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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第三十一話

 城の半分ほどを片付けた後に兵が召集されたものだから、
謀反の声が上がった途端ただでさえ混乱しきった状況だった城の中は目も当てられないほどの大混乱に陥った。
辺りに散らばっている死体を見て、ほとんどがやられてしまったのだと勘違いをし、
城外に逃げ出そうとするものも少なくはなく、そういう人達は放っておいて残って戦おうとする人達だけを相手に動いている。

 「お、お前らの目的は何だ!?」

 動揺しきっている家臣の一人が震える刃を向けながらそんなことを聞いてくる。
こんなことをしても無駄だ、とか、逆賊め、成敗してくれる、とかじゃなくて目的を問う。
こんな時は意識的か無意識的かに関わらず負けを認めているんだというのは経験上知っている。
取引をして逃がしてもらおうって輩は結構いるんだよね、こういう状況じゃ。

 が、ここで簡単に要求を伝えて見逃してあげるほど世の中甘くは無い。

 「僕達の目的かい? それはね、君達家臣に復讐をすることだよ」

 竹中さんはその人を中途半端に切り付けて、致命傷とも何とも言えない半端な大怪我を負わせている。
男の絶叫にわらわらと敵が群がってきた。

 「僕達の目的は一つ! 斎藤龍興に仕置きに来た! 龍興に不満が少しでもあるのならば、即刻城を出て逃げよ!
僕達は逃げる者は追わない。歯向かうのであれば遠慮なく切る!!」

 端整な顔立ちの竹中さんの威嚇に、平素ならば馬鹿にしていたのであろう家臣達が怯んでいる。
これだけの状況を作り出したのがこの竹中半兵衛という男であると知った今、もう彼を馬鹿に出来る人間は何処にもいないだろう。

 背中を見せて逃げ出した斎藤の家臣達を誰も止めることは無い。
寧ろ自分達さえも逃げたそうな素振りを見せてるから、何となく居た堪れなくなる。

 こんな時、逃げるのを許しちゃ駄目だよ。逃げた奴叩き切って正気に戻すくらいやらないと。
ってか、私や小十郎なら割と躊躇なくやるけどね。そういう外道なこと。
だってそれくらいやらないと瓦解させちゃうもん、自軍をさ。そういうことが出来る人間がここにはいないのかしらねぇ。

 まぁ、敵さんにそういう有能な奴がいなかったってことはある意味良かったのかもしれない。
というよりも、そういう有能な人を側に置かなかったっていう龍興さんに問題があるような気がするけども。

 ばっさばっさと切り倒して、逃げる人は放置して、どんどんお構いなしに進んでいく。
そんなことをやってるうちに表で控えていた二千の兵がさくっと見つかって、更に城内は大混乱になった。
外に逃げても討ち取られるし、城の中にいても討ち取られる。
ならばと自ら命を絶つ人まで出始めて何とも言えない光景が出来上がってしまった。

 いやぁ……これは酷い。酷すぎて言葉になりませんよ。

 「龍興の部屋はまだ遠いんですか?」

 「いや、すぐそこだよ」

 「じゃあ、さっさと縛り上げて終わりにしましょうよ。
そろそろ片を付けないと、窮鼠猫を噛む、なんて状況にもなりかねないですし」

 追い詰めてこちらの有利にするのは手だけれど、追い詰め過ぎるのはいけない。
追い詰められると時に予測もしていなかったようなとんでもない力を発揮したりするもんだから、意外と侮れないのよね。
私もそれで何回か失敗したことがあったし、過去にそれが原因で輝宗様を人質に取られて殺さざるを得なくなったという事件もあった。
後にそれが思い出したくも無い大戦に繋がることになるんだけど、まぁ……それは今は関係ない話か。
そういう経験があるからこそ、あまり追い詰め過ぎたくはないのよね。

 「それもそうだ。なら、この宴もそろそろ終わりにするとしようか」

 ……おいおい、宴って言ったよねこの人。戦じゃなくて単なる茶番のつもりだったのか、竹中さん的には。
まぁ、最初の目的からすればそんなもんか。まともに戦仕掛けようって感じじゃなかったしね。

 龍興の部屋の戸に手を掛けたところで、何者かが勢いよく戸の内側から刺し貫こうとしてきた。
私達は咄嗟に避けたから怪我は無かったけれど、運悪くその場に居合わせた敵さんの一人が顔面を刺し貫かれてしまう。

