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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第69話 敵は人類最強


~レッドの町~


 レッドの町は 復興が続いているとは言え 戦争によって出来た爪痕が生々しく残っている。赤い建物が多いのだが、その傷跡のせいもあり、むきだしになってしまっている地肌を見れば、よりいっそう悲惨さが判ると言うものだ。

「すっぱぱぱぱーーんっ! ここが戦後の爪痕も深い レッドの町でーーーすっ!!」

 そんな中に、陽気な声が響き渡る。何処からともなく現れたのは観光ツアーの2人組だ。

「赤煉瓦で構成された、赤で統一された街並みが何よりの特徴ね。まぁ 今は仕様がないとしても。……昔の都市長が無類の赤好きで、こんな風にした、とか言われているけど、実の所、原因はよくわかってないみたいなの」

 因みに、解説しているのが、文句を言いつつも、一緒に行動をしている魔法使いの少女、アテンであり、きゃいきゃいと、はしゃぎつつ、アテンの話を訊いているのが、ジュリアだ。 

 さて、ここで疑問が生まれるのだが……、ツアーガイドはアテンではなくジュリアだった筈。……その能力は皆無だけど。いつの間に代わったのだろうか。

「あー、それ ジュリアちゃんが訊くよー! なれーしょんさんっ! っとと、まずは町の事、だね! 赤が好きかも~なんだ! そーなんだ! だから 真っ赤なんだねー! 面白ーーいっ! ……っと、感想を言い終えたから、訊くよー! アテンちゃん」
「……前振りが長いわ。 で、何かしら? ツアーガイドさん」

 アテンは、やれやれ、とため息混じりにそう訊いていた。無論、ジュリアが話しているもう1人? の《なれーしょん》の事は盛大にスルーして。

 兎に角 ツアーガイド、とジュリアの事を呼んでいる以上 彼女がガイドとなった訳ではなさそうだ。……役割はしっかりと果たしている様だけど。

「ツアーガイドの役って、ジュリアちゃんの仕事なんだけど。なんでアテンちゃんが説明してくれてるのー?」

 ジュリアがその疑問を口にした途端に、再びアテンはため息を吐いた。

「……あなたがまともにやらないから、私がやる事になってるんじゃない。任せてたら、知りたい事も知れないし、自分で調べた方が断然早いの」

 と、言う事だった。アテンは苦労が尽きないのである。トラブルメーカーとは少し違うが、ジュリアに振り回され続けているから。

「はぁ……、続けるけど、レッドの名産品はしゃもじよ。職人の工房で、毎日数多くのしゃもじが作られているわ。……工房も再開してるみたいだし、活気を戻す、って事もあって 頼めば、しゃもじ作りを体験させてもらえるみたいだけど。やる?」
「はーーーいっ! やりまーーす! よーし、という訳で、早速!」
「あ、そっちはまだ後。先に腹ごしらえよ。それなりに歩いたし、時間的にも、だし。レッドの特産品と言えば、何よりも このアカメフルトよ」

 アテンが鞄から取り出した旅行パンフレットを見せた。特産品だけあって、大々的に紹介されている一品であり、情報収集は容易だった様だ。ジュリアは、それを見て大興奮。

「わーーっ! とっても美味しそう!! ね、ね、ね、早く行こう! アテンちゃん!」
「ああ、そっちの屋台に行くんじゃないの。アカメフルトの専門店があるから、お昼はそこでとるわよ」
「わ~~い! アテンちゃん、大好きだよーー!」
「はいはい」

 戦争中だと言うのに、まるで別次元にいるかの様に、陽気な声が町に木霊する。
 勿論、それは比喩だから、彼女達の声も姿も、町の住人には見えているし、聞こえているのだ。

 町の住人達は、その陽気で明るい2人組(厳密にはテンションが高いのはジュリアだけだが)には、精神的にも癒して貰っており、大歓迎だったのは 別の話。

「ふぅ…… とりあえず 大分休息は取れたな……ん?」

 丁度、2人組が立ち去った後の事。宿屋から出てきたのはユーリだ。

「今、誰かいた様な気がしたが……」

 きょろきょろ、と周囲を見渡してみるが 誰もいない。悪い気配の様なものはしなかったから、とりあえず良しとした。

「あ、ユーリさーんっ! おはようございます!」
「おはようございます。ユーリさん」

 そして、朝の挨拶をしているのは、同じく宿屋にて、泊まっていたかなみと、優希だ。
 その後ろから、飛ぶようにもう1人現れた。

「おはようっ! おにいちゃんっ!」

 ヒトミ、だった。
 アイスの町では、一緒に暮らしている事もあって、一緒に眠る事が多かった(ヒトミが、ユーリの布団に潜り込んでいた)が、今回はそうはいかない。……色々とヤキモチを妬くメンバーがいるから、一先ず遠慮をしているヒトミだった。
 だからこそ、こうやって朝の挨拶をする時は、大胆に、だ。ユーリの身体に飛びついた。

「お、っとと。ああ、おはよう。ヒトミ。それに、優希とかなみも」

 ヒトミの身体を支えながら、笑顔で挨拶を交わすユーリ。
 ジオの町の件もあり、まだまだ、しなければならない事が多いが、休息が重要なのは言うまでもない。こう言う時位は、張り詰めた表情はせずに、笑顔で。 それが心のゆとりに、安心に繋がる事を知っているから、ユーリはそうしたのだ。

