ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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婚約者-ワルド-part1/任務
ルイズはもちろん、サイトもまさかお姫様がこの部屋を訪ねてくるとは思いもしなかった。
「お姫様が、なんで?」
『久しぶりって言ってる辺り、ルイズとは顔見知りってとこだろうな』
きっとルイズ会って話がしたいがためにここへ来たのだと、ゼロが予測した。
「ああ、懐かしいわルイズ!またこうしてあなたと会えるなんて!!」
「いけません姫様!こんな下賤な場所へお越しになるなんて…」
ルイズは、すぐさま彼女を引き離して神妙な面持ちで跪く。
「そんな堅苦しい挨拶は止めてちょうだいルイズ。私たちはお友達じゃない。今日ここに来たのも、枢機卿に懇願してあなたの顔を見たかったからなのよ。あの時のあなたを見たとき、元気そうで安心したわ」
「私とお会いになるためだけにそんな…感激ですわ」
この国の姫が、自分に会いたいがために今この国を取り仕切っている枢機卿に懇願までしてくれたことにルイズは感激する。が、あの時?元気な姿を最後に見せたのはずっと昔のはず。ルイズは最初意味が分からずじまいだったが、すぐにその意味を理解した。サイトの爆弾岩発言で我慢ならずキレたときのことだ。
「ああ!いけない…私ったら姫様の御前だと言うのにとんでもない醜態を…恥ずかしゅうございます…ほらあんたも謝りなさい!」
よりによって姫の前であんなはしたないことをしでかしてしまったことを思い出し、ルイズはサイトの頭を掴んで無理やり頭を下げさせる。
「痛って!引っ張んなよ!」
「いいのですよ、楽にして」
アンリエッタは笑みを見せて顔を上げるように言うと、サイトの顔を覗き込むように視線を向けた。
「ふふ、私ったら野暮な女だわ」
「え?」
自分を野暮と言うアンリエッタに、ルイズは目を丸くする。
「だってその方、あなたの恋人なのでしょう?さっき部屋の前に私が立ったときだって、部屋の中から痴話喧嘩とか…ああやだ!私ったら。気になるからって聞き耳を立てるなんて、王女以前に淑女のすることじゃないのに」
もしや、さっきのデルフの軽口が聞こえていたのか?それを聞いて顔を真っ赤にしたルイズが首を乱暴に振って姫の言葉を正面から否定した。
「ちち、違いますわ!!この生き物はただの使い魔です!!恋人なんかじゃございません!!」
確かに恋人ではないが、ここまで言われるとサイトはなんか傷ついてしまう。…どうせ俺はルイズから見ればただの平民の使い魔でしょうよ。はぁ、地球の位置さえ分かればゼロに変身してとっとと帰りたいものだ。母さんだって心配してるだろうし、高凪さんたちやクラスメートたちの顔だって見たい。連鎖的に思いが渦を巻いていた。
「使い魔?人にしか、見えませんが…」
「人です」
不思議そうにサイトを覗き見るアンリエッタに、サイトは自分が人間だと主張する。
「そう言えば、もう一人この部屋にいたような気がしたのですが…窓から魔法で飛び降りたのかしら?」
「いえ、それはあの剣です」
ルイズが影に立て掛けられた剣=デルフを指さす。普通ならこの話の流れで剣を指さすなんておかしいが、この世界はリアルファンタジー。剣が喋ることだってあるのだから、アンリエッタはなるほどと納得した。
「まぁ、インテリジェンスソードだったのですか。ルイズったら、昔からどこか変わっていたけど、相変わらずね」
「好きでこんな使い魔と剣を引き取ってるわけじゃありません」
「俺だって好きで召喚されたわけじゃねーよ」
むすっとして言うルイズだた、対するサイトもぶすっとした態度でそう言った。
「なんですって!折角私が責任もって寛大に保護してあげてるのに!」
「あれのどこが寛大だよ!?人のこと勘違いでぶっ飛ばすことだってあるわ、いきなり蹴るわ、召喚された次の日には床の上でわびしい飯とか昨日だって」
「やややややめなさいよ!!姫様の前で!!私の品格が疑われるじゃない!」
赤裸々にこれまでの自分のサイトへの仕打ちは、姫様には絶対に聞かれてはならない汚点とも言えた。しかも危うく惚れ薬の効果で一時サイトにぞっこんになったことまで喋ろうとしたものだから、ルイズは必死にサイトの口を塞ごうとすると、アンリエッタはそんな二人を見てクスクスと笑っていた。
「ふふふ、ルイズったら。本当に変わらないわね」
すると、アンリエッタはルイズとの思い出を懐かしみながら当時のことを語り始めた。
「幼いころ、一緒に宮廷の中庭の蝶を追いかけて泥だらけになったことがあったわね」
「え、ええ!お召し物を汚してラ・ボルト様のお叱りを受けましたわ」
サイトからすぐ視点を移したルイズはその時のオチを思い出して言うと、さらにアンリエッタは他の思い出を語る。
「そう!もう一つあったわ。ふわふわのクリーム菓子を取り合って取っ組み合いになったわ。喧嘩になるといつも私が負けたものよ。あなたに髪を掴まれて泣いちゃったり…」
「まあ!姫様の髪を引っ張るなんて、あの時の私のなんて不遜なこと!でも姫様が勝利を収めたこともありましたわ」
「ああ、思い出したわルイズ!私たちが『アミアンの包囲戦』と呼んでいたあの一戦、私の寝室でドレスを奪い合った時ね!」
「ええ、宮廷ごっこの最中どちらが姫役をやるかでもめて取っ組み合いになって…」
「その時私の一発があなたのお腹に当たっちゃって…」
「姫様の前で気絶いたしましたわ!」
二人は数々の幼き日の思い出を話し、思わずあははは!と互いに笑い合っていた。
サイトと、ちゃっかり話を聞いていたゼロとデルフはアンリエッタの清楚なイメージとは大きなギャップのある思い出話に呆れていた。
『この姫様は、見かけによらずお転婆なんだな…』
「ああ…全くだな」
