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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第67話 魔人の涙


~ハイパービル201F???~




――……ついに、ついにこの時が来た。



 その場所にいるのは3名。

 1人は縛られ、宙に吊るされている。1人は、それをじっと見ている。

 そして、最後の1人は……。

『来たぞ、サテラ。……さぁ シィルちゃんを離せ』

 部屋の入口で立っていた。この部屋の扉を開き、そしてとうとう、現れた男。

『……待っていたぞ。 ユーリ』

 じっと、吊るされていた少女、シィルを見ていた者、魔人サテラはゆっくりとユーリの方へと振り返った。腕を組み、視線を細くさせていた。

『……何が目的だ』
『くくく……』

 サテラは不敵に笑う。その笑みを見たユーリは警戒を強めた様で身構えていた。その姿を見たサテラは、ゆっくりとユーリの元へと進む。

『我が物となれ。……ユーリ』
『なに……?』
『さすれば、この娘は無条件で返そう。我が使徒となり、その聖武具を纏いて、我とそして我が主に仕えよ』

 サテラは、手を伸ばした。

 丁度、ユーリに『この手を掴め』と言わんばかりに。

 その手を見たユーリは、視線を更に険しくする。そして、決して手を取る事なく。サテラを睨みつけた。

『……オレが頷くとでも思っているのか?』

 ただ、真っ直ぐに、そのままサテラを睨みるける。決して逸らさないその眼に、サテラは喜々と反応した。

『くっくっく……、そう、その眼だ。我が惹かれたのは』

 舌なめずりをしながら、ユーリを見た。ユーリの眼を。

『初戦を考えておるのなら、止めておけ。……もう、我に油断は、いや 過信等はない。お前の事は認めているんだ。人間の中でも、お前は別格。……魔の驚異に成りうるただ1人、唯一無二の存在だから、な。だからこそ、私も全力で、全身全霊を賭けて、お前の相手をしよう。我はお前には勝てないかもしれない。……が、お前は無事なれど、お前の仲間達はどうかな?』

 サテラはそう言うと、自身の持つムチを軽く振るった。
 その一撃は、このハイパービルの堅牢な床に亀裂を生んだ。まるで、床面の模様をなぞる様に、亀裂が進んでゆき、床が崩落する。


――……一撃の破壊力、キレが明らかに、あの時よりも数段増しているのが判る。


 自分自身であれば、或いは防げるかもしれない。それにあの力(・・・)を 開放すれば、問題ないだろう。だけど、その縦横無尽に動くムチの軌道が僅かにでも、縛られていて、無防備な状態のシィルに当たれば? もしも ここに仲間達が駆け付けてきてくれて、その仲間達に当たれば?

『う、ぐっ……』

 ユーリは、苦虫を噛み砕いた様な表情をしていた。
 何故なら、ユーリは自分が傷つく事は厭わない。が、仲間達が傷つく事だけは我慢ならない。……人間らしからぬ信念の持ち主なのだ。いや、だからこそ 魔人であるサテラがここまで気に入ったのだろう。

『……漸く、察した様だな? お前に選択肢はない。……我はお前と、そして聖武具を手に入れる為。ここまでしたのだ。 次は良い返事を期待するぞ。……ユーリ』

 サテラは、ムチを肩に巻きつける様に構えた。視線の鋭さは更に増していく。もう、選択の余地が無い事にユーリは気づいた。

 答える内容が意に沿わなければ、シィルの命を危険に晒してしまうだろう。……100%、とは言わない。だが、1%でも、その可能性があるのであれば、行動は、言動は慎まなければならない。

『くそ……』

 ユーリには、選択肢は無かったから、歯ぎしりをしていた、どうしても、仲間の命には変えられないから。

 今、サテラと持てる全ての力を使って、全力で向かっていったとしよう。……此処で争えば、サテラが手を出す、出さないのに関わらず、まずは身動きの取れないシィルに危害が及ぶ。