 その笑顔に答える様に 笑顔を見せる優希とかなみ。

 勿論、ヒトミに少なからずヤキモチはあるのだが、2人は仲の良い兄妹に見える部分が多いから、そこまでではない。……志津香はとりあえず別みたいだけど。

「あ、そういえば どうしたんですか? 何か周囲を見渡していた様ですが」

 かなみが、それを訊いた。ユーリが周囲を見渡していたのを観ていたから。
 それを訊いたユーリは軽く首を振る。

「ああ、何でもないよ。誰かいた様な気がしただけだ。……町の活気も、徐々にだが戻ってきている。よく考えたら、誰が至って不思議じゃない。悪い気配の類じゃなかったしな」
「そう、ですか。判りました」

 かなみも安心した様に頷いた。敵側がもしも町へ……と考えれば 不安になる事もあるが、ユーリがこう言うから。……信頼できる人が傍に居てくれて、そして 言ってくれているから、心配はないんだ、とかなみは思っていた。
 ……忍者としては、ちょっとどうかと思うけれど。


 そして、4人は レッドの町、解放軍司令本部へと向かうのだった。









 

~リーザス城・謁見の間~



 リーザス側が 休息を取っていて 準備も着実に進んでいる時。ヘルマン側も 何もしていなかった訳ではない。ジオの町に 集結をさせていたのだ。

「進攻部隊は――……トーマの部隊、本隊はどうしている?」

 パットンが玉座に座したまま、控えている兵士に訊く。兵士は、一歩前に出て、跪くと 続けた。

「はっ。現在 ジオにほぼ全軍が集結しつつあります。編成が完了次第、レッドへ進軍予定です」
「ふむ……。トーマなら どうとでもなるだろう」

 その報告に、鷹揚に頷いた。それを横で一緒に訊いていたハンティも頷いた。

「まぁ、負ける事は無いでしょ。多分、ね。リーザスの全軍と、正面からぶつかる訳でもなし。……まだ わかんないけど」

 ハンティは 頷きつつも言葉を濁した。
 確かに、トーマは兵としても、将としても 一流の上に、超が幾つもつく。豪傑揃いのヘルマン軍にあって誰もが迷いなく最強と推す男だから。

 ハンティが言葉を濁す訳は、解放軍側にあった。

――もしも……、解放軍の中に あの男(・・・)がいたとしたら?
 
 以前、手合わせをした事もある。あの時は 確かにトーマにも匹敵しかねない底力を感じた。ハンティは 身に染みて知っている言葉がある。

 勝負は、最後まで判らない。そして、何かを守ろうとする者は、強い。だ。

 無謀と勇敢は違う。絶対的な強者である、魔人に何の対処もなく無策に突っ込む様な人間ならまだしも、自身で考え 策を練り、最善を尽くす。更には 何かを守るために戦う。
 そんな人間は強い。敵でも、味方であってもだ。 

「……ハンティ?」

 パットンは ハンティの僅かながらに、俯かせた表情を見て、疑問が頭に過ぎったが、兵士の報告が再び続いた為、視線を外した。

「……ですが、パットン皇子。その、北部が……その分、手薄になっております」

 その報告を訊いて、もうハンティの表情など 頭から離れてしまう。

「……まだ、片付いていないのか?」

 声が、自分でもわかる程に、低くなった。イラついているのもわかる。

「は、その……リーザス貴族の反乱は、未だ続いているのですが、一度撃退した、白の軍、青の軍がゲリラ化したとかで……」
「ゲリラ、だと……? 正規軍がか。追い詰められて、正面から戦えないだけではないのか?」
「いえ、貴族の支配下にある領民に混じり、情報の分断、捜査をくり返し行って、人心を操って反乱自体を沈静化させているとか……」
「人心操作だとっ……!?」

 パットンは、立ち上がった。反乱がもっと激化すれば、更に追い風が吹くのだが、それを沈められては追い風どころか、完全な逆風だ。手駒となる反乱軍達も抵抗、解放軍に流れてしまう為だ。
 そして、何よりもその操作は人間などよりも、もっと優れた者達が自軍にいるのにも関わらず、後塵を拝している事に、パットンは怒りを覚えた様だ。

「それはまさしく魔人がやっていた事だろう! 魔人どもは何をしておるのだ!」
「さ、さぁ それは…… 魔人の動向は、我々には殆ど聞き及んでおりませんので……」

 パットンの怒声を浴びて、伝令兵は立ち竦んでしまった。だからこそ、更に怒りが増し、パットンを苛立たせる。

「ッ! ノス! ノスはどこだ!」

 直ぐに魔人の1人であるノスの名を呼んだ。

 この場にいる、気配を感じなかったのだが……。その巨体で、何処に隠れていたのか、と思える程 突然気配が現れた。

「……いかがなさいました」

 突然現れた事に、動揺をする事もなく、パットンは続ける。

「いかがも何もない! 北部はどうなっているのだ! そちらにも、魔人はいたのではなかったか!」
「いえ。魔人ではなく、その使徒、ですな……。とは言え、今はおらぬ様ですな」
「おらぬで済むか! なんとかしろ!」

 小馬鹿にされている、とでも思ったのだろう。パットンは更に声を荒らげて、ノスにそう言う。……ノスは、嘲笑をしているのだが、その表情は見えない。

「はて、異な事を。この城を奪った時点で、我々の動きは軍には束縛されぬ……。そう言うお話であったかと」

 そう、魔人との契約……と言ってもいい。正式に調印を交わした訳ではなく、口約束の類でしかないが、このリーザス城を一気に制圧するまで、最大限に手を貸す事を主としていたのだ。
 その力は絶大であり、魔人の力があったからこそ、こうまで迅速に制圧をする事が出来た、と言っていい。ヘルマン側の功と言えば トーマによる制圧。死神と称される、リーザス最強の軍人リック・アディスンを 魔人の催眠術が発動するまで足止め 程度なのだ。

