| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

キル=ユー

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

7部分:第七章


第七章

「今日は『L』か」
 それだった。昨日もLだった。あの女の子のバッグに書かれていた文字だ。
 その前はアイだった。仕事をする時に木がそう見えた。そしてその前はK。ビニールに書かれていた。その四文字が頭の中で繋がった。
「KILL・・・・・・」
 俺はふと呟いた。そう、その四つの文字を合わせればそれになる。俺は今気付いた。
 そして。俺はその前のことも思い出した。
 バーテンと話している時に言われた不思議なヒットマン。それはやはり俺を狙っていたのだ。あの時言われた言葉。それは確かに俺を狙っていたのだ。
「まずいな」
 命を狙われたことなんて数えきれない程ある。だが今回は特別だ。オカルトめいた殺し方だ。俺は正直身震いするものを感じていた。
 どうすればいいか。若しこのまま順調にいけば俺はあと三日でやばいことになる。あの時『キル=ユー』と言われた。残る文字は三文字だ。俺に残された時間はあまりなかった。
 その日は家に閉じ篭った。どうすればいいか結局わかりはしなかった。あと三日のうちに何とかしないといけないというのにどうしていいかわからなかった。俺は焦りはじめていた。
 しかし頭は冷静なままだった。自暴自棄になっても仕方ない。三日しかないが三日もある。それをどうにかしなければならないのはわかっていたからだ。
 そして次の日。俺は気分転換に夜に外へ出た。それまでは文字は目に入ってはいなかった。
 次に来る文字はわかっている。だがそれはまだだった。俺はあのドイツ系のバーテンがいる麻薬を売っているバーに向かった。そしてそこで飲みはじめた。
「何かやつれましたな」
「そうか」
 カウンターに座るとそう言われた。それもその筈だ。このままいけば三日の命だ。もっともやつれたってことは今バーテンに言われてはじめて気付いたことだが。
「どうかしたのか、急に」
「ダイエットをしててな」
 本当のことを言わないのがこの世界のエチケットだ。俺はジョークで返してやった。
「かなりハードなダイエットのようだな」
「今付き合ってる彼女の好みでね」
 ウイスキーを飲みながらそれに応えた。
「何でもマイケル=ジャクソンの整形したての時が好みらしい」
「ああ、スリラーとかの時か」
「そうらしいな。今のマイケルは好きじゃないらしいがな」
「まあ今のマイケルはね」
 バーテンも話に乗ってきた。
「顔が崩れてきたからな」
 マイケルの数多いスキャンダルの一つと言われている。人の顔のことなんて放っておけばいいがマイケルのそれはやっぱり極端だとは俺も思う。それにしてもこの国のスーパースターってやつはスキャンダルが尽きない。マリリン=モンローもエルビス=プレスリーも。それを考えるとマイケルもスーパースターってことだが。
「どうにかならないのかね、今のあいつは」
「俺は最初の子供の時の顔が好きだったな」
「ああ、ジャクソン=ファイブ」
 覚えてる奴ももう殆どいない。そんなものだ。ハルク=アーロンが最初は黒人リーグにいたことを知ってる野球ファンなんてそうそういないのと同じだ。人間昔のことはすぐ忘れちまう。大体ジャクソン=ファイブの時はレコードだ。今はCD,本当に時代が変わっていた。
「あの時から才能は凄かったがね」
「まっ、マイケルはああした運命なんだろ」
 俺はここでまず突き放した。
「ハッピーエンドになって欲しいがね、ピーターパンなら」
「肩を持つね」
「これでもダンスも好きなんでね」
「オペラだけじゃなくて」
「イタリア系にとって音楽は無二の親友さ」
「じゃあ女は何だい?」
「唯一の大切なものさ。これで納得したかい?」
「大いにね。そうでなくちゃ」
「じゃあもう一本もらおうか」
 酒の強さには自信がある。ウイスキーもボトル三本は軽く空けられる。俺はもう一本頼んだ。
「早いね、今日も」
「イタリア系にとって酒は三番目の親友だからな」
「ワインだけじゃないのか」
「ワインは正妻、他のは愛人さ」
「贅沢なものだね。まあいいさ」
「どれがあるんだい?」
「丁度新しく入ったのがあるぜ」
「へえ」
 俺はそれを聞いて声をあげた。
「ユタのやつがな」
「ユタ!?」
 俺はそれを聞いて思わず眉を顰めさせた。
「今ユタって言ったよな」
「ああ」
「あそこでもウイスキーを造ってるのか?」
「最近造りはじめたらしいぜ」
「そうか」
 ソルトレークと恐竜の化石位しかないと思っていた。あんな山ばかりのところで酒が造られるのかどうか、疑問で仕方なかったがとにかくそこの酒らしい。
「どうだい、やるかい?」
「面白そうだな」
 だが興味は抱いた。
「それくれ」
「ああ、わかったよ」
 バーテンはそれに頷くとカウンターに並んでいる中のうちの一本を空けて俺に差し出してきた。
「ほら」
「・・・・・・・・・」
 俺はそのボトルのラベルを見て思わず沈黙してしまった。そこには『Y』と大きく書かれていたからだ。
(ここで出て来たか)
 俺は心の中で呟いた。奇襲だった。
「!?どうした?」
 バーテンは俺が急に黙り込んだのを見て声をかけてきた。
「これがユタのウイスキーだけど。いらないのか?」
「いや、もらうよ」
 俺は表情を明るく作ってそう返した。
「今日はこれ一本空けさせてもらうぜ」
「そうか。じゃあ安くしとくよ」
「いいのかい?そんなにサービスして」
 俺はそのウイスキーを自分でグラスに注ぎながら言った。
「これだって高いんじゃないのか?」
「いや、案外安いものだったよ」
「そうかい」
「三十ドルもしないよ」
「何だ、安いな」
「気に入ったかい?」
「そうだな。それじゃあ一本やらせてもらうぜ」
「ああ」
 俺はそのままボトルを空けた。だがどうにも酒が進まない。どうやら身体にまで呪いってやつが来ているらしい。
「大丈夫かい?」
「一応はな」
 そんな俺に気付いたのかバーテンは声をかけてきたが何事もないのを装ってこう返した。
「無理なダイエットはかえって身体に悪いぜ」
「どうやらそうみたいだな」
 それでも一本空けた。今日はこれで止めることにした。
「それじゃあな」
「もう一本あるけどどうするんだ?」
「いや、今日はいい」
 流石にそれは断った。
「また来るぜ」
 命があれば、とは言わなかった。とりあえずあと二日ある。その間に何とかできれば助かると思ったからだ。その日はそのまま部屋に帰ってベッドに入った。
 次の日はまずは何もなかった。朝起きてからとりあえずトレーニングをして汗をかいた。シャワーを浴びた後で一息つく。
「さてと」
 今日も文字が来る筈だ。次に来る文字は何かもわかっている。問題はどうやってそれが俺のところに来るだ。
「いっちょ外に出ないでおくか」
 ふとこう考えた。今は仕事は何もない。それもいいだろうと思った。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