 よしんば、シィルを庇えたとしても、ずっと庇い続けるのは相手を考えたら不可能だ。

『ふふふ、そう気を悪くするな。とって食う訳ではない。……我が永遠に傍にいてやろう』

 サテラは、ゆっくりとユーリの傍に近づいた。そう、ついに手に入れたのだ。

 聖武具、そして この男を……。心ゆくまで、愛でる事が出来る。

 心ゆくまで、その強靭な身体を堪能する事が出来る。……無限の時があるのだから。永久に愛でる事が出来るのだから。

 だからこそ、時間をかけて 口説くとする。時間なら、幾らでもあるから。


 サテラは妖艶な笑みを浮かべ……、頭を垂れるユーリの傍へとゆっくりと歩いていくのだった。








――と言う事で、場面が変わる。時系列も変わる。この場にいた? ユーリの姿は煙の様に消え去った。






「よ、よし! これで行こう! も、もう これしかないぞっ! うん、頑張れ、私っ!」

 サテラは、両の拳をぎゅっ、と握り、気合を入れていた。

 傍から見たら、本当に微笑ましい。……妄想を存分に膨らませているのは傍から見れば一目瞭然。自分に都合が良い風になっているのだろう。

「……(やっぱり、可愛いです)」

 シィルは、サテラの姿を見て 更にほんわかとさせていた。

 もう かれこれ、一体どれくらい経っただろうか? 彼女が自分の世界に入っていったのは。

 突然、悶えたりして、口調が変わったりして、と忙しそうだな、とも思った。でも、その気持ちはシィルにも とてもよくわかる。自分も、同じだから。

「……(ああ、私もランス様と……)」

 シィルは、本当に囚われているのだろうか? っと疑いたくなる様な表情をシィルはしていた。縛られている、と言う状態だけが、彼女の現在の状況を現していた。


 そして、そんな時だった。



「……で、これは一体どう言う状況なんだ?」


 いつの間にか、このフロアに誰かが来ていたのだ。

 その男は当初こそ、険しい表情を隠せられなかったが、しばらく見ていると、何だか和やかさな雰囲気さえ出ている事に勿論気づいた。


 ……そして、ここに来るまでに一悶着あったのに。それらの苦労と覚悟を返せと正直言いたい思いでいっぱいだった。










~数分前~







 それは、ハイパービルのエレベーターの前。
 2つの影が見えた。ただの影じゃない。……見覚えのある巨大な影、覚えのある異形なるものの存在感。……人あらざる者達だった。

『ユーリ、カ』
 
 2つの巨大な影の内の1つが。……1人が口を開いた。

『おいコラ! ユーリだけじゃあないのだぞ! このランス様を忘れるとは何事だ、 木偶のぼうが』

 自分よりも先にユーリの名前を言ったことが大分ご立腹の様子のランス。……先にランスの名前を言ったら言ったで、色々と文句を言いそうな気がするが、それは置いておこう。

『話が長くなる。……今度は このガーディアンと2人っきり、いや 2体いるから、3人きりで合わせてやるからちょっと待っててくれ』
『馬鹿言え! 何が悲しくて、こんなデカブツ木偶のぼうと会わにゃならん!』

 ユーリの苦言にランスの応対は、これまたいつも通りだ。何よりも、それが迅速な対応になるのだ。

『ったく、ちょっとは緊張感もちなさいよ』

 志津香も思わずそう言ってしまう。……ここもいつも通り、とはいかない。

 女性陣達は特に集中している。目の前に人外が現れたのだ。……当然だろう。比較的、いつも通りに徹する事ができているのは、リック、清十郎、そしてランスとユーリの4人だ。

『……コイツらが』
『び、ビリビリと来るですかね……。圧迫感が、これまでの敵とは比べ物にならない、ですかね……』

 かなみとトマトは、生唾を飲み込んだ。
 強くなったからこそ、相手の強さもある程度読める様になる。自分程度の実力でも、見たら判る。まだまだ到底及ばない領域にいる相手だと言う事が。

『……あぁ、神よ』

 セルも、ぎゅっと両の手を合わせて握り、祈る。……身体の芯が震えても、人あらざる者に神の裁きを、と。

 シスターとして、教会で祈りを捧げてきた彼女。だが、今回の様な悪魔の巣窟とも呼べる場所に向かった事は初めてであり、真の悪に対面したのも初めてだ。(……ロゼの悪魔はとりあえず省いたとしても) その悪意ある威圧に身震いをしてしまっても、無論誰も責めることが出来ないだろう。

