Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第四一話 遠謀深慮
書類が山のように積もった机に向かう青き軍装を纏う一人の男。
彼はそれらに視線を走らせていたが唐突に視線の疾走は足を止める。それと同時に足早の足音と続いてのノックが戸を鳴らした。
「失礼します、閣下。彼奴らに動きがありました。」
「ほう、存外に早いな。」
入室すると矢継ぎ早に報告をする深紅の軍装を身にまとった真壁に言葉とは裏腹に薄い興味しか表さない斑鳩崇継。
「いえ、これはいやがらせ程度でしょう。いかに彼らといえど国外に逃げられては出せる手が非常に限定され、しかもリスクが跳ね上がる。
その前に程々に失敗してもいい程度の策を講じ、巌谷や彼奴に危機感を抱かせることで雁字搦めにするのが狙いと思われます。」
いつも通りの淡々とした表情のまま推察を述べる真壁。そして、初めて斑鳩崇継の視線が真壁に動いた。
―――すでに予測済みの分かりきった事項に興味など微塵も存在しなかったのだ。
「―――それで肝心の彼女はどうだ?」
「奴の傍に置いておいた護衛が役に立ったようです―――そして、”偶々”OSのアップグレードのために調布基地に移動していた富士教導隊共同体が始終を目撃し、その目論見は失敗しました。」
偶々、真壁の言葉に見られる言葉はそれ以外も含めてその言葉の意味する所とは正反対の真実の意味を含んでいるのは当然の事実であることをうかがわせる、
「ふむ、しかし……性犯罪は被害者にとって未遂・完遂に違いなどあるまい?彼女は大丈夫かな、心配でならないよ。」
「よく言う。彼奴にとって敵という認識を持たせるために、わざと見逃したくせに。――まぁ、仮にもあんな杜撰な薬物管理であの京都を生き延びて尚、心を壊さなかった強い女です。」
強運もある、だがそれ以上に心が強い。
あの地獄を見て、親しい者たちを亡くし、父を亡くして尚、絶望と倦怠に沈まない。
その出自と他人の都合で戦いたいという望みすら果たせない。不当にその権利を奪われてなお、己の戦いを模索することを諦めない。
その諦めの悪さ、それを強いと言わずなんというのだろう。
「きっと、大丈夫でしょう。それに彼奴もついています。」
淡々と事実のみを口にしていた真壁の口調に感情の色が灯った。
それは何も考えてないが故の安直ではない、唯依を戦場を生き延びた一人の戦士として認めているが故の信頼。そして弟弟子である男への信頼によるものだ。
「ならばいい、が経過の報告は徹底させろ。」
「御意に。」
「さて、これで彼らは調子に乗るか、それとも慎重になるか―――見どころだ。」
「まったく……悪い癖だ。」
真壁は楽しそうに賭博にも似た時勢の動きを見る主に苦笑を漏らす。
つまるところ彼らにはどちらを選んでも未来はない、其れが分かっていながらあえて選ばせる……それを良い癖とはお世辞にも言えないだろう。
「虎の尾を踏んだ愚か者がなにを選んでも結末など変わらないでしょうに。」
「それはどうかな、虎を打ち倒す―――という可能性もあるかもしれな。彼が出雲で見事生き延びたようにね。」
「―――果たしてそれだけの胆力、彼奴等にありましょうか。所詮は死肉を啄むハイエナ。虎や竜には勝てませんよ。」
かつての仕組みを思い出して斑鳩崇継はほくそ笑む。
戦術レベルでなら何度も自分の予測を超えてきた漆黒の衛士、彼の運命を切り開く力が戦略レベルの絶望的な状況下でさえ生き残れるのかが見たかった。
斑鳩崇継の予測では生き残れる確率は万に一つ程度でしかないのにもかかわらず。
だから、一條に態々手を回し、崇司家当主救出の任を任せたのだ。
「それもそうか………して、篁の遺産はどうだ?」
「順調です。あとは橘花とATRXで検証される技術と概念を盛り込み、それに見合った外装を見繕う状態です。」
「そうか、それは楽しみだ。」
ふっ、と微笑を浮かべる斑鳩崇継。
「しかし、私は例の手術には反対です。……動物実験には成功していても、治験も終了していない―――成功率は恐らく4割。失敗すれば良くて一生寝たきり、致死の可能性のほうが高いでしょう。」
「仕方あるまい、ブレインゲート技術自体、まだ日の浅い分野だからな。成功者は確か9人程度だったか?」
「いずれも大脳埋め込み型の有線型インプラントタイプの患者です。今回はさらにもう一歩進めた次世代型インターフェースのようです……どうにも過渡期感は否めませんね。」
「BETA戦役が無ければ発展が三十年は遅れていた類の技術だからな仕方ないだろう。」
「といっても、この技術を受けるのにサイバーキネティックス社の協力も取り付けねばなりませんでしたから相当骨が折れました。
我が国内でそれが出来たらよかったのですが、日本の医学界は閉鎖的で、日本の世論自体もこのようなインプラントに対する忌避感が強すぎてこの類の技術において後塵を期している――――それも、今後の課題ですね。」
自身の意見が反対であっても主の命に従い、外交を行った真壁がその労を思い出し
ため息をつく。
インプラント系の技術は解析が難しい、その理由は簡単で材料工学主であり、人体に機械を埋め込む場合はそのすべてが高度なマイクロナノ技術の結晶だからだ。