でも、ウルトラの星の王女である女ウルトラ戦士『ユリアン』も王女と言う身分にも拘らず前線に出て、幼馴染にしてウルトラ兄弟9番目の戦士『ウルトラマン80』と共に戦ったと言う話も聞いたことがある。城の中で清楚なキャラを通すだけが、何も姫の条件と言うわけじゃないと言う現れだ。
「でも羨ましいわ。こんなふうに楽しそうな日を毎日のように過ごせるあなたが…」
楽しそうに思い出を語った時のアンリエッタはとても楽しそうだった。でも、ルイズの手を取ると一転して沈んだ顔に変わっていた。
「姫様?」
急に憂い顔になってどうしたのだろうとルイズが尋ねる。
「王国に生まれた姫なんて、籠の中の鳥も同じ。飼い主の機嫌であっちに行ったりこっちに行ったり…」
ふと、窓の外から差し込む双月を見ると、アンリエッタは寂しげに言った。
「私、ゲルマニアに嫁ぐことに決まったの」
「ゲルマニアですって!あんな野蛮な成り上がりの国に!」
実家がキュルケのツェルプストー家と不仲な関係もあって、ゲルマニア嫌いなルイズは驚きと納得しかねる声を上げた。
『野蛮って点じゃルイズも似たようなもんじゃ…』
サイトへの理不尽な暴力を思い出すゼロは思わずそう呟きだすと、なぜかルイズがそれを察知したのかサイトを睨み付けてきた。
(ゼロ!余計なこと言うな!あいつ変なとこで鋭いんだから…)
ゼロの存在にルイズは流石に気付いていない。だから以前ゼロがサイトの体を一時的にのっとって自分の本名を明かした際、ルイズがサイトからまた『ゼロのルイズ』と馬鹿にされたと思って勘違い制裁を、他の誰でもないサイトが受けた。つまり普段のゼロの不手際は全部サイトが尻拭いしなくてはならないのである。だからサイトはゼロに黙るように言った。
「仕方ないわ。今のこのトリステインには強大すぎる脅威が迫ってきているもの。以前この魔法学院を襲った謎の円盤、トリスタニアに現れた怪獣、そしてモット伯爵の屋敷で起こった惨劇…。これらのような事件の再発防止と災害対策のためにトリステインは…いえ、ハルケギニアの各国は互いに力を合わせ力をつけなくてはならないわ。
なのに何もしないまま最初から諦めて、未だ権力を欲しいがままにするために腹の探り合いをする。アルビオンで乱を起こした叛徒たちなんて、こんな時に聖地を取り戻すなんて妄言のために民を巻き込んだ戦争を王室に仕掛ける…。
この時代の貴族は権力に溺れるばかり。力なき平民を導くための模範でなくてはならないというのに…。ああ、フィリップ三世がご健在だった時代はきっと今よりも…」
アンリエッタは、あのディノゾールによるトリスタニア襲撃事件の後、王室は対怪獣対策会議を執り行ったと言った。しかし、トリスタニアの被害は尋常ではなく、復興資金は馬鹿にならない額だった。しかもトリステインのエリートメイジたちの揃う魔法衛士隊が全く手も足も出ずに敗れ、再編成も困難な状況だという。国力低下が問題視されていたトリステインは必然的に他国の助力を借りることになった。無論これはよい機会でもあった。怪獣の脅威を他国に知らせることで各国に対怪獣警戒態勢を敷くことができる。だが、結果はアンリエッタやにとって望ましいものではなかった。
タバサの出身国とされている国ガリアの王ジョセフ一世。彼は全く興味を示してこなかった。それどころか、アンリエッタに対して「それはお気の毒に」と、言葉とは真逆の、何の憐みもない声で返事をした。適当に返事するだけで特にこれと言って協力する姿勢さえとってこなかった。アルビオンはというと、現在は王政を倒そうとする反乱軍のせいで内情なんて探ることもできない。さらにアンリエッタは知り合いの姫がいるという小国『オクセンシェルナ』にも協力を求めた。これは至って快く受け入れられたものの、トリステインからかなり遠い距離に位置している上にトリステイン並の小国であるため、あくまで念のためのレベルでしかない。ロマリアはブリミル教の総本山なために軍事力について期待はできない。新興国クルデンホルフも協力はしてくれているが、ハルケギニア一の竜騎士隊を持っている割に、トリステインの衛士隊の壊滅的被害を聞くと怪獣対策について消極的になった。だから一番頼れる国といえば、大国ゲルマニアだった。といっても、それは友好的な形とは程遠い。トリステインのヴァリエールとゲルマニアのツェルプストーが不仲であるように、幾度か戦争をしたことだってある。ゲルマニア皇帝アブレビト三世との会談も、腹の探り合いをするばかりだった。
アンリエッタはできればどこの国も怪獣の脅威に対して互いに、それも友好的に協力し合って平和な世界を目指すべきと考えている。だが、それは他国はもちろん自国の貴族たちからも鼻で笑われていた。国家間の複雑な内情など考えずに言った、平和ボケした妄言だと思われていた。
誰も彼も、己の権力維持に出世、要は己の利益ばかりを優先していた。誰も信用できないといった様子だった。彼らはこんな自分たちの醜い現状が、怪獣はもちろん、悪辣な侵略者に付けいれられる原因にもなっていると言うことにも、それ故にアンリエッタを笑う資格がないことに誰も気づかないままだったのである。
サイトはそれを聞いて複雑な感情を抱く。地球人も互いに醜い争いの歴史を積み重ねてきた。それは地球が怪獣や星人の被害に見舞われた頻出期時も続いていた。実際平和を望む星人を、星人を恐れるあまり地球人が殺してしまう事件さえあった。それらの間違いを経て地球人は成長を遂げていったのだが、この世界は地球と比べてもかなり出遅れてしまっていた。
このままでは、近いうちにこの世界は落ちてしまうのだ。
「姫様、お労しい…」
トリステインを守るために敵国にもなった経験もある、それも見栄を張るばかりのトリステインが特に嫌うゲルマニアに身を捧げることになるアンリエッタはまさに被害者。ルイズはそんなアンリエッタを憐れんだ。
