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伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚

作者:OTZ
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第六話 二つの巨壁

―3月20日 午後1時 37番道路―

アカネが恋に破れ、自然公園の宿泊所で一泊した一行はエンジュシティに向かう為、37番道路を歩いていた。
アカネは、キキョウとエンジュの交差点となっている場所を通りかかると思い出したかのように、話し始める。

「昔な。ここらにおかしな木があってな。ゴールドちゅう少年が水をかけたんよ」
「ゴールドってあのセキエイのチャンピオンになられたお方ですか?」

 エリカが尋ねた。

「何や知っとるんか。ほんなら話は早いわ。そんで、それはウソッキーちゅうポケモンだったんやで!」
「へー、そんな事ってあるのですね……」

 と何とも良い雰囲気の会話をしている一方、その後ろには一人だけ違うオーラを放っている人物がいた。
 レッドは不機嫌だった。
 アカネからほぼ一方的に荷物持ちをさせられただけで無く、エリカには全く話しかけらない状況だ。
 そんな事もあってか、レッドはささやかな反抗の証でわざと遅めに歩いていた。

「なーレッド! もー少し早く動いてくれてもええんちゃうの?」

 それを察したのかアカネは柔らかめな語調でレッドを諭す。

「アカネさん。夫にきつすぎやしません事?」

 エリカが微笑を浮かべながらアカネに苦言を呈する。

「えーのえーの、人生の厳しさちゅうもんを若造に教え込むんやって!」

 アカネは得意そうに威張る。
 レッドは内心、振られたくらいで成長したつもりでいる鬱陶しい奴であると感じている。

「なーレッドー」

 アカネは身を揺らしながら急かす。
 揺れると、たわわな乳房が上下する。それに着目したレッドは不埒な事を再び考え出したが、振り切り

「だー、少し待てや!」

 と少々やけっぱち気味に答えた。

「!」

 アカネは素早く駆け寄って、レッドの頬を平手打ちした。
 さながらストライクのとんぼ返りといったところか。

「痛い!」
「コガネ弁使ってえーのはコガネ人だけやで! そのちっこい脳に叩き込んどき!」

 アカネは強めの口調でレッドを戒める。
 気の強い女性の前には何も反論できない自らの臆病さをレッドは自覚する。
 こうして、三人は道路を北上していく。

―その頃 エンジュ大 学長室―

 学長室は本来学長が座るべきイスに黒ずくめのスーツを着たサカキが鎮座。そして、そのすぐ横にオーキドが立っていた。
 学長は机の前でひざまずいている。

「ウツギが来たようだな」

 サカキが学長に尋ねる。

「ハハ! 合格させるようにと!」
「ツクシの件でか……あの男は純真にすぎて我々の計画は邪魔だ。あの豊富な知識が買えんのは惜しいとこじゃが……無論追い払ったの?」

 オーキドが学長に尋ねる。学長は何かを恐れてるかのをかき消すかのような大きな声で

「もちろんでございます!」

 と答える。サカキは硬い表情を崩さずに

「良くやった。お前たちにしては良い働きだ」

 と返す。

「ハッ!お褒めに預かり光栄至極に存じます」

 学長の声は褒められたことに対する喜びではなく、怯えているような感情が強い様子だ。

「天下のエンジュ大学も我々の前にこの様か」
「何、結局は我が身可愛さよ……。ここに呼んだのは他でもない、今日の計画の仔細じゃ」

 オーキドに続いてサカキが言う。

「ここの学生を洗脳し、ポケモンを回収する。中には現役でジムリーダーをやっている者も来る予定と聞く」
「それに使うのがこの機械、集団催眠機じゃ」

 オーキドはカバンより数台のプロジェクターを机の上に置いた。

「集団催眠機と申しますと? 一見、何の変哲も無い再生機に見受けられますが……」

 学長が恐れ入ったような声で尋ねる。

「うむ、この機械で今日オリエンテーションに来る生徒達に恒例どおりの紹介映像を見せる。じゃが1000分の一秒だけポケモンを回収するとの文言を表示するのだ。それを30分の映像の中で二十回ほどやるのだ。不定期にの」

 学長たち一同はこの言葉で感づいた模様である。俗に言うサブリミナル効果を悪用しているものだ。

「そして、映像が終わった後全員の生徒にポケモンを回収せよと同じことを言う。これが催眠の初号と解号になり、モンスターボールをおかせる。それで三時間後に催眠を解く。無論生徒達は気づかないまま帰り、それから二日後に完全に催眠を解かせるのじゃ」
「つまり、気付いた頃にはもう後の祭り。時間も経っているからよもや我々を疑うこともあるまいよ。ククククク……」

 サカキは悪意をこめた笑いを発した。
 その後、サカキは身を前に乗り出して眉を引き締めた顔の前に手を組む。

「これが全容だ。いいな?」

 そして、ドスの効いた声に戻し確認を促す。

「はっ!」

 学長、広報課長はやはり怯えているような声でほぼ同時に答えた。

「期待しておるぞ」

 そんなオーキドの励ましも二人の耳には決して快くは聞こえないだろう。表情の裏にはどこか憎悪めいたものが窺える。

「回収に成功したら俺はそのポケモンをつかい、下地作りを……」

 サカキが言い終わろうとすると、オーキドが遮り

「サカキ殿。すぐに手を出してはならぬ。ロケット団が従前よりやってきた方法では時間がかかりすぎるわい。我らの計画はタイトなのじゃ」
「われわれのやる事には口出しをしないという契約のはずだ。口を挟むことは……」

