暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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07
前書き
(#)Д`)「殴られた…痛い……」
「……はぅおっ!?」
目覚めは突然だった。
自分でもビックリするくらいの目覚めの悪い起床。
ショッキングな体験の続きでもするかのように尾を引いて、変な声を出しながら飛び起きた。
痛い夢…いや、悪い夢…もとい、怖い夢でも見ていたようである。
「あれ? もしかして、もう起きたのかい?」
「ひぁあっ!?」
すぐ傍で横から声がして、思わず体がビクッと反応した
思わず身構えて変な体勢になりながらも、声がする方を向いた。
そこにいたのは妙齢の、そしてかなり特徴的な女性だった。
真っ先に目に付いたのは、病的なほどに真っ白の服。
羽織るようにして着ているソレは、コートとは違い旅用にも外出用にも見えず、装飾的な意味合いを一切合切排除しているかのような白一色で、珍しい黒髪のロングと相まって大雑把なコントラストになっている。
何やら棒みたいなモノ――煙が無いから、煙草じゃない?――を咥えていて、三白眼を驚いたようにやや大きく開かせていた。
……誰ですか?
「あの、ここは…?」
「ああ、黙ってて。 死にそうなのか脈を診るから」
「っ……!?」
真っ白コートの女性に手首を握られた。
女らしい柔らかい指先がグッと手首に押し付けられて不意にドキッとした。
死にそうだ、とか言われたのも加えて、言葉を失った自分は指先で抑えられた手首がやけにドクドクと血の流れが生々しく感じた。
「名前は言えるかい?」
「えと……レ、レヴァンテン・マーチン…です」
「あ、そう」
問われたから素直に答えたのにこの素っ気無さ!
何か虚しくも切なくなりそうな気 分になりそうな自分をよそに、白コートの人は勝手に次へと進めた。
テキパキと何やら体をまさぐられては、板に張り付いた紙に何か書き込んでいってる……あいたっ、なんか針みたいなので刺されて……うぇあっ……血を抜かれた……痛い。
それから目から何か眩しいのを当てられたりして…うぇっ…舌を何かで押し当てられてマジマジと見られた。
なんか手慣れた風に体のあちこちを弄ばれた感を覚えたが、それが何を意味をするのか起き抜けの頭では理解が及ばなかった。
はて……一体どうなってこうなったんだろうか?
「あの…」
「健康状態に異常なし、肉体の損傷は打撲程度で骨折なし、内臓損傷もなし…なるほど、中々に愉快だ」
「え……あ、ちょ…どこ行くんですか!?」
真っ白コートの女性は自分の言葉に返事する事なく、自分の世界に入っているかのように独り言をしながら立ち去って行った。
ポツンと取り残された自分は、物凄く置いてけぼりにされたような気がした。
訪ねようと思っていた人は今しがたどっかに行ってしまい、仕方なく自分で自分の状況を確かめる事にした。
そして思う。
「……僕はどうしたんだろう?」
自分の事ながら自分で状況が掴めない。
ここはどこ?私は誰…とまでは言わないけど、記憶の前後…気を失う前の状況と、今いる自分の場所と結びつかなくて余計に混乱してきた。
真っ白なシーツ、ちょっと硬めのベッド、ちょっと眩しいくらいに明るくてとても清潔そうな部屋。
周りの様相を確かめようにも、視界を遮るようにカーテンみたいな布が吊るされていてその向こうが見えなかった。
見れば見るほどに不思議だ。
玉座の間でも別世界のように感じられたのだが、ここはちょっとした異世界のように思えた。
「(ここ……まだデトワーズの中、なのかな?)」
自信がない。
何しろ日常から別世界に続いて、意識が飛んで異世界(のような所)だ。
これが死の果てにある世界だと言っても不思議でもないかも知れない………って自分で言って怖くなってきた。
「(し、死んでないよね…? 僕…確かあの時………っ…!!)」
思い出して戦慄した。
―――僕は、デトワーズ皇国の姫陛下に殴られたのだ。
記憶を探って出てきたのは、気絶する直前までの場面。
そして出てくるのは凄まじい一撃で叩き伏せられた事実。
もうショッキング、という言葉だけでは済まされない出来事。
つまりどういう事かと言うと…。
「(あれは……死ぬほど痛かった……)」
まだ打ち込まれた胸板がズキズキと痛む、ような気がする。
本当に死ぬかと思ったのだから、その生々しさは感触と残っている。
正直トラウマになりそうである。
