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怖い家

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1部分:第一章


第一章

                    怖い家
 上村莞爾がこの地域の担当になったのは特に深い理由があってのことではない。本当にたまたまであった。
「じゃあ頼むな」
「はい」
 上司である課長に言われてすぐに答える。答える方も伝える方も本当に深いものはない。あくまで仕事のうえでのことだと割り切っていた。
「わかりました。それでは」
「あそこは別にヤクザ屋さんとかはいなかったな」
「そういう場所じゃないですしね」
 上村は課長にこう答えた。
「普通の住宅街ですから」
「それも中流のな」
「ええ」
 俗に格差社会だの中流崩壊だの言われているが実際は中流家庭が主流であり続けている。これは上村の考えだが間違っているとは思っていなかった。
「だから別におかしな訪問先もないしな。安心して頼むぞ」
「ええ、では」
「いや、本当はな」
 課長はここで上村の顔を見て楽しそうに笑ってみせた。
「君にはもっと面白い場所に行ってもらいたいかなとも思っているんだ」
「面白い場所といいますと」
「あそこは坂道が多いとかそういうのじゃないからな。平坦でわかりやすい」
「もっと複雑な地形の場所ですか」
「君はそういう場所が得意だろ」
「足腰にも方向にも自信がありますので」
「そうだよな」
 課長は彼の言葉を聞いて頷く。彼の体力もそうした地図を覚える的確さも評価しているのだ。だからこその言葉であった。
「だからだよ。といっても」
「決まりましたか」
「結構あそこに彼、ここに彼って決めていって」
「そこが私だと」
「そういうことだよ。別に深い理由があって決めたわけじゃないがな」
 これについては課長も自分で言うのだった。
「まあとにかく頑張ってくれ」
「はい」
 やはり深く話すことなく言葉を交えさせる。
「いつものようにセールス売り上げ記録更新を期待しているよ」
「任せて下さい」
 最後は課長にとっても上村にとってもいい感じのやり取りになった。これに満足しつつセールスに入る。最初から彼は好調で業績を次々とあげていた。まずは課長の期待した通りであり上村自信にとってもいい気持ちでできている仕事であった。
 この住宅地は一軒家が立ち並ぶ簡素な場所だった。昼には主婦や老人がいて夕方近くには下校の子供達を見る。犬や猫もいてのどかな場所だ。喫茶店もあり上村にとっては実に気持ちよく仕事ができる場所だった。彼はこの日も順調に仕事を進め満足した顔で住宅地の中の公園で休憩していた。
 ベンチに座りそこで缶コーヒーを飲んでいる。メタボリックに注意しているのかそのコーヒーは糖分が入っていない完全なブラックだった。それを飲んでまずは一息だった。
「さて」
 一杯飲み干してから満足した顔で言う。
「もう一仕事ってところだな」
 すぐに店を出て仕事を再開した。まず入ったのはごく普通の家だった。次も同じだった。最初の家は成功しなかったが次の家では成功した。これに気をよくして次の家に入った。ところがであった。
 その家は異様な家だった。外観はそうではなかった。普通にチャイムを鳴らした後でイヤホンに出て来た声に応える。まずこの声自体がおかしかった。
「何だ?」
「んっ!?」
 いきなり何だと言われて内心顔を顰めさせた。
(何だ、か。これはまた)8
 だがすぐに気を取り直した。こうした客も今までいないわけではなかったからだ。だからこう言われてもすぐに気を取り直すことができたのだった。
(まあいい)
 内心こう言って己を落ち着かせた。
(多少乱暴でもお客さんだ)
 己の中で言葉を続けていく。
(それに)
 ここであらためて家を見る。二階建てで白い壁にオレンジ色の傾斜の強い屋根を持っている。窓は大きく縁が黒い。奇麗な家であると言えた。
「いい家だな」
 家を見て気を完全に落ち着かせるのだった。彼は家やアパートが好きだ。そうしたものを見ているだけで落ち着くところもあった。これは幼い頃からであった。
「さて、じゃあ」
「おい」
 だがここで。またイヤホンから声がしてきた。
「誰だ御前」
「私ですか」
「そうだ、御前だよ」
 初対面の相手に随分ときつい物言いであった。
「御前、何だ?」
「私ですか。私は」
「早く言え」
 上村が言うよりも先に言ってきた。完全に命令口調である。
「誰なんだ御前は」
「大和商事の上村です」
 彼は内心引くものがあったがそれでもビジネスに徹して応対をした。この辺りは流石はベテランのやり手営業担当であると言えた。
 
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