 サカキがそう言って一蹴しようとすると

「口出しをしておるのではない。提言じゃ。ワシに任せれば数日でロケット団に従順かつ強力な武器と化させることが出来ると言うておるのじゃ」
「無茶をいうな。調教に慣れた手練どもを集めても一週間は最低かかる。オーキド殿は机上の理には強かろうが実態はさほど知るまいよ。ここは我々に」
「何千体もいるであろうポケモンを調教するのに何年かかると思っておる。往時の頃ならばともかく、いまやサカキ殿一人しかいない。よしんば集まったところでそんな手勢でいったい何年かけるつもりかの?」

 その追及を受けるとサカキは押し黙る。今の己の非力ぶりをよく理解しているのだろう。

「だがこちらにはワシだけではない、研究員が100人ほど居る。1日で全ポケモンのデータベースを作らせることくらいは造作も無い。後は少々面倒じゃがワシの手で実行に移す。ワシの試算じゃとどう長く見積もっても6日程で終わるわい」
「フン、そこまで言うならやってみろ。ただ引き渡した後は」

 サカキはこれ以上の抵抗は身の破滅を招くと思ったのか、はたまた興味を持ったのか定かではないが、据わった目で言う。

「分かっておる。どんな事に使おうと口出しはせんよ」

 と言って不敵な笑みを浮かべた。

―そして、その後エンジュ大のオリエンテーションが14時から17時まで実施され参加生徒2500人から5315匹を回収した。これに関して二日後に大量にポケモンが居なくなったという事案が発生した。しかし警察は捜査しても手がかりがつかめずじまい。マスコミには厳重な報道規制が布かれた―

―3月20日 17時20分 エンジュシティ付近―

 さて、一行はそんなおぞましい事が起こっているとは露知らず。
 その日の夕方に入ると悠然として佇むスズの塔が見えた。
 古都、エンジュシティのおでましである。
 更に進むとやがて三人の目の前にはエンジュシティの入り口にある門に到着する。

「あら、これは羅城門ですわね。という事はこの先はエンジュシティ……、胸が高鳴りますわ!」

 エリカは入り口の門を見つけると、パッと両手を組んで喜びをあらわにする。

「やった……エンジュだ」

 レッドは荷物を持たされた上にストレスも響いたのか疲れた声で言う。

「エンジュだ。やない! もうおわってしもうたやんか! どうしてくれんの!?」

 アカネはレッドをけたたましい口調で責める。

「まあまあ大学によれば二回目もあるようですし……明日でしたか?」

 エリカはそう言ってアカネを宥める。

「まあ、せやけどな……はぁ、余計に金が飛ぶやんかぁ」

 アカネは意気消沈としている。コガネ人はやはり金の出入りに敏感なのだろうかとレッドは思う。

「まあまあ、とにかく先に行きましょう」
「そやね……」
「あー早く風呂入りたい」

 レッドは様々な要因で内心晴れ晴れとしていた。

―エンジュシティ 古の都。歌舞練場やスズの塔があり、
 キキョウとは対照的な雅を基調とするジョウト最大の文化都市にして、
 ジョウトの頂点であるエンジュ大学や附属中央図書館と学問都市でもある。
 焼けた塔の再建が進んでいる。
 建築協定で景観の保持の為一軒家、低層店舗しか建てられない。

―17時40分 エンジュシティ 羅城門前―

 エンジュシティは、夕方という時間帯もあってか一層風情のある形となっていた。
 道は綺麗に掃除されており、塵一つ落ちていない。

「まあ……」

 エリカは門をくぐりぬけるや否や、感嘆の声をあげる。

「貴方、見て下さいよ! このスリバチ山で切り出した石で作り、ヒワダの職人が作った石畳! ケヤキやカエデの街路樹も整然としていて落ち着きますわねー。あ! あれは……」

 と、彼女は堰を切ったかのように喋り始め、あちこちに足を運ばせている。
 普段の貞淑な雰囲気とは打って変わって、好物を得た子どもの如き印象を受ける。

「なあ、レッド」

 そんなエリカを見て、呆気に取られた様子のアカネはレッドに尋ねる。

「はい?」
「あの子、こないな風にはしゃぐ子やったっけ?」 
「和風な子ですからこういう所に来ると居ても立ってもいられなくなるんでしょう。キキョウの時点でこうなる気は薄々ながらもしてましたけどね……」

 と、口では冷めているが普段見ないエリカの様子に少し嬉しくなってる様子だ。

「そか……。はあ、来る場所でこんなにも人って変わるもんなんやね。全く好きこそ物の上手なれーとは言うけど、あの子はちと病的なとこあるかもしれへんな」

 アカネは力なく笑いながらそう言った。彼女もどこか諦めている様子である。
 その後、すぐに息を大きくついて続ける。

「それにしてもここに来んの受験以来やなー。相変わらず綺麗なところやね」

 アカネは澄んだ顔をしてそう言った。他意はない様子だ。

「エリカにとっては刺激が強すぎるでしょうけどね。ただ、気持ちはわからなくはないです」
「ホー。レッドにも分かるんか。たまげたなあ」

 アカネは陽気に笑いかけながら言う。

「なんですかその言い草……俺だって一応義務教育は」
「いやいや。小学校出れたくらいの子でも分かるくらいエンジュって凄いとこなんやなー思うただけやて。気ぃせんといてえな」

