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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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喪失

 
前書き
今回は執筆が中々進めにくかったです。なので所々急ぎ足になっている場合があります。


形勢逆転? の回 

 
~~Side ofシャロン~~

また激しい地響きが起きた。今の衝撃は割と近くから伝わってきたようで、もしかしたら近くの建物とかが崩れたのかもしれない。

「マキナは大丈夫かな……」

「おねーちゃんも皆の事が心配なの?」

「うん。皆一緒に住んでたから、もう家族みたいな関係だし……危ない目に遭ってたら、心配にもなるよ」

「私も、お父さんとお母さんが心配だよ……。私達や皆を守るために戦ってくれてるけど、ちゃんと帰って来てくれるか不安なんだ……」

帰って来てくれる、か……。私達の中では一人だけ、それが不可能な人がいる。彼は今頃、最後の死闘を繰り広げているのだろう。己の全生命力と未来を贄にして、私達の明日を取り戻すために。

さて……皆が出撃した後、スバルを姉の所まで連れて行くように頼まれた私は、地下シェルターに入ってギンガを探していた。言葉にすればそれだけだが、ここは仮にも管理局の発端の地である第一管理世界ミッドチルダの避難所……大きさが文字通り桁違いだった。微かに流れる空気を見る限り、どうも他の場所のシェルターとは地下深くで繋がっているようで、どこかの入り口が建物の崩落などといった理由で塞がってしまった場合、別の場所から出られるように設計されているらしい。そういう意味では便利だろうけど、代わりに地面に空間を多く作っている訳だから構造的脆弱性も浮かんでしまうし、維持費も無視できない額になっていると思う。人口が多いゆえの苦労が垣間見えるなぁ。

とりあえずどこのシェルターでも避難している人がいるのは入り口の扉を越えた先にある大広間なので、恐らくそこにいるであろうギンガを見つけるべくスバルと共に歩き回っているのだが……いかんせん、大都市の市民が一斉に避難している場所なので、複数の意味で混沌としている。居住スペース自体はそこまで狭くはないため、歩き回る程度なら何の支障も無い。しかしファーヴニルの覚醒によって、二ヶ月もここにいなければならなかった上、その元凶が現在襲撃してきているのだから、市民達のストレスや不満は相当溜まっているようだった。

「チクショウ……なんで俺達がこんな目に遭わなきゃならないんだ……!」

「管理局は何をしているのよ! あんな化け物が襲ってくるなら、その前に何とかしてよ!」

「アハハ……もう終わりだ、世界も何もかもお終いなんだ!」

「だから必要以上に他の世界に手を出さない方が良いって言ってたんだ! これだから本局の連中は……!」

「聖王様、哀れな私達を助けてください……!」

「大丈夫……外にはお兄ちゃんがいる。きっと今日も生き残れる、だから大丈夫よ……!」

歩き回っていると市民達からこんな感じの言葉が漏れ聞こえて来る。今の境遇に怒り、管理局に責任を押し付け、絶望のあまり変な言葉を口走り、管理局の体制に文句を言ったり、神頼みで祈ったり、恐怖に押し潰されないように耐えたりと、とにかく色々だった。最後のオレンジの髪の子はともかく、他の人達は下手をすれば暴動を起こしそう。

「はぅ……人の多い所は苦手だから、早く外に出たい……」

「むしろここにいる方がネガティブになりそう。早くギン姉に会いたいよ」

「スバルもこんな澱んだ空気は嫌なんだね。ギンガを見つけたら少し落ち着ける場所にでも行こうか?」

「うん、そうする」

今の状況で落ち着ける場所なんてあるのかって疑問もあるけど、地面が揺れるたびにスバルがビクッと怯えるため、震える彼女の手を握って安心させる。だがその時、入り口の方から聞き捨てならない内容を含む大声が聞こえてきた。

「なんだって!? 今の衝撃で入り口が塞がって出られなくなった!?」

そこから悲鳴や怒号などがあちこちから飛び交うが、要点をまとめると……曰く、入り口の傍にある何らかの建造物が崩れて、その瓦礫が入り口を覆ってしまったらしい。それで避難訓練のマニュアルの内容をちゃんと覚えていた人が、別のシェルターへ移動するために奥の通路を通ればいいと進言する。それで文句や愚痴を言いながらも、市民達は奥の通路へ歩いて行った……と思ったら、先頭を進んでいた人が焦った様子で戻ってきた。

「た、大変だ! 奥の連絡通路の天井が崩落して、完全に土砂で埋まってる! あれじゃあ重機でも持って来ない限り通れないぞ!!」

「もしや、ここ最近話題になっている点検の書類偽装か!? 手抜きか、もしくはコスト削減のために、耐久度や経年劣化の基準を緩くしているという……!」

「いくら何でも避難所の点検まで手を抜かないでよ!? 確かに使う機会が少ないからって……!」

「ちょっと待て、じゃあ俺達はここから出られないって事か!? ふざけんじゃねぇ! 何としても俺はここから出てやる!!」

「何言ってるの、私だって外に出たいわよ!!」

「皆さん、落ち着いて下さい! ここは冷静になって……!」

「冷静になってる場合か! ここが密閉された空間になった以上、悠長にしてたら俺達全員生き埋めになるかもしれないんだぞ!!」

それを聞いた次の瞬間。強い危機感を抱いた市民達は一斉にパニックを起こし、まるで暴徒のように入り口に殺到、瓦礫を取り除いて外に出ようとしていた。他のシェルターまで通路がどれだけ続いているのか不明な以上、瓦礫さえ取り除けば外に通じる入り口をどうにかしようとするのは当然の判断だろう。しかし瓦礫の方も鉄筋コンクリートや柱などの人工物が大量にあるわけで、いくら何でも人間の手だけで取り除くには正直無謀とも言えた。

