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宴のゲスト

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6部分:第六章


第六章

「警部も御存知ですよね、奴のことは」
「それこそ前科が幾つもあって」
「ああ、わかっている」
 警部と呼ばれた私服の男も彼等のその言葉に頷いた。
「それはな」
「それで今回の騒ぎですか」
「一体何をしたんでしょうね」
「嫌な予感がする」
 警部の顔がここで曇った。
「何があっても驚くなよ」
「何があってもですか」
「勘だがな」
 長年の勘というものだった。警官としての。
「奴は恐ろしいことをしでかした。それが窺える」
「今中では何もないようですけれどね」
「静かですね」
「しかし注意しろ」
 警部の警戒の念は解かれてはいない。それどころか余計に強いものになっていた。
「何をしてくるかわからないからな」
「はい、それじゃあ」
「何時でも撃てるようにして」
 全員拳銃を抜いた。本気で警戒している証だった。
 そうして警部がドアノブに手を当てる。そうしてそのうえで扉を開けようとする。 
 鍵はかけられていなかった。そのまま開いた。そうして一斉に銃を構えたまま部屋に雪崩れ込み。そのうえで部屋の中を見た。
「なっ・・・・・・」
「何だこれは」
 警官達は部屋の中を見て思わず我が目を疑った・
 部屋の壁も床も天井さえも血で染まっている。とりわけ床は血溜まりになっていてまさに血の海だった。濁った赤い血で染まっていた。
 そしてあちこちに肉片や身体だったと思われるものが転がっていた。それも赤く染まっていたので一目見ただけでは何もわからない。
 そしてテーブルの上には食べ残しが転がっておりそれも鮮血に染まっていた。やはりそこも血溜まりができていて。そして。
「お、おい」
「ああ、首だ」
 警官達はそのテーブルのあるものを見て震えだした。そこにあるヘンリーの首を見たからだ。
「首だな、あれは」
「本物だ」
 その肉からわかったのだ。やはり鮮血に塗れ髪の毛がまばらになり肌は無残に剥け白目を剥き舌を出しているその生首が本物だということを。悟ったのだった。
 それを見て何人かの警官は思わず嘔吐してしまった。無論視覚だけでなく嗅覚にもくるものがあった。部屋は血の生臭い匂いで満ちていたからだ。
 そのうえ部屋のあちこちにはゼリーのようになった血漿が転がっている。それが何故かブルブルと震え生き物のように見えてさえいた。
 四人はそのテーブルにもたれかかり或いは床に倒れ込み泥酔して転がっていた。当然ながら即座に逮捕されてしまった。
 裁判は速やかに行われた。四人の証言を聞いた判事も何とか平静を保ちながらこう言うなかりであった。
「彼等は他人に苦痛を与えることでしか快楽を感じられない類の人間だ」
「そんな人間がいるのですか?」
 判事から話を聞いたマスコミ関係者の中には思わずこう問い返す者もいた。
「そんな異常な人間が」
「残念だがいる」
 これが判事の返答だった。
「私もそれが今わかった」
「そうなのですか」
「殺人事件も数多く聞いてきた」
 判事は苦々しげな口調で次にこう述べた。
「しかし」
「しかし?」
「それでもこれだけ身の毛がよだつケースを私は他に知らない」
 こう言うのだった。裁判の際話を聞く陪審員達も吐き気をもよおす者が幾人もいた。
 ジャックは懲役二十五年になり他の三人は懲役十五年になった。イギリスでは死刑がなくこういう判決になったのである。
 これでジャックが反省する筈もなく判決を聞いて判事に罵声を浴びせかけた。
 事件はこれで終わったが何故彼等の名前を偽名にしたのか最後に書いておきたい。実はジャックの本名はもうわかっているのである。
 しかしジャックは死刑になってはいない。彼は生きているのだ。しかも懲役二十五年なので既に出所している可能性が極めて高い。
 この男は今もロンドンを彷徨っているかも知れない。それを思うとあまりの恐ろしさの為に本名を出すことが躊躇されたのだ。
 この事件は一九八二年に起こり彼はおそらく出所している。このことはよく覚えておかなくてはならない。そう、ロンドンには今もこの異常な殺戮者が蠢いているかも知れないのだ。霧の都に蠢く魔人は切り裂きジャックだけではない。過去だけでなく現在もいるのだ。


宴のゲスト   完


                   2009・6・21
 
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