 彼女はじゃれてるかのような口調で言った。
 レッドがくすぶった顔をしていると

「あー、そうそうレッドしっとる?」

 アカネは思い出したかのような口調で言った。

「何をです?」
「エンジュというたら、リーダーのマツバやろ? これは絶対内緒やけど、あいつどうやら……」

 アカネはそう言うと、エリカに気取られないようにする為か指の第二関節を曲げて近づくように伝える。

―――――――

「え!? それって……」
「アホ! デカい声だすな。……、あくまで風の便りやけどな。マツバ以外のうちらジョウトジムリーダーの中ではもうジョーシキなりつつある話やで。気ぃつけときな。他はええとしてもあいつはうかうかしとると……」

 アカネが次の言葉を言おうとしたらエリカが戻ってきて

「ふう……だいたい近くのところは見ましたわ。あら、お二方どうされたのですか?」
「い。いや何でもあらへんで! な?」

 アカネはそそくさにアイコンタクトを取る。

「え、あ、うん。ただ世間話してただけだ」

 レッドはアカネの話に合わせた。

「左様ですか。はぁそれにしてもエンジュシティは相変わらず素晴らしい街ですわ。なんとも知的好奇心をくすぐられます」
「そりゃ良かった……。じゃあそろそろポケセン行こう」

 という訳で三人はポケモンセンターへと向かう。

 その後、三人はエンジュシティのポケモンセンターで一泊した。

―3月21日 午前8時 ポケセン前―

 アカネは大学に行く前に、2人に別れを告げる。

「ほな、うちエンジュ大に行くわ。エリカ、色々ありがとな、ウチ楽しかったし、ホンマ感謝しとるんよ!」
「私如きで一助になれたのなら本望です。大学、頑張ってくださいね!」
 
 エリカは屈託の無い笑顔で微笑んだ。

「あぁ、レッド! 次会うたら負けへんから覚悟しとき! 今度こそしばきまわし……あかん、時間あらへん! ほなまたな! エリカ! レッド!」
「また会う日まで、ごきげんよう」
「じゃあ……って、おい! 別れの言葉はそれかよ! ざけんなー……」

 レッドはアカネが飛び込んでこない距離になるのを確認してからそう叫んだ。
 こうしてアカネは去っていく。

「ハァ……やれやれ。エリカ! ジム探すぞ! まずはジム戦だ!」

 レッドはようやくじゃじゃ馬がいなくなった事に、安堵の表情を浮かべながらそう言った。

「ここのリーダーはマツバさんです。中々に素敵な殿方でしたけれど、少しオカルティックな部分も見受けられますわね」

 エリカがマツバに対しいい印象を持っていることに少々身震いを覚えながら、ジムに向かう。

―午前9時 エンジュジム前―

 さて、エンジュジムに着いたはいいが、あまり人の気配がしない。
 いくら朝方とはいえ、(まば)らにすぎる人通りに本当にジムなのか疑っていると、マツバ揮毫(きごう)の物と思われる張り紙があった。

―長く修業の旅に出ます。 探さないでください。 マツバ―

「なんじゃこりゃ!!」

 レッドは訳がわからなくなり、叫ぶ。

「なんとまあ取ってつけたような……。しかし困りましたわね。これだとバッジが……」

 エリカが息をつきながら言うと、後ろから声がした。

「リーダーはウチらどすえ!」

 見計らってきたかのように出てきたのは5人の和服を身にまとう煌びやかな格好をした女性である。

「何なんですか、あんた方は」

 レッドは不機嫌なせいもあり、少々ぶっきらぼうに言った。

「何だとはいけずな人どすなぁ。この姿見て見覚えありまへんかー?」

 まずはタマオが言った。

「色彩豊かで煌びやかな京友禅に、菜の花簪(はなかんざし)……。舞妓さんですわね」

 エリカは端的に言い当てる。

「ピンポーン! 正解どす。さすがエリカはんどすな、きちと教養が備わっとる。京友禅と加賀友禅の違いをハッキリ言い当てられる人はそうそうおらんどす」

 サツキは言うと、気持ちよさげに手に袖をやりながらホホホと笑う。

「それに比べてレッドはんは……。うちらの職すら知らへんとはいくらバトルが強うても、いつか恥をかきますえ」

 コモモがレッドをあざける。
 レッドはそれに対し冷や汗をかきながら意地を張った。

「し、知ってますよまいこぐらい」

 
「ほならお聞きしますえ。芸者と舞妓の違い。ざっくり言うとなんでしょかー?」

 サクラが問題を出した。
 答えを知るはずも無いレッドは窮する。

「皆さん出身はどちらですか?」

 エリカはさりげなく世間話をし始めた。レッドは人の気も知らず悠長な事しやがって等と思っていた。

「うちら皆、エンジュ生まれのエンジュ育ちどすえー。皆仲のええ姉妹どすー」

 タマオが上がり調子の声でそう言う。

「まあそうなんですか! 私、タマムシで芸者」

 エリカはわざとらしく素っ頓狂な声を出して続けようとしたが、

「エリカはん! それ以上は言ってはあきまへん!」

 サクラに何かを気づかれたのか、制止される。
 そこで彼はエリカの世間話にヒントを得る。そこで直感からなんとか答えにたどりつき、大きな声で言った。

「どこでやっているか!カントーでやっているのが芸者でジョウトがまいこ!」
「どこか浮ついた物言いどすな……。ただ、勘の良さは認めるどす」

 サツキは素直に認めた様子である。

「さて、無駄話はそれくらいにして、あんさんがた挑戦どすか?」

 タマオが話を戻す。

「そうですけど……。もしかして代行ですか?」

 レッドが尋ねた。

「そうどす。エンジュのしきたりでリーダーが居てない時は、資格を持つうちらが代行を務めることになっておす」

 サクラに続いてサツキが言う。

「うちらの場合はマツバはんが居なくなる前に本人直々に頼まれたんどす。昼と夜は(せわ)しないから朝限定でやっとります。で、バッジが欲しければうちら五人に勝っておくれやす。一人一人戦ってねえさんのタマオに勝ちなはったらこのファントムバッジを差し上げるどす」

