相模英二幻想事件簿
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山桜想う頃に…
Ⅷ 同日 PM1:24
私達は櫻華山へと来ていた。
以前来た時とは違い、今回は山の裏へと足を進めていたが、その途中で私の携帯が鳴った。てっきり亜希からだと思い番号を確認せずに出ると、向こうから松山警部の声がしたため、私は最初ギョッとしてしまった。
「松山警部。どうかされたんですか?」
私は何だか胸騒ぎがした。松山警部がこうして連絡を入れてくるなんて、何か無ければないだろうからな…。
「どうもこうも…また一人亡くなっちまったんだ…。悪夢としか言えねぇな…。」
予感的中…か…。こんな閑で美しい自然に囲まれた町で、こんな血生臭く陰惨な事件が起こるなんて…。それも…霊がそれを起こしてるなんてな。全く、信じがたい話だ。
「亡くなったのは…?」
「従業員の桜庭だ。」
私は体を強張らせた。その名を聞き、頭にはここで楽しく過ごした記憶が鮮明に思い出され、一瞬松山警部が悪趣味な悪戯でもしてるのかと思ってしまった。だが…そんなことはないと知っている。松山警部は…事実だけを伝えてるに過ぎないのだから…。
「でも…桜庭さん、一旦実家へ戻るって…。」
そう、彼は旅館を閉めている間、実家へ帰って田畑の手伝いをすると…。それが何故こんなことに?
「それがなぁ…陽一郎氏に、女将の葬儀まで男手が欲しいって言われたようなんだ。大半の仲居は残ってたんだが、やはり女だけじゃ力仕事は無理だからなぁ…。」
松山警部はそう言って、電話口で深い溜め息を吐いた。それからその場の状況を説明してくれたのだった。
「見つかったのは、本館から少し離れたとこにある納屋だ。普段は滅多に行かない場所だが、葬儀用の食器なんかが仕舞ってあって、桜庭はそれを取りに行ったようだ。だが、いつまでも戻って来なかったため陽一郎氏が行くと、階段の登り口で亡くなっていたそうだ。俺は今、現場へ何人か連れて来ているが、今度は胸に山桜が刺さっていてな…まるで生けられたように何本も刺さってる…。全く…頭が変になりそうだ…。」
私は何も答えることが出来なかった…。再び犠牲者が出ないようにと願ってはいたが、そんな願いも虚しく…あの桜庭さんまでもが…。
「英二、どうした?」
私がいつまでも動かなかったため、先へ進んでいた藤崎が戻ってきた。
「今、松山警部と話していたんだ。」
藤崎にそう答えると、私は再び松山警部へと言った。
「警部、怒らずに聞いて下さい。」
「分かった。」
松山警部はそう短く答えた。私が言わんとしてることを察知しているようだ。私はそう思い、ある私見を警部へと話した。
「推測に過ぎませんが、あの旅館、昔は大きな屋敷の一部だったと思うんです。恐らく、そこで御家騒動のようなものがあって、その最中に殺された人物がいるのではないかと…。」
「それが今回のこの事件にどう結び付くんだ?」
私は暫く間をおき、その問いに答えた。
「私は、今回亡くなった人物の場所が気になりました。そこで、私はその場所で殺された人物がいると考えたんです。」
「なるほどなぁ…。で、誰がどこで殺されたと?」
「恐らく…風呂では謙継の側近が殺されたんでしょう。女将が亡くなった場所では、謙継の妾だったイトが殺され、納屋では名前が知られていない人物…多分、謙継の息子を見ていた乳母だったんじゃないかと考えいます。」
私がそう言うと、隣で藤崎は首を縦に振って同意を表していた。松山警部は違ったようたが。
「なぜだ?乳母ってったら、子供の世話係だろうが。騒動があったとしたって、殺される理由ってのが無いんじないか?」
「普通ならそうですが、この乳母…謙継とできてたようです。」
「…!?なんちゅう男だっ!」
私の答えに、松山警部は電話口で怒鳴り声を上げた。ま、分からなくもない反応だが…。
「まぁまぁ…。当時は未だそういうご時世だったんです。妻のハツは、最初は仕方ないと思ったんでしょう。正妻で子供も授かり、数年は幸せに暮らせたと思います。ですが、彼女の精神は段々と変容していったようで、それは残されていた古文書で分かってます。」
「それじゃ…この桜庭で、一連の事件は終るのか?」
「いいえ…。残念ですが、後二人は犠牲になる可能性があるんですよ。」
「これで終わりじゃないのかっ!?」
松山警部は素っ頓狂な声で叫んだ。電話口で何度も大声出さないでほしい…鼓膜がもたないっての…。
