ランス ~another story~
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第3章 リーザス陥落
第70話 ジオ戦前の休息
ジオの町の攻略に暗雲が立ち込めているのは もう言うまでもないだろう。
その町にいる男の存在。たった1人でも その男が ジオに いるのといないのでは、全く印象が違うとさえ言えるのだ。
男の名は、《トーマ・リプトン》
現行人類最強の男と 自国のみならず、他国でも評される程の豪傑。その男の騎士道精神は、敵であったとしても、その強さは。……精神は 敬意を表する程のものだ。
歴代の勇将は 敵であったとしても 豪傑と語り伝えられるのは そう言う敬意があったからこそだ。
故に、トーマも未来ででも、伝えられる事になるだろう。真の戦士、武士だと言える男だから。
……だからこそ 違和感が拭えない者が此処にはいた。
「………」
この司令本部で ある程度の軍議も終わり、腕を組み壁にもたれかかる体勢で目を瞑るのはユーリだ。
人類最強と称される そのトーマの名は、勿論ユーリも知っている。
ハンティから訊く前から 自分の耳にも届いていた名前だ。
様々な世界を、国を見て回った彼だからこそ。……それ程の剛の者の事を、耳にしていてもおかしくはない。そして、何よりもトーマの性質についても勿論知っている。
確かに敵側、相対する側から考えれば まさに鬼神、戦神と形容されるだろう。そして、その圧倒的な力を目の当たりにしたら、心の弱いものであれば、あっという間に 戦意を喪失しかねない。だが、自軍を守る為に、味方の最後の1人まで逃がす為に 敵に背を向けずに最後まで戦い抜き、決して背中に傷をつけない。
そして、生還するのだ。
100もの軍勢を、最後まで劣勢だった戦の際に、最後まで戦い抜き、味方を救ったその姿は 勇姿そのものだ。味方のトーマに対する信頼は絶大。トーマは望まないが、トーマの為に 命を散らす事も辞さないのだ。 敵側でさえ、敬意を表する程だから。それは 総大将としてリーザス軍を率い続けてきたバレスも同様だろう。……同世代だからこそ。
そして、だからこそ、解せないのが 今回のヘルマン側の、……トーマの動きだった。
「ユーリ殿」
「………」
バレスが声を掛けるが ユーリは集中をしている様で 反応しなかった。バレスは 聞こえていなかったのだろう、と思い再び声を掛ける。
「ユーリ殿?」
「……ああ。悪い。少し考え事をしていた。どうしたんだ?」
「いえ。ジオの町にも可能な限り、密偵を差し向けてはいます。流石に 軍の動きの詳細を把握するのは 難しいですが、 まだ 動きは無い。と言う報告は上がっておる。……故に、こちら側にも猶予はあるという事じゃ」
「……ああ。その間に 有力な情報があれば、だな。オレとしても 色々と探りは入れておくつもりだ。……勿論 出来る範囲で、だが」
「有難い。我々も死力を尽くしましょう。本日は これにて終了と致します。何か有りましたら、直ぐに皆に伝令を寄越しますゆえ、十分な休息をとって頂きたい。……ユーリ殿達は 相応の事を成し遂げてくれたのですから」
それは、バレスからの厚意だった。
無下にするのは 忍びなく思う。メナド達が言う様に 軍人が 頼ってしまう。冒険者に頼ってしまうと言う事、それは 『自分達が情けない』と思うと同時に、それ以上に 申し訳なさが頭に浮かぶのだ。
国を守る為に組織されているのが、各国の軍隊。だが、それを打ち破られた挙句に 他国にも侵攻を許してしまっているのだから。
全ての始まりはリーザスからだったから。
リーザスの総大将である バレスが 強く想っている事は判る。表情にこそバレスは出さないが 間違いなく メナドやハウレーン達以上に。
「ああ。それは 有難い。カスタムの皆にも伝えておくよ」
「……かたじけない」
「ん? それは こちらのセリフ、なんだがな」
ユーリが察した事を、バレスも察した様だ。頭をゆっくりと下げていたから。
ユーリは、それを見て笑いながら 手を振り 出て行った。
そして、その道中で。
「ユーリ」
「ん? ああ。清。どうした?」
ばったりと出会ったのは、自分よりも先に出て行った筈の清十郎だった。
「次のジオの町について、だ」
「ああ。中々に厄介な場所にあるからな。色々と注意はしておいた方が良いだろう」
ユーリは、地形を思い出しながらそう言う。
ジオへと行くには、ホッホ峡を通らなくてはならない。この場所が地形的にも見通しが悪く進軍するには 不確定要素が多いのだ。待ち伏せをするのであれば、高低差があるから し易いと言えばそうだが、逆であれば 誘導され 一気に殲滅される可能性だってある。
プチハニーや破裂玉を惜しみなく使ってくる連中だから。
そして、よしんば無傷で ジオにたどり着いたとしても、ジオはリーザスと自由都市の国境付近。直ぐ傍、北側にはリーザス領のオクの町があり、ジオ攻略を手間取ってしまうと、援軍が送り込まれる可能性が高い。迅速に奪還し、オクへと追い返すのが一番理想的だ。
「ふむ。……オレもこの国の地形については詳しくはない、が。ユーリの言葉を訊いて、大体間違ってなかったな」
「なんだ。既に叩き込んでいたのか」
「時間が少ないとは言え、地形的条件を全て知るのは戦の基本だ。使えるものは何でも使わなければならんだろう? ……ただの修行、修練の為の個人の戦いであれば、必要は無いが、今はそうもいかん」
「はは。清らしいな。……っと、そうだ」
ユーリはあることを思い出しながら清十郎に訊く。それは、清十郎がこの解放軍に所属する前の部隊、抵抗軍についてだ。
「……アリオス。ユラン達については、何か訊いてるのか? ポルトガルへと向かった程度にしか、オレは訊いてなかったが」