「いいの。好きな相手と結婚するなんて、もう諦めていたから…。
この同盟に快く思わないアルビオンの恥知らずたちは、同盟を白紙にするための材料を探しています」
「同盟を妨げるもの?そんなものが…」
アンリエッタはルイズのその問いに対して「ええ」を頷いた。
「私がアルビオン皇太子ウェールズ・テューダー様に送った手紙です…」
「手紙…ですか?」
「それがアルビオンの貴族たちの手に渡ったら、彼らはゲルマニアの皇室にそれを届け、同盟をなかったことにするに違いありません。
私は愚かな女だわ。この国を危機に陥れようとする要素を、よりもよってアルビオンに残していた。これをマザリーニたちが知ったら、どれほど私に失望することか…。
でもその手紙を、なんとしてもアルビオン王室が倒れる前に取り戻さないとなりません」
ルイズは、その内容のことを聞きだそうと思ったが止めにした。幼き日に交し合った友情を忘れずにいたためだろうか。それに現在のこのトリステインがゲルマニアと同盟しなくてはならない現状に障害となる内容…。アンリエッタの言う手紙の内容におおよその察知が付いていた。窓の外から光を降り注ぐ双月を眺めながら、アンリエッタは話を続けた。
「この度の任務ですが、私が信頼におけるメイジに任せようと思います。腕利の、私にとっても数少ない芯を置けるお方に…っと。いけません、これ以上話し込むと歯止めが利かなくなりそうだわ」
そこまで話すと、アンリエッタは部屋の入口の方へと歩き出した。
「そろそろ戻らないと、また枢機卿に叱られてしまうわ。ルイズ、話を聞いてくれてありがとう。ここしばらくの間で、有意義な時間でした」
彼女はそう言うと、フードをかぶって部屋を後にしようとしたが、突如ルイズが彼女の傍らに跪いた。
「姫様…その任務、ぜひこの私にも引き受けさせてください!」
「「え!?」」
サイトとアンリエッタはルイズの突飛な申し出に絶句した。
「姫様、このような私を今もなお友とお呼びいただき感謝します。ですが姫様、恐れ多いことですが私もまた、この国の姫君であると同時に、あなたという友を強く想うからこそこの依頼を引き受けるのです!!確かに私は力不足かもしれません。ですが、姫様への忠誠心は誰にも負けないと自負できます!」
「いけませんルイズ!言ったでしょう、あなたは私の大切なお友達なのよ!友達を戦場に送るなんて、友人のすることなんかじゃないわ!」
すぐに我に返るアンリエッタは、血相を変えてルイズに言った。しかし、ルイズは引き下がろうとしなかった。
「なぜです!?」
「これは真実かどうか定かではありませんが、アルビオンに送った我がトリステインの間者の調査によると、あのアルビオンの叛徒たちは怪獣を操り、その力を持って設立から間もない期間で王室を圧倒し、壊滅的被害を与えたといいます」
「なんだって!!?」
サイトはそれを聞いて声を上げた。この世界の人間が、怪獣を使って他国を侵略している!?この世界の人間に怪獣を御せる力なんてあったか?…いや、そんなはずはない。だとしたら、この世界の人間はウルトラマンなしでも十分にこの星を守ることだってできたはずだ。だがこれまでの日々を過ごしてきたこと、そしてアンリエッタが話してくれたこの世界の現状を聞く辺り、そんなことはありえない。つまり…。
『クール星人以外にも、この世界に侵略目的の星人が潜んでやがる可能性があるな…』
ゼロも瞬時にサイトと同じ結論にたどり着いた。だとしたら不味い。いずれこの世界は、互いに腹の探り合いと醜い争いを続けているうちに、あっと言う間に隙を突かれて侵略者に飲み込まれてしまう。見過ごすことはできなかった。
でも、同時にこれは危険が伴う。それもウルトラマンの力を使っても手に余るかもしれないと言うのに、ルイズは無謀にも自分も行くと言っているのだ。
「ルイズ、俺も反対だ!!」
「なんでよ!あんたは私の使い魔なんだから、ここは私の力になることを躊躇っちゃダメでしょう!」
反対してきたサイトに対して、ルイズは怒りだした。自分のアンリエッタの力になりたいと言う気持ちを否定されているようで我慢ならなかったのだ。
「戦争中の国に行くんだぞ!しかも、怪獣を操って他国に侵略しようとしている奴らがいるんだ!もしかしたら人間と、命のやり取りしなくちゃならないかもしれないんだぞ!それがどういうことかお前はまずわかってもいないだろ!」
ルイズはゼロと馬鹿にされ続けてきた。だから少しでも見返したい、立派な貴族でありたいと言う気持ちが強く出すぎている。気持ちばかりで何も考えずに安請け合いする印象しか受けなかった。人間同士で殺し合いになるかもしれないのに…。
「そんなの関係ないわ!」
「関係ないだと…ふざけんなこの馬鹿!!」
サイトも引き下がれず、ルイズの言い分に怒りを露わにした。
「お姫様だって言ってるだろ!お前のことを大事に思っているからこそ、行かせたくないって言ってるんだ!ただでさえ望まない結婚をするお姫様に、今でも自分を友達だって言ってくれる人に、そんな残酷な選択をさせるのか!!」
「で…でも!!」
「それにお前、この前のフーケ討伐任務のときだって、無茶するだけで何もできなかったじゃないか!それどころか、危うく死ぬところだったんだぞ!!」
そうだ、今回は間違いなくあのフーケとの戦いよりも危険が待ち構えているに違いない。その時にただ無謀に突撃することしかできなかったルイズにいったい何ができると言うのだ。
「そ、それでも…それでも姫様のお力になるのを躊躇うわけにいかないでしょ!」
感情が高ぶって意固地になるルイズは、それでもサイトの言葉に耳を傾けようとしなかった。だめだ、なんとなくあのフーケ事件で学んでくれたのかと思ったら、こいつはちっともわかっていない。あの時と同じ間違いを犯してしまうだけだ。そうなったらきっと…。
(もう、目の前で大事な人たちが死ぬのを黙って見過ごしたくはないのに…!)
