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夢の終わるその日まで

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√明久
  始まりの日

 
前書き
全体的に段開けが少ないので、SSを読む、というよりは普通の小説(ラノベ)を読む感覚で読んでください。明久ルートが始まります。 

 
ある、夏が始まるちょっと前の日の朝の事。僕達の日常が少しだけ変わろうとしていた。今日は珍しく早起きをして学校に向かった。今思えば何かの前兆を感じていたのかもしれない。いつもより早く学校に着くと、ちょうど職員室に入っていく鉄人と見かけない女の子がいた。普段見かけないような生徒だから上級生かな?上級生にしては小さすぎる……。ということは1年生かな?いや、でもうちの制服じゃなかったから中学生が校内見学にきたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。近いうちにこの学校も中高一貫になるとかなんとか、って話を聞いたことがある。クラスについてしばらくすると、鉄人がいつもより静かめに教室に入ってきた。珍しいこともあるもんだ。さっき見た女の子と何か関係あるのだろうか?まさか、僕らのクラスを見学しにくるのか?!いやいや、二年生なんて特に何があるってわけでもない上に、最底辺クラスの僕らを見学して何になるんだよ。
「今日は転校生を紹介する」
僕がいろいろ考えていると鉄人はそういった。そうか、そういうことだったのか。だから鉄人は少しだけ静かになっていたのか。季節外れの転校生がやってきた。Fクラスに転校生だなんて珍しいから、クラスの連中は一段とにぎわいを見せた。
『女子祈願』
斜め前の席の男子が手を合わせて拝み始めた。僕達のクラスは女子が3人しかいないから、絶好のチャンス。女子なら僕達男子は歓喜だ。
『男はもういらないよな』
『俺は別に、男でも別にいい。問題はイケメンか否か、だ。これ以上敵が増えると厄介だろう。まあ、俺のこの美貌を前にして――』
『鏡見ろブサイクめ。イケメンは俺一人で充分だ』
男子でも女子でも、仲良く出来ればそれでいいと僕は思っている。まあ仲良くするには誰かが言った通り、イケメンさえ来なければの話だけど。イケメンさえ来たら毎日が乱闘パーティーだ。
「お前ら静かにしろ!!」
いつも通りの怒号が聞こえた。それと同時にみんなは静まった。静まったのを確認して、鉄人は廊下の方を見た。
「入れ」
いよいよ転校生が入ってきた。静かに教室のドアが開かれた。
「「「「「うお――――――――――――っ!!」」」」」
彼らの反応でわかると思う。転校生は女子だった。その子に見覚えがあった。今朝職員室に入っていくのを見たあの子だった。遠くから見ても小さいから中学生くらいだと思っていたけど、まさか同級生で、そのまたまさか転校生だとは誰も思わないだろう。さっきは遠くから見ただけだったから顔はよく見えなかったけど、近くで見るととても可愛かった。奇跡的なくらい顔が整っていて、細身で、髪の毛もサラサラしていて、まるで何かゲームのグラフィックでも見ているかのような気分だった。
「無津呂依子です。よろしくお願いします」
鉄人が黒板に彼女の名前を書いた。
「鉄人、無津呂の名字間違えているぞ」
そう雄二が言った。一瞬、なんで雄二が転校生の名前の漢字を知っているのかと思ったけど、雄二はクラス代表だから先に先生に知らされていたんだろう。さっきも、これといって騒いでいたわけでもなかったし、無津呂さんが来ることを知っていたに違いない。
「あ、そうだったか?すまない、無津呂。代わりに書いてくれ」
「はいっ」
無津呂さんの名字の漢字は言われてみれば「むつろ」って読めるけど、いざ漢字で書けって言われると、初めて見るような組み合わせの漢字を使った苗字だ。これは間違えても仕方がないかも……。
「そうだ、この漢字だ」
それにしても随分といい加減な先生だな、といってもこれが僕達の担任西村先生(通称:鉄人)なのだから、今更僕たちがなんと言おうと最低この1年間はこの先生の生徒なのだ。
「可愛い子の名前くらいちゃんと漢字で書けるようにしてあげればいいのに。僕だって無津呂さんの名字かけるよ!」
そういっていつだったか配られたプリントの裏に書いてみた。
「おい、明久……。鉄人と同じ間違いしてっぞ」
「えっ?」
「そこ、うるさいぞ。静かにしろ!!」
「「はい」」
雄二の所為で怒られた。多分雄二も僕の所為で怒られたと思っているだろう。顔にそう書いてある。
「改めまして無津呂依子です。身長は小さいけど、小学生じゃないです」
本人も言っていたように、身長は見たところ140㎝くらいで高校生の割には小さめ。でも小さい分、フランス人形のように華奢で可愛らしい。僕らが大好きな女の子の理想像だ。
「じゃあ無津呂は適当に、空いている席に座ってくれ」
「卓袱台なんです?」
「ああ、まあ詳しいことはこのクラスのバカどもに聞いてくれ」
はあ、と少し困ったような顔をしている。確かに僕たちだってこんな教室が存在するなんて思ってもいなかった。けれども、通っている内に慣れてくる。今では普通の椅子に違和感さえある。
『こんな美少女が我がFクラスに転校してきてくれて感謝ですぞ!』
「ですぞ、ってなんですぞ?」
『そうそう、それでいいんですぞ!!』
席に移動するまでに他の奴らにやたらと話しかけられ、それを律儀に、楽しげに一人ずつ返答してあげていた。その様子を見る限り、フレンドリーな女の子なんだろうということがわかる。僕も仲良くできるかな?
