鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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39.魔導書事件
前書き
新しい復興参加者が『3人』加わり、参加者人数が『92人』に増えました!
『豊饒の女主人』炎上の知らせがベルコンビの耳に入ったのは、翌日の朝のことだった。
二人が朝食を取ることも忘れて事件現場にたどり着くと、そこには既に無数の人だかりが出来ていた。皆の視線の先にあったのは――無残にも漱塗れのあばら家と化していた。
「ほ、本当に燃えてた……!!」
「何という事だ……ロマンある男達の楽園がこのように黒ずんでしまうとは……!!」
呆然とするベルはともかく、地面に蹲って土を引っ掻くというノルエンデ崩落時のティズ並の悲しみを背負うリングアベルからそこまで悲壮さが伝わらないのは何故だろうか。多分、やっているのがリングアベルだから真剣味が風船並みの重さになっているのだろう。
野次馬、建設業を営むファミリアの物資運び込み、ギルドの聞き込みなど様々だが、冒険者たちの表情には驚愕と落胆が隠せない。
この店の常連は多く、一部大手ファミリアも足繁く通う人気店だ。そんな店が火事で焼失……しかも人死にまで出したと知ればショックは隠せないだろう。
しかし二人はそれよりも、店員たちや女将の安否が気にかかって周囲に目を凝らす。最近はティズとアニエスも連れて行っていたあの店の従業員たちの笑顔に、豪快に笑う女将。その安否を知れないことには不安でおちおち冒険も出来ない。
そんな中、ベルが見覚えのあるエプロン姿を視界に捉える。
視線に気付いたその女性は、視線に気付いて振り返り、驚きと安心の入り混じった表情で駆け寄った。
「……あっ、ベルくん!それにリングアベルくんも!」
「シルさん!!よかった……無事だったんですね!?」
「ほかの面々は!?女将とリュー、ミィシャ、シャリアが見当たらないが、大丈夫なのか!?」
「はい!現場にいないだけで怪我もなかったよ!」
もはやリングアベルがあの一瞬でいないメンバー全員を特定して名前まで言い当てている事には誰も突っ込まない。彼が店の女性の名前を暗記したもはもうかなり昔の話だからである。噂によると彼の脳にはこの町で出会った女性全員分のプロフィールと性格、趣味嗜好のデータが詰っているという。
「そうですか……その、店は燃えちゃったみたいですけど皆に怪我がなくてよかったです!火傷の痕なんかが残ったら一生ものの傷になりかねませんしね!」
「あら、それじゃキズモノになった時はベルくんが貰ってくれる?」
いつものように悪戯っぽく微笑むシルだが、その笑顔にはどこか元気がない。
ほかの従業員たちも落ち込んだり、炭化した店の痛ましい姿に涙している。
無理もないだろう、とリングアベルは唸った。
彼女達にとってこの店は単なる職場を越えた特別な意味のある場所だ。それは彼女たち時々口にする並々ならぬミアへの恩義と店への愛着を聞けば分かる。いわばここは自分たちの家であり、心の支えでもあるのだ。それが突然燃え尽きれば誰だって悲しい気持ちになる。
「無理はしないほうがいい、シル。女性に悲しい顔をさせないのが俺の流儀ではあるが、時には誰かの胸を借りて泣きたいときだってあるはずだ。俺の胸ならいつでも貸すぞ!」
「じゃ、お言葉に甘えてベルくんを……」
「ええっ!この流れで僕ぅっ!?」
「微塵も迷いがないなシル……いや、なんとなく予想してたが」
「あっ!!レジェンドとその弟子が朝から来たニャ!!」
アーニャの一声が響き、二人の来訪に気付いた従業員たちが一斉にそちらを向いた。
リングアベルもベルも、この店では特に店員に気に入られてる駆け出し師弟コンビだ。見慣れた顔の姿に店員たちの顔色も明るくなる。
「リングアベル様っ!来てくれたのね!?」
「ちょっとシル!!何を勝手にベルくんを独り占めしてんのよぉ!!」
「え~ん!!聞いてよリングアベル!店が……店が燃えちゃったのぉ!!……という訳で立て直し代金1000万ヴァリス頂戴っ♪」