「ああ。奴らなら大丈夫だ。プルーペットと呼ばれる商会の連中を助けた、と言う情報は 間接的にだが 得ている。が、アリオスは よそ見をよくする男でな。気づけば 四方八方へと 助けに向かっているらしい、な。話が本当なのであれば、もうユラン達とは別れて行動をしているらしい」
「……成る程な。人助けに、優先順位はつけたくはないのは オレも同じだ。が、ひょっとして、別れたって、 アリオス1人で行動している、と言う事か?」
「ああ。付き合いが長い訳ではないのだが、相変わらず、と言う感じだ。だが、ヤツの腕は折り紙つきだ。1人であろうと、問題ない。オレも保証しよう」
清十郎がそう答える。
彼は 共に戦った経験があるからこそ、実力はよく知っているらしい。リーザスを占拠しているヘルマン軍の本隊、それも魔人を含めた本隊にたった1人で向かうのは無理があるが、各地で蔓延っている連中をゲリラ戦で叩き飲めす面に関しては 全く問題ないのだ。
そして、勿論 ユーリも知っている。言わずもがなであり、愚問でもあるのだ。彼が勇者である以上、誰も滅する事は出来ない。いつの時代でも 勇者とはそう言う存在。魔の王ですら、畏れる存在。
……あいつらが作り出した存在だから。
「だが、逆に ユラン達は大丈夫なのか? 正直、アリオスが抜けた穴はでかいだろう?」
「その辺りも大丈夫そうだ。プルーペット商会のつてもあり、傭兵達もそれなりに増えたらしい。コロシアムに出ていた連中もいるそうだ。……あの頃から、変わってないのであれば、多少は心配だが 闘士を名乗るなら、大丈夫だろう。……それに、だからこそ、アリオスが動き回れる機会が増えたんだろうな」
「ははは……。なら 兎も角 向こうは大丈夫そうだ」
それは、抵抗軍にとっては、良い事だったのか、悪い事だったのか、兎に角微妙な所だろう。
「ああ、話は それとは別の事だ」
「ん?」
清十郎は 話題を変えた。呼び止めた訳は他にあったのだ。
「ジオの町について、だ。諜報の役を担おうと思ってな」
「……清。お前も十分過ぎる程疲れてるんだ。多少は休めよ。まぁ 言っても訊かないだろうから、オレも手伝うか?」
「馬鹿を言うな。ハイパービルとやらでも、ほぼ戦いは無かった。殆どお前、お前達だっただろう? オレは大丈夫だ。が、あの娘達はそうはいかん。疲れとは貯まるものだ。……お前が率先して休め。そうすれば、娘達も従う。それが一番だ。オレやリックではそれだけは出来ん。……お前にしか出来ない事だ。彼女達を休める為に、お前が休め」
清十郎に、諭されるとは正直思わなかった。根っからの戦闘好きだったから。と言う理由もあるだろう。
「……そう、か」
「そう、だ。休め。何度もユーリが言ってる事だが、まだまだ本番は先だ。休める時、に休む。それも仕事だ。娘達を休まさしてやれ」
ユーリはそれを訊いて、清十郎の事を思い出していた。
「清は、確か妹がいる。……兄だと言っていたな。……なんだか納得した。随分と面倒見が良い」
「……ふ。オレは お前程ではない、と。 絶対に言えるがな。オレ自身も、この世界に来て大分変わったよ。昔のオレはそうじゃなかった。ただの野心家だった。……これは、間違いなく、お前の影響だ。こうなった責任をとれよ」
「ん。それは どう責任をとればいいんだ?」
「オレにもっと戦闘をさせろ。って事だ」
「ははは……」
ユーリは、清十郎らしい回答を訊き一頻り笑った後、 清十郎と別れた。厚意を受け取る事を約束して。
リックも大体は訊いていた様で、同じ気持ちだった様だ。生憎 リックの姿は目立ちすぎる為 諜報部隊には入らないから 今は全ての色を含めた部隊編成に力を注いでいる様だった。
《バレス》《エクス》《ハウレーン》《メナド》《レイラ》《メルフェイス》《アスカ/チャカ》
リーザス軍組が 大分頑張ってくれているからこそ、自分達が休む事が出来る。そう言う時間が出来たのだ。その御厚意に甘えさせてもらう方が良い。ユーリがそう結論するのも時間の問題だった。アスカは 少し微妙だが メルフェイスが頑張ってくれている。
「まぁ、ランスは 何も言わなくても休んでるし。……シィルちゃんは大変だけど、ランスの傍にいられる、と考えたらとりあえずOKだろう。……まぁ竜角慘は常備させた方がいいかな」
ユーリは、軽く笑った。
幻覚の魔法に関しては あまり 連発して不信感を与えるのも厄介なので、出来る限り間を空けたりをしているのだ。正直な所 自分がつかれてしまうから、と言う理由も大きい。 誰かを無理矢理にヤっちゃってる様な場面に遭遇したら、いつでも眠らせる準備はしているが、無い事を祈ろう、と考えていた。
因みに ランスは金の軍の女の子達には早速手を出している様だ。自分自身の性欲を抑えきれていない、と言うより、あれだけ 魔法をしかけていると言うのに、性欲が有り余っているのが凄すぎる……。流石はランスと言った所だろう。
ちゃんと休んでいる所を、それとなく カスタムの面子、特に 戦いに出たメンバー達には見せた方が良いだろう、と思いつつ 進んでいくのだった。
~レッドの町 司令本部前~
参加していたメンバーは、一先ず休息を、と言う事で次々と出ていき、其々の場所へと向かっている。その中には勿論、カスタムのメンバーも同様だ。
マリアや香澄に至っては、やはり、チューリップ3号の整備を。
真知子・優希の2人は まだ本部に残って情報収集、整理を。
ランは、レッドの町の復興支援、合間を見てカスタムの町の政務を。
セルやクルックー、ヒトミ……あ、ロゼも、とりあえず一応メンバーに加えておくが、彼女達は怪我人の看護を。
トマトやミルは 消耗品の受注を其々行い在庫管理の徹底を。
とまぁ、沢山いる皆の中の一部分を抜擢しましたが、皆さん休むつもりはあまりない様子。各々で それなりには休んでいる様だが、それでも バレス達が まだまだオーバーワーク気味だと思うのは仕方がないだろうか?