『ガーディアンですか。私は 魔人のガーディアンは初めて目にします』

 クルックーはこんな時でも自分を崩さない。
 物珍しそうに、ガーディアンを見ていた。……彼女の持つ荷物が慌ただしく揺れていたが、どうやら、クルックーの代わりに動揺する係は、鞄の中にいる 彼の様だ

『……セイケン セイヨロイ モッテキタカ?』
『……ああ。持ってきた。だからシィルちゃんをここに連れてこい』
『おいコラ! 馬鹿者、この天下のランス様を差し置いて話を進めるんじゃない!』

 その言葉は、ランスの言葉は無視して話を進める。と言うよりガーディアンはランスを見てすらない。色々とムカついている様だったが、それとなくユーリに鎮められた。

『ヨシ。……ユーリ。オマエ、ワレワレトコイ。 ソコデ オンナヲワタス』
『……』

 これは想定の範囲内だった。
 ハイパービルでの入口でサテラが自分の事も手中に入れんとしている事は判っていた。恐らく、魔人を圧倒したあの力(・・・)を、欲している事を。

『少しだけ、待て。……すぐ終わる』
『ハヤクシロ。 ミョウナコト カンガエルナ。 ワレワレハ、スグニデモ アノムスメヲ シマツ デキルコトヲ ワスレルナ』
『………』

 シーザーがそう言うと、イシスも無言だが殺気を飛ばした。
 サテラと通信手段があると言う事だろう。……何かを送れば、シィルに直ぐにでも危害が及ぶだろう。……それだけは避けなければならない。

『話した通り、だ。 オレがアイツ等と一緒に行く。……今更異論は無いよな、ランス。元々ランス自身もオレが囮云々と言ってたんだし、土壇場、この場面で』
『ふん! 下僕として 少しとは言え働いたのだ。多少の見せ場くらいは譲ってやる! あの木偶のぼうを始末する役目は譲ってやる!』

 この1件、こうなる事は目に見えていた。
 
 本当は全員が、別の手段でサテラ達の所に向かう事が重要だ。……だが、シィルがどうなるか判らない。直ぐに始末されてしまう可能性だってあるのだ。魔人側からすれば、一方的に奪う事だって出来るだろう、それだけの力の差が人間と魔人の間ではあるのだから。
それをしてこない理由、それがユーリだ。

 だから、元々サテラと多少なりとも面識があり、そして指名されており、且つ対抗手段を持っているユーリが適任だろう。

 その話をした時、女性陣から断固反対を受けたのは言うまでもない。


 危険すぎると、反対された。


 だけど、誰かがしなければならないし。何よりもユーリは伝えていた。201Fに上がる手段があると言う事を。あの《エロヤック》の頼みを聞く事で開かれる事を。全員で行けば良い話なのだが、それでは、囚われたシィルが心配だった。万が一にでも、考えを変えて、彼女に危害を加えないとも限らない。
 
 誰かが魔人を油断させなければならない。


『大丈夫だ。かなみ、トマト、クルックー、セルさん。……志津香』

 心配そうに見ているのは判る。クルックーは表情にこそ、出にくく読みづらいが、その視線が僅かながらユーリから逸れたのを見逃さなかった。

だから、ユーリは笑った。


――……この局面で笑えるのは本当に大したモノだ、と思う清十郎。そしてリックも同様に。


『ランスは抜けてる所が多々ある。頼んだぞ。 清、リック』
『誰が抜けてるだ、コラ! 貴様も以前の様に無様に転がってるんじゃないぞ! 次、見つけたら顔面ラクガキの刑だからな!』
『承知』
『ああ。任せろ』

 2人とも承諾をしてくれた。……つまり、バックアップは万全だ。
 ランスが何か言ってるが……、まぁ ヨシとしよう。ハッパをかけてくれている、と言う事だ。ランス流のだ。

『……ゆぅ』

 最後の最後まで、認めなかった。認めたくなかった人の1人が志津香だ。
 サテラの状態を見て、色々と不安が過ぎった事もあったが、それ以上にあの化物の実力は知っている。……気まぐれなのかもしれないし、ただ遊んでいるだけなのかもしれない。少し、認識を変えるだけで、簡単に態度を変えて襲うかもしれない。それらが頭から離れないんだ。