怪獣や星人の攻撃で荒れ果て、燃え盛る廃墟の街。そこをただひたすらボロボロの姿で歩き、泣き叫ぶ自分。
脳裏に、自分の辛い過去が過ったサイトはこの時決意した。
「だったら、俺が行く!!」
「は、はあああ!!??」
今、こいつは何と言った?自分が行くだと?
「俺が行けば、ルイズは傷つかないし、下手な無茶だってしないと約束できます」
「ご主人様そっちのけで何言いだすの!それじゃあ私があんたより役不足みたいじゃない!」
「ルイズ、使い魔さんの気持ちを無下にしないであげてちょうだい」
このままだとルイズとサイトの口喧嘩は延々と続く。アンリエッタはルイズを引き留めることで、二人の口論を中断させた。
「使い魔さん、ありがとう。あなたのように優しい殿方がルイズの使い魔で安心しました。でも、あなたもルイズとは決して無関係ではありません。あなたにこの任務を与えることはルイズにも迷惑をかけることになります。ですから…」
どうかルイズと共に、この任務に参加しようとは思わないでほしいと願ったアンリエッタだが、サイトはアンリエッタが続けようとしたところでその言葉を遮った。
「俺、行かなくちゃならない理由があるんです」
「え?」
「俺は、地球と言う星からルイズに召喚された…いわゆる異星人です」
異星人と言う単語に、アンリエッタはキョトンとして首を傾げた。だがサイトの言葉を全く理解していないわけじゃない。
「異星、人…?その言い方だと、他の星には人がいて、あなたがその一つの星から来たように聞こえますが…」
このハルケギニアに宇宙と言う概念は地球ほど発展していない。もしかしたらかのプトレマイオスが提唱していた天動説がそうだったように、この星が世=宇宙の中心ですべての星々はその周りを周っているなんて思っているかもしれない。まさか他の星に知的生命体がいるなどは考えてもいないようだから、すぐに信じることはできなかった。
それでもサイトは、自分の抱く思いを告げた。
「その通りです。俺の星、地球はこの世界と同様、怪獣や侵略目的で侵攻してきた宇宙人たちの脅威に晒され続けてきたんです。その度に、ウルトラマンが俺たちを助けてくれました。もしかしたら、この星にも怪獣だけじゃなく星人の脅威がこの先迫ることになるかもしれない、もしかしたらすでにこの世界に及び始めているかもしれない」
いや、もう及んでいると考えるべきだろう。自分が召喚されて間もない日に現れたクール星人。それにアルビオンの反乱軍が怪獣を操って王党派を滅びに導こうとしている話。サイトはこれを聞き逃すわけにいかなかった。
「今お姫様が言ってたアルビオンに、それらに関連した何かあるのかもしれない。
俺は、それを確かめたいんです。この星も地球と同じ危機に陥ってるなら、それを何とかしたいんです!」
サイトは強く心の底から思っていた。実際中学生の頃にこの身で怪獣の脅威を体験した。それはもう、毎日が戦争と言えるもので、自分も被害にあった。あんな痛い思いをこの世界の人たち…ルイズたちにも及ぶと思うと耐えられなかった。
「使い魔さん…」
サイトの強い信念に、アンリエッタは感銘を受けた。その反面、やはりそれでもいかせたくないと言う想いも募る。他者のためにこんな強い信念を持てる人間は最近の欲の皮ばかり張る貴族連中には見当たらない。こんな強い人物こそ次代に生きるべきだから、アンリエッタはやはり断ろうとする。
「やっぱり、私も行くわ」
が、そんな思いに反してルイズは再び自分も任務に行くことを進言した。
「ルイズ!」
止めさせようとサイトがルイズに言おうとすると、ルイズがサイトが言うより先に自分の考えを、同じように話を聞いているアンリエッタにも聞こえるように告げた。
「あんたの言いたいことはよくわかってるつもりよ。でも、だからって何もせずに逃げ続けたら、それこそ何もできずに終わるのを待っているだけになるじゃない!あんたの世界の人間だって、ただ指を咥えてウルトラマンが勝つのを見たままでいる訳にはいかなかったから怪獣に立ち向かえた。違う!?」
「!!」
まさか、ルイズにこうして言い負かされてしまうとは思いもしなかった。実際ルイズの言う通りだ。これまでの地球防衛軍はウルトラマンでさえ敗北に追い込んだ怪獣にさえ、絶対に屈することはなかった。それどころか、明日の勝利を信じて作戦を立て、力を蓄え、数々の脅威から地球を守って未来を切り開いてきたのだ。
すっかり思い込んでいた。この国の貴族たちは見栄を張るためなら命の危機にさえ無謀に飛び込むとばかりに思っていたが、今のルイズの言葉はまさにこれまでの地球防衛軍の勇敢なる戦士たちの思いそのものだった。
「そうだぞサイト、ルイズの言っていることは正しい」
キザったらしい言い方と共に、ルイズの部屋の扉がギィ…と開かれた。
侵入者か?それともアンリエッタを追ってきた者なのか?サイトはとっさにデルフに手をつけた。しかし、入って来たのは少なくとも怪しい人物ではなかった…いや、違う意味で怪しい男だった。そこに入って来たのはなんと、ギーシュだったのだ。
「「ギーシュ!?」」
「お話は全て聞かせていただきました」
ギーシュはルイズの許可もなく、突如の曲者登場に困惑気味のアンリエッタの前に跪いて言った。