「ふぅ。……魔力、まだ 大丈夫ね」
志津香は 自分の手を握り、そして開いて 自分自身の状態を確認する。
気を張り詰めていた事、そして 魔人との一戦は無かったものの、ハイパービル内での戦いは魔人だけではない。あの場所には、バグを始めとし モンスター達も多種類多数いたのだ。
魔法使いとして、後方支援に集中し 魔法も何度も使用、酷使していた部分もあるから、如何にアイテムでカバーしたとは言え、心配だった。
まだまだ、戦いは続くのだから。本番はまだまだ先なのだから。
「志津香。大丈夫?」
そんな彼女の隣にいたのはかなみだった。志津香の表情を見て 少し心配になった様だ。
「ええ。大丈夫。問題はないわ。それに、かなみも 大丈夫? ……気を張り詰め続けていたんだから」
「あ、うん。大丈夫。……だって、皆 無事だったし。ユーリさんも……。それに ユーリさんに比べたら、私なんて、まだまだ……」
かなみは 頷いた。レンジャーだから 彼女の体力も やはり前衛戦士に比べたら脆いと言っていい。それでも 持ち前の敏捷性を活かすために 前衛で戦い続けたんだ。その消耗具合は 決して かなみも負けてはない。 と言うより、殆ど全員が 消耗をしている筈なのだ。
「はぁ……、ユーリじゃないけど 皆 大概よね」
「ま、まぁ 私達も大丈夫だし……人のこと言えないと言うか、なんというか……」
「ま、それも そうなんだけど」
戦えば戦う程、確かに消耗はする。
だが、それだけ 経験を積んでゆけば、強くなっていく。こちらには レベル神であるウェリスもいるから、直ぐにレベルの確認も出来るのだ。
「この戦いでレベルが4も上がるなんてね。……戦争が始まる前を考えたら 考えられないくらいハイペース」
「あ、あははは…… 私もそう思うよ。でも、私達が強くなる事で、ユーリさんや、前で戦ってる皆の負担を和らげてあげられるなら……」
「ええ。勿論」
現時点でのパーティ。高レベルなのは前衛のメンバーだ。
ユーリ、リック、清十郎。……まぁ 色々とおかしいランス。だから、負担がかかりやすいのは前衛だ。攻撃をこちら側に当てさせない様に 気を使って戦ってくれている部分があるのもよく判るから。ランスはてきとうに暴れているだけだから、その部分だけは完全に除外する かなみと志津香だった。
そして、そんな時、ランスの姿を視界に捉えた。
宿屋へと向かっている様だ。……その腕には 誰かがいる。相手は シィルではなかった。
「はぁ。あの馬鹿は また 色んな子に手、出してるみたい」
それを見て 大きくため息をする志津香。もう少し近かったら、魔法を使って色々と妨害をしてやろうか、と思ったが もう中へと入っていってしまったから、諦めた。かなみも続ける。
「なんで、シィルちゃんは あんなの 好きになっちゃんたんだろうね……。(こ、高都合、と言えばそうだけど……)」
「……同感。あの馬鹿もあんな献身的なコがいるんだから、ちょっとは自重しなさいっての」
互いにため息が尽きないのである。
そんな所に、新たな来訪者が現れた!
「ま~、お前らは 他人のことより 自分の心配をした方が良いんじゃないか~??」
「「ッッッ!!」」
志津香とかなみの其々の肩に腕を回す。驚き 背筋がぴんっ! と飛び上がってしまう。勿論、その来訪者は、と言うか こうやって絡んでくるのは今の所少ないからすぐに判る。
「み、ミリっっ!!」
「ミリさんっっ!! ミルちゃんと一緒にアイテム屋に向かったんじゃっ!?」
2人が殆ど同時に ミリの方へと視線を向けた。
白い歯を見せながら笑っているのはミリだ。
「ほんっと、争奪戦だよな~? 今回の戦争にも負けないんじゃねぇか? さっき、ユーリの演説は完璧だったし、 皆 完全に惚れ直してる。お前らも しっかりとポイント稼いどかないで大丈夫なのか??」
「ぽ、ポイントって何よっ!!」
「あ、あぅ~……///」
ミリが来た事で 更に賑やかになり、きゃいきゃいと はしゃぐ3人。
3人の周りには特に人がいなかったから、とりあえず志津香とかなみの2人にしては良かった様だ。
そして、ミリは 本題に入った。当然ながら、ハイパービルへと向かう前に言っていた事だ。
「それで……? いつ 想いを伝えるんだ?? お前らは。ハイパービルの1件は無事終わったみたいだが。……戦ってないみたいだけど、勝負にはかったんだろう? チームの勝利ってヤツじゃないか?」
「「っっ!?」」
一気に挙動不審になってしまう2人。かなみは 顔を赤くさせて俯き、志津香は 必死に考えていた。
――……前回の様に上手く回避する魔法の言葉は無いだろうか、とだ。
無論、嫌な訳じゃないし、勿論、嫌いな訳じゃない。
寧ろ 2人ともが……好きだ。大好きだと言っていい。それを 公言して回る訳にはいかない。何よりも恥ずかしいから。
方や素直になれない性格であり、方や引っ込み思案だ。ハードルが高いのは言うまでもなく、そんな2人を見て可愛いくて、笑ってしまうのは ミリだ。
両刀使いである故に、可愛い女の子も大好物の為である。手を出すのもそうだし、見る事も。
かなみは出会った当初から、可愛いと思っていたし、その上 プライドが高く、意地っ張りな志津香も合わさって、抱き合わせ、かなり豪華なのである。
ミリは、2人を其々見た後 軽く苦笑いをした。
「はぁ、悪いな。今更だが、無理強いするのもどうか、って思ったよ流石に」
「……え?」
「……!」
まさかのミリの言葉に驚きを隠せられない2人だ。いつもであれば グイグイとくる筈なんだ。特にロゼとミリの2人は。
「そうだよなぁ。オレの見立てじゃ 2人はユーリの事が好きだと思ってたんだが、ひょっとしたら、違うかもしれないだろ? ほれ、他にも好きなヤツがいるかもしれねぇんだし」