「(姫様が……女の子が、やったんだよね…?)」
信じられない事に…年下の女の子がそれをやったと言う事だ。
一体、あの可愛らしい体躯のどこにあれほど凄まじいパワーが秘められているのか…首を傾げてしまう。
そして、殴られたという事実を再確認して、自分は深く落ち込んだ。
「僕…失敗しちゃったのかなぁ……」
姫陛下に…このデトワーズ皇国で一番偉い人に殴られた……それはつまり、面談の結果はダメだったのかも知れない。
「う~…何が悪かったかなぁ……」
どんよりと気が滅入って自分は頭を抱えた。
言葉遣い、態度、服装…色々理由はありそうだけれど…貴族の考え方は一筋縄にはいかない。
傭兵風情は嫌いだとか。
下賤な庶民の分際でとか。
ただ単に気に食わないとか。
存在そのものが邪魔だからとか…等々。
貴族の中にはそういった考えを持った者もいるし、実際に運悪く目に留まって似たようなのを受けた事もある。
お偉いさんは気まぐれだからなぁ…。
でなければ、いきなり殴られる理由はないだろう。
いきなり殴られる理由なんて作りたいとも思わない。
いや、本当に……痛いの、好きじゃないし…。
「はぁ~………明日からどうしよう…」
ベッドの上で、自分は頭を抱えた。
殴られたって事は間接的に、どころじゃなくて直接的にも「ダメ」って事。
つまり…ここで傭兵が出来ないという事は収入の目途は断たれたと言う事だ。
真面目な話、最低限の装備――胸当ては犠牲になった――を除いて、売り払って換えた金はまだ残っているけれど、それも屋根付き食事付きの生活を続けるとなると心許ない。
一縷の望みを賭けて傭兵として雇われに来たのに…収入のアテがなければ、宿代にも困る身の上である。
普通にヤバイと思う。
正確には、あと一ヶ月あの宿で泊まっていけるかどうかぐらいだ。
それを意味するのは、自分の人生があと一ヶ月を切っている、と同義であると思うと…危機感を感じる。
うん、マジでヤバイ。
明日から日雇いの仕事でもするかなぁ…。
もしくは、宿でダンディなエメリッヒ店長に頼み込んで、下男として住み込みで働かせてもらおうか……。
あ、そうしたらエマちゃんと一緒に同じ職場で働く事になるから、案外アリなんじゃないか、と思えてきた。
「失礼します」
不意に自分以外の誰かに声をかけられた。
先程の真っ白コートの人とは違う女性の声。
視界を遮るカーテンのような布の裏側から声の主は現れ、そして自分は真っ先にメイド服の姿を捉えた。
「お加減はよろしいでしょうか? …信じられない事に、健常そうだと見受けられますが」
メイドさんだ。
あの時のメイドさんだ。
忘れもしない。 そして思い出した。
確かこのメイドさんに連れられて姫様と会わせられて、そして殴り倒される事になったのだ。
でも、別にそれを根に持っているわけではない、むしろまた会えた事が嬉しくすら思った。
メイドに会えて嫌な訳がない。
「あ、どうも」
軽く会釈して答えた。
メイドさんは体調の事を気にかけてくれたようだ。
一応起き上がれる程度には元気ではあるけれど、胸板がズキズキと痛む…。
「あんまり大丈夫…とは言えない、気もしますけど……おはよう、ございます?」
「おはようございます。 気を失われる前の記憶はハッキリしてますでしょうか?」
はい。 バッチリ…ほどじゃないけど、悪夢で見る程度には覚えてます。
あれが夢だったらと思えたらよかったけど…どうやら夢じゃなかったようだ。
「えと……殴られたんですよね? 面談の場、だったと思ってましたけど」
「…騙すような形になって申し訳ございません」
メイドさんはこれに深々と頭を下げて謝罪してきた。
世間一般様からすれば、傭兵は商人よりも金の亡者とも、チンピラと同じくらいに荒っぽいとも、ただの愚連隊としか思われないものだ。
大体が冷たい態度、もしくはそっけない態度、酷ければ追い返されたり…まではしない、逆上して襲われたくないから、そこまで酷い態度にはならない。
当たり前だが、こんな自分でも「傭兵であります」と言えば世間一般様はあまりいい顔をしてくれない、特に女性相手には。
なのに、そんな傭兵を相手に、メイドさんは礼を尽くして頭を下げてきている事に、自分はかなり驚いた。
「この度は、姫様の戯れに巻き込んでしまいました」
「戯れ…ですか?」
「姫様は時々暇を持て余しているとああいった事をされるお方で、臨時兵士をする方に目をつけてはこういった呼び出しをするのです。 それが今回、貴方様だったと言うわけです」
「え…」
戯れって、難しく言ってるけど、それってつまり…気まぐれ?