「何言ってんのよ!古人曰く、『ねだるな、勝ち取れ』よ!代金ぐらい私たちで工面しなくてどうするの!?」
「そうだ、折角だから立て直しが終わるまで露店にしてみない!?テーブルとイスとパラソルを用意して、この二人にもウェイトレスさせて女性客も引き込むの!!」
「ああ、それいい!!喫茶店みたいで洒落た感じ?で、夜になったら屋台みたいに盛り上げるとか!!」
「こらこら!ミア母さんに相談もなしに勝手に話を進めない!!」
二人が来たというそれだけで、彼女たちに活気や余裕がやっと戻ってきたらしい。既に二人を置いてけぼりに別の話で盛り上がり始める者も出てきた。
「やはり彼女たちには活気ある笑顔がよく似合う!エネルギッシュで見ているこちらも元気が湧き出るようなこの雰囲気がなければ始まらん!!」
「それに、生き生きしている皆の笑顔は太陽のように眩しい!!………ですよね、先輩?」
「その答えでは70点だな。太陽に例えたのはいいが、それだけでは彼女たちの美しさや可愛らしさが伝わらない」
「厳しいっ!?でも確かにその通りかもしれません!!」
「ふふっ………なんだか二人のマイペースのせいですっかりいつも通りになっちゃいましたね?」
無地を確認し、彼女たちに笑顔を取り戻す。冒険者の仕事ではないが、リングアベルとベルの二人の仕事ではある。そういう意味では、彼らは彼らの働きをしたと言えるだろう。二人に遅れてティズとアニエスが来た頃には、『豊饒の女主人』従業員一同は既に立て直しの見積もりや撤去代金を計算していたという。
この逞しさとバイタリティの高さは、あの女将にしてこの子らありといったところだろうか。
= =
「――犯人探しなんてことを考えてるんなら、おやめよ!」
ベルコンビを出迎えたミアは二人の顔を見るなり、そう告げた。
「まだ何も言っていないのだが………悟られてしまったか」
「分からいでかい、その使命感と怒りに燃える瞳!言っておくけどねぇ、今回のこれは冒険者じゃなくてギルドや魔法使い連中の仕事だよ!分かったら危ない事に首突っ込もうとしないでダンジョンにいきな!」
「で、でも……お店をあんなにされて放っておけませんよ!」
「黙りなッ!!」
ベルたちの肩がビクリと震えるほどに激しい怒鳴り声だった。
声を発した張本人のミアの表情は、普段からは考えられないほどに暗く、覇気がない。
「……長い事冒険者してたけどね。アタシは、あんな人間の死に方を初めて見たよ。魔物に食い殺される光景を見て胃袋の中身をもどしたことはあったけど、人が前触れもなく焼け死んで……久しぶりに怖いって感情を思い出しちまった」
ミアと同じ部屋にいたのは、被害者男性が生きながら燃える光景にショックを受けてナーバスになっていた人たちだった。それを慰めていたミアもまた、傷心していたのだ。
話によると、燃えたというその冒険者は『魔導書』らしきものを読んで突然燃え上がったという。そのまま苦しみ、最後には魔法暴発という魔力の暴走を起こして爆発したという。余りの高熱に、彼の骨は装備こと融けて原型を留めていなかったそうだ。
戦いの中で死ぬそれとは根本から異なる、得体の知れない死。もしそれがリングアベルやベルの身に起きると思うと……あの時、ベルの手に魔導書が渡った所為で同じことが起きていたとしたら……戦いに身を置かずとも一方的に殺される未知の恐ろしさが、ミアの顔を曇らせていた。
「いいかい、アタシの事を思うっているんなら……この事件を追うのはやめておきな」
「……あい分かった、ミス・ミア。そこまで言うのならば俺達は手を引こう。魔法に関しては門外漢でいる事もまた事実だし、火傷をする前に身を引くよ。ベルも、それでいいな?」
「先輩、本当にいいんですか?僕は正直……このまま手を引いてしまうのは嫌です!何もしないでいると余計に自分が無力に思えてきて――」
「ベル、やめろ。お前、『魔導書』を開いてアッサリ気絶したのを忘れたか?未知の相手に対して何の知識もなくこの件に首を突っ込めば、二次被害を生むだけだ。それにこの件にもし犯人がいたとしたら、【ヘスティア・ファミリア】が標的にならないとも限らない。――これは感情だけの問題じゃないんだ」