「っっ……」
「え……?」
「あ~、ランスとかもそうだろ? お前らって、ランスともそれなりに付き合い長いんだし、ユーリの影に隠れて……、とは言えないわな。アイツ、全然隠れれてないし」
ミリは ニヤニヤと笑いながら続けた。ミリは笑っているが、2人は全く笑えない。笑えないし、こめかみに 力が集中してしまうのが判る。脳から身体へと伝達するよりも早く、反応してしまう。ぴくぴく、と動いてしまう。
「それに、口喧嘩をよくしてるけど、喧嘩する程仲が良いって言うしなぁ」
と、ミリが言った途端に 2人は大爆発した。2人とも顔を真っ赤にさせている。
これは 照れると言った類ではない。頭に完全に血が上っている。怒っている。と言うのが誰でも判るのである。
「誰がよ!!! そんなの、この世界が壊れたとしても有り得ないわ!」
「冗談でも、そんなの止めてください!!! 寒気が走ります!!」
「お、おお!」
流石のミリも 仰け反りながら そう言っていた。勿論ながら ミリも本気で言っている訳じゃないけど。
「ま、まぁ 兎に角 無理強いってのはよくねぇわ。うん、 だから オレは次に行くわ。う~ん、真知子も頑張ってくれてるの 間違いないし。ジオの町の情報収集の面を考えたら隠れたMVPとも言える……、と、なれば優希もそうだな。まだまだ、幼さが残るっていうのに。教会では 本当に辛そうだったし、アイツの事、メチャ好きみたいだし。……おおっとぉ トマトの事も忘れたら可哀想だ。アイツの原動力がユーリみたいなもんだし。……それに、ランもだな。ランに至っては あの時が残念だったし。こんな時ででも、カスタムの町の復興が着実に進んでるのは、ランのお陰だしなぁ……うむうむ」
うんうん、と唸りつつ 今後のプランを考えながら歩いていくミリ。
積極的なのは、この中ではトマトが随一だろう。そこにミリが加わって画策などをすればどうなるだろうか? 超がつく鈍感な ユーリでも もしかしたら……。
「(あ、アニスさんって人の件もあるしっ……)」
「………」
焦ってしまうのは2人共だ。
特にかなみは ヒトミから訊いたアニスの事を考えている。魔法でそうなった、とは言え 関係を持っているのだから。……ユーリには『懐かれた』程度までしか言われていないが、好意を持っている事は理解していた。
そして、ロゼも『兎に角ストレートに、積極的に、即ち迫る程にまで行けば 流石に判る。そこまでは調教をしてない』と訳の判らない事を言っていたのだ。
「悪い悪い。ってな訳で、お前ら 忘れてくれ。んじゃ、お前らもしっかりと休めよー」
ミリは、そう言って手を振ると 背を向けて歩き出そうとする。
その時だ。行かせまいとする意思が、声よりも先に行動に移した。志津香がミリの右肩を、かなみが 左肩をぎゅっ と握ってがっちりとホールドをする。
『行かせはしません!』と言うかの様に がっちりとホールド。
ミリには 今 色々あるとは言え、まだ身体は大丈夫だ。そして、何よりミリは戦士職。なのに全く動けない。2人掛りとは言え、魔法使いと忍者の2人に完全に力負けしてしまっていた。 いや、多分どちらか1人だけ だったとしても この拘束を抜けるのは 無理だろう。
「ん? どうしたんだ」
あっけらかん、としてるミリを見て、完全に遊ばれている感はしている2人だが、決して力を緩めない。遊ばれていたとしても、そうでなくても、ミリの事だから 絶対に有言実行だ。
それに、ミリは……、別に悪い事をしている訳じゃない。寧ろ 皆を気遣って(自分達からしたら、余計な事だが) いるのだから。
「やめなさい」
「や、やめてください……」
「ん? どうしてだ?」
「………」
「み、皆イーブンに、イーブンに、ですっ。そ、それに……」
志津香は無言の圧力を、かなみは必死に言葉を紡いでいく。
「私、伝えますっ! ……うぅ、ミリさんが 焚き付けようとしてるの、判ります。なんだか、納得出来ない部分がありますが……、それでもっ!!」
ユーリの事に関しては負けたくない、と言う想いが かなみを動かす。
恥ずかしくて、顔から火が出そうだけれど、それでも。
「おっ、そーかそーか」
にっこりと笑うミリ。
切欠を作ってくれた事を想えば、有難いとも思えるのだが、どうしても 完全に納得する事が出来ない。……楽しまれている感、万歳だから。
「んで、志津香はどうしたんだ?」
「………………」
志津香は、ただただ無言の圧力。
その手から放つ鼓童、身体漲る力が伝わる。迷いが無くなりつつあるのが判る。……志津香の性格、これまでの事を考えれば、拍手喝采だ。
「……前々回は兎も角、今回のは約束、だから。……ちゃんと言う。……正直、嵌められたって、思う所はあるんだけど、約束は約束。反故にするのは 私の主義に反するわ」
「ふふ、良い返事だぜ? 志津香」
ミリは、にやっと笑った。
そして、トドメの一言を伝える。
「それによ。オレは ただ100%、楽しんでる訳じゃないんだぜ? こうでもしねぇと なーんか お前ら尻込みし過ぎてる感じがするからな。オレ的には 全員に悔い無く幸せになって貰いたいんだって、割と本気で思ってる。命を賭けて、戦った間柄だからな、オレらは。皆で幸せになるのもいいじゃねぇか。一般的だって。一夫多妻なんて まるで 珍しくもない」
「それは 一般的じゃないわよ! 主に王族の話でしょ!!」
「あ、あぅ……、わ、私もそれは……」
「ははっ、歴史上の英雄なんて、女を何人も娶ってるんだし。妾だって 多いぜ?」
「知らないわよっ!」
「ぅ~……」
真剣な表情でそう伝えるミリ。
勿論、それが嘘じゃない事も、2人は よく判る。……楽しむ性格が無ければ完璧なのだけど。
そして、暫くした後 とりあえず段取りをある程度考えた2人。