 だが、パットンは そんな事はどうでも良い、と言わんばかりに続けた。

「状況が変わったのだ! 戦争では、そんな事、いくらでもある!!」
「………………」

 ノスは、ため息を吐く。……無論、その口元も見る事が叶わなかったパットンは 苛立ちを更に募らせる事はなかった。

「貴様らが、貴族ども、リーザス人を扇動する。と言うから そちらの軍を薄くしたのだ! 責任は貴様がとれ!」
「………用がそれだけならば、失礼致します」

 それは、了解と言う意味なのか、どうか判らないパットン。

「いいな! 私の命だ。忘れるな!!」

 だからこそ、更に声を張り上げた。ノスの背中に、その低く野太い声を浴びせるが、憎々しささえ出ているその後ろ姿は、少しも揺るぎなかった。

 完全に、ノスの姿が見えなくなった所で、パットンは、握りこぶしを作る。

「右を見ても、左を見ても、使えん……ッ くそっ!」

 そんな時、だ。ふと 小脇にいた筈の小柄な影が消えていることに、パットンは気づいた。

「む……、ハンティ?」

 そう、この場にいた筈の、ハンティの姿がなかったのだ。
 
 あの表情には、何処か気になる所があった、と言う事を今更ながらに思い出すパットン。ハンティに限って、何かある訳もない、と想っているのだが、何か違和感が拭えなかった。



~リーザス城・謁見の間 前通路~


 ノスは、大きな身体だと言うのに、殆ど足音も響かせず、まるで幽霊か? と思える程静かに、そして緩やかに移動をしていた。
 今、思っているのは無脳なヘルマン側の頭についてだ。

「ふ……まったく、滅茶苦茶だな。あの皇子様も……」

 勿論、素の自分を出したりはしていない。演技も、最後までバレずにつづけなくては意味がないからだ。……万が一、狙いがバレてしまえば計画に支障をきたす。人間ごとき、どうとでもなる事だが、ノスの狙いは、そんな生易しいものではない。力だけで 解決できる問題ではないのだ。
 だからこそ、圧倒的な力を有すると言うのに ここまで回りくどい方法を取っているのだから。

 その時だった。

「ああ、まったくそうだと思うよ。魔人さん」
「ぬ……!?」

 ―――いつの間にか、背後にハンティがいたのだ。まるで、最初からこの場所にいた。と言わんばかりに、佇んでいたのだ。

 一切の気配を感じさせない不意打ち。流石のノスもその喉から、驚愕めいた反応が零れた。

「……これはこれは。まずい事を訊かれてしまいましたかな」

 だが、悪びれる様子も全く見せない。そして、恐れる様子も同様にだ。ノスは軽く肩を揺らすだけだった。

「別に。あんたが表っツラ通りの性格だなんて、初めから信じてやしないさ。それにね」

 ハンティの目つきが鋭くなる。……ノス、と言う名を知っているからだ。

「《魔人ノス》といやぁ、有名人だ。ちょいと昔にも、魔人戦争で、闘神都市を幾つも落としたじゃないか。《魔人レキシントン》と共に、さ?」

 その話を訊いて、ノスの眉が少しだけ 上へと持ち上がった。

「ほほう…… 博識なお嬢さんだ。600年程前に、そんな事もありましたかな」

 だが、その言葉には全く動じた様子はない。ただただ 面白いものを見た、程度にしか感じていなかったようだ。
 ハンティもそれは十分すぎる程判っており、続けた。

「人間達の間じゃ、魔人っていえばノス。……そのくらいのスターだよ。あんたは」

 ハンティは軽く笑みを浮かべてそういい、そして 『けどねぇ』と、軽い調子のまま、唇の端を釣り上げた。

「判んないのは、そんな魔人サマが、パットンにくっついて、何を狙ってるのか、って話さ」
「………………」

 言葉に僅かながらにつまるノス。だが、それでも動じた様子は見えない。ただ、間を溜めている程度にしか感じられない。

「まさか、バカッ正直に、ヘルマンに手を貸して、人間界を混乱させよう、とか。そんなんじゃあないんだろう?」

 ハンティの視線は更に鋭くなった。
 元々、ノス程の力の持ち主であれば、そんな回りくどい真似をしなくとも、人間界に混乱など 簡単にできるだろう。……今は二分されているから、公には動けない。と言う理由があるかもしれないが、それでも もっと他に効率よく、やりようは有る筈だ。

「ふふ……さて。敵の敵は、とも申します。今後を考え、時期皇帝陛下と繋がる事は、無益ではありますまい」
「パットンは……あいつは………」

 鋭くなっていた筈のハンティの表情が、何処か苦痛を耐える様になっていた。眉根を潜めたハンティを見て、嘲る様に口ひげを揺らせた。

「……おやおや、中々にお守りは大変なようだ」
「……何処の家庭にでもある話さ」

 軽く、肩を竦め、その黒髪を僅かに靡かせながら、ハンティは鼻を鳴らした。

「……ふっ 魔人だからって、好きにできるとは思わない事だね。死なないからって、邪魔されないって事はない」

 その頭巾に隠れたノスの瞳を射抜こうとするかの様に、ハンティは再び鋭く、いや 先ほどよりも更に鋭く不敵に、眼光を向けた。

「………く。くくくく」

 この時、ノスは初めて笑った。鼻で軽く笑う程度ではない。小さく低く、そして何よりも重い声で、確かに嗤ったのだ。それだけでも、威圧感を感じられる程に。

「……………」

 今度はハンティが言葉を噤んで、ノスを射抜く様に眼光を向ける。ノスは笑いをやめると同時に、ハンティに完全に向き直った。それでも、頭巾に隠れて表情は見えない。

「あまり、挑発しないでもらいたいものだな、森の娘よ。これでも……」

 ノスの目が、光った様な気がした。邪悪な、光。

「我 慢 し て い る の だ」

 ぞわりと、物理的なまでに濃密な重圧が、耐え切れぬ、といった様子で、ノスの周囲に漏れ溢れた。 気の弱い者であれば、それだけで意識を奪われるであろう、圧倒的な強者のみが発する重圧。