『大丈夫だ、志津香。皆の事を 任せたぞ』

 ユーリはそう言うとシーザー、イシスの所へと向かった。『残して何処にもいかない』そう約束したんだ。その約束を胸に、ユーリは2人の巨人の前に立つ。

『セイブグハ』
『これでいいだろ?』
『ヨシ。ツイテコイ』
『……』

 2人は、ユーリと聖武具を見て、後は興味ないと言わんばかりにエレベーターの中へと入っていった。その鉄の扉が左右に分かれ、イシス、ユーリ、シーザーの順に入っていく。その何気ない扉が、死への扉、黄泉へと続く門に見えてしまうのは無理もない事だろう。

『『ユーリさんっっ!!』』
『ゆぅっ!!』

 思わず名を呼び、叫ぶ彼女達。隔てるのは、あの人外の巨人だ。……何よりも分厚い壁だった。

 ユーリはそれを見て、軽くウインクをした。


――安心しろ、信じろ。


 と言う言葉、そして。


――信じているからな。


 と言う言葉を言われた気がした。
 そう、自分達もしなければならない事があるのだ。ユーリが時間を稼いでいる間に、シィルを助けて、そしてサテラと雌雄を決する為に。魔人に通じる封印術を仕掛ける為に。

 鉄の扉が閉まった後も、それをしきりに考えていた。……自らに暗示をする様に。

『おい、いつまでうじうじとしているのだ!』

 ランスは、まだ見ている(と言っても数秒)4人を見てそう言う。

『さっさと行くぞ。ああは言ったが、あのガキ1人に格好など着けさせてたまるか。サテラがショタコンだと、更に危険だからな! サテラが』
『なんでサテラが危険なのよ、馬鹿』
『当たり前だ! サテラの処女は俺様が美味しくいただくと決まってるのだからな!』
『だから、何で処女って判るのよっ! このバカっ!!』

 志津香は、ため息を吐き、かなみは盛大にツッコミを入れる。
 不本意とは言え、ランスに諭されてしまったのだ。……今、立ち止まってはいられないと言う事を。

『ユーリさんの所へ、皆で行きましょう。 きっと、シィルちゃんも助けてくれてる筈です。直ぐに加勢しなくちゃ!』
『ユーリさんですからねー! きっと、大丈夫ですかね! トマト達がきちっと仕上げするですよー』
『神もきっとお傍に居られます。……私も、全力で頑張ります』
『そうですね。魔人と言えば無敵結界が存在します。ユーリの実力は知っていますが、人間が勝てる相手ではありません。私達の封印が無ければ厳しいでしょう』

 拳を握りこむ女性陣。
 男性陣、と言ってもランス以外は、自身の武器を確認した。

『ふん。……魔人の結界とやらを堪能しようか』
『ですね。……攻撃が当たらないのなら、こちらも攻撃を受けない、全て躱す、弾くをしていけば勝機はあります。魔人とは言え、体力は無限ではないハズですから』

 清十郎とリックも互いにそう言い合う。強大な敵を前に、楽しんでいる節も見えていた2人だったが、流石に状況が状況だから、気を引き締め直していた。

『とっとと、シィルを奪い返してサテラをお仕置するぞ!』

 その意気込みは、首を縦に振りにくいが、一先ず上を目指すのは皆が同じだ。だから、この場に残された7人は目的の場所へと歩きだした。








~ハイパービル201F~


 そして、場面は元に戻る。
 イシスとシーザーは、恐らくサテラの命令があるのだろう、エレベーターからは出てこず、ただ場所を指定した。

 この場にいるのは自分とシィル。……そして サテラ。決戦の舞台だといっても良い場所。だけど……、その雰囲気は、どう考えても 何を考えても、やっぱりおかしい。

「……どう言う状況だ?」

 ユーリがそう言う風に言ってしまっても仕方がないだろう。
 シィルは縛られ吊るされている。それだけを見れば十分囚われている、と言えるだろう。だけど、頬は何処か緩んでおり、更に赤みもかかっている。妄想ワールド展開中、だと言う事は大体わかってきた。……受け入れるのが難しかったけれど。シィルもそうだが、何があったのだろうか、サテラも同じなのだ。