「ぁぅ……、で、でも いよいよとなると……」
「………」
かなみは、頭の中で ぐるぐる回っている途中だろう。志津香は、まるで魔力を溜める、と言わんばかりに、精神統一をしている。
其々の想い。まだ、完全に伝えきるのには時間を要するだろう。
もう、言うと決めた以上は これ以上は野暮だというものだろう。ミリも まるで世話のやける別の妹達を持ったもんだ。と言わんばかりの顔をしていた。
もう少し、もう少し 力を溜める様に 覚悟を決める時間があれば、完璧に、と思えるのだが世の中そうそう上手くはいかないと言うものだ。
「お、丁度良かった」
……その時だった。丁度3人の後ろから、声を掛けて来た者がいたのだ。
2人は、志津香とかなみは、背筋に電流が走る。
『まさか、このタイミングで!?』 と2人が同時に思ってしまったのも無理はないだろう。
さしのミリも 『あっちゃぁ……』と言わんばかりに、苦笑いをしつつ 頭を掻いていた。でも笑っているのは、完全に楽しんでいるからだろう。
「お前達もしっかりと休んでおいてくれ。今回はオレも、もう少し休む。……今まで 休め休めって言ってきたオレが、休んでなかったら、正直 休みにくいだろうし。と言うか、率先して色々としてきたから 皆に配慮が足りなかったよ。他のカスタムのメンバーにも言ってくるから、3人も手伝ってくれないか? とりあえず、今 絶対に働いてるであろうカスタムの面々から。真知子さんと優希に関しては もうOKだ。まぁ、ちょっと時間かかったけど、休憩時間 2時間は取るって事で、納得してくれた」
現れたのは、勿論ユーリだ。
清十郎と話していた事もあり、一番最後に司令本部から出てきたから この様になっている。真知子と優希に関しては、戦えない分 頭脳で、情報戦で貢献をし続けてきた。肉体的疲労は圧倒的に戦う側から比べたら 少ないからこそ、……そして だからこそ 自分達に出来るを最大限に発揮して、力になりたい、と思っているのだ。
「ぁ……ぅ……」
「………」
当然ながら、突然事であり、動けない、と言うか 何を言っているのか 耳には届いているけれど、頭に入らない。
「ん? どうかしたのか?」
2人の心情など判るはずもないユーリは首を傾げていた。それを見たミリは にやっと笑う。
「ま、確かにユーリが休むから、と言う名目なら 連中が休む可能性は高いわな。皆お前さんに世話になったんだし、お前さんの背中見てきたんだし。ん~、でもマリア辺り、整備が主体の組は、微妙な所があるけど……、機械弄るのが休憩になる! って言いそうだし」
「あー……、ま そうなったら 各々に任せる事になるわな。バレスが、軍の人たちが目を見張る程 カスタム組は 働き通しらしいから、余計な気を着せない程度に抑えて欲しいかもな」
ユーリもミリが言う事が正しいと思う。マリアが機械を触っている時、本当に楽しそうだから。機械を愛している、と言わんばかりに整備、開発、……接しているから。
「ってな訳で、無駄かもしれねぇけど、マリア達はオレに任せろ。ミル・トマトに関してもだ。『ユーリも休んでるから』『ユーリたっての願い』を使うよ。 ミルにはちと威力不足だから 姉権限の発動。これらを駆使してくるわ」
「……へんな事言うなよ」
「判ってる判ってる。自由都市奪還の最後の一手だし。まだ 総本山である リーザスが残ってる、だが、ここらが山場なのは明白だ。ちゃんとする。……っとと そうだ ユーリ」
ミリは笑顔で 2人を指さした。
「2人を頼むぜ? ちゃんと休ませてやれよ」
「ん? 頼む?? ちゃんとここにいるんだから、訊いてるだろ? ……いや、ちょっと 訊いてない感じがするな」
「ははっ! それに、ユーリと話したい事があるんだとさ。かなみと志津香。……訊いてやれよ」
「?? 別にかまわないが」
ミリはそれを最後に、手を上げて ここから離れていった。
そして、残っているのは ユーリ、志津香、かなみの3人。
「「………」」
「それで、話したい事ってなんだ? 2人とも」
ユーリは、ミリがいなくなったから2人の方へと向いた。2人はまだ黙っている。……心なしか、顔が赤い。
「そ、その…… 志津香」
「……判ってる。1人ずつ、ね。先 良いわ」
「う、うん……」
志津香は、そう言うと 離れていく。
『?』 と言う感情を表すユーリだったが、かなみが引き止めた。
「え、えっと……ユーリさん」
「ああ、どうしたんだ? 志津香も」
「志津香は、後で来ます。……えと、その……」
かなみは、息を呑んだ。
おあつらえ向き、とでも言うのだろうか。周囲には 誰もいない状況になっていたのだった。
こうして、かなみと、そしてその後、志津香も《想い》を伝える事が出来た。
それは、決して簡単ではなかったけれど……それでも 今出来るだけの事は出来た、と何処か納得をした様子だった。
まだまだ、先は長いけれど。
「私、負けないからね。志津香」
かなみは、隣にいる志津香に、そう再び宣言をした。志津香はそれを訊いて ゆっくりと自身がかぶっている帽子を深くかぶって表情を隠しながら答える。
「……前にも言ったけど、私も負けるのは嫌いよ」
志津香は そう答えていた。
……想いを寄せた相手がかぶってしまう。三角関係……どころじゃないけれど、どんな書物、物語でもあまり……、と言うか良い結果は殆どない。
でも、何故だろうか。
負けたくない、と互いに思いつつも このメンバーであれば どんな形になったとしても、どこか納得しそうな気もするのだ。どんな未来が待っていたとしても、皆一緒なら大丈夫、と。思えるのだ。
そこには、笑顔が必ずある、って思えるから。だからこそ。
「今は 早くヘルマンを追い出さないと、ね。ここを超えたら次はリーザスを」
