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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第三十二話

 背中が痛い、なんて思いながらぼんやりと目を開くと、随分と豪華な一室に寝かされていた。
一体ここは何処、何があったの、なんて纏まらない頭で考えていると、竹中さんが私の顔を心配そうに覗き込んでいることに気付く。

 「……竹中、さん?」

 「気がついたかい? 丸三日、目を覚まさなかったんだよ。何処か辛いところは」

 辛いと言えば、背中が痛いしだるいし身体が重いし……挙げたらキリが無い。

 ……ああ、そうだ。そういえば竹中さんを庇って切られたんだっけ。

 「……背中が痛いくらい」

 「それはそうだろう……もう少し踏み込まれていれば、致命傷になっていたそうだ」

 致命傷に、か。なら背中の傷は痕が残っちゃうな。

 あー……こんなの政宗様や小十郎に知られたらどうしよう。絶対斎藤家ぶっ潰す、って話になるよねぇ……。
戦起こすなとはこの際言わないけどもさ、私情で戦起こすのはどうかと思うのよ。マジで。
私の為に、なんて理由で兵達が命懸けて戦ってんのなんて見てられないしさ。

 「……小夜君、答えてもらえるか?」

 少しばかり声を低くして尋ねる竹中さんに、一体何を問われるのだろうかと私は小さく首を傾げる。
あんまり動くと背中に激痛が走るから動けなかったんだけども、それはまぁどうでもいいか。

 「どうして君は、僕を助けたんだい? ……君は竹中の人間でもなければ斎藤に恨みのある人間でもない。全くの部外者だ。
僕が死のうが生きようが、君には何ら関わりのないことのはずだ。なのに、どうして自分の命を投げ打つ様なことを」

 竹中さんの言うとおりだと思う。正直に言えば、竹中さんを助けることってメリットにはならない。
それどころか後の展開を考えればデメリットになる要素は大きいと思う。
だからあの場面では、竹中さんを見捨てることがベストだったはずだ。
いなくなってくれれば、伊達としては豊臣の軍師を潰せたわけだから万々歳だ。

 でも、そんなことあの場面で考えてる余裕がなかった。勿論この人を失いたくないとか思ったわけでもない。
ごく単純に、危ないと思ったから身体が動いただけに過ぎない。
だからはっきりと言ってしまえば、深い意味なんか何一つないのよね。
 「……危ないと思ったから身体が動いた、それだけです。別に竹中さんを助けたいとか、そんなことを思ったんじゃないです。
第一、あの場面でそんなこと考える余裕も無かった……反射的に身体が動いてこの結果ってなだけですよ。
てか、人助ける時なんてそんなもんでしょう?」

 そう答えてやれば、何処か安心したような、落胆したような、そんな複雑そうな表情を浮かべている。
だけど納得はしてもらえたような気はする。

 しばらく無言が続き、うとうとと私はまた眠りに落ちそうになる。
そんなところで不意に唇に柔らかくて温かい何かが触れて、一体何なんだろうと思って目を開いた。

 「!!」

 竹中さんの顔がドアップで私の目の前にあるのにも驚くけど、とどめに私の唇をしっかりと自分の唇で塞いでいるから尚更吃驚だ。
政宗様なら振り払うけど、何かこんな美人とキス出来るのはすっげぇ役得って感じで……うわー、どうしよう! 当分顔洗えない!

 ゆっくりと唇を離して私を見る竹中さんは、今までで一番優しい顔をして笑っていた。
それがまたとんでもなく美しくってくらっときちゃう。

 美人の笑顔は反則だよぉ~、もう破壊力が半端じゃないし。何ていうか、天使?

 「ありがとう、小夜君。今はゆっくりお休み。まだ本調子じゃないのだから」

 いや、眠れないっすよ。興奮しちゃって。
っていうか竹中さんとキス出来たんなら、もうそのまま天国に直行しちゃいそうな感じだし。
いやもうマジでどうしよ、何かムラムラしてきた。

 なんてそんなしょうもないことを思っていたけれど、身体の方はやっぱり具合が悪くて、すぐに眠りに落ちてしまった。
出来ればもうちょっと余韻に浸っていたかったけどね。

 ちなみにしばらくの間、意識が戻る度に思い出して一人でにやけていたのは言うまでもない。



 一月くらい城で療養生活を送って、怪我の方も大分良くなってきたかという辺りで竹中さんに来客が訪れた。
名前は羽柴秀吉、あえて説明するまでもないけど、後の豊臣秀吉です。

 ついに勧誘に現れたか。稲葉山城を落としたわけだから、当然来るよね。

 ……当然? あれ、もしかして私ったら、秀吉に勧誘させるためのフラグを自分から立てた?

 うわっ、何たる失態! こりゃ、バレたら切腹もんだわ……だって天下人になる男とその軍師を引き合わせることしちゃったんだもの。
これはほとぼりが冷めるまで当分奥州に戻れないや。となると、また西に向かって逃亡生活?
……いや、これも仕方が無いか……いくら力量を見たいからって何で手を貸しちゃったかな、私。
もう、思ってることとやってることが思いっきり矛盾してるよ……。

 ちなみにやってきた秀吉さん、これがまたデカイの何のって。無双の秀吉や史実の秀吉とは大違い。
猿顔だったってのは有名だけど、これじゃ猿っていうよりもゴリラだよ。ドンキーコングって奴?