 ここにたどり着いたから、『隙あらばシィルを助ける』 それを狙っていた筈だけど、思わずトリップをしてしまい、順応出来ず 動けなかったのだ。明らかに 今 隙だらけなのに。

「ふ、ふふふふ。よし、イメージ出来たぞ! こ、これで行こう! 大丈夫だ。さぁ、いつでも来るがいいさ! ユーリっ!!」

 今度は 妄想世界から帰ってきたのだろうか、何やらガッツポーズを決めつつ、そう宣言するサテラ。……今まさに 目の前にいるのだが? と一瞬思ったユーリ。それに、これは話さない方がいいかも、地雷かも、とも思ったユーリだが、そう言う訳にはいかない。

「もう、来てるんだが」
「………へ?」

 この時、漸くサテラは、焦点を合わせる事が出来た。
 さっきまではただの通路だったハズ、誰もいなかったハズ。でもでも、目の前に確かに誰かが立っている。

「………だ、ダレ?」
「いやだから、オレだ。ユーリ」
「……え、え? グ、 グール?」
「なんで 動く死体(グール)なんだよ! それに、それ、字数しか合ってないだろ」
「………」

 ユーリの冷静なツッコミを訊き、サテラに、冷や汗がばんばん流れ出ているのが判る。目は見開いて、更には震えている様だ。


――……なんで サテラが震えてるんだ?


 と更に思ってしまうユーリ。これも仕方がないのである。彼、どこまで言っても超鈍感だから。


 サテラは ユーリの顔をじぃぃ、っと見て、間違いなく目の前、部屋の中に来ている男が 間違いなく(ユーリ)だと言う事を認識した。

「なな、ななななっっ!!!」

 口をあんぐりと開け、顔を自分の髪の色のよーに赤くさせた。

「約束通り来たぞ。……さぁ、何やってたのか知らんが、シィルちゃんを還してもらおうか」

 ユーリは、残り2つの聖武具を前に出すとそう言う。正直、状況を掴むのが難しかったが……、まずは目的を果たすのが先決だ。

「ゆゆ、ユーリさんっ……!」

 シィルも勿論ユーリが入ってきた事に、助けに来てくれた事に気づいた。
 でも、今の今までサテラの様に妄想ワールドに入っていたから、どうしても恥ずかしさだけが残る。そんな無防備な姿を見られてしまったのだから仕方がない。……日頃、ランスに色々とヤられて辱めはそれなりに受け尽くして、耐性ができて~とも考えられなくもないが、流石にランス以外に見られる耐性は出来てない様子。

「ああ、大丈夫だったか? シィルちゃん。……ランスが来てなくて悪いとは思うが」

 ユーリはそう言うと、軽くウィンクをした。その真意は直ぐに伝わる。……ランスも直傍にまで来ている、と言う事に。シィルは、それが伝わって、頬を赤くさせた。

「ゆ、ゆーりっ! よよよ、よくぞここまで来たなっ! ほ、ほ、褒めてやろう!!」

 サテラは、自身の中で制作した台本を必死に読む。……かなり頑張って読もうとするが、どうしても 噛んでしまうのはご愛嬌だ。

「……よくぞ、も何も、門番が入れてくれたんだ。オレだけが条件だったが。入る事自体、苦労は何も無かったぞ」

 清々しいまでの指摘と言う名のカウンターがサテラに直撃。
 だが、それも仕方がない。魔人とその従者、使徒が相手であれば、如何に人間界屈指の実力者を揃えた所で小人数では心許ない。……が、その魔人達との戦闘は一切なく、このハイパービル内に生息しているモンスター達のみの戦闘だけだ。8人も居ればまるで問題ないし、魔人達との戦闘を考えて、それなりにアイテムも常備しているのだから、体力面でも全く問題ない。……ヒーラーが増えた事で更に攻略しやすくもなっているのだ。

「へ、へぅ、い、いや! そ、そのっ」
「……何を慌ててるんだって。それで、オレには一体何の用だ? ……凡その検討はついているが」
「っっ!!(ゆ、ユーリが、ユーリが、検討ついているっ!? ひょ、ひょっとして、サテラの事、わかってっ……??)」

 ぼひゅんっ! と真っ赤に染まるサテラ。
 でもでも、此処で威厳を損なってしまっては、ダメだ。魔人としてのプライドだって、サテラにはあるのだから。

 サテラは、2度、3度と深呼吸をする。

 そして、力一杯空気を吸い込み、一気に吐き出した!