また、それがどの様な理念で設計されたか、それは膨大な失敗というネガティブデータが無ければ理解できない。
つまり、外交に使った労力よりも収穫のほうが小さいのだ。またそのリスクも看過できない。
「予想外の角度から問題が見えただけ収穫はあったとみるべきか。」
「私見ですが……人体の機能拡張は恐らく、今後の国防上でも重要な要因となり得ます。人道云々語っていては反って要らぬ戦火を招くこととなる。」
「だからこそ奴なのだ。摂家のモノは常に臣民の前に立たねばならぬ。それは何も戦場だけとは限らない。
しかし、そうなると我が国でもその類の研究をせねばならんな……盲ろう患者などの治療という名目で大規模治験をするしかないかな?」
「人材という資材の有効活用、という面では合理的でしょう。………気持ちのいい話ではありませんが。」
言外に、障碍者を人体実験の材料にする。といった斑鳩に眉を顰める真壁。
「確かに…な、だがな真壁。不可能を不可能のままにしておくことはどんな暗愚でもできる。
苦痛を苦痛のまま我慢させる、我々はそれであってはならない。我々はマザーテレサであってはならない。」
貧しいもの、余命幾ばくもないもの、不自由なもの。それらにただ我慢だけ敷いたマザーテレサ。
それで救われた人間も確かにいるだろう、だがそれは何の解決も示さなかったただの慰めに過ぎない。
臭いものに蓋をしただけだ。
それでは無意味だ、そうであってはならないのが為政者だ。元を断たねば何の解決にもならない。
故に、多少の犠牲が出たとしても、為さねばならない。
最上の命医が地獄に落ちるように、地獄への道が善意で舗装されているのだとしても、非人道だと糾弾されたとしても――――進まねばならない。
医療とて、数多の失敗を次に繋げその結果確立された手法なんぞ腐るほどにある。それは過去の患者の実験結果によるものに他ならないのだ。
「確かに、過程の正否など結果で幾らでも流し去ることができます。
リスクを恐れ、何もしないのは慎重ではなく唯の臆病。確信なく突き進むのは開明ではなく無謀―――今の政治体制が何の成果も出せていない現状、果たして何時まで続くでしょうか。」
例えば、今主権を握っている榊。彼は斑鳩崇継らから見ても傑物だ。
動かしにくいことこの上ない民主制度下で現実を全く見ていない野党や人権団体、マスコミ等を相手に足を引っ張られながらも、よく日本を持たせている。
しかし、悲しいかな。社会問題に対する自己解決能力を欠くという性質を持つ民主政治体制である限り、BETAには勝てない。
責任を取りたくない責任者たちが責任者の座を巡って足の引っ張り合いを繰り返すのだから。
民主政治はたやすく腐敗し、それは国難を呼び、やがて人々は英雄を求め、君主制に戻り、そして革命によって民主制に戻るという説を立てた歴史家がいた。
荒唐無稽と言われてはいたが、ある意味、間違ってはいないのかもしれない。
実際、日本ではあり得なかったが民主政治の起源は古代アテネまで遡ることができる。民主政治自体も君主制と同じく古来より用いられ失敗してきた政治体制なのだ。
民主政治を含めた古今の政治体制の中で最も長命だったのが江戸幕府だろう。その国家としての寿命は最長、崩壊の原因もペリー来航という外的要因だったのはそれだけ、その治世の完成度の高さを証明している。
「こちらの準備が整うまでの間、榊には是非とも頑張って貰わねばならないな。」
「ええ、今は雌伏の時。我らは影より彼の奮闘を見守るとしましょう。……ああ、それと彼奴の機体の手配が完了しました、ご確認をお願いします。」
少し面白げに口ずさむ斑鳩崇継に真壁が答えていると、不意にその手に持つ資料を思い出し、それを手渡しながら報告する。
「工廠の皆には苦労を掛けるな、普通の要人ならともかく摂家の軍人が自機もなく……というわけにはいかんからな。」
「普通に瑞鶴を一機手配すればいいものを、何故わざわざこのような仕様に?」
主を眺める資料に疑問を挺す真壁助六郎。
通常であれば摂家専用機である瑞鶴タイプRはメインカメラの細か仕様を除けばその他の機体と基本仕様は変わらない、単なる色違いだ。
しかし、その瑞鶴には各種最新アビオニクスへの換装をはじめとした近代化改修に加え、両前腕肘側に“ブレードマウントを追加した”【規格外品】だったのだ。
「ふっ、それは奴が大陸で一番使っていた現地改修機を再現しつつ整備したものなのさ。」
現地改修機、多くの前線では補給が滞ることがよくある。
しかし、仮にも戦線の最前線、中破や大破した機体も当然多い。また衛士の要望や、戦況上仕方なく本来ならばあり得ない仕様に変更したり、保守パーツが足りなく別機種のパーツを移植し戦線復帰した機体などが散見されるようになった。
こういった、継ぎ接ぎで突貫的に作成された本来の仕様を逸脱する改修や修復を行われた機体が現地改修機と呼ばれる機体群である。
「奴には存分にその腕を振るって貰わねばならんからな。その為の甲冑だ。―――良きに計らってくれ。」
「御意に。」
遠望深慮の微笑みを携えたまま斑鳩崇継は忠臣に命を下す。
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