| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

黒の剣士は入るゲームを間違えた

作者:焼茄子
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 次ページ > 目次
 

第一話 まさかの入り

喧騒の中に無数の声が飛び交う。あるものは若い女性、あるものは中年の神父、あるものは駆け出しの冒険者。そんなもの達が仲間と、友人と、家族とみんながみんな明るい顔とはいえないが悪い雰囲気を作らずに会話していた。
ここはある街の酒屋であり、真っ昼間だというのに大勢の客で店内が賑わっている。
ただし彼らは素性は違い、内容が違ってもあるひとつの話を原点にしていた。

―――知っているか、"アレ"

―――"アレ"?なんだそれ

―――知らないのか?"アレ"だよ。あの突如現れたらしい剣士の話!

―――ああ"黒の剣士"ね。凄いモンスターを一人で倒したらしいやつ?

―――そう!それそれ!くぅー生で見てみたいもんだねっ

"黒の剣士"。そのワードをもとにして彼らは様々な話を作り上げていく。中には本当にあっていそうなものや、眉唾物の噂話程度のものと色々な話が転がり込んできていて、一言で言うなれば"玉石混合"だ。つまり信用するに値する情報は限られているということだ。そんな事は彼らもわきまえているだろう。ノリ半分本気半分で話に乗り出している、つまり彼らは楽しければいいのだ。そこに噂の審議は関係ない。話を盛りに盛って、普通なら本体より尾ひれが大きくなっている所なんだが、この噂はまだ本体の大きさを"上回っていない"。
・・・噂には上限が明確に設定されている。面白いやかなり凄いまでは行くのだが、"ありえない"という領域に踏み込むことがほとんど無い。ここの場所の上限はアダマンタイトプレートを持つものができる事までと決まっていて、ここの人は何も言われていてもいないのに全ての者がその域を絶対に脱しない。

"チャリン♪"

一つの微かな音が店内に凛と響く。騒がしく賑わう店内にそれはもはや雑音の部類だろう。ゆっくりとそのドアを開けた主が日光からなる逆光を抜けて、店内の床にそのブーツを触れ合わせる。勢いよく店内に入った影響なのかその長い黒髪が風にたなびく。顔の真ん中に伸びる髪の筋はチャームポイントとして大きく目立ち、全体的に黒い服は艶かしい白肌を際立たせる。服のデザインからか胸元が少し開いている点にも酒場の者達が大きく目を見張る。鉄の胸当てはもう衣装じゃないかと思うほどマッチしており、腰の外套も肌に密着している内服を隠していて逆に魅力的だ。その目に宿るのは鮮やかな紫紺。それを見るものはごくりと大きく唾を飲む。

入ってきたその人は戸惑うことも無く、空いている席に座る。すぐに注文取りが近づき問いかける。

「・・・あなたが"黒の剣士"なのですか?」

「・・・へ?」

自分の昔のあだ名を問われた青年(・・)は驚愕の表情を顔に浮かばせる。突然のことで驚くのだがすぐに正気を取り戻す。かの有名なデスゲームはここには存在しないのだからと自分に言い聞かせなまじトラウマ物の記憶をかき消す。いつまでも忘れない、・・・いや忘れてはいけない記憶が確かにまだ頭のうちにあることを確認する。この記憶では恐怖の証であるとともに背負う罪でもあるのだ。それを忘れるなんてできるはずもない。
それにしても"黒の剣士"か・・・。全身黒での剣士なぞ彼くらいの物好きしかしないだろうけど、一応他の可能性もあるわけで・・・。正直言うとかなり恥ずかしい。

「・・・うん、まぁ」

彼は注文取りの彼女に向き直り口ごもりながら答える。その言葉は酒場中の視線が彼に集まる結果を引き起こした。様々な感情や方向、人種をもって彼は一人見つめられる。このような強い圧力が一心にかかり彼は心なしか、顔が少し青ざめひきつる。その端整な顔に映るのは驚愕と後悔。あからさまに、こんなつもりじゃ無かったと顔に書かれているようだ。

少し経つと酒場の喧騒は全て"黒の剣士"への質問へすげ変わっており。青年はその丹精な顔を少し歪ませつつもなんとか笑顔でいた。彼は笑顔のまま周りのを見渡すが、何処にも助けてくれる味方がいないことに気づき諦めの表情を見せる。だが心の中では大音量で叫んでいるのだろう。

―――どうしてこうなった!?と











「で?単刀直入にいってくれ。そっちの方が簡単で助かる」

「・・・君には『死銃』についての調査を依頼したい」

俺には余り縁の無いようなレストランで話されたのは、いつもの厄介事だった。相手である菊岡は素性不明の怪しい人ではあるのだが、性格や関係からして結構に信用できる相手だとは思っているのだが今回は事情が事情だ。人の命が関わっているものにおいそれと邪魔な手を出してはいけないだろう。大事な案件というのはそれだけの責任がついてくるのだ。