「うんっ」
今しなければならない事に全力を尽くす事も誓う2人なのであった。
「まぁ、一歩前進か?」
「『しかし、ここから先が本当の茨の道なのだった。完』 ってな感じにならなきゃいいけどね♪」
そんな宣言をし合っている時に、これまた狙ったかのようにやってきたのはミリ、そしてロゼだ。
因みに、今はレッドの町の酒場……だった場所で腰掛けている。まだ営業再開をしていないから、この場所は使われていない。一応何に使っても良い、と言うスペースになっている場所で、2人はあっていた。
今回ばかりは バレないように結構気を使って2人を見ていた。前みたいに色々と言ったり騒いだりすると、鬼ごっこを開催する事になる。そして、更にカスタムのメンバー達が騒ぎ? を訊きつけてやってきて、更にごっちゃごちゃになる。
殺伐とした戦争だから、そう言う休息だってあっていいとは思うのだが、そればっかりな気がするので、今回は遠目で温かく、を選択していたのだ。弄びたい衝動の強い2人にしては、かなり驚きな気がするのは気のせいではないだろう。
「ま~、ちょ~っと複雑だけどな。オレは『想いを伝えろ』って言っただけだし、確かに『告白しろ』なんて言ってない。はは、ヤられたよ」
「あ~、普段から、恥ずかしい恥ずかしいって言ってる様なもんだし、ファインプレイじゃないかしらね。それに 2人ともとっても純情なのよ~♪ 可愛いったらありゃしないわ」
「『からかいがいがあるったら、ありゃしないわ』 の間違いじゃね? ロゼの場合」
「こーんな セルにも負けない清楚なシスターを前にして、何を言いますか。ミリ、この酒、いらないのかしら?」
「ん? おお! 《大仙111年》じゃねぇか! はは、冗談冗談だってな!」
「折角休憩貰ったんだし。ま まだ 日は昇ってるけど、ちょっとくらいヤっても、罰は当たんないわよ。アンタとはひさしぶりだし。や~っぱ、アンタや真知子と飲む酒が上手いんだし」
ロゼは、自前のタンブラーを2ヶ取り出すと、酒瓶のコルクを きゅぽっ っと抜き去ると、注ぐ。ロゼも喜々とした表情でそれを受け取ると、ちんっ……とタンブラーを合わせて酒を楽しむ。
「ぷはー、うめーわ。ロゼってほんっと、良い酒持ってるよなぁ! 一般じゃ絶対に手に入らないヤツだろ? それ」
「そりゃ、AL教の中でも評判のシスターですから」
「ははは! 違いないな!」
ゲラゲラ笑いながら盛大に楽しむのだった。
ミリも、自分の身体の事なんか すっかり忘れて、笑顔でロゼと酒を酌み交わすのだった。
こうして、皆は英気を養いつつ 休息を取る事が出来た。
まだまだ、しなければならない事は山積みであり、不安も尽きないのが現状ではあるが、皆と一緒であれば 乗り越えられると信じている。
其々が、信じていた。
レッドの町の一室。ユーリは椅子に腰掛け、考えていた。
「……次はジオ、か」
次の決戦の地、いや 間にホッホ峡があるから、そこの可能性もあるだろう。無闇に自由都市圏内の町を戦場にはしたくないと言う想いも勿論ある。
「……こう言うので、いつも一番被害に合っているのは 何も知らない一般市民、だからな」
ユーリはそうも思う。
幾つもの戦いを経て、経験してきて……の感想だ。勿論、ここまでの大規模、国と国の争いの渦中にいるのは初めての経験だが、根本は同じだ。……ただ、平和に暮らしていただけなのに、突如それを奪われてしまうのだから。
だが、今はそうも言ってられない。戦争故に甘い事を言ってられないのだ。
「後、一手。……何か一手あれば、状況が変わる、と思えるが。……ふ」
ユーリは軽く笑った。
他人には、ああ 言っておいて、自分自身が心配する。愚問だと思える事に笑ってしまっていたのだ。
「……味方を信じる。そして 何が会っても全力を尽くす。……それが一番、だよな? かなみ、志津香」
ユーリは、2人の名を呟き、右手を見て、そして胸元に右手で触れた。
示し合わせたのか、ただの偶然なのかは判らない。2人が触れたのは 自分の右手、そして胸の部分だ。2人から、活力をもらったのは自分も同じだから。
「さて、……オレも少し、眠るか」
ユーリは、そのまま 座ったままの体勢で 目を瞑り、休息にはいるのだった。
~かなみ side~
あの日、ヘルマン軍がリーザス城を襲って、全てを占拠したあの時からの時間を考えれば、束の間の休息、と言えるだろう。だけど、それは リーザス軍の皆が そして カスタムの皆が奮闘し、頑張りに頑張ってくれたからのものだ。
かなみは 町の人達が用意してくれた簡易的ではあるが宿の施設のベッドの上で考える。
自由都市まで侵攻してきたヘルマン軍を何度も退け、魔人をも退け、ついに残るのはジオのみとなった。
そして、かなみは、思った。
――本当に出会えて良かった。
そう、強く思う。
勿論カスタムの皆もそう。……新たな友達だって出来た。それに、親友だって出来た。……でも、やっぱり 何よりも大きいのが彼の存在だろう。
「……複雑、って言ったけど、やっぱり 感謝かな。ミリさんには。それに、ロゼさんも。……絶対裏があるから(……確信してるし) 隙、見せないようにしないと……」
かなみは、今後の事を考えてそうココロに誓う。
甘い事を言ってしまった日には、ミリに色々とヤられてしまいそうで怖いのだ。冗談抜きで。
「……で、でも」
かなみは、天井を見上げていたのだが……、だんだん、顔が赤くなってしまった為、その表情を隠すように枕を ばふっ! と顔に押し付けた。
「あ、あぅ……っ/// は、恥ずかしかった……、と、とっても……」