「はぁ……。入り口が塞がれたのは外にいるお兄ちゃんも気づいてるんだから、待ってればすぐに他の管理局員を連れて助け出してくれるのに……」

ポツンと広間の奥の方で一人この光景を見ていたオレンジの子は、スバルと同じくらいの年齢なのに冷静に物事を指摘していた。ただ、今の状況で管理局が救出に割ける人員がいるのかって疑問もあるが……それにしても大人より子供の方がまともって、次元世界の人間は本当に大丈夫なんだろうか? ……いや、私達の方が落ち着き過ぎている、とも言える。大人しいおかげでパニックにならないスバルはともかく、私は地球で色々訓練してきたから、いつの間にか危機的状況でも冷静でいられるようになったらしい。

「……」

一方でなぜか不安そうな眼で自分の手を見つめているスバル。彼女に魔導師か何かの力があるのかどうかは知らないが、確かデバイス無しだと魔法が上手く使えなくなるって聞いた事がある。よって誰もデバイスを持っていない今、もし素質があってもこの状況では役に立たないと思う。ま、月光魔法の使い手にデバイスの有無は全く関係ないけどね。

などと思ってたら幸か不幸か、市民のほとんどが入り口に殺到したおかげでスバルを少し成長させたような容姿の少女、ギンガを見つけられた。すぐにスバルが辺りを見回している彼女に呼びかける。

「……あ、ギン姉!」

「え? ……スバル! 良かった……もうどこに行ってたのよ……!」

「ご、ごめんなさい……」

「全く……とにかく無事で安心したわ」

どれだけ心配していたのかを示すように、ギンガはもう離すまいと言いたげにスバルを抱きしめる。なんかこの二人を見ていると、ニダヴェリールでマキナと再会した時を思い出す。誰だって大切な人とは別れたくないからね、会えた時の嬉しさは私もよくわかる。

「あ、す、すみません! お礼がまだでした。スバルを連れて来てくれてありがとうございます!」

「どういたしまして。といっても私は頼まれただけで、特に大した事はしてないんだけどね」

「いえ、スバルと一緒にいてくれたのは確かですから、この子が寂しい思いをせずに済んだのはあなたのおかげです。本当にありがとうございます!」

律儀に頭を下げるギンガの姿に、私はお姉ちゃんらしい心意気が見えた。こういう場合、礼を受け取らないといつまでも話が終わらないだろうから、素直に受け取る事にした。するとホッと安心したのか、ギンガは再びスバルに視線を向けて気持ちを伝える。

「もうこんな大変な時に、フラフラどこかへ行っちゃわないでよね!」

「わかってるよぉ。サバタさんにも怒られたから、もう反省してるよ」

「あれ? サバタさんが来てるの!? ん~……まあ、あの人が言ったならスバルもちゃんと反省してるよね。それに彼がいるなら、お父さんもお母さんもきっと無事に生き残れるに違いないよ」

「一瞬で安心したね、ギン姉。やっぱりサバタさんを信じているから?」

「そうね、確かに私はサバタさんを信じているよ。だって、あの人はただ強いだけじゃない、本当に大切な事を知っている。だからどんな奴が相手でも大丈夫だと思える。それに私だっていつかあの人に認めてもらえるまで強くなるんだから、それまで誰かに負けてもらっちゃ困るのよ」

「素直にサバタさんは誰にも負けて欲しくないって言えば良いのに……」

「うっ……そ、それは……その……うん、まぁその通りよ。だけどさ、スバルだって同じじゃないの? 基本スタイルをお母さんが教えてくれるシューティングアーツじゃなくて、サバタさんが教えてくれたCQCの方にしようとしてるんだもの」

「うん、そのつもりだよ。サバタさんの事は私もすごく尊敬してる。指名手配の件で知ったように、サバタさんの体質は普通とは違う。私達と同じように……。でもそれを感じさせない、むしろ生まれの違いを既に克服している。その心が羨ましいんだ。その精神を身に付けたくて、サバタさんのように強くなりたくて、私は自在にCQCを使えるようにしたい。シューティングアーツも良いけど、多分こっちを基本スタイルにした方が強くなれる気がするんだ。それに……CQCの方がこの力を使わないで済むと思うし……」

「あ~なるほど……そういう考えもあったのね。それならスバルのやりたいようにやれば良いわ、私も応援するから。……それと、私だってシューティングアーツに組み込めるCQCを教えてもらったんだから、スバルには負けないわよ?」

「いやいや、私なんかじゃギン姉には全然敵わないって」

謙遜するスバルに「もっと自信を持っても良いのよ」と優しく撫でるギンガ。会話内容の一部は意味不明だったが、とりあえず二人ともサバタさんを心から信頼しているみたいだ。指名手配の件を知っても彼を信じている辺り、何だかサバタさんの足跡を見ているような気分になる。

