暗殺
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
2部分:第二章
第二章
「後は見ているだけだ」
「そうか。どうなるかか」
「それを見るか」
「それだけか」
「すぐにわかる。あの男がどうなるかな」
彼は残忍な笑みを浮かべて公爵が消えたその別室に向かう扉を見ていた。豪奢で華やかな部屋には笑い声が満ちている。美酒や御馳走、音楽で飾られた場所である。しかし今その場所においてだ。陰惨な謀略も仕掛けられていたのだ。
公爵に新しい愛人ができたことはすぐに知られた。彼はその愛人に夢中になった。だが暫くしてからだ。
公爵に異変が起きた。まずはだ。
暫く寝込むことになったのだ。頑健そのものの彼が寝込んだと聞いて驚く者もいた。だがそのことを悲しむ者は全くいなかった。
すぐに床から起き上がった公爵だった。しかし次は。
身体の至る場所に紅い発疹が出来た。まるで東洋の梅の花の如き発疹がだ。それができると彼はその発疹をしきりに掻くようになった。
そのことに周りは戸惑ったが彼の掻くのは止まらない。その彼を悩ませる発疹が消えるとだ。次は。
今度は紫色の膿んだ発疹が出る様にだった。そうしてまた掻くがそれを掻くと発疹が潰れどろりとした膿と濁った血が出る。公爵はあちこちから膿と血を流してだ。服も何もかもが汚れていった。
次第に立ち上がれなくなり服も寝床も血と膿で濡れ耐えられない悪臭を発する様になった。それを見て彼の屋敷の者は次々と暇を願い出て去っていった。
やがて脚が腐っていき骨が見える様になった。髪の毛がごっそりと抜け鼻が落ちる。脚から上に身体が腐っていき内臓まで見えるかの如きになった。顔まで腐り遂にはだ。
頬が腐り落ちてそこから何本も抜けた歯が見える。口の中にも斑点があり舌も爛れてきていた。腐った身体には瘡蓋すら出来ている。最早彼に寄り付く者はなく差し入れられるパンを牛乳で流し込みかろうじて生きている有様になった。だが身体がさらに腐っていき遂には。
公爵は死んだ。全身が腐り爛れ髪の毛も殆んどなくなりだ。見るも無惨な有様で死んだのだった。
公爵の死は誰からも喜ばれるものだった。辣腕家であるが好色で贅を極め倣岸不遜な彼は己の欲望を満たしてばかりだった。国政よりもそちらに執心でありその彼が死んでだ。国内からも他国からも喜ばれたのだ。
当然暗殺の話をしていた彼等もだ。このことに祝杯を挙げた。その中でだ。
仲間達は公爵に女をあてがうことを提案した彼に対してだ。密室の中で祝杯を掲げながら尋ねるのだった。
「またどうしてなんだ?」
「あの時女をあてがったのはだ」
「どうしてそうしたんだ?」
「あの男はそれから死んだが」
無惨にだ。
「それは女と関係あるようだが」
「どういう関係があるのだ?あいつの死と女は」
「それは一体」
「病だ」
彼はだ。祝杯を右手に持ちながらだ。残忍な笑みで仲間達に話した。
「病故だ」
「病?病というと」
「それは一体?」
「何の病だ?」
「近頃南から入って来たという病だ」
まずはだ。それだというのだ。
「その病だ。それは女から移る」
「女からというと」
「交わることによってか」
「そこからなる病なのか」
「そうだ。奴は無類の女好きだ」
そのことでもだ。敵を多く作っていることは言うまでもないことだった。
「だからそれを使った」
「女のか」
「そこから病をか」
「そうだ。まんまとかかった」
彼はだ。口の両端を三日月の如く吊り上げて言ってみせた。
「そして腐り苦しみ抜いて死んだのだ」
「奴に相応しい死に様だったな」
「聞くところによるとな」
「暗殺の仕方は色々だ」
彼はまた言った。
「こうしたやり方もあるのだ」
「うむ、刺客の一種だな」
「病気を持った刺客か」
「面白い刺客だ」
「ではだ」
ここまで話してだ。そうしてだった。
彼等はそれぞれ杯を掲げた。どの杯にも美酒が並々と注がれている。
その杯を掲げてだ。そうして言うのであった。
「ではあの男の無惨な死にだ」
「その悪行に相応しい業罰を受けたことにだ」
「乾杯しよう」
「そして祝おう」
「あいつが死んだことにな」
こうそれぞれ言い合ってだ。そのうえでだ。
彼等は乾杯をしてだ。美酒を飲むのだった。暗殺が成功したことを祝って。
暗殺 完
2011・4・21
ページ上へ戻る