「サテラは、ゆゆ、ユーリが、ユーリが欲しいんだーーっ!!」
“欲しいんだーーっ……しいんだーーっ………んだーーっ……”





 広大なこのハイパービル内にサテラの大声が木霊していった。木霊、と言うよりは反響音。反射に反射を重ねて何処まで伝わっていったのか判らない。201と言う巨大な建造物だと言うのに。

「……は? 欲しい??」

 ユーリは思わずスットンキョーな声を上げてしまった。
 
 だけど、サテラの狙いは、あの時圧倒した力の事だと想像していた。 サテラが魔人の中で何れ程の力を持つ魔人かは知らないが、それでも、魔人を圧倒する人間がいたとなれば、それは十分に驚異に映るだろう。24人しかいない魔人の数を考えても。

 だから、力について聴き出したり、危険分子として処分したり、とは考えていた。だが、まさか欲しいと言われるとは……。

「(いや、ホーネット派のことを考えたら……、判らなくもない、か。相手側の方が ある程度上な筈。……その上 劣勢に立たされたのだとしたら、戦力は大いに越したことはない。……それに今回の件、ホーネットの為に、カオスを狙った。……一応、筋は通る。サテラは、だが)」

 勿論ユーリは、そう解釈した。
 アイゼルの事、そしてまだ見ぬ魔人もいるだろう。……全員の真意が判らないから、迂闊に結論は出せない。

 サテラは、はぁはぁ、と肩で息をしていた。……そして、盛大に宣言出来たから、冷静にさっき言った言葉を振り返ることが出来た。

「へ、へぁっ! さ、サテラっ な、なにをっ! ち、違う。ゆ、ユーリの力が、だなっ!! ほ、ホーネットの為にも、ユーリに、ユーリには、サテラのも、もも……っっ」

『サテラのモノになれ』=『我の物になれ』
 妄想ワールドの中ではすらすらすら~~♪と言えたセリフだったはずなのに、最後の一言までが言えなかった。

 そんな時だった。更にこの場が混沌……元い、修羅場へと発展していく。

「こらぁァァ!!!!」
「「ちょっと待ったぁぁ!!」」
「ですかねーーーっ!!!」

 物凄い勢いで、部屋に入ってきた者達がいた。……その数、3人。

「うおっ!」

 背後からの怒声を思いっきり背中に圧力として、受けたユーリ。まるで、背中を押された様に前かがみになるのを堪えていた。

「あんたっ!! 一体ナニしてんのよ!!」
「いてっ!! な、なんでオレを蹴るんだよ! オレは何もしてないだろっ」
「ゆゆ、ユーリさんっ! ダメですっ!!」
「何が??」
「魔人さんと人間さんの禁断の愛はダメですかねーー!! 容認出来ないですっ!!」
「はぁっ? なんだそれ! ってか、お前ら もっと慎重にしろよ!」

 飛び込んできたのは、勿論女性陣。何やら盛大に言われている様だ。いつも通り。

「ななななっ!!」

 サテラは飛び込んできた人間達を見て、唖然とした。
 その想定外の事態を見て、精神を《恋する乙女なサテラモード》から、《人間を駆逐する怖いサテラモード》へとシフトチェンジする事が……何とか出来た?

「な、なんでお前たちがここにっ!? さ、サテラは、ゆ、ユーリだけと言っただろっ!!」

 撤回する。なりきれていない。全然。
 怖さがまるで感じられない。……恋する乙女としての怖さ、邪魔された事への怒りは判るけれど、その次元の戦いであれば、こちらの乙女たちも負けていないから。