さて……かなりの長時間、入り口を塞ぐ瓦礫をどうにかしようとしていた市民達だったが、やはり何十、何百キロもの重さがある瓦礫を取り除くのは出来そうにないと判断したらしい。疲れ切った事で副産的に頭が冷えたのか、騒動は収まったようだけど代わりに物凄く落ち込んでいた。……避難所であんな風に暗くなっている人達を見ていると、11年前を思い出す。あの大破壊の日、ヴェルザンディ遺跡に避難した私達も恐怖や絶望を嘆いていた。だから彼らが抱いている気持ちも我が身のように理解できるのだ。
自分の力ではどうしようもない危機に直面した時、人は未来を信じる事が出来なくなる。そして今まで培ってきた物や手に入れた物が全て失われるという喪失感を抱く。それらが多ければ多い程、失う事に対する恐怖が大きいものなのだが……ミッドチルダの人達はその恐怖が普通より肥大化している気がする。多分、抱えている物が次元世界の平均よりも総じて多いのだろう。それ自体は人として当たり前の感性だから別に悪いことじゃないんだけど、俗物的というか、世俗的というか……一言で言えば欲望が強い訳だ。

それが都会らしいというのか、管理世界の人間として当然の感覚なのか、田舎育ちの私にはちょっとわからないけど……生きていく上で大切な何かを忘れているんじゃないか心配にもなる。だからその点までは共感出来てはいない。

「アレ見てたらこっちも鬱々としそう。何か気分転換になりそうなものでもないかな……?」

「あ、サバタさんが言ってたけど、おねーちゃんって歌が上手なんだよね? 私、聞いてみたい!」

「え? 本当に聞きたいの、スバル? こんな状況で?」

「うん、聞きたい! 一緒に歌いたい!」

「あ~むしろこういう状況だからこそ、歌は良い案だと思いますよ、お姉さん。歌っていれば心に元気が湧くので、私達でも気持ち的に恐怖と戦えるでしょうし」

「それに皆で歌えば、お父さんとお母さん、サバタさんの所にも私達の声が届くと思うからね。戦う事は出来ないけど、私も皆を応援したいんだ」

「応援……? そっか、スバルはえらいね。今でも皆の事を考えてくれてるんだもの。……じゃあスバルのお願いでもあるし、少しだけ歌ってみようかな」

「ワクワク……♪」

スバルが目をキラキラさせて見つめて来て、ギンガが隣で彼女をなだめる中、私は精神を集中……脳内に歌詞を思い浮かべて、目を閉じて胸の鼓動を整える。そして……声の旋律を奏で始める。

「Ah~♪」

この曲はサバタさん曰く、聞いているとシャドーモセスの名を思い出すとか、壮大な物語(メタルギアサーガ)全ての始まりを彷彿とさせるとか、最後に世界の悲しい現実を教えられるとか、そういう心に響く歌である。私が地球に来てから覚えた歌の一つで、歌っていると雪に覆われた物悲しい施設の景色がまぶたの裏に浮かび上がって来た。

「なんだ……歌?」

「あの子は……どうして歌っているんだ? でもこの旋律を聞いていると……心が洗われるようだ……」

「何故かしら……私達は何をしているのって思い返してしまう……。冷静さを失って愚かな事をしてしまったんじゃないかしら……」

俯いていた市民達が、突然聞こえてきた場違いとも言える歌声に顔を上げる。尤もそれは興味本位に過ぎないものだったが、今は彼らも私達も誰一人気付かなかった。抗えない絶望を前に無気力となっていた状態から、いつの間にか抜け出せていた事に。

「La~♪」

「おぉ~、おねーちゃん綺麗な声~!」

「ええ、澄み渡っていて……とてもしんみりした歌声……。ずっと聞いていたいぐらいです」

スバルとギンガが静かに称賛してくれ、少し嬉しく思った。私はわからなかったが、市民達はこの歌が自分達の心を癒している事にそれぞれ気づき、何も言わずに清聴してくれるようになる。やがて一曲歌い終わると、スバルはぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを露わにしていた。

「おねーちゃん、すっごく綺麗だったよ! もっと聞きたい!」

「え、もっと? ……わかったよ、じゃあ次は……あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー……」

「待ってそれは取り返しのつかない事態が起きそうです。理由はわかりませんが、ちょっとご遠慮願います」

妙に血の気が引いたギンガが静止してきたので、この曲はやめておく事にした。まぁ曲自体はとても良いんだけどね。気のせいか10年後なら何かに効果的なんじゃないかって思ったりする。そう思った理由は不明だけど。

「それじゃあ……さっきの歌は一緒に出来なかったから、今度は一緒に歌えるものにしよっか」

「うん!」

という事で、今度は平和を祈る歌……子供にも歌いやすいように歌詞自体は簡単なんだけど、とても心に残る(Sing)を選択した。

「ラ~ララララ~ラ~ララララ~、ラ~ラ~ララララ~♪」

基本的に簡単な曲調なので、覚えてしまえばすぐに歌える。スバルとギンガは私と一緒にリズムを合わせて歌い出し、絶望的な状況でも笑顔になって未来を信じ、心に太陽を浮かび上がらせていた。たった3人の歌……元は音の波であり、ただの文章のはずだった。だが一緒に歌えば……心を世界に表現できる歌は、あらゆる絶望を吹き飛ばす神秘的な魔法にもなってくれる。

『………ラ~ララララ~♪』

驚いた事に……市民達も歌い始めた。パニックを起こしてた人も、落ち込んでた人も、皆……。最初は私達以外の誰かがハミングし始めたのがきっかけだった、そこから伝染していくように歌声が広がり、やがてほとんどの市民が声を揃えて旋律を奏で始めた。この歌が……彼らの希望をもう一度照らしてくれた、未来を再び信じられるようになったのだ。