だが…あの古文書には続き頁があり、そこには前頁とは違い、その翌年の日付が書かれていた。筆跡も兼造とは違い署名もない。しかし…ハツとみて間違いないだろうと思う。
あの報告書の次頁にあったのは、流暢な草書体で書かれた手紙だった。明らかに女性の字で、恐らくは包みに署名があったのだと思う。
「ハツが実家に宛てて書いたものですが、手紙が一緒に綴じてあったんです。そこには、叔父である堀川弥右衛門に助力を乞いたいとありました。」
「堀川って…例の堀川宗彌と関係があるのか?」
「宗彌の弟ですよ。それでですね、その手紙には嫁ぎ先の分家、いわゆる三分家の当主の名もありました。それがどうして書かれたかは、続く二頁が紛失していたので分かりませんが…。ですが、その三分家は現在全てが絶えてます。無関係とは考えられないのでは?」
「それじゃ…その分家の縁者が犠牲になるってのか?」
「そう考えた方が無難でしょう。心当たりありますか?」
私がそう問うと、松山警部は佐野さんを呼んでいるようだった。電話口くらい手で覆ってからにすればいいのに…。
「英二、何か掴めそうか?」
目の前で、藤崎が手持ち無沙汰と言わんばかりに聞いてきた。
「今、佐野さんに聞いてるようだが…あ、松山警部、何か分かりましたか?」
そんな藤崎を待たせ、私は再び松山警部と話始めた。
「いやぁ…はっきりしたことは言えないが、どうやら板前の染野と、役所に勤めてる米屋がそうらしい。」
私が再び携帯へと神経を集中したせいか、藤崎は先へと進んでいた。ふと見ると、その先で藤崎が早く来いと合図していたため、それを松山警部へと言って、私は藤崎の所へと急いだ。その際、携帯はスピーカーにして、そのまま話を続けられるようにしたのだった。
「二人とも…くれぐれも気を付けてくれよ…。」
携帯から松山警部の声が響いた。この件でそうとう参ったらしく、今の松山警部には最初に感じた威圧感は無くなっていた。
ま、無理もないよな…。こう立て続けに死人が出た上に、そのどれもが謎だらけなんだからな。解決させたとしても、まさか霊の仕業とは報告書には書けないだろうし。
「京、何かあったのか?」
私が藤崎へと問い掛けると、携帯から松山警部も藤崎へと問い掛けた。
「なんだ、スピーカーにしてるのか。だったら最初からしとけよ…。」
私は苦笑いしたが、それも次の瞬間には消え失せていた。
今、私達の目の前には墓がある。だが、そこへ辿り着くための細い道を断ち切るように、そこには大きな穴がポッカリと開いていたのだ。その先に例の墓があるわけだが、その場所も奇妙だった。まるで崖を削って墓を作ったようにさえ思える…そんな不自然極まりない場所にあるのだ。
「何でこんな小さな山に…崖が?」
私が唖然としていると、再び携帯から声が聞こえたが、今度は松山警部ではなく佐野さんだった。
「お二人とも、そこ気を付けて下さいね!一昨年の秋口に、台風で土砂崩れしてますから!」
それを聞き、私と藤崎は顔を引き攣らせた。そういう情報は、もっと早く知らせてほしいものだ…。
「その時、一気に陥没したんで、一部の墓と社が地下へ落ちたんですよ。一度は墓石や遺骨を引き上げようとしたんてすけど、周囲の地盤もゆるかったんで断念したそうですよ。」
佐野さんがそう説明を付け足した。
確かに…底がはっきりとは見えないほど深い…。落ちたらまず、生還できはしないだろうな…。
「佐野さん。さっき言った社って、例の長男を祀ったっていうものですか?」
私は不思議に思って聞いた。確かに、社についてはそう聞いてはいたが、何か引っ掛かるものがあったのだ。
「いや、正確には違います。何人かを一緒に祀ってあったそうですから。しかし結局、残った墓が嫁の墓なんてねぇ。」
「嫁の墓?」
今度は藤崎が怪訝そうに聞いた。
「ええ。大きな墓石が見えると思いますが、あれは謙継の妻の墓なんですよ。」
その佐野さんの答えに、私と藤崎は嫌な考えに囚われた。まさか、宗彌の娘である謙継の妻の墓がこんなところにあるなんて…私達は考えていなかったのだ。
この町には、小さいながら寺もある。勿論、堀川家の菩提寺はその寺だし、その一角に代々続く墓もちゃんとある。山内家時代の墓も残されているため、その敷地はかなり広い。
私も藤崎も、謙継はこの山で亡くなったからここで祀られているのだと思っていたが、妻まで葬られてるとは思わなかったのだ。
だが…何故この山に妻を葬ったのだろう?