「だけど菊岡さん。その『死銃』って言う奴は素性もわからないんだろ?そんなのを有象無象にいるプレイヤーの中から見つけ出せるもんかね?」

「それだから君に頼んだんだ。『死銃』は強いプレイヤーしか狙わないらしい。つまり君にはGGOのなかで一暴れして欲しいんだ」

「強く・・・?それなら現役のGGOプロに頼めばいいだろ。俺に頼む必要は・・・」

俺はあからさまに席を立ちレジへ向かおうとするが、菊岡は俺のライダージャケットを掴んで引き戻そうとする。流石に相手は大人だ、力比べでは部が悪い。
彼は俺のジャケットを引っ張りながらのひきつった声で続ける。

「桐ヶ谷君。僕は君を信頼しているんだよ」

仕事というのは能力だけで任せる相手を決めるものではない。判断力、実績、そして信頼を持って選ばれているのだ。その菊岡はこちらに信用を向け、SAOとALOの事件解決の事を高く買っているのだ。いつもからは感じられないその真摯な眼は俺を射抜き、次に俺が出す言い訳の言葉を封じ込めた。更にその目は俺の逃げる力を少し弱める。その力の弱まったスキをついて菊岡は力を強めて強引に俺をに席に戻す。もうこうなったら仕方が無いので、俺はその苦渋の選択を受け入れることにした。

「はぁ・・・。分かったよ、やらせてもらいます」

「分かってくれて何よりだ」

そういって菊岡は席から素早く立って、鞄を持ってレジに足を向ける。話をここで切り上げて俺のキャンセルを不可にさせようとしているのだ。俺はもうすると決めたと思っているのだが、どんな話で心変わりするかも分からないからの選択だろう

「前金代わりだ。ここの会計は僕がしておくよ」

「・・・はぁ。付くづくアンタは憎めない奴だな」

「そりゃ、どうも」

言葉通りに彼はレジで会計を精算している。俺は残ったダージリンを軽く口に含む。
肩の脱力感、何回会っても掴めないその姿に目を向ける。
菊岡誠二郎、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室 通信ネットワーク内仮想空間管理課:通称「仮想課」の職員である。普通に考えるとただの職員ではあるのだが、彼からは職員ではあり得ない程の並々ならぬオーラが発されている。何か裏でやっているのだろうか。
それをネタにしてちょっと話してみようかと決めて席をたった。




「キリトくん別のゲームにコンバートするんだって!?・・・そのゲームの調査するだけなんでしょ?別に調査するだけなら別キャラ作ればいいんじゃないの?」

アルヴヘイム・オンライン、通称"ALO"
そのALOにログインして間もなくアスナにそんなことを言われた。何でこの情報がアスナに・・・?あぁエギルかあいつには物置の為に情報を公開したもんなぁ。今度お前の店にひやかしに行ってやろう。ついでにSAO時代の格好いい黒歴史を触れ回ってやるとしよう。やっぱ持つべき物は友達だな!

「いやーその調査対象の奴がさ、強いプレイヤーしか狙わないらしいんだ。・・・まぁ、俺ぐらいなんかの奴にノコノコ出てくれるかは不安で仕方ないんだけどな」

「そんなことないよ!キリトくんは強いもん!」

「そりゃあ女の子の前で無様な姿は見せられないし、頑張るしか無い。いつもかなりギリギリだけどな」

はははと微笑むようにアスナに返す。彼女はそのウィンディーネ特有の蒼い髪を揺らめかせながら、少し怒ったような表情になる。プクーと頬を膨らませ、こちらの顔を見てくるのでこちらもアスナの顔をジーっと見つめ返す。
結局アスナの方が根負けして顔を真っ赤にしながら顔を背ける。とは言う俺もかなり顔が熱いのだが。

「キリトくんズルい・・・」

「ズルくたって結構!アスナの可愛い顔見れたら問題なしっ!」

耳まで赤くなっている彼女から視線を外し、風景を見やる。燦々と輝く太陽に映える偉大な大樹、ユグドラシルを見やる。彼女のためにも俺はユグドラシルの育つ土地に舞い戻らなければいけないらしい。
俺は赤みを帯びた年相応の顔をしている彼女を強く抱きしめる。一瞬身体が強張ったが、次第に柔らかく包み込む感触に安堵を覚える。

「永遠の別れって訳じゃない。また明日だって会えるさ。・・・・そうだな、クラインとかリズも呼んで祝勝会でもしよう。無事に仕事を終えてきた日にさ」

「・・・キリトくんは楽観的過ぎだよぉ・・・」

アスナがこちらに寄りかかってくる・・・。
あの、アスナさん?ちょっと待ってください。吐息とか柔らかい肌とか俺の拙い理性をぶち壊しそうな武器をその美貌で振り回すのは止めてください。もうちょっと超えたらALO男子勢が全力で俺を殺しに来るんで・・・。
アスナが俺の微妙な顔を見てクスリと笑った。やってくれましたね?アスナさん?そんなに理性をぶち壊したいならそういえばいいじゃないか・・・。