 だが、ハンティは臆した訳ではなく、冷静に視線でそれを受け止めた。

 この程度で、臆する様な 器用な心の持ち主ではない。ここ最近、もっと奇っ怪な現象を体感しているのだから。
 
「……ほう」

 色々と脅かしているつもりだった ノスだが、意にも返さないハンティの姿を見て、軽く声を上げた。だが、それも一瞬だ。

「ふふ……精々、あの皇子のお守りに励む事だな。……私などに、気を配る前にな」
「…………」

 立ち去るノスの広い背中が消えるまで、ハンティは視線を動かす事はなかった。


 完全に、ノスの姿が消えた所で、ハンティは 肩で息をしていた。
 大きく 息を肺に吸い込み、そして 吐き出す。その仕草を二度、三度と続けた所で、その黒い髪を何度も掻きむしった。

「ったく……パットン。ほんとに厄介なヤツを抱き込んじまいやがって。こっちは 夜も眠れなくなるってもんだ。あのバカは寝てるみたいだけど」

 その額からは、一雫の汗が流れ落ちていた。
 魔人の中でも、上級クラスの力を秘めているノスの重圧を正面から受けきったのだ。……仕様がない、と言えばそうだ。だが、ハンティが精神的に臆していない、と言うのも本当だ。 

 先ほども称した通り、以前にも、あったからだ。重圧の種類が全く違う代物だが それ以上の気配を、荘厳たる気配をこの身に浴び、そして包み込まれたのだから。

「……ユーリ。アンタがこっちにいてくれたら、色々と話したいんだがな。意見も訊きたい。あの化け物をぶっ潰す方法、手段とかを、ね」

 柄にもなく弱気な言葉を発してしまうハンティだった。

 今までは、守る側ばかりだった。世話のやける子供、パットンのお守り役を常にしていた。そんな彼女の背中を任せられるに足る男なんて、ここ100年でも、トーマくらいしか有り得ない。勿論それは強さを考慮して、と言う事もある。
 精神的にを含めたら まだ何人かいるのだが、今現在の状況にて、彼女を支えられるか? と問われれば首を縦には振れない。
 
 それは、トーマとて例外ではない。それ程の強大な力を内包している化け物(ノス)が傍にいるのだから。

「準備はしてきた、か。……正直頼りない、って思うけど。やる時にはやらないと、ね。……ただ、進む。進み続ける。時代の流れに身を任せつつも、あたしの信念に従って。ただ、真っ直ぐに………アイツ(・・・)の言うとおりに」

 ハンティは そう 呟くと そのまま 姿を消したのだった。






 そして、この通路の先にて、2人の魔人が話をしていた。ノスとアイゼルである。

「……使徒達がいなくなった事で、なにやらご迷惑を掛けたみたいですね。ノス」

 アイゼルがゆっくりとした仕草のままに、ノスへと話しかけた。

「いいや。……瑣末事よ。北に向けた使徒の事、だな。 どうした?」
「2人とも、呼び戻しました。そろそろジオで決戦があるようですので。……人間達側にも、随分と骨のある者がいる様ですから」

 アイゼルの言葉を訊いて、雰囲気が変わるノス。

「ほほぅ。……お前がそこまで言う者がいるというのか」

 これまで、アイゼルは何度も 人間に対しての称賛、賛辞の言葉を口に出しているが、それはそこまでの敬意を払っている訳ではない。

 魔人の力と人間の力の差は 圧倒的であり 例え 善戦をした所で、たかがしれていると言うものだ。それに、人間同士の戦いでは 確かに 熱の篭った代物が見れるかもしれない。だが、アイゼルは違った。己の配下、使徒を全て出す、と言っているのだ。

「ええ。……今度は私もでます」
「ほう……」

 ノスは、アイゼルが出ると言う言葉には さほど驚きはなかった。使徒の全てを出す、と言った時点で 自らが動くであろう事は容易に想像がついていたからだ。

「問題はありますか?」
「くく…… いや、ないな」

 外見や性格、そして能力から アイゼルと言う魔人、妖術魔人と呼べるこの男は、直接戦闘を厭う印象が必然的に付きまとうものだ。……だが、本来魔人と言う存在は血を嗜む。
 主である魔王から授けられた血が、その破壊衝動をも引き継がせるのだろう。

 ノスは、その程度にしか 感じていなかった。

「……………」

 アイゼルが 戦闘に出る、と決意したのは 血の疼きからではない。破壊の衝動、魔人としての本能からではない。

 全ては、あの時に 得体の知れない存在と出会ったからだ。その存在を再び確かめる為に、アイゼルは戦場に立とうとしているのだ。……美しいものを見る為に、と言う目的も多少なりとも含まれているが、根幹はその部分なのだ。

 そして、ノスに今回の事は告げていない。隠している、という訳ではなく、どう説明をすれば良いか、その適切な言葉が出てこなかったのだ。

「北部も放っておいて構うまい。ヘルマンの勝ち負けは どうでも良い。……混乱が続く状態こそ、望ましい事だ」
「……ですね。では 私も好きにさせて頂きましょう」
「だが、そうだな。……リーザスの聖武具。持ち主がこちらへ向かっているとか。……奪え」