「最初は馬鹿馬鹿しいと思ってたけど、実際に歌ってみると元気が出るな!」

「ええ、おかげでまだ諦めるのは早いって気付けた。暗くなって落ち込むより何百倍も良いわ!」

「こうなったら外で戦ってる連中に負けないぐらい声を張り上げてみるか! 戦えなくとも生きる気持ちは誰にも負けないって伝えるんだ!」

さっきまで絶望に打ちひしがれていたはずの市民達が、徐々に元気を取り戻してきた。それは自分本位の生存欲や、出られない事で自棄を起こしたなどとは全く異なる。パニックでバラバラになっていた心が……段々一つにまとまってきたのだ。
大破壊の経験から、私は次元世界の人間とは分かり合えないと思っていた。言葉が、考えが、心が全然違うから、絶対に同じ気持ちになる事なんてあり得ないと思い込んでいた。私が過去のトラウマから、そんな理想なんて現実にはあり得ないと決めつけてしまった。確かに人間は一人一人考えている事が全く違うから、人間同士分かり合う事や気持ちを通じ合わせる事なんて、管理局が全次元世界の治安を守れていない所などから見て相当難しいのだろう。しかし……本当はそうじゃない。実はそこまで難しい話じゃなかったんだ。

人間は……世界は……いつでもどんな時でも、心を一つに出来る。本当はもっと簡単なやり方で手を取り合える。そのやり方の一つが……“歌”なんだ……。

トクン……ッ。

静かな……水面に雫が落ちた時のように、とても小さい音。それが私の身体の……心臓よりも、心よりも内側から聞こえてきた気がした。瞬間、私の視界、聴覚、世界が広がるような感覚を覚える。そう、まるで星が母親のように歓迎しているかのような温かさを感じた。サバタさんとマキナ、マテ娘とユーリ、そして目の前のスバルとギンガ。出会えた皆のおかげで私は……ようやく心にも太陽の光が照り始めたようだ。まだ朝日にも満たない弱々しい光だけど……それは紛れもなく希望の欠片だった。

「あれ? おねーちゃん、身体が……光ってるよ?」

「魔法を使った様子は無いのに発光するなんて、この輝きは一体……?」

「淡い純白の輝き……美しいけど切なくて、どこか儚い光……。太陽とはまた違った心地よさがあるわね……」

少し離れた位置でオレンジの子も私の身体が発光している感想を述べる中、私達は今の曲を最後まで歌いきった。続いて私は心のまま、自分の最も好きな歌を歌う事にした。アクーナで死者へ向けてたくさん歌った“鎮魂歌”。……いや、月の力に覚醒した私の心が告げている。ある時は“子守歌”、ある時は“鎮魂歌”、そしてまたある時は“安らぎの歌”……そうやって歌い手によって解釈が変わったこの歌の真の名前を……。

さっきサバタさんにはわからないと言っちゃってるから少し罪悪感があるが、それなら今伝えればいい。同じ存在(・・・・)になった私の声が届けば、彼なら全てを察してくれる。だから届かせよう、この言葉を。響かせよう、私の想いを! 伝えよう、私達の太陽を!!

「エナジー全力展開! 絶唱、“月詠幻歌”……いきます!!」

入り口の瓦礫がマキナのレールガンとオレンジ髪の局員のファントムブレイザーの同時発射で吹っ飛んだおかげで太陽の光がこのシェルター内に降り注いだ瞬間、エンジェルハイロゥのような光を発しながら、私の全身全霊をかけたコンサートが開幕した。

・・・・・・・・・・・・・・・・


~~Side of フェイト~~

「しっかりして下さい!? 大丈夫、傷は浅いですよ!?」

「アレの性質上、傷は負ってないけどね。人間弾丸として撃ちだされただけだもの」

「大丈夫です、皆さんの勇気は絶対に忘れません! 人間パチン虎でファーヴニルに頭から突っ込んで行った、皆さんの覚悟は絶対に忘れませんから!!」

「あの……ファーヴニルの左翼を引きちぎるまで、半ば強引に皆を撃ち出したシャッハが言える事なのか、少し疑問よ……?」

「では次にカリムが行きますか? 魔導師ランクが高ければ威力が増す性質があるんでしたよね?」

「頑張って皆さん! 私は全力で皆さんの英姿を見届けるから!」

「一瞬で手の平を返しましたね……」

聖王教会の病院のシェルター、そこの中の形状は地上の病院と似ているため、私にあてがわれた小部屋の前を患者(?)が次々と通り過ぎていく。ここ数時間で運び込まれた患者は皆、頭にたんこぶが出来ているのだが……一体何をしたのだろう?

それはともかく皆が必死に戦ってる中、私は怪我で動けない事がとても悔しかった。無茶をした代償なのはわかってるけど、自分だけ安全地帯のシェルターにいるのがどうしても辛かった。だけど今の私の身体は万全ではない……多少なりとも動きはするのだが、力があまり入らないのだ。その度合いはフォークなどの食器を持つだけで、手がプルプル震えてしまうほど……。こうなった理由は、全身の筋組織がカートリッジの連続使用によるリンカーコアの過負荷によって深刻なダメージを受けたためだ。
あの時……“姉さん達”との戦いがもう後一秒でも長かったら、私の筋組織はズタズタに断裂していた可能性があったらしい。それほどの激戦だった訳だが、やはり彼女達を浄化した所でファーヴニルをどうにかしなければ意味が無い。だから皆の所へ行くためにベッドの縁に手をかけ、上半身を起こそうとしたが……傍で見ていたアルフに止められた。

