力!」

 空間が歪み、ポケモンたちは少し潰されたかのような格好になる。
 リザードンは地についてしまった。

「ダーテング。ジバコイルに辻斬りです」

 ジバコイルはダーテングの素早い切りつけに対応しきれず、ついに地につく。
 ラプラス、ルンパッパに致命傷を負わせたミカンの主力ともいうべきポケモンはその機能を停止させた。

「ジバコイル……有難う。本当によく頑張ったね。ドータクンも、もう休んでいいよ」

 そう呟きながらミカンはジバコイルとドータクンを戻す。

「行って、エンペルト! メタグロス!」

 トリックルームの効果が切れるのはこのターン。
 つまりリザードンに対してノーダメージで優位に立てるのはこのターンで最後である。
 レッドには明らかにこのターンで潰しにかかっていることが見えていた。

「エンペルト! リザードンにハイドロポンプ!」

 エンペルトの放った水流はリザードンに命中。
 しかし、晴れ状態であった為にそこまでの致命傷にはならなかった。
 これを見てミカンはしばし考えた後

「諸刃の剣ですが……仕方ないですね。メタグロス! 地震!」

 レッドはこの為であったかと頭を抱えた。
 いくら不一致技とはいえあのメタグロスである。倒れてもおかしくない。
 レッドは目を瞑ってしまう。
 地は大きく震える。
 10秒ほど経ったであろうか、目をおそるおそる開けてみる。
 すると、信じられないことにリザードンは満身創痍でありながらも体力を30ほど残して立っていたのだ。ミカンの方も予想外とばかりにリザードンを見ている。

「リ……リザードン」

 リザードンは呼びかけに対して右目だけレッドの方向にやり、にっと笑ってみせる。

「よし……。リザードン! 仕返しだ、メタグロスに大文字!」
「承知っ」

 メタグロスは威力700に迫る大技をその一身に受けることとなった。
 大文字は見事命中し、メタグロスは消し炭に化したかと思う。しかし、炎が明けてもメタグロスは四本足の姿勢を崩そうとはしなかった。
 
「嘘……だろ」

 レッドは目の前で起こっていることが信じられなかった。リザードンもまた目を白黒にしている。
 
「残念でしたね。鍛え抜かれた鋼は、このくらいでは熔けないのです」

 ミカンは屈託のない笑顔を見せながらレッドに言う。
 よく見るとメタグロスのクロスしている鋼の交点あたりでモグモグしているのが見えた。どうやら木の実の力だったが、メタグロス自身の堅さも大いに相関していることは分かっていた。
 レッドは拳を握りしめながらミカンの言葉を記憶に刻む。

「ダーテング。エンペルトにソーラービームです!」

 ダーテングの放った光線は確実にエンペルトを射抜き、地震で弱っていたのも相まってその身を遂に地に伏せた。

「なっ」
「先ほどから見事だとは思っておりましたが……。しかし、詰めが甘いですわ。いくらリザードンを弱らせる為とはいえ、自分のポケモンに不利な技で巻き添えを食らわすだなんて」
「だ……だから諸刃の剣と言ったんです」
「左様ですか……エアームドに交代するなりほかに手は打てたと思いますけれど」

 そうまで言われると功に焦った自分の浅はかさが見透かされているとでも思ったのかミカンは小さく労いの言葉をかけた後に、エンペルトを戻す。

「行って、ドータクン」

 トリックルームの効果が切れ、もう一度有利にもっていこうと考えたのかミカンはドータクンを選択する。
 しかしそうは問屋は卸さないとばかりに

「リザードン! ドータクンに大文字だっ!」

 リザードンはドータクンに灼熱の炎を放つ。最大限の威力といえるその技は見事に直撃し、さすがに一撃でやられただろうとレッドは思った。
 しかし、炎が晴れてみると一部変色こそおこしていたものの倒れてはいない。どうやらこのドータクンの特性は耐熱のようである。
 リザードンは一度ならず二度までも自らの最大火力の大文字で倒れなかった相手をみて目を疑っている

「だから言ったではないですか……。鍛え抜かれた鋼はそうやすやすと熔けたりはしないんです! メタグロス! 地震」
「ダーテング! メタグロスに辻斬り!」
 
 ダーテングが先制し、メタグロスを切りつける。さすがに大文字を食らった後では耐えきれず、メタグロスは四肢を崩して遂に沈黙した。
 あっという間に残り二体にまで二人は追い詰める。しかし――

「メタグロス。お疲れ様。あとでしっかり磨いてあげるからね……。行って、エアームド!」

 ミカンは表情一つ変えずに応戦し続ける。この豪胆さや力強さに段々とレッドはヤナギを彷彿とさせ始めている。
 そして何よりチョウジでの敗北をまた繰り返すのではないかという危惧が彼自身の脳裡に過っていた。