 三顧の礼の後に秀吉に着いて行くのかと思いきや、意外にもあっさり竹中さんは秀吉の勧誘を受け入れていた。
稲葉山城を落としたという武功を持って秀吉に受け入れられることになったみたいなんだけども……実はちょっと気になってることがある。

 「あのー……」

 おずおずと声をかけると、眼光鋭く私を見てくる。それがちょっと……いや、かなり恐い。

 「何だ、女」

 「……勧誘に来て大丈夫なんですか? 確か、織田って今、大変なことになってるんじゃ……」

 織田信長の配下であるはずの秀吉が、織田家が滅ぶかもという時にこんなところにいるのはどう考えてもおかしい。
今頃城の守備に奔走していることじゃないのだろうか。

 「我は覇王になる者ぞ、魔王の配下などとうに辞めておるわ」

 えっ、それって裏切ったってこと? だって、豊臣は織田と反目しないはずじゃあ……
あ、ちょっと待て、ここはBASARAの世界であって歴史上の世界じゃないんだから、こういう展開も当然アリだよねぇ……。
だって、真田幸村が武田信玄に仕えてる、って時点で有り得ない話なわけだし。
それを言ったら無双もそうだけどもさ。

 「女、何故我が魔王の下にいたことを知っている」

 私の問いかけに訝しがる秀吉が割と恐い。伊達に覇王になる者と言っているだけあって、そのオーラは絶大だ。

 あ、墓穴掘ったかも……どうしよ、どう答えたらいいだろう。

 「あ、明智の屋敷で随分と出世した人がいるという噂を聞いたもので……
風体が聞いたとおりだったから、もしかしたらそうかなーと……」

 「明智の?」

 「攫われて、無理矢理側室にされてしまったもので……」

 何となく納得したんだかしてないんだか、秀吉はそれ以上問うことはなかった。
傍らで聞いていた竹中さんも何も言わずにただこの様子を見守っている。

 怪しまれちゃったかなぁ……まぁ、そろそろここを離れるから別に良いんだけども、危険な目にだけ遭わなけりゃね。

 「さて……僕は秀吉についていくけど、小夜君はどうする? 君がその気ならば一緒に来ても構わないけれどね」

 着いて行っても構わないような気もしたけど……でも、これで竹中さんと敵対することは決まってしまった。
それならば、これ以上同じところにはいられない。
それにいずれは奥州に戻る身、迂闊に着いて行って伊達の不利になるようなことをやってしまったら洒落では済まされない。
私一人ならまだしも、小十郎にも責任を問われる事態になるかもしれない。それは困る。

 「これで御暇させていただきます。二度も怪我の手当てをしていただき、ありがとうございました」

 丁重に礼を述べてここは引き上げるに限る。これ以上関わり合いになるのは得策とは言えないもんね。

 「いや、礼を言うのはこちらの方だよ。君は僕の命の恩人だ、それに稲葉山城攻略の手伝いもしてもらった。
この程度は礼にもならない……だからというわけではないが」

 竹中さんが差し出したのは黒い着物と袴、そして蔵に押し込まれていたという黒塗りの刀だった。

 「着ていた紺の着物は血で汚れてしまったからね。せめてもの心尽くしとして受け取ってくれ」

 黒い着物には金糸で竹と一羽の雀の刺繍が施されている。
高級品であることは言うまでも無く、政宗様辺りが着ていてもおかしくないくらいに見事なものだった。

 しかし竹に雀……これは偶然なのか、素性を知っていると遠まわしに言われているのか。
何か、コレ着て歩いてると伊達に仕えているけど家出中です、って看板背負って歩いてるような気がしてならないのは何故だろう……。
この辺り突っ込んで聞きたいところだけど、折角逃がしてくれそうなのだからむやみに聞いて自分の身を危うくする必要は無い。

 「ありがとうございます、有難く受け取っておきます」

 「それと、何か困ったことがあれば遠慮なく訪ねてくるといい。出来る限り力になろう」

 それは多分無理だと思うけど……まぁ、一応何かの時に使えるかもしれないから覚えておこう。

 「ところで、行くあてはあるのかい?」

 「とりあえず、西に行こうとは思っているんですが」

 まぁ、行き先が決まっているわけではないんだけれども、この状況では東に向かうわけにはいかない。
まだ伊達には戻れないしね。

 「西か……ならば、一つ頼まれてくれないか」

 「頼み、ですか」

 竹中さんは懐から一通の書状を取り出し、それを私に手渡した。
一体何かと思って宛名を見れば、そこには“毛利元就”という名が。
いくら伊達家のこと以外はそれほど詳しくない私でも、流石に毛利元就は知ってる。
やっぱり昔の大河ドラマでやってた人だよね。
友達に暦女ブームに乗った奴がいて、それDVDで見てるって話したから知ってるんだよね。

 「これを安芸の毛利元就君に届けて欲しい。それほど急がなくても良いが、あまり遅くなってしまうのも困る。
一応仕事として、報酬は前払いで出させてもらうよ」

 一体何を私に押し付けたというんだろうか……何だか不安。

 「くれぐれも中は見ないようにね」

 「はぁ……」

 竹中さんの意地悪そうな笑みに、私はそれ以上何も言うことは無かった。

 この日の内に私は身支度を整えて、稲葉山城を後にすることにした。
背中は完全に治りきってるわけじゃないから、ちょっとしたことで痛みが走るけれども
古傷が開く程度じゃないし、無理をしなけりゃ平気だろう。

 しかし、妙な文を預かっちゃったなぁ……まぁ、しばらく旅費には困らない程度は貰えたけども。

 この文が伊達の不利になるようなものでないことを祈りつつ、安芸を目指すことにした。 
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