 ありゃ~……ご愁傷様だ。っていうか、地味にグロいぞこの光景。

 「ちぃっ! 邪魔臭ぇ!! 全員どきやがれぃ!!」

 出てきたのは門のところで人のお尻をしっかりと触ってきた下衆野郎だ。竹中さんも恨みがあるという、例の飛弾守。

 「……小夜君、少しの間だけこの男を引き付けておいてはもらえないかな」

 「了解です。なるべく早く来て下さいよ」

 不愉快そうに眉を顰める竹中さんに、私は軽く返事をしておく。

 「それだけの腕があるなら平気だろう」

 「そうじゃなくて」

 切り掛かって来た飛弾守の身体に薄く剣の傷をつけてやる。
こいつ、思っていたけどあんまり強くは無い。普通の人なら太刀打ち出来るかもだけど、婆娑羅者ではないから私でも十分だ。

 「私が殺しちゃう前に、早く来て下さいよ。恨みは深いんでしょう?」

 竹中さんの答えを聞く前に、私は縁側から庭へと躍り出た。
挑発するように刀を振るってやっているもんだから、奴も顔を真っ赤にして私を追ってくる。

 「女の癖に生意気な!」

 「はっ、女一人真っ当に相手に出来ないぼんくらが何を一丁前に。そういうのはね、一太刀くらい浴びせてから言うものよ!」

 背中に向かって斜めに切り払ってやり、振り向いた瞬間に足払いを掛けてその場に転がしてやる。
起き上がったところで顎に向かって一発蹴りを食らわせてやれば、飛弾守は顎を押さえて再び転がっていた。

 「こ、このアマ……!」

 強くないって言ったけど雑魚もいいところじゃないの、こんな奴。
何でこんなのに竹中さんはいい様にやられてたってのよ……あ、そこが仕える身の苦しさってところか。
主のお気に入りだから下手に手を出せば、全面的に自分が悪くなっちゃうもんねぇ。
その理屈で私や小十郎には他の家臣達も手出ししないし。

 だったら尚更私が殺しちゃうのは無しだわね。恨みがある分きっちり討たせてあげないと。

 思いきり刃を返してぶん殴ってやれば、特に抵抗らしい抵抗も出来ず飛弾守は伸びてその場に倒れてしまった。
とりあえずはコレでここは由、と……。

 あとは龍興を倒せたのかどうかだけど……。

 「城内にいる斎藤家家臣に告ぐ! 君達の主である斎藤龍興は降伏した! 抵抗を止めて降伏せよ!」

 響き渡る竹中さんの声に振り返れば、そこには竹中さんと竹中さんの家来に捕縛された幼い子供の姿があった。

 ……一体どんな奴かと思えば、まだ子供じゃないの。そりゃ、えり好みして側に置くのも無理はないかぁ。
小さい子なら優しくしてくれる人を側に置きたいもんだもんね。寧ろ悪いのは龍興というよりも周りの家臣達の方か。

 龍興が捕縛されたことで城内の混乱は次第に納まり、全員が呆気なく投降した。
拍子抜けって感じはあるけども、出番の無かった二千人の兵達が手際よく処理をしてくれてるお陰でもう私のすることは無くなりました。

 「意外と呆気なく終わりましたね」

 「皆がよく動いてくれたお陰さ。小夜君にも礼を言わなければならない」

 「助けてもらったお礼ですよ。これくらいなら朝飯前です」

 敵になる以上、あんまり貸し借りは作っておけないしねー……。まぁ、借りは返せたって考えてもいいかな。

 疲れたとばかりに軽く伸びをする。とりあえず片付いたことだし、そろそろ奥州に戻るようにしようかなぁ。

 なんて、集中力を解いたのがいけなかった。

 それまで死んだように伸びていたはずの飛弾守が突然起き上がって、竹中さんに向かって思いきり踏み込んできた。
すっかり油断していた私達はあんな雑魚が簡単に間合いに入ることを許してしまう。
この状況、詰めが甘いと言われても反論の余地が無い。

 「危ない!」

 咄嗟に私は竹中さんを突き飛ばしていた。突き飛ばして数瞬、私の背に覚えのある熱さと鋭い痛みが走る。

 「小夜君!」

 くそ、やられた。しかもこの感じからすると、結構な深手っぽい。

 竹中さんに身体を支えられた直後、例の鞭みたいな剣が蛇みたいに動いて飛弾守の首を刎ねていた。
二撃目を繰り出そうとする構えのまま、飛弾守がその場に崩れ落ちるのを私は横目に見ていた。

 「小夜君!? しっかりしたまえ!!」

 ああもう、折角打撲が治ったってのに……またこんな怪我しちゃってもう……。
小十郎のこと全然言えないじゃないのよ、ったく。

 竹中さんが何かを叫んでいる。けれど私の耳にはもうそれが言葉として届いていなかった。

 あー……眠い。ちゃんと目を覚ませるかなぁ……。

 そんなことを考えながら私は目覚めるかどうかも怪しい眠りに落ちていた。 
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