 コモモが淡々とした調子でそう言う。

「五人全員がジムリーダーという認識で宜しいのですね?」

 エリカがサツキに尋ねる。

「事実上はウチがリーダーどすが……。それでも間違いではないどす。あと、途中の挑戦辞退は最初からやり直しになるどすえー」

 俗に言うリーグ方式である。

「よし!頑張るぞ!」
「私もです!」

―――――

 この後、二人は別々に戦い5人全員を倒した。

「二人とも流石でおわすなぁ。惚れ惚れしたさかい、ファントムバッジ、受け取るどす」

 タマオが二人分のファントムバッジを手渡す。

「有難うございます!」

 エリカがお辞儀をする。

「ここから先は東西に別れとりますー。東に行けばチョウジという街に着き、そこはヤナギというおじいさんがジムリーダーを務めとりますえ」

 タマオの隣に居たサクラがそう案内した。

「西に行けばアザキに戻りますー。そこにはミカンというまだ幼い子がジムリーダーをしとります。ほな、あんさんがたお気張りやすー」

 タマオ及び舞妓たちの励ましを聞いた後、二人はジムを出た。

―ジムの外―

「ふう……なかなか手強かったですわね」

 エリカが息をつきながら言う。

「仮にもブイズだしな……。五体連続はマジできつい。つかよく、ブースター突破できたな」

 レッドは素直に感心していた。

「ルンパッパが頑張ってくれたのが功を奏しましたわ……。さて、折角エンジュに来たのですし、少し観光でも致しません事?」

 エリカはそれとなく、目を輝かせながら提案した。

「お前知識自慢したいだ」

 勉学に関しては完全な門外漢であるレッドにとって薀蓄(うんちく)を語られるのは結構な苦痛な様子である。

「何か仰せになりました?」

 レッドは何か言い返そうとしたが、エリカの見せざる圧力で抵抗をあきらめた。

「じゃあどこ行くの? やけた塔?」

 レッドは既知の限りで観光名所を捻り出す。

「左様ですわね。まずはそこに致しましょう。まだ入れれば宜しいのですが……」

 という訳で2人は焼けた塔に向かった。

―焼けた塔―

 焼けた塔は少し再建が進んでおり、関係者以外の立ち入りは禁止されていた。

「あら、噂は聞いておりましたがダメでしたか……。豪壮華麗であったカネの塔の焼けた後の趣深き所……、もう一度見てみたかったですわ」

 エリカは肩を落とす。

「歴史でやった記憶あるなぁ……。つかなんで焼けたの?」

 レッドは尋ねる。

「一人の僧侶が、カネの塔に対する美に自らの病状や生い立ちを重ね、憧れと反感で放火したと三島由紀夫氏は言われてますが、実のところは分かっていないそうですわ。なにしろ、そのお坊さんは真相を聞きだす前にお亡くなりになられましたからね」

 エリカの説明にレッドは納得している。

「なるほどね。にしても見事に焼けてんな」
「はぁ……焼けていても中には貫と呼ばれる伝統工法などがあるというのに……。残念な限りです。しかし、これだけではありませんわ!、スズの塔に参りましょう。エンジュのジムバッジを持っているのである程度中には入れるはずです」

 そういう訳で2人はスズの塔へ向かった。

―スズねの小道― 

 入り口を通過し、紅葉……ではなく緑の木の葉が舞う小道に通りかかった。
 今日の風は少し強く、葉が一層舞っていた。

「うーん……、時期が悪かったですわね。秋ならばかなり美しいのですが……」

 エリカは大いに残念がった。

「いやー、これはこれで十分綺麗だと思うよ」
「貴方は秋のここに来た事が無いからそのような事がいえるのです」

 エリカは語気を強くして言う。

「あー……分かった分かった」

 エリカと論争しても勝てるはずがない為、レッドはすぐに引く。

「ところで貴方。スズの塔の本当の名前、ご存知でしょうか?」

 エリカはレッドに尋ねた。

「え?銀閣寺だろ?」

 レッドは自信満々に答える。

「よく知られている名ですわね。では、もう一つの名前は?」
「は? それはーあれだ……」

 レッドが苦心しているとどこからか声がする。

「慈照寺、もしくはスズの塔単体で表すなら、銀閣」
「せ、正解です!、どなたでしょう?」

 エリカは狼狽して、キョロキョロと周りを見る。
 その時、小道の脇の木から黄色の髪、紫のマフラー、暗色系の服に身をまとった青年がやって来た。
 目鼻立ちは整っており、その上どこか余裕をもった据わった目。身長はレッドと同じか少し大きいくらいだ。とにかく容姿端麗という言葉が似合う青年である。