 ノスの言葉を訊いて、アイゼルは察した。 あの武具を狙っていたのはサテラだ。なのに、ノスが自分自身にそれを指示する、と言う事が意味するのは。

「……サテラを、退けましたか」
「うむ。人間に遅れを取ったらしいな。ガーディアンに連れられて、離脱した」

 ノス自身も、感嘆とした吐息と共に、そう伝えていた。好戦的な魔人である故に、だ。
 ヘルマンのトップであり、パットンをずっと見てきたからこそ、こちら側よりも骨のある者達がいた事に少なからず、思う所があったのだ。

「戦場でまみえるのが、楽しみとなりました。……いろんな意味で、ね」
「私とて、趣味は控えている。目的を違えるなよ」
「闘神落としを嗜んでいたノス殿としては、現状況には辛い所ですか」

 アイゼルの冗談めかした言葉に、ノスはほんのわずかに、不本意そうに眉根を寄せた。

「……古い話を。主の為。それが第一義だ。任せるぞ。アイゼル」
「心得ておりますよ。ノス。……ホーネット様の為に、必ず。 私は 私達は あの人の下に動いているのですから。……彼女は」

 アイゼルは、ノスに背を向けつつ、拳を握り締めた。

 あの時のアレ(・・)は、恐らく挑発だ。だが、それでも 主ホーネットを侮辱する言葉を唱えた事実は変わらない。故にアイゼルは怒りを漲らせた。決して表情には出さず、ただただ、その怒りを1点、拳にだけに集中させて。

 そのまま アイゼルは姿を消した。……気配も完全に消え去った。

 残されたのはノスのみ。アイゼルの言葉を己の胸中にも刻み付ける。

「そう……、全ては 主の為に、だ……。全ては……」

 何度も、何度も呟き、己の魂魄にまで刻み付ける様に呟いて、ノスもこの場から姿を消した。
 






~レッドの町 解放軍司令本部~



 ユーリ達は、司令本部へと来た。戦争の状況を知る為には この場所が一番最適なのは言うまでもない。情報戦に長けている白の軍。そして 情報屋として頑張ってくれている真知子や優希の持ち場もこの場所にある為、まとめ安いのだ。

 そして、何より恐るべき事に……ランスが来ていた。

「がははは! オレ様が本気を出せば、魔人なぞ楽勝と言うものだ! 惜しくも取り逃がしたが、次はがっつりとヤってやるぞ! がはははは!」

 盛大に笑い声を上げていた。
 事実無根、と言う言葉を知らないのだろう。だが、当然ながら ハイパービルにいなかった者達が真実を知っている筈もないから、バレスやエクスに至っては、関心をしていた。

 所謂、流石は 《ユーリの仲間》と言う事でだ。

 勿論 口に出せば煩い、と言う事も知っているし、機嫌が悪くなってしまう事も判っているから、決して口には出さない。

「(少数精鋭、とは言え、相手は人外の魔人。……そして、ガーディアンじゃ。ランス殿も無類の強さ、という訳じゃろう)」
「(ふふ。ユーリ殿に目がいき過ぎていた、と言う事も有りましたね。しっかりと有言実行をしているランス殿も 見事です)」

 行動や言動は兎も角、ランスの株が 解放軍内で上昇気味なのだ。……勿論、女性陣の軍人達には まだまだストップ安だが。

「(ランスは、魔人を挑発して、更にへろへろになった所を襲おうとしただけだし……)」
「(はぁ…… 全く。ガキね。ガキ)」

 真実を知っている組はというと、こちらも口を噤んでいる。正直疲れが取れていない、のだ。連戦に次ぐ連戦、そして 何よりも相手は魔人とガーディアン。実際に、激闘をしたという訳ではないが、精神は張り詰めており、消耗も激しかったのは事実だった。

 ……大切な人が危なかった。いろんな意味で危なかった、と言う事実も拍車を掛けていたのだ。

「まぁ~、ランスの言う事だしなぁ? 話半分ってとこにしとかねぇと」
「流石ミリさんですかねー。判ってますです」

 ミリとトマトはいつもどおり。空気読む様な事はせず、いつもの自分だ。

「コラ! 聞こえているぞ! 今度はお前たちをへろへろにしてやる!」
「お? イイぞ。戦闘に出てなくて、鈍っていた所だ。相手になるぜ」
「むむむ……!! そろそろ、ミリにも大丈夫な筈だ! ハイパー兵器を持つ、オレ様がいつまでも、負けている筈がないのだ!!」

 根拠のない自信を持ったランス。こんな朝っぱらから、ミリとの一戦を開始するようだ。

「はぁ……、ミリも無茶は……でもないか。戦いに比べたら」

 ユーリは、ミリを見つつそう呟く。
 勿論周囲には気づかれない様な大きさの声でだ。

 彼女が最近本当の戦線から外れている。まわりには判らない程度に離れている状況を判っているのは、ユーリとロゼの2人だけだ。

 ヘルマン軍との戦いでは必ず連れて行く、と言うのを条件として、今回のハイパービル。魔人との一戦には離れてもらったのだ。……烈火鉱山での戦い、そして サテラの襲撃。常人よりも遥かに消耗しているから。
 今は、ロゼの秘蔵のアイテムもあり、安定はしている様だが、まだ安心は出来ない。

 そんな時、ミリは こちら側を見て、軽くウインクをした。その目を見ただけで判ると言うものだ。『心配するな』と言っているのが。

「あーー、お姉ちゃん! 私も行く~~!!」
「ガキはいらん」
「ミルにはまだ早いって」
「ぶーぶー!」

 一緒について行こうとしたミルがつまみ出されてしまった。
 いつもの彼女なら、ぶーたれたまま 諦めるのだが、今回は違う?