「ドータクン! リザードンに催眠術」

 メタグロスが倒れた今、トリックルームを行っても無駄だと思ったのかミカンはまずリザードンを黙らせる事を念頭に置いたようだ。
 しかし、催眠術はそう何回も通用するものではなく、リザードンには一向に効かなかった。

「リザードン! エアームドへ大文字っ!」

 エアームドさえ仕留められれば例えリザードンが倒れてもエリカがどうにか勝ってくれるかもしれない。レッドの中にはそんな楽観的な考えが芽生えつつあった。
 しかし、結果はレッドの期待を裏切るかのように、大文字はエアームドより左20センチの方向にそれてしまう。
 ミカンは勝機を掴んだと確信したかのような表情で

「エアームド! リザードンにブレイブバードっ!」

 その声を載せたか否か、エアームドは鋭い弾丸のようにリザードンの懐を狙い、突撃した。
 弾丸は確実にリザードンを射抜き、そして姿勢を崩したままリザードンは倒れ、起き上がる事は適わない。
 レッドは咄嗟にリザードンの頭と首を持ち上げる。すると、目を合わせてリザードンは呟く。

「済まないな……。力が……足りなかったばかりに」

 彼は数秒ほど黙した後

「いいよ。お前は十分に健闘した。寧ろこれは俺の戦略ミス。つまり俺の責任だ。お前や戦ってくれた皆には責任は無い」

 そう言って、レッドはリザードンを戻した。三体全滅。
 これによってレッドの敗北が確定した。
 エリカは夫の仇を取らんとばかりに奮戦したが、ドータクンは倒せてもやはり弱点であるエアームドを突破することは敵わずに敗北した。
 二連敗。まだ最初の地方であるというのにあまり宜しくない結果が続いてしまった。
 
「……」

 ミカンは勝ったというのにどこか浮かない顔をしている。

「どうされました?」

 エリカが尋ねると、ミカンは途端に

「いえ、その……。なんだかお二人に勝ったという実感が湧かないといいますか」
「どうして? ミカンさん確かに強かったですよ。ヤナギさんに鍛えてもらっただけあるというか」

 レッドはそうミカンを持ち上げる。

「そんな。あたしかなりギリギリでしたよ? あの大文字が当たっていれば決定打になる技が出せるポケモンがもういないので負けていた可能性はありましたし……」
「確かにそうかもしれませんが結果は結果です。それを言うならあのジバコイルの雷がリザードンに当たっていればそれこそこちらの負けが早まっていた。ですから、おあいこです」
「おあいこですか……。確かにそうかもしれませんね」

 そういうとミカンは納得したかのような顔をして話を終わらせた。

「ミカンさん。いつの間にか腕を上げられていて同じジムリーダーとして嬉しい限りですわ」
「いえいえ。エリカさんも草タイプだというのにここまで善戦するとは思いませんでした。きっとレッドさんみたいにフリーだったらそれこそチャンピオンを狙えるんじゃないかって思ったくらいですよ」
「まあ。お上手ですこと」

 レッド自身そう思うこともあった。彼女の頭脳は一介のジムリーダーで終わらせていいものなのかと。そして、エリカ自身にもどうしてだか分からないがだいぶ余裕が見えてきたことにレッドは安堵を覚えつつあった。
 エリカは社交辞令だとばかりに受け流すが、ミカンは真剣な表情で。

「いえ、これは冗談ではなく……」
「たとえそうであったとしても私はジムリーダーの座から上に行こうとは思いませんわー。チャンピオンや理事長なんて荷が重すぎますもの。私は一つのジムを切り盛りしていくくらいが性に合っていると思いますし」
「そ、そうですか。勿体無いな……。それはともかく、お二人はこれから?」

 ミカンが尋ねると、レッドが答える。

「とにかく修行と探検の為まだ冒険していない西の方へ向かおうかなと」
「そうですか……。あの、南西には渦潮で有名な水道があるんですけど、そこを抜けるとタンバシティという街に着いてシジマさんというとても元気なお方がリーダーを務めているジムがあります。ヤナギさんほどではないですがその方にも稽古をつけて頂いておりまして……是非立ち寄られては如何でしょう」
「立ち寄るも何も基からそのつもりですよ。ミカンさん、次に会うときは必ず勝ちますから!」

 そう言ってレッドは背をむけてジムを立ち去る。エリカもミカンに別れを告げた後レッドに続く。
 
 こうして、レッドとエリカの旅は更に苦難となっていくのであった。

―第八話(上) 苦難と心と 完―


 

 
 
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