「フフフ……、やはり、エンジュシティはこういう教養のある人にこそ来てもらいたいものだね。おっと、自己紹介が遅れた。僕の名前はマツバ。エンジュシティのジムリーダーだ」

 マツバと名乗ったその男は2人の真ん中付近にまで近づく。

「流石ですわ……、(もっと)も、貴方ほどの人ならば常識でしょうけど」

 エリカは感じ入ったような声で言う。彼女の発言にレッドは引っかかる。

「どういう事?」
「あら、ご存知ではないのですか? マツバさんはエンジュ大学首席ですわよ?」

 レッドは目がくらんだ。エンジュ大学は内国における主に文系分野の金字塔である。

「ハハ、エリカさんに比べれば大したことは無いよ。さて、それはそうとここにいるって事は、もう舞妓さん達とは戦ったという事だね?」

 マツバは心地良く流れるかのように喋喋(ちょうちょう)と話す。
 見た目の良さに加え、尋常ならざる頭脳。レッドからすればまさに天敵というべき人物である。

「ええ、そういう事です。どうしてマツバさんはわざわざジムをたたまれたのです?」
「僕はこれから、ある所に行くからさ……。組織を止めるためにね」

 マツバの発言にレッドは食いついた。

「それって一体どういう事です?」

 マツバは静かに話し始めた。

「ロケット団がまた性懲りも無く動こうとしている。でも普段だったら僕は見逃すよ……、僕にはあまり影響はないし、何より僕個人には関係ない。でも今回は勝手が違うんだ」
「え?」

 レッドが目を丸くする。

「僕の千里眼で見た限りだと、ロケット団はエンジュ大学を拠点として動こうとしている。しかしあのロケット団がどうしてエンジュ大なんかを拠点にするのか、不思議じゃないか?」
「確かにそうですわね。普通でしたら大きなビルがあるところなどに潜伏しそうなものですしね」

 エリカはマツバの疑問に同調する。

「だから、更に精査した。すると、あのオーキド博士の姿が浮かんだんだ」
「は……はい!?」

 エリカはかつての教授の名を聞き、思わず声をあげる。

「信じられないだろう……、だけどこれは事実なんだ。オーキド博士はエンジュ大とタマムシ大の教授……、どうしてタマムシを拠点に選ばなかったかまでは分からなかったけど、ともかくエンジュを舞台に選んだんだ」

 マツバは淡々と話す。

「ば……馬鹿げてる! 博士がロケット団と組むなんて……!」

 レッドは大いに憤慨する。恩師が悪の組織と手を組むことなどレッドには信じがたいことであったからだ。

「僕だって最初は受け入れ難かったさ。でもね、信じざるを得ないんだよ……、20日の件を見るとね」
「……、どういう事です?」

 エリカは更に尋ねる。

「昨日、エンジュ大学でオリエンテーションがあった。そこで集団催眠機とやらをつかって参加した生徒からおよそ5000匹を催眠でかっさらったのさ……!」
「証拠は……あるんですか?」

 レッドは怒りを殺しながら冷静にマツバに尋ねる。

「証拠……、残念ながら僕の頭の中にしか確たる証拠は無いね。ただ、この事について僕自身が精査した資料ならあるよ」
「そんなの証拠と言えるのですか! 所詮はマツバさんの千里眼。超常現象によって得れた物! そんなの……21世紀の世の中で通用するわけない!」

 レッドは声を荒げる。

「……、わけないね。ただ、直に僕の言った事が本当だって分かる日が来るさ。どうあれ、僕は、博士から5000匹以上のさらったポケモン達を取り戻す為にエンジュ大に行く。もしかしたら僕は死んでしまうかもしれない。だからジムを空けたのさ。……まあ舞妓さんにもこの件は言えなかったけど」

 マツバはそう締めくくる。

「本当に、行かれてしまうのですか」

 少々の間を空けた後、エリカは尋ねた。

「やはり君は冷静だね。そうだよ。例え君達が止めようと……僕は行くさ。でだ、君達に一つ言っておきたい事があるんだ」
「何ですか?」

 エリカはまたも尋ねる。

「もし僕に万一の事があれば……、代わりにオーキド博士を止めてくれ。ただ、それだけだ。じゃ、僕はこれで」

 そう言ってマツバは立ち去ろうとする。

「待て」

 レッドは敬語を捨ててマツバを呼び止める。
 マツバは黙ってレッドを見る。

「バカじゃないのか! いくら千里眼とはいっても本当にそれが起こってるかどうかはあんた以外の誰にも分からないし、証明しようも無い! そんなものに命を懸けるなんて……エンジュ大だかなんだか知らないけど、いくらあんたが頭良くても真性の馬鹿野郎だっ!」

 レッドの大喝にマツバは低く笑いながら答える。

「誰が信じてくれなくてもいいよ。僕が、僕自身で、この目で、貰い受けてからずっと付き合い続けたものが見た物を信じる。それで行動を起こすには十分だよ。馬鹿野郎ならそれでも結構。ただ、それが君自身に跳ね返らないことを祈るばかりだ」

