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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第四十一話

 さて、アニキをからかいながら誇り高き雑賀衆の面々を薙ぎ払って、奥で待つ頭領こと雑賀孫市さんのところまで向かう。
この孫市ってのは襲名制で、新しい頭領が引き継いで名乗る名なのだとか。
以前来た時はロマンスグレーなおじさまが孫市だったけど、今もその人がいるのかなぁ……。
無双の孫市もまぁ悪くは無かったけど、あのおじさまも結構好みだし。また出来れば会いたいなぁ~。

 なんて考えていたら、私の期待を大きく裏切って現れたのはグラマーな女の人。

 「よう! サヤカ」

 「孫市だ。あまりしつこいと蜂の巣にするぞ、元親」

 孫市、女の人の口から出たその名に私は目を丸くしてしまった。
孫市を名乗るということは、この人が頭領だということ。つまり、先代の孫市さんは引退したか、もしくは……。

 「固ぇこと言うなよ。それよりもな、また火薬と火器を頼みてぇんだが」

 「…………。分かった。では、いつも通りでいいんだな?」

 どうも幼馴染というだけあってか、話の流れが随分とスムーズだ。
孫市さんも呆れ顔だけどアニキが欲しがっているものをきちんと分かってるって感じだし。

 「ところで元親、そちらは?」

 孫市さんが表情を変えずに私を見る。アニキもそれに気付いて、

 「コイツは小夜ってんだ。何でも、奥州に行こうとしていたのを間違って俺の船に乗り込んじまってな。
三河までなら乗せてってやるってことで、仲間にしてんのよ」

 と言う。孫市さんはそれを聞いて何事かを考えているようで、しばらくして何かに思い当たったという顔をした。

 「奥州のもうひとつの竜の右目か」

 うっ、流石雑賀衆……たったそれだけでその答えに辿り着きますか。
訝しがってるのはアニキだけで、私は少し困ってしまった。

 ……素性を話すと警戒されるかと思って何も言わなかったけど、ここでバレると雑賀衆のアジトに放置される……
最悪、スパイとか言われて今度こそ簀巻きにされて海に……ど、どうしよう。
でも、どうも事情を知ってるっぽいし下手に誤魔化すことは出来さそう。
そんな私の考えを知ってか知らずかアニキが訝しがっているような顔を見せている。

 「あ? 竜の右目? 何言ってんだよ、竜の右目と言やぁ……」

 「奥州の独眼竜には、二つの右目があるそうだ。専ら表舞台に立って振舞うのは片倉小十郎、おそらくお前が会った男だろう。
だが、その裏で双竜を支えるのが、竜の右目の双子の兄である片倉景継だ。
……実はこの兄、女だという噂が専らあってな。幼名を小夜と言うそうだ」

 孫市さんの言葉に、アニキがじっと私の顔を覗き込むようにして見ている。
アニキの右目に映る私の顔は明らかに戸惑っており、ここからどう切り抜けたものかと思案顔であるのは言うまでも無く。

 「それが本当だったとして、何でこんなところにいるんだ。竜の右目なら独眼竜にべったりくっ付いてるもんだろ?」

 ……その認識も間違ってないけど、どうなんだろう。
確かに小十郎ってば、政宗様のパーソナルスペースに恋人くらいの至近距離まで踏み込んでるし。
人からそう言われると何か複雑。
私も小十郎も別にそういう関係じゃないし、必然的にそうなっちゃっていると言おうか何と言うか……。

 「独眼竜が手篭めにしようとして、出奔をした……という話を聞く。
奥州から出奔して甲斐へと流れた小夜という女性を巡って甲斐の若虎と独眼竜が戦ったという話もある。
まぁ、あくまで噂の域だ……事実関係は本人に聞くのが一番だが」

 今度は孫市さんにまで見られて、私は困ってしまった。

 「実際のところはどうなんだ?」

 これはもう、言い逃れが出来そうにないなぁ……下手な嘘ついても孫市さんに見抜かれそうだし。

 「……ちゃんと説明しても、簀巻きにして海に放り込んだりとか、首刎ねたりとか、手篭めにしたりとかしない?」

 一応、そんな風に聞いてみれば、私の目の前でアニキの顔が赤くなる。
こんな純な反応はもう見慣れたもので、孫市さんも特に表情を変えたりはしない。

 「ばっ……馬鹿言うんじゃねぇ!! お、おおお女相手にそんな非道な真似するか!!」

 ……それ、男なら全部やるってことだよね? 最後の手篭めは例外だって考えてもいい?

