| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

醜い女

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2部分:第二章


第二章

「その通りですけれど。昨日いつもの電車でそれで六番目の列車に」
「やっぱりね。あいつか」
 上司は彼の話を聞いて完全に納得して頷くのだった。
「あいつだったんだな。やっぱり」
「あいつって御存知なんですか」
「私も間違えられたんだよ」
 上司は嫌そうな顔をして彼に言ってきた。
「前にね。相変わらずなんだな」
「そんなに有名な女なんですか」
「会社の女の子達の間でも有名なんだよ。河北商事にいてね」
「河北商事っていったら」
 彼にもわかった。何しろ彼がいるこの会社の取引先の一つである。ただ彼は営業ではなく総務なので彼はその会社に誰がいるかわからないのだ。
「あそこにですか」
「会社の中でも嫌われ者なんだよ。もうヒステリックでプライドだけ高くて執念深くて陰湿でね」
「最悪ですね」
「そう、悪いのは顔だけじゃない」
 上司も嫌悪感丸出しの顔だった。
「顔だけじゃないんだよ。とにかく酷い奴でね」
「はあ」
「そいつと揉めたのか。しかも君のせいで遅刻したとなると」
「どうなるんですか?」
「気をつけた方がいいな」
 上司は言う。
「よくね。僕は幸い電車で揉めただけで済んだけれど」
「まだ何かあるんですか」
「おそらく今君が誰か必死に調べてる筈だよ」
「そんな・・・・・・」
「警察に話をしておくといい」
 上司は真顔で彼に告げた。
「無論私からも警察に話をしておこう」
「何か厄介なことになってきましたね」
「ああ、そうだ」
 上司はここでまたあることに気付いたようだった。
「芳香ちゃんだけれど」
「女房が何かあります?」
 彼は既に結婚している。なおその妻はこの上司の友人の娘でもある。世界は案外狭い。妻とはこの会社で知り合い昨年目出度く結婚し今は郊外の妻の両親の家にいるのだ。
「あるから言うんだよ」
「やはり」
「とにかく。何をするかわからん女だ」 
 上司はとにかくこのことを強調する。
「だからだ。君も芳香ちゃんを」
「身の回りには注意、ですか」
「多分家は何処かは本当に探る」
 既にそう読んでいるのだった。
「だが家は変えることができないからな」
「それは仕方ないですか」
「うん、こっちからも警察には電話しておくからな」
「御願いします。そんなにやばい相手なら本当に」
「用心に越したことはない」
 上司も真剣な言葉であった。
「とにかくな」
「わかりました」
 こうして信和はとりあえず身の安全を妻の芳香や彼女の両親と共に計ることになった。警察に連絡し何かあった際にはすぐに来てくれるようにも頼んだ。家には防犯ブザーや監視カメラも置きとにかく何があっても大丈夫なように備えた。そうしてから一ヶ月が経った時だった。
 真夜中だった。不意に家の前からとんでもない泣き声が聞こえてきた。
「何だ!?」
 信和はその泣き声を聞いて目を覚ましてしまった。まずベッドから起きて隣に寝ている妻の芳香に対して声をかけた。二人はパジャマ姿だった。
「今の泣き声は」
「ええ、聞こえたわ」
 見れば妻もまた真剣な顔で起き上がっていた。すぐに枕元の灯りを点ける。窓の外は真っ暗で月が見える。見事な黄色い満月である。
「玄関からよね」
「何だろう」
「まさかと思うけれど」
 芳香は顔を顰めさせていた。赤がかった茶色の髪で顔は年齢よりも少し若く見える。首が少し長く胸はないが足にはかなり自信がある。それは結婚してからも同じだ。
「来たのかしら」
「あいつが!?」
「これ、女の人の声よ」
 芳香はまだその顔を顰めさせていた。
「それもかなり」
「うん、酷い声だね」
 信和も耳を少し澄ませてそれを聞いて思った。
「しかもこの声って」
「聞き覚えあるの?」
「あれかな」
 彼もまたあの女かも知れないと思った。
「ひょっとしたらだけれど」
「遂に来たのかしらね」
「そうかも。けれど若しそれだったら」
「一応警察に連絡しとく?」
 芳香は早速枕元から自分の携帯を手に取っていた。ピンク色の女性らしい色の携帯だ。その隣には同じ型で信和の携帯もある。なお彼の色は青である。
「今のうちに」
「そうだね。しておく?」
 彼もまたそれがいいと思いだしていた。
「今のうちに」
「まだ泣いてるし」
 泣き声は依然として続いていた。
「どっちにしろ近所迷惑だしね。だから」
「うん、そうしようか」
「わかったわ。それでね」
 芳香は自分が警察に電話してそのうえで夫に対して言った。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