 そう言うと、マツバは次こそ立ち去っていった。

「……、並々ならない覚悟が見えましたわ」

 エリカは静かにそう言う。

「全く本当に馬鹿馬鹿しい……!! どうして、どうしてオーキド博士が……!」

 レッドは地を何度も踏みつけながら怒りをぶつける。

「貴方が仰せのとおり事の真偽は分かりかねますわ。とにかく今は静かに見守りましょう」
 
 彼女はレッドの肩を叩きながら静かに宥める。

「それにしても……」

 レッドはエリカに注意を向ける。

「まさかマツバさんがあそこまで勇敢なお方だとは、思いもしませんでしたわ」

 レッドは彼女の何気ない一言に大きく心を抉られた。
 どんなに異常だと言っても、エリカの心には響かなかったということなのだ。
 それと同時にマツバに好印象を持ったということもレッドにとっては無視しがたい出来事である。

「そ……そうだな」

 レッドは自らの印象を下げまいと言いたい事を抑え付けてエリカに同調した。
 その後、スズの塔の一階部分を見学し、エンジュ観光を終える。


―午後5時 スズの塔 関所前―

 2人は次のジムをどちらにしようか迷っていた。

「どちらにしましょう?」
「うーむ、ヤナギってどんな人なの?」
「素敵なおじ様です。氷タイプの使い手という看板に従ってかクールな御仁ですよ。そして、ポケモンバトルはとても強く、一部では四天王並みという御声さえ聞こえます」

 レッドはエリカのその言葉に興味を持つ。

「フム、面白そうだ!チョウジへ行こう!」
「宜しいのですか?」
「そんなに強いというのなら戦うしかない!」

 それと共にレッドの心中には、強敵を打ち負かしてエリカに自らへの好感を上げようという目論見もある。

「貴方らしいてすわね。そこに私は……」

 エリカは何か言いたげである。

「え?」
「いいえ、何でもありません。そうしましょう!」

 しかし、この日はもう夕刻となっていた為、ポケモンセンターに宿泊した。

―午後11時 ポケモンセンター 211号室―

 いつも二人が寝るときは大体レッドのほうが先に寝ている。
 エリカについて少々懐疑的になりはじめていたレッドは彼女の真情を探りたいという一心で自らが寝ているとき彼女は何をしているのか。
 そこから少しでも彼女の感情を読み取れないかということを考えつきレッドは寝たふりをして様子を伺っていた。

 レッドは毛布に身をくるませ目を閉じたフリをし、彼女の視線とは正反対の方向で横になっていた。
 寝ると告げてから数分。夫が寝たと見たのか彼女は鏡台の明かりをつけた後に部屋の電気を消して鏡台に向かい、椅子に座った。
 その後は数十分ほど読書をしていたようで大した事となさそうだとうつらうつらとレッド自身も眠りにつこうとしていた。
 しかし、その後彼女は読んでいた何やらむつかしい本を閉じ、A4ほどの分厚い手帳らしきものを取り出しペンを執りはじめる。本を読んでいたときのようなゆったりとした感じとは違い、背を丸めかなり真剣な様子である。
 これこそに彼女の真情が書かれているのではないかと彼は勘付き、しばし逡巡(しゅんじゅん)したがそのうちどうにかして彼女にばれないように中身を見れないか思案した。
 しばらく考えた後図鑑のカメラを使うことを思いつく。
 図鑑のカメラには観察用にズーム機能が搭載されている。幸い手帳らしきものの一部が彼女の体より横に見えている。彼女は一心不乱に書いている様子でそうそう気づく事は無いだろう。立って離れた場所から見ることはそれほど難しい話ではない。
 思い立ったが吉日とばかりにおもむろにゆらりとレッドは立ち上がり、彼女の後ろで図鑑を構える。バネの音がしたが幸い彼女には気づかれていない様子だ。
 彼女をフォーカスに捕らえ、ズームボタンを押した……と思いきや。

「うわっ!」

 どうしたことというのだろう。彼女の背中。玉のような素肌と下着が透けて見えたのだ。あまりのことにレッドは仰天し、思わず声をあげ、図鑑をベッドに落とす。
 彼女もにわかに声がした為、彼を呼びかける声をあげたと共に後ろを振り向く。
 レッドはしまったと思ったがすぐに

「い、いやなんでもないよ。なんでも……」

 と、冷や汗をかきながら答える。

「どうしてお立ちになられているのですか?」

 彼女は純粋な疑問で尋ねている様子だ。よほど彼女も驚いたのだろうペンは持ったままだ。ペンというより近くで見ると万年筆である。
 なんと弁解しようか考えているとエリカのほうは開きっぱなしの図鑑が落ちている事に気づいたようで手に掛ける。
 レッドはすぐに気づく。彼女は今レッドの前にいる。彼女の背中が見えたということは、あの状態のままカメラをレッドの前に向けるという事はつまり―――
 そんな事態はすぐさま阻止せねばならないと思い立ち、ストライクもびっくりの速度で図鑑をひったくるように取り返す。
 幸い彼女の方は何も見えていなかったようで当を得ない表情をしている。

「あの……、一体全体何が起こっているのかさっぱりなのですが」
「い、いやーあのさ。ピカチュウって種類によっては頭頂部に一本だけ違う色の毛があると図鑑にあったから俺のもそうなのかなーなんて思ったから出して確かめようと思ったんだよー」

 明らかな棒読みの上、今考え付いた全くのでっち上げである。そしてそんな言い訳でタマムシ大学生物学部首席をごまかせるはずがなかった。

「何を仰せになられているのですか? ピカチュウは、特にトキワの森のような場所で捕まえられるものは交配できると思われる個体はおのずと限られます。あの森に特異種があったという報告は寡聞にして……」