「動いちゃ駄目だよ、フェイト。まだ身体が回復しきっていないじゃないか」

「でも……皆戦ってるのに、母さんだって頑張ってるのに、私だけこんな……!」

「気持ちはわかるけどさぁ……その身体じゃあ動くのも厳しいって。ここは皆を信じて、吉報を待とうよ?」

「わかってるよ……! わかってるけど……こんな所で大人しくしているのは、やっぱり嫌だ……!」

「嫌だって言われてもねぇ……そりゃ、あたしだってフェイトの思いには出来るだけ応えてやりたいけどさ、無理か無茶をするのが目に見えてわかる場合は流石に止めるよ。大体、動けるだけで大したものだとお医者さんに言われる程なんだから、戦闘なんて出来る訳が無いのはフェイトもわかるだろ?」

「それは………そうだけど……」

「今戦域に向かった所で、言っちゃ悪いけど足手まといになるだけ。それならここで待っていた方が皆も安心するって。そもそもフェイトはこの戦いに十分貢献してるよ、最も重要な本局へ通じる転移装置を確保したんだから。おかげで月詠幻歌の事がわかったんだしさ、もう休んでても誰も文句は言わないよ」

「でも……!」

どうしてもやるせない気持ちが溢れてしまう私は、アルフの静止を聞いても中々納得が出来ずにいた。どうしたものかと渋面を浮かべるアルフには申し訳ないが、こうなったら強心剤でも打つしか……などと少々危ない思考に行きかけていた。しかしその時……、

~♪

「……おや? なんか歌声が聞こえてきたよ、フェイト?」

「そういえばシェルターの地下は繋がってるって、避難する時に母さんが教えてくれてたね。もしかしたら他のシェルターで歌ってる誰かの声が、あちこちに届いてるのかも……」

「だとしたらこの歌は前線にいる連中と、避難しているあたし達を繋ぐ旋律って訳だ。ちょっとロマンがあるね」

「うん。それにこの歌声、綺麗だよね……。さざ波みたいに透き通って耳触りが良いから、ずっと聞いていたいな……」

「だね。それに……この歌が聞こえてきたおかげで、ようやくフェイトも落ち着いてくれたみたいだし、あたしとしては歌ってる奴に感謝したい気分だよ」

なんか失礼な事を言っているアルフだが、いかんせん事実だから私の立つ瀬が無かった。いくら何でも強心剤を使おうだなんて、私ちょっと頭に血が上って切羽詰まり過ぎていたみたい。頭を冷やすきっかけになったこの歌には、私もありがたく思う。

「ただ……欲を言わせてもらえるなら、この歌が“月詠幻歌”だったら良いのにね」

「それはちょっと都合が良すぎないかい? 皆があれだけ探して見つからなかったのに、唐突に聞こえてきたこの歌にその希望を託すのは。まあもし本当にフェイトの言った通りなら、色んな意味で諸手を挙げて万々歳したいけどさ」

確かにその通りだ。とっくに喪失したと思っていた封印方法が失われていなくて、実は誰かが継承していたら、それはファーヴニルに勝てる可能性が存在している事を意味する。虚構だったはずの希望が一瞬で真実へと早変わりする訳だ。
だが……もし誰かが月詠幻歌を歌えたとしても、そう簡単にいくだろうか? ニダヴェリールを滅ぼした直接の原因はファーヴニルとラタトスクだが、間接的に管理局や管理世界、ミッドチルダの人間達も関わっている。その事実を知っていればニダヴェリールの生き残りにとって、管理世界の人間は憎悪の対象になっていて当然だ。復讐の一環としてファーヴニルのミッドチルダ襲撃をあえて見逃し、後で封印しようと考えてもおかしくない。というか普通に考えて、こっちの方があり得そうだ。

でも……この歌からはそのような気持ちは感じられない。むしろ尊い意志……それと、どこかお兄ちゃんと似た慈愛を感じる。私の胸の奥が温かくなってきて、もしかしたら歌っている人は、お兄ちゃんと近しい人かもしれない。ま、ニダヴェリール出身じゃない人が歌っている可能性の方が現実的に高いけど、これが本当にニダヴェリール出身でしかも月詠幻歌の歌い手なら……絶対に守り抜かなくてはならない。もしその身に何かあったら、それは希望の完全消失を意味するのだから。

[フェイト……聞こえる、フェイト……?]

「あれ? この声……姉さん?」

「アリシアの声だって? あたしには聞こえないけど……」

[今、私とフェイトのエナジーを通じて声を届けてる。ミッドチルダ中に響いてるこの歌が星全体のエナジーを増幅して、それを可能にしたんだ]

「この歌がエナジーを? って、え? ミッドチルダ中に届いてるの、この歌?」

[うん、なんか特別なエナジーが作用してるみたい。それと……ちょっと待ってて、今からそっちに精霊転移するから。すんごく寒いけど、むむむ~……転移!]

そう言った次の瞬間、私が横になっているベッドの隣へ姉さんが転移してきた。ただ……一つツッコみどころがあるとすれば、それは……。

ゴトリ。

「わぁあああああ!? アリシアがカチンコチンに凍ってるぅううううう!!!?」

[あ、ごめんアルフ。言い忘れてたけど事情があって当分身体凍ったままだから、このまま話すね!]

