ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
遭遇-コンタクト-part2/もう一人の巨人
モット伯爵の部屋では、椅子に偉そうに座る伯爵と、その隣で茶を注ぐシエスタがいた。
「どうだ?ここでの仕事には慣れたか?」
「はい…」
頷いてはいるが、シエスタの表情はどこか悲しげに見えた。
「わかっていると思うが、私はお前をただの使用人として雇ったわけではない。今日の夜伽が楽しみだ」
モット伯爵はシエスタの匂いを嗅ぎだし、おかしなところまでベタベタ触りだす。
「……」
正直一人の女としてこんなことをしてくる伯爵のことをシエスタは激しく嫌悪していた。今すぐ逆らいたいところだが相手は魔法を使う貴族。無力な自分にはどうしようもない。その時、兵士の声が扉の方から聞こえてきた。
「伯爵様。サイトと名乗るものが面会を求めています。」
「サイト?聞かぬ名前だな」
(サイト?まさか…)
その名で彼女の脳裏に真っ先に浮かんだのは、貴族の男に奇跡的な勝利を得た青年だった。
どうせ時間はまだあると思い、モット伯爵は面会用の部屋に入って、サイトを見たとたんに興をが削がれたようにため息をついた。
「なんだ、誰かと思えば平民ではないか。わざわざ平民がこんな夜更けに出向くとは、何の用だ?」
「シエスタを返してください!」
そのサイトの言葉を聞いた伯爵は鼻でふっ、と笑う。
「何を言い出すかと思えばそんなことか。あやつは私の使用人だ。何をしようが主の自由」
「やっぱりそのために…!」
わざとらしくしっしと虫を追い払うように手を振る伯爵の姿に、サイトは怒りで身を震わせていく。
「この伯爵たる私に、平民が奉仕するのだ。これとない名誉ではないか?」
この勝手すぎる貴族の意見に、ついにサイトの怒りが沸点を超えた。
「ざけんな!何が名誉だ!汚ないぞ!シエスタが逆らえないからって!」
「汚いだと?平民ごときがこの私に無礼な!」
「無礼?は、言ってろ!あんたこそ無礼じゃねえか!いくら貴族だからって権力を盾に、嫌がる女の子を体目的で無理やり連れ込むなんて、貴族以前に人間としても男としてもあんたは最低最悪だ!!」
「き、貴様…!!」
サイトの言い分は正論だ。だがこの世界の貴族からすれば、たとえ正論であろうと、貴族を侮蔑した礼儀知らずの無礼者。伯爵はたかが平民の小僧ごときに舐められたと思い、その手に持っていた杖でサイトを始末しようと画策する。サイトもまた剣を構えて応戦しようとした。
「この私を愚弄するとはいい度胸だ。いいだろう!始祖の名において貴様を…」
『サイト。ここは流石に強行突破が一番じゃねえか?軽く脅しちまえば、あの生意気な親父の大人しく言うこと聞くんじゃねえの?』
ゼロの声が聞こえてきたが、無視した。
「お待ちください!」
伯爵が杖を振ってサイトに攻撃を仕掛けようとした途端、シエスタが伯爵の部屋に飛び出してきて彼の前に跪いた。
「伯爵様!どうかこの方をお許しくださいませ!代わりに私がどんな罰もお受けします!どうか!」
サイトが来訪したと聞いて、扉の外で聞き耳を立てていたのだ。しかも伯爵がサイトに杖を向けた途端、いてもたっていられず、無礼を承知の上で伯爵にサイトを助けるよう懇願しに来たのだ。自分のためにサイトが傷つくことになる。それが耐え難かった。
「シエスタ!退いてくれ!」
サイトが叫ぶ。すると、平民を相手にムキになり過ぎたと彼なりに自省した伯爵は杖を下げた。
「…ふう、ならば条件を付けようではないか。平民よ」
「条件?」
伯爵の言葉にサイトが目を細める。
「実は私は書物集めを趣味としていてな、貴重な本となると喉から手が出るほどほしいのだ。そこで、貴様にはある本を持ってきて私に渡してもらいたい」
「なんですか?」
「ゲルマニア貴族が家宝として大事にとっておいているとされる本があるというのだ。それを持ってきたのならば、シエスタを返してやろう」
「そんな!」
いくらなんでもそんな当てのないものを探しに行けと!?