「聞くと言うか盗み聞きだったじゃない!っていうかあんた、ここ女子寮と知ってここにいる訳!?」
実際ギーシュは、ルイズの部屋を来訪しようと夜の女子寮を徘徊していたアンリエッタの姿を見ると、予定していたモンモランシーとの愛の語らいをそっちのけで彼女をストーキングしていたのである。
ルイズが怒ったように強く言ったが、ギーシュは怯まず立ち上がり、自分に任せてくれと言うようにバッ!と自分の胸を手で触れた。
「姫殿下。このギーシュ・ド・グラモンにもその任務、是非とも仰せ付けください!」
「グラモン?もしや、あのグラモン元帥の…」
「はい、息子にございます」
ギーシュの父親も、トリステイン貴族では名を馳せた人物である。余談だが、息子同様女好きであることも有名で、結構問題視されてもいた。
「お父様も勇敢で立派な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるのですね。頼もしいわ、ギーシュさん」
ギーシュは、アンリエッタが自分の名を呼んだこと、その時の花のように可憐な笑顔にメロメロになる。
「ああ…姫殿下が僕の名前を…」
大丈夫かこいつ?ホワンホワン…と失神しかけるギーシュを、サイトとゼロ、ルイズは呆れた表情で見た。
「…どうしてもルイズ、行くと言うの?」
「はい!必ずや成し遂げて見せます!たとえ姫様が頼まなくても、私が直接言ってウェールズ皇太子にお話をつけてきます!…文句は言わせないんだからね、サイト?」
ギーシュまでも押しかけるような流れも加わり、こうなるとルイズはてこを捻っても自分を曲げてこない。昔喧嘩した時とかがそうだったし、今も当時からの性格の表れと悟ったアンリエッタは、もうルイズを止めても無駄だと判断した。
「ウェールズ皇太子はニューカッスル付近に陣営を構えていると聞いています。アルビオンの反乱軍があなたたちの目的を知ったらあらゆる手を使って妨害しトリステインを危機に追い込むでしょう……」
アンリエッタはそう言うと、一通の手紙を取り出し、それを胸に強くぎゅっと抱きしめた。恐らく、話にあった手紙とは別に用意した、ウェールズ皇太子に送る密書だろう。
「姫様?」
「いえ、何でもありませんわ」
アンリエッタは手紙を胸に添えた。そして窓の外に向いた。
「始祖ブリミルよ。この自分勝手な姫をお許しください。自分の気持ちに嘘をつくことはできないのです…」
密書にも拘らず恋文をしたためるように、赤く頬を染めながらも悲しげに呟いていた。
「ルイズ。この手紙は任務を請け負うメイジに預けるはずだった手紙です。この任務を引き受けてくださる方にお渡しするつもりでしたが、あなたの方が大事に持ってくれると信じ、これを預けます。ウェールズ皇太子に会ったらこの手紙を渡してください。すぐに例の手紙を返してくれるでしょう。それから…」
アンリエッタは自分の指に付けていた指輪をルイズの右手の中指に通した。その指輪の宝珠は、カラータイマーにも匹敵する水のように青く綺麗な輝きをしている。
「母上から頂いた水のルビーです。せめてものお守りです。売って旅の資金にしても構いません」
「姫様、こんな貴重なものを!」
アンリエッタの母、つまりかのマリアンヌ太后のことだ。そんな国の頂点とも言える方から授かった貴重なものを預かるなんてできない。ルイズは断ろうとしたが、アンリエッタは指輪をはめたルイズの右手を握ってまっすぐルイズを見る。
「いいの、黙って受け取って頂戴。これからあなたたちを危険な戦地へ送ることになるのです。これくらいのことはさせてください」
「…わかりました」
ルイズは自分の右手に装備された水のルビーに触れながら、深々と頭を下げた。
「頼もしい使い魔さん」
次にアンリエッタは、サイトの方を向いた。
「さしつかえなければ、あなたのお名前を聞かせてもらえますか?」
「え?あ、ああ…平賀才人って言います。サイトって呼んでください」
サイト?ハルケギニアでは変わった名前なので、アンリエッタは名を聞いたときは少しきょとんとしつつも彼の名前をしっかり頭の中に刻み込んだ。
「サイトさん、ルイズは私にとって大事なお友達です。いかに怪獣を従えたあの反乱軍たちでも、トリステインとゲルマニアの同盟を厄介に思っているはず。きっと僅かな隙さえも突こうとあなたたちを狙ってくるでしょう。ですから、ルイズをどうか、守ってあげてください」
さっきの話だと、アンリエッタは宮廷内でも心を許せる相手はほとんどいなかった。ルイズは今の彼女にとって、心を許せる数少ない存在。そんな彼女を結局危険な国に向かわせたことに強い責任と重圧を感じていたことが表情に出ている。
「…はい!」
サイトは真剣な顔で強く頷いて見せた。
「水のルビーがアルビオンの吹く猛き風からあなた方を守りますように…」
翌日から行われる任務において、ルイズたちが無事に戻ってくることを、アンリエッタは夜の双月に祈るのだった。
トリステイン王国の端に存在する、一つの街があった。
名前はチェルノボーグ。このトリステインにおいて最大級とされる監獄が設備されている。その牢獄の存在のせいか、チェルノボーグは地獄の代名詞的な意味合いを持つほど、民たちから畏れられる街となった。