「おいコラ! このショタコン娘っ! あんなガキが趣味だと言うのか?? そんな不健全な真似は、このランス様が許さんぞ!! お仕置きだぁぁぁ! とーーーっ!!」

 ランスは、下半身丸出し、にさせて、サテラに飛びついた。

「なななっ!!」

 サテラは、思わず仰け反る。……ランスの《モノ》を見てしまったからだ。

「このバカっっ!! しし、死ねっっ!!」
「あんたは更に、ナニしてんのよっ!!」
「変なモノ見せるなぁぁ!!」

 サテラのムチ攻撃、そして志津香の火爆破、かなみの火丼の術が炸裂。前から、そして後ろから とサンドイッチにされてしまったランスは。

「あんぎゃーーっ!!」

 哀れ、吹き飛んでしまった。シィルの方に。

「きゃ、きゃあっ! ら、ランスさまぁぁ!」

 その勢いのお陰もあって、シィルの縄は切れ、ランスと共に地面に仲良くダイビングヘッド。

「……殺す気か? サテラは兎も角。お前ら」
「う、うっさい!」
「はっ! あ、その……ランスの事だったのでつい……」

 全員の会心の一撃をもれなく頂戴したランス。でも、大丈夫そうだ。……ギャグっぽい攻撃だったから。

「はぁ、はぁっ! は、初めて見たのが、あんな奴のなんてっっ!!」

 サテラは憤怒していた。……女性陣達は同情していた。位置的に、志津香やかなみ、トマトには見えなかったけれど。

「トマト、乗り遅れてしまったですかね……、ううん、飛び道具、遠距離攻撃考えないと、ついてけないです……」

 少し意気消沈してしまっているトマトもいた。……なんで? とも思ってしまったが、話が進まないのでスルーだ。

「え、ええいっ! も、もう ここまで来たら、どうとでもなれだっ! ユーリも聖武具ももらうっ!! 全部纏めてサテラによこせっ!」
「誰が渡すか!」
「渡さないですっ!」
「ですかねー!!」

 サテラと志津香、かなみ トマトの口喧嘩に発展した。

「……何だろう、魔人を前にしてるから、絶対に状況的には悪い筈なのに、殺伐としてない」

 当事者、と言うか中心人物なユーリなのだが、何処か客観視してしまっていた。

「馬鹿な奴等めっ! お前らの攻撃なんてサテラには効かないんだ! 痛い目見る前に、降参しろっ!」

 サテラはブンブンとムチを振り回す。……その威力、風圧は、先ほどのランスに撃ちかましたそれより遥かに上だ。

 つまり、ギャグっぽくない威力。魔人(サテラ)の本気の攻撃。

 サテラは頭に血が上っている様で、手加減とか考えていない。あの襲撃した時の様な。

「おい。……そろそろふざけるのはやめて、お前ら下がってろ。アレは怪我じゃ済まない」

 流石に、それを見たユーリはそう言う。
 後衛を主体とした魔法使い、そして 忍者、かけだし剣士が喰らってしまえば、良くて致命傷だ。と言っても過言じゃないのだから。

「……大丈夫です。ユーリさん一緒に下がってください!」

 かなみが、指を後方に指した。
 その先の部屋、あかれた扉の中に、セルやクルックーの姿が見えた。リック、清十郎も見ていた様だ。……何処か呆れた(清十郎)困惑(リック)な表情を浮かべていたが、直ぐに表情を引き締め直していた。

「ふん! オレ様のモノだ。ユーリのバカは要らんが、それ以外はやらんわバーカ!」

 そんな時、聞き覚えのある声が。

「なんだ、生きてたのか」
「当たり前だ! オレ様のセリフをまたパクるんじゃない!」
「は、はぅ……」

 どうやら、シィルが回復魔法をかけた様だ。所々火傷をしている様だが、問題なさそうだ。

「む、むかぁぁっ!! お前、ほんとに殺してやるっ!!」
「へへーん! 鬼さんこちらっ、手の鳴るほーへっ!」

 サテラは完全に頭に血が上っており、標的をランスへと変えた。ランスは巧み?な話術でサテラを誘導する。

「サテラをバカにするなっ!!」
「がはははは! 悔しかったらオレ様の所まできてみろー。たーーっぷり遊んでやるぜー!」

 もう、4人の事なんかまるで見ていないサテラ。

「……こういう事させたら、ほんと右に出る者はいないな」
「単なるガキよ。ガキ」
「心底同意します」
「ですかねー! それに、その単語は ランスさんにこそ、相応しいですかねー。 ユーリさんに使うの、間違えてますかねー」
「……トマト。それ フォローのつもりだろうが、それは要らん」

