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小さな棺桶

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2部分:第二章


第二章

「何故私が払うのですか」
「金貨千枚です」
 そのうえ額まで言って来た。
「さあどうぞ」
「千枚とはまた」
 途方もない額だと思った。それと共にこれもまた夜の話の通りだと思った。二つの気持ちが心の中で入り混じっていたのである。
「そんなお金持っていませんが」
「持っていないと」
「左様です」
 あらためて言うのだ。
「とてもですが」
「では。払えないのですね」
 男はワレサに念押しして尋ねてきた。
「金貨千枚。どうしても」
「ですから。とてもそれだけは」
 ワレサはやはりこう答えた。答えながら彼が次に何をしてくるか。心の中で目を見張っていた。
「ありません」
「わかりました。それでは」
 男はそこまで聞くとまずは頷いた。そして懐からあるものを出して来た。それは。
 やはりあの三つの紋章だった。剣のものと槍のものと兜のもの。それぞれ三つあった。その三つの紋章が描かれた布をワレサの前に出したのだった。
「どうぞ」
「どうぞとは」
「これを差し上げます。さあ、どうぞ」
「!?こんなものを一体どうして」
「とにかく差し上げます。早速陛下にお見せして下さい」
 そのうえ今度は王の名前まで出す。彼にはもう訳がわからなかった。
「何故王様にこれを?」
「出せばわかります。それでは」
 彼はここまで言うと姿を消した。後にはあの葛篭が舟の上に残されているだけだった。その葛篭が気になって空けてみると。中にあるのは小さな、指位の棺桶が三つあるだけだった。
「またおかしなことだな」
 こんな小さな棺桶が何の役に立つのかと思った。しかも人の半分程の大きさの棺桶にその三つだけだ。おかしいと言えばあまりにもおかしい。しかも棺桶の中には血の雫が入っているだけだった。
「ますますわからんな」
 ワレサは首を捻るだけだった。何が何だか全くわからない。だが男が言った言葉は覚えているのだった。
「王様のところか」
 とりあえずそれは思い出した。それですぐに川辺の護りを担当している役人に貰ったその三つの紋章を見せて話そうとした。ところが役人はその紋章を見ただけでもう顔色を変えてしまった。
「そうか、遂にか」
「!?どうしたんですか」
「どうしたんですかではないぞ、ワレサさんよ」
 役人と彼は古い付き合いだ。だからさん付けなのだ。
「これはすぐに陛下にお知らせしないと」
「わしにこれを渡してくれた男もそう言っていましたよ」
「まことか」
「まことも何もこんなことで嘘ついてどうなるんですか」
 彼は素直にこう答えた。訳がわからないのでそれが顔にまで出て口髭を下ろさせていた。
「違いますか?」
「それもそうだな。しかもあんたが知ってる筈がない」
「知ってる筈がないって」
 彼はさらに話がわからなくなった。顔全体がいぶかしむものになっている。
「何が何だか」
「いや、こっちの話」
 役人はこれ以上ワレサには話さなかった。
「とりあえずあんたには後で褒美があるだろう。ではな」
「褒美ですか」
「それだけじゃ。後は何の関係もないからな」
「ですか」
 ワレサにとっては何が何だかわからないまま話は終わった。それから暫くして彼がいる川を兵隊やら馬が船で通った。ワレサが漕ぐ舟よりも遥かに大きい船が幾つもであった。
「戦かな」
 そう思った。だがその時はそれだけだった。とりあえず自分のいるところで起きるのではなさそうだからそれでよかった。だが暫くしてから彼は役人の口からとんでもないことを聞いたのだった。
「反乱が起こるところだったのが」
「反乱といいますと」
「実はな、三つの領主の家が謀反を企てていたのだ」
 役人は川辺でワレサに対して話をしていた。前に言っていた褒美を渡すついでのことだ。川のほとりに二人並んで座り弁当を食べながら話をしている。
「謀反をですか」
「もう少しで兵が集まるところだった。それより先に叩くことができた」
「危ないところだったんですね」
「うむ。前から怪しいと思われていたがな。密偵も入っていた」
 これもまたワレサの知らない話だった。
「密偵もですか」
「そうじゃ。まあわしも連絡役をしておった」
 今だから話すことであった。
「実はな」
「そうだったのですか」
「そうじゃ。それで彼等が謀反を企てているとはっきりわかったその時を知らせるその合図が」
「あの三つの紋章ですか」
「その三つの家の紋章だったのじゃ」
 だからなのだった。彼があの三つの紋章を見て驚いたのは。
 
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