『こんな可愛い生き物と喋れて生きていてよかったでござる』
「ござるですぞっ」
『うひょおおおっ。あの生き物本当に同じ人間か?!可愛すぎるぅう』
いつの時代の秋葉原だよ、ってついついツッコミを入れたくなるようなクラスメイトだけれど、僕はあえて関わらない。関わったことによってこいつらと同じ人種だと思われたら死にたくなる。無津呂さんにそんな勘違いされたらもう僕の人生は終わりだ。
『華奢で可愛い、顔も可愛い、最高の美少女だ!!俺の隣に来る運命≪サガ≫だな』
『俺の隣来るって前世から決まっているんだ』
『とうとうこのクラスに女子が……。しかも美少女が!!女子が4人になるなんて夢にも思わなかったぞ。是非俺の隣に!』
『いやいや、お前らバカだな。お前らの両隣見てみろよ。席なんて空いてないだろ』
『確かにそうでござったな……。じゃあお前死ね!!』
『お前が消えろ!』
みんなバカだな。無津呂さんは僕の隣に来るって決まっているんだ。僕の横の席を見ろ。1人分あいているじゃないか。隣に誰もいなくてさみしいなんて思っていたけど今考えるとラッキーだったなぁ。あんなに可愛いんだから、きっといい匂いがするに違いない。いい匂いがするんだから可愛いに違いない。でもどうなんだろう?この時期にFクラスに入ってくるなんてそこまで頭が良くないんだろうか。僕より頭悪かったら……僕が勉強を教えてあげよう!それを機に仲良くなれたら――
「君の隣、失礼するでござる!!」
「え、あ、うん。どうぞ……」
どさっと、随分と乱雑に座るもんだからイメージとだいぶ違って戸惑う。
「いや~乱世乱世」
さっきの奴らの喋り方がうつっていて少しだけ残念になっているけど、間近で見るともっと可愛らしい顔をしている。こんな可愛らしい子の隣になれるなんて僕は本当にラッキーだなぁ。
「改めまして、無津呂依子ですぞ。よろしくね」
手を差し出してきた。これは握手をしていいっていうこと?!こ、こんな可愛い子の手に触れてもいいのかな。可愛い子の手ってどんな感じなんだろう。やっぱりスベスベしているのかな。
「あ、握手、変です?」
「ううん、そんなことないよ!!」
手を出そうとした途端だ。
「痛っ」
シャーペンが手に刺さっていた。異端審問会の仕業だな!?
