妖精の守護者 ~the Guardian of fairy~
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妖精剣
「ゼスー! ちゃんと特訓するって言ってたじゃない~!」
「ほぁ?」
あれから血の滲むような特訓(二十四時間フィッシング)をしている俺の背後から、誰かの叫び声が聞こえた。既に二日間、魚しか食べていない俺の目は、虚ろで、誰の声かも定かではない。
嘘、シャルの声だ。あいつは、普段ほわほわしているため、声だけで判断できる。
「シャルよ。よく聞け、お前のような優秀な魔法使いにはわからんだろうが、今更何をやろうが、勝負は四日後だ。この四日間で何ができる? 奇跡でも起こらなければ勝つことなんてできるか」
「一昨日と言っていることが全く違うじゃない……」
「臨機応変に対応できないと、この世界で生きていくことなどできないぞ。お前みたいに、時間の流れが人よりも遅い奴は、特に注意が必要だ」
「ふーんだ。失礼な人には、これ見せてあげないんだからねー」
シャルは少しすねた様子で、何やら大きな布を後ろへ隠した。
これといって興味もなかったので、俺はそのままシャルを無視して釣りを再開することにした。
「ちょっと……ゼスが用意しろって言ったんじゃない~!」
「痛い、痛い……顔面から押し付けるな……って、うお……これ、刃物じゃねぇか」
それは、立派な装飾の付いた、何やら高価なそうな剣だった。ハゲの親父に売りつければ数万はくだらないと踏んだ。
ゴーレムである俺には、金銭を持つ権利はないため、何かを買うこともできない。よくよく考えれば、幼児でもできることを俺はできないということだ。
初めてのお使いもしたことがない。ツケも効かない。主人は恐ろしいほどの守銭奴。
なんだか俺は自分自身が不憫に思えてきた。
「これはね、マーテル母さんのゴーレムが扱っていたとっても凄い剣なのよ? 母さんのゴーレムは」
「よし、シャル。それを俺にくれ」
鼻くそも興味のない話を切り出す前に、俺は左手をシャルの顔面に突き出した。
「……ゼス、何か変なこと考えてない?」
「何を言っている。誰かを疑うような子に育てた覚えはないぞ」
「悪いけど、ゼスは見ていたら、誰も信じられなくなるわよ?」
シャルは俺から距離を保ちつつ、半眼でじっと睨んできた。
ひどい扱いだ。まさか俺がそれを売り払って、新しい釣り道具を買うとでも思っているのだろうか? そんなことをすれば、ただでは済まない。リーゼはもちろん、シャルだってキレるに決まっている。どんな恐ろしい結末が待ち受けているか……考えただけでも背筋が凍るようだ。
「ゼス、これを与える代わりに約束して欲しいの。リーゼと、リーゼロッテとずっと一緒にいてあげて? あの子は強い魔力の持ち主だし、いじっぱりで口は悪いけど、とても泣虫なの。誰かがずっと傍にいてあげなければ、簡単に折れてしまうわ」
おまけに、暴力的で胸も身長もない。そしてゴーレムに対して容赦ないハンパない、を付け足しておこう。
「リーゼはそれを望んでないみたいだけどな」
「そんなことないわ、あの子は」
「まあいいや、わかった」
「本当に? ずーーーーーっと一緒にいるって約束してくれる?」
「あーはいはい、約束約束。指きりでもするか?」
「ううん、いらない。ゼスを、信じているから」
シャルはそういって、素直な笑顔を俺に向けた。
どーしてこんな、得体の知れない奴を簡単に信用するのかねぇ……妹思いなのはいいことだが、それならまず、俺のようなゴーレムを近づけないほうが一番安全なわけだが。
「はい、これ。妖精剣――――アヴェルよ」
シャルは丁寧に包装された布から剣を取り出した。先ほどは柄の部分しか見えていなかったが、ようやく全体を見ることができる。
素人目に見ただけでもわかる。これは一般に普及してある代物とは別格だ。
シャルの母親の物であることから年代物であるにも関わらず、傷一つない。刀身はむしろ、透き通るような輝きを保っている。
俺はそれを慎重に受け取る。
――――ドクン。
何かの風景が俺の頭に流れた。突然の出来事で大切な商品……贈り物を落としそうになる。
何だ今の……建物、城? それに………この柄に描かれた紋章…………なんだか胸が焼きつくように痛い。
「ゼス? どうしたの? 凄い汗よ? 重かった?」
「俺はどんだけ貧弱なんだ。流石に剣くらい持てる」
これを持てなかったらシャルよりも劣るってことだろ。どうやらこいつは俺の力を舐めているような気がする。
ここは一つ、一家の大黒柱? である俺の力をみせてやらねば!