「相棒。ここはいったん引け。あまりことを荒げちまうとメイドの嬢ちゃんにも迷惑を駆けちまうことになるぞ?」
「…約束は守ってくださるんですよね?」
デルフがサイトに声をかけて彼を落ち着かせると、サイトは深呼吸した後、伯爵に尋ねる。
「私は貴族だ。嘘は言わんよ。期限はとらぬ。いつでも持ってくるがいい」
サイトとしてはかなり難易度の高い条件だとは思ったが、デルフの言う通り、あれだけえばる貴族がチャンスをくれただけまだましだ。
渋々ながらも納得したサイトはいったん伯爵の屋敷を後にした。
「全く、せっかくの楽しみを邪魔するとは野暮な平民よ。さてシエスタ、お前は湯あみをしてくるがいい。今夜の相手、務めさせてもらうぞ?」
部屋を出たサイトを見て、フンと鼻息を飛ばすと、伯爵はシエスタに顔を近づけてそう言った。断ることは許されない。シエスタに許された言葉は、たった一つだけだった。
「…はい」
シエスタが去ると、伯爵は部屋に置いてあるハンドベルを鳴らすと、雇っていた兵の一人が彼の部屋を訪れた。
「シエスタが湯あみを澄ませるまでの間、あの小僧を始末しておけ」
なんということか。貴族として約束は守ると言っておきながら、伯爵はサイトを殺せと命じたのだ。ゲルマニア貴族の家宝…まあ持ってきてくれたらそれはそれでありがたいと伯爵は思っていたが、そんないかにも貴重そうな物品を平民が持ってこれるはずもない。まして無礼を働く生意気な平民、だったら見せしめに殺して、他の平民が逆らわぬようにしてやろうと言う悪辣な魂胆があった。
そんなことも知らないまま、伯爵に命じられるまま、シエスタは風呂に入っていた。貴族御用達なだけあってこの風呂場の環境は平民の自分にはもったいないくらいの設備だった。しかし、彼女は風呂に入って気持ちが晴れることはなかった。寧ろ…。
「シエスタさん、伯爵がお待ちです。早くおあがりください」
屋敷に仕えるばあやが、風呂の外から声をかけてくる。とりあえずはい、と答えたシエスタ。その表情はすぐに沈みきったものになる。
「サイトさん…」
ポツリとサイトの名をつぶやいた彼女の目から、小さなしずくが湯船に流れ落ちて溶け込んでいった。
だが、危機が迫っていたのはサイトだけではなかった。さきほど上がるように知らせてきたばあやが、まるで童話に搭乗する魔女のような気味の悪い笑みを見せながら、自分の腕を舐めとっていた。だが驚くべきはその異様な仕草以上に、皮膚のない膨れ上がった筋肉に何十センチもなびきっている鋭く鋭利な爪。彼女の腕が、見るからに人間のモノではなかったことだった。彼女は、入浴しているシエスタの元へ抜き足差し足と、静かに近づいて行った。
サイトはその時、屋敷から外に出て門をくぐろうとしたところで、伯爵の屋敷に仕える衛兵たちに取り囲まれてしまった。
「相棒、俺を抜け!」
「!?」
「悪く思うなよ。これは伯爵様からの命令だ」
兵の一人が、人のそれとは思えない下種な笑みを見せた。サイトは今すぐに、あの伯爵に意趣返しをしてやりたいと言う衝動に駆られた。あの髭親父、最初からこっちの約束を守る気もなかったと言うのか。デルフを引き抜いたサイトの左手が、ギーシュの決闘の時と同様青く光り輝く。体が軽く感じた。このルーン、剣を握ると光るようになっているのか?
「ふ!」
流石に本気で斬るわけにはいかない。峰打ちでいこう。サイトはデルフの峰を相手に向け、目には止めきれないほどの速さで剣を振った。一人の衛兵がそれをこめかみに食らって昏倒する。続いて別の兵が槍を突き出してきたが、サイトはそれを飛び越え、頭上からデルフを振り下ろして、相手の衛兵の脳天に峰を叩き込む。兵の中にメイジはおらず、ほぼギーシュと戦った時のような展開だった。時に相手の武器をたたき割り、時には相手の顔を殴り飛ばしたりして圧倒していたのだが、サイトは何か奇妙なものを感じる。気絶するだけのダメージは与えているはず。なのに、誰一人として倒れようとしなかったのだ。
「変だ…こいつら全く倒れやしないぞ!」
「見ろよ相棒。こいつら、目がおかしい」
デルフがそう言うと、サイトは彼に言われた通り敵の兵士たちの目を見る。目の焦点が、合っていない。まるで麻薬に手を染めてしまったせいで頭がおかしくなってしまったかのように目がイってしまっているのだ。サイトは彼らに対して薄気味悪さを覚える。
まるで死人じゃないか。すると、ゼロがサイトに警戒心を露わにした声で語りかけてきた。
『サイト、こいつら人間じゃないぜ』
「え?」
『こいつらは、多分肉人形にされた死体だ』
に、肉人形…死体!?サイトは青ざめた。だとしたら納得がいく。死人が痛みを感じるはずもないし、体力の限界を感じ取ることができるはずもない。気絶するだけのダメージを与えたところで倒れないわけだ。
なぜ、この人たちが死体に?まさか、伯爵が彼らを操っているのか!?わざと彼らを殺して、思いのままに操るために!
でも、どうしたら彼らを止められる?彼らをバラバラにすることか?いやだ!サイトは頭をぶんぶんと横に振った。理由はわからないが、死体となってしまった彼らを無残な姿に変えるだなんてできない。
『おい!何もたもたしてんだ!』
ゼロの声が頭に響いたとき、衛兵の一人がサイトに向かって槍を突き出してきた。サイトはとっさに左方向へ体を反らして避けると、槍の刃先が僅かにサイトの肩をかすめる。
「ぐ…」
『ボーっとしてんじゃねえ!お前死にたいのか!』
こいつに生き死にに関して説教足られるのは正直不快だったが実際その通りだった。下手したらこっちが串刺しにされるところだったのだから。しかしどうする?彼らを…斬るしかないのか?死体になった彼らはおそらくだが、単に操られているだけだ。でなければこうして集団になるほどの数の、死んだはずの人間が動く訳がない。
『何躊躇ってんだサイト!』
「けど、彼らは…!!」
サイトがさっきと打って変わって弱腰になっている状態に、苛立ち始めたゼロが再び彼に攻撃を促す。ゼロははっきり思っていた。人命救助より怪獣殲滅の手段をとる辺り乱暴だが、サイトよりも現実は見据えている。だがサイトは躊躇っている。相手はしたいとはいえ、人間なのだ。
『もうこいつらは人間じゃねえんだ!躊躇う必要なんかねえ!』
三度促すサイトだが、それでもサイトは人を斬ると言うことに強い抵抗を感じ、彼らに刃を向けなくなっていた。ただ一秒でも長く生きるために避け続けることしかない。
「うるせえ!お前にはわからないだろ!!この人たちを…斬るってことの恐ろしさを…お前は…何もわかっちゃいねえ…」
辛さを露わにしながら、顔を歪めるサイト。デルフを握る腕が、震えていた。
『この甘ちゃん坊主が…!お前、シエスタを助けるためにここに来たんじゃなかったのか!!?』
「相棒!」
今度ばかりはまずい。デルフが呼びかけたとき、四方八方から衛兵たちの剣と槍が、眼前と言えるほどの距離まで迫ってきていた。やられる!?
