小さな棺桶
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3部分:第三章
第三章
「それで軍隊を動かしたというわけじゃ」
「そうだったのですか」
「しかしじゃ」
ここで役人は言う。
「一つわからないことがある」
「何ですか、それは」
「何故ワレサさんがそれを持っていたのじゃ?」
彼が言うのはそれだった。どうしてワレサがその三つの紋章を持っていたのかわからなかったのだ。それでそのことを彼に問うたのだ。
「それがわからぬ。それはまたどうしてじゃ」
「お話してもいいものか」
だがここでワレサは腕を組んで難しい顔をするのだった。
「果たして。信じて頂けるかどうか」
「信じるぞ」
役人はまずそれを保障してみせた。
「またそれで捕まるということはない。それも保障する」
「左様ですか」
「だから言ってみてくれ」
それをどうしても聞きたかったのだ。
「何があったのか。さあ」
「はい、それでは」
重ね重ね保障されそれを頼りとして話すことにした。彼はあの夜の話を話すのだった。
話の間役人はじっと話を聞いていた。聞き終えてから瞑目して言うのだった。
「左様だったか」
「はい、そうです」
「面妖な話じゃ」
話を聞き終えてまずこう言うのだった。
「小人共が出て来るだけではなく金を出せというとはな」
「ここで金を渡すことができればどうなったでしょうか」
「さてな」
役人はそれには首を横に振るのだった。
「それはわしにもわからん」
「左様ですか」
「渡せばひょっとして」
「ひょっとして?」
「三人の謀反は成功したかも知れん」
こう言うのだ。
「何せあれじゃ。ワレサさんが紋章を貰ったことで謀反がわかったのじゃ」
「ええ」
これは確かだった。若しそれがなければ謀反は見つかっていなかった。それは確かだ。そういうところまで考えれば金を払えば謀反は成功していたかも知れない。あくまで知れないだが。
「それを考えれば。運命の分かれ道だったな」
「この国ですか」
「全く以ってわからんものじゃ」
役人はあらためて呟いた。
「そんなことから国が救われるのだからな」
「全くです」
「何はともあれ謀反が防がれ戦乱もあの三人が自決して事なきを得た」
「何もなしですか」
「結果としてはそうなった」
それをまた語る。
「それはよいことじゃな」
「そうですね、確かに」
ワレサもそれに頷く。
「では。あれは平和と戦争の分かれ目だったのですね」
「そうなるな。ではワレサさんよ」
「はい」
「その陛下からの褒美じゃが」
「王様からのですか」
その話になる。ワレサの顔が少し晴れやかになった。
「何がよいかの。陛下は何なら貴族にしてもいいと仰っているそうだが」
「貴族に!?」
「左様。何しろ戦乱を未然に防ぐことができた」
このことを彼に言う。
「その功績が大きいとしてな。どうじゃ」
「いや、そんなのはいいですわ」
だがワレサは笑って。その申し出を断るのだった。
「貴族なぞ。私には」
「よいのか」
「御大層です」
今度はこう言って断る。
「貴族なぞとは。ですから」
「よいのじゃな」
「はい」
また頷いてみせる。
「そんなものは」
「そうか。じゃあ何がいいのだ?」
「そう言われましても別に」
これと言って思い浮かばないのだった。彼は今の暮らしで満足していた。だからだ。
「ありませぬ」
「だがそれだと陛下のな。面子が立たぬ」
彼が受け取らないわけにもいかなかったのだ。王にも王としての体面がある。だからそれもあってどうしても受け取ってもらわないといけないのだ。ここが難しいところだった。
「何でもいいから言ってみてくれ。ここはな」
「わかりました。それでは」
「うん。何かな」
「好きなだけビールが飲めたらいいですね」
「ビールがか」
役人はビールと聞いてその目を少し丸くさせた。
「ビール。それだけでいいのか」
「それだけで満足です」
また笑って話すのだった。
「仕事の後でそれを飲むことができれば」
「そうか。それでいいのか」
「もうそれで充分です」
また答える。やはりその言葉に迷いはない。はっきりとしたものだった。
「それだけで」
「何だ、無欲だな」
役人はワレサの言葉を聞いて言うのだった。意外といった感じだったがそれでもすぐに思いなおした。それでまた言うのである。
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