俺は勢い良く剣を引き抜き、一閃に辺りを薙ぎ払った。
「ど……どうだ、シャル? 様になっているだろう?」
「う……うん。手、震えているけどほんとに大丈夫?」
自慢じゃないが、釣竿より重いものは持ったことがない。
それにしても、凄く疲れるな。
やっぱり戦いなんてムリだな。それにこの剣……なんだか嫌な気分になる。さっさと売り払ってしまおう。
悪いな、シャル。一応、言い出した手前参加はするが、武器はハゲ親父からでもパクッてきたものにするとしよう。
「優勝して、なんて言わないから……あなたが頑張っている姿をリーゼに見せてあげて」
「毎日頑張っているんだけどねぇ」
俺はシャルの無垢な笑顔に多少の躊躇を覚えたが、目先の欲望に抗うことができないのだった。
「ハゲ親父、いい品がある。買ってくれ」
「てめぇ……性懲りもなくまた……ゴーレムには売りも買いもしねぇって言ってんだろうが」
相変わらず店のハゲ親父は俺を見つけると怒鳴り声を上げてきた。つるつるの頭が右へ左へ動く姿はいつ見ても滑稽だ。ボールが跳ねているように見える。
俺はその頭の前に例の品を投げるように差し出した。
「…………人の話、聞いてたのか?」
「いいから開けてみろ、そして今までの非礼を俺に詫びやがれ」
「なーに威張ってんだクソガ…………おいこりゃ……」
ハゲ親父はぐだぐたと文句を言っていたが、品を見た瞬間、人が変わったように真剣な顔になった。いつもだらしない口髭を蓄えているだけなのかと思ったが、仕事をする時はなかなか様になっている。
一通り品定めをした後、ハゲは静かに剣を鞘に戻した。
「お前……これをどこで?」
「シャルから貰った」
「そうか……シャルロッテちゃんがな……」
ハゲはまるでどこか遠いところを見るように目を細め、しばらく黙っていたが、ようやく決心がついたのか、剣へ目を戻した。
「オウラ、ちょっと手伝ってくれ」
「ハイ、マスター」
感情の欠落した機械的な声が店の奥から聞こえたかと思うと、巨大なゴーレムは突然ハゲの傍へ現れた。
通常、ゴーレムはでかすぎる為、魔力へと変換して待機させる。ゴーレムそのものは魔法媒体なので召還するだけで魔力を消費し続ける。用事のない場合は主の中で休ませるのだ――――が、俺は嫌なので魔力への変換は断っている。
リーゼの、あいつの傍で眠るなんて絶対に嫌だからだ。
「ちょっとな――――こいつをぶん殴ってくれや」
「はっ――――」
っとハゲの言葉に疑問を感じた瞬間、俺の体は店の外へと吹き飛んだ。くの字に曲がった体は、何かの壁に衝突した。しばらくは今起こった事実を受け入れることができずに思考の定まらない脳のせいでぼんやりとしていたが、次に体の全身が骨という骨がボロボロになるような激痛に襲われ、俺は全ての液体という液体を撒き散らした。
「うぁぁぁぁぁぁぁ! おぇ、げほっ! ぐ……な、何しやがる……」
「てめぇ……前々から屑だと屑だと思ってたが、ゴミ屑だったんだな」
「ひっ……」
俺はハゲのゴーレムに突きつけられた戦斧に怯え、情けない声を上げた。だが、そんなことは関係ない。今、俺を縛り上げる感情は、恐怖のみ。普段とは違うハゲの激しい怒りに戸惑いと恐れを感じている。
「いいか、よく聞け小僧! その剣は、妖精石で出来たこの世界でたった一振りしか与えられない特別な代物だ。それをてめぇは売り捌こうとした。女神アスタリアの怒りを買う前に俺が罰を与えてやったんだ。ありがたく思え」
「妖精、石?」
どこかで聞いたことがあった。
妖精は、不思議な存在で、その生命を終えると体は宝石のように硬い結晶となる。
その結晶は、妖精の魂そのもの。それで作られた武具は、持ち主を永遠に守ると言われている。
俺は今一度あの気味の悪い剣を見つめた。柄の紋章が赤々と反応を示している。
ぞっとした。妖精の命? 生きている……のか? 剣が?
ハゲは剣を無造作に掴み上げるとそれを引き抜こうとした、がまるで何かに押さえつけられたかのように全身をだらりと下げ、剣を落とした。体中は汗でびっしょりだった。
「……わかるか? こいつはもうお前を主と認めている。なぜだか知らんがお前は、女神アスタリアに見初められたんだ」
「ふ、ふざけんじゃねぇ……俺はただのゴーレムだ!」
「ふざけてるんじゃねぇよ。本当のことだ。いいか? その剣は、聖剣、なんて物じゃねぇ。お前を薄々感じていると思うが、その気味の悪さは本物だ。妖精石は災いを呼ぶ呪いの石でもある」
「はぁ? んだよそれ…………そんなもんどうすれば!」
「落ち着け! そいつは持ち主の心に反応するんだ。心を静めろ、深呼吸だ。正しい心で剣に語りかけてみろ」
なんというむちゃぶり! この状況でどうやって冷静になれと!? ところで俺をこんな目に合わせているのがハゲだということに気が付いているだろうか? 本当になんて野郎だ!
