少年と女神の物語
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第百十九話
「うおらっ!」
もう何度目になるかわからないが、投槍(多重の塔)をぶん投げる。今回は薬師寺にあったものを投げ飛ばした。が、これまでと同じように雷をぶつけられて砕け散る。先ほど春日大社でそこにあるものを片っ端から補強して投げ飛ばしたときは地面の被害がすごいことになったが、今回は完全にバラバラになったためそうでもない。空中ですべて燃え尽きてしまったのだ。・・・いや、その程度今更焼け石に水だけど。
法隆寺の五重塔をぶん投げた後。俺は相手がこちらの攻撃の届かない場所、そして一方的に攻撃してこれる位置にいることからかなり大きく動き回った。それはもう、奈良県全体から避難させるように言ったのをいいことに縦横無尽に。その上で色々とやっては見たのだが、まあ互いにダメージのない状態が続いている。
その過程で向うが撃ってきた暴風で建物がことごとく崩れたり市街地がクレーターまみれになったりしたし、俺が色々と利用しているうちにみたらい渓谷は埋まったし春日大社やその他もろもろの神社、仏閣の多くは投擲武器として使用済み。他にも古そうなでかい橋が崩れたり一回思いっきりたたきつけられて鍾乳洞直通の穴が開いたりしたが・・・ま、これくらいの被害なら大したものじゃないだろう。うんうん、問題ない。
「いい加減に姿見せろやコンチクショウがッ!」
『こちらが有利であるのに姿を見せる理由があるまいて!』
だから、俺が馬鹿の一つ覚えみたいに、しかし威力なんかを底上げして十三重塔を投げ飛ばして、向こうが雷と暴風で相手してきてマシンガンみたく地に降り注いだのも、たいした問題じゃない。
それにしても、今のでもダメなのか・・・今投げたのが奈良県にある最後の多重塔系だし、これで同じ手はもう使えない。強いて言えば即席工場で作ればいい話ではあるんだけど、さすがに金属の塊をあそこまで届けるのは難しいだろうしなぁ・・・仕方ない、この手はあきらめよう。
「ウオラッ!」
というわけで、続けて鳥居をつかみ、回転して遠心力を与えながらぶん投げてみた。思いっきり回したおかげかぱっと見円盤見たく見えるそれの行く先を観察しながら、同時に背後から放たれた暴風を大きく跳んで避ける。そして、その間に鳥居に向けて雷が撃たれるが、それらの全ては鳥居にくっつけた肩当に吸い込まれる。
全なる終王を発動した際に俺が雷に対して強くなるのは、厳密にはあの肩当に吸い込まれるのが原因だ。だから、あれさえつけておけば雷では止められない。これまではあれを外すとその間俺が危なくなるからやらなかったんだが・・・ここまでどうしようもなくなったら、感電くらいどうでもいいか、と言う気にもなってくる。まあ結局鎌鼬っぽいので切り刻まれたから意味ないんだけど。
「これ、ホントにどうしようか・・・どうにかして引きずり降ろさないといくらやっても意味なさそうだしなぁ・・・」
考えられる攻撃はこれでもうすべて試した。奈良県にある投げられそうなものは大抵投げ飛ばしたし、権能でできそうな攻撃もまた試した。
全なる終王で俺の体が持つギリギリまでためてでかいのをぶっ放した。手ごたえはあるが、向こうの声からしてダメージはなさそう。
即席工場で攻撃する。そもそも向うの風に邪魔されて届かない。
誓いの槍を投げてみた。当たりはしたらしいけど特にダメージはなし。必中なだけであって当たる場所までは指定されていないらしい。
髭大将で空気全体を揺らして場所の分からない風の方までまとめて邪魔してみた。俺も酔った。
万水千海で純度百パーセントの水を槍状にして撃ってみた。雷は通らなくても熱で蒸発した。
以上。本格的にどうしようもない。向うの攻撃も当たらないからそう簡単には負けないだろうけど、こちらの攻撃も当たらないのでは意味がない。はてさて、どうしたものか・・・
「・・・・・・うん?」
と、逃げ回っている最中に一つの建物が目に入った。これだけ大暴れしたのに、まだ建物としての形が残っている。俺は本当に何の意識もなく逃げ回っていたからそれは偶然なんだろうが、運のいいことだ。あれはどこの建物だろうか・・・
「・・・あ、思いついた」
その建物がなんだったのかを思い出して、そこにあるもののことも思い出して、どうにかなるかもしれない手段を思い付いた。
いや、より正確には最初から分かってはいたんだけど。この状況であの二柱を殺す方法なんて一系統しかないことは。こちらの攻撃が当たらない以上は、無理矢理にでも当てられる状況を作るしかない。そのための方法も、まあ一応あるにはある。それでもこの手段をとらなかったのは、危険性からの問題というのもあるにはあるんだけど、それ以上に一撃で仕留められそうにない、というのが大きい。なにせ、向こうがいるのは俺にはたどり着くこともできないようなところだ。いや行けるんだけど、正確にはこう、そこに残り続けることができないってだけで。