 一先ずランスを追って、隣の部屋へと移動した。

 そして、隣の部屋にて。

 この部屋は、四隅に仕掛けが施してあるのだ。

「がはは!! サテラ、お前は罠にかかったのだ!」
「な、なにっ!?」
「お前は既に魔封印結界の中心にいるのだ! やれ、セルさん。クルックー!」

 ランスが合図をした所で、セルとクルックーが両手をかざした。

「―――天にまします我らが神よ」
「四方より、結界志木と共に、祈り 捧げ奉ります」

 2人は 目を伏せ 祈る形で唇を動かし続けた。聖句に合わせて、周囲の光が徐々に強くなっていく。

「なっ……! なんだ、なんだこれは!! お、お前は 神官かっ!?」

 サテラも、完全に正気を取り戻した。それ程までに、危険であると、本能的に察した様だ。

「呪われし魂に安らぎを」

 セルが掲げた神杖と共に 祈りを続け。

「邪なる息吹に浄めの祈りを」

 クルックーが セルの神杖に更に力を、聖なる力を込めていく。

 それらは光となり、形となり、周囲に満ちていく。

「……っっ。こ、これはやばい!? い、いや 魔人のサテラにっ……!?」

 魔人には、無敵結界が存在する。これまででも、人間の攻撃 勿論魔法も含めて全て寄せ付けなかった。なのに、このまとわり付くかの様な魔法は違ったのだ。

「見た事もない、魔法……っ!? く、そっ」

 周囲に満ちた聖なる力が、魔人であるサテラの全身を絡めとり、最早動く事は出来なかった。

「魔なる者よ」
「呪われし者よ」
「「邪なる者よ。祝福の雷霆に導かれ 永久の眠りを!!」」

 セルとクルックーは 同時に祈りを捧げるために 閉じていた瞼を上げた。
 その2人の瞳は サテラを真正面から捉えた。


「「――彼の者に、神の慈悲、哀れみを。――魔封印結界!!」」
「う、うわああああああああぁぁぁ!?」


 弾けるような雷撃が、結界内部を覆い尽くした。
 魔封結界は完全にサテラを捉えたと同時に、凄まじい電磁波と光がサテラの身体を包み込んだ。

「が、がぁっ! こ、これは……っっ!」

 サテラは、完全に魔封印結界にのまれてしまっていた。そして、魔人には等しく存在する結界、無敵結界も全くの意味もなさない。

「うぐっ……、ち、力が……(け、結界が使えないっ……) あ、あぐっ……」

 その強烈な電磁波は、無敵結界も使えず、そして、己の結末を悟ったのか、サテラは苦しい声を上げた。

「がーーっはははははは! まんまと引っかかってくれたな! そいつは魔人だろうと、なんだろうと、封印してくれるんだぞ!」
「封……印!?」

 サテラの表情から 血の気が引いていく。

「い、いやだっ、 さ、サテラ死にたく……っないっ。ま、まだ、たくさん……したいこと……、あるのにっ」

 その涙ながらの懇願を聞いて、かなり複雑なのは女性陣達だ。サテラの所業は許される物じゃないが、襲ってきた時、誰も殺さなかった。……その真意は、ユーリを想っての為だったら?その仲間達だったから、命までは取らなかったのかもしれないのだ。
だけど……、それを踏まえても、サテラは驚異だ。だから、誰も口にまでは出せなかった。

「た、助けてっ……、こ、こんなところで、死にたく……っ ほ、ホーネットっ……ほーねっ……。っ、っ……ゆ、ゆぅ……、ゆぅ……り……っ」
「っ……」

 もう少しで、サテラは消滅してしまうだろう。

 その時、確かに名を言ったのを聞いた。自分の名前を。


“ヴォン!!”


 そして、その瞬間だった。



 再び(・・)、世界が止まったのは……。




























〜魔法紹介〜


□ 魔封印結界
使用者 クルックー、セル

4本の結界志木を配置し、魔の者を異空間に追放する神聖魔法。
絶対無敵である魔人に対抗できる数少ない手段の1つであり、起動すると凄まじい電磁波と光が対象者を包み込む。 とある世界でのその魔法、その呪文では その呪文を反対から読むと………… アレ??




 
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