その牢獄内にて、多くの囚人たちがそこに収容されていた。
「アルビオンの王様もこれで終わりって奴だね!」
「んだ。いやはや、共和制の始まりって奴かな?では共和制に乾杯ってやつよ!」
アルビオン王国の王党派たちの身を強く案じているアンリエッタがこの会話を聞いたら、どれほど怒りを露にすることだろうか。そんなことも露知らないし、知ったことでもない囚人たちは牢獄の中でゲラゲラ笑っていた。
「乾杯って、ここは酒場じゃねえんだぞ?」
囚人の一人が呆れたように言う。それにしても、牢獄名だけあってかなりしけた場所である。刑を受けるまでずっとここにいさせられると思うと気が滅入るものだ。できることなら脱獄でも釈放でもいいから、とっととここから出て酒場の酒を飲みあさりたいと、ここにいる誰もが思っていた。
と、その時だった。
「な、なんだ貴様…うあああ!!」
さっきまでここで会話をしていた囚人たちがいる場所は地下だ。地上から降りる階段から、看守の兵士が転がり落ちてきた。すると、入口の階段からコツコツ、と黒いマントに身を包み、仮面で素顔を覆い隠した男が降りてきた。
「…っち、『土くれ』を雇うために来たんだが、いなかったようだな」
この男、この口ぶりからすると、フーケことマチルダがここに捕まっている前提でここに来たようだが、肝心の彼女はウエストウッド村にいる。当てが外れたことに男はため息をついていた。
「な、なんだお前!?」
囚人の一人が鉄格子の外から見えるその男を見て叫ぶ。
「…まあいい。お前たち、ここから出たいか?」
男は上から目線的な言い方で囚人たちに尋ねる。そう言われると、囚人たちはたちまち「当たり前だ!」とか「こんなしけた場所よりシャバの空気が吸いたいぜ!」と口々に叫び始めた。
「出るには条件がある。我らに協力してもらおう。
我らは国の将来を憂い国境を越えて繋がった貴族の連盟。時期にアルビオン王政府は倒れる。そして現存する愚かな王族を打倒し、ハルケギニアを一つとしエルフに奪われし『聖地』を奪還するのが、俺たちの目的だ」
「ってことは、あんたはアルビオンの貴族派ってとこか。なら話は早い!乗ったぜ!」
「ここから出してくれるってんなら、なおさらいいぜ!なんでも言うこと聞くぞ!」
たくさんの囚人たちが話に乗っていくが、中には参加を渋る者もいた。
「おいおい!エルフって正気かよ!千のメイジをたった一人で倒せる化け物どもにどうやって戦争で勝てって言うんだよ!」
エルフがメイジを圧倒すると言う話はすでに常識としてハルケギニア中に伝わっていたようで、この男もそれを熟知している様子。仮面の男に従うことを渋る理由もそれにあった。しかし、仮面の男はふ…とおかしそうに笑った。
「安心しろ。今の我らは、エルフ共の使う先住魔法など恐るるに足らん。塵も等しい。現に俺は、ある方から一人どころか、何千ものエルフを簡単に蹂躙できる力を授かったのだからな」
「…信じていいんだな?」
正直そのエルフを凌駕すると言うその力に疑いがある。でも、囚人は仮面の男の言葉に嘘だ!と反対できなかった。この街の牢獄に引き渡されるような所業を繰り返す中で培った勘がそうさせていたのかもしれない。もしこの男に従わなかったら…。
囚人の問いに、仮面の男は「約束しよう」と言って頷いた。しかし、次の仮面の男の言葉は、その囚人の悪い予感を的中させることになった。
「だが、参加を決めてくれたのはありがたいが、言わねばならんことがある。よく聞け。
金はいい値を払ってもらおう。だが俺はアルビオンの王のように甘っちょろくはないもし逃げたら…」
――――殺す。
その時、囚人たちは一瞬にして後悔したかもしれない。その男があまりにも恐ろしく感じたからだ。でも、この男が自分たちに目を付けたその時から、自分たちはこの男に命を握られたと言うもの。もう逃げ場など、どこにもなかった。いや、すぐに殺さないだけありがたい。どのみちここで待っても死刑を待つものだっている。彼らは、大人しくこの男に従うことにした。
「監獄に脱走者あり!直ちにひっ捕らえろ!!」
しかし、囚人の脱獄と言う事実を他の看守たちが見逃すはずもない、直ちにチェルノボーグの看守たちは、逃げ出した囚人と、それを手引きした仮面の男を探し出す。
「いたぞ!あそこだ!」
街の外にて、脱獄者たちを追っていた看守のメイジが指をさした方角には、囚人たちとそれを引き連れている仮面の男がいた。しかし仮面の男だけではない。もう一人、黒いローブに身を包んだ大男がいる。
「ち、もう追っかけてきたか!」
囚人たちは苦虫を噛み潰すように顔を歪めるが、仮面の男と大男は全く慌てた様子を見せなかった。
「観念しろ!このチェルノボーグからは誰も逃がさん!」
流石は国一番の監獄、看守の数もその質も伊達ではなかった。すでに自分たちの周りには数えきれないほどの数を誇る兵士たちが取り囲み、上空もここに勤務している竜騎士たちによって埋め尽くされていた。八方ふさがり、囚人たちは絶望した。
「ああ!メイジがもうこんなに…!!」
「だめだ…もう俺の人生、オワタ…!!」
「くっそがあああああ!!折角外に出た暁に好き放題やってやろうって思ってたのに!」