が、その時だった。竜巻が、サイトの身を守るように彼の周りから発生し、兵たちを全員吹き飛ばした。さらに彼らに向かっていくつもの爆発が発生、または火球がいくつも襲い掛かってきた。
「え!?」
さらにサイトの頭上から大きな影が現れ、彼の前に降り立った。
タバサの使い魔の風竜、シルフィード。そしてその背中に乗っているのは、彼のご主人様ルイズと、ゲルマニアからの留学生にしてルイズの天敵キュルケ、彼女の親友である小柄な眼鏡の少女タバサ。なぜ彼女たちが?
「ルイズ!?それにキュルケとタバサまで!?」
彼女たちが自分の前に現れたことに驚くサイト。シルフィードは私も忘れるなときゅるるる!と鳴く。
「誰のせいでこのご主人様自らが出向いてきたと思っているの!?犬!」
見るからにお怒りのルイズはシルフィードから降りながら喚き散らすようにサイトに怒鳴る。
「まさかメイド一人のために貴族の…それも伯爵家の屋敷に殴り込むなんて驚いたわ。でもそれがダーリンの魅力ね」
キュルケは逆にサイトの男気の現れともいえるこれまでの行動に、より一層彼への惚れ込みを強めていた。
「…」
タバサは無言だった。せめて何か言ってくれよ…と思ったが敢えて何も言わなかった。
「向こう見ずにも程があるわよ。キュルケの言う通り、モット伯は貴族、それも伯爵よ? 今回ばかりは力押しじゃどうにも出来ないでしょうし、平民のあんたじゃお目通り出来るかどうかも定かじゃないわ。まったく、魔法をぶっ放した私たちもこれで同罪じゃない」
「ふふ…」
キュルケはルイズを見ると、突如クスリと笑みを浮かべた。
「何を笑ってるのよ?」
「いえ、その使い魔を守るために、魔法を撃ったあなたって、なんだかんだでダーリンのことを心配してたってことね」
「ち、ちちち違うわよ!!こ、この馬鹿犬さえも御せないような情けない貴族のままじゃ実家にいる家族に会わせる顔がないだけよ!!」
そうキュルケから言われたとたん、ルイズの顔が真っ赤になる。
「それより…この人たち」
タバサは、周囲に転がった、自分たちが魔法で伸した衛兵たちを、身をかがめながら観察する。もう動くことさえもできなくなり、今度こそ倒したようだ。
「…死んでる」
無表情から、彼女はわずかに眉間にしわを寄せた。
「え!?」
ルイズは目を丸くする。キュルケもまた同様だった。
「嘘でしょ?私これでも手加減したわ」
ルイズはそもそも殺傷能力のある魔法どころかコモンマジックも習得していない。キュルケも人を殺すような覚悟などないから、やけど程度で済む威力で撃った。
「…死んでからだいぶ時間が経ってる」
「わかるの?」
ルイズからの問いにタバサは静かに頷いた。これについては、三人とも何かきな臭いものを、伯爵の家から感じ取った。
「最近伯爵の屋敷にお勤めの平民が、家族や友人に連絡一つ寄越さないって噂が飛び交ってたけど、どうも怪しいわね。念のため持ってきてた家宝が役にたつかどうかも怪しいわ」
キュルケの言った家宝というキーワードにサイトは反応した。
「家宝?もしかして、あのモット伯爵が欲しがっているって言うゲルマニアの書物のことか?」
「あら、ダーリン知ってたのね?」
この話からして、サイトが伯爵と対談したことがうかがえた。
「まさかあんたが伯爵にお目通りするなんて。驚きを通り越して呆れたわ…」
ルイズははあ…とため息をつく。この使い魔には自分たちの常識がどこまでも通じないと言うのか。この先、この使い魔には苦労させられる気がしてならなかった。
「その家宝の書物って、結局なんだったんだ?」
いったいどのようなものだろうと、マンガ以外の書物に興味のないサイトも、異世界の歴史に触れる感覚で興味を示した。何より今は、もしかしたらそれさえあれば、流石に約束を守る気が見られない伯爵からシエスタを取り返せるかも知れないと言う期待もある。
「あら、あんなのに興味あるの。昔、私のご先祖様が召喚の儀式を行ったら突然ゲートから出てきたものよ。何の文字で書かれているのかわからないのと、女性の絵を描いたものみたいだったけど、興味のない内容だったからもしもの時の交渉材料として持たされたの」
家宝をあんなの扱いって…。キュルケはよほど興味を持っていなかったらしい。いや、興味を持ってもいないキュルケに持たせたあたり、それを手にした当時のツェルプストーの者はともかく、現代の実家のご家族も興味がなかったのかも知れない。
そう言うと、キュルケはその家宝とされる書物を取り出して見せる。
「って…エロ本かよ!」
まさかの物品にサイトはあんぐりと口が開いた。
間違いなくコンビニの雑誌コーナーで見かける成人向けの本であった。リアルにかつ鮮明に撮影された女性の裸体がしっかりカバーに印刷されている。
なんでよりにもよってそんなものなのだ…
いや、それ以上に…なで地球の本がこの異世界に?つい突っ込んでしまったものの、このエロ本の出所については気になった。…断じて内容が気になったとかそんなんじゃないぞ?と、一体化しているゼロなのかそれとも第四の壁の向こうの皆々様に向けてるのかわからない補足を念入りに付け加えながら。
「なななな何よそのいやらしい本は!そんなものが家宝なの!?…ねぇサイト」
ルイズは高貴な貴族のお嬢様なだけあってか、性的な知識にはよほど耐性がなかったらしく、顔を真っ赤にして今すぐ引っ込めろとキュルケにハンドジェスチャーで指示する。
その通りにキュルケが本を引っ込める。どこか名残惜しい気持ちがサイトの中でよぎった。