「ふっ」

「ッ!?」

余裕気な彼女の耳に軽く息を吹きかける。想像以上の反応をしたアスナに少し驚き、そして恐怖を抱く。恐る恐る彼女の顔を覗き込む。真っ赤でプルプルと羞恥にもだえている顔を。ホントにALOは感情表現がオーバーだな!ははは・・・・・・はは。
―――だめだこれは。
ガシッと肩を乱暴につかまれる。逃げようと後ろに回した顔をギ・・ギ・・・ギと機械的にゆっくり動かす。その目が彼女の顔を捉えたときには、もう彼女の体は俺に肉薄していた。

「きぃぃりぃぃとぉぉくぅぅん?」

彼女はその肩を夕食の時間になるまで離してくれなかった。




俺の目の前には明るい茶髪の看護師が立っていた。ちなみに服はナース服だ。
安岐さんが何ゆえここに!?アスナとのO☆HA☆NA☆SHIや他の皆への触れ回りが終わって、菊岡からGGO行きの当てが見つかったなんて話が俺に来たから、さぁ来いと言わんばかりの感じで指定されていた馴染みのある病院へ直行!何故病院なのかとかを気にしてはいたのだが、まさかこのための病院だったのか!!そんなこと考えても安岐さんのボディタッチを一通り受けた後だからもう遅いけど!
・・・菊岡、恐ろしい子っ!

「はい、桐ヶ谷くん!脱いで!」

「上だけでいいんですよね?」

「どうせなら全部いっちゃえば?私が看護しているときにどうせ全部見ちゃったんだから」

俺は咄嗟に股の間をキュッとちじめて隠す。何だ下ネタしか出来ないのかな?

「・・・遠慮しときます」

上だけを脱ぐと、ガリガリ・・・は嫌なのでALO事件終了時ほどから鍛え始めた体が姿を見せる。ガリガリ・・では無いはずだ・・・たぶん。脱いだのを確認して安岐さんはペタペタと電極を貼り付けていく。まぁ『死銃』相手なら仕方が無いのかもしれない。
それを付けたまま病院的なベッドに座る。すると安岐さんがゆっくりと頭を包む機械に繋がるバイタルを操作する。

「じゃあ四、五時間くらい起きないと思うのでよろしくお願いします」

「身体はバッチリ私が見ておくから安心してねー」

「よ、よろしくお願いします・・・」

電極を張り付けた身体をそっと寝かす。段々視界が暗くなっていく。そしていつもの世界に旅立つキーワードを口にする。

「リンクスタート!!」


そういい放つとあの白い場所に何本ものカラフルな線が・・・・こない。それどころか、視界が別の物に切り替わっていく。頭も痛くなってきてまともな状態を保っていられない。ジョークも考えられないくらいだ。
何なんだ!あのお決まりの始まり方をすると思っていたのに、あの白いログイン画面は映されず、何故か赤の"ERROR!"という文字が視界を埋め尽くしている。全てを取り囲み、白を落ち着きのない赤に変えるひどい背景。

ーーーこれではまるでSAOみたいじゃないか。

視界を埋め尽くされ神経の接続がブツッっと嫌な音をたてて切れる。それは外部と繋がっている唯一の線。普通ならここで現実世界に意識が戻る。そして何故かダメでしたー、何て安岐さんに冗談混じりの会話何かも出来るだろう。だが、ゲームはそれを許そうしない。だが勿論接続は絶たれているのでもがこうとしても、足掻こうとしても手はピクリとも動いてくれない。俺はここで死ぬのだろうか?こんな仮想の空間に永遠に閉じ込められ、最後の時を迎えるのだろうか。何て格好が悪い。

クライン、エギル、シリカ、サチ、リズ、ユイそしてアスナ。それぞれの顔が頭に浮かぶ。楽しかった記憶、面白かった記憶、悲しかった記憶。色々な仲間と経験した記憶がその時と同じように感じることができる。流れるように早く、同時にとても長い記憶。それは何秒間見せられたのかは知らないが、とてつもなく圧縮されていたように思える。これが俗に言う走馬灯ってやつか?冗談じゃない。

「ふざけるなぁぁあ!!!」

俺は無理矢理神経との接続を回復させる。ブチィピキィと嫌な感じが身体中を這いずり回る。そして動き出したその足で走り出す。・・・まだ俺には戻るべき場所と帰るべき相手がいるんだ!
頭の中に強い・・・だが弱くもある細身の彼女を思い浮かべる。薄紅色の頬と同時に見せる笑顔、いつも俺の名前を呼んでくれるだけで幸せになれるあの狂おしいほど、愛らしいほどの声。それをもう一度ーーー。いや、失わないために彼は"ERROR!!"の向こうへと身を投じた。 
 

 
後書き
シノン「解せぬ」 
< 前ページ 次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