「不義をはたらいたのか…。」
藤崎はハッとした表情でそう呟いた。
「不義って…浮気のことか?」
「英二。そう考えた方が辻褄が合うんじゃないか?男尊女卑の根強かった時代だ。浮気なんてしたら即離縁だからな。だが…どの資料や言い伝えにも、例の兄弟以外に事件性のある話はなかった。それに、ハツの名は資料に残されているにも関わらず、口伝には一切出ない。それを考えると…」
「気付いた者が…闇へと葬った…。」
藤崎の言葉に答えた私は、自らの言葉にゾッとした。恐らくは、謙継を立てて妻の方を抹消することで、周囲に与える影響を緩和させようとしたのかも知れない。それだけ大それたことを、謙継の妻はしたのだろう。
だが、その推測を裏付けるものはない。妻が何をどうしたのか?一体、堀川家は何を隠そうとしたのか?そして、何故分家が全て絶えてしまったのか…?
「英二…絶えた分家ってのは、謙継が妾に産ませた子と、不義によって産まれた子が関わってたんじゃないか?多分…あの隅にある小さな墓は、妾だったイトの墓だと思うんだ…。」
「有り得ないだろ!?」
私は藤崎の推理に否を唱えた。いかな妾だとしても、決して家族ではない。嫌な言い方だが、それが現実なのだ。墓を作るにしても、この山に葬ることを家族や親族が許すはずはない。
しかし、私がそう考えた時、携帯の向こうから佐野さんが藤崎の推理を肯定したのだった。
「隅にある小さい墓ですか?それですが、妾の墓だとは言われてますよ。名は知られてませんけど…。」
伝承されてる…?それは何を意味するのか私は考えた。口伝にしろ伝承される程なんだから、きっと何かしらあったに違いない。もしかしたら、当時にも何かが起こり、それは堀川家にとっては都合の悪いことだった…。
「京。この山にある墓ってのは、もしかしたら…闇に葬られた者たちの眠るものなんじゃないか?それも…多くの憎しみを抱いて死んだ者たちの…。
「そうだろうな。この堀川家は、ちゃんとした墓が表にある。にも関わらず、こんな山に社まで立てたのは、表に埋葬することを許されなかった者たちを埋葬するためだ。それも内々にだ…。」
「それじゃ…ここに葬られた人達全てが…殺されたと言うのか?」
私は恐れを含んだ声で、ジッと墓を見詰める藤崎へと問い掛けた。藤崎は私の問いに、墓を見たまま答えた。
「いや、殺した本人達もここへ眠っているはずだ。」
「本人…達?」
藤崎の言い方は、殺人者が複数居たことを匂わせた。
確かに、ここへ埋葬されているのは、幾つもの時代を跨いでいるはずだ。だが…そんな幾つもの時代に、恐ろしい殺人者が居たなんて…。殺された方はたまったもんじゃないな。たとえ死して滅んだ後だとしても…殺した者と一緒だなんて…。
「だから…二人分の墓しか残らなかったんだ。」
藤崎は、一人納得したような顔をして言った。私も何となくだが、藤崎の考えを理解したのだった。
あの墓に眠る二人の女性…その想いが、この中では一番強かったんだろう。殺された時、その想いが様々なものに染み着く程、この二人の女性は何かを想ったんだ…。
「英二…。この二つの墓に眠る人は、何かしらの罪を負わされて殺されたのかも知れないな。」
「罪…ねぇ。この二人じゃなくとも、他に多くが殺され、ここに埋葬されてるんじゃないのか?」
「そうだ。だが、この墓だけは違うような気がするんだ。この二人の想いは、他を圧倒する程に強かったんだと思う。だから…その想いが強すぎたから、他の事件が連鎖的に起きたんじゃないのか?」
藤崎がそこまで言った時だった。私達の視線の先、そこにある墓の前に一つの影が浮かび上がった。私達はそれから目を離すことが出来ず、それを見詰め続けた。
暫くすると、その影は女性へと変貌し…ゆっくりとこちらへと振り返った。
私達は冷や汗をかきながら、振り返った女性の顔をみたのだった。
「…!?」
私達は声すら上げられなかった。その女性には…顔がなかったのだ。
だが、そこへ不意に別の感覚が起こったのだった。
「あ…!!」
それは独特な浮遊感だった。そう…私達の足元が、なんの前触れもなく崩れてしまったのだ。
「おい、どうした!」
携帯の向こうで、松山警部が異変に気付いたようだった。しかし、私達は深い闇の淵へと落ちてしまい、そこでふつりと記憶が途絶えてしまったのだった…。
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