「…ねぇ、サイト。何でちょっと残念そうな顔を浮かべてるのかしら?」
「な…なんのことでしょうか?」
ルイズには見抜かれていたサイトはあからさまに不自然な敬語と共に目をそらす。
「…まぁいいわ。でもいいの?内容がいかがわしいのが嫌に気になるけど、家宝をそんな簡単に交渉材料にしちゃって」
あの時、準備をしてくると言って持ってきたと思われるツェルプストー家の家宝。キュルケのことを毛嫌いしているルイズも、それだけものものを使って伯爵を説き伏せようとしていることに関してさすがに戸惑った。だがキュルケはあっさりとしている。
「構わないわ。字は遠い国のだからか読めないし、載ってる挿絵だけならあたしには必要のない内容だったし。なんならあたしの方が魅力的だもの。
それより、行ってみましょう。ダーリンの気にしてるメイドの子も、この兵士たちのことも気になるもの」
キュルケがそう言うと、サイトは三人を新たに連れて伯爵の屋敷へとUターンした。
その場から屋敷の入り口へ差し掛かった時、サイトを襲ってきた死体兵士たちが再び起き上がり始めた。回復したからか、それとも機会を伺っていたのか。なんにせよ再びサイトたちを襲おうと、堕ちていた剣を拾い上げたその時だった。彼らは次々と、青白い光球に体を貫かれ、跡形もなく消滅した。
そして入れ替わるように、白い短剣とよく似た模様を刻んだ小型の銃を握っていた、サイトたちが屋敷に入っていくのを見たシュウの姿があった。死体の消え去った芝生を見下ろすシュウ。
(伯爵は自分の配下が人間でなくなったことに気づかないまま、ただ『奴』に餌にされるとも知らないまま、気に入った女を連れ込ませていく。肉人形を操っている『奴』はこそこそ隠れ、決して姿を見られないように、肉人形に伯爵が浚ってきた人間を食らわせ自分がそれを食らう、か…)
彼は目を閉じる。すると、彼の瞼の下の光景は真っ暗な闇ではなかった。どこか別の景色を映しだしていた。彼のそのヴィジョンに映ったのは、シエスタが突如豹変したばあやに襲われるという風呂場の光景だった。
目を開けた彼は、すぐさまサイトたちと同様屋敷の方角へと走り出した。
「学院の門弟も落ちたものだ!オールド・オスマンに厳罰を要請せねばならん!」
再び伯爵の家をモット邸の応接間に、不機嫌極まりないとばかりの伯爵の声が響く。
「急を要したもので、許可なくお屋敷に侵入したことはお詫びいたします。そして、使い魔の不始末は、主人であるこのルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの不始末。どのような罰でもお受けいたします」
「ル、ルイズ…」
片膝を着き、今回の件について深々と詫びるルイズ。そんな主の姿に、サイトの心には申し訳なさと同時に複雑な心境が芽生えていた。俺がシエスタを助けたいという思いは、結局俺個人の身勝手な思い上がりだったのか?
「王宮の官吏に剣を向けたことは重罪に値する。公爵家に影響が及ぶことも覚悟しておくのだね」
「待てよ!悪いのは俺だ!」
さらに事は、自分とルイズだけの問題では済みそうになくなっている。それはお門違いだとサイトが抗議するが、キュルケによって止められてしまった。
「モット伯爵、これで手を打ちませんこと?伯爵は、コレをいたくご所望とか」
そう言って彼女が取り出したのは、1冊の本。伯爵がずっと求めていたと言う例のゲルマニアの書物だ。
「ほう、君は?」
「申し遅れました。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・ツェルプストーと申します」
「ツェルプストー!じゃあそれはもしや…!」
彼女が名乗った名前を聞くや否や、書物の正体を察したようだ。ガタンと、座っていたイスから立ち上がる。
「はい、我がツェルプストー家の家宝『召喚されし書物』です」
目当ての代物が唐突に手に入ったことで、伯爵は飛び上がるほど喜んだ。しかも内容は好色家である彼の趣向にピッタリ。どうやら満足のようだ。
「おお!これがあの…よかろう、今回の件については不問とする。帰ってよいぞ」
よかったと、胸をなでおろす一同。キュルケが念のためにと、本を持って来たのが功を奏したようだ。
「伯爵、お言葉ですが一つお尋ねしたいことが…」
そうだ。忘れてはならないことがある。キュルケは家宝の書物を手渡す前に、伯爵に尋ねなければならないことを聞いてみる。
「この屋敷の門前で見張っていたあの兵たちはなんだったのかお聞きしてよろしいですか?」
「門前の兵だと?」
次に、ルイズが質問の詳細を告げる。
「恐れ多いことをお訪ねしているやもしれませんが、私の使い魔はあなた様からシエスタ返却の条件を付けられここを出ようとしたとき、ここの兵士たちに襲われたと言っています」
「何を言うのだ?ヴァリエール嬢。それではまるで、私がこやつとも約束を最初から守る気がなかったと言うことではないかね?」
何のことかわからないと、伯爵はとぼけた様子を見せる。よくもぬけぬけと…とサイトは思っていたに違いない。兵たちが命令でサイトを暗殺しようとしていたじゃないか。最初からシエスタを返そうと思ってもいなかった何よりの証だ。しかし気になるのはその資格に送った兵のことだ。ゼロやタバサの話だと、あの兵士たちは戦う前からすでに死んでいたじゃないか。この伯爵、何か隠していたのか?それとも自分の兵がおかしかったことに気づいてもいなかったのか?