見るからに寒そうな状態の姉さんがそう言ってくるけど、予想もしてなかった光景をいきなり目の当たりにしてアルフがひっくり返ってる。そもそも氷漬けって……目をギュッと閉じて何かの攻撃に備えて腕で顔を覆ってる状態で固定されてるけど、クロノの凍結魔法でも受けたのかな?

[ある意味そんな感じ。実はね……ごめん、こっちしくじっちゃった。ファーヴニルが凍結魔法で反撃したせいで、私だけじゃなくて皆も氷漬けになってる。今も指一本身動き取れない状態だよ。普通の凍結魔法と違ってファーヴニルの暗黒物質が込められてるから、さっきまで精霊転移すらできなかったんだ]

「暗黒物質の入った凍結魔法!? それって他の皆は大丈夫なの!?」

[ん~ぶっちゃけかなりマズい。放っておいたら魔導師でもアンデッド化してしまうから。だけどしばらくは……感覚では日没まで大丈夫……この歌が届けるエナジーが皆を暗黒物質の浸食から守ってくれてる、おかげでギリギリ私も精霊転移できたんだ。でも氷をどうにかしてる訳じゃないから、皆を早く氷から出さないといけないよ]

「そんな……じゃあ救助は!?」

[選抜部隊の生き残りが氷を壊して助け出そうと頑張ってるけど、暗黒物質が混じってるせいでかなり手こずってる。何も削れてない訳じゃないんだけど、削れてるスピードはかき氷器以下だね。あのペースだと日没までに救助するのは不可能だよ。氷の性質を鑑みるに多分、パイルドライバーで増幅した太陽の光を長時間当てるか、ファーヴニルを封印しない限り、皆を解放できないと思う]

「そ、それじゃあパイルドライバーを使えば……!」

[それは無理、あそこは海上だからパイルドライバーを設置できないんだ。戦艦の上もスペース的に足りないし、何よりパイルドライバーは太陽だけじゃなくて大地の力も借りてる訳だから、戦艦みたいな人工物の上では使えないの]

「つまり……八方ふさがり!?」

[いや、そうとは限らないよ。太陽の使者の代弁者としての能力が、私に伝えてくる。この歌を信じろって、この歌を守り抜けって。ここまで私に強く伝えてきたのは初めてだから、間違いなくこの歌こそが“月詠幻歌”だよ……!]

「月詠幻歌!? ほ、本当に……!?」

[確証は無いけど太陽意志ソルが直接訴えてるんだ、信頼度は高いよ。あ、それとフェイト、今自分のリンカーコアの状態がわかる?]

「え? リンカーコアの状態?」

言われるままに私は自分のリンカーコアの状態に意識を集中させてみる。“姉さん達”との戦いで私のリンカーコアは凄まじく消耗していて、実は私の魔導師生命が尽きたも同然と言える程の惨状だった。しかし……、

「あ、あれ? 妙だな……いつの間にか損傷した部分が回復してる? それに身体もさっきより力が入るし……一体どうして?」

[やっぱりね。月詠幻歌はエナジーの増幅、供給の他にリンカーコアの修復や弱めの回復効果も入っている。このままいけばフェイトのリンカーコアは、後数分で元通りになると思う。なのはとクロノのリンカーコアも、今頃修復が始まっているに違いない]

「え? 二人もリンカーコアを損傷したの!?」

[うん……なのははファーヴニルの破壊光線から街を守るためにカートリッジの連続使用をして、クロノはラタトスクにリンカーコアを直接握りつぶされたせいでね……。普通なら間違いなく二人とも、魔導師生命が終わっていたと思う。でも……歌の回復効果が、フェイト達の魔導師生命を蘇らせた。いや、そもそもそれはあくまで副次的効果に過ぎない。一番重要なのはファーヴニルの封印能力……未来を取り戻す戦いに勝利するためのカギだよ!]

「あ……そうだね、この歌が月詠幻歌ならファーヴニルを封印出来るはず。って、ちょっと待って。今戦ってる皆はこの事を知ってるの……?」

[う~ん、知らないだろうなぁ。こりゃラタトスクに気取られる前に、急いで皆に歌い手を守らなきゃいけないって伝えないとね! 早速、私が精霊転移で……あ! しまったぁ! 私カッチカチに凍ってた! これじゃ伝えられないじゃん!]

「何やってるの姉さん……。……こうなったら……私が行くしかない……ッ!!」

気合を入れるべく歯を噛み締め、力を込めて上体を起こそうとする。するとアルフが、慌てて私の身体を支えようと背中に手をかける。だけど今までと違って途中で体力が尽きて元の位置に倒れる事が無く、今回私はしっかり自分の力で身体を起こせていた。そのままベッドの外に身体を向けてから足を降ろし、グッと手すりを握って痛みを耐えながらアキレス腱を動作させ、2か月ぶりに何とか立ち上がれた。

「大丈夫かい、フェイト? 無理してない?」

「あ、足がプルプルする……はやてもリハビリの時はこんな感じだったのかな……」

足が動かないとここまで不便だったのかと、今更ながらに思い知る。ひょこ……ひょこ……と一歩一歩ゆっくり着実に歩いて、机の上に置いてあったバルディッシュを手に取る。復活したリンカーコアで強化魔法を使って足を補強し、辛うじていつも通り動けるようになった。

「そもそもあたし一人で行けばいいんじゃないかと思ったけど……言っても聞かなそうだね。でも辛くなったら言ってよ、あたしがすぐ支えるから!」

「ありがとう、アルフ。でも私なら大丈夫……アルフは姉さんをお願い」

「フェイト…………わかったよ。外に出してた方が氷も早く溶けるだろうし、それまであたしが背負っとくね」

[オッケー、背負われてお荷物になる覚悟は済みました!]