悶えてしまうのも、無理はない。かなみにとって 一世一代の勝負……、とまではいかなくとも、それ程の想いを込めたのだから。本当の勝負は まだまだ先にあるから、今はこれくらいで十分。……と言うより、これ以上してしまえば、今後にものすごく影響が出てしまう。本人に合っただけで、顔面が燃え上がってしまう、と自分でもわかるから。
かなみは あの時の事を思い返した。
『え、えと……ユーリさんに、伝えたい事、あるんです』
志津香もミリもいなくなり、かなみとユーリだけになる。ユーリは ミリに言われた通り、かなみの言葉を訊いて頷いた。戦っている時の凛々しい姿も良い、……そして、今の仄かに見せる笑顔、それも 同じだ。
『……ジオ、そして 次はリーザスです』
『ああ、そうだな。目先の驚異があるから、楽観的な事は言えない。……が、着実に近づいているよ』
かなみはゆっくりと頷いた。そして、はっきりとユーリの顔を見る。
『あの日。……アイスの町で 私を ユーリさんは助けてくれました』
『………』
ユーリは、それを訊いて、色々と言おうと思った。
例えば、『あの時 かなみを見つけたのはヒトミだ』とか『気にすることはない』とかだ。
だけど、いつも以上に 真剣なかなみの顔をみたら、黙って最後まで聴かなければならない、と思ったから黙っていたのだ。ミリが態々伝えた事も大きいだろう。
『リーザスを、見捨ててしまった。と自責の念に駆られていた私に、優しくしてくれて。……本当に大変な事態だって言うのに、ユーリさんは 迷う事なく 言ってくれました。『助ける』と。……その、私の事を 『大切な友人』とも言ってくれました』
かなみの目には 僅かにだが光る物が集まりつつあった。
『……私が今 ここにこうしていられるのは、生きていられるのは ユーリさんがいてくれたから。……ユーリさんが助けてくれから、です。私は……本当に、本当に、ありがとうございました』
光は形となり、雫となり かなみの目から流れ落ちる。
それを黙って聞いていたユーリは、ゆっくりと手を伸ばし 指先で涙を拭った。
『……助ける。何度でも言うよ。オレは 大切な人を守る為なら、命を賭ける事も惜しまない。かなみは、それ程 大切な人だ』
ユーリの言葉を訊いて かなみは ぐすっ、と涙を啜った。
そして、ユーリの手をぎゅっと握り…… 頭をユーリの胸元に預ける。
『う……うぅ……』
『泣くな。まだ やらなければならない事は多い。涙はまだ、取っておこう。全てを終わらせた後に』
『っ…… は、はい』
かなみは、ゆっくりと頭を上げると、ユーリの右手を持ったまま、愛おしそうに自分の頬に少しだけ、少しの時間だけ 添えて、離した。
『……想いを、言葉にするのは と、とても難しかったです。でも 良かったです。改めて 言えて、本当に……』
『……ああ。貰ったよ。正直、オレには勿体無いくらいだ』
ユーリはそう言って笑った。
かなみは もう一度涙を拭った。
『あ、……その、志津香の言葉も、訊いて上げてください。志津香の想いも、とても、とても大きいので』
『……ああ 勿論だ』
かなみは そう伝える。
志津香は 自分の事を考えてくれて 今、離れてくれているから。かなみは、志津香の想いの大きさも、知っているから だから 彼女の名がここで出たんだ。
今回の自分の想いは、伝える事が出来たから。
だけど、勿論今回のだけで満足している訳じゃない。ユーリが言うようにまだ 終わった訳じゃないから。まだまだ、伝えたい事は多いから。
恐らく、いや 間違いなく、こう言う状況を作ったミリが期待? していたのはそっち側だろう。……流石に 今は まだ無理だった。
だけど、全てが終わったその時に……。
そして、場面は元に戻る。
枕に顔を埋めるかなみ。
当時の、ユーリの顔が頭の中に浮かんで、焼きついて離れない。
「~~っ///」
どうしても、離れない。両足をバタバタと蹴り、何とか興奮を抑えようとするが、中々静まらない。だけど。
「(あの時、ほんと……ほんと 頑張ったんだよ。わたしっ。……だ、だから)……ま、負けたくない、なぁっ。……あ、志津香は、どうだったんだろう。やっぱり、気になっちゃう、かな」
志津香の事を考える事、そのおかげもあって、少しずつ、だけど 興奮も紛らわせる事が出来た。
まだまだ、ライバルは多い。多すぎる、と言っていい。最近の発覚ではメナドもその1人であり、物凄く複雑だけど、志津香との関係もとても良いから、そこまで……は思わなくなりつつあった。
「はぅぅ…… つ、次 どーやって顔を合わせれたら……」
新たな問題が浮き彫りになりつつ、かなみは その休息の間 ずっと 葛藤を続けていたのだった。
~志津香 side~
――しっかりと休息を取れ。
確か、ずっと アイツは言っていた。皆にずっと。何度も何度も。
自分は ずっと動いているくせに。……町の皆や リーザス、自由都市の為に戦っているくせに。……一番大変で疲れていてもおかしくないくせに。
志津香は、ベッドの上で仰向けになり、枕を ぽん、ぽん、と上へと投げてはキャッチを繰り返していた。
また、アイツと、ユーリと出会えた時、本当に嬉しかった。
カスタムの町の事なんか、考えずに 自分勝手に迷惑を掛けていたあの時。周りなんか なんにも見えていなかったあの時、また 出会う事が出来た。本懐は達成する事が確かに出来なかったけれど、それと同等以上の事があった。だから あの時 自暴自棄にならずに済んだんだ、って今ならわかる。
そして、今回の件。
カスタムを守る為に、戦っていた。……そんな中でも 何度ユーリの事を想ったか判らない。1度、2度、……と続けて襲撃を受け、もう身も心もぼろぼろになりかかっていた。
そして、4度目になる襲撃の時、自分の命を狙う刃に晒された。
――……もう、終わってしまう。まだ 終わる訳にはいかないのに、終わってしまう。