せっかく自由を手に入れたかと思った矢先にこんなオチは最悪だ。死刑より軽い刑の囚人たちには、きっと脱獄する以前に言い渡された刑のさらに上の罪状を言い渡されるに違いない。
「無駄な抵抗を止めて牢獄に戻れ!」
指揮を執るメイジの男が囚人たちと仮面の男に向けて呼びかけるが、仮面の男は全く動じることもなければ、看守側の警告に応じることもなかった。
「そいつらを下がらせろ。焼かれたくなければな…」
「……」
逃がさせた囚人たちに、大男に言われたとおり仮面の男は自らの後ろに下がらせる。言われるがまま後ろに下がって行ったが、仮面の男たちの何一つ慌てる素振りさえない様子に囚人たちは困惑する。
「見せてやろう。俺が授かった…エルフさえも凌駕する力をな」
その時、囚人たちは目を疑った。不敵に笑い声を漏らす大男の姿が見る見るうちに大きくなっていった。いや…大きくなったと言うよりも、異形の姿へ変貌していったのだ。3メイル、10メイル、20…いや、50メイル以上もの姿に…。
「死ネ」
それが、チェルノボーグに勤める看守たちが最期に聞いた言葉だった。
その日、チェルノボーグは謎の巨大生物によって壊滅。奇跡的に生きていた生存者の証言によると、収容されていた凶悪犯たちも正体不明のメイジによって全員脱獄してしまったと言う。たちまちその知らせは、トリステイン中に恐るべき事実として知らされることとなった。
ルイズたちがアンリエッタからの任務を請け負った夜の翌日。
まだ霧が立ち込めるほどの早朝、慣れない早起きでサイトは大きなあくびをしながら馬小屋から馬を引っ張っていた。
「…」
結局ルイズはあの任務を引き受けてしまった。反対はしたのだが、自分たちもただ指を咥えたままでいるべきじゃない、そんな言葉を聞かされてしまうとサイトも何も言えなくなってしまったから、結果的にギーシュともう一人、姫が本来任せることになっていたメイジの四人の旅となった。
「なんだいサイト、朝からため息とはだらしがないぞ。気合を入れたまえ」
「お前は入れすぎだろ。馬がかわいそうだ…」
呆れながらそう言うサイトの目には、薔薇やレースで飾られてギーシュに引っ張られる無残な姿の馬があった。
「そうそう二人とも、頼みがあるんだ。僕の使い魔を連れて行きたい」
「使い魔?」
サイトは目を丸くする。ギーシュに使い魔なんていただろうか?
「何言ってるのよ。あんたの使い魔って、確かジャイアントモールだったでしょう?」
話を聞きながら、馬を引っ張ってきたルイズは反対した。ギーシュはその返答に不満そうに言い返す。
「何を言うんだい。僕に、かわいいヴェルダンデを置いて行けと言うのか?」
「あの…その…なんだっけ?ジャイアンモード?それってなんだ?」
凄まじくネーミングセンスに危険なにおいを感じるような言い方をするサイトに、ギーシュは目くじらを立てた。
「なんだね、そのいかにも音痴な歌どころか、殺人的音波を発しそうな種族名は!『ジャイアントモール』と言うのだよ!」
「はいはい。んで…それってなんなんだ?」
「ふう、やれやれ。君は何も知らないんだな。なら、実際に見せてご覧にいれよう!さあおいで!僕の可愛いヴェルダンデよ!」
ギーシュが来たれ!と両手を広げて天を仰ぐと、彼の近くの地面がボコリと盛り上がり土が弾けた。
「おわぁ!なんだ!?」
サイトは思わず飛び上がってしまった。すると、地面に開いた穴から、大きな毛むくじゃらの生き物が顔を出してきた。
『で、デカ!モグラなのか?それとも、怪獣なのか?』
ゼロがその姿を見て、何かのモグラ型怪獣の子供なのかと思ってしまう。
「おお、ヴェルダンデ!今日も僕の声が聞こえてたんだね!」
その巨大な土まみれのモグラに、ギーシュは名を呼びながらガシッと抱きつく。
ジャイアントモール、訳すとそのまま『巨大なモグラ』である。その呼び名通り、ギーシュの使い魔とはこの巨大なモグラだったのである。毛深く丸っこい体格とつぶらな瞳を持ち、体のサイズもギーシュより多少大きく、見る者によっては、まぁ確かに愛らしさのある外見をしていた。
「君はいつ見てもかわいいな!ミミズをたくさん食べてきたかい?」
「モグ!」
頬ずりしてくる主に、鳴き声をあげながらヴェルダンデもすり寄ってきた。互いが互いを溺愛し合うその様に、サイトは呆然とする。
(こいつ、実はそんなにモテてない気がするな…)
『貴族って、変なのばっかだな』
ゼロはギーシュを最初に見たときから変だとは思っていたが、今日はより輪をかけてさらに変な奴と思うようになった。というかバッサリ言ってしまえば、最初からただの変人である。
「ギーシュ、あんた私のダメ!って言った意味を分かってないの?私たちアルビオンに行くのよ?モグラなんて連れてけない…きゃ!?」
皆もすでに知っていると思うが、アルビオン大陸は空に浮かぶ浮遊大陸だった。つまり必然的に地上から離れなければそこへ辿り着くことができない。ジャイアントモールの場合はどうなのかは不明だが、モグラは長時間地面の上に生きることができるほど丈夫ではないはずだ。
と、ここでルイズが悲鳴を上げる。ヴェルダンデがいきなりルイズに飛び掛って押し倒し、鼻で彼女の体をまさぐり始めたのだ。そのせいか、ルイズはスカートを乱してピンク色のパンツを派手にさらしてしまう。