 と生物学的見地から数分ほどそのようなことはあり得ないという事を話された。

「ハハハ……そうなんだ」

 エリカは非常に可愛らしいとは思ってはいるがこのように、殊に学問に対して理詰めなところはどうも慣れないなとレッドは思っている。

「そのような事実無根の謬説(びゅうせつ)がポケモン図鑑に載っているとは甚だ遺憾ですわ! 明日ポケモン研究会に抗議のお手紙でも出そうかしら……」

 エリカがあまりにも思いつめた表情だった為、レッドは本当にやりかねないと思い、

「わー! やめろやめろ! え、えーと……。これはあれだ。俺が小さい頃読んでいたポケモンの本に書いてあったことで……図鑑っていうのはただの思い違いなんだよ」

 と大慌てで訂正した。このような事が知れ渡り真っ赤な嘘と知れ渡れば数日は表を歩けない程の大恥である。

「小さい頃……ですか。流石にそれならば時効ですわね」

 とエリカは溜飲を下げたため、レッドは胸を撫で下ろす。
 その後レッドはこうなったら自棄だとばかりに彼女に尋ねる。

「で、お前さっき何してたの? ペン持ってるけど……」

 それを尋ねると彼女は恥ずかしそうに手を後ろにやり

「え!? そ……それはですね……」

 彼女はにわかに赤くなる。赤くなるようなことをしていたのかとレッドは次の発言に期待を高める。

「に……にっきです!」

 彼女は搾り出すような声でそう答えた。

「日記ぃ? なんでそれでそんな赤くなってんだよ……」

 レッドは半ば落胆しながら言う。

「その……とても他人に見せられないようなことばかり書いている故」
「日記ってそういうもんだろ」
「殿方にはご理解頂けなくても仕方ありませんわね……。百聞は一見に如かず。露見したからには潔く、貴方にだけお見せします。いずれこのような日が来ることは承知していましたし」

 と言ってレッドはエリカから先ほどの手帳(日記帳)を受け取る。
 非常に端正な字で書かれていたが、一目見ただけでパタンと閉めた。

「えぇ!? どうして読んでくださらないのですか?」
「いや……お前……確かに日記だから自由なんだけどさ……。まずこれなんて読むの?」

 と言いながら、まず最初に目に付いた「私か」という漢字を指差す。

「これは、『ひそ(か)』と読みますが……」
「そうか、んじゃこれは?」

 次に「瀟洒」という単語を指差す。

「『しょうしゃ』ですが」
「こりゃ別の意味で他人に見せられんな……。マツバさんくらいしか読める人居なさそうだわ」

 と後半は小さくつぶやく。

「あの、どうしてそこでマツバさんが」
「いや、気にしないでくれ……。同じ日本語なのにここまで苦戦するとは思わなくてさ……。ところで日記っていつからつけてんの?」
「母上に勧められてからですから……13年ほどでしょうか。家に戻れば全部取っておいてありますわ」

 13年。エリカは現在20歳だから7歳の頃から書き続けてきたということである。

「それって……毎日?」

 レッドは恐る恐る尋ねる。

「用事があってどうしても書けない日も少なからずありましたが、9割ほどの日は書いていると思いますわ」
「そか……凄いな。んじゃ俺もう寝るわ。エリカもほどほどにして切り上げろよ」

 と言ってレッドは床につこうとする。しかし、ふと日記帳をあげられて何も無いはずの机にまだ一冊同じ大きさの手帳らしきものがある事に気づく。

「どうかなさいました?」
「いや、何でも……おやすみ」

 と言ってレッドはベッドにつく。時はもう0時近い。
 その後もエリカの観察を続け、もうひとつの手帳に注目する。
 図鑑を使ってエリカの裸でも見ようかなどという不埒な思考も出たが、それは流石に本人が可哀相な上、実力で奪い取りたいという念も強くある。それにもしエリカに露見したら三行半をつきつけられかねない。
 あれから三十分して日記帳は片付け今度はその手帳らしきものに手をかけた。
 先ほどよりもさらに根をつめている様子で、1時くらいになって彼女は身の回りのものを片付けようやく床についた。

 翌朝出発し4日ほどでチョウジタウンに到着した。

―チョウジタウン 元忍者の里、チョウジ。
 ポケモンセンターのみで店は土産物屋しか無い田舎町である。
 しかし風光明媚な所故か否か心もおおらかな人が多い。
 かつては土産物屋の地下がロケット団のアジトだった。
 高齢化が進んでおり三人に二人が高齢者だ。
 大学はないが、高校までが有る。

―3月26日 午前6時 チョウジタウン―

 チョウジタウンに到着すると、レッドは大きく伸びをする。

「のどかな所ですわね」
「何かラジオ体操している人も居るし健康そうな人が多い印象を受けるね」
「確かに。そうですね」
「さて、ジムに行ってみるか」

―チョウジジム―

 貼紙が出されている。

―現在外出中 用のある人はいかりの湖まで ヤナギ―

「これはまた闊達な字だこと」
「仕方ない、いかりの湖に行ってみるか」

 いかりの湖までは鉄道が走っている。
 2人は急ぎなので止む無く鉄道を使っていかりの湖へ向かう。

―午前6時40分 いかりの湖―

 ヤナギは毎朝いかりの湖で行水をしている。

「うむ、着実に春になっておるな。日を追うごとに水も温かくなっとるの」

 着替えながらそんなことをヤナギは言う。
 傘寿を迎えたというのに、体はすこぶる丈夫である。

「ヤナギさーん! 今日も精が出ますねぇ!」

 少し離れにいた漁師が大声でヤナギに呼びかける。

「何、ただの日課じゃよ」

 ヤナギは快活な声で猟師に答えた。

「今日も活きのいい魚が獲れたんですよ! 朝ごはん食べていきますー?」

 クーラーボックスを持ち上げながら漁師は言った。

「うむ。では、馳走になろうかの」

 ヤナギはその強さと人徳でチョウジ一帯の人々に好かれているのだ。いわば長老の立ち位置である。
 そうこうしていると、列車から降りたレッドとエリカがヤナギを見つけた。