その瞬間に、本当に世界が止まったかのように時間の流れが緩やかになった。それでも、着実に迫ってくる刃。最後の瞬間は見る事ができずに目を瞑ってしまった。
そして…… 次の瞬間に……来てくれたんだ。
「……私の想いは、あの頃から変わってない。ずっと、ずっと 変わってない。……でも アイツは、ゆぅ は鈍感、だから。……もうっ」
志津香は、枕を左手でキャッチすると、そのまま固定し 右拳で ぼこっと殴った。その枕にユーリの事を思い描きながら。
「……私は、ずっと ずっと 待っていたんだぞ? ゆぅは、判らない、判ってないって思うけど。あの頃から、ずっと……」
枕に、ユーリに語りかけるようにそう言う志津香。
普段に自分であれば、ここまで無防備な状態、例え1人ででも、見せる事はないだろう。だけど、今 見せているのはさっきの事があったからだ、と言う事はわかる。
今は精神が昂っていて 周囲の気配にかなり敏感になっているから 今回ばかりは この場には誰もいない、と言う事がわかる。忍者顔負けの鋭利な感覚、索敵能力である。
想うのは ついさっきの事。
かなみと入れ替わる様に、ユーリの前へと向かった。タイミングを示し合わせていた訳じゃない。ただ、なんとなく 終わったんだ。と思ったからだ。
『……お疲れ様、だ。志津香。ハイパービルでは 随分と心配をかけてしまっていたな。……今更だと思うが謝っておくよ』
『……良いわよ。ゆぅも、シィルちゃんも、皆も無事、だったんだから。(サテラの事は複雑だけど)』
ユーリの顔がいつもよりどこか、穏やかになっているのは気のせいじゃないだろう。かなみとの事があったから だと言う事はわかる。少なからず嫉妬心もあったけれど、同時に感謝もあった。……こんなユーリの顔が見れたんだから。
『……オレに言いたい事、って言うのは』
『ゆぅ』
『ん?』
志津香は、ゆっくりとユーリに近づいて、右手で拳を作る。そして、ユーリの胸にとんっ と当てた。
『……カスタムに、ゆぅが来てくれた時の事、私は今も鮮明に思い出せる』
『……………』
ユーリはそれを訊いて、押し黙った。
あの時、志津香は斬られそうになった。……その身体、その華奢な身体に ヘルマンの巨大な黒刃が迫っていたんだ。それを見た瞬間に、自分は我を忘れそうになった。ユーリにとってもトラウマになりかねない状況だったんだ。……志津香を 助ける事が出来て 本当に良かったと、心底安堵していたんだ。
『ゆぅが……、私を助けてくれた』
『当然、だ。……大切な人を失うのは もう、もう 嫌だ。……もう、二度と失いたくないから』
『うんっ……、私も同じ。あの時、レッドが襲われた時。皆が、……ゆぅ、が、いなくなってしまうんじゃないかって、本当に、怖かった、から』
志津香はそう言うと、突き出した右手を下ろし、当てていた部分に、今度は自分の頭を載せた。丁度、ユーリに寄りかかる様に。
そして、ユーリに身体を預けたまま、言う。
『……私、ちゃんと 言えてなかった。お父様にも教わっていた筈、なのに。『ちゃんと礼を言おう。助けてもらったら、感謝を伝えよう』……って 教わっていた筈なのに』
『……ははは。凄いな 志津香。あの頃の歳を考えたら、覚えてる方が難しいと思うぞ』
『茶化さないで。……お父様の教え、なのよ? それに ゆぅと再会したあの時に、また 会う事が出来た。……頭に、いえ 心に刻んでいる。……あの頃は 本当に、私は 満ちていたから』
志津香は、ユーリの右手を取った。そして、両手で包み込む。そして 目を瞑った。ユーリの手をしっかり握って、その温もりを感じている様に。
『ゆぅ。……ちゃんと、言えてなかった。 あの時も、そして 今も。……皆を、 私を 守ってくれて、ありがとう』
『………』
ユーリは、志津香のその言葉を訊いて、左手で志津香の手を包み込んだ。
『当たり前だ。絶対に守る。……絶対に』
『……うん。 でも』
志津香は、目を開いて ユーリを見た。
その表情は 笑顔。一番の笑顔だった。
『私も、ゆぅの事、守るから。……ずっと 守られてばかりは嫌。失うのが怖いのは私も同じだから、……絶対』
『……ああ。そうだな』
ユーリも笑顔になると同時にだった。
『これからも、よろしく頼む。……志津香』
『こちらこそ、ゆぅ』
笑顔のまま そう伝え合って 無事に想いを伝える事が出来たのだった。
嘘偽りのない、ユーリに対する想いを。
そして、それは ユーリもきっと同じ事だろう。
――大切な人の為に 戦う。
それは、ユーリが戦う大きな動機の1つ、だから。
そして、志津香は枕を抱きしめた。
「……出来る事を全力でやる。最後に皆と一緒に笑い合う為にも。ヘルマンだろうが、……魔人、だろうが。絶対に出来る。皆と。……ゆぅ、とだったら 絶対……」
志津香は そう呟き 心に刻み込むのだった。
~人物紹介~
□ プルーペット
ポルトガル出身の大商人。自称永遠の22歳らしく。「プルーペット商会」の代表を務め、金の臭いのするところ何処でも現れるらしい。今回 ヘルマンの襲撃により 大打撃を被っていた様だが アリオス、ユラン達に救われた。金のある所、臭いに敏感な男だが 命あっての物種である事は重々に承知している為、傭兵の組織や金銭の投資には出し惜しみはしなかった模様。(おかげで、抵抗軍の戦力が上がった)
勿論、この戦争が無事に終わったら リーザス側に請求する事も忘れていない。
~アイテム紹介~
□ 大仙111年(オリ)
ロゼが持っていた酒。
かなり、高級らしく一般には売っていない酒であり 闇市で出回っているのも稀。一体何処から手に入れているのかは……一切分からないのである。
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