「なんでそんな自虐的な覚悟をしたのかわからないけど……まあいっか、とりあえず外に行こう。どこかに行った母さんか、もしくは他の人達にこの事を伝えられる人を探すんだ」

という訳でほとんど満身創痍の私と氷漬けの姉さん、唯一健康なアルフはシェルター内の病室を抜け出し、外へと歩み出した。病人服で出ようとしたら流石に目立つと思ったため、違和感を抱かれない様に一応セットアップしてバリアジャケットを展開している。

……え? 姉さんの氷漬けの方が目立つって? 大丈夫、アルフが霜焼けを防ぐためにシーツでくるんでるから、外から一見するだけじゃ分からないようになってるよ。それにここのシェルターの入り口は病院と併設しているためか、患者を一斉搬送するために他より大きく作られているので、誰かに止められる事も無く割とすぐに出られた。

シェルターの出口である聖王教会の病院の敷地内に出た私達は、すぐに湾岸地区の方で激戦が繰り広げられている気配を察知した。しかしファーヴニルの影響で念話が使えない以上、このまま私が直接出向いて教えるしかない。

「とりあえず外に出たおかげで、管理局の集まっている場所がわかった。転移魔法でそこに行くから、アルフは姉さんを落とさないようにね」

「もしそんな真似をしたら、プレシアに殺されちまうよ。大丈夫、ちゃんと掴んでるって」

[はぁ~いつになったら氷溶けるのかなぁ。一応私も精霊だから死にはしないけど、自分で動けないってのはもどかしいよ]

「炎熱系の魔法が使えるシグナムが無事だったら、その氷もすぐに溶かせたかもしれないんだけど……。彼女もやられてる以上、当てには出来ないね。……バルディッシュ、座標の固定が完了した?」

そう訊くとバルディッシュはカチカチと点滅して返事した。ちゃんと出来ている合図なのは暗黙の了解で通じてるから、すぐに魔方陣を展開する。

「よし……準備完了。転移するよ!」

そして私達の身体が黄色い光に包まれ、一瞬で遠くの場所へ移動する。そこは斬り落とされたファーヴニルの右腕のすぐ傍で、槍を持った局員と強面の局員の二人が中心となって編成を組んでいる所だった。しかしそれよりも私達は、目の前に広がる戦いに目を奪われていた。
今まで見た事が無い巨大な質量兵器がファーヴニルを正面から抑え込みながら、ミサイルを撃ち尽くした事でくちばしみたいな所から水圧カッターを発射し、周囲にいる魔導師らしき少女達と共にレアメタルの角を徹底的かつ執拗に攻撃していた。一方で両腕と左翼を失っているファーヴニルも右翼の薙ぎ払いや怪奇光線の雨、更に私達が使う魔法と酷似した反撃もしてきている。質量兵器と少女達はその反撃を回避、または防御で対応し、出来るだけ最小限の被害で食い止めていた。

そして……見逃してはならないもう一つの戦いがあった。

[あれは……お兄ちゃん!? 戦ってる相手は……ラタトスクだよ!]

「そっか、やっぱり来てくれてたんだ……! だけど……私でも眼だけしか追い付かない凄まじい転移速度と、背中の魔力に似た力を感じる黒いオーラ……そして母さんが教えてくれた真実、その意味を知ってる私だからわかる。お兄ちゃん、自分の後先を一切考えずに死力を尽くしてる……。あれじゃあ戦いに勝てても……もう……!」

「フェイト、そんな風にネガティブになっちゃ駄目だよ。まだそうと決まった訳じゃない……今あたし達に出来る事を急いでやれば、もしかしたらって可能性も生まれるかもしれないか!」

アルフの励ましは嬉しいよ。嬉しいけど……もしそれで稼げたとしても、その時間は微々たるものだと思う。だから私はこう考えた、お兄ちゃんの戦いに心残りが残らない様に、陰ながら尽力すると。未来を勝ち取って、せめて最期ぐらいは心から安心させたいと。だからこそ、この歌が月詠幻歌で何としても守り切らなくてはならない事を皆に伝えるんだ。

後ろの方でアルフが姉さんからシーツを取り外している中、私は部隊編成を行っている管理局の人達に声をかける。

「す、すみません! 少し話を聞いて下さい!」

「悠長に話をしてる場合ではない! 戦わないなら下がっていろ、小娘!」

「そう突き返すな、レジアス。この子の顔には見覚えがある、確か先日のアレクトロ社の裁判で話題になった……」

「はい、フェイト・テスタロッサです」

「ああ、あの女の娘か。なるほど……それなら部隊の指示は俺が代わりにやっておく。ゼスト、おまえがその娘から話を聞いておけ。あの黒衣の少年の関係者なら、何らかの重要な情報を持ってきているはずだ」

「わかった。ではレジアス、部隊をいつでも動かせるようにしておいてくれ」

という事で強面の局員レジアス中将が立ち去った代わりに槍を持った局員、ゼスト隊長が私の言葉に耳を傾けてくれる話になった。その事に感謝の言葉を伝えた後、私は今も聞こえるこの歌が月詠幻歌である事と、歌い手を何としても守らなきゃいけない事を告げる。ファーヴニルを封印できるのは月詠幻歌の歌い手のみなのだから、この戦いに勝利して生き残るには歌い手の生存が絶対条件なのだ。
話し終わるとゼスト隊長は真摯な眼で「情報提供、感謝する」と言って、レジアス中将の所へ駆けて行った。これで彼ら局員は全力を以って歌い手を守ってくれるはずだ。私自身も護衛に参加したいが……この身体ではまだ無理だろう。やるべき事は終えたのだから、ここは大人しくどこかのシェルターとかに身を隠すのが一番かもしれない。