「あ、ヤナギさん!」
「?、おーエリカ女史ではないか。という事は」
「俺もいますよ」
「おー、これはこれは良い夫婦が来たもんだ! 一緒に朝ごはん食べて行かないですかー?」

 漁師は二人を見て気分を高揚させたのか声を更に張り上げて2人を朝ごはんに誘う。なんとも太っ腹な漁師である。

「そういえば朝ごはん食べていませんでした。ここはお言葉に甘えましょう」
「そうだな」
「それにしてもここまで来たか……。バッジは何個集まったかの?」

 ヤナギが二人に尋ねる。

「4つ。正確には12個です」

 レッドはキレのある声で答える。

「フム、これがもし初心者だったら、挑戦は断ったが……、レッド君。君とは一戦交えて見たくてのお。老体ながら首を長くして待っとった」

 ヤナギは杖を前にやりながら言う。

「そうですか」

 レッドはヤナギの一挙一動に他とは違う威厳を感じ始めている。

「ですってあなた。ヤナギさんから期待されてるようですよ!」

 彼女は夫が期待をかけられて嬉しいのか調子のいい声で言っている。

「いや、エリカ女史。女史の実力にも期待しておるぞ」
「え? 私も、ですか?」

 エリカは自分のことまで待ち望まれているとは思わなかったのか、意外といわんばかりの表情になった。

「ここまで一緒に旅路を共にして来たということは、女史の如く既に出来た方に言うには過ぎた事かもしれぬが、人間的にも、そしてジムリーダーとしても成長してきたということじゃろう。君たち夫婦の実力、この年寄りに見させてもらおうかの」

 この物言いにレッドは更に自らを引き締める。自らの対峙する相手は予想以上に大きい。

「まー今は積もる話はぬきじゃ、ますはあの漁師の朝餉をごちそうになろう。あいつの作ったテッポウオの刺身は美味いぞ!」

 ヤナギは、俄かに表情を明るくした。なるほど、普段は好々爺な性質なのだろう。
 レッドは腕でせっついてエリカに朝餉とはどういう意味なのか小声で尋ねた。
 エリカが答えようとすると先んじてヤナギが答える。

「朝飯の事じゃ」
「え!? 聞こえてたんですか?」

 レッドは有り得ない事態に狼狽していた。

「わたしもかつてはキョウの師匠だったのだ。滅多な口はたたかんほうがよいぞ。カッカッカ!」

 レッドはヤナギの常人離れした身体能力に底知れぬ恐怖を一瞬だけ覚える。
 漁師の家で朝餉を食し、チョウジタウンへ戻った一行。だが、正直レッドは朝ごはんの味など大して記憶に残っていない。

―午前9時 チョウジタウン ポケモンジム―

「さて、改めて。このチョウジジムリーダーのヤナギだ。私は君たちよりも何倍も歳月を重ね、ポケモンとも接してきたつもりだ。冬のヤナギ、ヤナギに雪折れなしと恐れられし私の実力。二人は果たして破れるかどうか楽しみだのう。では参ろうか……。行け! ジュゴン! ユキノオー!」

 ジュゴンとユキノオーは堂々とフィールドに姿を現す。
 二人はポケモンのレベルに愕然とする。

「レベル94と96……?」

 これまで戦ってきたジムリーダーたちの平均は80レベル前後。
 それを軽々と越えているのだ。しかしここまで来て引き下がるにもいかない。

「行け!フシギバナ!」

 レッドは相手が水がいる為迂闊に炎を出すのは命取りと判断。
 氷相手に草は出さないと踏んでいるだろうという虚を突く目的ででフシギバナを繰り出す。

「おいでなさい! ラフレシア!」

 エリカはラフレシアを繰り出す。
 ヤナギは目をきりりと引き締め、小さく呟く

「愚かな……。ユキノオー! 吹雪!」
「わるいごは、お仕置きだっぺー!!」

 雪の風が吹き始め、フシギバナやメガニウムの肌を撫で始める。

「ラフレシア! ジュゴンにマジカルリーフ!」
「フシギバナ! ユキノオーにしびれご……」

 しかし時すでに遅かった。
 吹雪が直撃し、両体とも倒れる。このフシギバナには既に対策としてヤチェの実を持たせていたにも関わらずこの有様だ。

「……!!」

 レッドは、目の前で起こっていることが信じられず、思わず目を背ける。

「どうした? ……もう終わりかの?」

 ヤナギの言葉は先ほどまでの優しい声とは違うものだった。獲物を射止める狩人。いや仕留める忍者の顔、そして声であった……。

―こうして、チョウジタウンについたレッド一行であったがそこのジムリーダーヤナギはレッド・エリカにとって最大の強敵であった。さて、この戦いに軍配が上がるのは……?

第六話 二つの巨壁 終― 
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