「もしかしたら、あの兵たちは私が雇ったメイドたちが次々消えていく現状に苛立っていたのかもしれんな。何せ仕事仲間だ。急に何も言わず姿を消していけば心配のあまり苛立ちをまき散らしかねん。まあ、私の前ではそんな野蛮な姿を見せんがね」
しかし意外。伯爵は何か奇妙な情報を与えてきた。噂になっていた、伯爵家の使用人の失踪。ただの噂話ではなかったようだ。
「まあ、我が兵のことはこちらでなんとかしておこう」
この流れだと、後者…つまり自分の塀の異変に気づいていなかったと考えるべきかもしれない。…だったらもうこんな危険何かが潜んでいそうな土地にシエスタを置いていけない。
正直この伯爵にはもっと言ってやりたいのだが、それだと目的がずれてしまう。自分たちはこの男の風上にも置けない奴と言い争うに来たのではないのだから。
「これで、シエスタを返してもらえるんですよね」
彼が書物を受け取った以上、これで取引は成立だ。約束はいつ果たされるのかと、サイトは問いかける。だが、当の伯爵は、すっとぼけた返事を返してきた。
「ん?なんの話だ?」
bこれにはもう我慢ならない。サイト怒りで赤く染めて伯爵に怒鳴った。
「オイ!話が違うぞ!その本を持ってくれば、帰してくれるって言ってただろーが!!」
「平民ごときと交わした口約束など知らんな。第一、そんな口をきいてよいのか?貴様の大事な主人にも、迷惑がかかるのだぞ?今日のことは不問にしてやると言っておるのだ。ありがたく思え!最近、どういうわけかわが家のメイドが不足気味でな。一人であろうが手放すわけにはかんのだよ」
「て、てめえ…!ふざけやがって…!!」
不法侵入を盾に約束を破るつもりのようだ。それに何が手放すわけにはいかないだ。自分たちの勝手な我儘のために一人の少女の意思をどこまでも無視すると言うのか。しかも、達成率0%に近い条件を突き付け、それを奇跡的に達しても返さないなんて、どこまでこいつは腐っているんだ。サイトの目には、憤怒の炎が渦を巻いている。今すぐにでも、殴りかかってしまいそうな勢いだ。
ブチっと血管を膨れさせ、唇をかみしめるサイト。
「サイト、帰りましょう。あんたはよくや…」
「ぐぼ!!?」
ルイズが、シエスタを取り戻せなかった彼の心情を察知しつつも、どうしようもない現実を認めてもらおうと優しく声をかけた途端、サイトはついに怒って伯爵を思い切り殴り飛ばした。殴られた伯爵は、椅子から転げ落ち、口と鼻から血を流している。
「だ、ダーリン!いくらなんでもやりすぎよ!」
こうなるともうサイトの死罪は確定。トリステインの法律で定まっているわけではないだろうが、平民を格下に見るトリステイン貴族の大半からすれば万死に値する行為として見られていた。
「貴様…平民の分際でよくもこの私の顔に傷を!!」
「うっせえ!!貴族以前に人として当たり前のことを平気で踏みにじったてめえに、人間を名乗る資格なんざねえ!!」
サイトは伯爵を指さして、堂々と言い放った。
「な…!!」
確かにサイトの怒りもいい分も間違ってない。だが、それが権力持ちで自分たちこそが正しいと思い込む伯爵のような貴族相手にはただの暴言にしか聞こえないのだ。
「この私が獣と同然というのか!この平民め!!もう我慢ならん!兵士!こやつらを全員ひっ捕らえて…」
しかし、その時だった。
「きゃあああああああああああああ!!!!」
女の子の、悲鳴が聞こえてきた。今の声に聞き覚えがある。
「シエスタ!」
サイトはすぐさま踵を返し、扉を出て悲鳴の元へと急行した。
「ち、ちょっとサイト待ちなさい!」
「ダーリン待って!」
「貴様!逃げるのか!!待て!」
ルイズとキュルケ、タバサ…そしてサイトに復讐しようとする伯爵は彼を追って行った。
その頃、風呂場ではあともう少しのところでグロテスクアニメ顔負けの惨事が起ころうとしていた。たった一枚しかなかったタオルを体に巻いて裸体を隠したシエスタが、風呂桶に風呂の湯を入れると、その湯を飛ばして何かを追い払おうとしている。
「来ないで!来ないでください!」
バシャバシャとお湯をかけられた相手は、モット伯爵に仕えているばあやだった。シエスタがなぜ老婆相手にここまで恐れおののいているのか。理由は、やはりばあやの右腕がすでに異形のモノとなっていたことと、それに伴って彼女の様子がまるで血に飢えた獣のように豹変していたことに他ならない。何センチも爪が伸びきっていて皮膚のない筋肉の膨れ上がった腕。これを化け物と思わずして何と呼べばいいのかもわからない。
ただひたすらシエスタは水をかけ、化け物となったばあやを追い払おうとする。時に洗面器を投げつけて反撃を謀ろうともした。しかしたかがかけ水ごときに怯むはずもなくばあやは涎を垂らしながらシエスタに迫ろうとしている。さらにシエスタによってばあやに向けて投げつけられた洗面器はあっさり避けられてしまい、風呂の窓ガラスをバリィイイン!!!とかち割ってしまう。シエスタは風呂場の端へと下がって一秒でも長く生き延びようとするも、いつまでも逃げ切れるはずもなかった。
「べろべろ舐めたい…」
「ひ…!」
「血を…肉をくれえ…寄越せえええええええええ!!」
「きゃああああああああああ!!」
ばあやはもはや人間を捨てていた。とびかかってきた途端、シエスタは身をかがめ、目を閉じて頭を覆った。ああ、自分は伯爵に体を汚されるどころか、ここで殺されてしまうのか。最後に浮かんだのは、王都で働く従妹と叔父、故郷であるタルブ村の家族、そして…。
(サイトさん…!!)