「ベル様、どうかここは首を縦に振ってもらえませんか?」
「………分かり、ました」
横から話に割って入ったリューにまで言われ、ベルは渋々その意志をひっこめた。
誰の目から見ても納得などしていないのは分かりきっている。それでも、ベルはこれ以上ミアの弱弱しい表情を見ていられなくなって折れざるを得なかった。
きっとミアが他の数名を連れて別の場所に居たのは、自分でもその顔を周囲に見せたくないからなのだろう。リューの瞳も、それを察して欲しいと言いたげだった。
「折角お越し頂いていて申し訳ありませんが、女将は気分が優れないようです。出口までご案内いたしますので、どうか御引きとりを」
「うむ。事件が解決して貴方がまた笑える日を願っています、ミス・ミア」
「僕、上手く言葉に出来ませんけど……犯人、捕まると良いですね」
「――アンタ達は、燃えないでおくれよ」
部屋を後にする二人の背中にかかったのは、深い悲しみと不安に駆られた言葉だった。
リューに促されるがままに出口へ向かいながらも、ベルは素直に引き下がったリングアベルの行動に納得できずにいた。普段はあれほど女性の笑顔の為にと強く言っているリングアベルが、今日のミア相手には随分消極的な気がした。
リングアベルは女性の心を時に委ねたりしない。ベルのリングアベル語録曰く「恋は瞬時に沸騰するが、熱を加えなければあっという間に冷めるもの」……彼の言葉の意味を十全に理解しているベルではないが、少なくともこのままだとミアの心が良くない方向へ向かってしまうことは分かっていた。
(大人の事情とかあるのかもしれないけど……やっぱりこのまま引き下がるのは嫌だな)
ここで『豊饒の女主人』の皆に何も手助け出来ずに引き下がるのは嫌だし、燃えた原因が分からずじまいだ。
ミアのいた宿の出口までたどり着いたベルは、勇気を振り絞って提案した。
「先輩、この事件に――」
「さて!それでは早速エイナ嬢の所に行って今回の事件のあらましを調べるとするか!」
「――って、えええええええ!?さ、さっき手を引くって言ってたのに盛大に首突っ込みに行ってるじゃないですか!?」
「当然だろう!!至急、速やかに!!我等がメイドたちと女将の笑顔を曇らせる不届きな『原因』にご退場願う!!無論、ミス・ミアに心配をかけぬよう速やかにな!!」
そこに居たのは、いつも通り自信満々のリングアベル。先ほどまでの大人しさはどこへやら、既に事件解決へ完全に乗り気だ。しかも、珍しい事にその声に続く声が上がった。……ベルたちの後ろから。
「では、私は知り合いのエルフに声をかけて『魔導書』に関する知識を持った協力者を探します」
「ええっ!?リューさんまで参加するんですか!?」
今まで何も話題に触れなかったリューが唐突にこの事件に首をツッコむ手伝いをすると言い出したことに、ベルは更に驚かされた。ミアにだけは頭が上がらないといった風だったこの人が、まさかミアの言いつけを自ら破るとは思わなかったのだ。
しかし、リューにもリューの考えがある。毅然とした態度で腕を組んだ彼女の表情からは、この前路地裏で見た時以上の気迫のようなものが感じられる。
「当然でしょう。ミアさんにあのような悲しい表情をさせる不埒な『原因』、誰が許そうがこのリューが許しません」
「………ってことは、結局みんな最初から事件解決する気だったんじゃないですか!?」
「何を今更。ベルだって手を引く気はなかったのだろう?」
「それはそうですけど……そうですけど!!」
そうならば自分が勇気を振り絞ってやろうとした決意表明は一体なんだったのか――と聞きたくなるベルだった。
この日、リングアベル率いる仮設特捜隊は今回の火事を『魔導書事件』と名付け、その走査に乗り出した。
後書き
結構えげつない事件だったせいか38話の反響がゼロ……というか、そもそも感想ほとんどない。
これはアレですね。主に私の更新速度とクオリティ的な未熟さゆえですね。
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