「なら、見て学ぶ~~っ! 私も、お姉ちゃんの様にエロ格好よくなるもんっ!」
「まぁ、見て学ぶ、か。それくらいなら、なぁ?」
「がははは! なーら、妹の前で、完膚なきまでに負かせてやるわ!」
「おお? 言ったな。まぁ 精々頑張んな」

 なんじゃかんじゃで、ランスも同行する事を許した様だった。
 勿論、それを観ていたマリアは、ため息を吐きつつも引き止めようとする。

「ちょっと、ランス? まだ 作戦会議はこれからなのよ?」
「それを訊くのは、下僕の仕事だ。と言うより、さっさと終わらして、戻ってくるから、てきとーにしていろ」
「ま、そう言う事だ。マリア。安心しろ。さっさと終わらす。……ヤキモチか? や~っぱ マリアも可愛いな? お! あの時(・・・)以来だが、ひさしぶりにヤルか!?」
「そ、そんなんじゃないわよぅっ! って、それ! 私の黒歴史っっ!!」

 きゃいきゃいとはしゃぐ連中を尻目に。

「……とりあえず、ジオの動向は、どんな感じだ?」

 ユーリは必要な情報を聞こうと一歩出た。
 マリアは実質 司令官だから、後にちゃんと仕入れて作戦に組み込むだろう。ミリもからだの状態を考えれば、不安要素が尽きないが、彼女も修羅場を潜ってきている身。臨機応変に動ける。……そして、無茶はしない事を約束させたから大丈夫だ。

「はい。ジオの方では特に大きなものは。ただ、向こうも部隊を集結させ、再偏をさせている様なのは 昨日と同じです」
「……成る程。それで 中心人物はやはり?」
「ええ。敵将は名にし負うトーマ・リプトン。……しかも 数も密偵に探らせた所、15000を超えているとの事です」


 バレスの言葉を訊いて、皆に動揺が走る。

 その軍勢は こちら側 解放軍の3倍を遥かに超えているのだから。そのせいもあってか、士気にも影響している様であり、レッドを奪還した時に比べたら三割減、と言った所だった。

「ふっ……」

 そんな中で、微かだが笑う者がいた。圧倒的な数を前にして、笑みを見せれる、笑える者がまだいたのだ。

「ゆー……?」

 そう、笑っているのは ユーリだった。
 ここから出て行ったランス、ミリ、ミル以外の面子は殆ど揃っている。そして珍しく、シィルもいる。……多分 ランスが事を終えたら、残ってる事に文句を言うだろうけれど、それは今は置いておこう。

「皆、忘れたのか?」

 ユーリは、カスタムのメンバーたちの前でそう言った。
 バレスを始めとした、リーザス軍側のメンバーは何のことかは判らない。

「カスタムでの防衛戦の時、さ。……ヘルマンが、カスタムを攻めてきた時、……あの時は 一体どれだけの兵力差があった?」

 ユーリは、軽く笑いながら続けた。
 その言葉を訊いて、志津香が、かなみが、……そして マリア、真知子、ラン、香澄も言っている事が判ったらしく、表情が綻びつつあった。

「オレは覚えているよ。敵側の兵力は、カスタム側の約24倍だ。篭城するのも、敵兵力よりも2倍程の兵力がいるのがセオリーだ。なのに、皆は退けているんだぞ? ……今更 3倍の差がなんだって言うんだ? 正直、お前たちカスタムのメンバーに、今更 怖いものなんか、あるのか? ってオレは思ってるよ。 そんな土台に、バレス達の様なリーザスの軍隊が、リーザスの強者が、こちら側に集ったんだ。……相手も確かに強い。だが、オレ達も強いんだ。……負けないさ。 自由都市圏内で大きな都市は、ジオのみだ。……さっさとヘルマン達を追い出してしまうじゃないか」

 そう言って、笑顔を見せた途端、だった。

 皆から、歓声が生まれたのだ。

 それは、カスタム解放軍から 続く メンバー達からもそうだったが、後に集ったリーザス側の兵士達も同様だった。
 鬨を上げると言った様に、大声で言っている訳ではない。だが、それでも大らかに、包み込んでくれる様な暖かさを感じた。安心を感じたんだ。

「そうよ! ここまで来たんだから! それに、チューリップ3号だっているんだから、こっちの方が最強よっっ!!」

 マリアも拳を上げて、鼓舞した。
 あのチューリップ3号の破壊力も記憶に新しい。何らかの対策をしてくるだろうと、冷静に考えれば思う。だが それでも、このタイミングでの マリアの言葉も良かった。程よく、士気が上がりつつある中に、種火の中に一気に空気を吹き込んでくれたのだから。

 後は、熱く燃えるだけだ。

 ユーリの言葉に程よく緊張も抜けた面々。

「ったくよぉ、ほんとに良い男だよな?」

 そんな時、いつの間にやら戻ってきていたミリがため息を吐いていた。

「だ~れが、童顔童顔言ってんだ? ロゼ。あーんな良い男、他にはいねぇんじゃね?」

 ロゼの肩に肘を乗せつつ、そう言うミリ。ロゼもニヤニヤと笑う。

「あ~ら? そのおかげで面白いもの、見れてるでしょ? それに、これは ユーリのギャップが激しすぎるから、所謂ギャップ萌ってヤツなのよ。……戦ってる時のアイツは、普段の3割増にいい表情するんだから、ヤられちゃってもしょうがないわよね~♪ ね? 誰かさん??」