姫様に呼び出されたのも、最初から殴られるためだけに?
てことは……僕、殴られ損?
………ちくせう。
「そんな顔をなさるのも当然です。 理不尽だと思いますでしょう」
「えぇ、まぁ……」
「さて、ここからが本題なのですが」
自分でもわかるほど渋い顔をさせてるのを尻目に、メイドさんは話を切り替えてきた。
とても冷静で、恭しく謝罪してきた時と変わらずにフラットな態度のまま言葉を続けてきた。
「姫様の言葉を代弁して、貴方様にお伝えする事があります」
「ひ、姫様が…僕に…? ま、まだ何かありますでしょうか……?」
「そう構える事はありません。 これは臨時兵士の面談結果の通達と提案です」
「通達と…提案?」
今更なんの通達があるのかと思い、自分は首を傾げた。
面談の内容はもう絶望的だと思っていたが、そうではなかったのだろうか?
「デトワーズ皇国国王エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下による私的な面談の結果、貴方様を臨時兵士としての申請を簡略的に許可されました…すなわち傭兵としての雇用を認めるものとします」
「え……」
その言葉に自分は一瞬理解が遅れた。
一つ一つ言葉を理解していけば、その意味がとてもシンプルに自分の頭の中でまとまった。
―――雇ってもらえるのだ。
そう理解した途端、自分の心の中は満面喜色になった。
「ほ、本当ですか!?」
「嘘偽りなく本当です」
しかし、とメイドさんは言い淀んだ。
「身を持って体験したでしょうが、姫様の面談の仕方がかなり……ゴホンッ、少々問題があると言わざるを得ません」
「あっ、はい」
こればかりは自分は建前抜きで即答した。
そりゃそうだろう。
アレが面談であると言うのなら、恐ろしく斬新で、暴力的で、そして傭兵稼業なんてひっそりと路地の裏へと引っ込んで行ってしまう。
「面談の結果、臨時兵士として採用しますが、扱いはあまりよろしいものではありません」
「えと……採用されたのなら、扱いなんてどこも一緒じゃないですか? 傭兵、なんだし」
少なくとも今までの経験からして、傭兵として雇われたら大抵は一つの部隊にまとめられる。
傭兵団であれば一個の部隊として扱ってくれるだろうけど、それを除けば個人か少数グループを一緒くたの寄せ集め部隊扱い。
階級差なんてご立派なモノもなければ、隊長なんてものもない。
だから扱いなんてどこも一緒だと思う。
「デトワーズ皇国における臨時兵士の役割は、“国境線の前線維持”を目的としています。 その役割は主に三つに分けられます」
メイドさんはそう言って三つ指を立てた。
一つずつ指を畳んでその役割をそれぞれ説明すると、だ。
一つ、哨戒と遭遇戦を担う者。
一つ、予備戦力として拠点防衛を担う者。
一つ、物資の整理と管理を担う者。
三つ指全てを畳んだ所で説明は終わった。 実にシンプルな三つの役割だ。
しかし、そんな事を傭兵に行わせる国なんて初めてだ。
「姫様の面談は不足する部分もありまして、戦闘面や警戒面といった役割は任せる事は出来ない為、重要度が低い三つ目の役割へ回される事になります。 こちらには本国の正規兵も共に担っているからこその配置です」
つまり、自分が行うのは……物資を取り扱う“雑用”係。
本国の兵士さんという“目”もあっての条件付きの採用である事を理解した。
それは当然だろうな、とは思った。
戦闘したり警戒したりするのは、命のやりとりが行われるのだから多少は素性が知れてる者でないと任せる事は難しい。
―――例えば、だ。
傭兵部隊の中に知らない人が混じっていた。
その知らない人は敵兵士さんの一人だった。
当然、色々ひどい目に遭いました。
あるある。 たまにあるある。
「それじゃあ、他の二つは…」
「他の役割に配置される事は無いでしょう。 それはすなわち戦う機会はほとんどなく、傭兵としては活躍の場を制限される事を意味します」
傭兵は敵を倒してなんぼの稼業だ。
敵を倒して、それに応じて目立った分の報酬を貰える。
前線であっても、物資の雑用係になれば前に出て戦闘する事はあまり無いだろう。
「もし、これに不満があるのでしたら、再申請をされて日を改めてから面談する事も…」
「やります! やらせてください!」
自分は即答して自分の意思を伝えた。
ここで再申請? 無理無理、そんな余裕なんて無い。