「きゃあ!?ちょっと、どこ触ってんのよ!」
充血した鼻を押さえながら、サイトは珍妙なものを見る目でルイズを襲うヴェルダンデを見る。
「…主人に似て女好きなんだな」
「その言い分に凄まじく文句を言いたいのだが……」
サイトのたった今の状態からして言い返したいが、敢えて言い返さなかったギーシュ。ヴェルダンデが鼻の先をひくつかせながら、ルイズが右手の薬指に鼻を擦りつけようとしていた。
「ああそうか、ヴェルダンデは宝石好きだった。ルイズが姫様からお預かりになった水のルビーに興味を持ったのか」
「なんですって!?無礼なモグラね!姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないでよ!」
怒ったルイズは右手を遠ざけようとするが、ヴェルダンデはしつこく水のルビーに鼻をくっつけようとする。
「…イヤなモグラだな」
「イヤとか言わないでくれまたえサイト!ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれる、『土』系統のメイジたる僕にとってこれほど素晴らしいく素敵な協力者はいないんだぞ!!」
ギーシュが力説する一方で、ヴェルダンデの暴走は収まらないせいでルイズは地面の上をのたうちまわっていた。
「こ、こら!!止めなさいって言ってるでしょ!!あ、ダメえええ!!」
『………お~いサイト、お前助けなくていいのか?』
は!!?頭の中に響くゼロの呆れる声にサイトは我に返った。しまった!俺としたことが、いつの間にか巨大モグラと戯れる美少女と言う官能的な光景に我を忘れていた!
『鼻の下伸ばしてんじゃねーよ。いけないんだ~』
『う、うるさい!何見てなかったことにしとけ!』
『何も見てないことにしてください、だろうが。こういう時はよ』
ええい、ゼロなんか無視無視!こんなところ、地球にいる母さんやクラスメートたちには見せられない!!ここでルイズを助けないと後でどんだけどやされることか。ギーシュには悪いがとりあえず適当にぶっ叩いてヴェルダンデを気絶させようとしたその時、突如竜巻でも起こったかのような突風が吹き荒れ、ヴェルダンデは吹っ飛んでしまった。
「ヴェルダンデ!だ、誰だ!?僕の可愛いヴェルダンデを!」
自業自得だが、使い魔を吹き飛ばされたことに憤りを覚えたギーシュは杖を構え、突風が吹いた方を向いて杖を構えた。
「上か!」
サイトが頭上から気配を感じて見上げると、霧のかかった空の中から何かの唸り声が聞こえる。
「こんな形の挨拶ですまない。なにせ、婚約者がモグラに襲われるのを黙って見過ごすほど非情になれないからね」
上空から、一話の大きな四足歩行の鳥…グリフォンが舞い降りてきた。その背に乗っていた男を見て、ギーシュとルイズが驚きの声を上げる。
「ワルド子爵!?」
それは先日の王女の来訪の際、ルイズがやたら見とれていた男、魔法衛士隊グリフォン隊隊長のワルドだった。
「では、姫殿下が本来頼むはずだったと言う方って…」
「そう、僕のことだよ」
「あ、あの…申し訳ありません。使い魔については僕の監督不行き届きだというのにご無礼を…」
ギーシュはヴェルダンデのことも含め、頭を下げて謝罪すると、ワルドも逆にギーシュに謝ってきた。
「いや、僕の方こそ君の使い魔を吹き飛ばして済まなかったね。でも加減はしたから大きな怪我はないはずだ」
「でも、驚きましたわ。まさか、ワルド様がこの任務を請け負っていたなんて…」
「お忍びの任務の上に、魔法衛士隊が先日の怪獣騒ぎで壊滅的被害を受けたおかげもあって、僕しかこの任務を請け負うことはできなかったからね。
それにしても久しぶりだね、『僕のルイズ』」
「「僕のルイズ!!!?」」
まるで自分のものとでもいうような発言にサイトとギーシュは驚きの声を上げる。一方でルイズは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。二人を無視して、ワルドは幼子に高い高いをするようにルイズを高く抱き上げた。
「はは!相変わらず羽のように軽いな、君は」
「お、おやめください!!」
下ろしてくれと赤面したままルイズはうろたえた。サイトは、自分でもわからなかった。なんで、自分はこんなにもこの男を見て動揺している?
「あの…お二人はどういった関係で?」
「ルイズから聞いてなかったかい?僕はルイズの婚約者だと」
――――はい?
サイトとギーシュは目が点になった。今なんと仰ったのでしょうか?
婚約者?フィアンセ?ってことは…。
「「ええええええええええええええええええええ!!!!!!?」」
こいつがルイズの婚約者だって!?
後書き
・解説
オクセンシェルナ:
ゲーム「夢魔が紡ぐ夜風の幻想曲」登場のオリジナルヒロイン、クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナの出身国。作中では明確な国名が明示されていなかったので、アンリエッタの苗字と国名が同じであることに習い、本作では仮に「オクセンシェルナ」と名付けている。
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