だが、その時だった。シエスタに向かってばあやに向かって青白い光弾が直撃、怪物化したばあやは小さな爆発音を立てて跡形もなく消滅した。
「…え?」
シエスタは前をタオルで隠しながらも恐る恐る立ち上がる。あのばあやはどこへ行ってしまったのだろう。
(…きっと、サイトさんが助けてくれたのね)
さっきサイトが自分を連れ帰るために伯爵相手に交渉しにきたためか、彼女は勝手にサイトに助けられたのだと思い込んでいた。ともあれ、早くここから上がろう。すぐに脱衣所に上がったシエスタだったが、そこで思わぬアクシデントが起こる。
「シエスタ!!」「へ!?」
脱衣所に向かおうとしたところで、サイトたちが風呂場に現れてしまったのだ。彼の思わぬ登場に、驚いたシエスタは言葉を発することもできず前を隠していたタオルを落としてしまう。彼女の裸体を唯一隠していたタオル落とした…つまり…。
「ぶぶう!!!?」
思春期真っ盛り少年のサイトを悩殺してしまうこととなった。お父さんお母さん、僕を生んでくれてありがとう。そんな煩悩満載な感謝の言葉を心の中で贈ったのだった。
キュルケはあらあらと呑気そうにつぶやき、タバサはいつもの無表情。見られてしまったシエスタはというと「きゃあ!」と悲鳴を上げて顔を真っ赤にし、身をかがめ湯あみで綺麗になったそのみずみずしい肢体を隠す。そして、同時にルイズから閻魔さまもガクブルなオーラが放たれる。
「サイトー」
声が優しい、が…全然優しさを感じない。
「ふがふが……な、なんでございましょう…」
やばい、ルイズを直視できない。どこからか取り出したティッシュで鼻血を抑えるサイトは冷や汗を滝のように流れ落としていた。その時のルイズは、表情自体は笑っている。だが、目は全くと言っていいほど笑っていなかった。
「ここは伯爵様のお屋敷だから大目に見てあげる…け・ど………学院に戻ったらわかってるわよねえ…?」
「き、貴様ら!!私を無視するでない!!」
もう伯爵はもう蚊帳の外状態だった。
「グルルルル…」
「!」
猛獣の鳴き声?伯爵は、そしてサイトは剣を、ルイズたちは杖を構える。この伯爵たる自分に手を出すとは、これだから獣は嫌いだ。波動と称された自慢の水魔法の詠唱にかかる伯爵。
すると、頭上から生臭い水がどろりと彼の頭にかかる。
「う…臭!?しかも…粘り気が…おのれ!!!」
これは、まぎれもなく動物のよだれだ。すさまじく鼻を突くように臭くて汚らしい。忌々しげに伯爵は顔を歪める。どうやら獣は頭上にいるようだ。屋敷の屋根の上にでもこちらを待ち構えていたのだろう。
頭上を見上げるモット伯爵。だが、ここに来て伯爵は自分が、相手をどれだけ侮っていたのかようやく思い知ったのだった。
すでに、シエスタが投げ飛ばした洗面器でガラスが割れてしまった窓から、巨大な影が彼らを見下ろしていた。体表が内臓器官のように悍ましく、全身がべたつくようなぬめりのある液体で塗りたくられたような、巨大なネズミの怪物が彼らを見下ろしていたのだ。
「か、怪獣!?」
「ひ、ひいい!!」
ルイズが不気味なその怪獣の姿を見上げ青ざめる。それはキュルケも同様で、さすがのタバサもポーカーフェイスを危機感で歪めた。モット伯爵に至っては言葉にならない悲鳴を漏らしながら腰を抜かしていた。
それは紛れもなく怪獣だった。それもただの怪獣ではない。Χニュートリノが生物と融合して誕生する『Χスペースビースト』の一種
『フィンディッシュタイプビースト・ノスフェル』だった。
ノスフェルは伯爵の配下をひそかに殺害し、自分の肉人形に変えて、人間を食らった自分の肉人形そのものを人知れず食らい続けていたのだ。主にモット伯爵が見初めたたくさんのメイドの女性を次々と。ルイズが、伯爵の配下が木屑を食べていると言う噂を聞いたのは、ノスフェルの肉人形となった人間の奇行によるものだったのだ。
その矛先は、サイトたちの下にまで及ぼうとしていた。ノスフェルは口の中から長い触手を伸ばし、真っ先にモット伯爵を捕まえた。
「や、やめろ汚らわしい獣め!私を誰だと思って…あ…ああ…ああああああああああ!!!」
自分は貴族だ!逆らえば命はないぞと、あからさまな虚勢を張る伯爵。はっきり言って怪獣相手に貴族の称号がなんだというのだって話である。それに伯爵は完全に怯えきって覇気が全くなくなってしまっている。さっきまでサイトに威張っていた偉そうな態度は面影もなかった。そんな伯爵を見て、ノスフェルは触手にしっかり伯爵を巻きつけると、彼をそのまま口の中に放り込んでしまった。直後、もぐもぐとノスフェルは口の中を噛み始めた。
「き、きゃああああああああああああああああ!!!」
ノスフェルの口から血が落ちたのを見たシエスタは鼓膜が破れそうなほどの悲鳴を上げ、ショックのあまり気絶してしまった。その悍ましい光景は、ルイズとキュルケの口さえも塞がせた、悲鳴を上げそうになったためか、それとも戻しそうになったためかはわからないが、サイトやタバサも含めた全員に精神的なショックを与える光景だった。
彼女の露わになった体をレビテーションの魔法で浮かせたタオルで巻きつけたタバサは、彼女を浮かせたまま屋敷の入り口を指さす。もうここから脱出するべきだ。
「急いで出ましょう!」