「ど、どうしたの?」
「あ、ごめん。静電気がね」
「ああ、静電気!バチバチバチ」
無津呂さんの手に刺さったらどうするつもりだったんだろう。と思って飛んできたシャーペンを見ると持ち主はムッツリーニのようだ。奴が間違って無津呂さんの手にシャーペンを飛ばすはずがない。
「はい、ムッツリーニ。君のシャーペンが偶然僕の手に飛んできたから返しに来てあげたよ」
「……すまない」
僕らの間に火花が飛び交うくらい、睨み合って自分の席に戻った。席に戻ると隣で無津呂さんは髪の毛を梳かしていて、それはまた人形のようで素晴らしい。
そういえば、無津呂さんの座っている席ってこれからの時季はとても熱いんだよなぁ。
「あ、そうだ。無津呂さんの席ってこれからの季節、日差しがすごいから僕と席の位置交換しよう」
「いやいや、暑いですよ、君も。だから私ここで平気!」
「これからもっと暑くなるんだよ!」
本当は僕がそこの席だったんだけどね。最近暑くなってきたから横にずれたんだ。まさかこんな美少女が来るとは思っていなかったし。
「いやいやいや、でもでもでも」
僕の現在の席の状態は日当りがあまりよくない。けれども窓のすぐ横の場所だ。風通しも良く、これからこの季節、この教室で過ごすには最適の場だ。冬は窓から冷気が漏れるから寒いだろうけど。その時は僕とまた交換すればいい。
「うん。だからこっちにおいでよ。冬は寒いから僕とまた、こっちの席と交換しよう」
しばらく悩んで渋々席を交換し始めた。
「ありがとう。えーっと、君の名前は?さっき聞くの忘れたですよ」
「僕は吉井明久」
「なるほどね、吉井君か。よろしくね」
「あ、ついでに僕の友達も紹介するよ。僕は友達が多いんだ」
ついでに、だ。ついでに。
「こいつが坂本雄二」
「こいつとはなんだ、こいつとは」
「まあ細かいことは気にしないでよ。無津呂さんに雄二たちを紹介しようと思ってね」
「あぁ、俺は今ここのクラスの代表をやっている」
「よろしくね、えっと……雄二?んー……馴れ馴れしいかな」
いきなり名前で呼ばれていて羨ましい。恨むぞ雄二。
「別に、それでいいよ」
「オッケーっ。雄二!いや、でも――」
「お前に任せるよ」
「やっぱり、坂本君って呼ぶです。苗字に「君」をつけて呼ぶと、私おしとやかみたいだから!みなさんの理想像ですよ」
何という安直な考え……。さっき僕が吉井君って呼ばれたのもこの考えに沿った呼び方なのか。
「えーっと、より……っ……無津呂。分からないことがあったら聞いてくれ。少なくとも、明久に聞くよりはまともな答えが返せるだろうからな」
一瞬、名前で呼びかけたような……?まあ、やめておいて正解かな。そんなことしようもんなら霧島さんに一突きで処さ――。いや、なんでもない。そんなことより僕はバカにされたような気がするけど、敢てスルーする。
「次は、そうだなぁ……。秀吉にしよう」
秀吉と無津呂さんがとても仲良くなってくれたらそこはもう花園待ったなしだ。仲良くイチャイチャしてくれたらムッツリーニに写真集を作ってもらおう。ヒミツの花園形成計画までもう秒読みだね。
「秀吉?」
「秀吉って、名前は一見男子っぽいけれど実は女子なのさ。演劇部のホープなんだよ」
「坂本君に秀吉ちゃんに……あと他のお友達は?」
秀吉ちゃん、という呼び方にちょっとだけ違和感があったが、秀吉は女の子なんだから間違いではない。
「あのカメラをいじっているのは、ムッツリーニ――じゃなくって土屋康太」
危ない、もう少しでムッツリーニがムッツリーニだってことがばれてしまうところだった。
「その名からしてあの子は……!」
「気づいてしまったか」
「やはり、そうであったか」
静かにうなずいてハイタッチをした。僕らの静寂の中に、手を合わせた音だけが響いた。
「そしてあそこの女子2人もね。ポニーテールで大事な部分が「ぺったんこ」なのは島田美波。あの美少女で優しくて頭がいいのは姫路さん。姫路瑞希さん」
Fクラスの数少ない女子を紹介しておこう。無津呂さんも女子なのだからあの二人とも仲良くするだろうし、困ったことがあれば助け合えるだろうし。
「ぺったんこ?ぺったんこって、おっぱい?」
胸の前で手のひらをさっさと振って平らなジェスチャーをした。
「うん。ぺったんこ……痛いっ!!痛い、痛い、痛い。痛い美波!!」
「アキ?私のどこが「ぺったんこ」なのかしら?」
「わわわ、吉井君の腕が超次元変形してる」
僕の腕が変な方向に曲がっていると思えば美波が僕の腕を圧し折っていたのか。静かに腕を順方向に戻して無津呂さんに紹介を始める。
「この子が美波。島田美波だよ」
「はあ、なるほどなるほど……」
美波がこっちを向いた時、少しだけ無津呂さんは後ろに引いた。
「そ、そうよ。よろしく」
「いじめっこ……?」
「違うわよ!!」
「私、痛いこと嫌い」
「だ、大丈夫だと思うよ?無津呂さんにはそんなことしないよ」
胸のことに触れさえしなければ。
「そうよ、しないわよ」
「よ、よろしくね?」
そういって手を差し出した。ここで腕をへし曲げられたら無津呂さんには一生のトラウマだろうなあ……。
「じゃあこっちの子が姫路さん。瑞希ちゃん?」
「あっ、はい……そうです」
「なるほどね、吉井君」
そういって、美波の時とは違って胸の前でアーチを描いた。さて、ここで誰もが思ったであろう。この子を野放しにしたらいつか美波に超変形させられるということを。
 
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