まぁいい……とりあえず平常心だ。釣りをしているときみたいに……心を無にして、ただ獲物を待つ。
「できるじゃねぇか。思ったより集中力はあるみてぇだな」
偉そうに頭をつるりと撫でるハゲ頭。剣は青色に戻り、静かな光を称えている。気味の悪さもなくなった。それと同時に森のざわめきも止んだ気がした。
「いいか? シャルロッテちゃんがこれをおめぇに与えたってことは、全幅の信頼を置いてのことだ。ここでのことは見なかったことにしてやる。だから、二度と彼女たちを裏切るようなことはするな」
「…………どいつもこいつも、裏切るだの、信頼するだの…………うぜぇんだよ」
「なんだと、てめぇ…………」
「そんな言葉に意味なんてねぇんだよ。生き残るために何が最善で、どれを選択すれば己が有利になるか……生き残った者が勝者となる弱肉強食の世界……それが真理だ」
そうだ。弱い奴はずっと弱いまま、死ぬまで搾取され続ける。俺のように、何の才能もなく平凡で、無知な奴は簡単に騙されて奪われるんだ。
だからこそ、考える。自分のために、自分が勝者となるためにはどうすればいいのか。
明日、死ぬとも知れない世界を、生き残るためには……。
…………いや、何を熱くなっている?
「確かに……お前の言っていることは間違っちゃいない。弱い奴は奪われる。強い奴は勝つ。そんなことは当たり前のことだ。だがな、ゼス、俺は悲しいよ。そいつぁ、まるで帝国人みたいじゃないか」
帝国人、人、人間族。ここ数百年の間、世界の覇権を握ってきた種族の王。大陸の中心を都としたほぼ全土を領域にしつつある蛮族たち……それが妖精たちの見解だ。近年では、北のエルフィン族を侵食しつつあり、その最北端であるラーラ・ガリア、妖精大国を狙うのも時間の問題、とされている。
「実際、奴らは強い。だからこそ、豊かじゃないか! 日々、最低限の生きる糧だけで満足しているあんたたちは、あいつらに勝てるっていうのかよ?」
「……そいつぁやってみなけりゃわからん。人間は、確かにおかしな力を使う、危険な連中だ。光陰のごとき速さで他族を制圧し、今や奴らに逆らう連中などどこにもいないかもしれない。しかしだ……誰かの幸せを奪ってまで豊かになることに何の意味がある。血まみれの手で手に入れた幸福は、誰かを笑顔にしているとしたら? 決して許されることではない……」
綺麗ごとばかり並べやがる。幸福の理由なんて関係ない。奪った飯で助かる命もある。奪った金で救われる奴がいる。
……俺の考えは、帝国人に向いているのだろうか。
もしかしたら、俺はかつて帝国に住んでいたのだろうか。何かの間違いで、こんな奇抜な連中がいる場所に飛ばされて……何かの策力で、ゴーレムにされちまったのか?
くそ……ならいっそ、こんな場所、出て行ってしまえたなら……!
自由なら、どれだけよかったか……!
(アスタリア祭、大会に勝つと何でも願いを叶えてくれるらしいわよ)
いいだろう……。
俺は帝国に行く。
そのためには、ゴーレムという契約が障害になってくる。
妖精共の奴隷として一生を終えるなんて絶対に嫌だ。
胡散臭い話ではあるが、妖精王が見に来るということは何かしらの手立てがあるのかもしれない。
「わーったよ。俺が悪かった。こいつを売るのは止めだ。今日から俺の相棒として扱き使ってやる」
「おい! 簡単に扱うんじゃねぇ! 災いを呼ぶって言ってんだろうか!」
「んなこといっても、これしか武器がねぇんだよ」
「よしみだ! こいつをやる! だから絶対に、ここぞという時以外絶対! そいつを振り回すんじゃねぇぞ!」
ラッキーなことに、ハゲは俺でも扱える軽い片手剣を鞘ごと投げて寄越した。面白いのでもういっぺんからかっても良かったが、ハゲのゴーレムであるオウラがずっと俺を見ているためやめておいた。気づいて本当に良かった!
……アヴェル……とかいうこの大剣は重いし、気味が悪いので出来れば使いたくないっていうのが本音だ。
曲がり道をしたが、当初の目的であるアスタリア祭への出場を決意した俺。
だが、大会まであと四日しかない。今から死ぬほどの特訓をしても、流石の俺でも厳しいものがある。
なんとしてでも今年中にゴーレム卒業を果たし、帝国で一儲けしようという野望を叶えるためには優勝しなくてはならない。
そのためには、まず敵の情報を知らなくてはな。
あとは道具と……面倒ではあるが、剣という物の扱い方も知らなくてはならない。
非常に面倒ではあるが、確か釣り仙人は昔めちゃくちゃ凄い剣士で、ゴーレムでも簡単に殺せるぐらい強かったらしいし……。
それくらいなら、アスタリア祭で通用する奥義くらい持っているだろうな。
なら話は早い! ちょろっと話してスパーンと身に着けてやろう!
俺はハゲの店を後にして、湖へと足を向けた。仙人は暇なのでいつもあそこで釣りをしている。仕事をしろと今度言ってやろうか悩んでいるのだが。
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