 ロゼは、いや ロゼだけじゃない。ミリも、ニヤニヤと笑いながら周囲の女性陣達を観ていた。 勿論、ロゼの言葉は聞えている。だからこそ、顔を赤くさせていたんだ。

 そんなロゼは、とりあえず爆弾発言? を放り込んだと思いきや 用事があると言ってこの場を後にしていた。

 消耗品の追加だろうか、もしくはダ・ゲイルとの……だろうか。 恐らく、間違いなく後者なのである。



 とまぁ、それは置いといて。カスタムの乙女達を見てみよう。


「ユーリさんは凄いですかねー! み~んな、あっという間に立ち直ったのも、ユーリさんパワー! トマトもまたまた、パワーアップするですよー!!」

 トマトも、ぶんぶんと手を振っていた。彼女も彼女で有言実行を続けているんだ。剣の腕もメキメキと上達しており、リーザス軍の部隊がいるというのにも関わらず、なんら、遜色ないのだから。
 そして、その隣で両手をぎゅっと握り締めているのはランだ。

「う、うんっ!! 私も、頑張りますっ! カスタムの為にも。……私を立ち直らせてくれたユーリさんに力になる為にも!」
「ふふふ。そうよね! ん? あ、あれ? ラン……」
「え? どうしたの? マリア」

 マリアが、何やら疑問符を浮かべている様な表情をしていたのに、気になったのか、ランが首をかしげた。

「……いたのね。ラン」
「はぅぁっ!?」
「あ、あぁ…… し、志津香。もうちょっとオブラートに包もうと思ったのに……」
「ひ、ひどいよ! 2人ともっ! 私も頑張ってたのにっ……! 皆の様に活躍してた訳じゃないけど……、その、必死に頑張ってたのにぃ……」
「あー…… そ、そうね。お疲れ様 ラン」
「もうっっ!! 全然労ってる感じがしないわよっっ!!」

 正直な所、確かに描写? が少ないのは事実だ。
 
 他に言えば、真知子もそうだが、彼女が活躍する面は主に情報処理。前線に上がってくる様な事がない為、仕方がないとも思える。……本人も特に気にした様子はしてない。
 見返りとして、LOVEシーンを増やして頂けたら、と言う契約もしてたり、してなかったり。

「あ、あぅぅ! ま、真知子さん。いつの間に……っ」
「情報を制する者は強し、って事ですよ。交渉術もその内、です。いろんな情報を仕入れて、その中でも最も効果的な時に それを使う。ランさん。私も虎視眈々と、なんです」 

 真知子はニコニコと笑いながらそう言う。

 優希と言う明るく、積極的で、活発な 同じ職種の少女が仲間になってから、縁の下の力持ち! とまではいかないが、陰ながら支える部隊にいる彼女ではあるが、そう言う通り、狙うべき所は、狙い。取るべき椅子は取るのだ。

「おっとと、それより! ミリ! いつ帰ってきたのか判んないけど、ランスはどうしたの??」

 ランにぽかぽか~! っと叩かれているのを抑えつつ、話題そらしをするマリア。
 
 ミリが帰ってきていたのは知っているが、ランスが見当たらないのに気づいて それが気になった様だ。いつもだったら、ランスがここぞとばかりに、やって来るだろうから。

「ああ。オレの圧勝だ」
「……そんな事、誰も訊いて無いでしょ」

 志津香が呆れつつ、そして ランを諌めつつ、そう言っていた。間違いなく地雷を踏んでしまったのは志津香だから。表情には出さなくとも、少し悪いとは想っているのだろう。

 そして、ランスはと言うと……。

「う、うぐぐぐ…… く、屈辱だぁぁ ヤリたい様にヤれなかった……」
「流石お姉ちゃんだね~! さっ 次は私としよっ! ランスっ」

 ミルに介抱? されているランスの姿があった。

 因みに、いつもどおり ユーリの幻覚の魔法も使っているから、それなりに消耗している筈なのに、この解放軍でも1、2を争う性豪であるミリの相手をしてしまったのだから仕方がない、とも言えるだろう。

「やっぱ、ランスはテクがいまいちってな」
「うぐぐぐぐ……!!!」

 当然ながら、ランスは懲りてはいない。
 勝負は、負けてない! と思えば負けてなくなるランスの自論なのだが、ミリとは今後もエッチするのが更に苦手になってしまうのも言うまでもない事だった。ランスをも退ける性豪ミリ、此処に有り。




 盛り上がってきたのは大いに結構だ。だが、勿論情報に関してはしっかりと持っておく事に越したことはない。
 ユーリは カスタムのメンバ―達が盛り上がっている時に バレス達に話を訊いていた。

「バレス。トーマ・リプトンが ジオにいるというのは、間違いない事、なのか」
「ええ。間違いありません。ヘルマンの名将が1人。あの豪傑がかの町にいる事は」

 バレスは頷く。
 そこに清十郎が入ってきた。

「そのトーマとやらは、強いのか?」

 清十郎はこの世界の事は知らない故に、トーマの名を知らなかった様だ。 
 無論、それを無知と言う者は誰もいなかった。

「む……、そうですな。儂ら、リーザス・ヘルマン間では特に有名だったので うっかりしておりました。ヘルマン第3軍の将軍、トーマ・リプトン。その剛勇は最強の騎士としても名高く、人類最強と評する者も少なくはありません」

 バレスの言葉を訊いて、清十郎は 視線を細くさせた。

「リーザス・ヘルマン間で、と言う訳か。……つまり、リックよりも強い、と言う事か?」
「………………」

 リックは無言だった。 それは否定をしている訳ではないし、肯定している訳でもない。つまりはそれ程の実力者だと言う事だ。

「リックは、間違いなくリーザス最強。……じゃが」

 バレスも表情を更に険しく、暗くさせた。
 同世代の剛の者。実力の高さは嫌と言うほど知っているのだから。自軍最強が 敵わない等とは言いたくはない。……だが、倒せるとも言えないのだ。