でもまあ、うん。無理矢理あそこにさえ行けてしまえば、あとはなんとでも……
「我がためにここに来たれ、羽持つ馬よ」
正直、これを呼び出しても雷はともかく暴風で終わるだろうと思って出せなかった。けど、一回向うに行くことさえできれば、後は何とでもなりそうなのだ。ざっと計算しても百回くらいは死にそうだけど、そこはまあ何とか根性で死なないようにするとして。
「我がために我が雷を運べ。我がために天を駆けよ。その為にここに現れよ!」
その瞬間、天を覆う雲を貫いて俺の元にかけてくる影がある。それは、翼を持つ馬。かつては神として崇められていたが、ギリシア神話に吸収され、ゼウスの雷を届ける神獣となった存在。
「我がもとに来たれ、ペガサス!」
明らかに俺の味方であるペガサスに対して当然ながら攻撃が加えられるが、何とかよけてこっちまで来てくれた。よく来れたな、オマエ。意外と根性あるという新発見だ。
と、そんな新しい発見を見せてくれたペガサスにすれ違いざま捕まり、どうにかこうにかその背にまたがる。そのまま指さすのは空。
「あの空の上まで!」
短いがこれ以上は必要ないであろう指示を受けて、ペガサスは空を目指す。向かってくる雷は全て俺の肩当てに吸収されていき、暴風とそれに伴って飛んでくる物体は物だけ雷で叩き落としてそれ以外は根性で耐えてもらう。俺がそういう類の権能でも持ってればよかったんだが、生憎と持ち合わせには存在しない。
『神殺し、おぬしこちらまで来ようという魂胆か!』
「こっちの攻撃が当たらなくてそっちから一方的に攻撃され続けてんだ。んな状況で戦い続けられるほど素直じゃないんでね!」
そう言いながら、飛んできた看板に向けて槍を投げる。ヒルコの時と言い、どうにも看板には縁があるような気がするな、俺は。とまあそんなことはどうでもよくて。
「ほらほら、あと少しでそっちまで行けるぞ!」
『そうはさせぬよ、神殺し!のう?』
と、相も変わらず奇妙な誰かに尋ねるような口調(返事がないからおかしくしか感じない)。それをもう気にもしなくなってきたところで空を覆う雷雲に近づき、超巨大な落雷に襲われる。
「・・・・・・は?」
もはやそんな一言しか漏れないレベルで巨大。こんなもの、落雷じゃなくて光の柱ってレベルだろ。それその物にダメージはないわけなんだが、打ち付けられる威力そのものに押し戻される。
「あー、クソ・・・悪い、ペガサス」
ウッコの時と言い、なんだかなぁなのだが・・・俺は筋力の強化を呪力で無理矢理に足に回し、ついでに舞台裏の大役者をつかって跳躍力を強化。ペガサスを足場にして一息に跳ぶ。
雷雲の中。ここで喰らう雷のダメージは存在しないので無視し、
「我は水を司る!」
同時に、雲を構成する水の一部を支配下に置く。それを足元に集め、舞台裏の大役者で自らを水に立てるように変更。再びの跳躍。そうして雲を突き抜け、正面にいる神を見る。
その神の見た目は、鬼であった。
一般的に知られているような、角が生えて、半裸の鬼。その身そのものは雷雲のような黒い靄の上に乗っており、彼を囲むように輪形になっている太鼓がある。
そこでまさかと思って後ろを見ると、そこには似たような風貌の鬼が。
先ほどの鬼は体が灰色っぽかったのに対して、こちらの神の色は緑っぽい。他に見た目で違うところがあるとすれば、太鼓ではなく大きな袋を・・・風袋を持っていることだろうか。
そんな姿を見せられれば、俺でもこいつの正体は分かる。というか、神話とかに詳しくない人であろうとも見た目だけで正体一発だ。そして、うん。
「・・・最初っから、正体自分で言ってたのな」
そう、こいつら・・・ってかこいつ最初っから自分の名前言ってた。片方はしゃべってた記憶ないんだけど、もう片方はかなり言ってた。『風神たるわれがいるべきは』なんたらかんたらとか、『我は風神であると!』とか。
それを俺はただの神としての、神格そのものの属性だと考えてたわけなんだけども。そうじゃなくてこの神そのものの名前だったというわけだ。風神雷神の二対で知られてる神様そのもの。それが今回の俺の相手。
そうだと考えてみれば、確かにああやって風神を相手にしてる俺に背後から雷神が攻撃できるよな。誰かに対して語り掛けるようにもなるよな。うんうん、納得納得。
「・・・・・・って、なんだそりゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
ふざけてんのかこいつ。そう言う思いを込めて思いっきり叫ぶと、幾分か冷静に戻れた。ついでに俺の大声に驚きすぎたのか、この二神も固まってる。こいつは好都合だ。そう考えて俺は再び跳躍し、前方にいた雷神に飛びつく。