ルイズが叫ぶと、サイトたちは直ちに屋敷の入り口へ急いだ。目の前の獲物を無視するはずもない。彼らを捕まえようとノスフェルは触手を伸ばしてきた。伯爵の屋敷の被害などお構いなし。屋敷は触手のパワーに圧倒され壁が見事に破壊されていった。土のメイジが自身にさえも耐えうるほど頑丈に作った屋敷も、怪獣相手では髪を破くほど容易のようであった。
屋敷の外に最初に出たのはルイズ、続いてキュルケ、そしてシエスタを浮かせたタバサだった、だが、サイトはあと一歩のところで屋敷の入り口を崩されて脱出不可能となってしまう。
「うわ!!?」
「サイト!!」
ルイズはサイトの元へ駆け寄ろうと瓦礫に埋まった屋敷の入り口の方へ向かおうとしたが、キュルケがそれを差し止めた。
「だめよルイズ!怪獣はいつでも私たちを捕まえられるわ!シルフィードに乗せてもらって、一秒でも早く脱出するのよ!」
シルフィードの背中に乗せてもらうキュルケとタバサと、そして意識のないシエスタ。
「でもサイトを放っておくことなんてできない!」
「………」
だがルイズは乗るのを拒否した。そうだ、使い魔を見捨てることなんてできない。見捨てたらその時点でご主人様失格だ。…というのもあるが、根は優しくもあるルイズはサイトのことを個人的にも無視できなかった。何とか助けたい。でも、あの巨大ネズミの怪物がいるのでは不可能に近い。
このまま地上に留まっては危険だ、やむを得ずキュルケはレビテーションの魔法でルイズはシルフィードの背中に乗せると、それを見計らってタバサはシルフィードにはばたくように命じ、シルフィードは夜空へ飛び立つ。
間一髪、ルイズたちに触手を叩きつけようとしたノスフェルの一撃が、ルイズがついさっきまでたっていた場所の地面をひっくり返した。
その時、伯爵家の瓦礫から光があふれ出した。あまりに眩しくてルイズたちは思わず目を伏せる。
「待たせたな!!」
その光の正体は、この世界のヒーローになりつつあった、遥か彼方の宇宙より現れた戦士、テクターギア・ゼロだった。瓦礫で姿が見えなくなったところで、ゼロがほぼ強制的に表に出てきて変身したのだ。地面の土をひっくり返しながらズシンと着地。我ながら力強くかっこいい登場シーンができたとゼロは自負していた。
「よ、鎧のウルトラマン!!来てくれたのね!!」
キュルケが歓喜に満ちた声を上げる。しかしルイズはゼロの姿を見て目を細める。
「で、でも…なんか変じゃない?」
そう、何かがおかしい。見るからに何かがおかしいのだ。キュルケもそれに気が付いてあれ?と声を漏らした。
「…小さい」
そう、本来40〜50メイルを誇るはずのゼロの体が、たったの5メイル程度のサイズになっていたのだ。
「へへ…ってあれ!!?小っさ!!なんでこんな中途半端なサイズに…!?ってうお!?びっくりした…!!」
タバサの一言で、自分の体が本来のサイズから見るからに小さくなっていることに気が付いたゼロ自身も激しく動揺していた。しかも眼前にシルフィードの顔が映ったので思わずびっくりしてしまう、どうも自分の意思ではないらしい。というかもし自分の意思によるものだったら愚か極まりない。なんたってノスフェルのサイズは50メイル近くもあるのだから、そんな巨体相手に小型サイズで戦えるわけがない。
「そうかサイト!てめえが俺と一緒に戦うことを拒否しているせいだ!!」
ゼロは八つ当たり気味な口調で言い放つが、実際彼の言う通りだった。サイトとゼロ、同じ体を共有するウルトラ戦士と人間が完全な状態で戦うには、エネルギーを十分に保有していることの他に、互いの心を一つにする、または同じ目的意識を強く持つことも重要だった。だが、悪いことに二人の心はキャッチボールを交わせるだけのものじゃなかった。
『街壊しといて…あまつさえ子供の命を知ったことじゃねえなんてほざく奴と、誰が一緒に戦いたがるってんだ!!』
トリスタニアで逃げ遅れた子供を見捨てようとした上に、偉大なウルトラマンの先人たちを侮辱するゼロを、サイトは未だ許し難く思っていた。街を壊してでも怪獣を速攻で倒すことを優先するゼロ、また敵を倒すこと以上に目の前の逃げ遅れた命も含めた人命救助を最優先とすべしとするサイト。この二人は戦いに対する意思が相反する状態にあった。だからこんな中途半端なサイズに変身する結果を招いたのかもしれない。
「そうかわかったよ…だったらこのままやるしかねえな!!」
もうサイトは宛にならない。若干自棄になったゼロは走りこんで、自分の8倍以上もの巨体のノスフェルに真正面から突進した。
「俺の中でよく見ておくんだなサイト!この程度のハンディなんかものともしねえこのゼロの戦いっぷりをな!ってうお!!?おわ!!うおおおおああああ!!?」
しかし、途端に彼はノスフェルの触手に足をからみつかれ、そのまま風車のように振り回された。
『のわああああ!!目が回るうううううう!!!』
「ちょ…あいだだだだぁ!痛痛痛痛痛痛痛痛!!!」
そして回転状態を保ったままガスガス!と地面に何度もこすり付けられてしまう。
さっきまでのシリアスな空気はどこへやら…。