「ルシフェリオン・ブレイカー!」

「あっ!? アリシアが砲撃に巻き込まれた!!?」

「うわちゃぁああああ!!!? あちちちち!! あ、熱ゥッ!?」

「ね、姉さぁん!?」

なんか上空から放たれた炎熱変換がされた砲撃魔法の流れ弾を喰らって、ジュッと音を立てて氷が溶けた姉さんが地面をのたうち回っていた。凍結魔法から解放されたんだから、むしろ喰らって良かったんだけど……あの痛がり様を見てると、ご愁傷さま、と祈りたくなる。

などと思っていたら、突然ファーヴニルの角が眩い虹色に輝き出した。上空にいるなのはに似た外見の少女が「もしや……!?」と青ざめ、質量兵器の傍に飛んでいった。他の二人の少女もそこに集まっている隣で、暗黒転移で戻ってきたサバタお兄ちゃんと同様に異次元転移でラタトスクも現れる。

「流石ですね、サバタ……まさか歌い手を生存させていたとは。このわたくしも驚きましたよ」

「正直、俺も驚いているがな……あの二人が月の力に覚醒して、尚且つ片方は月下美人に昇華した。更に彼女は自分自身でも知らずに月詠幻歌の継承をしていた。ここまで出来事が重なると運命すら感じる」

「運命ですか……確かに面白い因果ですね。始まりは世紀末世界の月下美人サバタ……次にこちら側であなたが接触した事で覚醒した地球の月下美人、月村すずか。そしてたった今、新たにニダヴェリールの月下美人が誕生した。こちら側へ来てから、あなたはまるで他者を月下美人へと覚醒させる触媒のようですね」

「……ただの偶然さ」

「ものの例えですよ。それに……たかが月下美人が一人や二人増えようが、わたくしの勝利に揺るぎはありません! 月詠幻歌が歌われた時の保険として、わたくしはファーヴニルの最強の切り札をこれまで温存していました。そしてこの瞬間、ファーヴニルはこの世界に存在する全ての人間の声を認識した! 今こそ、ファーヴニルの真の力を見せる時!!」

「チッ……むざむざやらせるか!!」

すぐさま瞬時加速でお兄ちゃんはラタトスクに斬りかかるが、異次元転移で避けられてしまう。そのまま姿を見せず、ラタトスクは次の句を告げてくる。

「この瞬間を待っていた……この世界の文明を静寂に陥れる、その時が満ちるのを! ラジエルの……特にあの真空波の魔女には発動しようとする度に邪魔をされたせいで、結局数日かかってしまいましたが……今回はそうはいきません!」

「マズいな……あらかじめ準備はしてきたが、果たして耐え切れるか……!?」

「文化の根幹、人の起源でもある言語……それを奪い、世界を静寂に飲み込む!! 言語吸収ッ!!」

ラタトスクがそう叫んだ次の瞬間、お兄ちゃんは咄嗟に上空にいた3人の魔導師と質量兵器から出てきた少女達と同化、黒いオーラを繭のようにして身を守る姿勢を取る。

同時にファーヴニルの角が輝き、得体のしれない力で私達の中から何かを吸収―――――!?

「ぅ……ぁぁ……?」

感覚的にまるで身体の中身がごっそり抜き取られたのと同時に、今までの記憶……言葉……知識……文化……言語で構成されていた全てが……闇の中に飲み込まれる……。私を司る全ての言語を失った事で、私は何もかもがわからなくなった……。それはまるで何も言わず、理解もしない人形……即ち“退行”した存在へと堕ちてしまったのだ……。

……この瞬間、ミッドチルダからミッド語、ベルカ語、デバイス語、英語、日本語が消失。ほぼ全ての人間から言語が喪失し、世界が静寂に包まれた……。

 
 

 
後書き
シャロンの月下美人昇華:彼女の苗字であるクレケンスルーナ、三日月は月光仔との関係を意味しています。元々彼女の慈愛は強かったのですが、11年前の大破壊と、ニダヴェリール崩壊で心が死にかけた結果、サバタやマキナ達との暮らしで心が癒えるまで覚醒できなかったという設定です。


息抜きのネタ。

無印の頃、まだ八神家に居候していた時の話。

フェイト「今日ははやてもお兄ちゃんも病院に行ってていないから、お昼はカップ焼きそばにしよう」

という事でお湯を沸かし、カップ焼きそばに注ぐ。そして3分後、お湯を台所のシンクに捨てる。

フェイト「……」

ドバドバドバ…………

ベコンッ!

フェイト「ひゃう!?」

べちゃ(カップ焼きそばを落とした音)

フェイト「あぅ……や、焼きそばが……私のお昼ごはんがぁ……!」

1時間後、ジュエルシードを捜索していたアルフと共に帰宅するサバタとはやて。彼らの前には、お腹をきゅるきゅる鳴らして涙ぐむフェイトの姿が。

フェイト「ごはん、作って下さい……!」

はやて「そんな我慢せえへんでも、どこかで弁当買って来ればええやん」

 
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