『・・・・・・ッ!?』
「ああ、そういやお前は一切しゃべってなかったな・・・ま、んなことは関係ねーけど!」
さすがにこの瞬間に無抵抗ではいてくれなくなったので、手早く作業を進める。蚩尤の力で鎖鎌(アホほど長い)を作成。鎌の部分を雷神の体に突き刺し、ついでに捩じりこんだのちに殴りつけて鎌の部分を雷神の体に埋め込む。ここまですればそうそう抜けないだろう。
『相方から離れてもらおうか、神殺し!』
「ん、りょーかい」
と、やることも終わったので風神に邪魔される前に雷神から飛び降り、そのまま落下を始める。当初の考えではこの状態に持っていくまでに二回は死んでいそうだったのだが、俺の大声に対して反応するというラッキーのおかげでそれも避けることが出来た。続けての落下の中でも、雷雲は俺には意味がない。後の問題としては雷神側が浮いている時間がどれだけ長いか、なのだけど・・・
「俺の重さで落ちてくることはないだろう。だったら力づくで叩きつける!」
濡れ皿の怪力を上空で鎖鎌を介してつながっている雷神を対象に再発動。当然ながら体重は増えないが異常なほどの怪力は手に入るので。
「落ちろ・・・雷、神!」
分銅をつかみ、鎖を肩に乗せる形で引っ張り、無理矢理に叩き落とす。イメージとしては体育の授業でやった柔道の背負い投げ。それを勘でアレンジしながら引っ張り、力づくで引っ張り、そのまま振りぬけば・・・
地面に特大のクレーターを作りながら、雷神が地に落ちる。
普段であれば、さすがにこの程度のことではまつろわぬ神は隙を作ってくれない。だがしかし、雲の上からいきなり地面にたたきつけられれば、その衝撃で時間はできるので俺自身も一気に降りる。自由落下ではどうやっても間に合わないが、俺にはペガサスがいる。
こいつ自身、雷神であった存在だ。先ほどの雷でダメージを喰らわないなんてことはないが、それでも少なくても済む。もう一度俺のところに来て俺を運ぶことくらいなら、何の問題もない。
そのまま本気で飛んでもらって目指すのは、狙って雷神を落とした付近。もうその建物自体は雷神を落としたときの衝撃で半壊だけど、中身は・・・うん、まだ残ってる。それを確認してすぐにひっつかみ、力任せに持ち上げながら。
「植物よ、捕えよ!」
豊穣神でこのあたりにある植物を全て急成長させ、逃げようとしている雷神を縛り付ける。ここで仕留めないと。同じようなチャンスをもう一度作るのは無理だ。そして、俺の権能の中で一番威力のある攻撃は雷神であるコイツには効果がないと考えた方がいい。で、あれば。確実にこれを殺せそうな手段といえば。
でっかいもので叩き潰す。それが一番じゃないかな?と。まあ誰でも思いつきそうな作戦とも言えないような作戦。と、いうわけで。
奈良県一の鈍器。東大寺廬舎那仏像。俗に言う奈良の大仏。大仏だけでも250トンの重さがあるというその鈍器。
『神殺し・・・!』
「お、始めてしゃべってくれたな。ま、すぐにさようならなんだけど!」
それを、上半身に叩きつけた。予想通り神様相手であっても鈍器による物理攻撃というのは有効なようで、簡単に潰れた。
「・・・予想外に、グロテスクだな・・・」
ま、まあいいや。倒せたのは間違いないし。とはいえ、権能が増えた気配はないんだが・・・
「・・・ああ、そう言うことか。阿吽二対の仁王みたく、二人で一柱扱いなのか」
即ち、風神も倒してようやく権能がいっこ増える。権能って意味合いでは若干損しているような気分になるわけなんだけどまあ、うん。正直一度に二柱と戦えるってのは、得した気分にもなる。
「できれば、風神の方もこいつで何とかっできるといいんだけど・・・」
本気でたたきつけたせいか、ほぼ割れかけになってしまった。有効打を与える前に壊れるな、これは。ってかそもそも、これを持った状態で風神のところまで行く手段がない。相方地面にたたきつけられたんだから、心配して追って来いっての。
というわけで、とりあえず軽く放り投げてから殴りつけて大仏をぶっ壊し、それが散弾よろしく飛んでいくのを見るも全て暴風に叩き落とされた。うーむ、さすがに無理だったか。まあ駄目下もいいところの作戦だったからそこまでショックではないんだけど。
「・・・悪い、もう少し頑張ってくれ」
そう言いながらペガサスをなでると、うれしいことにさっさと乗れと促される。うん、あの大猪と違ってちゃんということ聞いてくれるのが素晴らしいな。ホントに助かる。
そのまままたがり、再び飛翔。今度は雷も混ざっておらず暴風に押し戻されそうになるも、それだけであれば正直なんとでもなる。要するに根性だ。何とかなるものなのだ。・・・飛んできたモノだけはしっかりと避けないといけないんだけど。あれは怖いし。
と、そうして雷雲の中に突っ込み、さらに上を目指し・・・!