なんて間抜けな光景だろう。ルイズたち三人は口を開けたまま呆然とゼロのアホ丸出しな姿に呆然と立ち尽くしていた。意識を手放しているシエスタはともかく、彼女を背中に乗せて戦いを見守っていたシルフィードも目を伏せて呆れ返っている。風竜というのはなかなか知能が高いためか、どうもこの状況にどうリアクションしたらいいのか理解できるらしい。だが、それだけに風竜からも呆れられるこの時のゼロは、宇宙一情けないウルトラ戦士だった。
「『うわあああああああああああ!!!?』」
ポイと投げ捨てられたゴミのようにゼロは空中へ放り出される。屋敷に頭から思い切り突っ込んでしまった。
「くっそ…サイト!てめえ真面目にやりやがれ!!」
屋敷の瓦礫を払いながらゼロはサイトに文句を言う。だが、サイトはゼロに言い放つ。
『るせええ!!俺だって真面目にやってんだよ!』
「なんでお前みたいなのと合体しまったんだ!!ウルトラマンゼロ一生の不覚だぜ!!」
空中へ飛び出し、ノスフェルの頭に蹴りを入れたゼロ。だが、小さすぎて威力もまた小さい。話にならなかった。
『何が「ウルトラマンゼロ一生の不覚」だ!てめえみたいな奴、俺は絶対にウルトラマンとして認めないからな!気安くウルトラマンを語ってんじゃねえよ!!』
「この野郎…せめてこの邪魔くさいテクターギアさえなかったら…!!」
ノスフェルの尾を掴んで投げ飛ばそうとしたゼロだが、尾の力が強すぎて、デコピンを受けるように逆にバチンと弾き飛ばされてしまう。
ただでさえ間抜けな光景に、ルイズたちにもしこの会話が聞こえていたらより一層呆れられていたに違いない。終いには外せないテクターギアに当たるゼロ。正直これがもしここで外すことができたにせよ、二人の意思が同調していない以上巨大化もできないだろうから歯が立たない状況も覆らない。未だにそりが合わない二人であった…。
「ちょっとあんた!何度も同じ事やってんじゃないわよ!この馬鹿!でないとその『ゼロ』ってふざけた名前、改名させてもらうんだからね!」
「ルイズ、あなた最後のは関係ないんじゃない?」
戦いが激しくなったのでシルフィードを遠い場所まで飛ばしたタバサ。ルイズはというと、あまりに情けない状態のゼロに対して激しく罵倒した。ついでに、自分の不名誉な二つ名と被るからって理不尽なことまで仰る。
「サイト!お前のおかげで!」
しかし意外にもその小さな体にも力が残っていたのか、それともど根性から来たのか、ゼロはなんと、真下からノスフェルを持ち上げたではないか。
「ぐぅうう…俺までぇぇ…馬鹿呼ばわりだあああ!!」
そして、10メートル先の地点まで投げ飛ばして見せたのだ。
「すご…あのサイズでもやるじゃない!」
キュルケは根性を見せたゼロを見て歓喜したが、タバサは言う。
「いつまでも、根性は保てない」
その通りだった。いかにゼロが将来性の大きなウルトラマンだったとしても、蟻が恐竜に勝てる確率が皆無であるように、小さいサイズのまま巨大な敵に長くは戦えない。それもテクターギアを装備しているせいでウルトラ戦士に特徴的な必殺の光線技が使えない。流石に限界に達し、膝をつき始めた。サッカーボールのように蹴り飛ばされるゼロ。
「ウグァ!!?」
もう呆れを通り越して危機感を抱かされた。
再び瓦礫という名のゴールへシュートされたゼロはふらつきながらも、勝負を諦めまいと立ち上がる。あのテクターギアの下にあるカラータイマーは、きっと赤く点滅している頃に違いない。
「チビトラマン状態じゃ歯が立たないじゃない!一体どうしたって言うのよ…」
なぜ本来のサイズに戻らないのか?疑問を抱くルイズたち。しかし今は巨大したくてもできないのだ。肝心のサイトとゼロの意思が全く持ってそりが合わない以上、ずっとこのサイズのままなのだ。根性で立ち上がってはみるが、小さな体に強い衝撃というのは凄まじく応えた。
それでも諦めないと、ゼロは立ち上がろうとしても、さすがにダメージが蓄積しすぎて膝をつくのがやっと。そんな彼に、ノスフェルはその鋭く鋭利なかぎ爪を振り上げてきた。
ここまでか…?
だが、次の瞬間だった!
「グゴアアアアアアアア!!!!?」
ノスフェルはどこからか放たれた朱色の閃光に爪を破壊され、そのまま胸を貫かれ断末魔を挙げながら爆発四散した。爆発で自分の顔を覆ったゼロ。その場残されたのは、粉々に砕け散ったノスフェルの体の肉片だけだった。
一体何が起こったのだろう?
ゼロは立ち上がって光線の発射された方を見る。同じようにルイズたちもゼロが何を見ようとしているのか確かめるべく、そして何が起こったのかを知るために彼と同じ方へ眼をやる。すると、彼ら全員衝撃的なものを目にした。
「「「「!!?」」」」
夜の闇の向こうに、
両腕を十字型に構え、白く輝く眼を持ち胸にはY字型の赤いクリスタルを埋め込み体中に黒い模様を刻み込んだ
銀色の巨人の姿があった。
あの姿、かなり変わっている外見な上に見たこともない個体だが、間違いない。
―――もう一人の、ウルトラマン…
謎のウルトラマンは光線技の構えを解いてゼロたちに背を向けると、紅く霞んで夜の闇に消えていった。しばらくの間、ゼロはその場に呆然と立ちすくんでいた。
――――これが、俺とあいつの初めての出会いだった
――――俺とあいつ、二人を中心に…この世界での戦いがさらに加速していくことを、俺たちはまだ知らなかった
BYサイト
後書き
ラストシーンは、アグルやツルギの初登場シーンをイメージしました。
ページ上へ戻る