 まぁ……アニキがそういうなら、信用してもいいかなぁ……。

 とりあえず、素性の説明と奥州を出奔した理由と今までの流れを軽く要点を押さえて説明してやれば、
驚かれはしたものの最終的には随分とアニキに同情された目で見られてしまった。

 「そうかぁ……アンタも随分苦労したんだなぁ。どうだい、竜の右目じゃなくて鬼の左目になるってのは」

 「アニキ、そのポジションに私置いたら鶴姫ちゃんに誤解されるよ~? 遊びで手を出そうとしてる、なんて勘繰られちゃう」

 「なっ、何を言ってんだ!!」

 瞬時に飛び退いて、アニキが顔を赤くする。アニキを動揺させるには、やっぱこのネタが一番か。
というか、孫市さんも何だかんだで笑ってるし、アニキが鶴姫ちゃん狙いってのは知ってるわけかぁ。
ってことは、やっぱりこの二人の間には何も無いってこと?
……それはそれで面白くないなぁ。どうせなら、昼ドラばりの展開とかあったら面白いとか思ったのに。

 「元親、姫だがな。今三河にいるらしい。向かえば会えるのではないか?」

 「うっ……何だよ、サヤカまで……。どうせ、三河は寄るつもりだったんだ。
べ、別に鶴の字に会いたいとかじゃねーぞ!!」

 ツンデレかよ、アニキ。もー、しょうがないなぁ~。

 思わず孫市さんと二人してニヤニヤと笑ってやれば、アニキが赤い顔をしてまた碇を振り回してくる。
動揺しまくっているそんな攻撃に当たるほど私も孫市さんも弱くは無い。
アニキったら必死になって碇を振り回すから、それがまた可笑しくて仕方が無い。

 「駄目だよ~、女の人には優しくしなきゃ。鶴姫ちゃんも優しくされる方がいいって」

 「うっ、うううう煩ぇ!!!」

 いやぁ~、本当にからかいがいのある人だなぁ。野郎共から好かれるのも分かるってもんだ。うんうん。

 「あ、そうだ。ねぇ、孫市さん。先代の孫市さんはお元気?」

 私の言葉に、孫市さんもアニキも表情が翳る。アニキに至っては攻撃を止めて孫市さんを少し心配そうに見ているし。

 「……先代は死んだ。死したから私が孫市を継いだ。……先代の知り合いか?」

 「知り合いというほどでもないけど……随分昔にここに来た時に一度会ったことがあったから」

 そうか……亡くなったんだ。まぁ、こんな御時世だし仕方がないと言えば仕方が無いけど……ちょっと残念かも。

 三河に鶴姫ちゃんがいると聞き、早速三河へと船出したわけだけども、アニキは何だかんだで嬉しそうだ。
そんなアニキを皆でニヤニヤと笑いながら観察して、野郎共とアニキの恋の行く末を話したりとかして、すっかり野郎共と仲良くなりました。

 「アニキってさぁ、コレいたの? 今まで」

 野郎共に小指を立てて見せれば、野郎共は苦笑いをして首を横に振る。

 「アニキは基本的にそういうの疎いっすもん。
女よりお宝~で来ちまったし、海賊やる前は姫若子なんて呼ばれるくらいに大人しかったし」

 「そうそう、アニキの姫若子時代はそこらの女より可愛かったからなぁ~。
何でこの人が男なんだろうって泣いたくらいだし」

 「今じゃすっかり見る影もねぇけどなぁ」

 姫若子ねぇ……確かに色白で顔も綺麗だし、きちんと着物を着せて化粧でもすれば今でもそれなりになっちゃう気もするな。

 そうかそうか、初カノってわけか。そりゃ、手の出し方も分からんだろうねぇ。不器用な振る舞いをするのも分かるよ。

 でも、鶴姫ちゃんもアニキの贈り物がどういうものか分かってくれただろうし……
これで二人の関係が少しでも良い方向に向かってくれると良いんだけどね。

 本当、人の恋の話って面白いね。無責任なことどんどん言えるから。
そうだ、奥州に着いたら孫市さんに頼んで、恋がどうなったのか報告してもらおうっと。 
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