「でも、僕はユーリなら……」
「っ……」

 メナドがこの時、言葉を発し、ハウレーンも言葉に詰まった。

「トーマ・リプトンとは、魔人の催眠術にやられる前、僕も見たよ。……凄い威圧感だった。離れていても、判る程、だった。……でも ユーリなら、ユーリ殿なら」

 ぐっ と唇を噛み締めるメナド。
 確かに贔屓目が入っているかもしれない。トーマと戦った事がある訳ではないから、トーマとユーリ。その2人を 天秤に掛けられる筈もないのだ。

 だけど、ユーリには 初めてあったあの日も救われている。その実力を間近で見た。更に レッドの町にて、リーザス最強を退け、洗脳を解き、更には魔人をも 退けたのだ。だからこそ、メナドはそう思った。

 ……ユーリに、ユーリだけに頼ってしまうのは、軍人として、あるまじき行為だ。そもそも、ユーリはリーザス軍ではなく、アイスの冒険者。……今更それを言ったら、ユーリも怒ると思うけれど、その肩に 重にを載せてしまう事に躊躇らってしまったのだ。

 このあたりは、ハウレーン自身も同じだ。カスタムの防衛戦において、その防衛の一手を担った事、バレス、エクス、そして自分自身をも退けた力。魔人を退けた力。どうしても、頼りすぎている。恥ずべきと思ってしまっても、メナドの様に考えてしまうのは仕方がない事だった。

 もう、手の届かない領域で戦っている姿を見ているのだから。

「ふふ。腕がなる。と言うものだ。機会があれば、オレは全力を尽くすよ。……それに」

 ユーリは、メナドとハウレーンの肩を叩いた。

「何度でも言う。オレは、オレ達は仲間だ。……仲間なら、頼ってくれ。オレも沢山頼る。頼っているんだから。それであいこだ」

 心の内を見抜いたかの様にそう言うユーリ。 そう言われれば、もう 気を落とす様な表情は出来ない。

「う、うんっ! ごめんね。ユーリ。……いままでだって ずっとそう言ってくれてたのに」
「私には、私達には、できる事を限界まで、と 決めていたのに。それこそ 恥ずべき事でした」

 2人は再び頭を下げた。そして、ユーリはそれを諌める。

 軍人故の性分。だから それの全てを否定するのはもう致し方ないだろうから、それ以上はユーリは何も言わず、ただ、微笑みを浮かべながら 手を振っていのだった。

「……それ程の剛の者であれば、オレも手合わせ願いたいがな。化け物相手なら兎も角、1人の兵士。……1人の男との1対多数は 性分じゃない」

 清十郎もニヤリと哂った。
 自分も戦いたい、と言わんばかりにだ。

「そればかりは、早いもの勝ち、だな。清、リック。恐らくは乱戦になる。……1対1を望むのなら、順番待ちなどしてられないだろうから」
「そう、ですね。僕が勝負する時がくるなら、ただ全力を尽くすのみです」
「同じく、だ。人類最強、か。興味が尽きない」

 本当に、頼りになりすぎると言っていい3人だった。

 そんな時だ。何処から聴きつけたのか、ランスが乱入してきた。ミリとの一戦はもうすっかり忘却の彼方だ。

「まてまて! 人類最強など、大ボラもいいとこだ。このオレ様を差し置いて、たわけた野郎だ!! オレ様が始末してやるわ! がはははは!!」

 突然入ってきたランス。

 強者の間に、何ら躊躇することなく入ってきた姿を見て、呆れているのは 女性陣。近くにいた かなみ、志津香、そして ミリだ。

「「…………」」
「あー……まぁ、確かに ムラっ気があるが、お前さんも一応わけわからん強さは持ってるが……」
「実に的確な表現だ。ミリ」
「こらぁ!! なんだこの空気は! 納得いかんぞ! オレ様が負けるわけないだろうが!!」
「おーおー、なら やる気だせよ? 『ミリに負けて不機嫌だから、オレ様帰る』 なんて言うなよ?」
「誰がいうか!! コラ!!」
「あっ、ら、ランス様。お茶いれてきますね!」
「ちっ、まんじゅうもつけろよ」

 シィルのナイスフォローもあって、ランスは渋々とだが離れていったのだった。

「ほんと、ガキね。アイツ……」
「確かに……もお、あの馬鹿は……」

 志津香もかなみも、苦言を呈するばかりである。

 だが、2人とも忘れている事は無いだろうか?

 ミリが時折2人の方を 妙に笑顔で見ているのに気づいていないのだろうか?

 いや、気づいていないわけはないだろう。……あからさまに、2人はミリから 顔を反らせている所も多々あるのだから。


「(さぁ~て、どーすんのかね? とりあえず、昨日は流石に疲れてると思ったから、何も言わなかったが…… そろそろ、なぁ? しんどい戦いが始まるみてぇだし)」

 どんな状況でも、こんな状況でも、ミリはミリなのである。
 それが、彼女の元気にも繋がっているのだとすれば、決して意味のない行動ではないだろう。


























~人物紹介~


□ トーマ・リプトン

Lv72/72
技能 統率Lv2 鎚LV2

 現行 人類最強と評されるヘルマンの中でもずば抜けた巨躯の重騎士。
 その実力を語るのは 今は まだ時期尚早だろう。

 何れ、間違いなく リーザス解放軍に。……ユーリ達の前に相対する事になる。その時に改めて説明するとする。




 
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