雇用を見送るを許してもらう余裕があるほど僕のお財布様は懐が広くないのだ。
むしろ怖い思いや痛い思いをしないのであれば、どっちも苦手だからむしろ歓迎します。
「では…そのように手続きしておきます。 姫様の私的な面談ではありますが、逆に言えば姫様の権限を行使するも同然ですから申請の受理は確実でしょう」
「そうですか。 これで僕も晴れて傭兵…っと、臨時兵士でしたよね?」
「呼び方はご自由にどうぞ。 最初の指示などは、後日泊まっている宿に指令が届けられるでしょう」
そう、そこから傭兵としての生活が始まるのだ。
ここしばらくご無沙汰(無職)だったけど、ようやく再開するのだ。
「そして、紙の上での事ですが本日から貴方様はデトワーズ皇国の一兵となるのです」
メイドさんの言わんとしている事を理解する。
今日付けで、僕はこの国の所属という事だ。
「……わかりました」
「では、姫様のためにこれからよろしくお願いします」
メイドさんは再び恭しく頭を下げた。
それで話が終わり……と思ったが、メイドさんが顔を上げると、落ち着いた表情から物珍しそうなモノを観察するような視線になって、言葉を続けてきた。
「それにしても……傭兵としては大人しい方なのですね」
「え?」
急に何事か、自分の事をそんな風に捉えてきてビックリした。
「傭兵を生業としている男性は全体的に見てどういった方なのか説明出来ますか?」
「それは……ちょっと荒っぽかったり、ちょっと乱暴だったり、ちょっと暴力的だったりする…かな?」
「それではどれも意味が同じですよ。 ですが、大体それで合っているのでしょう。 傭兵を生業にしていると気性が荒くなるものです。 その中で貴方様のように大人しい方は本当に珍しい」
それはそうだろう。 どちらかと言うと気弱な自分は肝っ玉は小さい方だ。
乱暴者、荒くれ者……小心者な自分はそのどちらにも値しない。
むしろほんの少しでも自分にそんな面があれば自信の一つでも持っているのだろうけど、あいにくとそれすら勇気が要る。
「実の所、姫様の代弁をしてるのもそこに理由があります」
「理由って…傭兵がお世辞に素行は良くない、って部分に…ですか?」
「その通りです」
国で一番偉い人と荒っぽい傭兵。
かなり問題のある組み合わせだけど、メイドさんが次に出てきた言葉は、自分が推察していたのとは違うものだった。
「気性が荒い男性が姫様にあのような事を…された場合ですと、例え面談は通ったとしても大変お怒りになる場合がほとんどです。 恐れ多くも姫様に襲いかかる人も無くはありません」
それを聞いて他にも被害者と言う名の申請した傭兵がいた事を察する。 何事にも先人はいるものだ。
荒くれ者の傭兵らしいと言えばらしいけど、姫に暴力を振るったりなんかしたら大問題だろうに……。
「まぁ、その場合……姫様に返り討ちされるのですけどね」
「え」
―――今、何て…? ちょっと待って、今怖い事言いませんでしたか? 意味深に視線を逸らさないで!? 返り討ちって何!? 返り討ちされた人達、一体どうなったんですか!?
「……少し話し過ぎました。 私はそろそろ持ち場に戻るとします」
恐ろしい後味だけを残して、僕の不安をよそにメイドさんは瀟洒に話を区切ろうとした。
「仮にとは言え、同じ御方の下で身を預ける者同士になります。 お互い、姫様を支えるつもりで努めてください」
メイドらしく、重ねるようにしてエプロンに両手を揃えた丁寧なお辞儀をする。
事務的ながらもそれはとても自然なせいか、近所のおばちゃんの雑談に似たような誘導性で、会話を終わらされてしまった。
……ごめんなさい、僕の自己主張が弱いだけです。
「あっ、ハイ…頑張り、ます」
「では、これにて」
―――その後、一週間経った頃に僕は、傭兵稼業を再開する事になる通知を受けた。
後書き
女医さん:名前未公開(名前はいずれ登場する時に)。 デトワーズにおける偉い人の一人。 ポッと出で何がしたいの?と思われる人もいるだろうから、マッドの人である、とだけ付け加えておく。
メイドさん:エルザ姫にミーアと呼ばれた王宮メイド。 ちょっと特別枠であるため、度胸もあって伯爵相手でも物怖じしない。
■10/20 細かな改訂。
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