『フンッ!!』
「が・・・」
その途中で、思いっきりぶん殴られた。おそらく本気の一撃。風神としての属性ではなく見た目通りの鬼らしさを出したような攻撃なのだろう。確かに、鬼といえば怪力なイメージはある。とはいえ・・・
「オイコラ、クソッタレ・・・それで殺せるとでも、思ったのか?」
『・・・これで勝てなければ我は敗北。その程度の覚悟は持っての本気の攻撃だったのだがな』
そのでかい拳を、浮き上がった足で挟み込んで無理矢理にとどまる。腕でペガサスの首にしがみついて、足で風神の腕を挟み込む。本気で逃げようとして来たら間違いなくまとめて引っ張られるのだが、そんな時間をくれてやるつもりは無い。何せ、ここは雷雲の中だ。
「我が内にありしは天空の雷撃。社会を守る、秩序の一撃である!今ここに、我が身に宿れ!」
発動するのは、全なる終王。そして。
「雷よ。天の一撃たる神鳴りよ。今この場に破壊をもたらさん!」
普段の言霊からちょっとアレンジ。だってここ、地面じゃないし。
「この一撃は民への罰。裁き、消し去り、その罪の証を消滅させよ。この舞台に一時の消滅を!」
その瞬間、雷雲の中を雷が暴れ回る。
俺の権能によって呼び出された雷から、雷雲の中にもともと存在する雷神の置き土産まで。使えるものすべてを利用して雷に暴れ回らせ、雷雲の中に存在するすべてを攻撃しつくす。
俺自身には、ダメージはない。肩当のおかげで雷によるダメージは俺には存在しない。だが、残りの二人は違う。特に風神の方は、『風神雷神』という二対一神に分かれてしまっているがゆえに、より一層雷への抵抗がない。結果、雷によるダメージは十二分に通り、
『ああ・・・負けた負けた。神殺し、お前の勝ちだ』
「そいつはどうも。つっても、俺も死にかけもいいところなレベルだけどな」
そんな会話を最後に、風神も消滅する。そうして消えてくれたおかげか運よく雷雲もきれいさっぱりなくなったので。
「・・・ぼろっぼろのところ、ってか俺のせいでそんな状態になってるところ悪いんだけどさ。下まで運んでもらえませんか?」
と、さすがに申し訳なく思いながらもペガサスに頼み込むと、不満げにしながらも襟首を口で加えて運んでくれた。まあ、うん。まだ見捨てられなかっただけマシかな。最悪見捨てられてもいいように沈まぬ太陽を使ってはいたんだけど。
とまあそんなわけで。風神雷神も無事倒せたことだし、珍しくまだ一回も死んでないしで若干の感動のようなものを抱きながら顔を上げてそん景色を目に焼き付け
絶句した。
今後しばらく絶句という表現を使うのを避けようと思うくらい絶句した。
これまでに使用してきた絶句という表現の全てに謝りたくなるくらいに絶句した。なにせ、うん。
奈良が死んでいた。比喩表現でもなんでもなく、奈良が死んでいた。
市街地の建物の全ては吹き飛ぶかぶっ壊れるか。世界遺産とか文化遺産とかなんかその類に指定されそうな建物は逃げ回る中で破壊されてたり破壊してたりいっそ武器に使ったり。最後の散弾を撃ち返されたことで小規模のクレーターはあちらこちらに。
・・・・・・・・・
電話を、取り出した。
「ああ、薫か?とりあえず、さすがに、謝るだけ謝らせてもらう。・・・マジすまん」
一方的に言うだけ言って、電話を切る。そしてその直後に来た権能が増えた重みにそのまま。
意識を落とした。
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